余談 『本当に義理チョコだったんだって!』
余談第2弾。バレンタイン直前ということで、ちょっとだけそれっぽい話です。
大胆不敵にもウチのお姉ちゃんたちに色目を使ってくれたイケオジと対決したり、近くだとなんかすっごい良い匂いがする美人姉妹に根掘り葉掘り事情を聴かれたりした、その日の夜。
「うーむ」
『トゥオネラ・ヨーツェン』の船長室で、ボクは椅子に腰掛け、机の上に置かれたモノを見下ろし唸っていた。
「これが蒼き月の海製のチョコレートかぁ」
スズランさんから渡された、パピルス紙に包まれたチョコ。……これ、照る陽の下だと明るめの茶色に見えたんだけど、こうして屋内で見るとだいぶ印象が違うな。真っ黒……とまでは行かなくても、焦げ茶色に近い色合いだ。
「地球のチョコで言えば、見た目はブラックチョコが一番近いか?」
そういやスズランさんが「地球には存在しない原材料が使われていて、そのお陰で溶けにくいし劣化もしにくいけれど、代わりに苦味がある」みたいなことを言ってたっけ。
この色合いはその原材料が関係しているのかな?
「まあ、いいか。色なんてどうでも」
確かめなければならないのは、もっと別のことだ。
「んじゃまあ、念のため」
懐から『あるモノ』を取り出し、チョコの横に置く。
『あるモノ』。
それは桃の形をした、桃色の桃にしか見えない果実。
そう、『桃仙郷の実』だ。
神霊や魂魄などの実体の無い存在に肉体を与えたり、生き物を成長させたり、傷付いた肉体を修復・再生させたりといったことが可能なチカラ、『地球系統』。
そんなカグヤのチカラが籠められたこの実は、食べることで大抵の病気や怪我を治すことが出来る(ただし実に籠めることが出来るチカラはごく少量のため、末期の癌といった重病や四肢欠損レベルの重傷までは癒せないらしいのだが。ボクがキロウスとの死闘の最中に失った右腕を再生できたのは、チカラを無尽蔵に供給できるカグヤがこの身に宿っていたからに過ぎないのだ)。
で。
ボクたちはこの実を、第七<神域>トゥオネラに辿り着くまでの間に、『月棲獣』との死闘で全身打撲したボクの治療なんかですべて使い切ってしまっていたのだけれど。先日、<小地球樹>の果樹園に生っていたモノを三個ほど補充することが出来た。
これはそのうちの一個である。
「まさか『桃仙郷の実』に、人体に害があるモノへ近付けると変色する性質があるとはなぁ」
独り言ちつつ『桃仙郷の実』を机の上のチョコに近付けてみたところ、変色する気配は無い。先程、樽で貰った大量のチョコ(今は食糧庫で保管中)も試してみたが、あちらも同様だった。「もしやチョコに一服盛られているのでは?」というクロエの心配はどうやら杞憂だったようだ。
まあ、それは良かったのだけれど。
「他の食べ物に一度でも近付けた『桃仙郷の実』は、徐々にそのチカラが抜けていっちゃうらしいんだよな……。理屈は説明されてもよくわかんなかったけどさ」
カグヤの説明では、チョコに一服盛られていないか確認するのに使ったこの実が効力を失うまで一日もかからないだろうということだった。
「このまま効力を失うのをただ待つんじゃ、実が勿体ないよな」
だったら少しでも有効活用したほうがいいか……。
「仕方ない。この実はあのイケオジにやるか。ヒビが入った肋骨や挫いた左肘を治すのに使ってもらおう」
カグヤのチカラが籠められた『桃仙郷の実』を無駄にするのもなんだし。
チョコで手打ちってことで、あのイケオジとも(一応)和解の握手をしたし。
「今後のために、あちらさんに恩を売っておくのも悪くないだろ」
まあ、もしまたウチのお姉ちゃんたちに色目を使うようなことがあったら、今度は肋骨を完全に折ってやるけどな!
「とはいえ今日はもう夜も遅いし、渡すのは明日かな」
近くの無人島に寄って情報交換やチョコが入った樽の受け渡しをしているうちに日が暮れてしまったので、この『トゥオネラ・ヨーツェン』と例のバーケンチンは無人島の傍で仲良く停泊中だ。……が、だからと言って、こんな夜遅くにお邪魔するワケにもいくまい。
「さて、」
チョコに問題は無いとわかったことだし。
「続けて実食といきますか」
正直チョコはそこまで好きってワケじゃないけれど、蒼き月の海製のモノとなると味が気になるところだ。
食べてみたいか、食べてみたくないかで言えば、メッチャ食べてみたい。
キャキャオ(地球で言うところのカカオだろう)なんかと一緒に使われている『地球には存在しない原材料』とやらが、アンモナイトやアノマロカリスといったトンデモ食材ってことは流石に無いだろうし。
…………無いよね?(汗)
齧ったら中からアーモンドの代わりに三葉虫の頭がコンニチハとか勘弁してほしいのだけれど。
「それじゃあいただきまーす♪」
ボクがチョコに手を伸ばしたそのとき。
「イサリさま! チョコが手に入ったとツバキさんが仰っていたのですが、本当ですか!?」
風呂上がりなのだろう、亜麻色の金髪を湿らせた寝間着姿のルーナが部屋に飛び込んできた。
「ああ……うん。本当だよ、ルーナ」
「見せてください!」
駆け寄ってきたルーナは机の上に置かれたチョコを見て「本当にチョコですっ!」と顔を輝かせる。
「ひょっとしてルーナ、チョコ好きなの?」
「甘いお菓子はチョコに限らず大好きです☆」
そ、そっか。まあ、十歳の女の子だもん。当然と言えば当然だよね。
「じゃあ『こっち』に来てからはお菓子を食べる機会なんてほとんど無かったから、辛かったんじゃない?」
「はい! 『こっち』で食べることができたお菓子はしょっぱいビスケットくらいでしたから。正直、甘味が恋しかったですっ」
……ふむ。
まあ、『桃仙郷の実』のお陰でこのチョコに危険が無いことは確認できたしな。
「じゃあこれ、一緒に食べる?」
「いいんですか!?」
「食べたくて来たんでしょ?」
「えへへ……はい☆」
「でも今日はもう夜も遅いから、一口だけだよ? 残りは明日。あと、食べたらもう一回歯を磨くこと」
「はい! このとおり歯磨きの準備は万端です!」
そう言って、鯨の鬚と馬毛で作られた歯ブラシを掲げてみせるルーナ。
用意周到だなぁ。
ボクに「今日はもう歯を磨いちゃったんでしょ? 明日にしなさい」って言われたら「ちゃんともう一回磨きますから!」って食い下がるつもりで持ってきたんだろうな。
このコ、意外と抜け目ないトコがあるし。
……そういうトコも可愛いんだけど。
「はい、どうぞ」
チョコを小さく砕き、ルーナに渡そうとした――のだけれど、ルーナは受け取ってくれなかった。
「あーん♪」
代わりに雛鳥みたいに口を開けて「食べさせてください☆」と意思表示してくる。
「みんなの前だとおしゃまさんなのに、夜ボクと二人きりになった途端甘えん坊さんになるよね、ルーナって」
苦笑しつつ、開かれた口の中、ちっちゃな舌の上にチョコを載せる。
「えへへ☆」
はにかんで、もぐもぐもぐ……と咀嚼していたルーナは、しかし突然ピタッと動きを止めると、なんとも言えない微妙な表情を浮かべた。
「? どうしたの? もしかして美味しくなかった?」
「……思ってたのと違う味でした。ほろ苦いです」
「え。確かにスズランさんは『苦味もある』って言ってたけど、そんなになの?」
「えうぅ……。ちょっとガッカリです。一度だけお父様に頂いて食べたことがあるビターチョコよりも苦かったです」
「そっかぁ。残念だったね」
「でも、イサリさまのような大人の男のヒトには、これくらいが甘すぎず丁度いいのでしょうね」
「……いや、キミが思ってるほど大人じゃないからね、ボク」
なにしろまだ高校生だし。
「そんなことありません! わたくしが知っているイサリさまは強くて優しくて格好良くて博識で巫女さんへのこだわりがスゴイ、とっても素敵な大人の男のヒトです!」
「…………ありがとう」
一部、気になる評があったけれど……。
「では、イサリさまもどうぞ☆ はい、あーん♪ ですっ」
ルーナがチョコの欠片をボクの唇に押し当ててきたので、素直に口を開けて咀嚼、嚥下する。
……ふむ。
「なるほど。ほろ苦いね」
小学生の女の子にはちょっとビターすぎる味かもしれない。
「――でも思ったより美味しいな。チョコを食べるのはすごく久しぶりだから、余計そう感じるのかもしれないけれど」
「『こっち』に来てから二ヶ月近く食べられなかったワケですしね」
「ああ、いや、ボクの場合『こっち』に来る前からチョコを食べる機会なんてほぼほぼ無かったんだよ」
「えっ。どうしてですか?」
「なんていうか……チョコを食べる習慣が無かったというか、そういう環境じゃなかったというか」
そもそも甘いモノがそこまで好きじゃないから、自分で買ってまでチョコを食べようとは思わなかったし。身内にもチョコを食べるようなヒトはいなかったから、自宅にも買い置きとか無かったし。従妹の家で出るオヤツは、煎餅や団子、果物がメインだったし。……学校でおやつを分け合って食べるような親しい友人もいなかったし。
「そうなんですね」
「うん。チョコを食べたのなんて、それこそバレンタイン以来かも」
「――――――」
……あ、あれ?
ルーナから突然笑顔が消えたぞ?
すっ……と能面みたいな無表情になっちゃったぞ?
「ルーナ? どうしたの?」
「……バレンタイン以来なんですか?」
「う、うん」
「やはり昔から女性におモテになったのですね……」
「え?」
「いえ。いいんです。わかっていたことですから。こんなに強くて優しくて格好良くて博識で八方美人さんっぷりがスゴイ、とっても素敵な大人の男のヒトであるイサリさまがおモテにならないワケがありませんし」
「さっきとちょっと変わってる!」
カグヤみたいなことを言わないで!
「考えてみたら、この世にイサリさまよりも魅力的な殿方が存在しない以上、イサリさまがおモテになるのは至極当然のことですし」
「過大評価がスゴイ!」
ボク、このコの中でどんだけ美化されてるの!?
「でもでもっ、イサリさま、さっきバレンタイン以来って、」
「確かに毎年貰ってはいたけれど、全部義理だよ義理! 義理チョコってヤツ! モテていたワケじゃないって!」
……なんでこんなに焦ってるんだろ、ボク。
「毎年……? 全部……? つまり複数の女性から貰ったことがあるワケですね」
ボクの馬鹿! なんで余計な情報を与えちゃうかな!?
「い、いやいや! ホントそーゆーんじゃないんだって! なにしろ十六年生きてきて、従妹と、従妹の家のバイトの巫女さんたちからしか、チョコを貰ったことがないんだから!」
「では、本命チョコは一度も貰ったことがないと」
「もちろん! 従妹の手作りチョコには毎度ホワイトチョコのソースで『義理』だの『お返しは3倍でよろ』だのデコってあるし! 巫女さんたちから貰うのは既製品が大半だし!」
「手作り……? 大半……? 義理なのに手作り? 大半ということは中には手作りのモノも?」
なんでこう誤解を招くような情報を一々付け足してしまうんだ、ボクは。
「だから違うんだってばー! 本当に義理チョコだったの! お願いだから信じてルーナ!」
「大丈夫です、イサリさま☆ わたくし、ちゃんと信じてますから。イサリさまは最後は必ずわたくしのところに帰ってきてくださるって」
「なんかボクが信じてほしかったことと違う!」
……その後。ルーナ同様お風呂上りのカグヤが「だんなさま! わたしもチョコを食べてみたい!」と部屋に飛び込んできて、ルーナから「やはりイサリさまは昔から女の子にモテモテだったようです」と聞いてむくれる一幕があったりもしたけれど。
まあ、それは余談の余談である。
…………こんな気まずい思いをするくらいなら、チョコなんか貰わなきゃよかったよ…………。
※評価、ブックマーク、感想等よろしくお願いします!




