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40 香り

 初夏を感じさせるとある日、フオジスト王国王都騎士団ではいつものように鍛錬されていた。その日、かなり暑く、休憩時間には水のボトルが空になってしまった。新人が急いで走るが待ちきれない者が仲間に声をかける。


「コップ1杯でいいから出してくれぇ」

 

「水魔法は魔力使うから嫌なんだよ」


 この騎士は両手を広げたほどの火の玉(フィアボール)を出すのと同じくらいの魔力出力でコップ1杯にちょうどいい量の水しか出せない。


「そうは言わずにさ。俺よりは得意だろう」


「しょうがねぇなぁ」


 指先に集中していつもの出力を出し水魔法を詠唱した。


「うおお、なんだよ」


 いつもはコップ1杯を注いでくれる男がコップから溢れるほどの水を出して手に溢れた。手を振り水をはたく。

 

「珍しいな。魔力調整失敗か?」


「え? いやそんなはずはないんだけどな」


 その頃、台所でも水魔法を失敗した使用人が水浸しにして注意を受けていた。


 馬車を降り立つとアノスジェンは大きく息を吸った。


「ここはいいにおいだなぁ」


 四人は思わず鼻を動かすが、特に香水のにおいも花のにおいも食料のにおいもしない。

 そうこうしているうちに同行した王都騎士団のメンバーは全部の荷物を下ろすと勝手知ったると一つ騎士宿舎の建物の方へとワイワイ歩いていった。


 本邸と思われる建物の前に何人ものメイドと執事服を着た男性が左右に並んでいた。その先頭に立つ男は白髪混じりの髪を後ろにビッシリと撫でつけ、ド真ん中にビッシリと蝶ネクタイをしめ、スーツのシングルジャケットの前ボタンを3つともビッシリと止め、ピカピカに磨かれた靴をビッシリ45度にして、ピッシリと背筋を伸ばしている。


「わたくし、こちらの執事長をしておりますショーンと申します。領主様は只今狩りにいっておりますので、みなさまを先にお部屋へご案内させていただきます」


 言葉の終わりにはショーン執事長とメイドがピッシリと45度の礼を決めた。


「よよよよろしくお願いします」


 この旅で高待遇は散々体験してきたつもりのアノスジェンであったが、あまりの仰々しさに慄いた。

 執事たちが荷物を持ってしまい、持とうとしたトビーの手が空振る。

 しかたなく手ぶらでついていくと2階の3部屋が用意されていた。階段に一番近くはニールとトビー、次にワディンとヘリン、最奥はアノスジェン。すでに荷物は運びこまれていた。


「まずは汗をお流しください。部屋付きのメイドになんなりとお申し付けください」


 ショーン執事長が45度の礼をしてアノスジェンの部屋を後にする。

 メイドがアノスジェンの世話をしようとし、アノスジェンがビクビクしているとドアがノックされワディンが入室してきた。


「申し訳ございませんが、私の主人は女性にお世話をされることに不慣れなもので、私がいたしますのでお気になさらずに」


 ワディンはあくまでも笑顔でそう説明した。アノスジェンは感謝の気持ちでワディンを見つめた。


「かしこまりました。執事長にもその旨を伝えます」


 教育の行き届いたメイドはテキパキとワディンに装備品の説明をした。もう一人が執事長に報告に行ったらしく、すぐに執事服を着た青年がやってきた。


「邸に慣れずご不便があるかもしれませんので、私もお手伝いさせていただきます」


 ワディンより年上にもかかわらず、あくまでもワディンを傷つけない心配りを感じる。ワディンはアノスジェンが入浴している間に室内の説明などを受けていた。

 アノスジェンが風呂から上がり着替えを済ますとお茶を用意して二人は出ていった。


「アズリュー」


 アノスジェンがつぶやくとカーテンの影からトカゲもどきがアノスジェンの掌に飛んできた。マレガード王国では10センチ程だったアズリューが今は20センチ程になっている。


「君、随分と大きくなったね」


 するとアズリューはスススと小さくなり元の10センチ程になった。


「すごい! 大きさが変えられるの? それならいつも一緒にいられるね!

 それより、水の香りに気がついた? マレガード王国の屋敷の小川の香りに似ているね。お母さんを思い出しちゃったよ」


 20センチに戻っているアズリューに頬ずりすると、アズリューも嬉しそうに頬ずりを返してきた。


「水辺へ行きたいなぁ。きっとアズリューも喜ぶと思うんだよ。また水辺のお祈りができるといいなぁ」


 アズリューを肩に乗せるとベランダへ出た。夕焼けがまぶしく光っている。


「水辺はあっちの方角だね」


 アノスジェンが鼻腔を広げる。アズリューがアノスジェンの頭をクルクルと回りだした。


「もしかして、先に行きたいの?」


 アズリューは鼻をくすぐるように顔の前でクルクルと回る。


「わかったよ。僕もできるだけ早く行けるようにお話してみるね。何かあったら帰ってくるんだよ」


 アズリューは夕焼けに溶けるように飛んでいき、アノスジェンはベランダを乗り出して手を振った。

 ベランダの下で不思議そうに見ていた視線には気が付かなかった。

お付き合いいただきありがとうございます。

毎日夜6:40更新


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