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BURLESQUE  作者: 微倫
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プロローグ

 


 断片的な記憶だけが残っている。

 全てを思い出そうと頭を捻る度に、耐え難い頭痛が僕を襲った。


 詳細な月日までは忘れてしまったが、重度の花粉症を患っていた父が苦しそうに目を擦って、くしゃみを繰り返していたからあれは春のことだと考えられる。


 僕はリビングで、母が誕生日に買ってくれた数多の本の中から、宮沢賢治の『注文の多い料理店』を開いていた。


 僕が駆け足で活字を追う時間、父は書斎で在宅勤務を行い、母は趣味である手芸を寝室で楽しんでいた。カーペットに寝転びながら読書をする僕を、ふかふかのソファに腰を下ろす姉が見下ろしていた。八つも歳が離れた姉は、既に大人の肉体をしていた。紫色のフリルをあしらえた短いスカート。そこから伸びる白い太股の間に、黒い綿のパンツが見えた。当然僕は何も思わなかったし、姉も気にはしていなかった。


 本を読み進め、ちょうど面白くなってきたところで、姉は僕から文庫本を取り上げた。そして、何やら玄関から赤いタンクを運んできて、リビング一面に撒き散らした。散布したその透明な液体が僕の肌に触れると、少しだけ痛い気がした。頭がくらっとするような、歪な匂いがリビング中に充満する。小学六年生の僕でも気づいた。姉は今、ガソリンをまいていると。この匂いは、ガソリンスタンドへ立ち寄った時の香りによく似ていたから。


 気づけば姉は僕から取り上げた本に、父の私物であるジッポを使って火を付けていた。紙が燃え始め、徐々に赤い炎が表紙を包んでいく。姉はそれを、床へ放った。僕は何が何だか分からなくなって、とりあえず泣いた。わんわん泣いていると、姉は僕をサッカーボールのように蹴り上げた。姉の爪先が、僕の腹部にのめり込んで、そのまま腸を揺らした。僕は男の子だったけれど、姉より小柄で、力も無かった。何度か蹴られた僕は、我慢できずに、昼に母が作ってくれた大好物の唐揚げ入りの吐瀉物を吐き出した。胃酸の酸っぱい香りと、ガソリンの鼻をもぎり取るような悪臭が混ざり合った。遠のく意識の中で、姉が泣いているのを見た。僕はどうしてか「ごめんなさい」と呟きながら、炎が広がりゆく家の中で気を失った。







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