♯76 もう逢えないはずだったヒトと、夢の中で再会した
第76話です。
※前半の語り部はイサリ、後半はスズランです。
「……ナイア? この私が?」
邪悪――そう形容するに相応しい笑みをミモザさんが浮かべていたのは、ほんの数秒だけだった。
「あなたが何故そう思ったのか知りませんが、最愛のヒトの仇、その首領とも言える女と間違われるなど、心外としか言えませんね」
笑みを消し不快そうに表情を歪めたミモザさんは、吐き捨てるようにそう言って、ジロリとこちらを睨んでくる。
パッと見、彼女はトボケているというふうではなく、本心から言っているように見えた。
まあ、それはそうだろう。
<魔王>と呼ばれて、なんとなく思い浮かんだ名をつい紡いでしまったけれど。
でも、普通に考えたら、彼女が『秩序管理教団』の教母、『秩序の母』ナイアであるはずがない。
ミモザさんとナイアが同一人物なんてこと、あるワケが無いのだ。
でなければ、いろいろ矛盾が生じてしまう。
……けど、なら、先程のあの笑みはいったい……?
「っ。ミモザさん! ひとつだけ教えてください」
隙あり! とばかりに飛び掛かってきた『深きものども』をプラズマの刃で斬り伏せ、ボクは叫ぶ。
「この期に及んでなんです?」
「スズランさんから聞きました。四年前、船で『メンデル』を脱出したあなたがたがこの『ビュルグ』を逃走先に選んだ理由を」
「…………」
「スズランさんとナズナさんが教母の部屋で偶然目にした地図。それには<神域>と殴り書きされた場所が何か所かあって、二人から話を聞いたあなたがその中からここを逃走先に選んだそうですね。<神域>、つまり『ヒトが踏み入ってはならない場所』と認識している地へは、教母も追っ手を差し向けないだろうから、と」
「それがどうかしましたか」
「でも、本当は別の理由でここを選んだんじゃないですか!?」
「……別の理由?」
「そう。ミモザさん、あなたは人間を『深きものども』に『改造』するために必要なモノがここにあることを知っていて――ここには『奴』が眠っていることを知っていて、それでここを選んだのでは!?」
「…………!?」
「そしてあなたは、ダリアちゃんの身に宿る存在のことも知っていた――『彼女』が『奴』の復活を懸念してダリアちゃんに警告することまで計算していたんでしょう!?」
……おそらくは、だが。
ミモザさんは最初から『彼女』とダリアちゃんを祀り上げるつもりだったに違いない。
この島の守り神と、その声を聴く巫女として。
偽りの『楽園』の象徴として。
『深きものども』の『素体』を集め、逃がさないために。
「…………………何が言いたいのですか」
「答えてください! あなたは『奴』と『彼女』のことを……『死の植物』とハナビのことを、どうやって知ったんです!? 本来人間が知り得ないはずのそれらの存在を、いつ、どこで!」
「…………………いつ、どこで? そうだ、私はどうしてそんなことを……」
ボクの問いかけに、ミモザさんは掌で顔を覆い俯く。
が、すぐに顔を上げ、
「――どうでもいいでしょう、そんなことは」
またもやあの邪悪な笑みを浮かべた。
「これから死んでゆくあなたには関係のないことです」
「っ」
やっぱり、何かおかしい。違和感がある。
今の『これ』は本当にミモザさんなのか……?
「ご主人様ー? その女、良くないモノが憑いてますよー?」
戸惑うボクを見て、<神の財産目録保存者>ロッカが言う。
スズランさんとダリアちゃんへ飛び掛かろうとした『深きものども』の群れを腕の一振りだけで氷漬けにしながら。
「良くないモノ?」
「混沌からの侵略者――その親玉の分霊でーす!」
!?
「混沌からの侵略者!? 親玉の分霊だって!?」
「そう! その女のパーソナリティは、それの影響を受け、元のカタチ、在り様を失いつつある――変容しつつあるんです! だからその女は人間が通常知り得ないはずのことを知っているんですよ! 本人に自覚はありませんけどネ!」
「なっ……」
瞬間。
ボクの脳裏に、かつて対峙した混沌からの侵略者――キロウスの言葉が甦った。
――『ああっ、僕はなんてツイてるんだぁ! おまえの魂魄をお土産に持って帰ったらぁ、お姉ちゃんにたぁくさん褒めてもらえるぞぉ☆』
「もしかしてその親玉ってのは、」
「余計な詮索はそこまでです」
そう言ってミモザさんがハンドベルを鳴らすと、ゴゴゴゴゴゴゴ……という地鳴りとともに、雪に覆われた大地が激しく揺れ始める。
「「きゃあっ!」」
スズランさんとダリアちゃんが悲鳴を上げて尻餅をつき……、
キシャアアアアアアアッ!
突如、蜘蛛の巣状に生じた地割れから『何か』が飛び出してきた。
次々と。
ボクたちの目の前に。
そして、この島の全域に。
「こ……これはっ!?」
島じゅうの建物や植生を粉砕して出現したそれらは、無数の、一本一本が大人の胴回りと同じ太さがある触手――もとい、蔓だった。
長さ数十mはあろうそれらの先端部分には、沢山の牙と大きな舌が生えた巨大な顎が付いている。
それらは、蛇が鎌首を持ち上げるようにウネウネと動きながら直立し――直後、
爆音。
見れば、遠く、この島の南側に聳える火山が火を噴いていた。
「噴火!? このタイミングで!?」
まさかダリアちゃんがまた『火山の冬』を暴発させてしまったんじゃ……と不安になり彼女のほうを窺うも、特に変わった様子は無かった。
代わりに、
ガシャアアアア……ン!
と、まるで硝子が砕け散るような甲高い音が大気を震わせる。
『ハナビが張った結界が破られた……!?』
『! 見てください、イサリさん!』
「あれは……!?」
カグヤとマリナに促されてボクは目を凝らし、呆然と立ち尽くしてしまった。
火口から溢れ出す大量の溶岩流と噴石、そして立ち昇る火山灰と黒煙の中から、あの『月棲獣』が可愛く思えるくらい巨大な何かがゆっくりと這い上がってくる……。
それは全長80m近くあろう、頂上部にラフレシアに似た大きな花を咲かせた植物――
否、
怪獣だった。
「まさかあれは……!」
『そう、植物型生体兵器――』
『「死の植物」……!』
冗談じゃない。
なんなんだ、あれは。
まさかこの無数の蔓はすべてあの怪獣の一部だというのか? 地中で繋がっているとでも?
その上アイツ、無数の根を多脚戦車みたいに動かして火口から這い出てきたんですけど!?
植物のくせに好き勝手動き回れるとか反則だろ!
つーか、いくらなんでもデカすぎるって!
こんなんもうウル○ラマン案件だろ!
「あ……あああ……!」
「…………っ」
ボクの背後で、この世の終わりのような光景に、スズランさんとダリアちゃんが表情を引き攣らせその場に尻餅をつく。
「くっ……」
見れば、先程まで余裕綽々といった佇まいだったロッカすらもが渋面で唇を噛んでいた。
「……ミモザさん」
ボクはこちらを取り囲む『深きものども』を牽制しつつ、邪悪な笑みを浮かべているミモザさんを睨む。
「あなたの切り札はこの『深きものども』じゃなかったんですか」
「真の切り札は最後まで取っておくものですよ」
いけしゃあしゃあと……。
「やはりあなたがあれを操ってるんですね」
「ええ。このハンドベルで操れるのは『深きものども』だけではないのですよ。あなたが今『死の植物』と呼んだあれを眠らせることも、一時的に覚醒させることも、すべて意のままです」
……そうか。
考えてみたら、『死の植物』の胞子に寄生され『深きものども』に変わってしまった人間が存在するということは、ハナビが『死の植物』の再生機能を阻害するために張った結界の内側へ踏み入った人間がいるということだ。
『死の植物』が餌の気配に気付いて、とっくの昔に活性化・復活していても、何もおかしくはない……。
単にミモザさんがハンドベルのチカラで眠らせていただけで……。
「でも、『死の植物』が結界を破るほどの力を取り戻すには餌となる人間が必要なはずじゃ」
「結界? ダリアがハナビ様から聞いたというあれですか? 実在したのですね。――餌なら沢山ありましたよ?」
「えっ?」
「言ったでしょう、七歳以下の特に幼い者たちは、『改造』の負荷に耐え切れず、みんな死んでしまったと。彼女たちの亡骸はあの火山、あなたが『死の植物』と呼ぶあれの目の前に放置したままですから。つまりはそういうことでしょう」
く……っ。
「……あんな化け物を操れるのなら、『深きものども』の軍勢なんて必要ないでしょうに」
「キングとクイーンだけでチェスが出来ますか? 他の手駒も必要でしょう。特に大量のポーンが」
「あなたにとっては『深きものども』がポーンというワケですか」
「そうです。言わば捨て駒ですね」
「っ」
「しかし捨て駒は所詮捨て駒。あなたを斃すには最強の駒も動かす必要があると判断しました」
そう言ってミモザさんが再度ハンドベルを鳴らすと、触手……もとい蔓のひとつが頭上から襲い掛かってきた。
「くっ」
大人の胴回りほどの太さがある蔓の先端、人間を丸呑みに出来そうな顎を横に跳んで躱しつつ、左腕に装着された籠手へ視線を落とす。
「『衝突の冬』さえ使えれば……」
かつて数多の恐竜たちを絶滅に追い込み、『月棲獣』すら屠ったあのチカラなら、そこそこの出力でも『死の植物』を消し飛ばせるだろうが、まだこの島にスズランさんとダリアちゃんがいる以上『衝突の冬』を使うワケにはいかない。
「ルーナたちを乗せた『トゥオネラ・ヨーツェン』が無事に出航できたのかもわからないしな」
仮に出航できていたとしても、こんな短時間じゃあまり遠くへは退避できてないだろうし……。
ダメだ。やはり『衝突の冬』は使えない。
間違いなくみんなを巻き込むことになる。
「でも、そろそろ『宇宙播種』が使えるようになるはず……!」
まずは隕石の集中砲火で、残った『深きものども』と無数の蔓から片付ける!
「もう一度チカラを貸してくれ、クーリエ!」
ボクは意を決し、左腕の籠手の表面に浮かぶ白鳥を模った光芒をタッチしようとして、
キシャアアアアアアアッ!
――左腕に巻き付いた蔓に、寸前で邪魔されてしまった。
「なっ!?」
そのまま空中へ持ち上げられ、宙吊りにされてしまう。
「くそっ」
右腕の籠手から伸びるプラズマの刃で蔓を切断しようと試みるも、それよりも一瞬早く、蔓が先端の顎から黄色い煙のようなモノをブシュウウウウウウウ……と吐き出した。
「! 逃げて、ご主人様! スズラン!」
ロッカがダリアちゃんを担ぎ上げ、跳び退りながら警告してくるが、手遅れだった。
「!? ゲホッ、ゴホッ」
「ケホッ……こ、これは!?」
ボクと、そしてスズランさんは、煙をおもいっきり吸いこんで咳込んでしまう。
『マズい! だんなさま、その花粉を吸っちゃダメ! 防御特化形態に戻って! 早く!』
『「死の植物」が昼間に吐く黒い胞子は人間に寄生して「深きものども」へと変える……そして夜間に吐く黄色い花粉は人間を強制的に眠らせて――』
マリナの説明をボクは最後まで聞くことが出来なかった。
そしてミモザさんの嘲弄も。
「おやすみなさい、イサリさん、スズランさん。あなたがたがこれから見る甘美な夢、偽りの『楽園』で過ごす日々は、私からの細やかな贈り物です。眠っている間に殺すなんて野暮な真似はしませんから、衰弱死するその瞬間までどうぞ楽しんで――」
「…………っ」
急に襲ってきた猛烈な眠気に、ボクは全くと言っていいほど抗えず……、
そして……、
「――お兄ちゃんっ!」
ダリアちゃんの叫びを子守唄代わりに、ボクは深い深い眠りへと落ちた……。
☽
……歌が聴こえる。
どこか懐かしい――不思議と泣きたい気分になる、優しい歌声が。
我は海の子 白波の
さわぐいそべの 松原に
煙たなびく とまやこそ
我がなつかしき 住家なれ
「……この歌は……」
閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げ、周囲を見回す。
「ここは……? ボク、何をしてたんだっけ……?」
間違いない。ここはボクが生まれ育った島の外れにある砂浜だ。
目の前には見慣れた海原が広がっている。
が、何故こんなところで膝を抱えて座り込んでいたのかが、全く思い出せない。
「……あれれ? ボク、こんなに子供だったっけ……?」
蒼穹を見上げ、燦々と降り注ぐ陽光を掌で遮ろうとしたボクは、持ち上げた右手のサイズに違和感を覚える。
全身を見回し、首を捻る。
椛みたいな小さな手。違和感を覚えるほど高い声。妙に低い視点。
どこからどう見ても、今のボクは小学校に上がる前の幼い子供だった。
「うーん……?」
やはり違和感がある。
でも、違和感の正体がわからない。
「なんだろう……なんかふわふわした感じがする……」
……夢心地ってこういうことを言うのかな……。
そんな馬鹿なことを考えた、そのとき。
生れて潮に 浴して
浪を子守の 歌と聞き
千里寄せくる 海の気を
吸いてわらべと なりにけり
不意に歌が途切れ、
そして、
「――イサリ」
誰かが、ボクの名を呼んだ。
「っ」
その声を聴いた瞬間……ボクの心臓が、ドクンと大きく跳ねる。
頭を、ハンマーでガツンと殴られたような衝撃が襲う。
声が聞こえたほう――背後へ、恐る恐る振り返ると、
「こんなところで何してるの? イサリ」
そこに、そのヒトは――いた。
白いワンピースを翻し。
潮風に攫われぬようよう、被った麦わら帽子を手で押さえて。
優しく――そして温かい、慈愛溢れる微笑みを浮かべて。
「ひょっとして綺麗な貝殻でも見つけたのかしら? それとも珍しい生き物?」
……そのヒトは、
……艶のある黒髪を腰まで伸ばした、黒曜石のような切れ長の黒瞳が印象的なその美女は、
ボクの記憶の中の彼女と……いつか見た夢と、全く変わらない姿の――
「良かったら、お母さんにも見せて?」
☽
「……あらっ? ここは……?」
気が付けば私は、生家の裏手にある小高い丘の頂上にいた。
『あの日』、ナズナ姉さんやお母さんと一緒に夜空を見上げ、流れ星を探した丘の上に。
「……『あの日』?」
どの日だったかしら……?
宵闇の中、首を傾げつつ周囲を見回すと、少し離れた場所で、私と同じく十代前半の姿に戻ったナズナ姉さんと、もう二度と逢えないはずだったお父さんが仲良く夜空を見上げていた。
「……『十代前半の姿に戻った』? 『もう二度と逢えないはずだった』?」
何をボケてるんだろう、私……。
それじゃあまるで、私とナズナ姉さんが本当は大人で、その上お父さんはもう亡くなっているみたいじゃない……。
「どうしたの? スズラン。狐に抓まれたような顔をして」
……そのとき。
誰かが、背後から声を掛けてきた。
「ぼうっとしてたら流れ星を見落としてしまうわよ? 今夜は流れ星が少ないんだから、もっと集中して探しなさいな。流れ星に大事なお願いをするんでしょう?」
「わかってるわ」
私は振り向いて答える。
「――お母さん」
……そう。
そこにいたのは、我が子を諫めるときも決して笑顔を絶やさない、私たちのお母さんだった。
お父さん同様、もう二度と逢えないはずだった――
……って、だから何ワケのわからないことを考えてるの? 私。
「それにしても……、時が経つのは早いものねぇ」
「……どうしたの、お母さん。急にしみじみしたりして」
「だって、まだまだ子供だと思っていたスズランの口から『好きな男の子が出来たから、この初恋が成就するよう流れ星に祈りたい』という言葉を聞く日が来るなんて。感慨深いものがあるわ」
……好きな男の子?
…………誰、それ。
「そんなこと言ったの? 私が?」
「あのねぇ……。忘れたとは言わせないわよ? あなたのあの爆弾発言のせいで、お父さん、昼間は『どこの馬の骨だ、その男は!』って大騒ぎして大変だったじゃない」
相変わらず親馬鹿だなぁ、お父さん……。
昔から、私やナズナ姉さんに声を掛けようとする男の子を鬼のような形相で追いかけ回すヒトだったものね……。
「娘が欲しければ俺を斃せ!」とか無茶苦茶なことを宣いながら……。
まあ、そんなちょっぴり無茶苦茶なお父さんが、私とナズナ姉さんは大好きだったワケだけれど。
……そして、聖母みたいに優しいお母さんのことも……。
もう――二度と失いたくない。
この平穏を。
心安らぐ星夜を。
「……ねえ、お母さん」
私は目の前の、夜空を見上げている背中へと声を掛ける。
「なぁに? スズラン」
振り返ったお母さんへ私は訊ねた。
「これからは、ずっとずっと一緒よね……?」
――私の問いかけにお母さんが返してきたのは、ひどく曖昧な笑みだけだった。
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