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騎士マルクス、手記を書く。

 看守から紙と変わった形の筆記具を頂いた。今日から、手記を書き残そうと思う。

 この不思議な国で起きた事を書き記し、いずれスクイン王国へと帰還した際に、皆の笑い話にでもなれば幸いだ。


 今回は、日本という国に来て不思議に思ったことを、まとめて書き記す。不思議な事があまりにも多すぎて頭が酷く混乱しているが、時系列に関係なく書き出していく事にする。少々読みづらさを感じるとは思うが、御容赦頂きたい。


 まず、この国に来て思ったことは、文明がとても進んでいる事だ。

 そもそも、支給された物資からして不思議である。羽根のように軽く、落としても割れない食器や瓶。蒸れない下着に、王宮よりも大きく透明なガラスの窓。高速で動く鉄の箱に、絵が動く摩訶不思議な板。壁から生える鉄の円柱に手を触れれば水が流れ、何もせずに近づくだけで扉が開く。この国で目撃する何もかもが、スクイン王国周辺では見たことが無い程に優れていると感じた。

 この国で唯一、訛りのないラジア語を話せる看守役の彼女に、「もはや魔術であろう」と話をしたが、「似ているが全く違う」と言っていた。説明を願い出たが、「話せば長くなる」と断られてしまった。おそらく機密保持の為なのか、はたまた彼女の言う通りなのか。恐らく前者だと感じた私は、それ以上の問いかけを止めた。


 とはいえ、この国の技術は、紛れも無く素晴らしい。支給された紙と筆記具もそうだ。紙は薄い本のように綴じられ、滑らかで非常に質の高い紙だ。筆記具は、細い木でできているが、筆先には黒い石のような物があり、葦筆の様にインクを補充する必要もなく、木を削り石を尖らせる事で細かい文字も書ける。鉛筆と言うらしいが、何とも不思議で書き心地も葦筆よりも良い。


 食事に関しては、最初は祖国でも馴染み深い「ルスティカポタージェ(芋と塩漬肉のスープ)」だった。味付けは祖国で食したものよりも少し味が濃いと感じたが、毒は入っていないようだ。むしろ元気が湧く。

 時折配られる食事の中には、見たことのない料理もあった。白い米だけを贅沢に炊いたものに、独特の香りがする茶色いスープ、他には卵を薄く焼き上げたものを丸めた「タモガヤキャ(卵焼き)」という柔らかく不思議な食感の料理も出た。これがすこぶる美味であり、作り方を伝授してほしいと看守に願い出ると、快く承諾してくれた。更に設備も道具も場所も貸してくれた。

 薪もないのに火がつく器具に驚きつつも、精巧に作られた四角く浅い鍋に、かき混ぜた卵を薄く伸ばすのだが、これが非常に難儀であった。形は崩れたが、とても美味であった。祖国に戻れたら、皆に振る舞ってやりたいものだ。


 この国に来てから、イタリア語という言語を知った。この国とは違う、遠い異国の地で使われている言葉らしく、所々ラジア語を彷彿とさせる単語や文法で、更に発音は訛りの強いラジア語そのものであった。そのおかげもあってか、1週間程でイタリア語を用いての会話は出来るようになった。

今思えば、黒い衛兵達や謎の男共が話していた強い訛りのラジア語は、イタリア語だったのかもしれない。


 しかしながら、読み書きは非常に難しい。“アルファベット”という文字を使うのだが、これがなかなか慣れない。祖国に帰りたい。

 さらに、日本語という言語も学習中だが、これはイタリア語よりも非常に難しく感じる。文法を無視しても単語を繋げるだけでそれとなく伝わるが、似たような意味でも意味の強度が変わったり、文字も複数あり適宜使い分ける必要もあり、はっきり言って面倒だ。

 だが、日本語にはとても便利な言葉があった。


「スミマセン」


という言葉だ。この言葉は本来は謝罪の意味を持つ単語らしいが、長い年月をかけ喜怒哀楽などの複数の意味を持つ単語となったそうだ。謝罪はもちろん、モノを頂いた時や歓迎された時にも謙虚な姿勢を表現する単語として使える。さらには気合いを入れる時に唱えると、心なしか元気が出てきたのだ。これは、よもや呪文ではなかろうか?

 他にも、「ケッコウディス(結構です)」「テキトウ」「ヤヴァイ」「チェトマテ(ちょっと待って)クディサイ(ください)」もあらゆる場面で使えるようだ。日本語に難儀していた私にとっては、非常に助かる情報であった。


 それから、日本という国で生きる為の作法を学んだ。この国にも、法律という規則が存在し、守られない場合は捕縛され、処刑される。これはスクイン王国でも、他の国でも同じ事ではあるが、到底納得が出来ぬ法律もある。


 その中でも、『ゴミの分別』という儀式はあまりにも過酷だ。プラスチックという物体と、燃えるゴミの境界線が分からぬ。色々と形や色も違い、ゴミにしては非常に丈夫である為に、捨てるべきものなのかも判断が難しい。しかしながら、規則を守らずに捨てると、極刑が待ち構えているそうだ。これほどの労力がかかる儀式を、常に平気な顔で行う日本国民は、心底忍耐強いのだろう。こんな事をスクイン王国で施行すれば、2日も経たずに蜂起が起きるだろう。

 それに、スクイン王国と比べるとゴミは非常に多く感じる。スクイン王国では、市街地であれば汚物は整備された下水道に流し、陶器や金属等は徹底的に再利用が行われていた。日本もゴミを更に減らすべきだと感じる。


 また、この国では帯刀が許されていないそうだ。理由は“所持する必要が無いから”だそうだ。

 一体、誰がこの国の治安を維持しているのかと質問をすると、彼女は“警察官たち”と語った。スクイン王国で言うところの、騎士団の様な治安維持組織がいるという。驚くことに剣は持たず、鉄の棒と変わった飛び道具を持ち歩いているらしい。「剣も持たずに平民を守れるのか」と問おうとしたが、私が再度捕縛された時の事を思い出すと、不思議と腑に落ちた。

 恥ずかしながら私は脱獄を企てたものの、細身の女戦士の圧倒的な格闘能力(クラヴ・マガ)に翻弄され瞬く間に制圧された事がある。雷の様な鋭い殴打を喰らわされ、蛇のように身体に絡みつかれたかと思えば、いつの間にか身体が浮き上がり地へと叩きつけられる感覚は、何とも恐ろしい体験であった。あの様な経験は、二度と御免被るものだ。


 気候や地理に関しても祖国とは全く異なるものだった。特に顕著なのは、暑さだ。

 この国は暑すぎる。建物から外に出ると、むせ返るような暑さに気持ちが悪くなる。日差しは容赦なく私の身体を焼き、熱風が気力を奪う。あまりの暑さに、命を落とすものも多いそうだ。更に、暑さは夜も収まることはない。まだ寝床は快適だが、部屋を出ると纏わりつくような暑さに襲われる。

 とても辛い暑さだが、しばらくすれば驚くことに雪が降り積もるほどに寒くもなるらしい。なんとも不思議な国だ。

 私は、この国の文化や生活に慣れることが出来るのだろうか?とても不安である。


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