♯75 白いあのコと、偽りの『楽園』で邂逅した
第75話です。
諸君。ボクは巫女さんが大好きだ。
……なんか以前もこんな出だしがあったような気がしないでもないけれど、何度だって断言しよう――ボクは巫女さんが大好きだ。
逆に言うと、ボクにとってツボなのは巫女さんだけである。
ロリとかスク水とか幼馴染とか義妹とか人妻とか未亡人とか母娘丼とか、そういった属性はボクには無い。年上のお姉さんだけちょっと怪しいけど。
メイドさんにもそこまで惹かれない。
メイド服よりも巫女装束のほうが百倍心トキメク。
そんなワケで(どんなワケで?)、『旦那様』とか『ご主人様』とか、そういった畏まった呼ばれかたをされたいという欲求をボクは持ち合わせていなかった――たとえ相手がどれほど可愛い女の子であってもだ。
なにせカグヤに人前で『だんなさま』と呼ばれるたび「大丈夫? 今のボク、知らないヒトから見たら幼女を誑かしているヤベエ男じゃない?」と不安になるくらいだし、カグヤの後見人であるツバキまで『旦那様』と呼んでくることに関しては『カグヤの旦那様』という意味だということはわかっていても「キミがそう呼ぶのはやっぱおかしいって!」とツッコミたいのが本音だし、未亡人にして一児の母であるリオンさんが『旦那様』と呼んで揶揄ってくることについてはなんかもーどうしたらいいのかわからない。
……つまり何が言いたいのかというと、だ。
「やっとお話が出来るね、『ご主人様』☆」
「……誰?」
「ねぇねぇご主人様! 待ちに待ったこの日がついに来たんだし、ぎゅってしてほしいな~☆ ――あと頬擦りしてもいいですかっ? ねえ、いいでしょ? しちゃいますよ? すりすりすり☆」
「ねぇ……! 誰なの? 怖いよぉッ!!」
ボクは今、初対面にもかかわらずメイドさんみたいな呼びかたをしてくる十代半ばくらいの美少女に抱き着かれて、心の底から戸惑っていた。
……いや、マジで誰なのこのコ。
なんかボクのことを以前から知っていたような口振りだけど、なんでボクを『ご主人様』と呼ぶの?
というか、なんで真っ裸なの……?
「待てよ? その雪のように白い肌と、地面に触れてしまいそうな長い銀の髪……。もしかして港で『深きものども』を氷漬けにした痴女はキミか?」
惜しげもなく晒された裸体から目を逸らしつつボクが訊ねると、少女は兎のように赤い目を吊り上げて、
「痴女じゃありませんー! オーバーロードですぅ」
と頬を膨らませて拗ねる。
「オーバーロード!?」
ってことは、このコも月と地球の造物主の一柱なのか!?
いや、でも、
「オーバーロードはこの月と地球の住人に干渉してはならないはずじゃ……。こんな堂々と人前に姿を晒し、チカラまで揮ってしまって、大丈夫なの?」
……この島は、第三<神域>スターマインではなく、その<遺跡>でしかないのに。
……今この場には、マリナを下敷きにしたまま何か言いたそうな顔でこちらを見上げているスズランさんと、カグヤを下敷きにしたままポカンとした顔でこちらを見上げているダリアちゃんだっているのに。
「基本的にオーバーロードは、自身の管理する<神域>へ侵入した人間にしか干渉しちゃダメなはずだろう」
港でもこの島の住人に目撃されていたみたいだし……。
あとで問題になったりしないんだろうか。
「ご安心を☆ 私はディードレやマーシーと同じく、そのへんの制約が免除されてまーす。ご主人様に力を貸すために、特例としてね」
……ボクに力を貸すために?
「どういうことさ?」
というか、まだ幼さが残るこの声……。カグヤよりも子供っぽいこの口調……。どこかで聞き覚えがあるような……。
……どこでだっけ?
「ボクたち、これが初対面だよね?」
「んー? そーですよー? この姿ではね☆」
「……『この姿では』?」
「個人的にはあのポジションも気に入ってるから、元の姿に戻りたい! って思うことはこれまで無かったんだけど。せっかく『地球系統』のチカラを補充できたんだから、偶にはこの姿に戻ってご主人様とイチャイチャしてもバチは当たらないよね☆」
さっきから何を言ってるんだ? このコ。
「キミは何者なんだ?」
ボクが訊ねると、少女に代わってカグヤとマリナが答えた。
「だんなさま。そのコはロッカ。<神の財産目録保存者>ロッカだよ」
「そのかたは牡羊座をシンボルにしている上級眷属。第十二<神域>の管理者さんです」
!
「<神の財産目録保存者>だって!?」
もしかして……。
「キミ、<神の財産目録削除者>ハナビのお姉さんか? それとも妹さん?」
「ブブー、どっちも違いまーす♪」
「え」
「確かに、ディードレとマーシー、スーザンとクーリエがそうであるように、私たちオーバーロードには必ず『対となる存在』がいて、私の場合はハナビがそれだけど。でも、私とハナビは別に姉妹ってワケじゃありませんー」
あ、そうなんだ……。
「……もうひとつ訊いていいかな? キミが担う歴史的イベント、揮うチカラの名称はなんなんだい?」
ハナビのチカラの名称は『火山の冬』らしいから、ボクが元々いた時代よりも七万年以上前に発生したと言われている超巨大噴火(なんでも数千㎞先まで火山灰を振り撒き、幅100㎞に及ぶ火山口を出現させるようなトンデモない噴火だったらしい)がハナビの担った歴史的イベントなんだろうなってのはなんとなく想像がつくのだけれど。
『花火』の『対となる存在』らしいこの『六花』という少女が担う歴史的イベント、揮うチカラの名称はいったい……?
その問いかけにもカグヤとマリナが代わりに答える。
「大気中に含まれる二酸化炭素を消失させるなどして寒冷化を引き起こし、地球全体を七千万年もの永きにわたって氷床と海氷の中に封じ込めるチカラ――」
「――『全球凍結』。それがロッカさんの揮うチカラの名称です」
!?
『全球凍結』だって!?
「ちょっと待て! それが本当なら――」
少女、もといロッカに詰め寄ろうとしたそのとき。
――ギャゴォォォォォォォッ!
「―――――っ!?」
突如響き渡った『深きものども』の『融合体』の咆哮に、ボクは呑気にお喋りしている場合ではないことを思い出し、慌てて戦闘態勢を取る。
が、
「大丈夫ですよー、ご主人様☆」
「こ……これはっ!?」
振り返った先では、首から下が氷漬けになった『融合体』が身動き出来ずに悶え苦しんでいた。
「マウソニアの動きを封じるくらい、私の手に掛かればお茶の子さいさいでーす☆」
「まうそにあ?」
「コイツみたいな『深きものども』の群れが合体した大型タイプのことだよ。私たちオーバーロードはこのタイプをそう呼んでるの☆」
「へ、へ~」
「ちなみにオーソドックスなタイプはラティメリア、再生能力特化タイプはホロプテリギウス、防御力特化タイプはフォレイアって呼んでまーす☆」
「さいですか……」
防御力特化タイプなんてのもいるんだね……。
あ。とか言っているうちに『融合体』が頭のてっぺんまで完全に凍り付いて、そのまま粉々に砕け散っちゃった。
「ところでご主人様、さっき何か言いかけてませんでした?」
「あー……いや」
やっぱいいや。
このコには訊きたいことが山ほどもあるけれど、よくよく考えたら今はそれどころじゃなかった。話はあとだ。
先に話をすべき相手は――ミモザさんだ。
「ミモザさん。あなたは殺された旦那さんの仇を討つため――『秩序管理教団』に復讐するため、この島の住人を拉致して『深きものども』に『改造』していたそうですね」
「……それが何か?」
「あなたが操っていた『深きものども』はボクがあらかた片付けました。奥の手であろう『融合体』もロッカによって斃された今、あなたに出来ることはもう無いはずです。大人しく投降してください。そうすれば――」
「何もしない、とでも?」
「無論、捕縛はさせてもらいますが。投降していただけなかった場合、力尽くになります。……ダリアちゃんの前でそれは避けたいんです」
ボクは言って、いつの間にか立ち上がり、スズランさんに寄り添われてこのやりとりを無言で見守っていた赤毛の女の子を盗み見る。
ダリアちゃんは円らな瞳に涙を湛え、たった一人の肉親である母親をジッ……と見つめていた。
「ああ、なるほど」そんな娘には一瞥もくれず、得心がいったというふうに頷くミモザさん。「『ブチギレているのはこっちも同じだ』と言いつつ『変身』を解く理由はなんだろうと思ったら、それが目的ですか。『ダリアのためにも無駄な争いはヤメましょう』というあなたなりの意思表示なワケですね」
「そうです。ですから――」
「お断りします。仮に投降したところで、島民たちによる私刑が待っているだけでしょうから」
「……ですがダリアちゃんは、」
「私にとってダリアは目的を果たすための道具に過ぎません。復讐をヤメる理由にはなり得ませんよ」
っ。
「それじゃあ、本当に『改造』するつもりなんですか? ダリアちゃんも。スズランさんと一緒に」
「もちろんです」
「そんな……」
「もしかして、『血を分けた我が子が可愛くないのか』とでも言いたいのですか? スズランさんのように」
「………………」
……そう言ってやりたいのは山々だったけど。
でも、ボクに『親子のあるべき姿』を語る資格なんて……。
「そもそも――確かに私の手駒にオリジナルの『深きものども』はもう残っていませんが、まだすべての手札を切ったワケではありませんよ?」
そう言ってミモザさんは銀色のハンドベルを掲げ、高らかに鳴らす。
ギョイイイイイイイッ!
直後、近くの建物の陰や茂みの中から三十を超える数の『深きものども』が新たに現れ、ボクたちを取り囲んだ。
その体色は、元は人間だったことを示す緑色。
そしてどの個体も、背丈はボクの胸や腰くらいしかない。
「……ちょっと待て」
そこでようやく思い当たる。
気付いてしまう。
消えた島民――第一区と第二区の住人の数は、百を超えるという話だったことを。
ボクが今日遭遇し斃した緑色の『深きものども』の数はせいぜい七十匹ほどで、ロッカが港で氷漬けにしていた連中を合わせても百には全然足りないことを。
「まさか……、この『深きものども』は……、このコたちは」
「今更何を驚いているのです? 第一区と第二区の住人の中には、子供の<魔女>だって当然いましたよ。今集まったのは、あなたよりも年下の者たちばかりです」
「!」
「もっとも、七歳以下の特に幼い者たちは、『改造』の負荷に耐え切れず、みんな死んでしまいましたがね」
「っ」
「というワケで、これが私の切り札です。――あなたに彼女たちが斃せますか?」
「貴……様」
ボクはぎりっ……と歯ぎしりをしてミモザさんを睨む。
「……酷い」
「なんてことを……」
見れば、カグヤとマリナも唇を噛みつつミモザさんを睨んでおり、
「ミモザ様……あなたというヒトは……!」
「お母さん……」
スズランさんは変わり果てた仲間たちを沈痛な面持ちで見回し――そしてダリアちゃんは、母親の所業、その非情さに、青ざめ全身を震わせていた。
「うーわ、ヤな女っ」
ロッカすらもが不愉快そうに顔を顰めている。
「……マリナ」
「なんでしょう、イサリさん」
「キミは以前、第十一<神域>ロストワールドの内側にいたボクやカグヤたち、そして<遺跡>の島にいたリオンさんたちを『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板に転移・退避させてくれたことがあったよね?」
「……はい」
「あのときみたいにスズランさんとダリアちゃんをみんなのところに転移・退避させることは出来る?」
「ごめんなさい……無理です。あれはわたくしが<小地球樹>にいたからこそ出来たことでして」
……ならば仕方ない。
「ロッカ」
「なぁにご主人様?」
「目隠しを頼めるかい」
「! 了解でーす☆」
ボクの意図を察したロッカはニヤリと笑い、指をパチンと鳴らす。
すると、スズランさんとダリアちゃんの視界を遮るように、彼女たちの目の前に分厚い氷の壁が出現した。
時間にしてほんの数秒の出来事だ。
「「!」」
それを見て、カグヤとマリナはチャンスとばかりに胸元で両手を組んで目を閉じると、そのまま紫と蒼の光の膜に包まれ、掌サイズの地球儀へと姿を変える。
フレームの部分にカグヤとマリナにそっくりな女神の彫刻が施されたふたつの地球儀は、しばし空中をふわふわ漂うと、やがてボクの胸へ吸い込まれるように消えた。
同時にガラガラと崩れ落ちる氷の壁。
「あ、あらっ? カグヤちゃんとマリナさんは?」
「……いない」
二人がいないことに気付いて不思議そうに周囲を見回すスズランさんとダリアちゃんを尻目に、ボクは吼える。
「『月火憑神』!」
直後、足元に『♊』と『♓』、ふたつの紋章を模った光芒が浮かび上がり、そこから蒼い焔の柱が轟! と立ち昇った。
『英霊顕現! <ルナマリアノーツ>!』
『バージョン<ボーダーガード>! 起動!』
次いでカグヤとマリナの『声』が頭の中に響き、焔が収束・物質化。青生生魂と呼ばれる神秘の金属で出来た留紺の全身防護服と化す。
『――混沌を破壊し!』
『――秩序を創造る!』
「換装! 攻撃特化形態! 双聖の神器、起動!」
出し惜しみはしない。
『変身』が完了すると同時に防御特化形態から攻撃特化形態へ換装し、帽子とともに消失した長手袋の代わりに留紺の籠手を装着。
早速クーリエのチカラを借りようと、左腕に装着されたほうの表面に浮かぶ白鳥を模った光芒をタッチする。
……が、
「えっ!?」
文字列へと変化した純白の光芒、そこに表示された文面に、思わず二度見してしまった。
――『先程「変身」を解除する直前に使用した「宇宙播種」のインターバルが終わっていません。現在「宇宙播種」は使用できません』
――『<ボーダーガード>専用モードの双聖の神器で「地球系統」及び「星核構築」以外の神威を使用した場合、一度使用したそれを再度使用するには、4分6秒のインターバルを要します』
――『このインターバルは「変身」の解除等によりリセットされることはなく、中断された場合は次回の双聖の神器起動時に再開されます』
――『「宇宙播種」が再度使用可能になるまでの残り時間――3分45秒』
「……って、ちょっと待て! 初耳だぞ、そんな制約があるなんて!」
『ゴメン、だんなさま』
『わたくしたちも今の今までそんな仕様だとは知りませんでした……』
「キミたちも知らなかったの!?」
そんなことある!? ボク今、キミたちのチカラを使って『変身』しているんだよね!?
『実はね、この第52平行宇宙の「守人」顕現システムは、第0宇宙や第3,910平行宇宙のそれを参考にわたしたちが組み上げたモノなんだけど……』
『わたくしたちなりに改良しようと思い、沢山アレンジした結果、わたくしたちでも全貌を把握するのが難しい複雑なシステムになってしまいまして……』
「えええええええっ!? ……あっ! ボクが以前<生命の書の書記>リピカに見せてもらった別の宇宙の戦いの記録……あれに登場した『守人』は西洋風の蒼い甲冑を纏っていたのに、ボクが『変身』した姿は全く別物なのは……!」
『お察しのとおり』
『それもわたくしたちが加えたアレンジが原因です……申し訳ありません』
「マジかよ!」
失敗した……。
丸太のように太い『融合体』の両腕を不意打ちで砕いてスズランさんたちを救出するには、『以水滅火』・遠当ての威力では心許なかったから、『宇宙播種』を使ったのだけれど……。まさかこんな落とし穴があるとは。
こんなことなら『変身』を解くんじゃなかった!
「愚痴っていても仕方ないか……。――ロッカ! スズランさんとダリアちゃんを護ってくれ!」
「ええっ!? なんで私が!?」
ボクはロッカの抗議を無視し、籠手から迸る蒼白いプラズマを刃へと変えると、襲い来る『深きものども』を迎え撃つ。
真っ先に飛びかかってきた三匹の異形――いずれも身体のサイズはルーナやダリアちゃんとあまり変わらない――を断腸の思いで両断する。
ギョイイイイイイイッ!
耳の奥にこびり付くような断末魔の叫び。
「躊躇なく斬り捨てますか」
蒼い焔に包まれて炎上する骸を見つめ、ミモザさんは口の端を吊り上げて笑う。
その嘲笑は、「彼女はミモザさんに化けた別の『何か』なのでは」「それか『良くないモノ』にとり憑いているのでは」と勘繰りたくなるほど禍々しかった。
昼間のミモザさん……『桃仙郷の実』のチカラで解熱したダリアちゃんを見て安堵していた彼女とは、まるで別人だ。
「元は幼子とわかっていて、それが出来るとは。<魔王>の面目躍如といったところですか」
「誰が<魔王>だ」
ボクはそんな大仰な存在じゃない。
ボクは……無力だ。
今のボクに出来ることと言えば、『死の植物』の胞子に寄生されて変わり果ててしまった者たちの来世を護ること――異形と化した彼女たちが魂魄まで混沌に染まってしまう前にその身を浄化してやることくらいだ。
そんなボクを捕まえて<魔王>だなんて――笑わせる。
「ボクはそんなモノを自称した憶えは無いし、そんなふうに呼ばれたことだって、」
……言いかけて。
ボクは、途中で口を噤んだ。
脳裏に、かつて対峙した『秩序管理教団』の司祭の言葉が蘇った。
――『あの御方はな、小僧、貴様の出現を予見されていたのだよ!』
――『いいか、あの御方はこう仰ったのだ。「近々、<魔女>たちを集め、ヒトの世に混沌を齎そうとする、そんな恐るべき存在が――<魔王>と呼ぶに相応しい者が現れるでしょう」と』
――『何を言うか! あの御方は私の信仰心を認めてくださったのだ! そして! 私は今、確信した! 貴様こそが、あの御方の仰った存在! <魔女>たちの主人、<魔王>に違いないと! その異様な姿形、理外のチカラこそが何よりの証拠!』
……瞬間。
昼間とは別人みたいなミモザさんと睨み合っていたボクの口から、自然と『その名』が零れ落ちていた。
「……『秩序の母』、……『ナイア』?」
「――――――――――」
ミモザさんであってミモザさんではない『何か』が、無言で嗤った。
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