♯68 才色兼備なお姉さんたちと、密談をした
第68話です。
※前半の語り部はスズラン、後半はイサリです。
――ナイア。あれは実に得体の知れない女だったわ。
四年前、背信者認定されたミモザ様とダリアちゃん、そして教団に捕らえられていたヨハネスさん夫妻や他の<魔女>たちと協力し、船を奪って『メンデル』から脱出する際のことよ。
脱走中みんなとはぐれてしまった私とナズナ姉さんは、教団の本部施設の一角にあった彼女の私室に偶然迷い込んでしまい……そこで見たの。
彼女の部屋の壁に大きな地図が何枚も貼ってあるのを。
それらはいずれも世間に出回っているモノとは比較にならないほど精緻かつ色鮮やかな地図ばかりでね。まるで天上から世界を俯瞰した神様の視界をそのまま四角く切り取ったかのようだった。
とても絵とは思えなかったわ。
いえ、ひょっとしたら本当に絵ではなかったのかもしれない。無事に合流したあと、<漂流者>であるミモザ様なら何かわかるかと思ってそのことを話したら、「それはもしや衛星写真……? いえ、そんなはずは……」って息を呑んでいらっしゃったし。
それでね、その地図なんだけど。
何か所か、丸で囲まれて、<神域>と殴り書きされた場所があったのよ。
……ええ。そうよ。確かに<神域>と書かれていたわ。
もっとも、それらはいずれもヒトが住んでいないであろう絶海の孤島や、誰も近付かないような海域ばかりだったけれど。
……たとえば?
そうね。たとえば、『静かの海の穴』という、かつて『幽霊船長』の根城があったと伝えられている海域とか。
あるいは、『タウルス=リットロウ』と呼ばれる、『晴れの海』の外れの海底山脈の一部と思われる島とか。
または、『中央の入り江』にあるヤポネシアの、『竜の口の海』と呼ばれている曰く付きの内海とか。
そういったところよ。
……どうしたの? イサリクン。渋面になって。
これらの場所に何か心当たりでもあるの?
え? なんでもないから気にしないでくれ? ……本当に?
まあ、いいわ。
とにかく、ね。
私たちはどうにかこうにか『メンデル』から脱出したワケだけれど……脱出できたらできたで、新たな問題が浮上したの。
『どこへ逃げるか』という問題がね。
私とナズナ姉さんから例の地図のことを聞いたミモザ様が選んだのは、ナイアが<神域>と殴り書きした場所のひとつ。『死の湖』にある瓢箪のようなカタチをした火山島だったわ。
<神域>、つまり『ヒトが踏み入ってはならない場所』と認識している地へはナイアも追っ手を差し向けないだろうと判断したみたいね。
それに『死の湖』は、『誰も住んでいない海域』『ヒトが住めない場所』だというのが世間の常識で、わざわざ近寄る物好きなんていないから、世間の人々から忌み嫌われている<魔女>とその身内が隠れ住むには持ってこいだったし。
で。
『メンデル』から脱出した私たちは、凪や嵐、『深きものども』の襲撃といった困難に遭遇することもなく、極めて順調に航海を続けたわ。
そしてこの『ビュルグ』に無事辿り着くことが出来たワケだけれど……この島に上陸した直後、ダリアちゃんがみんなの前で突然こんなことを言い出したの。
――『あのね。ダリア、今、この島を作ったっていう神様の「声」が聴こえたよ』
――『ここは邪悪な存在から無辜の民を護るために神様が用意した島で、「結界」に覆われているんだって』
――『ダリアたちがこの島に住むのは構わないけれど、瓢箪みたいなカタチをしているこの島の南側には絶対に踏み入っちゃダメだよってハナビ様が言ってるの。「結界」が壊れてみんなが邪悪な存在に襲われちゃうからって。……あ、ハナビ様っていうのは神様の名前だよ』
え? まさかそんな突拍子もない話……しかも幼女の話をアッサリ信じたのかって?
そのまさかよ。
……そうね。普通信じないわよね。
でも、当時の私たちは、どんなに偽物じみていてもいい……心の拠り所が欲しかったの。
希望が必要だったのよ。
それに<神域>の件を知っていたのは私とナズナ姉さん、そしてミモザ様だけで、ダリアちゃんは知らないはずだった……。なのに、ダリアちゃんの口から突然『神様』という単語が飛び出したのよ。
『月神教』の教祖だったヒトを父親に持つダリアちゃんの口から、ね。
そもそも、まだ幼いダリアちゃんの口から『無辜』だの『結界』だのなんて単語が飛び出す時点で普通じゃなかったし。
私たちはダリアちゃんの――いえ、ハナビ様の言葉に従い、島の南側を禁足地としたわ。そして北側にのみ集落を築くことにした。最初は船に寝泊まりしながら少しずつ土地を開拓し、家や畑、港、漁船を整備し……、順調に島を発展させていったの。
近年はこの島で採れる多種多様な宝石を元手に、他の有人島で必要な物資を買い付けたり、安く買い付けたモノを高値で売って利ザヤを得たりもしているわ。例のチョコレートとかで、ね。……正体がバレないように気を付けながら、だけど。
同時に、各地で迫害されていた<魔女>とその身内もどんどん保護していったの。
これらはいずれも、私たち姉妹のチカラ――未来視と、<魔女>の気配を察知するチカラを使えば、スムーズに達成することが出来たわ。
……まあ、そのお陰で、私たち姉妹はみんなから一目置かれ、船長や航海士なんて大任を任されたり、変に傅かれたりする羽目になったのだけれど。
ナズナ姉さんはともかく私はそこまでスゴイ人間ってワケでもないのにね……。
……え? 結局、私とナズナ姉さん、どっちがどっちのチカラの持ち主なんだって?
ふふ☆ 言ったでしょう? それは内緒よ。
私たちの『本当の家族』になってくれるヒトにしか教えるつもりはないわ。
ミモザ様を始め、この島の人々だって知らないのよ、それは。
――とにかく。そんな感じで、私たちはこの島に辿り着いてから今日まで、一度も『秩序管理教団』や『<魔女>殺し』、『深きものども』といった邪悪な連中に見つかることなく平穏に過ごしてきたってワケ。
私たちにとってここはまさに地上の『楽園』だったの。……これまでは、ね。
現在ではこの島に住む人間のほとんどがハナビ様の存在を信じ、崇め奉っているわ。無辜の民である自分たちのために、邪悪な存在を阻む結界で覆われた島を用意してくれた神様としてね。
それどころか、ダリアちゃんのことも『神様の「声」を代弁する巫女に選ばれた者』として特別視するようになったの。
ダリアちゃんがハナビ様の『声』を聴いたのは、上陸時の一回だけなのにね。
ダリアちゃんも私と同じく特別扱いなんて望んでいないのに……。
――さて。
イサリクン。もうわかったわよね?
あなたの疑問……『神様がどんなふうに力を貸してくれているのか』、その答えが。
そう。答えは『邪悪な存在を阻む結界でこの島を覆い、私たちが見つからないようにしてくれている』よ。
どう?
あなたはこの話、どこまでが真実だと思う?
☽
「……その『どこまでが真実だと思う?』という問い掛けは、」
語り終えて、ふう……と小さく嘆息するスズランさんへ、ボクは逆に問い掛ける。
「――単純に『あなたは私の話をどこまで信じてくれる?』という意味ですか? それとも、『神様や結界なんてモノが本当に存在するのかしらね? あなたの見解を聞かせて頂戴』という意味ですか?」
「ふふっ――」
ボクの問い掛けに、ほんの少しだけ口の端を吊り上げるスズランさん。
「――前者だと言ったら?」
「スズランさんが仰ることです。もちろん信じますよ☆」
「本当? お姉さん嬉しい☆」
「HAHAHA☆」
「……ちなみに後者だと言ったら?」
「どうなんだ、カグヤ。マリナ。神様はともかく、邪悪な存在を阻む結界なんてモノがあるのか? この島が現実空間に存在している以上、ここで言う結界は亜空間とも違うワケだけれど」
ボクは笑顔を引っ込め、真剣な表情になって、一緒に話を聞いていた仙女コンビに水を向ける。
「少なくとも、邪悪な存在に気付かれないようにする、または邪悪な存在の侵入を阻む、そんな便利な結界は無いね」
「この島の南側に張られている結界には、四半世紀前の戦いでハナビさんと下級眷属の皆さんが相討ちに持ち込んだ生体兵器――『死の植物』の再生機能を阻害する効果しかありません」
ボクの問い掛けにアッサリそう答える仙女コンビ。
……生体兵器? 『死の植物』?
「それってまさか、あの『月棲獣』みたいなヤツ!?」
「うん」
「あれよりも強敵でしたけど」
あれよりも!?
しかも再生機能を阻害ってことは、完全には斃しきれなかったってことか!?
「ね、ねえ、イサリクン。下級眷属とか生体兵器とか、なんの話? ハナビ様のことも以前から知っていたような口振りだし……、彼女たちは何者なの?」
怪訝そうな顔でカグヤとマリナの顔を順繰りに見遣るスズランさん。
さて。どう説明したものか……。本当のことは話せないし……。
「彼女たちは仙女です」
「せんにょ」
「この月と地球を創った造物主サマたちと、四半世紀前この月に襲来した恐ろしい化け物どもの事情に精通している……そういうコたちです。彼女たちが言うには、ハナビもこの月と地球を創った造物主サマの一柱らしいんですよ」
「冗談…………ではなさそうね」
ボクの説明に顔を顰めるスズランさん。
そんな彼女を尻目に、ボクは再び仙女コンビへ向き直る。
「カグヤ。マリナ。つまりこういうことかい? スズランさんたちがこの島に辿り着いた直後、ハナビが『造物主はこの月と地球の住人には一切干渉してはならない』というルールを破ってまでダリアちゃんに忠告したのは、スズランさんたちがこの島の南側に踏み入ることで『死の植物』とやらが復活してしまうのを防ぐためだったと」
「だろうね。ハナビも相当焦ったと思うよ。『メンデル』とやらから脱出した彼女たちが、よりにもよって自分が管理していた第三<神域>スターマインの<遺跡>に向かうなんてさ」
「スズランさんたちがこの島の南側に足を踏み入れていたら、仮死状態にある『死の植物』が餌の気配に気付いて活性化し、スズランさんたちを捕食していたでしょうから。そうしたら『死の植物』はその力を完全に取り戻し、結界を内側から壊して殺戮行動を再開していたに違いありません」
ハナビにとっても、ダリアちゃんへの干渉は苦渋の決断だったのかもなぁ……。
待てよ? ってことは……。
「じゃあ、ハナビが邪悪な存在を阻む結界でこの島を覆い、スズランさんたちが見つからないようにしてくれているっていう、今のスズランさんの説明は……」
「残念だけど……」
「解釈違いですね」
解釈違い。
「えー……」
「ダリアってコが代弁したハナビの言葉をよーく思い出してみて。『ここは邪悪な存在から無辜の民を護るために用意した島だ』って言っただけで、『スズランたちのために用意してやった島だ』なんて一言も言ってないでしょ?」
「ここは混沌の眷属の侵攻から月の住人を護るためにハナビさんが築いた最前線基地ですから。言わば、この月の住人全員のために用意された島なワケでして……。ハナビさんはそういう意味で『ここは邪悪な存在から無辜の民を護るために用意した島だ』って言ったんだと思います」
……言われてみれば、
「ハナビは『この島は結界で覆われている』とは言ったけれど、それがスズランさんたちが見つからないようにするためのモノだとは一言も言っていないのか」
「当然だね。さっきマリナも言ったけれど、この島の南側に張られている結界は『死の植物』の再生機能を阻害し復活を妨げるためのモノだもん」
「その……。とても言いにくいのですが……。この島の皆さんがこれまで『秩序管理教団』や『<魔女>殺し』、『深きものども』に見つからなかったのは、偶々に過ぎないかと」
た、偶々……。
ボクはチラリとスズランさんの様子を窺う。
「その話が本当なら、」
スズランさんはいつの間にか夜空を仰いでいて、その表情を確認することは出来なかった。
「――ここは私たちが思っていたような『楽園』じゃなかったってことね」
う……。
「ま、まあ、『死の植物』については、今後もこの島の南側に踏み入らないようにすれば問題無いワケですし。『秩序管理教団』とかだって――」
「これまで大丈夫だったからって、今後も大丈夫だとは限らないでしょう。何しろ、これまで大丈夫だったのは偶々に過ぎないんだから」
う……ぐ……。
「それに……。『楽園』はとっくの昔に崩壊していたのかもしれない。――問題はもう発生しているのかもしれないわ」
え?
「それってどういう――」
ボクはスズランさんに詰め寄ろうとして、
「あ、あのー皆さん、こんなところで何をされているんですか?」
「逢引……という雰囲気でもなさそうですが」
「えっ!? シャロン!? クロエ!?」「「わぁ!?」」
――いつの間にか仙女コンビの背後に立っていたシャロンとクロエに驚かされ、出鼻を挫かれてしまった。
てか、ボク以上にカグヤとマリナが驚いている……。
さっきはスズランさんにアッサリ背後を取られて驚いていたし。
このコたち、地球の化身、分霊のワリに隙が多すぎない……?
「な、何か用かい、シャロン。クロエ。……ていうか、よくここにいるってわかったね」
「そ、その、わたしたち、船長さんに相談したいことがありまして」
「なのに船長の姿が見当たらず、カグヤさんとマリナさんまで揃って消えていたので、船長の貞操のピンチ! と思い、慌ててシャロンさんのチカラで船長を捜してもらった次第です」
貞操のピンチて。この眼鏡っ娘は何を想像したんだ。
マリナはキミが想像したことをするような、はしたないコじゃないぞ。
……カグヤ?
…………ノーコメント。
「で? 相談したいことって何?」
ボクはスズランさんに「ちょっとだけ待っていてください」と目で告げて、大事の前の小事を片付けるくらいの軽い気持ちで訊ねる。
最初に切り出してきたのはシャロンだった。
「じ、実はですね。昼間からずっと気になってたんですけど、」
「うん……?」
「この島、変なんです」
え?
「! シャロンちゃんだったわよね!? どう変なの!?」
シャロンの言葉に息を呑んで詰め寄るスズランさん。
「え、えっとですね。確か、この島にはあのバーケンチンの乗組員さんを含めると二百人を超える住人がいるというお話でしたよね」
「ええ。そうよ」
「合わないんです」
「合わない?」「何がでしょう?」と、これはカグヤとマリナの仙女コンビ。
内気なシャロンは皆の注目を浴びて赤面し、縮こまってボクの背中に隠れながら、
「そ、そのですね。わたしの気配察知のチカラは、すっごーく集中すれば、この島の四分の一くらい……つまり人口密集地の大半はカバー出来るんですけど、」
マジか。シャロンのチカラってそこまで強力だったのか。
流石はオーバーロードの『核持ち』……。
「で?」
「感じ取れる人間の気配が、あのバーケンチンの乗組員さんや宴の会場に集まっているヒトたちのぶんを含めても、百に満たないんです」
……は?
「ねえ、シャロン。それは単に、残りのヒトたちは人口密集地じゃないところにいるってだけの話じゃないの?」
言っていて、自分でもそれはおかしいと思った。
住人の半数以上が、人口密集地にいない。それ自体が変なことだ。
それでなくても、ここは数年前まで無人島だったところ。ヒトが住める場所などまだまだ限られているはずなのだから……。
「わたしも昼間は、みんなでどこかに集まって島の開拓でもしているんだろうなって思ったんですけど。夜になった今も、百に満たないんですよ。でも、見たところ誰々がいない! みたいな騒ぎにはなっていないようですし……」
なんだそれ……。どういうことだ?
「スズランさん。参考までに訊くんですけど、あのバーケンチンの乗組員さんって、全員で何人ですか?」
「……私とナズナ姉さん、そしてヨハネスさんを含めて三十人くらいよ」
「思ったより少ないですね」
「この島の開拓や農耕、漁にも人手は必要だから、乗組員のほうにはあまり人員を割けなくて……」
「つまり……この島の人口は二百人を超えているワケだから、百七十人近くが普段はこの島でお留守番をしていると」
「ええ」
ふむ。
この島の人口はあのバーケンチンの乗組員も含めると二百人近く。
で、今シャロンが感じ取れている人間の気配を仮に九十だとした場合、そのうちの三十はあのバーケンチンの乗組員のモノってことになるから……、
「百七十人近くいるはずの留守番組の気配が、六十かそこらしか感じ取れないと。そういうことになるのか?」
「……ちなみにですが、」
と、クロエがお母さんの形見である伊達眼鏡の位置を直しながら補足してくる。
「わたしは昼間、物資の買い付けをする前に、ここで仕入れるべきモノを見繕おうと思いまして。ツバキさんや主計長さんと一緒に町中や畑、牧場なんかを一通り見て回ったのですが」
「……が?」
「途中で挨拶をしたヒトやすれ違った通行人を片っ端から思い出し、数えてみたところ、五十人とちょっとでした。この島の人口を考えると、残りの住人全員が屋内にいるというのはちょっと不自然かもしれません」
「……五十とちょっとか。さっきの六十という数字に近いな……。でもそれ、クロエの数え間違いとか勘違いってことは」
「は? このわたしに限ってそんなことあるワケがないでしょう。ふざけたことをぬかすと今晩、干からびるまで搾り取りますよ」
「このコ怖い!」
搾り取るって何を!?
血!? 血ですか!?
恐怖! クロエは実は<魔女>ではなく吸血鬼だった!?
「血ではなく子種…………いえ、なんでもありません」
「今なんて言おうとした……?」
「だからなんでもありません。……あ。あとこれは宴に参加していたヨハネスさんの奥さん――ヘレンさんでしたっけ?――彼女から聞いた話なのですが」
「今度は何……?」
「今あの宴に参加しているのは、ミモザさんとスズランさん、ナズナさんを除けば、全員があのバーケンチンの乗組員とそのご家族だそうですよ」
「……うん?」
「ついでに言うと、今あの宴に参加しているのは、あのバーケンチンの乗組員以外は全員、わたしが昼間この島のあちこちを見て回った際にお見かけしたかたばかりです」
「…………だから?」
「言い換えると、わたしは昼間、あのバーケンチンの乗組員のご家族しかお見かけしていないということです」
「………………てことは?」
「今シャロンさんが感じ取れている人間の気配も、おそらくはあのバーケンチンの乗組員のご家族のモノだけなのでしょう」
「……………………つまり?」
「さあ? これ以上はなんとも」
「…………………………」
なんだこれは……。いったい何を意味するんだ?
なんでこんなに胸がざわつく?
このイヤな感じはなんなんだ?
まるでボクたちが知らないところ、水面下で、トンデモないことが進行しているような……。そんな不吉な予感がするのは、ボクの気のせいなのか?
「……スズランさん。さっき、あなたは意味深なことを言ってましたよね。『楽園』はとっくの昔に崩壊していたのかもしれない、問題はもう発生しているのかもしれないって」
「…………………」
「ひょっとしてあなた、何か知ってるんですか? ボクに『どこまでが真実だと思う?』なんて訊いたのもそのためなんじゃ……」
「…………………」
「あなたはなんらかの理由により、この島が自分たちの思っていたような『楽園』じゃないことに気付いて、それでボクにあんな質問をしたんじゃないですか?」
「…………………」
ボクの問い掛けにスズランさんは沈痛な面持ちで黙り込み――直後、
「スズランちゃん!」
今度はナズナさんがやってきた。
それも広場とは逆の方向からだ。
ナズナさんはあちこち駆けずり回ったあとなのか、ひどく息を切らしていた。
「! 姉さん! どうだった!?」
「どうやら気のせいじゃなかったみたい」
「それじゃあやっぱり……」
「ええ。今、この島で何か大変なことが起こっているわ」
この場には部下がおらず、船長と副長というお互いの立場を気にする必要が無いためか、敬語ではなくタメ口で話すスズランさんと、それを気にするふうでもなく頷くナズナさん。
髪の長さ以外は瓜ふたつな双子の姉妹のやりとりを黙って見守っていたボクの耳に、シャロンとクロエが左右から囁く。
「あ、あの、船長さん。気付いていましたか? ナズナさん、宴が始まってすぐに体調不良を訴えて退席したんですよ」
「どうやら体調不良はあの場を抜け出すための方便だったようですね。おそらく、みんなには内緒で何かを探っていたのでしょう。あの様子を見るに問題が発生したのは間違いなさそうです。――ひょっとしたら『幽霊船長』の出番かもしれませんよ、船長」
…………………。
ひょっとしてボク、ツバキが言うように、トラブルに愛されているのかな……。
「カグヤ。マリナ。シャロン。クロエ。先に広場に戻っていてくれ。ボクはスズランさんたちと大事な話がある」
「「「「え。でも」」」」
「いいから」
渋るみんなを先に広場へ戻し、ボクは姉妹のほうへと向き直る。
「スズランさん。ナズナさん。単刀直入に訊きます」
「……何かしら?」
「今、大事な話をしているところなのだけれど……」
「未来視と、<魔女>の気配を察知するチカラ。前者がスズランさんのチカラで、後者がナズナさんのチカラですよね?」
「「っ」」
「なんでわかったの」という顔で息を呑む姉妹。
「憶えていますか、スズランさん。初めて会ったとき、<魔女>を引き渡すよう要求してきたあなたに、ボクが『なんでこの船に<魔女>が乗っていると?』って訊いたこと」
「……ええ。憶えているわ」
「あのとき、あなたは『それは秘密』と言って――そして、一瞬ナズナさんのほうを見ましたよね」
「「!」」
「あの時点ではお二人が<魔女>だということすら知りませんでしたから、何故スズランさんがナズナさんのほうを見たのかわかりませんでしたけど。あとでお二人が<魔女>で、どちらかが<魔女>の気配を察知するチカラを持っていると聞いて、ピンと来ましたよ。ああ、それであのときスズランさんは無意識にナズナさんのほうを――ってね。……曖昧にしておきたいみたいだったから、ボクも敢えて確かめたり、他のヒトに話したりはしませんでしたけど」
「「…………………」」
「ナズナさん。このことはみんなには秘密にしておきますから、正直に答えてください。――あなたもシャロンと同じく、そのチカラでこの島の住人の気配が足りないことに気付いた。そして宴を抜け出し、なんらかの確認をして、結果この島で何か大変なことが起こっていると確信した。違いますか?」
ボクの指摘に、
「それは……」
ナズナさんは言い淀み、
「ええ。そうよ」
代わりにスズランさんが首肯する。
「スズランちゃん!? それは……!」
「ナズナ姉さん。いいの。いいのよ。イサリクンなら。――少なくとも、私は構わないわ」
「えっ。それって、」
?
な、なんだ? なんでナズナさんは、そんなオバケでも見たような顔でボクをジロジロ見てくるんだ?
「――意外だわ……」
だから何が!?
「お願い、イサリクン」
戸惑うボクの手を取り、スズランさんが真剣な表情で懇願してくる。
「――あなたのチカラを貸して頂戴」
「ボクのチカラを……?」
「そう。あなたの、不思議な格好をすることで発揮できる神懸った強さを」
「!?」
なんでスズランさんが『変身』のことを知って……。
「実を言うとね、あなたと出逢った日の晩に未来視のチカラが教えてくれたの。今、私たちの『楽園』で邪悪な存在が蠢いていると。そしてその存在に対抗できるのは、この世界であなただけだと」
「!」
ボクがルーナとイチャイチャ……もといチョコを「あーん♪」し合っていた裏でそんなことが……?
ってことは、ひょっとして……。
「そうよ、イサリクン。あなたのチカラを借りること……最初からそれが目的で私はあなたをこの島に招待したの」
!
「じゃあ、その邪悪な存在というのは――」
――そのときだった。
「きゃあっ」
「「「っ!?」」」
ボクたちの頭上、身を隠していた礼拝所の二階部分から、宴の喧騒に混じって悲鳴のようなモノが聴こえた。
「今のは……!?」
反射的に仰ぎ見ると、そこには窓……厳密には少しだけ開かれた木製の観音扉があって、悲鳴がそこから漏れたものであることは間違いないと思われたが、声の主の姿はここからは確認できない。
無論、悲鳴の理由――今、あの部屋で何が起こっているのかも。
ただ……、
ボクの記憶が正しければ、位置的にあの部屋は――
今、あの部屋にいるのは――
ボクの推測を裏付けるように、スズランさんが青ざめた顔で叫んだ。
「今の悲鳴……まさかダリアちゃん!?」
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