第13話『猫探しは夜の帳の中で』
ローエンブルクの街。転移魔法の光が収まると同時に、僕たちの足が石畳を踏みしめた。
「……っ、ここが街……ですか?」
プルメアが目をぱちくりさせながら辺りを見回す。淡く透き通る髪先が街灯の明かりに揺れていた。
一方、金髪をなびかせたセラはわずかに眉をひそめ、警戒するように周囲を見渡す。
「まさか、本当に転移魔法で来るとはな……」
「驚いた? この魔法、転移先を強く思い描く必要があるし、魔力の消費もかなり大きいから、そうポンポン使えるものじゃないんだけどね」
それでも――今は使う価値があった。ニアが街から戻らないという報せに、胸の奥に妙なざわつきを覚えていたから。
「とにかく、急ごう。ニアを探す」
僕の言葉に、二人も迷いなく頷いた。そして、夜の帳が降りた街へと駆け出す。
市場通りは、夕刻の喧騒が静まり始めたところだった。僕たちは通行人や露店の主に次々と声をかけていく。
「猫耳の子……ニアちゃんのことかい?」
そう答えてくれたのは、果物屋のおばさんだった。年季の入ったエプロンに、穏やかな表情を浮かべている。
「さっき、こっちに来てね。前に盗ってしまったリンゴのことを、ちゃんと頭を下げて謝ってくれたのよ。それに……銀貨まで出してね」
「銀貨……?」
「ええ。おそらく、お屋敷で働いたお給金なんでしょうね。受け取らなかったけど、その気持ちだけで十分よ。とても立派になったわ、あの子」
おばさんの目が、どこか懐かしそうに細くなる。
「他にも、パン屋や雑貨屋にも謝りに行ってたって話よ。クラウス様のメイドになったって、皆さん知ってるからね。今は応援してる人のほうが多いわよ」
その言葉を聞いて、胸がじんわりと熱くなった。
「ありがとうございます……それで、ニアの姿を最後に見た方はいませんか?」
「うーん……あ、そうそう。さっき、うちの常連さんが言ってたの。ニアちゃんが血相を変えて誰かを追いかけてたって」
「誰か……?」
「黒いフードをかぶった男の人だったって。顔まではよく見えなかったらしいけど……」
「それはどの辺りのことか、わかりますか?」
「うちの常連さん、東の区域のほうから来てたから、たぶんそっちのほうじゃないかしら」
「……ありがとうございます。とても助かりました」
おばさんに礼を告げて、僕は小さく息を吐いた。
――やっぱり、何かあったんだ。
ただの買い物じゃない。謝罪のために街を回っていたはずのニアが、誰かを追いかけるなんて。
胸の奥がざわついて、嫌な予感がじわじわと広がっていく。
「セラ、プルメア。東の区域へ向かおう」
僕の言葉に、セラがふっと肩をすくめた。
「……まったく、世話の焼けるメイドだな」
それでも、その足取りはしっかりと前を向いている。
「ニアさん……どうか無事でいてください」
プルメアの声はかすかに震えていたが、その瞳には強い意志が宿っていた。
日はすでに沈み、街は静かな闇に包まれている。
だけど、ニアの残した足跡は、まだこの街のどこかにある。
僕たちは、夜の東区域へと走り出した。




