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サアディアの剣とイルヒドの杖1 ~リンディスの魔法使い  作者: 山辺沙紀
第二章 風は西より吹きて砂塵と化す ~遥かなるイリュリース
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Ⅲ ルベドラール郊外にて

 遠ざかっていくルベドラール城を眺めながら、オリンが思い出したように声を張り上げた。

「そうだ。ロアナに寄って行こうよ」

「ロアナですって? 方角が違うじゃないの」

「そんなことないよ、すこし西にそれるだけだよ」

 オリンは片目をつぶって、ちょっと考えてみた。

「このまま北に進むより、馬を走らせやすいんだ」

 ルカは一瞬言葉を飲み込んだ。イリュリースの西端に位置するロアナは聖地として知られる。

その景観は大陸で最も美しいとさえ、一度は訪れたい地ではあった。

 夏休みに行こう行こうと毎年のように父と話してきたが、父はいつも患者を優先させて、その約束が果たされることはなかった。

 それに、たしかロアナはある事情で封鎖され、ここ数年は旅人には解放されていないはずだった。

 そのことを指摘すると、

「大丈夫。ロアナの番人は知り合いなんだ」顔の広さをオリンは自慢げにした。だが、ルカの表情は暗い。

 たとえ知り合いでも聖地の門番がおいそれと通行を許可するとは思えないし、一刻も早く母の消息をたどりたかった。


「寄り道なんてしている余裕ないわ」

「どうせ通り道なのに。……役立つすごい武器を隠してあるんだ」

「うそおっしゃい」

 ルカは腹を立てた。通り道だなんて見え透いた嘘を。

 たしかに聖地ロアナともなれば、聖なる武器の一つくらいあってもおかしくはないが、その武器をオリンが手にできるはずがないし、なにより、手に入れたところで、オリンの細っちい身体が、すごい武器を使いこなせるとも思えない。

 それに、これからの旅に、すごい武器が必要になるような場面があるとしたら、と考えると気持ちが暗くなった。

 オリンは善かれと思って提案したことだったのだろうが、連れの女の子にいらぬ不安をいだかせただけ、配慮が足りなかったといえる。そんなことは露知らず、オリンは言葉に力を込めて続けた。

「入場料とかないよ、無料だよ。もちろん袖の下もない」

「お金の問題じゃないわ」

 なぜかルカは怒っていた。予想しなかった反応に、オリンはまごついた。そういえば、なにかにつけて反発ばかりしてくる奴がリンディスにもいた。ふと嫌なやつのことを思い出してオリンは不機嫌になった。

「ルカの意地っ張り。自分ひとりじゃ馬にも乗れないくせに。全部オレに頼りきりなくせに。いいかい? ロアナは、通り道なの。いや、むしろ、近道だよ! 絶対に行くからな!」

 すべて言い終えた後、オリンは自分の吐いた台詞に対して、顔をしかめた。

 まるで子供みたいじゃないか。思わず口をついて出ていた。

 こんな風に感情的になったのは久しぶりな気がした。弟ユクト相手にこんな口論になることは皆無だ。

 勢いで出た言葉とはいえ、会って間もない女の子に対して、思いやりのないことを言ってしまった。

このままではこちらがただのいやなやつである。

ルカは父親を亡くし、今は誰も頼れる人がいないのだ。

ひょっとしたら母親が生きているかもしれないと思っているようだが、すべてを失ってしまった衝動で、そう信じたいだけなのではないか、とオリンは推察している。

 じぶんはもう天涯孤独なのだと心を閉ざしてしまうよりは、みつからないかもしれない母を探す旅に出た方が前向きでいいのかもしれない。

 オリンの旅も少し似ていた。ないかもしれないものを探して旅をしている。

 オリンにはまだ大切な家族が残っている。それに、たとえ同じくらいつらい状況だったとしても、女の子に八つ当たりだなんて最悪だ。こういうことは男が何倍も我慢しなければならないものだ。

 そんな風にかっこよく言えたら良いのだが、なかなかどうして、忍耐力が続かない。

 それにしても女の子というものは、こういうものなのだろうか。機嫌を損ねると、

 何を言っても首を横に振るし、下手すると無反応。ルカも相当子供っぽい。

 話をよく聞けば、施設というのも女学校の寮だという。泣くほど嫌なことでもあるまいよとオリンは思う。

 どちらかといえば、学校というものに憧れを抱いていたオリンにはそこも理解できない。

 ルカは、魔法使いではない。ふつうの女の子だ。だからというわけではないが、オリンがいうことの半分以上を、嘘だと思っている。

 たしかにさっきは勢いででまかせをいってしまったが、はなっから信用してない、という態度を取られるのは癪だった。

 本当のことを言っても信じてもらえない。それが一番オリンにはこたえた。

 ユクトならばきっとこうはならないはずだ。ユクトとどんな違いがあるのかわからないが、いつもそうだ。オリンはたいていただの嘘つきにされる。

「ちぇっ、最高のデートスポットなのに」オリンはついにほろろと本音をもらした。

 しばらく、馬を北に進めた後、ルカが口を開いた。

「しかたがないわね。そのかわり馬はうんととばしてね」

 ルカが急に態度を変えて、引き下がったので、オリンは拍子抜けした。回りくどい真似をして損した気がする。

 昔、だれかに「子供は素直になったほうが得だ」といわれた記憶があるが、どうやらこれからは積極的にその手をつかってみようと思うオリンだった。

 

***


 オリンは勘が冴えている方ではなかった。どちらかといえば、どんくさいほうだとじぶんでは思っている。他人には「ずぼら」と言われることが多い。

 嫌な予感がした。誰かにつけられている。いや、追いかけられている。しかも複数。

 馬に乗り慣れていないルカを連れて、飛ばすのは躊躇われたが、オリンは強めに馬の腹を蹴った。

 ルカは何も言わず、オリンの背に抱きつく。

 オリンが馬の手綱をきつく握った。

「どうしたの?」ルカが何事かと、体に力を入れた。

「ひとけがまばらになる、このあたりで狙ってくるとは思ったよ」

 オリンは小さく舌打ちをした。

 あっという間に二人は集団に取り囲まれていた。大人の男たちだった。五人もいる。

「わたしたち、狙われているの?」

 的外れなことをいうルカをみてオリンは目を細めた。こういう危険な場面もわからないほど、彼女は人を疑ったことがないのだ。いままでそんな必要がなかった、ふつうの街の子なのだ。


 なぜ狙われたのか、オリンには思い当たる節があった。なにもわかっていないルカには「不注意だった。ごめん」と謝るだけだった。

 城下町での行動、特に買い物のときは、注意していたつもりだった。はぶりがよさそうにふるまったつもりもない。

 だが、長旅になることを見越して、馬だけはいいものを調達しようと考えた。

 とりあえずロアナまで走れるそこそこの馬を手に入れて、名馬の産地として名高いロアナで再調達することを考えていたが、大通りに軒を連ねる露店の前にて、小さめだが、よく走りそうな馬をみつけた。価格も相場だった。

 念のため、値切ってみたが、すでに十分安いと言われ、言い値で買った。

 掘り出し物をみつけて、財布のひもが緩んだことを認めよう。金貨で払うのは避けたが、女王戴冠記念の限定銀貨を出したのが悪かった。ユナにザクザクもらったので、庶民の感覚というものをすっかり忘れていた。


 ルカはともかくオリンはあるったけの全財産をかき集めて旅立った。実際かなりの額を持っている。悪い奴はそういうことだけはよく見抜く。

 支払いのときに、財布の中身を盗み見られたか。だとしたら、うかつだった。路銀目当てに狙われたとしてもおかしくはない。

「なかなか目の付け所がいいな」

 オリンは頬を手の甲でこすった。緊張しているときにでるオリンの癖だ。

 思っていたより、人数が多い。やつら全員が山分けしても釣りがくる程度の金をオリンは持っていた。

「このひとたち、盗賊なの?」

 ルカの問いかけに、オリンは首を横にふった。

「盗賊でなくても魔がさすことはことはあるだろ?」

「盗賊じゃないの?」ルカは驚いた。

「いずれにしても敵だよ」

 ルカが面食らうのも無理はない。黙っておとなしくしていれば、そこいらのおじさんにしかみえない。覆面もしないで、完全になめられている。

 子供相手の簡単な仕事だとでも思っているのか、下卑た笑いを浮かべている。

 たかが記念コインで人の悪の心を呼び覚ましてしまうとは。オリンは歯痒かった。だが、説得できそうな雰囲気ではない。

 距離が近くなると男たちはためらいもなく剣を抜き、切りかかってきた。

 オリンは手綱を操り、馬とルカをかばいながら、男たちの攻撃をかわした。

 オリンは木の棒を取り出すと、男たちの前でかざした。

 どうやら魔法の杖のようである。ルカは目をみはった。初めて目にする魔法だったが、なんだか弱々しい。

 想像と違ったので、ルカはがっかりした。

 ひょろひょろの炎が、男たちめがけて放たれた。

「なんだ、手品かぁ?」

 男たちは笑みを浮かべて余裕そうに顔を見合わせる。

 オリンはもう一回、杖を振り回した。

 小さかった炎が倍増する。小さな炎がいくつもいくつも連なって、線のように続けざまに放たれる。

 威力は弱いが、いつまで経っても消えない炎だった。

「なんだ?」

 男たちもその異常さに気づき始めたようだった。

 オリンは、馬を狙わず、男たちだけを狙う。

 いま、相手の足をつぶすのは得策ではない。

(脱兎のごとく逃げ去れ!)


 オリンの企ては良い方向に転んだ。

 最初は馬鹿にしていた男たちの顔色が変わった。

 手で払っても消えない炎は、じりじりと男たちを追い詰めた。

「あちっ」

 顔を手で叩くもの、背中についた炎を消そうと暴れるもの、様々だった。

 あんな小さな炎に、大人の男たちが悲鳴をあげている。

 炎はしつこく、男たちを追い回した。

「なんだか変わった戦い方ね」

 ルカがつぶやいた。

「どう? オレのメイススクリプタの威力は」

 オリンは得意げに杖をかざした。

「わかったから消してくれ。助けてくれ」と男たちは懇願した。

 オリンはちょっと考えてから、

「ごめん。消し方はわからないんだ。水でもかければ?」

「水? 水か!」

 男たちは、呻きながら、一目散に退散していった。


 男たちが完全に見えなくなったところで、ルカが訊ねた。  

「本当に消し方わからなかったの?」

 オリンは当然とばかりにうなずく。

「攻撃魔法だぜ。ふつう、消すことなんて考えないだろ」

 オリンはしたり顔で、木の杖をルカにみせびらかす。

「こいつがあると詠唱なしで魔法が使えるんだ。魔力もあまり消費しないし、重宝してるよ」

 軽口をたたいていたオリンは、ふいに声音を落とすと、ルカに耳打ちした。

「ルカ。これから先もこういうことがあると思う」

 オリンは顔色を曇らせた。

「オレ達、いわゆる、女子供だろ? 金なんか持ってる素振りしたら、狙われるだけだ。仮に金がなくても、身体ごと売り飛ばされる可能性だってある。ルカも魔本の取り扱いには気をつけて」

 ルカは、馬の(たてがみ)を撫でているオリンの肩に顎をのせた。

「わかったわ。これからはもっと注意しましょう」

 

***


 また馬の蹄の音がした。先ほどとは違い、音は一つだけであるが、轟くような低い音を響かせている。

 近づくほどに大きく地が揺れるような感覚であった。

 先ほどの男たちが仕返しにやってきたのだろうか。

 オリンとルカは身構えた。男が一人、馬を寄せてきた。

「今度は誰?」

 ルカがオリンの背中にしがみつく。

 男は先ほどの盗人より何倍も怖そうに見えた。乗っている馬も人も先ほどの連中より、ひとまわりもふたまわりも大きく見えた。

「……大丈夫。知っているやつだ」オリンが明るい声で、警戒を解いた。

 とはいったものの、オリンは頭を抱える。

「えっと、だれだっけ」名前が出てこない。

「ディールだ」本人が口を開く。

「そうそう。それ」

 オリンは手を叩いた。不安そうにしているルカに言い加える。

「強面だけど、安心して。この人は、イリュリースの将軍だよ」

 ルカも顔をあげた。

「そういえば元傭兵の凄腕の剣士が将軍になったって聞いたことがある」

「へぇ、やっぱり知名度もあるのか」

「なりあがりの……」

 言いかけてオリンがルカの口を手で覆った。

「久しぶりだね。ディール。女王様は元気?」

「その、元気な女王から伝言だ。

『あたしの存在を無視して、ルベドラール城下を素通りするなんて許せない。今すぐオリンちゃんを連れてきて!』

だそうだ」

 いかつい顔のオッサンが女王の声色をまねて、伝言を再現しようとするあたり、この男の性格がうかがえる。

 ルカはおもしろいオジサンだなと思った。

 ディールはずっと真顔のままだった。

「いいか。間違いなく伝えたぞ」

 そういうとディールは、馬首を王都へ向けた。

「あれっ? それだけ?」

「いったん戻れといってもおまえはきかぬだろ」

「うん。でもこうあっさり引き下がられると、逆に怪しい」

「そう思うならついて来ればいい」

「それは無理かな」

 オリンはおどけてみせた。

「……ロアナに行くのか」

「うん。ダルティーマにもね。国境も越えさせてもらうよ」

「わかった。女王のことは任せろ」

 進みかけて、ディールは振り返った。

「護衛できなくてすまぬな」

 それだけいうと、ディールはあっという間に走り去ってしまった。

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