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サアディアの剣とイルヒドの杖1 ~リンディスの魔法使い  作者: 山辺沙紀
第二章 風は西より吹きて砂塵と化す ~遥かなるイリュリース
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Ⅱ 王立図書館にて

 イリュリースの王立図書館は宮殿のように瀟洒な造りの建物だった。ツァイデルアードにある国立図書館の倍はある広さだ。

 オリンとユクトは、この図書館にある本で、ヴェネズディアのことを知った。

 館長には世話になった。挨拶ぐらいしていくかと、オリンは図書館に向かった。

 図書館は静かだったが、人は意外に多かった。

 受付で、館長は館内のどこかにいるといわれたが、ひととおり見て回っても、みつけることができなかった。

「あいつリンディスのオリンだぜ」

 ふと、囁く声が聞こえた。何も逃げ隠れする必要もないが、女王に居場所をかぎつけられるのは避けたかった。

長居は無用だな、と立ち去ろうとしたとき、一人の少女の姿が視界に入った。

 年の頃は、ユクトと同じ十五歳くらいだろうか。

 ちょっと真面目そうだが、しぐさが可愛い子だった。

 何かを熱心に探しているようだ。

 オリンは興味をひかれた。


 少女は数冊の本を抱えていた。オリンは目ざとく、そのうちの一冊を見つめた。

 図書館にも置いていないマニアックな本がみつかる――と有名な古書店の袋だった。

 本屋のわりに派手な柄の袋が、オリンの記憶に残っていた。

 どうやら少女はハシゴしてきたようである。

 オリンは自然を装いながら、少女に近づいていった。何気なく、すれ違おうとしたとき、

 少女の腕から一冊の本がすべり落ちた。

「あっ、すみません」

 本を取ろうとオリンと少女が同時にかがみこんだ。

 伸ばしかけた手をオリンはとめた。落ちた本に触れた瞬間、

 指の先が稲妻に打たれたかのように、しびれた。

「これは……」

 オリンは顔をあげた。少女は会釈すると、すばやく本を拾い上げた。

「それ、魔法の本だよね」

 オリンが声をかけた。

「わかるの?」

 少女が振り返った。不思議な目の色をした少女だった。だが、魔力は感じない。

「これは、父の形見なの」

 少女は、本の表紙をオリンにみせた。

「お父さん、魔法使いだったの?」

「いいえ。医者だったわ」

 少女は震える手で本を抱きしめた。

「わたし、この本の正体を知りたくて……」

 オリンはさほど関心がなさそうに他の本棚に並ぶ本の背表紙を指でなぞった。

「その本は、ダークロアという魔法を封じた本だよ」

「ダークロア?」

 聞きなれない言葉に少女は唇を動かした。

 オリンは本の表紙を覗き込む。

「鍵がかかってるね。鍵は持ってるの?」

「いいえ。だから探していたの」

「なるほど、それで図書館や古書店でその本の手がかりを探していたんだね」

 少女は小さくうなずいてから、オリンをまじまじとみた。

 魔本の正体を見抜き、少女のことをずっと見てきたみたいな口ぶりである。

「あなたは魔法使いなの?」

「リンディスのオリン、きっと悪い噂だろうけど、知ってるだろ? 聞いたことない?」

「いいえ、知らないわ」

「へぇ」

 オリンは少しだけ、拍子抜けした。リンディス一の魔法使いという称号もどうやらここでは大したことないようである。

 ついでにユクトのことも聞いてみた。やはり知らないというので、オリンも諦めがついた。

 少女はルカと名乗った。

 ひそひそ声で話すのが疲れたし、周囲に迷惑をかけるかもしれないので、オリンとルカは図書館を出た。

 広場の噴水のそばにある花壇のふちに二人は腰をかけた。  

 命をかけた旅の最中、しかも出だしから、さっそく女の子をひっかけている場合でもないのだが、オリンは胸を高鳴らせた。

 

 昔、占星術師に「結婚相手とは、幼い頃に『本の多い場所』で出会うだろう」と予言された。

 この予言にはふたつの意味がある。まず、結婚ができること。次に幼いうちが勝負である、ということ。

 今のところ思い当たる相手がいなかった。オリンは少々焦っていた。

 新しい街に着いた時は、必ず本屋を探すようにしているのは、これが理由であった。はっきりいって下心である。

 本屋で熱心に探し物をするオリンをみて、ユクトは呪いを解くための調査と信じて疑っていなかったようである。

 本当のことを知られたらどんな顔をされるかわかったものではない。真面目なだけに怒らせると怖い。

 ちなみに出会った場所が街の外だった女王ユナは対象外だ。オリンはほっと胸を撫でおろした。

 予言を完全に信じているわけではないが、オリンは自分の本来の年齢を思い返す。

 十七歳を若い頃ということはあっても幼い頃とはいわないだろう。しかし、今、オリンの外見は十一歳なのだ。

 オリンは鼻の穴をふくらませた。ついに運命の出会いを果たした、と。

 それにしても、オリンのことを知らなかったから、というわけではないが、この少女はいままで魔法とは無縁の世界で育ったに違いない。

 オリンは手は出さず、口だけだした。

「その本は、とても危険なものだよ。持っているだけで、ルカが狙われることもありえる。それにダークロアはイリュリースでは禁忌とされている魔法だ。ルベドラール城に行って、宮廷魔術師の手にゆだねるべきだ」

 ルカはちょっと考えた後、本を差し出してきた。

「じゃあ、あなたに預けるわ」

「ええっ」

 オリンは息をのんだ。

「どうして?」

 ルカはそれには答えず、長いまつげを震わせてつぶやいた。

「サアディアを探して」

 ルカは少し迷ってから、持っていた本のもう一冊を出した。オリンは表紙を撫でて、本をパラパラとめくった。

「これ、シメオン・アンシェルの小説だよね?」

「シメオンに会いたいの」

 シメオン・アンシェルはラヴィスニア出身の小説家だ。サアディアはシメオンの小説のタイトルにもなっている。登場人物だ。

 だが、ラヴィスニアの生き残りだという理由でシメオン・アンシェルは帝国に囚われの身である。

 そのほとんどの作品が、獄中で執筆されたものだ。――という噂はオリンも耳にしたことがある。

 処刑されそうだったところをダルティーマの妃、元ラヴィスニアの王女レーシャが皇帝に嘆願したことで、処分保留になったという話だ。

 オリンは眉を動かした。

「ルカはダルティーマに行きたいの?」

 ダークロアの書に目を落としたルカはためらいながら、

「これ、すごい魔法の書なんでしょう? だったら……」

「その本を手土産にすれば、会わせてもらえるかもしれないって考えたの?」

「むずかしいことだとは思うけど、不可能ではないと思うの」

 ルカは積極的になって、オリンに肉迫した。

「オリン、あなた旅人なんでしょう? お願いわたしをダルティーマへ連れて行って!」

 女の子に懇願されて、無下にすることはできない。なんせ、この娘は運命の相手かもしれない。

 それにダルティーマはオリンの旅の目的地の一つでもある。

「サアディアは実在の人物だって話を父から聞いたことがあるの」

 ルカは堰を切ったように、話し続けた。

「わたし、本当のことだと思うの。わたしに話したことを父はずっと後悔していたから」

「まさか、サアディアがお母さんだと思っているの?」

「わからない」

 ルカは首を横に振る。母の名前はイーラという。だが、同一人物という可能性は残るとルカは譲らなかった。

「どうしても会いたいの。いえ、会わなくちゃいけないのだと思う」

「父は昔ラヴィスニアに住んでいたの。そこで母と出会った」

 ルカが声を震わせた。

「わたし、予感があるの」

「うん?」

「母はひょっとしたら、生きているのかも」

 オリンは息をのんだ。そう思いたい気持ちはわかるけど、ルカの話は半分以上、荒唐無稽な話だ。

「シメオンか、レーシャ様なら、何か知っているはず」

 ルカはうつむいていた顔を上げた。

「レーシャ様はラヴィスニアの王女だったお方」

「……ルカ」

 オリンはルカの言葉をさえぎった。

「その国の名をむやみに口にしてはいけないよ」

 ルカの勢いは止まらない。

「わたし、もうこの国にはいられない。だってわたしはラヴィスニアの生き残りですもの!」

「ルカ。もうわかったから」

 オリンはルカを諭した。数分思案してから、膝を叩いた。

「旅立つには十分な理由があるんだね」

 オリンは立ち上がって、ルカに手を差し出した。

「オレと一緒に行こう!」

「ありがとう。オリン」


 オリンは馬を調達すると、宿に預けていた荷物を回収して、馬の背に乗せた。

 長旅になるというわりにオリンは軽装だったが、ルカはそれ以上に身軽な格好だった。とても旅支度を済ませている姿には見えない。

 一度ルカの家に戻ろうかとオリンは提案したが、ルカは、書物以外特に持っていくものはないと言い放った。思いつめたような表情で、

「もう家には戻らない」と、ルカは頑なに拒否し続けた。身寄りのないルカは見つかったら施設に入れられると泣き崩れた。 


 蹄鉄を付け替えている間、ルカはオリンに尋ねた。

「オリンの家族は?」

「弟がいるよ」

「ご両親は?」

「……母さんがいるけど」

「いいなぁ、お母さん、生きてるんだ」

「病院に入院している」

「えっ、そうなの?」

 ルカは口ごもった。

「ごめんなさい」 

「心の病気なんだって。もうオレがだれかもわからない」

「そうなの……」

 オリンが黙ってしまったので、話はそこで打ち切られた。


 ルカは一度しか馬に乗ったことがなかった。それも公園の敷地内を父に手綱をひかれて一周するという、経験しかない。

 オリンの後ろにルカはやっとのことで、這い上がると、オリンの腰に手を回した。オリンのからだの細さにルカは絶句した。枯れかけた木の枝のようであった。

「ちょっと、あなたちゃんとご飯食べてるの?」

 姉のような口調で、ルカはオリンを叱咤する。

「姉さんぶるなよ。オレのほうが年上なんだからさぁ」

 本当は十七歳だというオリンは、どうみても十歳前後の子供にしかみえない。

 身長もルカの肩の高さより低く、何より、顔立ちが幼い。少し可愛いと思えるほどに。

 成長したらそこそこの美男子になるかもしれない。だからといって、ルカの胸はときめかなかったが。

 オリンのいうことをすべて信じるならば、魔法とは恐ろしいものだとさえ思う。人の成長を止めてしまう魔法があるなんて、今まで想像したことすらなかった。

「魔法というよりは呪いかな」とオリンは云ったが、魔法に疎いルカにはどちらでも関係なかった。


 オリンはこの呪いを解くために旅をしているという。

 思いがけない旅の道連れができて、オリンは喜んでいる。

 ルカは旅などしたことがなかった。父は町医者でいつも忙しそうにしていた。ルカは、物心ついた時からこのルベドラール城下町を出たことすらなかった。

「しっかりつかまってて」

 オリンは、もっとくっつくようにルカを促した。ルカは一瞬ためらった。子供とはいえ、男の子だ。できればくっつきたくない。

「振り落とされたくなかったら、言う通りにして。それとも紐でしばる?」

 ルカは観念して、オリンにしがみついた。

 オリンは、とても華奢だったけれど、温かかった。これが人の体温というものなんだ、ルカは少し癖のあるオリンの髪の毛に頬をくっつけた。

「なんかくすぐったい」

「あなたがくっつけっていったのよ」

「女の子に抱きつかれての旅立ちなんて、役得だな」

 オリンは胸をはって馬の腹を蹴った。


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