後編
石畳の床に鉄格子がはめられているだけの粗末な牢屋だった。
部屋の中には薄汚れた古い木のベッドが一つと、片隅にトイレらしきものがある。だが、仕切りと呼べるものは目隠し用の板一枚だけだった。
地下牢とは…犯罪じゃないんだから普通は客室に閉じ込めるとか、せいぜい軟禁程度ではないだろうか?
しかも、侮辱罪って言ってるけど、これまで散々侮辱されてきたのは、むしろ私の方なのだけれど…
とは言え、監禁されてしまったけど大丈夫。
私達は、あらゆる事を想定して、できる限りの下準備をしていたのだ。
勿論、拘束される事も視野に入れていたけど…
さすがに地下牢は予想外である。
だが、私が帰らなかった時にはお兄様が迎えに来てくれる事になっている。いくら侮辱罪とは言え、侯爵は私を勝手に私刑にすることは出来ない。
それにしても…言い返しただけで地下牢とは…私が出た後の事は考えていないのかな?
侯爵家の評判はさらに堕ちるとは思わないのだろうか?
そして、お兄様は騎士団に所属しているので、私に何かあれば早急に対処してくれる予定てある。
私は、粗末なベットに腰掛けて待つことにする。今は、それ以外できないけれど…
「早く迎えにきてくれないかなぁ…」
ポツリと呟く。牢屋のなかは静まり返っている。
その頃、侯爵達は今後について話をしていた。
夫人は怒りを顕にして捲し立てる。
「何て生意気な娘なの! 侯爵夫人にさせてあげるというのに…口答えするなんて! しかも、あの娘のせいで私達は周りから白い目で見られているって言うのに!」
「確かに、最近は遠回しに嫌味を言ってくる奴等がいる。エリックにもう少し仲良くするように言うべきか…」
侯爵は腕を組み、険しい表情で唸る。
「いずれにせよ、あの娘には少し頭を冷やしてもらう必要がある」
「そうですとも! 数日も地下牢に入れておけば、自分の立場が分かるでしょう」
夫人は満足そうに頷いた。
何だか見当違いな話をしていて、自分たちの愚かさには一向に気付く気配が無い。
日も沈み、侯爵家では豪華な夕食が並べられていた。
しかし、食卓を包む空気はいつもより重い。
侯爵はナイフとフォークを置き、エリックへ鋭い視線を向けた。
「エリックよ……最近、あまり良くない噂が耳に入ってくる。もう少し婚約者と上手く付き合え。周囲が騒がしくてかなわん。」
夫人もため息をつきながらワイングラスを手にする。
「そうなのです。お茶会でも、最近は遠回しに嫌味を言ってくる方までいるのですよ。本当に不愉快ですわ。」
エリックは手元の料理へ視線を落としたまま、小さく口を開く。
「……僕は…」 言葉に詰まる。
これまでリベラルを冷たく扱ってきたことは事実だった。
しかし、それは侯爵家の者なら誰もが黙認してきたことでもある。
だからこそ、今になって自分たちだけが責められる理由が分からなかった。
「少し距離を縮めれば済む話だ。」
侯爵は当然のように言い放つ。
「そうですわ。どうせあの娘は、あなたの気を引きたいだけ。振り向いてもらえないものだから、ああして反抗して見せているのでしょう。伯爵令嬢の分際で、侯爵家に口答えするなんて身の程知らずもいいところですわ。」
夫人は心底おかしそうに笑った。
だが、その言葉にエリックは複雑そうな表情を浮かべた。
――本当に、そうなのだろうか。
あの日のリベラルは、以前とはまるで別人だった。
怯えることもなく、媚びることもなく、真っ直ぐに自分たちを見据え、堂々と反論してきた。
そして最後に向けられた、あの冷たい視線。
あれは、今までの彼女には決してなかったものだった。
胸の奥に、小さな不安が芽生える。
もし、本当に彼女が僕を見限ったのだとしたら……
そんな考えが頭をよぎる。
だが、その不安を口にする前に――
コンコン――。
食堂の扉がノックされ、執事が慌ただしい足取りで部屋へ入り、一礼した。
「旦那様、お食事中失礼いたします。……面会を希望される方がお見えです。」
「何事だ。今夜、面会の予定は無かったはずだが?」
侯爵が不機嫌そうに眉をひそめる。
執事は一礼し、静かに告げた。
「カートン伯爵家嫡男のハンス様がお見えでございます」
その名を聞いた瞬間、侯爵と夫人の表情がわずかに歪む。
「ハンスだと? 伯爵家の子息ごときが、先ぶれもなく侯爵家を訪ねるとは無礼千万だ。追い返せ!」
「しかしながら旦那様、伯爵子息ハンス様と御一緒に、ギレル公爵家のご子息様も同行されております」
「何だと?」
侯爵の手が止まる。
「お二人とも、『リベラル・カートン嬢を迎えに参りました』と仰せです。」
部屋に沈黙が流れた。
侯爵は険しい表情をし、ゆっくりとワイングラスを置く。
公爵家―― さすがの侯爵でも軽んじることはできない。
公爵家の子息も一緒となると少し厄介だ……
地下牢にリベラルを閉じ込めていることを知られれば、それはそれで面倒なことになる。
少し考える時間が欲しい…… 侯爵は低い声で命じた。
「二人は応接室へ案内しろ」
「かしこまりました。」
執事は深々と一礼し、足早に部屋を後にした。
侯爵は苦々しく舌打ちをする。
「まったく……厄介な連中が来たものだ。」
「あなた、どうするのです? まさか、このままリベラルを帰すなんてこと……なさいませんわよね?」
その言葉に、エリックが顔を上げた。
「……え?」
嫌な予感が胸をよぎる。
「リベラルが、この屋敷にいるのですか?」
地下牢に居る事なんて知らないエリックは驚いた表情で両親に尋ねる。
夫人は当然のことのように答えた。
「あの娘、あまりにも生意気な口を利きましたので、地下牢で頭を冷やしてもらっていますわ。」
リックの顔から血の気が引いた。
「なっ、どうしてそんなことを! 令嬢を地下牢に入れるなんて、いくら何でもやり過ぎです!」
思わず立ち上がる。
侯爵は眉一つ動かさず、冷ややかに言い放った。
「やり過ぎではない。あの娘はこの侯爵家を侮辱し、主人である私に無礼を働いた。当然の罰だ。」
「ですが!」
「黙れ。」
侯爵の低い一喝に、食堂の空気が凍り付く。
「甘い顔をするから、あの娘は増長したのだ。少し痛い目を見れば、自分の立場を理解するだろう。」
エリックは拳を強く握り締める。
リベラルの態度には驚いた。だが、それでも地下牢へ閉じ込めるようなことではない。
地下牢に監禁したという事実が、外へ知れ渡れば侯爵家が非難されるのは避けられない。
そして、その影響は自分にも及ぶ。
このままでは……まずい。
胸騒ぎは、ますます大きくなっていった。
公爵家の中ではまだ常識のあるエリックではあるが、自分の立場が悪くなる心配から来てるものである。
その頃、地下牢では何も知らないリベラルが、小さく欠伸をしながら迎えを待っていた。
「お兄様……いつ来るかしら……」
侯爵家の応接室には、重苦しい沈黙が満ちていた。
侯爵は苦々しい表情を隠しもせず、向かいのソファに座る二人の青年を睨みつけていた。
「――夜分に押しかけてきて、一体何の用件かな」
「用件は先程お伝えした通りです。妹を迎えに参りました」
ハンスは騎士団の制服のまま、微塵も臆することなく答えた。
「妹は花嫁修業として、しばらくこちらで預かることにした」
「花嫁修業、ですか」
隣に座っていた青年――アルバン・クロウフォードが、静かに口を開いた。
クロウフォード公爵家の嫡男である彼は、歳はハンスと同じ、まだ二十代前半だというのに、その佇まいには年齢に見合わぬ落ち着きがあった。
「花嫁修業と称して、令嬢を地下牢に拘束することもあるのですね。存じませんでした」
「――なっ」
侯爵の顔が強張る。
「な、何を根拠に……」
「先程、こちらの使用人の一人から伺いました。リベラル嬢は地下牢に入れられている、と」
アルバンは表情ひとつ変えずに続ける。
「侯爵。私も一応、社交界に名を連ねる者です。使用人の口を封じるのは容易ではありませんよ」
痛いところを突かれた侯爵は、言葉に詰まった。
「そ、それは……躾の一環だ。あの娘があまりに不遜な態度を……」
「不遜、とは具体的にどのような」
「我々を侮辱した挙句に口答えをする、侯爵家の決定に異を唱えた」
「なるほど。つまり、婚約者として意見を口にしただけ、ということですね」
淡々と切り返され、侯爵はぐっと拳を握った。
「――クロウフォード卿。貴殿はまだ嫡男の身。当主でもない身で、この程度の家内の問題に、いちいち口を挟む立場ではないと思うが」
侯爵の言葉には、微かな見下しが滲んでいた。 若輩者が生意気を言うな、というわけだ。
だが、その挑発にアルバンは涼しい顔のままだった。
「確かに、私はまだ嫡男の身。ですが……私にも、父に報告する義務があります。未婚の令嬢を正式な手続きも経ず地下牢に監禁した――そう伝えれば、父がどう動くか。侯爵ならご想像がつくのでは?」
「……!」
侯爵の顔から、すっと血の気が引いた。
クロウフォード公爵家当主の耳に入れば、話はもう侯爵一人の問題では済まなくなる。 それがどれほど致命的な意味を持つか、この場にいる誰もが理解していた。
「私としては、事を大きくしたくはありません。父の耳に入れる前に、穏便に済ませたいと思っています」
淡々とした声で、アルバンはさらに畳みかける。
「――ですので、今すぐリベラル嬢を解放していただけますか。それだけで、この件は私の胸に留めておきましょう」
暗に、断れば父の耳に入れると告げている。 侯爵にとっては、脅しよりも遥かに効果的な一手だった。
侯爵は歯を食いしばりながら、必死に頭を巡らせていた。
――ここで意地を張って、クロウフォード公爵家を本気で敵に回せば、サウラス家など一溜まりもない。
「……わ、分かった。誤解を招いたのであれば、大変申し訳ない。すぐに令嬢をお返ししよう」
ようやく絞り出したその言葉に、アルバンは静かに頷いた。
「賢明なご判断です」
その一部始終を、部屋の隅で見ていたエリックは、握った拳を微かに震わせていた。
(僕は、何をしていたんだ……)
自分の家が、こんなにも愚かなことをしていたなんて。 いや、薄々気づいてはいた。 気づいていながら、見て見ぬふりをしていた。
その罪悪感が、今になって重くのしかかってくる。
コツ、コツ、と足音が近づいてくるのが聞こえた。
来たのは侯爵家に仕える初老の使用人である。「侯爵様がおよびです」と、牢屋の鍵を開けた。
使用人に付き従い案内されたのは応接室だった。何かしら兄さまが動いてくれたようである。
部屋に入ると――
「リベラル!」
「お兄様……!」
私は見慣れた顔が見えた瞬間、思わず安堵の息が漏れた。
兄の背後には、兄の友人であるクロウフォード卿の姿もある。権力には権力で。公爵よりも上家の公爵の友人と二人で侯爵家に迎えに来てくれたようである。
「ありがとう兄様。アルバン様も」
「話は後だ。ここに長居する場所じゃない。帰るぞ」
他の言葉を挟む間も与えず、足早に馬車へと促した。リベラルも異論はなかった。この家に一分でも長くいたくはない。
馬車に揺られながら、リベラルは窓の外に遠ざかっていく侯爵家の屋敷を、ただ黙って見つめていた。
屋敷に帰り着くと、両親が飛び出してきた。
「リベラル! ああ、良かった……!」
母クレアが私を強く抱きしめる。
「ご心配をおかけしました、お母様」
「まったく、あの侯爵家……絶対に許さないわ」
母の目は本気で据わっていた。 そりゃそうだ、大切な娘を地下牢に閉じ込められたのだから。
父アルスも、珍しく声を荒げていた。
「地下牢に閉じ込めるとは、いよいよ看過できん。これは正式に事を進めるべき事案だ」
「クロウフォード卿にも、大変お世話になりました」
私が頭を下げると、アルバンは静かに首を振った。
「いえ。兄君の頼みでしたから」
「本当に、何とお礼を言えば……」
「お気になさらず。それより、リベラル嬢」
アルバンは少し表情を改めた。
「此度の件、私からも証言いたします。侯爵家の対応は、看過できるものではありません」
その言葉に、父も母も深く頭を下げた。
こうして――我が家の"打倒サウラス侯爵家作戦"は、地下牢の一件を追い風に、一気に本格化することとなった。
それから数日後、アルバンが証言してくれたことで、社交界での空気が目に見えて変わっていった。兄ハンスも、騎士団の伝手を使って各所に話を通してくれていた。
社交界でのサウラス侯爵家の評判は、日を追うごとに地に落ちていった。
そして、両親とアルバンの間で密かに話が進んでいたのが――数日後にある王城主催の夜会での正式な婚約解消の申し立てだった。
侯爵家から「エリックが正式な婚約者としてエスコートする」という強い申し入れがあった。世間体を取り繕うための、いかにも侯爵らしいやり口だ。
「向こうから恥をかかせてくれって言ってるようなものね」
父はそう言って、意外にも乗り気だった。
「多くの貴族が見ている場でこそ、白黒つける価値がある」
父の言葉に、私は静かに頷いた。
(今度こそ、決着をつける)
夜会当日。豪奢なシャンデリアの下、リベラルはエリックにエスコートされて会場に足を踏み入れた。
だが、それも束の間のこと。エリックはあっという間に令嬢の群れに囲まれ、リベラルの存在などそっちのけでにこやかに愛想を振りまき始めた。婚約者を放って別の令嬢たちに囲まれ上機嫌になる——その神経の図太さに、リベラルはもはや怒る気力もなく、ただ呆れて壁際に下がる。
(悲劇のヒーロー気取りも、ここまでくると清々しいわね)
そんなリベラルの様子に気づいた父と兄が、ついに動いた。
「サウラス侯爵。少々お話が」
父の低い声に、談笑していたサウラス侯爵が振り返る。周囲の貴族たちの視線が、じわりとこちらに集まり始めた。
「なんだね、伯爵……無粋な話は後に」
「無粋? 娘が少し反論を返しただけで地下牢に入れておいて、よくもそん事が言えますな」
その一言で、談笑のさざめきがぴたりと止む。
「婚約者を蔑ろにする家とはご遠慮したい。娘との婚約は白紙に戻していただきたい」
「ふざけるな! 貴殿の家が今まで大人しく従ってきたのは、格の違いをわきまえていたからだろう! 伯爵令嬢が侯爵夫人になれるんだぞ!それを今更!」
「わきまえていたのではない。逆らえなかっただけです。うちが融資を止めれば、真っ先に困るのはどちらの家か——貴殿こそ、よくお分かりのはずですが?」
サウラス侯爵の顔が見る間に赤黒く染まっていく。長年、伯爵家の資金を頼りきっていた事実を、この場で白日の下に晒されたことへの動揺だった。
「今日までは侯爵の圧力で何もできなかったが……ここまで娘を蔑ろにして黙っている私では無い!」
「なんだと……!」
言葉の応酬は瞬く間にヒートアップし、周囲の貴族たちは遠巻きにしながらも興味津々にその様子を窺っている。お兄様は私を庇うように前に出る。エリックはといえば、事の重大さにようやく気づいたのか、令嬢たちの輪から慌てて抜け出そうとするも、人垣に阻まれて動けずにいた。
「侯爵、いい加減になさい」
割って入ったのは、兄の友人クロウフォード卿だった。傍らには体格の良い少年の姿があった。
「話は伯爵令息のハンスから聞いている。令嬢、婚約者に対する不当な扱いと拘束、そして伯爵家に対して権力を笠にした金銭搾取。これは家格云々の話ではなく、法と道義の問題だ」
「公爵まで……! 我が家に言いがかりをつけて潰す気か!」
「潰すのは貴殿自身の言動だろう」
「誤解だわ。リベラルがエリックに嫉妬して気を引くために大袈裟に言ってるだけよ。そうでしょ?」
侯爵夫人が忌々しそうに私を見て言う。それこそ誤解と言うか思い込みである。
「私はエリック様に嫉妬していません。婚約者を蔑ろにする方は……はっきり言って嫌いですし、何度も婚約解消をお願いしてるのに此方の意見を無視し、改善すらしようとしない方達とは……正直に申しますと、関わりたくありません」
「なっ!何て無礼な娘なの!」
怒り奮闘の侯爵夫人の前に歩み寄る少年。
「少しよろしいでしょうか? 僕は同じ学園に通ってるカイル・ウォーカーと申します。エリック様が婚約者と一緒にいるところや話をする所なんて見たことも聞いた事も無いです。噂では…婚約者がエリック様を離さない。だから、婚約解消出来ないと周りから同情されてましたが…どうやら話が違うようですね」
クロウフォード卿の隣にいた少年カイルが、芯の通った声で話しかけてきた。
この方は確か…辺境伯嫡男ではなかったかしら?話た事はなかったけれど援護してもらえるのは有難いわ。
侯爵夫人は顔を真っ赤にして「貴方は関係ない。口を出さないで頂戴」と喚いている。
だが、公爵と辺境伯嫡男のその証言は、会場の空気を決定的なものに変えた。
「関係無い奴は黙っていろ!」
大声で怒鳴る侯爵だが--
「……何事だ」
低くよく通る声とともに、人垣が割れる。国王その人が、玉座の間から様子を見にきたのだ。
事の顛末は既に近侍を通して耳に入っていたのだろう。国王は淡々と、しかし逃れようのない威厳をもって告げた。
「サウラス侯爵。カートン伯爵令嬢に対する不当な拘束や搾取の件、公爵及び辺境伯嫡男の証言、並びに他の方達の証言や証拠も数々あるらしいが?…非は明確に貴殿にあると思われる」
「へ、陛下……!」
「婚約破棄を侯爵家有責にて認める。以後、カートン伯爵令嬢及びその家門への一切の不利益な措置を禁ずる」
会場がどよめく。サウラス侯爵夫妻は蒼白になり、何か言おうと口を開くが、言葉にならない。
エリックはようやく人垣から抜け出してきたものの、目の前で下された王命に呆然と立ち尽くしていたが、状況がかなりまずい。どうにかしなければと焦ったエリックはーー
「ご、誤解です!話が行き違いしただけです。しっかりと話し合えば大丈夫です」
「……誤解だと?話し合い?では裁判でもするか?」
王の言葉に侯爵は「裁判!?」と怯え、夫人は「どうして私たちが!伯爵の分際で!!」と喚いている。
エリックは微笑みながらリベラルに近寄り、手を掴まえようとするが、一歩後ろに下がり避ける。
「リベラル…意地を張らないでやり直そう」
「はあぁ!?」
こいつの頭大丈夫!?キモッ!
余りの気持ち悪さに後退りしてしまった私の前に大きな背中が視界に入る。
「今更何の冗談だ?王命で君との縁は切れている。やり直しは無いのだよ」
そう言ってくれたのはカイル・ウォーカー辺境伯令息だった。面識も余りないのに庇ってくれたことが嬉しくて、「ありがとう」と小さな声で呟いた。
まだ「違う!誤解なんだ!」と言い寄ろうとするエリックを私から遠ざけてもくれる。
「周りを見てみろ。引き際は大事だ」
はっと周りを見渡すエリック。自分達が白い目で見られていることに漸く気付いたがもう遅い。
侯爵は夫人を置いて先に逃げるように早歩きで会場を後にする。慌ててエリックも夫人の腕を掴み侯爵の後を追って行く。
「騒がしい者がいなくなった。皆、引き続き夜会を楽しんでくれ」
国王の一声で音楽が鳴り響く。
伯爵家一同国王に向かい静かに一礼する。
「この度は誠に有り難う御座いました」
国王は片手を挙げ「気にせずともよい」と微笑んでくれた。
リベラルは心の中でそっと呟く。
(——やっと、終わった)
円満?に婚約解消できてよかった。両親は心から喜んでくれて「嬉しいからちょっと踊ってくるわ」とお父様とダンスホールへと消えていった。
お兄様はクロウフォード卿と話をしていた。
「カートン令嬢…少し話しても?」
背後から声を掛けられ、振り向いた先にはウォーカー令息がいた。
「先程は助けて頂き有り難う御座いました」
「出過ぎた事かと思ったのですが…助けになったのでしたら良かったです。学園でも……色々と面白いものを観させて頂いた御礼です」
「面白いものとは?」
「……ずぶ濡れになって独り叫んでいたこととか…むぐぅ」
慌ててウォーカー令息の口を両手で塞ぐ。
「人違いでは!?何の事?オーホホホッ!!」
!!私は慌てて両手を退かした。この人!私の手を舐めた!!
突然の出来事で思わず叫んだ。
「何すんの!!」
私の声に反応してお兄様が駆け寄って来た。
「どうした?何があった?」と聞かれ、こいつ舐めた!!って言う前にウォーカー令息が「私が告白したことに対して驚いたようで…」と何んだか誤解される様な言い方をする。「お兄様違うの!そうじゃなくて!」顔を真っ赤にして言う私をみて勘違いしたお兄様は「お前…カイルがタイプなのか?照れてるのか?」と言ってくる…
「私が早まって言葉にしたため…申し訳ない。少し二人で話をしても?」
平然と誤解されるような言葉を言って…私は唖然とする。
「カイルがそう言うなら…」とお兄様は私を置いてクロウフォード卿の元へ行った。
「…お兄様と仲が良いの?」去り行く兄の背中を見詰めながら聞くと「騎士団に顔を出した時から世話になってる。クロウフォード卿とは従弟なんだ。それで色々と付き合いがあって…今回の事も話を聞いていて協力することにしたんだ」
「そうでしたの…だからと言ってあんな言い方誤解されます。それに手を…ゴニョゴニョ…なんて…」
思い出したら顔が暑くなって…下を向く。
「まぁ嘘は言ってないですから。解釈の違いまでは分からないけど」
「ウォーカー令息は意地悪ですね!」
私が睨み着けると「カイルでいいですよ」と微笑む。仕方なく「…私もリベラルと」令嬢らしく微笑む。
「ではリベラル、一曲どうですか?」
片手を出してダンスへと誘う。断る理由もないので「…喜んで?」と、取り敢えず踊ることにした。
婚約解消もできた事だし…夜会を楽しもう!
これからの未来は希望に満ちてるのだから!
面白い! と思ったら
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