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サアディアの剣とイルヒドの杖1 ~リンディスの魔法使い  作者: 山辺沙紀
第二章 風は西より吹きて砂塵と化す ~遥かなるイリュリース
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Ⅰ ルベドラール城下町にて

 オリンはユクトが持たせてくれた荷物を確認した。カバンの中は綺麗に整っている。一方、自分で荷造りしたほうのカバンの中は乱雑だった。

(きれいにならべても、どうせごちゃごちゃになるのだから、ユクトは無駄なことをする性格がまだ直っていない)

 カバンから書類を探し出す。荷造りした本人ではないから、探すのに手間取った。カバンの中はあっという間にごちゃごちゃになった。

 宮廷が用意してくれたのはイリュリース王家への親書とダルティーマまでの国境越えを保障した通行証であった。

 親書は形式だけのものときいていた。オリンはためらいもなく親書を開封して、中身を読んだ。

 国王の直筆であるが、やはりありきたりのことしか書いてない。

 もう一通は、誓約書だった。内容は条文になっており、簡単にまとめると、「二度と戻らぬように」という念書だった。

「こんなもの」

 オリンは毒づくと、通行証だけを残し、すべて破り捨ててしまった。

「戻らなきゃいいんだろ。戻らなきゃ」

 一通はユクトに血判状とまでいわしめた大切な書類だった。この兄弟の温度差もかなりのものだ。

 書類を全部ヤギに食わすと、オリンは、やせ細った体をぎゅっと伸ばした。

 この頃は近所を散歩するのも億劫になるほど、だらけきった生活をしていた。

 尻を叩かれてしぶしぶ旅立ったようなものだ。だが、決定したことには素直に従う。去り際は可能な限り潔くしたはずだ。

 なるべく自分に負担のかからない方法をと考え、馬車で国境を越えることにした。


 イリュリースは大陸で最も交易が盛んな国である。経済は発展し、国全土が潤っていた。

 それだけでなく、ドラゴンが自由に飛び回っているような夢と希望にあふれた土地でもあった。

 統治する女王は十四歳という若さであったが、聡明で行動力もあり、人望も厚かった。

 だが、じつのところオリンはこの女王のことがものすごく苦手であった。

 

 女王ルネフェルト二世、幼名ユナとオリンは将来を誓いあった仲である。

 しかし、それは女王側の言い分。オリンにそんな約束をした覚えはない。

 今でも熱烈な恋文がしょっちゅう送られてくるが、のらりくらりとオリンは、逃げ回っている。

 幸いにもいまのところ、国境を越えてまで、女王の魔の手は迫ってこない。

 口約束ほど、あてにならないものはない。そろそろ女王もいいかげん諦める頃合いだろう。


 ふたりが出会ったのはオリンが十一歳の時であった。当時ユナは八歳である。あれからずいぶん経った。感慨深くオリンは記憶を思い起こす。

 女王は成長し、なるほど周囲もうらやむほどの美しい年頃の娘になりつつあるが、オリンは成長することなく十一歳の少年のままである。

 これがオリンの肉体を蝕む不老の呪い。

 ユナは、オリンの事情を知る一人だ。だが、もう少し決定的に年齢が離れないと、彼女を説得するのはむずかしいようであった。

 最近届いた手紙から推察するに、彼女にとっては、

「まだまだ年の差なんて」といえる範疇のようだ。

「もうすぐオレは死んじゃうかもしれないのに」

 オリンはつぶやいた。

 夢見がちな女王にはそろそろ目を覚まして現実というものを直視してもらいたいものである。

 賢王などと呼ばれるわりには、オリンに対してはわがままをいう女王であった。

  

 ツァイデルアードからルベドラールの城下町まで続く行路は、多くの商人や冒険者、農民が行きかう、国内で最も大きな街道であった。

 馬車の荷台からオリンは悲鳴をあげた。

 それにしても、ひどい道だ。先日の大雨で、ぬかるんだ大地がそのまま渇いて、ガタガタになっている。

「オリンちゃんが、結婚してくれたら、道路きれいにしてあげる」

 昔、まことしやかに女王が云った台詞が脳裏をよぎる。じゃあ、この道はずっとこのままだ、と思う。

 まもなく城下町に着く。

 ルベドラール城が肉眼で見える距離となっていたが、オリンはフードをまぶかにかぶって、馬車から振り落とされないように身を低くした。


 旅は久しぶりのオリン。しかも今は体力が落ちて、魔力は枯渇している。家にこもりきりの生活を送っていたオリンにとって、荷馬車での移動ですら、過酷なものであった。ましてや道の状態が悪く、まともに座っていられない。

 荷台で昼寝でもしているうちに着くだろうと目論み、気のいい行商人の荷馬車に乗せてもらったまでは良かった。こんなに揺れては、とても寝れたものではない。

 こんなものに金が払えるか。と言いたいところだが、実際に払っていない、ご厚意で乗せてもらった身の上。文句も言えやしない。

 もし、帰り道というものが存在するならば、そのときは、いっそのこと歩いて帰りたいものである。

 馬車が悪いわけでもない。道が悪いのだ。それに相変わらず馬糞くさい。郊外は牛やら豚やら羊などが放牧されており、生温かい風が吹くと街道は獣の匂いで充満した。

 王都から少し離れるだけで、のどかな田園風景が広がる。景色はともかく、こういう田舎の匂いがオリンは苦手だった。生粋の都会っ子なのである。


 ユナの居城ルベドラールが間近に見える頃には、オリンは体力も精神力もざっくり削り取られて、ふらふらになっていた。

 城下町に入るとオリンは礼を言って、馬車をおりた。路銀はたくさんもっていたが、銅貨の一枚すら渡さず、子供の愛嬌だけで乗り切った。

 

 久しぶりのルベドラールだが、散策する元気など出やしなかった。この疲労が、少し寝て回復できる程度のものであればいいのだが、オリンは腰をさすりながら、壁に手をついた。

 長時間馬車に揺られたせいで、頭はガンガンするし、尻も背中も痛い。

 まだ旅は始まったばかりだというのに。先が思いやられる。思わず愚痴っぽくなってしまうのも今日は致し方ない。

 

 オリンはすぐに宿を探した。宿は何軒もあるが、なんとなく目についた宿に入ることにした。金は前払いだった。

 夕暮れ時を過ぎ、周囲は夜の活気をみせはじめていた。

 食事は一階の酒場でできるとのことだったが、酔っぱらいの隣でスープをすするほどの気力がもう残っていなかった。

 宿近くの露店で売れ残りのパンを値切って一つ買うと、それをかじりながら、オリンは二階へあがった。

 空腹は我慢できても睡魔にだけは勝てそうになかった。

 オリンはそのまま宿のベッドに滑り込むと翌朝までぐっすりと寝込んだ。

 

 夜が明けて、ある程度の体力、精神力、なにより気力の回復を確認するとオリンは、ゆっくりと起き上がり、日当たりの悪い部屋でかじりかけのパンと水だけの軽い朝食をとった。

 ネズミも飛び上がるくらい固いパンだった。

 食が細くなったことも弟のユクトは気がかりだったようだ。ふたりの約束事で、毎朝、食パン二枚は必ず食べるようにといわれている。

 ハムをのせたり、ジャムをぬったり、ミルクにひたしたり、何としてでもオリンに食事をとらせようと必死になるユクトの姿が脳裏に浮かぶ。家の窯でパンを焼いてくれたこともある。

 リンディスを発ってからまだ二日だ。ホームシックには早すぎる。


 宿をでると、街はすでに活気にあふれ、商人たちの朝の早さに驚かされる。

 オリンはあくびをしながら、街を歩いた。

 いくら寝ても寝たりない感覚が残る。オリンの足がふらついた。

 怠惰による眠気ではない。これはオリンを蝕む魔法の影響だった。

 

 リンディスにいるころから、この頃はずっと、寝てばかりだった。異常な眠気に自覚を持ち始めた頃は、外で派手に魔法を使った反動による疲労だろうと考えていた。

 だが、最近では、部屋でおとなしく本を読んでいるだけで、穴があいた桶から水が流れ出るように体力や魔力が消費されていくのがわかった。

 

 リンディスの西方にカルナードという国がある。そのカルナードにある古城サイザールの地下からつながる、ある遺跡でオリンは魔法に失敗し、呪いをうけた。

 オリンの時は止まった。以来、当時の年齢、十一歳のまま、成長することもなく、今に至る。

 これは不老不死の呪いではなく、命の限りがある呪いであった。

 古代神アスタロトとの闘いで『約束された死』の宣告を受けてより六年が経過した。オリンはこのままだと、あと数年しか生きられない。

 あの時点でオリンは死んだという説もある。だがその仮説を主張するならば、これほど存在感のある亡霊もおるまいよ、とオリンは笑い飛ばした。

 

 最初の頃は、呪いをうけたという自覚がなかった。特に目立つ不調がなかったからである。

 しかし、ユクトがオリンの背丈を越したあたりから、己の成長が止まっていると実感できるようになった。

 やがて、体力と魔力がいちじるしく低下した。

 死が加速しているのをオリンは悟った。

 このまま放置すれば訪れるのは死のみであることを承知しながら、色々理由をつけて、旅立つことを避けてきた。

 あるかどうかもわからない解呪方法を探す旅を、命を削られながら続ける気力がなかったのだ。

 

 むろんオリンとて、黙って死をうけいれたわけでもない。特にユクトは、兄のために熱心に動いた。

国中の書物を読みあさり、ずっとこの呪いについて調べてきた。女王ユナの計らいでイリュリースの協力も得た。

 イリュリースとリンディスにある本はあらかた調べつくした。その結果、呪いをとく鍵は、帝国ダルティーマのさらに北にあるとつきとめた。


 ヴェネズディアといわれる幻の地、――幾多の伝承をたどりながら、やがてたどり着けるといわれる場所だ。

 そこではありとあらゆる魔法が無効化されるという。魔法のない世界。

ヴェネズディアならば、オリンは魔力を失うだろうが、生き延びることができるはずだと、ユクトは兄が助かる光明がさしたと声を弾ませた。

 しかし、オリンの顔色は冴えなかった。

 名も知れない魔術師が書いた本である。その信ぴょう性は曖昧だった。魔法とドラゴンが存在することが世界の不文律であるとさえ云われるこの大陸に、魔法の存在しない地があるなど、信じがたかった。ユクトは希望を持ったようだったが、オリンは迷った。やはり、約束された死を回避する方法は、ないのかもしれない。

 それでもこの情報に賭けるべきだ、と皆がオリンの背中をおした。

 やがて呪いによってすべてを吸いつくされて死ぬことになるのだ。命が助かるならば、魔力など、もはや天秤にかける必要もなかった。  

 それでもオリンは迷っていた。

 かつて、好奇心に駆られて旅立ち、冒険の果てにうけた呪いだ。今度の旅が命を削らないものだとどうして言いきれる。

 絶望の果てに、旅先で力尽きてしまうことをどこかで恐れ、臆病になっていたのである。

 だが、いざ死が近くなると、このままではいけないと気が焦り始めた。しかし数年に及ぶ引きこもり生活は、オリンをいっそう臆病にさせていた。

 葛藤が、オリンの重い腰をさらに重くしていた、その矢先である。

 国外追放。厳しすぎる沙汰だ。だが、こうでもしなければ、きっと旅立ちを決意できなかったに違いない。

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