♯69 頼れる仲間たちと、異形の群れに立ち向かった
第69話です。
設定上は前回や今回のように『あの二人』を宿した状態でする変身が本来の『月火憑神』だったりします。
「ダリアちゃん!」
悲鳴を聞いて大急ぎで礼拝所の階段を駆け上がり、昼間訪れたあの部屋へ突入したボクの目に飛び込んできたモノ。
それは、
「! 何やってるんだアンタ……!?」
床で藻掻く幼い女の子――ダリアちゃんに馬乗りになっている若い男の姿だった。
その右目に過ぎり傷がある剃髪の男の右手には、鈍く光るナイフが握られている。
「そんな……シモンさん!?」
「ダリアちゃんに何を……!?」
ボクの背後、廊下で、息を切らせた双子の姉妹が口元を押さえ青ざめる。どうやら男の名はシモンというらしい。姉妹の様子を見るに、この島の住民であることは間違いないようだ……って、
「ちょっ、スズランさん、ナズナさん! 何があるかわからないから二人はあの場で待っててって言ったじゃないですか!」
なんで付いてきてるんだ、このお姉さんたちは!
「だ、だって、」
「ダリアちゃんが心配で……!」
「ああっ、もう! 絶対そこから動かないでくださいよ!」
姉妹へ念押しすると同時に駆け出し、こちらを無視してダリアちゃんへナイフを突き立てようとしたシモンへ体当たりを喰らわせる。
「…………くっ!」
床の上をゴロゴロと転がったシモンは、すぐに立ち上がると、ナイフを振りかざしこちらへと飛び掛かってきた。
ボクは身を捩ってナイフを躱し、伸ばされた腕をそのまま絡め取ると、相手の勢いを利用して一本背負いの要領で投げ飛ばす!
「ぐはっ」
壁に背中から激突し表情を歪めるシモン。
「大丈夫かいダリアちゃん!? 怪我はない!?」
「……お兄ちゃん誰?」
抱え起こすと、ワインレッドの赤毛を足元まで届きそうなほど伸ばしているまだ十一歳らしい女の子は、赤みがかった円らな瞳でこちらを見上げ、殺されかけた直後にもかかわらず感情の起伏が乏しい口調で訊ねてきた。
昼間は発熱のせいで意識が朦朧としていたのだから無理もないが、ボクのことを全く憶えていないようだ。
あと、着衣にそこまで乱れは無い。よかった、シモンの目的はあくまでダリアちゃんを殺すことで、性的暴行に及ぶことではなかったようだ。
……いや殺されかけている時点でよくはないな。
「ボクはイサリだよ」
「イサリ?」
「そう」
「……誰?」
「えーと、」
ど、どう説明したらいいんだろう。
てか、そんなじ~っと見つめないでほしい……。警戒するのも無理ないけど。
「ダリアちゃん! イサリクンは私たちのお友達よ! 安心して!」
ボクが困っているとスズランさんが助け舟を寄越してくれた。
「お友達? スズランお姉ちゃんたちの? ……そうなの? お兄ちゃん」
「とも……だち……?」
「違うっぽい」
「い、イサリクン? そんなリアクションされたらせっかくの助け舟が台無し……っていうか拒絶されたみたいでお姉さんとっても悲しいのだけれど」
「あ。すみません。方便だとわかっていても自分に友達がいるというのがしっくり来なくて。あまりの違和感に頭がフリーズしちゃいました。なにせ生まれてからこっち、ずっと友達がいなかったものですから」
それこそ一人も……。
「そんな悲しい告白聞きたくなかった!」
「あとこれは余談なんですが、ウチの操舵手見習いのアリシアはボクと同い年でして、彼女はサバサバした性格なこともあり、ボクは勝手に友情みたいなモノを感じていたんですが」
「が?」
「先日『ボクたち、性別は違っても友達だよね?』って勇気を振り絞って訊いたら、『私はアンタのこと友達だとは思ってないんだからねっ!』って怒られちゃったんですよ。――ははっ、トンだ勘違い野郎ですよねボク」
「ぽ、ポジティブに考えましょう? アリシアちゃんは友情ではなく恋慕の情をイサリクンに抱いているという可能性もあるんじゃないかしら?」
「昼間『アンタのことなんか全然好きじゃないんだから! 勘違いしないでよね!』って断言されてるんですが」
「ど、どうしようナズナ姉さん! 掛ける言葉が見つからないわ! こういう場合どうフォローしたらいいのかしら!?」
「スズランちゃん。今はそれどころじゃないと思うの」
ナズナさんの言うとおりだった。
視界の隅で身悶えていたシモンがゆっくりと起き上がるのを見て、ボクは握り拳を作った右手を脇の横に引き絞り、左の掌をまっすぐ前に突き出した構えを取る。
「ダリアちゃん。下がってるんだ。早くスズランさんたちのところへ」
ボクが促すと、ダリアちゃんはしばしの間じっ……とこちらを見上げていたが、やがてコクンと頷いて廊下、双子の姉妹のところへ駆けていった。
「があああああああっ!」
そんなダリアちゃんを逃がすまいと、シモンが獣じみた咆哮を上げて床を蹴り跳ぶ。
ボクもまた床を蹴って跳び、左手の甲でシモンが振り下ろしたナイフを叩き落とし弾く。
「――ふっ!」
短く息を吐き、間髪入れず右の掌底を鳩尾に叩き込んでやると、シモンは吹っ飛び、窓(正確には木製の観音扉だが)を突き破ってそのまま眼下へ転落した。
計算通りだ。
「スズランさん! ナズナさん! ダリアちゃんを頼みます!」
ボクは姉妹へ一声掛けると、シモンを追って窓から飛び降りる。
「……があっ!」
さっきまで密談していた場所に着地し立ち上がったボクへ、既に起き上がっていたシモン――二階から落ちたダメージで流石に足元がフラついている――がナイフを投擲してきた。
「おっと」
屈んで躱す。
そしてシモンとの距離を詰めようとした、そのとき。
「貴様、何者だ!? この島の住民ではないだろう!」
シモンが初めて言葉を紡いだ。
「――どうして余所者がこの島にいて、しかも俺の邪魔をする!?」
この男、今の今までボクたちの寄港に気付いていなかったらしい。
結構派手に入港した上、歓迎の宴まで開いてもらってるのに……どういうことだ?
「どうしても何も、あんな幼気なコが殺されそうになっているのを見て放っておけるか」
「あの大嘘つきを庇うということは貴様もグルなんだな!?」
「聞けよ、ヒトの話を。……大嘘つき? グル?」
なんのことだ?
大嘘つき? ダリアちゃんがか?
「何が再度のお告げだ! あの大嘘つきどものせいで妻と娘は! そして仲間たちもみんな……!」
……『ども』?
再度のお告げだって?
「ちょっと待て。さっきからいったいなんの話を、」
「赦さん! 絶対に赦さんぞ! あのガキも、ミモザも、邪魔する貴様も、全員俺が裁いて――ぐはっ!?」
「!?」
不意に、シモンが血を吐いてその場に膝をついた。
「ぐ……ぐがが……ぐがあああああああっ!」
そのまま地面に突っ伏し、胸を掻きむしり悶えていたシモンが、
「そ……そんな……っ、やっぱり俺も……!」
――そんな独白を最後に、見る見るうちにその姿を変える。
『変身』する。
その姿は紛れもない――
「『深きものども』……!?」
……そう。
全身を覆う鱗と背中の鰭、手足の水掻き、真ん丸な灰色の目、そして鋭い牙が覗くタラコ唇を持つ半魚人のようなその姿は、どこからどう見ても『深きものども』だった。
ボクがこれまで目にしてきた連中と違いがあるとすれば、それは破けて地に落ちた着衣の下から現れた肌の色が、シーラカンスを彷彿とさせる銀混じりの黒ではなく濁った緑色であることくらいか。
……いや、もうひとつあった。
ギョイ……ギョイイイイ……
シモンが『変身』した『深きものども』は、水掻きの付いた掌で顔を覆い、夜空を仰いで――泣いていた。
異形と化してしまった我が身を嘆くように。
その虚ろな目から――『変身』してなお過り傷が残る右目から、ぼろぼろと大粒の涙を零していた。
明らかに――『感情』を持っていた。
「シモン……さん……?」
「どう……して」
頭上からの声に、ボクはハッとし、そちらを仰ぎ見る。
そこでは、窓から身を乗り出してこちらを見下ろしているスズランさんとナズナさんが、口元を手で覆い絶句していた。
二人の傍らにはダリアちゃんの姿もあって、やはり驚きで目を丸くしている。
どうやら今のシモンの『変身』をバッチリ目撃してしまったようだ。
ギョイイイイイイイイイイッ!
シモンは涙を撒き散らし絶叫すると、身を翻し、宴が開かれている広場とは逆の方向、宵闇の中へと走り去っていく。
「! 待――」
ボクはそれを追いかけようとして――直後。
宴の喧騒が……歌声と音楽、みんなの笑い声が、ピタッと止まった。
同時に、
「きゃあああああああっ!」
「うわあああああああっ!」
広場のほうから聴こえてきた複数の悲鳴に、「っ!?」と息を呑んで脚を止める。
どうやら宴の最中に何かあったらしい。
「――くそっ! 今度はなんだよ!?」
シモンの追跡を断念し、そちら――広場へと向かう。
そこで目にした光景、それは、
「皆の衆! 礼拝所の中へ避難するんじゃ! 早く!」
「ツバキちゃんの言うとおりよ! ほら、急いで!」
ツバキとリオンさんの指示で礼拝所の中へ駆け込むこの島の住民たちと、
「る、ルーナさんも! 早く!」
「でもでもっ、イサリさまのお姿がどこにも、」
「船長なら大丈夫です! 急いで!」
ルーナの手を引きながらそれに続くシャロンとクロエと、
「どこカラ湧いて出てきたノ、コイツら!」
「どうなってるのよ! この島、これまでコイツらが現れたことは一度も無かったんじゃないの!?」
「全員、気張れ! 船長殿が戻ってくるまで持ち堪えるのだ!」
「「「「「おう!」」」」」
破邪のチカラがある『小地球樹』の樹液によってコーティングされた薙刀や棍を振るい、みんなを必死に護っているイリヤとアリシア、そしてロウガさんを始めとした男衆と、
最後に、
ギョイィィィィィィィッ!
ギョイィィィィィィィッ!
ギョイィィィィィィィッ!
奇声を発しつつ、みんなを襲おうとしている異形の怪人――『深きものども』の群れの姿だった。
……そう、群れだ。
その数は十や二十ではきかない。
下手をすれば五十はいるかもしれない。
「な……」
なんなんだ、この数は……。
これほどの数の、しかも大小様々な『深きものども』が、よりにもよってボクたちが滞在中のこのタイミングで、海から押し寄せてきたというのか?
それに……。
「なんでコイツら、揃いも揃って緑色なんだ?」
そう。目の前の阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出している異形どもの体色はいずれも見慣れている黒色ではなく、先程シモンが『変身』したモノと同じ濁った緑色だった。
「……これって」
ふと脳裏を、先程のシャロンとクロエ、そしてスズランさんとシモンの言葉が過った。
――『感じ取れる人間の気配が、あのバーケンチンの乗組員さんや宴の会場に集まっているヒトたちのぶんを含めても、百に満たないんです』
――『途中で挨拶をしたヒトやすれ違った通行人を片っ端から思い出し、数えてみたところ、五十人とちょっとでした。この島の人口を考えると、残りの住人全員が屋内にいるというのはちょっと不自然かもしれません』
――『実を言うとね、あなたと出逢った日の晩に未来視のチカラが教えてくれたの。今、私たちの「楽園」で邪悪な存在が蠢いていると。そしてその存在に対抗できるのはこの世界であなただけだと』
――『何が二度目のお告げだ! あの大嘘つきどものせいで妻と娘は! そして仲間たちもみんな……!』
「まさか……」
……姿はおろか気配すら足りなかった島の住人たち。スズランさんの未来視のチカラが視せた邪悪な存在の蠢き。シモンの『変身』。そして押し寄せる異形の群れ。
それらから導き出されるひとつの推測、疑念に、
「そんなことがあり得るのか……?」
ボクは呆然と立ち尽くし、
「きゃあ!」
直後、耳朶を打った悲鳴にハッと我に返る。
見ればヨハネスさんの奥さん――ヘレンさんが、礼拝所へ避難する途中躓いたようで、地面に膝をついていた。
「しっかりしろ、ヘレン!」
身重のヘレンさんをヨハネスさんが慌てて抱え上げる。
が、そんな彼らへ、『深きものども』の一匹が背後から襲い掛かった。
「「危ない!」」
それに気付いた艇長のオッサンと司厨長の髭面さんが棍を手に立ちはだかるも、異形が振り回した両手にアッサリ弾き飛ばされる。
「ぐあっ」「くっ」
ギョイイイイイイイッ!
地面に引っ繰り返る二人には目もくれず、ヨハネスさんとヘレンさんに改めて飛び掛かる異形。
水掻きと一緒に付いている鋭い爪が一閃し、
「「!」」
死を悟った夫婦の表情が絶望で歪む――が、
「させるか!」
間一髪、間に合った。
ボクの渾身のタックルで異形はバランスを崩し、攻撃を空振りさせる。
「! イサリ船長!」
「旦那様!」「センチョウ!」「船長!」「坊主!」「旦那!」「若旦那!」
ヨハネスさんが驚いた様子で、そして仲間たちが歓喜と安堵の表情で振り返ってくる。
「逃げて! 早く!」
「す、すまない」
ボクが異形を羽交い絞めにしながら促すと、ヨハネスさんはヘレンさんを抱え直し、今度こそ礼拝所へと駆けこんだ。
「よし」
広場にいたこの島の住人はあらかた避難できたようだ。
ボクは「あ痛たたた……」と顔を顰めつつ起き上がった艇長のオッサンと髭面さんに問い掛ける。
「ミモザさんは!?」
ボクの問い掛けに、二人は飛び掛かってきた別の異形を棍で牽制しながら答えてくれた。
「ミモザ? ここの島長か?」
「彼女ならとっくに退席したぜ! なんでも急用が出来たらしい!」
む……。
「じゃあカグヤとマリナは!?」
「あの二人はお花摘みだ!」
「コソコソどこかへ行こうとしたあの二人に、俺が『どこへ行くんだ?』って訊いたら、そう返された! ちなみに他の女性陣からは『デリカシー無さすぎ!』だの『これだからオジサンは……』だの『それくらい察しなさいよ』だの、えらい言われようだったぜ!」
ご愁傷様です。
しかしお花摘み……トイレか。
「ちなみにそれ、いつの話!?」
「ンなこと訊いてどうするんだ!?」
「まさか覗きに行くつもりか!? こんなときに!? おまえさん、そんな趣味まであったのか!?」
ンなワケねーだろ。
なんだよ『そんな趣味まで』って。
「いいから答えて!」
「島長が退席した直後、今から十分前くらいだ!」
「今から覗きに行っても、もう遅いと思うぞ!」
だから違うっちゅーに。
「ミモザさんが退席した直後? もしかしてあの二人も――って、うわっ」
考えごとをしていたせいで、異形を羽交い絞めにしていた腕の力が緩んでしまったようだ。振り払われ、地面に尻餅をついてしまう。
ギョイィィィィィィィッ!
「くっ」
邪魔するな! と言わんばかりに振り下ろされた爪を、地面の上を転がって避ける。
そして急いで立ち上がったボクの目の前に、ビュン! ビュン! と夜気を切り裂いて何かが飛来した。
その数、ふたつ。
「これは……!」
それは、ひとつはカグヤにそっくりな女神の彫刻が、もうひとつはマリナにそっくりな女神の彫刻が、それぞれフレームの部分に施されている掌サイズの地球儀だった。
地球の化身、分霊であるあの二人の、もうひとつの姿だ。
空中をふわふわ漂っていたそれらは、やがてボクの胸へと吸い込まれるように消える。
「そうか!」
異変に気付いたカグヤとマリナが、追跡を中断して戻ってきてくれたのか!
みんなに正体がバレないよう、こっちの姿で。
『変身』して闘うチカラをボクに与えるために。
「みんな! みんなも礼拝所へ避難するんだ! コイツらの相手はボクがする!」
仲間たちに避難を促して、ボクは右手を頭上に掲げ、声高に吼える。
「――『月火憑神』!」
刹那。
足元にカグヤのシンボルである双子座の紋章『♊』と、マリナのシンボルである魚座の紋章『♓』を模った光芒が立て続けに浮かび上がり、そこから蒼い焔の柱が轟! と立ち昇った。
『英霊顕現! <ルナマリアノーツ>!』
『バージョン<ボーダーガード>! 起動!』
同時にカグヤとマリナの『声』が頭の中に響き、焔が収束・物質化。黄金色の金属彫刻が神々しさを醸す留紺の全身防護服と化してこの身を包んだ。
そして。
『――混沌を破壊し!』
『――秩序を創造る!』
カグヤとマリナの認証が完了。
ブウ……ン……!
駆動音のような低音とともに、コートの表面に白鯨を模った純白の光芒が浮かび上がり、全身防護服の各種機能が起動。戦闘態勢へと移行する。
『変身』が完了する。
ギョイィィィィィィィッ!
ギョイィィィィィィィッ!
ギョイィィィィィィィッ!
「……来い。ボクが今、楽にしてやる」
多少なりとも知性が残っているのか、虚ろな目から涙を溢れさせつつ飛び掛かってくる異形ども、その憐れな姿に、ボクは疑念が確信へと変わるのを感じながら迎撃態勢へと移るのだった――。
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