♯65 頼れる仲間たちと、『楽園』に招かれた
第65話です。…勘の鋭い読者様にはいろいろとバレバレなんでしょうね。
※今回の語り部は前半はイサリ、後半はカグヤです。
チョコレートというモノを通して、ボクとルーナの関係性についてちょっぴり考えさせられたりもした夜が明けて。
今、『トゥオネラ・ヨーツェン』は例のバーケンチンと並航するカタチである島を目指してひたすら南下を続けていた。
「とっても乗り心地がいいわ、この船☆ やっぱり船長さんも含め乗組員の皆さんの操船技術が良いのかしら?」
『トゥオネラ・ヨーツェン』の船首楼甲板、ボクの目の前で、花が綻ぶような微笑みを湛えてそう言ったのは、例の美人姉妹の妹さんのほう――スズランさんだ。
「気に入って頂けたようで何よりで……むぎゅ」
「それはいいんじゃが、」
スズランさんのほんわかした雰囲気と花みたいな良い匂いに思わずこちらも頬を緩めつつ礼を述べるも、最後まで言い切る前に、傍らのツバキがボクを押し退け一歩前へ出て、スズランさんをジロリと睨む。
「スズランと言ったな。お主、あのバーケンチンの副長兼航海士なんじゃろ。そのお主がなんであの船でなくこの船に乗っとるんじゃ?」
「うふふ☆」
そんなツバキのジト目にもスズランさんは全く動じることなく頬に手を当ててニッコリ笑い、
「お邪魔してしまってごめんなさい。でも私、トップスル・スクーナーを間近で見るの、初めてだったの。だから一度乗り心地を味わってみたかったのよ」
ペロッと舌を出し、飄々と返す。
「フン……。なら残念じゃったな。今この船の舵を握っとる操舵手はまだ見習いのアリシアじゃ。言うほど乗り心地は良くないじゃろ」
なんでそんなこと言うの……。アリシアだって操舵の技術をメキメキ上げてると思うよ?
それにボク、知ってるんだからね。先日ツバキが司厨長の髭面さんに「アリシア。あやつは拾いモノじゃったかもしれん」って話してたの。
「あら。まだ見習いなのにツバキちゃんの指示にこれだけ的確に応えられるなんて、そのアリシアさんってヒト、大したものだと思うわよ?」
「そう言うお主は航海中に自分の船を簡単に離れるなど、副長兼航海士としての責任感が足りんのではないか」
「大丈夫よ。ナズナ姉さん――ウチの船長も、イサリクンと同じくらい優秀な船長だから。私が少々留守にしたところで、なんの問題も無いわ☆」
「この旦那様、有事はともかく平時は『なんも船長』なんじゃけど。ダメじゃろ、これと一緒じゃあ」
ヒドい。てか『これ』て。
「ウチだって似たようなものよ? 船長なんて、平時はどこもそんな感じでしょう?」
「ちゅーか当の『ナズナ姉さん』が、あっちの甲板でさっきからずーっとお主を睨んでるんじゃけど。あれ、明らかに『サボってないでとっとと戻って来い!』って言ってる目じゃろ」
「残念☆ あの目は『人様に迷惑を掛けてないので早く持ち場に戻りなさい』って言ってるのよ」
「同じことじゃろ」
「このニュアンスの違いは大きいわ」
「さして違わんじゃろーが! お主とあのナズナとかいう女、本当に双子なのか!? その割に随分と性格が違うようじゃが」
「あら。『顔立ちも体格も雰囲気も仕草もすべて瓜二つで見分けがつかない』と昔からずっと言われてきたから、周りが一目でどちらかわかるようにわざわざ髪の長さを姉妹で変えているのに、そこを疑うの? そもそも、双子とは言っても別の人間よ? 多少性格が違っても何もおかしくないじゃない」
「やかましいわ、この女狐め」
……な、なんかスズランさんに対するツバキの当たりが妙に強いなぁ。
やっぱ同じ副長兼航海士として対抗意識を抱かずにはいられないのかな?
「実を言うとね、私、イサリクンに興味があるの☆」
え。ボク?
「なんじゃと!? どういう意味じゃそれは!?」
「どういうも何も、この若さであのヨハネスさんに勝っちゃうほどの猛者よ? しかも昨日あなたたちから聞いた話が本当なら、史上初の男性版<漂流者>なんでしょう? 興味を抱くなというほうが無理だわ」
照れる。
「お主! やはりトップスル・スクーナーに乗ってみたかったというのは方便で、真の狙いは旦那様じゃな!?」
「別にそれも嘘ってワケじゃ、」
「おのれ! 言うとくがの、ぽっと出の女が旦那様の世話を焼けると思うなよ!」
「……誰もイサリクンのお世話を焼きたいとは言ってないのだけれど。ツバキちゃんって中々思い込みが激しい性格みたいね」
「やかましいわこの女狐が! せっかくイリヤにも認めさせた旦那様のお姉ちゃんというぽじしょん、そう易々とは渡さんぞ! 今すぐ旦那様の半径100m以内から離れんか!」
「海に落ちろと?」
ああ、ツバキのスズランさんに対する当たりがますます強く……。
てか、ツバキってボクのお姉ちゃんになりたかったの?
以前ボクが「ツバキお姉ちゃんって呼んでいい?」って半分冗談で訊いたときは微妙な反応だったけど。
……あと、向こうの甲板で胡坐を組んで精神統一していたイリヤが「ワタクシはまだ認めテないワよ!」って怒ってるけど(全然精神統一できてない……)。
「――もう。ツバキちゃんの意地悪。せっかく私たちの拠点へご招待してあげたんだから、そんなにツンツンしなくてもいいじゃない」
「やかましいわ。馴れ馴れしいんじゃよ、お主は。いいからとっとと自分の船へ戻れ!」
「うーん……でも、そんなことのためにわざわざ停船させるのも申し訳ないし」
「どうせもうすぐ凪になるんじゃ。そのたいみんぐで戻ればいいじゃろ」
「へえ……。やるわね、ツバキちゃん。それがわかる人間が私の他にもいるとは思わなかったわ」
水平線を見つめるツバキの横顔を眇めた瞳で見据え、スズランさんが不敵に笑う。
「え。このあと凪になるの? こんなに風が強いのに?」
…………ダメだ。ボクにはサッパリわからない。雨や嵐の気配ならともかく、風が止む予兆なんてどうやって感じ取ればいいんだ?
ボク、船乗りに向いてないのかなぁ……。
「ふふふ☆ 落ち込む必要は無いわ、イサリクン。これはわからなくても恥にはならないから。むしろわかるほうが異常なのよ」
OK。ツバキとスズランさんは異常。ボク憶えた。
「言ってる傍から風が止んだの」
わ。本当だ。さっきまであんなに吹き荒んでいた風がピタッ……と止んだ。すげえ。
『トゥオネラ・ヨーツェン』とバーケンチンが徐々に行き足を失っていく……。
ただ、両者の間には結構な距離があるから、跳び移ったり、舷梯を架けて移動するというのは難しいだろう。となると……、
「客人のお帰りじゃ! 右舷撓艇用意!」
撓艇しか無いよねぇ……。
「あーあ、残念☆ もう『ビュルグ』は見えてるし、このままこの船で帰港するのも面白いかなと思ったのに」
そう言って溜め息をつくスズランさんの視線の先、水平線の彼方には、ひとつの島影があった。
「あれがスズランさんたちの拠点――火山島『ビュルグ』……?」
「ええ、そうよ。あれが『ビュルグ』。私たちの『楽園』」
……『楽園』、か。
「それじゃあイサリクン。また『ビュルグ』の港で☆」
スズランさんはウインクしながらそう言うと、男衆が滑車を使って下ろした撓艇へ乗り込むため縄梯子を掴む。
「あ。ボクもヨハネスさんに渡したいモノがあるんで、一緒に行きます」
懐の『桃仙郷の実』――チョコに一服盛られていないか確かめるのに使ったアレ――の感触を確かめながらボクが申し出ると、スズランさんは「あら」と目を丸くし、
「ヨハネスさんに? 何かしら? なんなら私から渡しておいてもいいけれど」
「いえ、出来れば自分で渡したいです」
「これを食べればヒビが入った肋骨や挫いた左腕なんてたちまち治りますよ」と言ったところで普通は信じられないだろうから、そのへん上手く言い包める必要があるし。
……ついでに「これをやるからもう二度とウチのお姉ちゃんたちに色目を使うんじゃねーぞ」ってしっかり釘も刺しておかないと……。
「そう? わかったわ」
「ちょ、ちょっと待つんじゃ旦那様! まさか一人で行くつもりか!? 何かあったらどうするんじゃ!? まだこやつらが完全に信用できるかわからんのじゃぞ!? せめてロウガとイリヤを護衛に連れて、」
「大丈夫大丈夫。今はカグヤとマリナが一緒だし」
「カグヤとマリナが? って、どこにも居らんじゃろうが!」
「行ってきまーす」
眦を吊り上げて怒るツバキを適当にいなし、スズランさんと一緒に撓艇へ乗り込む。
「坊主。なんか甲板でお嬢が『こら、戻ってこんか!』って騒いでるんだが……いいのか?」
「問題ありません。出してください」
「あ、ああ」
本当にいいのかなぁ……と言いたげな顔をしつつも、言われたとおり櫂で漕ぎ始める艇長のオッサン。
「イサリクンの船、撓艇まで白いのね」
スズランさんは『トゥオネラ・ヨーツェン』を見上げて目を細め、
「――船首像も白鳥だし。こうして見ると、この船自体が川面を泳ぐ一羽の白鳥みたい」
あ、ボクも思ったことがある。「白鳥みたいな船だ」って。
「昨夜聞いた話だと、イサリクンたちは確か『トゥオネラ』って名前の島から来たのよね?」
「ええ。まあ」
正確には島じゃなくて<神域>だけど。
「この『死の湖』にそんな有人島が存在したなんて知らなかったわ」
「あはは」
そりゃまあ、<神域>トゥオネラは亜空間だからねぇ……。
しかもボクたちが現在開拓中の<小地球樹>は正確には島じゃなく『樹』だし……。
「死者の国との境界か。『死の湖』らしいと言えば、らしい名前だわ。――だからこの船の名前は『トゥオネラの白鳥』なのね」
――そして撓艇が『トゥオネラ・ヨーツェン』とバーケンチンのちょうど中間辺りまで来た、そのときだった。
「あら?」
近くの海面を見つめ、スズランさんが小首を傾げる。
「どうかしましたか、スズランさん」
「海面に何か白いモノが見えるわ。何かしら、あれ。クラゲにしては大きいし」
「えっ」
ボクはハッとし、慌ててスズランさんの視線の先を注視。
そこにいたのは案の定――
「シロ!」
約六週間ぶりに会うボクの戦友、白鯨のシロだった。
「シロ! シロォォォォォォォッ!」
良かった! 出航したのにサッパリ姿を見せないから、ツバキの言うとおり愛想を尽かされちゃったのかと不安で仕方なかったけど!
ちゃんと追いかけてきてくれたんだね!
ボクは見限られてなんかいなかった!
ボクのストーカーは健在だったんだ!
「シロォォォォォォォ! どこ行ってたんだよおまえ! 心配させるなよな!」
「い、イサリクン。ひょっとしてあの鯨さんとお知り合いなのかしら?」
興奮のあまり撓艇から身を乗り出し、鯨相手に号泣しながら話し掛けるボクに、何故かちょっぴり引いてる様子のスズランさん。
「あいつ、シロは、ボクのストーカーなんですよ!」
「お姉さん、ストーカーの姿を見つけて喜ぶヒトを初めて見たわ」
「間違えた! 仲間なんですよ!」
「仲間? 鯨さんが?」
「鯨だけどメッチャ頭が良いんです、あいつ! こっちの言葉をちゃんと理解してるし! 『背中に乗せて』ってお願いしたら乗せてくれるし! 一度だけとはいえ人間の言葉で喋ったし!」
「それは本当に鯨なの?」
どうだろう。正直かなり怪しいと思う。
「シロ! シロ! シロォォォォォォォッ!」
ボクが名前を連呼すると、シロは少しずつ撓艇に近寄ってきた。愛い奴よ。
そしておもいっきり身を乗り出して手を伸ばせば触れられるくらいの距離まで来たシロに、ボクは、
「あ。そうだシロ。紹介するね。こちらの女性はスズランさん。花みたいな良い匂いがするお姉さんだよ」
ふと思い立ち、スズランさんを紹介する。
「イサリクン。お姉さん、その紹介はどうかと思うの」
……確かにちょっと気持ち悪かったかもしれない。
「訂正するね、シロ。こちらの女性はスズランさん。黒髪じゃないのに巫女装束が似合いそうな女性だよ」
「なんで巫女装束……?」
その瞬間だった。
――ザ……ザザザザザ……ザザザザザザザ……ッ!
シロが頭を持ち上げ、鼻先(厳密には鼻先ではないが)にボクたちが乗った撓艇の船底を載せると、そのまま宙へ放るように盛大にひっくり返す!
「ぎゃあああああああっ!?」
「きゃあああああああっ!?」
「うおわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
撓艇ごと宙を舞い、悲鳴を上げるボクとスズランさん(とついでに艇長のオッサン)。
直後、ボクの懐から『桃仙郷の実』が零れ落ち――それをシロが大きく開けた口でキャッチする。
「ちょっ!?」
食べた! シロが『桃仙郷の実』を食べちゃった!
待って、『不思議な樹の実シリーズ』って鯨が食べちゃって大丈夫なの!?
てかこれ、ボクたちも食べられちゃうんじゃない!?
……と思ったけど、撓艇から転び落ちたボクたちが『桃仙郷の実』に続いてシロの口に飛び込んじゃう前に、シロが口を閉じた。
ボクたちは柔らかいシロの鼻先(厳密には鼻先では以下略)にぶつかると、バウンドし、ドボンドボンドボン、と仲良く海へと落ちる。
「――ぷはっ! こ、こらーっシロ! いきなりなんてことするのさ!?」
浮上し、近くに落水したスズランさん(とついでに艇長のオッサン)の無事を確認したボクは、海面から頭だけを出してこちらをじーっと見ているシロに怒鳴る。
「これ、なんの嫌がらせ!? ひょっとしてボクが六週間近く会いに行かなかったことをまだ根に持ってるの!?」
するとシロは「フンだ!」と言うみたいに、ピュー! と一度だけ潮を吹くと、海中へ潜り、またもやどこかへと消えてしまった。
「げほっ、げほっ」
「! スズランさん! 大丈夫ですか!?」
ボクは咽ているスズランさんのところまで泳ぎ、彼女を支えると、立ち泳ぎで『トゥオネラ・ヨーツェン』まで戻る(艇長のオッサンは転覆した撓艇を戻すのに手間取っていた)。
そして縄梯子を昇り、どうにかこうにか『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板に戻ったボクとスズランさんは、そのまま背中合わせでへたり込む。
「お、おい!?」
「大丈夫ナノ!?」
すぐにツバキやイリヤ、男衆が駆け寄ってきた。
「つ、疲れた……。酷い目に遭った……。何考えてるんだシロの奴」
グッタリしながら愚痴るボクをツバキはジト目で見下ろし、
「どうせ旦那様のことじゃから『あなたにとって私がどれほどかけがえのない存在か、これでよーくわかったでしょ? 謝るのなら特別に赦してあげてもいいわよ?』ってせっかく戻ってきてくれたシロに、謝罪より先にスズランの紹介でもしたんじゃろ。さも『新しい女』を見せつけるかのごとく」
「…………………」
当たりだった。
☽
「あーあ……。何やってんだか、だんなさまってば」
「でもイサリさんらしいと言えばイサリさんらしいです」
星々の代わりに0と1を模った緑の光が明滅する夜空と、そこに浮かぶ凍てついた白銀の地球。
それらを鏡のように映す黒い海面を漂う白鯨の背の上で、わたしとマリナは揃って苦笑を浮かべる。
わたしとマリナの眼前には今、美しい瑠璃色の翅を持つ夥しい数の蝶が集まり、『旦那様が目にしている現実世界のリアルタイム映像』か『旦那様のこれまでの記憶』を再生することが出来る巨大なスクリーンと化していた。
今そこに映っているのは前者――現実世界のリアルタイム映像。『トゥオネラ・ヨーツェン』の甲板にへたり込むだんなさまの見ている光景だ。
もちろん、先程のだんなさまとシロの痴話喧嘩も『ここ』から――だんなさまの精神世界から見ていた。
シロが姿を現してから再び消すまでの一部始終を。だんなさまの視点で、だ。
その感想が「何やってんだか」と「イサリさんらしい」である。
当然の感想だろう。スクリーンに再生される映像は無音だけれど、だんなさまの迂闊な言動が原因でシロが怒ってしまったことは火を見るよりも明らかだったから。
「あの朴念仁っぷりは、ときどきワザとやってるのではないかと疑いたくなるな」
「でも天然なんだよなー、恐ろしいことに」
わたしとマリナの背後で、同じく一部始終を見ていた二柱が――黒い喪服に身を包みダークレッドの髪をポニーテールにしている<種を摘み取るもの>スーザンと、彼女の姉である、早乙女装束に身を包みダークレッドの髪をおさげにしている<種を播くもの>クーリエが、呆れた様子で溜め息をつく。
月と地球の造物主をここまで呆れさせるって逆にスゴイなぁ、だんなさま……。
だんなさまと一緒にいると退屈だけはしないよ。
良くも悪くも、ね。
「まーいいや。協議の続きといこうぜ。――ええと、なんの話をしてたんだっけ?」
「これから旦那様たちが向かう場所の話だ、我が姉よ」
「ナズナさんたちが『楽園』と呼んでいる島――『ビュルグ』についてですね」
そう。わたしとマリナは今、受肉を解除してだんなさまの身に宿り、だんなさまの精神世界でスーザン及びクーリエと今後のことについて協議中だった(なお、わたしは普段スーザンのことをスー、クーリエのことをクーと愛称で呼んでいるのだが、今は真面目な協議の最中だったので愛称は使わずにおく)。
「『楽園』ねぇ。胡散くせー響きだなぁ」
鼻を鳴らすクーリエ。……けど、<神域>と呼ばれる場所の管理者の一柱であるあなたがそれを言う?
「確か、あのナズナやスズランと名乗った女どもが昨夜した説明によれば、そこは<魔女>と呼ばれる者たちの隠れ里なのだろう? 今、旦那様たちが創ろうとしているのと同じ」
スーザンの確認にマリナが「はい」と頷き、
「わたくしたちは現在そこへ向かっています。<魔女>であるナズナさんたちに招待されて」
そう。昨夜だんなさまは、あのバーケンチンの乗組員たちに、自分たちは『トゥオネラ』という場所を拠点にしている旅人で、旅の目的は<魔女>と呼ばれ迫害されている者とその身内の保護だと説明した。
その『方便』に、実は<魔女>だったらしいナズナたちは感激したようで――なんでも、彼女たちも同じ目的で動いているらしい――自分たちが創った<魔女>の隠れ里に招待したい、と言い出したのだ。
で。自分たち以外にも<魔女>の隠れ里を創っている者がいたことを知った旦那様もまた感激し、快く招待に応じたというワケである。
「まさかあの姉妹も<魔女>だったとはなぁ」
「……で、彼女たちの<魔女>としてのチカラは、片方はシャロンと同じく気配察知で、もう片方は所謂未来視らしいと。そういうワケだな?」
「そうです。もっとも、どっちがどっちのチカラの持ち主なのかまでは教えてもらえませんでしたが。……それと気配察知のほうは、シャロンさんとは違って、わかるのは同じ<魔女>の気配だけらしいです。ただ、そのぶんかなりの遠方からでも察知できるようですね」
それで『トゥオネラ・ヨーツェン』に<魔女>が乗っていることがバレバレだったワケだ。
「つーことは、気配察知とは言っても、シャロンが持つ魂魄の波動を感じる能力とは別物ってことか?」
「察知しているのは<魔女>当人の魂魄の波動ではなく、<魔女>がその身に宿したモノのほうということか」
「だとしたら、チカラの由来であるオーバーロードが、シャロンさんとそのかたでは別ということになりますね」
そうなるね。
「未来視のほうは? どの程度の精度なんだよ?」
「確かにそこは気になるところだな。あのヨハネスとやらと旦那様の対決の結果を見通していたようにも見えたが」
「意識して使えるチカラではないそうです。何かの弾みで目の前にほんの一瞬だけ未来の光景が広がるんだとか。しかも視られるのは、数時間後の未来だったり、数ヶ月後の未来だったりと、まちまちみたいですね。例の対決の場合は『イサリさんの目の前で頽れるヨハネスさん』という決着後の光景だけが視えたとか。その代わり、ハズレることはほぼ無いそうです」
まあ、彼女たちがどこまで本当のことを言っているのかはわからないけどね。
「だとしても、宇宙間集合無意識に接続できるワケだよな? ヒトの身で」
「もしや<隙間の神>の『核持ち』か? あいつのチカラは宇宙間集合無意識への接続を前提としていたはずだ」
「どうでしょう……。四半世紀前の混沌の眷属との戦いで散っていった皆さんの中には、宇宙間集合無意識への接続が可能なかたが他にもいらっしゃいましたし……。――ただ、精度の高さのことを考えると、<隙間の神>さんのモノかはわかりませんが、『核持ち』であることは確かでしょう。『核持ち』は、他のかたとはチカラのレベルが違いますから」
たとえばアリシアとサシャが持つ<魔女>としてのチカラ――『腕力の一時的な底上げ』は、<魔女>のチカラの中ではメジャーな部類だけど、アリシアの場合は『核持ち』だからこそ『短時間のうちに何度も底上げする』ことが可能なワケだしね。サシャなんかは一回底上げしたら丸一日はインターバルを置かなきゃいけないのに。……まあ、このことはアリシア含め誰一人気付いていないみたいだけど。
……って、
「ほらほら。三人とも。話が逸れてるよ。今は『ビュルグ』についての話だったでしょ?」
わたしが手をパンパン鳴らしながらそう告げると、三人は「そういえばそうだった」という顔をして、
「火山島『ビュルグ』――『楽園』、か。まさか四半世紀前の戦いで壊滅した第三<神域>の<遺跡>があった場所に、いつの間にかヒトが移住して集落を創っていたとはね」
「確か、第三<神域>の管理者は四半世紀前のあの戦いで多数の下級眷属たちと一緒に散ったんだったか」
「はい。第三<神域>の管理者――<神の財産目録削除者>さんは、あの戦いで散ったと思われる唯一の上級眷属です。『思われる』なのは実際に散った場面を誰も見ていないからですが……。十中八九、間違いないでしょう。ですので、『ビュルグ』で何かあっても彼女の助力は望めません」
まあ、まだ『ビュルグ』で何かあると決まったワケじゃないけどね。
でも、だんなさまはトラブルに愛されているからなぁ……。
「場所が場所だけに何もねえとは思えねえよなぁ。因縁というか、運命みたいなモンを感じるぞ」
「うむ。――どうなのだ、マーシー。いや、マリナ。やはりこのあと、何か厄介事が待ち受けているのか?」
「すみません……わかりません。わたくしの迂闊な言動が原因で歴史が変わってしまうようなことが無いように、わたくしは今回の出航から先の記憶については、だいぶ前に自ら封印を施しましたので。――とは言っても、わたくしに把握できていたことなんて、元々多くないのですが」
そういえばそうだったね……。
我が妹ながら思い切ったことをしたもんだよ。
まあ、『最良の結末を迎えることが出来た未来線』をなぞるためにも、だんなさまにいろいろな謎の答えを明かしたり真実を語ったりするタイミングについては慎重に見計らうことにしてるのに、自分のウッカリ発言が原因で歴史が大きく変わっちゃいましたとかシャレにもならないもんねぇ……。
ただでさえ十一番めの試練のはずだった『月棲獣』撃破を既に成し遂げてスーザンと合流しちゃってる時点で、マリナが知っている歴史からは外れてしまっているワケだし……。
「カグヤ。おまえはどうなんだ? 何か知らないのか?」
「そういえばディードレ、いや、カグヤだけは、記憶を封印する前のマリナから『最良の結末を迎えることが出来た未来線』の話をある程度聞いてるんだったか」
まあね……。でも、
「わたしも行く先々で待ち受けている出来事まで詳しく聞いたワケじゃないから。現時点でわたしにわかることといえば、このタイミングで『ビュルグ』という名の地を訪れるのは『最良の結末を迎えることが出来た未来線』と一緒であること。そして、そこで仲間になる<魔女>の名前及び正体くらいだよ」
「なんだ、そうなのか。……まあ、口が滑りやすいイメージがあるもんなぁ、おまえ」
「そうだな。マリナが最低限必要な説明だけにとどめたのも頷けるというものだ。なあ、マリナ」
「え、えーっと……ノーコメント、です☆」
うぐ……。まあ、自覚はあるけども。
「なんにしても、だ。『ビュルグ』で何かあったときは、アタイらのチカラだけでなんとかしてもらうしかないワケだな。イサリの奴によ」
「そうだな。旦那様が接触したことがあるオーバーロードは、現時点で七柱。が、旦那様と契約済みなのはここにいる四柱だけなのだし」
「残りの三柱のうち二柱は、接触していたことをわたくしたちですら最近まで知らなかったくらいですしね」
<生命の書の書記>リピカと、…………………か。
リピカは立場があまりに特殊すぎるし、この先もだんなさまと契約を交わすことは無いだろうなぁ。
問題は、スーザンがここでだんなさまの記憶を覗き見たことで、実は接触していたと判明したもう一柱の……。
…………いや。
「むしろ、現状一番悩ましいのは最後の一柱のことを明かすタイミングか……」
「「「…………………」」」
わたしが独り言ちると、マリナたちも内心同じことを思っていたのか困ったような顔で黙り込んでしまった。
「ホント、手の掛かるだんなさまだよ。――ねっ、シロ」
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