96 部下
財務大臣、総務大臣、国王のサインと印が入った書類を見てさすがのゲイリック王太子も呆れ笑いをこぼすが、目は全く笑っていない。
「どうやら、婿候補だけでなく護衛騎士をも殺したかったようだな、ハッハッハ」
騎士団長は目をつぶりジッと堪えていた。この契約を結んだレスター執務官はピアソン外務大臣を信じてしまった責任を感じていながらも、まだどこかでピアソン外務大臣を信じたいと思っている。
「ところで、ピアソン外務大臣はこれらを何も知らなかったのですか?」
「実は私事ではあるのですが、2月に父が他界し1年間の休暇をいただいておりました。その間に農作物などの事情により食料問題が発生したので、休暇を返上して先月戻ってまいりました」
「それは大変な時期に……」
「いえ、父はこの国を愛していたので、現在の国の状況に私が公務に戻ることは父も後押ししてくれていると信じております。部下からの報告ではなんら問題無しとあったのですが……」
ピアソン外務大臣は座ったまま後ろをくるりと振り返った。事務官の数名が下を向いて目を泳がせる。総務大臣も震えている。ピアソン外務大臣は眉間を押さえて元に戻った。
「教育がいき届いておらず、申し訳ございません。こちらは内部調査を徹底的にいたします」
ノックの音がして財務大臣と思われる人物が入室し、騎士団長が席をズレて場所を譲った。フオジスト王国執務官は先ほどの書類をピアソン外務大臣に返した。
「財務大臣、ここに君のサインがあるが……」
「外務大臣! これは我が国の問題だ! 今ここで財務大臣を問い詰めるのはいかがと思うがっ」
総務大臣が油汗を流しながら立ち上がった。
「我々はかまわん!」
総務大臣に負けないほどの声量でゲイリック王太子が声を出した。声音を変えて続ける。
「先ほど言ったはずだ。隠し事はさせない、と。この国の真実を、我が国に対する考えを見たいのだ。我らも言いたいことがあるときは口を挟むから、気にせずやってくれ」
総務大臣は気圧されてヘナヘナと座る。
「財務大臣。君はただサインするだけの人形なのか? この予算案をなぜ通した?」
バンと机を叩かれ見せられた書類に見覚えはなくすぐに反応はできない。サインしただけなので、覚えているはずもない。
「部下が審査を……」
「大臣! それは『総務大臣からのものだから』と審査せずに通しております!」
急迫した様子についてきた財務事務官長は財務大臣のフォローをするつもりは無いようだ。この総務大臣案件を見ずにサインすることは一度や二度ではない。
「ですので、騎士団から出された特別予算を受理いたしました」
「そそそそそうでしたっ! そちらで補填し……」
財務事務官長が出した書類には財務大臣の印は無い。金額によっては財務大臣の印は必要ない。騎士団長も財務事務官長も書類の抜け道を使って予算を出したのだった。
「君の預かり知らぬところで、部下がフォローしてくれていたようだな」
ピアソン外務大臣の冷たい視線に財務大臣はパクパクと口を動かす。騎士団長は眉をつり上げてつぶやいた
「それでも隣国へ送る部下に出せたのはこの程度の金額で、部下には申し訳なく思っています……。護衛対象者殿にも大変な旅路をさせてしまったことでしょう……」
本当は部下の現状を聞きたい騎士団長であったが、大切なのは護衛対象者であると自分を制していた。
「事実は確認できました。これはまた調査いたします」
「そうしてください。騎士団長殿、その部下からの連絡は?」
「4月中旬にフオジスト王国王城への入城連絡が入った後は来ておりません」
「半年もの間、放っておいたのかっ!」
ピアソン外務大臣が騎士団長を怒鳴る。騎士団長が耐えきれずに机を叩いた。
「俺の部下だぞっ! 護衛対象者も含めて心配しないわけがあるまいっ!
……調査申請を何度も出した。だが全て却下された。必要ないと……。予算がないと……。我らは国を守る者だ。無理を押して国を空にし、部下を助けに行けると思うのか……。隣国へ赴いた部下たち三人もそれを望んでいるとは思えない……」
騎士団長は悔しい涙を目にため、グッと飲み込む。
「こちらを騎士団長殿へ」
レスター執務官が出したそれは三人の退役届けだった。日付けは4月上旬である。
「今は詳しくは申しませんが、三人とも生きています。そして三人が護衛をした二人も」
「そうですか。ありがとうございます。生存が確認できただけで行幸です。先ほどはお見苦しいところを……失礼いたしました」
「いえ、お気になさらず。話はずいぶんと逸れてしまいましたね」
「あの……護衛対象者二人が生存しているということは、賠償金は必要ありませんよね」
総務大臣のへりくだりながらも図々しい言動にゲイリック王太子のまわりがピリピリと熱くなった。
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