♯66 運命の少女たちと、『楽園』の長に会った
第66話です。
火山島『ビュルグ』。通称『楽園』。
無事に辿り着いたその島は、大小ふたつの島が南北に連なった瓢箪のようなカタチをしていた。
「ようこそ、イサリクン。そして皆さん。私たちが創った『楽園』――『ビュルグ』へ☆」
「この北側の小さな島が島民たちの生活域よ。南側の火山がある大きな島は島民も立ち入りが許されていない禁足地だから。憶えておいてね☆」
沖合に『トゥオネラ・ヨーツェン』を停泊させ、撓艇で上陸した『ビュルグ』の港をキョロキョロ見回していたボクたちを、先に上陸していたスズランさんとナズナさんが出迎えてくれた。
……のはいいのだけれど。
「あの。やっぱりツバキたちは上陸しちゃダメですか?」
ボクと一緒に上陸したのは、許可が下りたルーナ・アリシア・シャロン・クロエ・イリヤ・リオンさん・ロウガさんの七人だけだ(女性陣は全員あのえちえちな制服を脱いでディアンドル風の衣装に着替え済み)。
許可が下りなかったカグヤ、マリナ、ツバキ、男衆は船に残っている(カグヤとマリナはボクの身に宿ることでこっそり同行しようとしたのだけれど、二人がいないことにツバキ辺りが気付いたら面倒くさいことになりそうだったので、大人しく船で留守番していてもらうことにした)。
ボクの質問に、スズランさんとナズナさんは申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい。私たちとしてもツバキちゃんたちを上陸させてあげたいのは山々なのだけれど、本来ここのことを教えていいのは<魔女>とその肉親、または<漂流者>だけと決まっているから……」
「とはいえ皆さんを招待したのは私たちだし、ツバキさんたちも上陸させてあげてほしいと、あとで長に掛け合ってみるつもりよ。もう少しだけ待って頂戴」
「……わかりました」
そういうことなら仕方ない。カグヤたちにはもう少しだけ我慢してもらおう。
「それにしても……、これが『ビュルグ』かぁ」
なんていうか……普通。メチャクチャ普通。『楽園』と言われても正直ピンと来ない。
特別栄えているワケでもなければ寂れているワケでもない、ごく普通の漁村って感じだ。
規模的にはアリシアと出逢った『ビトルビウス』には遠く及ばないけれど、キロウスと初めて対峙した名も無き有人島とはいい勝負。そんな感じの漁村。
港にはロウガさんのモノと同種のヨットに似た漁船が複数並んでいる。
「あんまり<魔女>の隠れ里って感じがしないなぁ」
とはいえスズランさんたちの説明によれば、ここには二百人を超える住民がいて、その全員が<魔女>とその肉親らしいんだよな……。
「……ホント、どんだけいるのさ、<漂流者>って」
ツバキの説明によれば、<漂流者>という存在が確認されるようになったのはここ三十年以内のことって話だったけれど……。三十年でこの蒼き月の海に流れ着いた地球人の数って、どう考えても百や二百じゃきかないよね……。
…………………。
<漂流者>が確認され始めた時期と、かつてあったという混沌の眷属との戦いの時期が近いのって、ただの偶然なのかなぁ……?
てか、
「ここ、よく今日まで『秩序管理教団』とか『<魔女>殺し』とかに見つかりませんでしたね?」
『ビトルビウス』のそれと良く似た、四角い外観をした石造りの白い民家――いずれも新しめだ――が連なる光景に、感慨深いモノを覚えながらボクが呟くと、スズランさんは「ふふ☆」と笑い、
「だってここは神様が御座す地だもの」
と言った。
「……神様が?」
「ええ。そうよ。古くからこの地に御座す神様が、私たちが邪悪な輩に見つからないよう、そのチカラを貸してくださってるの」
「…………へえ」
上陸前にカグヤから聞いた『この火山島はね、四半世紀前の戦いで散った唯一の上位眷属が管理していた第三<神域>の<遺跡>だったんだよ』という話を思い出して目を眇めるボクに、スズランさんは胸を張り、
「あ。『胡散臭い』って思ってるでしょう? でもね、本当なのよ? 現に、ここに集落が築かれてから四年間、一度も『秩序管理教団』に見つかったことが無いんだから☆ もちろん『<魔女>殺し』や『深きものども』なんかにもね」
「…………だとしても、何を根拠に神様がチカラを貸してくださってると? まさか神様と会ったことがあるんですか?」
「ふふ☆ そのへんは追々説明するわ」
「…………………」
神様がチカラを貸してくださってる……か。
月と地球の造物主たち――オーバーロードは、基本、地球と月の住人への干渉は禁じられているはずだが……。
そもそも、ここの管理者は四半世紀前の戦いで散っているそうだし……。
それとも、彼女たちが言う神様は、オーバーロードとは全くの別物なのか?
この蒼き月の海には、オーバーロード以外にも神様が存在するのか?
「……でも、」
仮にスズランさんとナズナさんの話が本当なら。
「アデリーナさん母娘やオリガ一家……そして他のみんなも、まとめてここで受け入れてもらうというのも有りか……?」
そうすれば<小地球樹>をわざわざ開拓する必要なんて無いワケだし……。
みんなとしても、亜空間の内側なんかじゃなく、外界で平和に暮らせるのなら、それに越したことは無いだろうし……。
――と、ボクが物思いに耽っていると。
「どうやらイサリ船長は、何か気になることがあるようだねぇ」
軽薄そうな笑みを浮かべたイケオジがどこからともなく現れて、こちらの肩をポンと叩いてきた。
「……何か御用ですか、ヨハネスさん」
一応和解したし、向こうのほうが年上なので、さん付けで呼んでおく。
「おいおい。つれないな。せっかく礼を言いにきたってのに」
「礼?」
「ああ。おまえさんから貰ったあの珍妙な実。あれを食べたら本当に肋骨と左肘が治ったよ。この世には不思議な実があるもんだな」
「……良かったですね」
当初ヨハネスさんにあげようとした『桃仙郷の実』はシロに食べられちゃったから、仕方なく新品の『桃仙郷の実』をあげたのだけれど、やっぱ勿体なかったかな……。
お陰で『桃仙郷の実』の在庫が一個だけになってしまったし。
いや、でも、スズランさんに「ヨハネスさんに渡したいモノがある」って言っちゃった手前、何も渡さないワケにもいかなかったしなぁ。
別の実を渡しても「なんでこんなモノを?」としかならないだろうし。
「あんな不思議な実を所持していることといい、あの化け物じみた強さといい、ホント何者なんだい、おまえさん」
「言ったでしょう、史上初の男性版<漂流者>ですよ。――そんなことより、気になることがあるんですが」
「何かな?」
「そちらの女性はどなたです?」
ヨハネスさんの背後には、嫋やかな微笑を浮かべた一人の女性が立っていた。
年齢はヨハネスさんと同じ二十代半ばくらい。栗毛色の髪をボブにした、どこか眠そうに見える垂れ目が特徴的な、かなりの美女だ。
両手で押さえたそのお腹は一目でわかるほど大きく膨らんでいて、彼女が産み月の近い妊婦であることは火を見るよりも明らかだった。
ボクの質問に、ヨハネスさんはしれっと答える。
「家内だよ。帰港に気付いて出迎えてくれたんだ」
…………は?
「家内って、あの家内?」
「どの家内だよ」
「奥さんがいたの!?」
「ああ」
なんてこった……。
「マジか……。奥さんがいるのにウチのお姉ちゃんたちに色目を使ったというのか、このイケオジは……。イケメンならなんでも許されると思うなよ」
「心の声がダダ漏れだぞ。……そもそもお宅のお嬢さんがたに色目を使った憶えは無いんだが。変な言いがかりはヤメてほしいね……って、痛だだだだだだっ!」
あ。ボクの話を真に受けてコメカミに青筋を立てた奥さんに頬を抓まれて、ヨハネスさんが悲鳴を上げた。せっかくのイケメンが台無しだ。
「あ・な・た? どういうことかしら?」
「ご、誤解だ! 疚しいことは何も無い!」
「どうせあなたのことだから、初対面で『初めまして、美しいお嬢さんがた』みたいな気取った挨拶でもしたんでしょう」
「…………………(汗)」
流石は奥さんだ。旦那さんの性格を熟知している。
「初めまして、皆様。ヨハネスの妻のヘレンと申します。島民を代表し皆様を歓迎いたします」
ヨハネスさんの頬から手を離した奥さん――ヘレンさんが、そう言ってペコリとお辞儀をしてくる。
「初めまして。イサリと申します。……あの。ここに住んでいるということは、ヘレンさんも<魔女>か<漂流者>なんですよね?」
「はい」
ボクの質問にアッサリ頷くヘレンさん。
「私は十八世紀のイギリスに生まれた<漂流者>でして、いろいろありまして、ナイルの海戦に巻き込まれ右往左往しているうちにこちらに流れ着きました。七年前のことです」
十八世紀! ナイルの海戦! そういうヒトもいるのか!
「ところでヘレン、」とヨハネスさんはヘレンさんの肩に手を置き、「動き回って大丈夫なのか? そろそろ生まれる頃合いだろう?」
「大丈夫よ、あなた。予定日まで一月はあるわ」
「だがね、この島に助産師はおまえしかいないんだ。あまり無理はしないほうが」
「相変わらず心配性ね。だいたい、そんな身重の妻を置いて島を離れていたのはどこの誰?」
「仕方ないだろ? あの船の護衛が俺の役割なんだから」
「ふふっ。わかってます。お土産も買ってきてくれたし、文句を言うつもりはないわ。――次の出航はいつの予定なの?」
「予定では半月後だな」
「そう……。出産には立ち会えなさそうね」
「……すまない」
「仕方ないわ。その代わり、ちゃんと子供の名前を決めておいてね? 生まれてくる子が女の子なのは間違いないんだから、とびっきり可愛い名前じゃないとダメよ?」
「やれやれ。俺にそういうセンスは無いんだがな」
……あのー、お二人さん? 目の前で二人だけの世界を作らないでほしいんですが。
「あ。ごめんなさい、お客様をほったらかしにしてしまって」
ボクのジト目……もとい視線に気付いたヘレンさんが申し訳なさそうな顔をする。
「いえ。お気になさらず。……お子さんが生まれるんですね」
「はい。私が主人と一緒になったのはもう六年近く前のことなんですが、ようやく子供を授かることが出来まして……」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。……でも正直、不安もあるんですけどね。このご時世に子供を作って本当に良かったのか……。いくらここが『楽園』とはいえ……」
憂いの表情を浮かべるヘレンさんの手を、ヨハネスさんが握る。
「安心しろ。何かあったら俺がおまえたちを守ってやるさ。この命に代えてもね」
「……ありがとう、あなた。愛してるわ」
「ああ、俺もだよ」
……だから目の前で二人だけの世界を作らないでください。
「いいなー……ボクもこんなふうにイチャイチャできる奥さん……はまだ早いから、恋人が欲しい」
「「「「「っ」」」」」
軽い気持ちで愚痴ると、リオンさんとロウガさん以外のメンバーが息を呑む気配がした。
何その反応……。「おまえみたいな非モテの陰キャが恋人だと? 正気か?」とでも言いたいの?
「あの。イサリさま」
ボクと手を繋いでいたルーナ(このコはボクと一緒に行動するときは、とにかく手を繋ぎたがる)がクイクイと手を引っ張ってくる。
「なんだい、ルーナ」
「イサリさまは恋人さんが出来たら、どんなふうにイチャイチャしたいですか?」
…………………。なんでそんなことを訊くんだろうね、この十歳児は。
「う、う~ん……。改めてそう訊かれると……」
「じゃあ、恋人さんが出来たら、してほしいことはありますか?」
「巫女装束を着てほしい」
「「「「言うと思った!」」」」
ボクの答えに頭を抱えるアリシア・シャロン・クロエ・イリヤの四人組。
「ちょっと船長! アンタ、それしかないワケ!?」
「も、もっと他に何かあるのでは?」
「巫女なんかより義理の妹とか眼鏡っ娘とかのほうがずっといいでしょう!?」
「やっぱり育った環境が良くなかったのカシラ……」
……あ。あれ? いつの間にか彼女たちの間で『船長=巫女さんフェチ』という共通認識が出来上がってる?
さてはイリヤの奴、ルーナだけじゃなく他のみんなにもあることないこと吹き込んでくれたな?
「いいじゃん、別に。みんなに着ろって言ってるワケじゃないんだから」
「「「「っ」」」」
「それとも何? みんなはボクの恋人になりたいの? 実はボクのことが好きなの?」
「「「「!」」」」
ボクの冗談に四人は顔を真っ赤にし、
「いや、その、」
「そ、それはっ」
「なんと言いますか、」
「ワタクシは別に……!」
……おや?
何、この反応。
もしかして本当に――
「協定(ボソッ)」
「「「「っ」」」」
……ん?
リオンさんが何やら呟いた途端、四人がビクッとしたぞ?
と思ったら、
「あ、アンタのことなんか全然好きじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」
「ご、ごめんなさい! 好きじゃないってことにしてください!」
「は? ちょっと頼りになるからって何調子に乗ってるんですか?」
「そんなワケないでショウ! ワタクシにとってあなたはあくまで弟みたいナ存在よ!」
なんかすごい勢いでボクへの恋愛感情を否定してきた!
「あっハイ」
……いや、まあ、わかってはいたけども。でも、こうやって改めて明言されると中々キツイものがあるな……。
ボクがショボンとしていると、スズランさんが「あの、」と声を掛けてくる。
「お話は終わったかしら? そろそろ長のところへ案内したいのだけれど」
「す、すみません」
謝るボクをスズランさんは「元気を出して。この世界のどこかにはイサリクンの良さをわかってくれる女性もいるはずよ。たぶん。きっと。おそらく」と慰めてくれた。有り難い。けど、そこは嘘でもいいから断言しようよ。
「あ。申し訳ありませんが、武器をお持ちのかたはヨハネスさんとヘレンさんに預けてください。長への接見が終わりましたら、ちゃんとお返ししますので」
「……ふむ」
「……致し方なし、ネ」
ナズナさんに言われて、ロウガさんが佩いていた長剣をヨハネスさんに、イリヤが持っていた薙刀をヘレンさんに渡す。
その光景を黙って見守っていたボクに、ヨハネスさんがニヤリと笑ってこう言った。
「まあ、これらを預かったところで、一番の危険人物の戦闘スタイルが徒手空拳である以上、あまり意味は無いかもしれんがね」
誰が危険人物だ。
☽
案内されたのは、青い丸天井と石灰で白塗りされた壁が目に鮮やかな、礼拝所と思しき二階建ての建物だった。
スズランさんとナズナさんに先導されて中に入ると、まず目に飛び込んできたのは左右に並べられた沢山の長机と丸椅子で、奥には二階へ続く階段と祭壇のようなモノも見える。
が、神様の彫像や聖画像、十字架といった、わかりやすい礼拝の対象は何も見当たらない。
代わりに祭壇の向こう、ボクたちから見て正面の壁の窓には、大きな玻璃、つまり硝子が填め込まれていて、その向こうに雄大な火山が見えた。どうやらこの礼拝所は瓢箪のように連なっているふたつの島のちょうど境目に位置しているらしい。
そしてそこでボクたちを待っていたのは、スズランさんやナズナさんと同じ神官の法衣みたいな白いローブに身に包んだ一人の女性。ワインレッドの赤毛を三つ編みにした、切れ長の瞳を持つ三十代後半くらいのトンデモない美女だった。
なんというか……威厳というか、オーラというか、そういったモノが半端ない。
ボクなんかとは明らかに人間としての格が違う。
そしてトンデモない美女だ(二回目)。
「初めまして、皆さん。一応この『ビュルグ』の長ということになっております、ミモザと申します。皆さんのことは使いの者から聞いております」
美女――ミモザさんが、凛とした口調、しかしどこか安心感を覚える優しい声音で名乗り、頭を下げてくる。
どうやらボクたちが港でグダグダしているうちに、あのバーケンチンに乗っていた者から報告を受けたようだ。
「初めまして。イサリと申します」
ヘレンさんが相手のときは覚えなかった緊張を覚えつつ、こちらも頭を下げる。こういうのはツバキがいればツバキに任せちゃうトコなのだけれど、いないものは仕方ない。……失礼な言動をしちゃわないよう気を付けないと……。
「――隣のこのコはルーナ。ボクと同じく<漂流者>です。後ろにいるのが、右からアリシア、シャロン、クロエ、イリヤ。イリヤは<漂流者>で、他の三人は所謂<魔女>です。そのまた後ろにいるのがリオンとロウガ。リオンはシャロンの母親、ロウガはクロエの父親です」
ボクが紹介するのに合わせて、仲間たちが頭を下げる。
ミモザさんはニッコリ笑い、
「ようこそ、皆さん。我々は同志である皆さんを心から歓迎します」
同志、か……。
「ありがとうございます」
「……ところでイサリさん。あなたは<漂流者>だというお話ですが……」
「あ。やっぱり信じられませんよね。ボク以外、男性の<漂流者>は確認されていないそうですし」
「い、いえ、疑うワケではないのですが……。ただ、俄かには信じ難いのも事実です。イサリさんはいつの時代の、どこの国の出身なのですか?」
「二十一世紀の日本です。ちなみにルーナとイリヤも同様です」
「……三人一緒に流れ着いたということですか?」
「いえ。ボクと一緒に流れ着いたのはルーナだけで、イリヤは別の時間軸から別のタイミングで流れ着きました」
「つまりイサリさんとイリヤさんはこちらで出逢ったワケですね」
「あ、いや、別の時間軸とは言っても十年くらいしか違わなくて、ボクとイリヤは地球にいたころから面識があったんです。で、こちらで再会したワケでして」
ボクの説明にミモザさんは大層驚いたようで目を丸くする。
「それは……、なんと言いますか、運命を感じる話ですね」
ミモザさんの感想に、背後でイリヤが小さく「運命……」と呟くのが聴こえた。
まあ、確かに劇的な再会だったし、運命を感じないと言ったら嘘になる。
ただ、その運命は『運命の相手』的な意味での運命か? というと、それはまた別の話なんだけど。
ボクは『この異世界でイリヤが頼れる相手』になるべく弟的存在を卒業する気満々だったけど、イリヤのほうはボクを弟のようにしか見れないみたいだし。
まあ、それならそれで『頼れる弟分』を目指すだけだが。
ボクとしては、要はイリヤの心の支えになれればそれでいいワケで、恋仲になることが目的じゃないし。
……ボクにとって『子供のころ沢山お世話になった、憧れのお姉さん』であるイリヤは、なんていうか、他の女性とは一線を画しているというか、特別な存在すぎて、恋仲になりたいとかそんな大それたことを望む気にもならないんだよな……。
閑話休題、
「ミモザさんも<漂流者>なんですか?」
「はい。気が付いたら『メンデル』という島に流れ着いていました。もう十五年も前のことです」
……『メンデル』? あれ、どこかで聞いたような……。
「あのっ」黙考したボクの代わりにリオンさんが口を開く。「失礼ですが、あなたのご家族はっ?」
「地球にいたころは天涯孤独の身でしたが、こちらに流れ着いた直後に出逢った殿方との間に娘を一人授かっています」
「では、ご主人も今はこの島に?」
「……主人ではありません。彼――アベルは立場上、結婚というモノが許されなかったので」
「立場上?」
「アベルはある教団の教祖だったのです」
「……『ある教団』?」
「『月神教』。この月そのものを神格化し崇拝の対象としていた、『秩序管理教団』の前身に当たる教団です」
!?
「『秩序管理教団』の!? それは本当ですか!?」
「はい」とボクの問い掛けに頷くミモザさん。「『秩序管理教団』は五年ほど前、アベルが謎の変死を遂げ、教祖の地位が『ナイア』という名の女幹部に引き継がれたことで、『月神教』が変質していった結果出来上がったモノなのです」
ナイア……。またその名前か。
確か<秩序の母>とか『教母様』とか呼ばれている女だったな。
あ。そっか。『メンデル』って、どこかで聞いた名前だと思ったら、『秩序管理教団』の総本山があるっていう島の名前じゃないか。
「変質……ですか」
「はい。あるいは変容、変貌と呼んでも構いません。教義も、信仰の対象も、活動内容も、信徒たちの価値観も――『月神教』を『月神教』たらしめていた何もかもが変わり果ててしまったのです。期間にすれば半年もかからなかったでしょう」
「……半年足らずで信徒たちの価値観まで?」
「そうです。挙句、アベルに誘われて『月神教』に入信していた私も娘共々背信者認定され、かつての仲間たちに捕らえられてしまいました。四年前のことです」
前の教祖の事実上の妻子を背信者扱いって……。そんなのもう完全にクーデター、あるいは乗っ取りじゃないか。
まさかアベルさんの変死の原因って……。
「……それでどうしたんです?」
「捕らえられた私は、同様に教団に捕らえられ、本部施設である城塞で『断罪』を待っていた大勢の<魔女>やその肉親と、集団脱走を計画しました」
「集団脱走」
「そのときのメンバーにはヨハネスさんとヘレンさん、そしてそこにいるナズナさんとスズランさんも含まれます」
! スズランさんとナズナさん、それにヨハネスさんたちも『秩序管理教団』の手によって捕らえられていたことがあるのか……。
「って、あれ? <魔女>であるスズランさんとナズナさんはわかるんですが。でも、当時、ヨハネスさんとヘレンさんの間に子供はいなかったはずですよね? 今回、待望の子供を授かったって話でしたし。なのに、教団に捕らえられていたんですか? <漂流者>とその夫ってだけで、教団にとっては『断罪』の理由になるんですか?」
この場にいない――屋外で待機している――夫婦の顔を思い出しながら訊ねると、ミモザさんは悲しそうに目を伏せ、
「教団の中でも過激派と呼ばれる者たちにとっては、<漂流者>もまた<魔女>を生む可能性がある『危険因子』であり、こっちの男性と婚姻を結んだり、子供を作ったりした時点で立派な『断罪』の対象なのですが……」
「が?」
「当時あの二人は、ヨハネスさんのお姉さんとそのご主人の間に出来た娘さんを引き取って育てていたのですよ。なんでも、ヨハネスさんのお姉さんとそのご主人が流行り病で揃って亡くなってしまったそうで……。そしてその娘さんがあの二人の実子、<魔女>だと勘違いされてしまったのです」
「……ちなみにその娘さんは今は」
「……残念ながら教団の者の手によって」
……訊かなきゃよかった……。
でも、そっか。あのイケオジにそんな過去があったんだ……。
「えーと、集団脱走を計画して……それでどうなったんですか?」
「紆余曲折あったものの計画は成功しました」
「おおお……」
「その後、長い航海の果てにこの島に辿り着き、この『楽園』を築いた次第です。ですので、ここの住人の大半がそのときのメンバーなのですよ」
「なるほど」
「この二年、各地方の<魔女>とその肉親の保護に尽力してきましたので、そのときいなかった者もだいぶ増えましたけどね」
「もしやあのバーケンチンは」
「元々は『月神教』が布教のために使用していた船です。脱走する際に奪いました」
「……よく奪えましたね」
「立ちはだかる者はヨハネスさんがみんな斬ってくれましたので」
「み、みんな斬ってくれたんですか」
「ええ。ヘレンさんを人質に取られてヨハネスさんも捕らえられてしまったそうですが、普通に戦えばあのかたは最強です。……いえ、最強でした」
……ちょっと気まずい。
ボクが言葉に窮していると、突然クロエが前に進み出て口を開いた。
「わたしからもお訊ねしたいことがあります」
「なんでしょう。ええと……クロエさんでしたか」
「あなたがたが現在崇めている神様。どういう神様なんですか」
「……何故そんなことを?」
「いえ、『月神教』とやらはこの月そのものを神格化し崇拝の対象としていたというお話でしたが、あなたが現在崇拝しているのは別の存在のようですし、どんな神様なのか少々気になりまして」
「……どうして別の存在だと思ったのですか?」
「大した理由はありませんが、強いて言うならあなたが『この月そのものを神格化し~』という言い回しをしたからでしょうか。『神であるこの月を~』ではなく。――現在のあなたはこの月を、冷静に月としか見ていないなと感じました」
「……なるほど」
すごいな、クロエ……。
その分析力を自分のお母さんのことでも活かせたら良かったのにね(バレたら痛い目に遭いそうな感想)。
「どんな神様なんです。あなたと、そしてこの島の方々が崇拝している存在――スズランさんが言うところの『この島の住人が邪悪な輩に見つからないようチカラを貸してくれている神様』とやらは」
「…………それは、」
――クロエの質問にミモザさんが答えようとしたそのときだった。
「ミモザ様! 大変です!」
二階へと続く階段から、ミモザさんたちが着ているのと同じ白いローブに身を包んだ茶髪の若い女性が下りてきて、青ざめた顔で叫ぶ。
「!? どうしました!?」
顔を強張らせて訊ねるミモザさんに、女性は続けてこう叫んだ。
「聖女様が! ダリア様が! お倒れになりました!」
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