屋上に現る厨二病。そして放課後。
俺と委員長氏は音のした扉の方へ顔を向け、立ち上がる。
そこには一人の男が立っていた。
「我を呼ぶ声が聞こえたが、何か用か?」
わざとらしく両手を広げ大仰な振る舞いで訊ねてくる出水光。
「ああ、いや呼んでないわ」
厨二病の相手をするのも面倒である、それに昨日のことを思い出してしまうため早々に帰ってもらうことにする。
そよ風に揺れる黒ローブを眺めていると、隣の委員長氏が一歩前に出た。
「昨日は挨拶もしなくてごめんなさい。私は一年一組の委員長を務めてる指宿柚奈よ」
よろしくね、と言って爽やかな笑顔を向ける。
簡単に昨日の記憶を蘇らせてくれる委員長氏に私怨を込めた視線を投げかけるが、案の定彼女が気づくことはない。
「ふむ、貴様のことは知っているぞ。そこの男と共に魔王の手先と対峙していたな」
「ま、魔王の手先?」
委員長氏は何のことか解っていない様子だ。この黒ローブには任せられないため俺が説明するか。
「先週の喫茶店事件、警察に連絡したのはこの厨二らしいぞ」
「そ、そうなの!?」
目を丸くして驚いている。
まあ無理もないか、この男がそんなまともなことをするとは考えにくい。
「あの時は助けてくれてありがとう」
委員長氏は律儀に礼の言葉を述べる。それはメイドカフェでお客様に対する時と似ていた。
「礼を言われる筋合いはない。わ、我はたまたま近くを通りかかったダケダ」
そっぽを向きながら固い口調で云う。
たまにちゃんとした言葉を使うのはどういう心境なのだろうか。
とりあえず一段落したみたいなので、俺はおもむろにズボンのポケットからスマホを取り出した。画面をタッチ操作して、ある機能を使用できる状態にする。
そして黒ローブの厨二病に向け、パシャリ。
「わ、我を捕らえたな!」
「珍しいから記念に撮っておこうかと」
厨二発言には取り合わず、ニヤニヤと笑みを向けてみる。出水の顔はフードに隠れて見えにくいが、素で怒っているのがなんとなく解った。
アリアンロッドからの依頼として写真を持ち帰らなければいけないからな。
「写真は相手の了承を取ってからしなさいよ」
「次からはそうする」
少々強引な気はしたが、証拠を手に入れることが出来たため良しとしよう。
「さて昼休みが終わる前に飯を食ってしまわないとな」
「そうね。あ、よかったら出水君も一緒にどうかしら?」
元からそういう性格なのか委員長氏は厨二病を誘ってみるが、
「遠慮しよう。貴様らの邪魔をする気はない。それと我は出水などではない。ディミトリアス・アーチボルドだ!」
「ご、ごめんなさい」
反射的に謝る委員長氏を尻目に、俺は床に腰を下ろし昼食を再開する。
「うん、玉子焼きもうまいな」
「またナッハカンプフに会おう」
そう言い出水は黒ローブを揺らめかせ去っていく。
「今のって、どういう意味?」
厨二病が姿を消した後、引きつった笑みで肩越しに振り向き訊いてくる。
「また会おうって言ってるなら、放課後にってことじゃないか?」
「よ、よくわかるわね」
感心されてしまった。
「あんなもの解らなくていいだろ。それで、いつまで突っ立ってるんだ?」
箸で弁当を指し、食わないのか? と目で問う。
「そうね、早く食べてしまわないと次は現社だったわね」
俺と委員長氏はそそくさと弁当を食すのだった。
◇ ◇ ◇
五時限目の現代社会、六時限目の物理を適当に流し現在は放課後。今日は掃除当番らしい委員長氏を置いて部室へ向かう。ゲーマー娘は用事があるらしくさっさと帰ってしまった。
いつもの長い廊下をいつも通り一人で歩く。今日は何人が部室に集まるだろうか。
まずオーコさんはどうでもいいとして、厨二病は来るみたいだし、委員長氏も来る。ゲーマー娘は来ないが、あれ? ACはどうなんだろうか。帰りの挨拶が終わった後、教室を見回したが既に姿がなかった。
まあ、いいか。
とりあえず部室に着いたらどうするかだな。昨日はレベル上げをしたから、そろそろ次の町にでも行くか。
やがて部室が近づく。つまらない授業の眠気が襲ってきたのか、ふいに盛大な欠伸が出た。
そのまま部室の扉を開く。次の瞬間、眠気だけでなく先ほど考えていた予定をも吹き飛ぶ事態が起きた。
部室に入ると同時に放たれた鮮やかな銀色の刃。それは俺の口の中、皮膚と接触するほんの僅かな距離で止まった。
「な……な、な」
何が起きている? 滴る汗。あまりの恐怖と驚愕の事態に身動きが取れない。全身が金縛りにでもあったかのように硬直している。
それでも目を閉じるわけにはいかない。恐怖を感じて目を閉じるのは臆病者のすることだ。
視界に映るものを必死に理解しようとする。そこに映っていたのは……。
メイド?
だが委員長氏が着ていたものとはまた違う。デザインよりも機能性を重視したような、言うなれば本職のそれだった。
「あなたが枕崎麟ですか」
襲撃者が喋った。いや、待てよ。この声どこかで聞いたことがあるような。死の一歩手前で頭の回転にアクセルをかける。
どこでだ。どこで俺はこの襲撃者の声を……。




