中編
まず最初に相談したのは、親友のマリーだ。
学園の中庭。いつものように二人でお茶をしていた私は、カップを置いて真剣な顔で口を開いた。
「……マリー、私もう限界よ」
「リル?」
「本気でエリック様と婚約解消したいの」
マリーの目が少し見開かれる。私は小さく息を吐いた。
「両親にも相談したわ。でも相手が侯爵家だから簡単じゃないみたいで……」
そこまで言ってから、私はぐっと拳を握った。
「でも、もう嫌なの。あんな最低な人と結婚なんて絶対したくない。だから私、決めたの」
私はマリーを真っ直ぐ見た。
「優しい淑女をやめるわ!」
びしっ、と宣言した。
次の瞬間。
「よく言ったわリルーーーー!!」
マリー、勢いよくテーブルを叩いて立ち上がった。
周囲の令嬢たちがビクッとこちらを見る。
「あんな男のために我慢する必要なんて無いわ!!」
感情を露わにする親友に、私は目を瞬かせる。
「ちょ、マリー声」
「だって腹立つもの!!」
めちゃくちゃキレていた。
普段は可愛い系のお嬢様なのに、マリーは自分のことのように怒ってくれた。
「私、ずっと心配していたのよ。リルが無理して笑っているの、分かっていたもの…
貴女はもっと怒っていいのよ!」
嬉しい……ちょっと泣きそう。 いや泣かないけど。中身二十八歳なので。
「う、うん こんな私でも友達でいてくれる?」
そう聞くと、マリーは呆れたように笑った。「当たり前でしょ? 友達じゃない」
「マリー……!」
「むしろ今までよく耐えたわよ! リルは偉い!! 私でよければ何でも協力するわ!」
その力強い言葉にやる気がわいてくる「ありがとうマリー……」
私は心からそう思った。次の瞬間――マリーの目がキラッと光る。
「それで? これからどうするの?」
彼女はにやりと笑う。
「……え?」
「決まっているでしょう。作戦会議よ!」
楽しげに目を輝かせるマリーに、私は思わず吹き出した。
「打倒エリック、打倒サウラス侯爵家作戦を立てるの!」
「物騒ね……」
そう言いながらも、気づけば私も笑っていた。
それから私たちは、まるで秘密を共有する子供のように顔を寄せ合い、あれこれと計画を練った。
どうすればエリック、侯爵家ら逃げられるか。
どう動けば周囲の見方を変えられるか。婚約解消には何が必要かなど、気づけば時間を忘れて久しぶりに心から楽しいと思えていた。その後も、私たちはかなり盛り上がって話をした。
そして後日。私は改めて家族全員を前に、自分の意思を伝えた。
父アルス、母クレア、兄ハンス。揃って真剣な表情で私を見つめている。
「これまでは私が大人しくしていたから相手も好き勝手にしてたと思うの……だから私……我慢するの辞めます。だから協力して欲しいの」
室内が静まり返る。
だが次の瞬間、兄ハンスが勢いよく立ち上がった。
「よく言った!!」
「ハンス」
父に窘められていたが、兄はまるで自分のことのように嬉しそうだった。
母は驚いたように目を見開いた後、ふっと優しく微笑む。
「……そうね。それでいいのかもしれないわ」
父と兄が静かに頷いた。
「「もちろん協力するに決まってる」」
家族の迷いない返答だった。
家族会議の結果、まず決まったのは――“外堀を埋める”ことだった。
真正面から侯爵家へ婚約解消を叩きつけても、今のままでは不利になる可能性が高い。
ならば先に、周囲へ“事実”を広めていけばいい。
つまり。 サウラス侯爵家がどれだけ不誠実なのか、貴族社会へ知らしめる作戦である。
「なるほど……確かに、高位貴族の中には既に気づいている者もいるだろう」
父アルスは腕を組みながら深く頷いた。
「ですが、“噂”と“当事者の証言”では重みが違いますわ」
母クレアが静かに言葉を続ける。
そう。 今までは周囲も、『婚約者同士、少し距離があるだけでは?』程度にしか認識していなかった。
だが実際は違う。婚約してからは殆ど交流無し。
学園では避けられる。 婚約者として最低限の体裁すら無い。
しかもエリック本人は外で“可哀想な被害者役”を演じている。
冷静に考えてかなり酷い。
だからこそ、“被害を受けている側”であるカートン家からきちんと事情を話す。
社交界で少しずつ現状を共有し、周囲の認識を変えていく。
地味だが、非常に効果的な方法だった。
「まあ、サウラス侯爵家は外聞を気にする家ですものね」
母が優雅に微笑む。
……うん。 笑顔だけど目が怖い。 完全に怒ってる。
「つまり、“周囲から見てクソ不誠実で自分勝手。傲慢な侯爵家”という空気を作るわけだな」
兄ハンスが妙に楽しそうに言った。
「お兄様、言い方!」
「間違ってないだろ?」
間違ってはいない。 むしろ的確だ。
気付いている人たちもいるが当事者から細かく話をすることで外堀を固めていこう作戦。
もちろんマリーも協力してくれることになっているので、少しずつ状況は変わってくるかもしれない。
そして――。
私は…エリック本人へ自分の気持ちをはっきり伝えることだった。
場所は学園の談話スペース。
今日こそクズ婚約者に私の気持ちを真正面から叩きつけてやる!
そこには今日も、エリック・サウラスを囲む令嬢たちの姿があった。
相変わらず爽やかな笑顔で対応している……本当に外面だけは完璧だな。
今日でその余裕ぶっ壊してやる。私はにこやかな笑顔を貼り付けたまま、その集団へ向かって歩いていった。
私の隣にいるマリーが小声で囁く。「強気で行くのよ!」
すると一人の令嬢がこちらに気づく。
「あら、リベラル様……」
空気が変わった。令嬢たちの視線が一斉にこちらへ向く…
その中心でエリックが私を見た瞬間――露骨に困った顔をした。
私は笑顔を貼り付けたまま、真っ直ぐ彼の前まで歩いていった。
周囲がざわつく。
婚約者である私が、自分からエリックへ話しかけることなど滅多に無かったからだろう。
だが、もう気にしない。 私はエリックを見て、静かに口を開いた。
「エリック様私のことが嫌いでしたら、ご両親へお話しして婚約解消してくださいませ。私達伯爵家からは断れませんもの」
その瞬間―― 周囲の空気が凍りつき、令嬢たちの笑顔が固まる。
一気に騒然。 遠くの令嬢まで振り返った。
うん、学園中に広まりそう。最高!
エリック自身も、完全に予想外だったのだろう…目を見開いたまま言葉を失っていた。
私は構わず続ける…
「私は既に両親へ伝えております」
そして、はっきりと言った。
「――貴方のことが嫌いだと」
ざわっ――と周囲が揺れる。 あ、令嬢が扇子落とした。でも止まらない。
「最初は努力いたしました。婚約者として関係を築こうと、お茶へお誘いし、手紙も送りました」
私は一歩も引かず、真っ直ぐエリックを見据えた。
「ですが全て拒否されました。手紙の返事もほぼ無く…あっても五回に一回、一行程度です」
「……っ」
「婚約者でありながら交流を避け、学園でも話しかけることすら避ける」
そして私は、穏やかな笑みのまま告げた。
「そのように、婚約者へ最低限の礼儀も取れない方とは結婚したくありません」
完全に公開処刑だった。
周囲の令嬢たちは息を呑み、誰も口を挟めない。
エリックはしばらく呆然としていたが、やがて顔を強張らせる。
徐々に“自分が皆の前で批判された”ことを理解したらしい。
「……君、失礼じゃないか」
ようやく絞り出した声は、どこか苛立っていた。
「親が決めたことだ。僕が言ってもどうにもならない」
「どうにもならないからといって、婚約者を蔑ろにして良い理由にはなりません」
シン、と場が静まる。
「お茶会のお誘いも拒否。手紙もほぼ無視。エスコートもプレゼントも一切無し」
私は周囲をゆっくり見回した。
「皆様は、どう思われますか?婚約者として当然の交流すら持たない方を」
「えぇ……」 「それはちょっと……」
誰も答えない。 いや、答えられないのだろう。
困惑が広がっていくのが分かった。
令嬢たちは顔を見合わせ、小さくざわめき始める。
「え……?」
「そんな……」
「でも、エリック様は……」
どうやら彼女たちは、本当に知らなかったらしい。
エリックが“婚約者に冷たい”程度には思っていても、ここまで徹底して関わりを拒絶していたとは想像していなかったのだろう。“婚約者ガン無視男”だとは思ってなかったようだ。
しかも今、本人の前で事実として突きつけられた。
逃げ場の無い形で。 エリックの顔色が、僅かに変わる。
すると一人の令嬢が恐る恐る聞いた。
「エ、エリック様……本当ですの……?」
エリック、詰まる。
私は最後ににっこり微笑んだ。
「ですので、どうかご安心くださいませ。私も、この婚約を続けたいとは全く思っておりませんので」
私は最後までにこやかに言い切ると、優雅にスカートの裾を摘まみ、一礼した。
呆然と立ち尽くすエリックと令嬢たちを置き去りにし、そのままマリーと共に踵を返す。
――完・全・勝・利である!
廊下へ出た瞬間、マリーが堪えきれず吹き出した。
「リル、あなた最高よ!」
「私もはっきり言えて気持ちがスッキリしたわ」
二人して微笑みあう
さあ次はどうしようか・・・
――――――
一方、談話室では何とも言えない雰囲気が漂っており…
先程まで華やかな笑い声で満ちていた空間は静まり返り、誰もが気まずそうに視線を逸らしている。
エリックは未だ呆然と立ち尽くしていた。
「わ、わたくし、課題が残っておりましたわ…お先に失礼します…」
一人の令嬢が、引きつった笑みを浮かべながらそそくさと退出する。
その言葉を皮切りに「私も…」「そういえば…」次々にエリックの周りから立ち去って行った。
残されたのは、項垂れるエリックただ一人。
その姿は哀愁すら漂っていた。
その談話室の隅で、肩を震わせ、必死に口元を手で覆って笑いをこらえている一人の少年がいた。
「……っ、ふ……くくっ……」
面白すぎる……学園にこんな令嬢がいたなんて……
―――
次に取った行動は…「私は強くなりたい!」と言って、護身術や剣術を習い始めた。
両親は「それは…なんか違うんじゃ…」とか言ってたが押し通してみた。
だって、この世界の武術興味あるじゃない?
その為に、記憶を取り戻した日から、毎日隠れて筋トレとストレッチを続けていたのだから。
お兄様は面白がって講師を探して連れて来ては、一緒になって教えてくれた。
前世でも武術をやっていたお陰で、上達するのが早かった。
社交界では徐々に噂が広まり、サウラス家の醜態も隠しきれなくなっていた。
そして――焦った侯爵家から、私は呼び出しを受けた。
案内された応接室は重苦しい空気に包まれている。
磨き上げられた調度品も、今はどこか息苦しく感じた。
正面のソファへ腰を下ろしていたのは、サウラス家当主――ハルマ・サウラス侯爵。隣にはエリザナ侯爵婦人がいてサウラスはいない。
威厳ある顔立ちをしているが、その表情には僅かな焦りが滲んでいた。
「何やら……誤解や行き違いがあったようだね」
静かに切り出された言葉に、私は思わず心の中で苦笑する。
……誤解?
私は表情を崩さぬまま、ゆっくりと口を開いた。
「そうでしょうか?」
穏やかに返しただけなのに、侯爵の眉がぴくりと動く。
「エリック様には婚約者としての扱いを受けた覚えはありませんし、むしろ避けられるほど嫌われていると認識していますが?」
「そ、それは若気の至りというか……」
隣に座る夫人が慌てて口を挟む。
「エリックもまだ若い。多少羽目を外しただけなのです」
「ですが、現にエリック様は、こちらにいらっしゃらないのはなぜですの?」
「まずは私達だけで話をしたくてね。その後でエリックと話をすれば良い」
侯爵夫妻は私を懐柔したいらしいけど…遠慮なく強気で行きます。
「エリック様には私の気持ちをすでに伝えておりますので、これ以上お話しすことはありません。私はこの婚約を解消して欲しと思います。」
そういう私に向かって侯爵夫妻は
「なんと無礼な!!今のは聞かなかったことにしてやる」
「あなた、下位令嬢のくせに生意気よ」
二人は嫌悪感を隠しもせずに怒りを露にして私を責め立てる。
「あなたにも落ち度はあるんじゃなくて?エリックに対して努力不足なのでは?」
「侯爵夫人になれるんだぞ!それぐらいの我慢も当たり前なのではないか?」
いかにも傲慢で自分勝手な言い分である。こんな侯爵家には絶対に嫁ぎたくないと強く思った。
「無礼を承知で言いますが、私だけを責めるのはお門違いです。現にエリック様には多数の無礼や侮辱をされ、軽んじられてきました。婚約者に対してマナー違反はどちらでしょう?高位貴族はそれが当たり前なのですか?」
私がさらに言い返したことで顔を真っ赤にして激怒する二人…先に口を開いたのは侯爵だった
「おい!侮辱罪で牢屋にでも入れておけ!」
「侯爵家に口答えするなんて…身の程をわきまえなさい!」
そう言って私は侯爵家の地下牢へ連れて行かれた。
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