尾藤唯香—ビトウユイカ— ②
大学四年。あたしの生活は、睡眠、食事、セックスという三大欲求の解消に加え、写真という唯一残った希望に縋り付くような日々へと変貌を遂げていた。
茨城のつくばから上京してきたあたしは、今でも月に一度、お母さんと電話をする。変わることのないお母さんの優しい声を聴く度に、言葉にしづらい罪悪感と戦う羽目になる。あたしは「東京の人はお洒落だからね」なんて田舎臭い発言を繰り返すことで、変わらない芋女のあたしを写し、お母さんを安心させていた。
あたしは変わった。三年前の、処女を捨てたあの日から、あたしはゆっくりと豹変していった。
性に対する抵抗力が、この三年をかけて段々となくなってしまったのだ。一度身体を交わらせて以来、拓海とは恋人というよりセフレのような関係になってしまい、拓海の浮気が判明した矢先、仕返しのようにあたしも適当な男を捕まえて自分を抱かせた。不貞な自分を認めるかのように、バイト先も時給の安いホームセンターからガールズバーへと移った。そのことが学部の先輩によって男共の情報網へと流されて以降、あたしが飲み会に誘われる機会がぐんと増えた。理由は簡単だった。持ち帰り枠。そんなところだろう。
あたしの隣には必ず男が座った。コンパでもゼミ飲みでも、必ず。そして、隣を最後まで死守できた男が、結局その夜上手い口車であたしを犯した。数年前のあたしが、男にちやほやされているあたしを見たら「羨ましい」と言ってくれるのだろうか。いや、きっと馬鹿にされておしまいだ。付き合ってもない男の酔った勢いと寂しさにかまけて抱かれた夜に、「顔は中の上だけど、こんなにエロい身体してる女マジでいねえよ?」と言われた時は、誤ってその男を殺してしまいそうになった。
ただでさえ退屈な毎日だったけど、あたしには「写真」という生き甲斐が残っていた。三年前、拓海との数少ない思い出は、全て写真に詰まっている。あたし達は最初から恋人などにならず、写真を愛する友人程度で留まっておけば、きっと今でも良好な関係が続いていたかもしれない、とは思う。
ただ、結局の授業の単位もろくに取れない要領の悪い拓海は、大学一年の冬に学生生活をドロップアウトした。あたしはそのタイミングで拓海と別れたわけだけど、拓海は自主退学前「ようやく自由に夢を追える」とか、最後まで恥ずかしい言葉を垂れ流していた。「そんなんじゃ、愛想尽かされるよ。友達にも、恋人にも、家族にもね」あたしが拓海に本音を言えたのは、それが最初で最後だった。
悪い印象ばかりだけど、こうみえてあたしは拓海に感謝もしている。
「好き」よりも「イク」を聴いた回数の方が多いような恋人だったけれど、あたしは彼のおかげで、女性を被写体とした作品の素晴らしさに気づくことができた。
あたしはLGBTではない。容姿に沿った性自認を持ち、マイノリティからは離れた部分で生きている。男に恋をし、男とセックスをするのがあたしだ。
ただ、ファインダー越しに写る男の裸には一切興味が沸かなかった。その反面、レンズ一枚通すだけで、女性の身体はあたしにとって特別なものになり、どんな肉体でも作品になり得た。
これを「性癖」や「嗜好」と呼ぶのかわからないけれど、あたしの写真的趣味は多少特殊で、そういう自覚は少なからずあった。女性の裸を、いくらだって撮りたい。
自分自身の好みに気づいてからは、偽名でインスタのアカウントを作り、被写体募集をし、何度か見ず知らずの女性と撮影会を行ってきた。この世界には、意外にも素肌を露出した自分を撮って貰いたいと志願する女性が多い。あたしの需要に、ちゃんと供給してくれるぐらいには、そういう女性が溢れていた。
あたしだって、女性の身体を持っている。男からすれば、「こんなにエロい身体はいねえ」らしい。それでもあたしは、自分の身体を好きにはなれないでいた。あたしとしては、もう少しお腹周りの肉を落としたかったし、胸もここまで大きくない方が可愛い洋服も着やすい。でも、男共はこれぐらいグラマーな方が興奮するのだろう。理解はできないが、それが彼らの需要、だったのは確かだ。理解はできないけど。
お風呂から上がると、鏡に映る全裸の自分がたまに「豚」のように見える時がある。別に特別太っているわけでもないけど、「喰われるな、こりゃ」そんな気がしてくる。角煮だろうか、ポークソテーだろうか。個人的には、しゃぶしゃぶにして欲しい。脂は出来るだけ落としたいから。
打って変わって、他人の女性の身体は大好きだ。どんな身体の女性が好きかと問われれば、あたしは何の躊躇いもなく、「全て」と答えるだろう。大きな胸も小ぶりな胸も、仄かに桃色の稀な乳輪も、真っ黒い種のような乳首も好きだ。滑らかな曲線を描いた腰も、怠惰さ故に膨張しきった腹部も、股割れを起こすほどの細い太腿も、セルライト弾ける肉感の強い脚も好きだ。もちろん、腕や手、足首やデコルテラインだって大好きだ。爪とつむじと、ああ、濡れた瞳なんかは堪らなく、あたしの撮影欲求を刺激してくれる。
あたしの生活は、裸に満ち溢れている。良い撮影機材を買い揃える為に、嫌いな男のペニスを舐め続け、その報酬として、大好きな女性の裸を拝ませてもらう。
ここ数年、そうやって生きてきたあたしの前に現れたのが、詩乃宮結季という、一人の男性だった。




