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うたいびと  作者: 元帥
第二章~消失~
23/25

7

 ――京都清水、時刻は十時を回ったばかりだった。部下から報告を受けたコウは岐阜で刀の調達をしていた際、その足で京都に向かうことを決めていたのだが、二日目にして京都へと足を踏み入れようとは思ってもみなかった。

 人類とうたいびとの二極の間、第三者の介入はコウの中では予期していた事柄だった。今までの時代の流れを見てきたコウは、少なからず、反乱分子がいることは予測の範疇だった。

 国連が世界中にやったこと、音楽というジャンルの廃止は、各国の反感を買っていた。音楽が無くては、この先、娯楽として聞くことが出来なくなる上に、音楽家という職業をしている人達は当たり前だが、猛反発をしていた。

 だが、時代が音楽家たちを殺したのだ。うたいびとによる音波によっておちびとなっていく人間がいる事。これは覆ることのない恐怖の対象だ。音や音楽が脅威となってしまえば、少なくとも人はその脅威を撤廃しようと動くだろう。

 そして、各国の音楽家たちは、無職を選ぶか殺されることを選ばざるを得なかった。

 時代と人によって、引き裂かれた関係に憎悪を持って復讐する者もいるだろう。それがこの組織に入った時、目を付けた人物の一人が今、目の前に立っていた。

「やはりお前だったかアレク」

 物陰に隠れながらコウは使い切った弾倉を取り出して替えの物を差し込む。

「やはり……という事は、少なくとも察しがついていたという事ですか?」

「そうだな、この組織に入って、お前の履歴を少しだけ見たことがあってな? その時にお前の素性を知ったんだよ。本国の時にまだ書き換えられていないお前の出生地がイタリアだったこと、そして、有名な音楽家の生まれだった事。これで合致が行く」

「とんだ狸だな爺。頭がキレる奴はこれだから嫌いなんだ」

「ふん、この業界は頭が良くないとすぐに首が飛ぶような世界だからな。嫌でも常にアンテナは張っておかないとな?」

 無口なアレクが表情を変えて笑う。それは、普段見せないような表所の為、コウは彼の本性を見ることが出来て、少しだけ安堵を覚えた。彼も人間だったのだと。

「さてと、とりあえず遺言は済んだのか?」

「そうだな、誰かに残す言葉など無いが、取りあえずロウには言っておいたさ」

「……そうか」

 これ以上の言葉は必要ない、どちらかが動けば直ぐに戦闘は始まる事をお互いに把握しているからだ。

 二挺の拳銃をコウは抜く。銀色に輝く拳銃は、黒いジャケットと相対し、一層と輝きを帯びていた。

 吸っていた葉巻を口から吐き出し、宙を舞っていた葉巻が落ちたと同時に二人は動き出した。

 距離は互いに数メートル程度、数歩前に進めば服を掴むことが出来る程だ。アレクはコウの間合いに入るまいと距離を取って銃弾を放つ一方、コウは自分の間合いに入ろうと銃を撃ちながら前に出る。二挺拳銃はただの囮であり、本命は腰に指している刀を振るうことにある。

 舌打ちをしながらアレクは一定の間合いを取りながら引き金を引き、数発ともコウの体に当たってはいるものの、そのダメージは伺えない。

「防弾か!」

 眉根を寄せて誰が見ても不機嫌な表情を浮かべていると分かるほどに曇らせる。コウは追撃と言わんばかりに二挺の拳銃を撃つ。

「それなりに用意はしているのだよ、若造!」

 コートを素早く脱ぎ捨て、アレクの視界を遮るように放り投げると、両手の二挺をホルスターに仕舞い、腰に指していた日本刀を抜いた。

 コートを切り払って前進しようとした時、横合いから鋭い一閃が放たれているのを勘で防御した。刀に重い一撃が入ったことでコウは吹き飛ばされながらも着地をするが、アレクは隙を逃さずに追撃を放つ。

「うぐっ!!」

 左手に命中した弾丸は貫通、左手を奪われたコウは添えるように日本刀を持つだけとなった。

 肩で息をしているコウだが、アレクは疲れを表に出していない。これが年齢の差なのかとコウは歯を鳴らす。

「ふん、お前もそちら側だったかタスクよ」

 先ほど横合いからふり払われた一撃はタスクの物だったのだ。

「ええ、こちら側の方が面白いのでね。それに私は私の意思でここに立っている」

「という事は、この死体を作ったのもお前たちの仕業なんだな?」

 コウの問いかけにタスクは微笑を浮かべることで返答する。その返事だけでコウは理解した。

 数年前、タスクと行動していた日本支部の組員たちはタスクを残しておちびとにされて帰還することが多々あった。やはり、本国の人間と地方の訓練を受けた人間とでは違いが出来るのかとも考えていたコウだったが、この男が今まで殺してきたのだと理解した。

「お前が組員たちを殺したんだな? タスクよ」

「ええ、私ですな。なぜそんなことを聞くのです?」

「ふん、私の部下になった者は全員が家族のような者よ。そして、仲間殺しをしたお前を許すわけにはいかなくなった!」

「家族ごっこですか? 薄ら寒いですねぇ。アレクさん、これ、私が相手させてくださいよ?」

「好きにしろ」

「御意」

 アレクは銃を下してタスクの背後に数歩下がって様子を見ることに徹するようだ。選手交代するようにタスクがコウの前に立って刀を肩に担ぐ。

「構えてくださいよ、局長。私は貴方を斬りたくてうずうずしているんだ」

 べらべらと口だけが動くタスクだが、その一方でコウは一撃でタスクの首を跳ねることに専念していた。タスクの戦闘力は自分よりも数倍上の実力者だという事は、日本にやって来た時から知っている。手合わせもしたことがあり、その日は時間切れで決着が付かないで終わってしまったのだ。

 今回は時間制限という括りはない。あるのはただ一つ、どちらかの命が消えるまでだ。

「喋っておらんと、掛かって来てみろ若造!」

「お言葉通りに!!」

 大きくタスクは跳躍し、体重ごと乗せた刀は地面へと叩き落とされた。受け止めようと構えを取っていたコウだったが、左手を負傷していることを思い出し、咄嗟に避ける事を選択した。

 それが、幸いだったのかもしれない。地面をも抉った一撃は、まるで漫画の様にクレーターを作り出したのだ。隕石でも落ちたのかと錯覚するほどの一撃を、先ほど受け止めていれば間違いなく腕ごと切り伏せられていたであろう。

 だが、同じ人間の筈だ。この異常な力は何だ? とコウは思案に暮れるが、考えさせてくれるほどタスクもお人よしではない。

 一歩、大きく踏み込みながら横にふり払われた一閃を回避し、タスクの間合いの中に入り込んだコウはタスクの腕を切り落とそうと刀を振り上げる。細い目でよく見えるものだと感心しながら、後方へ避けたタスクへと前進し、右足を軸に回転して追撃するが、これも同じく紙一重で回避される。

 しゃがんで避けたタスクはその流れで軸にしていた右足を払う。重心が一点に集中していたことで大きく体勢を崩したコウは、最早握ることが出来なくなった左手を捨てることに決めたのだった。

 防御に回った左手は肘先から綺麗に切り落とされ、好機と悟ったタスクはコウの胴体に体ごと突進、打ち上げるように放たれたタスクの肘がコウの老体に深々と突き刺さり、その一撃は体の機能を大きく低下させるには十分の一撃だった。

 人の領域を吐出した一撃は、今まで受けて来た打撃よりも予想を超える破壊力でコウの体を壊したのだ。

 こいつは本当に人間なのか? コウの脳裏に過った映像の一つ、タスクの目が金色に光を帯びていたことを思い出す。そうか、この男は既に人ではあらず、おちびとになりかけた人間だったのかとコウは思い知る。

「おや? まさかギブアップですか?」

 刀を地面に突き立てて寄りかからないと立てないレベルまで落とされたコウの体力は底を付いていた。刀を振るうことすらままならなくなったコウを、タスクは興味が失せて刀をしまう。

「つまらない、まだまだ動けると思ったのですが、ここまでですか」

 用なしとなったタスクは振り返って離れていく。コウの命が消えるのも時間の問題でこのまま死んでしまうのもよしと思っていた。

 だが、この二人が次にどのような行動を起こすのかは大体予想がついていた。日本支部を襲い、中の組員を皆殺しにすることは間違いない。そもそも彼らが敵だという認識をしているものは誰一人としていないだろう。

 コウは消えゆく意識の中で走馬灯が巡り渡った。若い頃からろくでもない生活を送って、人を救うよりも人を殺して来た数の方が圧倒的に多かった。

 なぜ、自分が今では人を救う側に入ってしまったのかと思い起こせば、一人の少女が浮かび上がった。今では立派になって自分の右腕となって働いてくれていた少女だ。

 大切な人が死んだ事で自暴自棄に陥っていたカナンを拾って育ててきた。今では実の娘と同じように可愛く育ててきた。それをこの二人は壊すのだと思った瞬間、消えかかっていたコウの灯は火柱を上げるように燃え上がり、最後の力を出し尽くした。

 鬼のような咆哮を上げ、タスクの首を確実に捉えたコウの攻撃は一つの銃声によって無慈悲にも届くこと無く散らしてしまった。

 タスクの顔越しから放たれた一つの弾丸は襲い掛かっていたコウの眉間を貫いていた。

「油断するな」

 銃口から煙が上がり、アレクは冷静にタスクを叱咤する。

「申し訳御座いません」

 死体となったコウに何かするわけでもなく、一つの仕事を終えた様に煙草を吸い始める。

「これ以上はこの場には居られないな。ロウがやってくる」

「なら、このまま殺してしまいましょうよ? その方が楽でしょうに」

 確かにそれをした方が楽だ。二人で襲えばロウを殺すことは容易いのだが、アレクはタスクの意見を否定する。

「奴とは来るべき日に殺し合うだろうさ。それが今ではないだけだ」

「はぁ、まあ貴方がそう言うならそういうことにしておきましょう。それでは行きましょうか? アリア様のご機嫌を損ねてしまう」

 アレクは微笑で答え、二人は清水寺から姿を消した。


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