閑話 ある<魔女>の相棒
いつもとはちょっと毛色が違う閑話。ユーノが遂に閑話デビューです(ユーノって誰だっけ? という方は『開幕 蒼き月を航るもの-ルナマリアノーツ-』をご覧ください。目次の一番上にあります)。
※今回の語り部はアリシアです。
甲板よりも少しだけ蒼穹に近い場所――30m近い高さがある一番前の帆檣の、真ん中よりもやや上のほう。
半月状の『檣楼』と呼ばれる見張り台にて。
「ねえお願い、アリシアさん! 協力してください!」
私は緩く波打つ金髪をショートカットにした十二歳のボクっ娘――ユーノに深々と頭を下げられていた。
「こんなトコに呼び出すなんて、いったいなんの相談かと思ったら……。何やってんのよアンタは」
それでなくとも当直、つまり操舵手としての仕事が終わったばかりで疲れているというのに。
これ以上私を疲れさせないでほしい。
「いやー、アタシが言うのもなんだけど、無茶するねーユーノちん」
今まさにこの見張り台で見張りとしての仕事をこなしている最中のリズもちょっぴり呆れ顔だ。
「リズに呆れられるって相当よアンタ」
「どういう意味かなアリシア姉ちゃん!?」
どうもこうも無いでしょ、このトラブルメーカーめ。
「……だってぇ。放っておけなかったんですもん」
――にぃー。
唇を『へ』の字にするユーノの腕の中で、力無く鳴いた生き物。
それは黒猫だった。
「……元いたところに返してらっしゃい」
「無理ですよぉ! もう出航してからだいぶ経っちゃってますもん!」
ユーノの話をかいつまむと、だ。
数時間前に『トゥオネラ・ヨーツェン』が補給のため立ち寄ったある有人島で、港をブラブラしていたユーノは、偶々通りかかった一匹の野良猫にひょんなことから懐かれてしまったらしい。
で、その可愛さにKOされ、本拠地で留守番している姉のクレアに飼ってもらおうと思い、背嚢の中に隠しこっそり船に持ち込んだまではよかったが、出航してだいぶ経ってから「そういや相部屋だし、本拠地に着く前に絶対バレるじゃん!」と気付いたらしい。
そして困り果て、とりあえず私に相談してきたというワケだ。
馬鹿じゃないの。
「まったく……何を考えてるのよアンタは」
「だってぇ、ほら見てください! こんなに痩せ細ってるじゃないですか! きっと誰にもご飯を貰えなくてお腹を空かせてたんですよ! その証拠にボクがご飯をあげたらすごい勢いでがっついてたし!」
「だからって勝手に連れてきたらダメでしょ。あの島にこのコの家族や仲間がいたかもしれないのよ?」
「……実はあの港にはこのコの他にも五匹くらいの猫のグループがいたんですけど、そのコたち、このコが近寄ろうとしたら威嚇して追い払おうとしたんです。どうもこのコ、みんなから除け者にされていたみたいなんですよ。――可哀相じゃないですか。独りぼっちなんて。だからボクが一緒にいてあげたくて……」
「………………」
黙り込む私に代わって、「でもさー、ユーノちん」とリズが口を開く。
「アタシは『このコを飼ってもいいですか』ってちゃんとみんなにお伺いを立てるべきだったと思うよ? 内緒で飼ったところで、いつかはバレるのが目に見えてるし」
「リズがマトモなことを言ってる……」
「だからどういう意味かなアリシア姉ちゃん!?」
「そうは言いますけど、ツバキさんとかナズナさんとかアイリンさんとかイリヤさんとか、あのへんの姑気質のお姉さんたちは絶対ダメって言うに決まってるじゃないですか!」
「「姑気質……」」
アンタ、今の発言が当人たちにバレたら泣きを見ることになるわよ?
「そりゃあダメって言われるに決まってるでしょ。猫なんてなんの役にも立たないんだから。本拠地の開拓はまだまだ道半ばなのよ? 食料ひとつをとっても、完全に自給自足できているワケじゃない。そんな私たちが愛玩動物を飼おうなんて、十年は早いわ。羊や牛といった家畜ならともかく」
「まーまー。なんの役にも立たないってことはないんじゃない、アリシア姉ちゃん」
「猫がなんの役に立つっていうのよ、リズ」
「……ネズミ捕りとか?」
「本拠地にネズミなんていないでしょ」
「でもさ、船には猫が付き物でしょ? 『船乗り猫』なんて言葉があるくらいだし」
確かにこの蒼き月の海では、長距離航海をする場合、船に猫を乗せることが多い。貴重な食料や積み荷を食い荒らしたり縄などを噛んで傷付けたり病気を媒介したりするネズミは船乗りにとって最も忌むべき存在であり、それを退治してくれる猫は船の相棒も同然なのだ。
ただ、
「普通の船ならそうかもしれないけれど。でも、この船には必要ないでしょ。『アルカディアの実』があるんだから」
『アルカディアの実』は『不思議な樹の実』シリーズの一種で、害虫や害獣を駆除する効果がある。
そのチカラは強力で、この船が寄港した時点で港町からネズミなどの害獣や蛆虫といった害虫が一斉に姿を消すくらいだ(そのため住人の間で軽く騒動になったりもする)。
お陰で私はこの船に乗ってから、船内でネズミや蛆虫と遭遇したことは一度も無い。
要するに、猫の出番なんてこの船に限っては無いのだ。
……余談だがこの『アルカディアの実』、船底にフジツボが付着するのを防ぐ効果まであるらしい。フジツボが付着すると水流の抵抗が増えたり、船の重量が増えたりして船速が落ちてしまうため、実がフジツボを『害あるモノ』と判定し追い払ってくれるそうだ(イサリが言うには、地球でタンカー? とかの船の底が赤い塗料で塗られているのも、フジツボの付着を防止する成分が赤色だかららしい)。
「でもほら、ペットってそこにいるだけで心の癒しになってくれますし!」
「ペットなら私たちにはもうシロがいるでしょ!」
ユーノの弁明に、私は眼下、『トゥオネラ・ヨーツェン』と並走……並泳? している白鯨を指さす。
ざっぱーん!
すると海面から背中を出して泳いでいたシロが、上半身を持ち上げて背中から海面へ倒れ込むジャンプ――ブリーチングをかました。
「あーあ……あれ、『ペット扱いするなっ』って抗議してるんじゃない? アリシア姉ちゃん」
「ていうか、どんだけ地獄耳なのよあのコ!?」
並泳しているとは言っても、シロとこの船、20mは離れているのよ? オマケに私たちが今いるのは甲板じゃなくて見張り台なのよ? なんで聴こえるの?
「ていうか、シロちゃんって、船長サンか、船長サンが『このヒトも乗せてあげて』ってお願いしたヒトしか背中に乗せてくれないじゃないですか! ボクが思うに、シロちゃんは愛玩動物と言うには可愛げが無いと思うんですよ!」
ユーノの言葉に、ぶしゅー! とシロが潮を吹く。「可愛げが無くて悪かったなっ」とでも言いたげに。
「あーあ。シロ、ますます怒っちゃったじゃない」
……とはいえ、ユーノの言うこともわからないではない。シロは甲板にイサリの姿を見つけると「乗ってー。構ってー」と言わんばかりに近付いてきて潮を吹いてアピールするくせに、他の乗組員には見向きもしない。こっちが「乗せて」ってお願いしてもガン無視。イサリには潮を吹き、私たちには塩対応。それがシロだ。
「まー、シロちんはセンチョーの相棒みたいなものだしね。シロちんにも矜持みたいなモノがあるんじゃない?」とリズ。
「相棒?」と首を傾げるユーノ。
「うん。センチョーと一緒に戦場を駆け巡ったり、保護した人々をこの船まで運んだり、アタシたちなんかよりもよっぽどセンチョーの役に立ってるし」
「そっか……ボクたち、鯨に負けてるんだ……」
…………相棒、か。
そういえば昔、地球では、魔女の相棒と言えば黒猫と相場が決まっているようなことをお母さんが言っていたっけ……。
「で? なんだっけ? ツバキたち姑気質の連中を説得するのを手伝ってほしい、だっけ?」
「アリシア姉ちゃん……そのフレーズは」
「はい! ボク一人じゃ上手く説得できる自信が無くて! お願いします、アリシアさん!」
仕方ないなぁ……。
「言っとくけど私、助言しかするつもりは無いから。説得はちゃんと自分でするのよ?」
「! ありがとうございます!」
「それじゃあリズ。アンタ、私たちが戻ってくるまでこの黒猫を預かっててくれる?」
「……それはいいけどさ」
「? それはいいけど、何よ?」
「意外と面倒見がいいというか……年下には甘いよね、アリシア姉ちゃんって。ダリアちんを一番可愛がってるのもアリシア姉ちゃんだし。……同じ年下でもアタシにはお小言ばっかなのにさ」
『意外と』は余計よ。
……あと、なんで唇を尖らせてるのよ。
アンタは十四歳で、十二歳のユーノや十一歳のダリアよりお姉さんなんだから、つまんないことで妬くのはヤメなさい。
今度アンタのこともちゃんと構ってあげるから。
「そういえばユーノ。アンタ、その黒猫にもう名前は付けたの?」
「うん! シロちゃんに勝るとも劣らない可愛い名前にしました!」
私の問い掛けに、黒猫をリズに手渡したユーノが胸を張って答える。
すると、喧嘩を売られたと思ったっぽいシロが、いかにも「ほぉ……?(怒)」という感じで、ぷしゅう、と再度潮を吹いた。
「ふぅん。シロに勝るとも劣らない……ね」
「で、なんて名前にしたのユーノちん」
「黒猫だから『クロ』ちゃん!」
「「………………」」
ざっぱーん!
絶句する私たちの視界の隅で、白鯨だからシロ、という安直な発想で名付けられたイサリの相棒はズッコケるみたいに再度ブリーチングをかましていた。
一人目。私と同じく当直を終え、食堂で休憩していたツバキ。
「ユーノ。まずは相手が猫を飼うことを許してくれる可能性がどれだけあるか見極める必要があるわ」
「見極めるってどうやって?」
「そうね……とりあえず猫と犬、どっちが好きか質問しなさい。猫派なら説得もしやすいわ。犬派だったり、猫は嫌いとか答えるようなら即撤退よ」
「ちょっとでも与し易そうな相手から説得していこうってワケですね!」
「そう。出来ればツバキ、ナズナさん、アイリン、イリヤのうち二人は味方につけたいところね。私は物陰から見守っていてあげるから頑張りなさい」
「わかりました!」
元気よく頷いて、ユーノは鼻息荒くツバキに話し掛ける。
「――あの、ツバキさん! ちょっといいですか!?」
「む? なんじゃ、ユーノ」
湯呑を置いて怪訝そうに振り返るツバキ。
「ちょっとお訊ねしたいんですけど! ツバキさんはペットを飼うなら猫派ですか? それとも犬派ですか?」
「……なんじゃ、いきなり。何故そんなことを訊く?」
「いえ、なんとなく。で、どうなんですか?」
「ペットなぞ不要じゃ。妾は旦那様の面倒を見るので忙しいからの」
……コイツ、想い人を犬猫と同列に並べやがった。
「い、いや、船長サンは別腹でしょ、この場合。船長サンは格好良い枠で、犬猫は可愛い枠じゃないですか」
別腹て。てか、枠の問題?
「何を言う。確かにイザというときの旦那様が格好良いことに異論は無いがの。でも、妾の膝枕で昼寝をしているときの旦那様ってば、メッチャ可愛いんじゃぞ。あの寝顔だけでご飯三杯はイケる」
だらしなく緩んだ顔しちゃってまあ……。
あ。ユーノがムッとしてる。
「でもでも! 猫ちゃんだって膝の上に抱いたら可愛いですよ!」
「だとしても旦那様の可愛さには負けるじゃろ」
「でーすーかーらー! 船長サンは格好良い枠! 可愛さという一点においては猫ちゃんのほうが上です!」
「いや、可愛さでも負けとらん。旦那様を膝枕したことがないお主にはわからんじゃろうがの」
「猫ちゃんのほうが可愛いです!」
「旦那様のが上じゃ!」
なんの争いだこれ。
「……って、そういえば以前から気になってたんですけど、なんでツバキさんとイリヤさんだけ、船長サンに膝枕をしてあげることが出来るんですか?」
「うん?」
「お二人だけですよね、船長サンが膝枕を拒否しないのって。ボクや他のみんなが『膝枕してあげる』って申し出ても、『恥ずかしいから遠慮します』って断られちゃうのに。狡くないですか?」
「フフン。ぽっと出の小娘どもが旦那様を膝枕しようなんぞ百年早いわ。妾と旦那様の紲はな、お主らとは年季が違うんじゃよ。年季が」
……いや。まるで自分とイサリは長年の付き合いみたいな口振りだけど、アンタがイサリと一緒に過ごした期間って、私とそれほど変わらないはずでしょうよ。
イリヤが言うのならまだわからなくもないけれど。
「むー……。もういいですっ。ツバキさんのわからんちん!」
「わ、わからんちん?」
ツバキの自慢……というか惚気話に腹を立てたユーノは、ツバキへの説得を早々に諦め食堂から出ていってしまった。
ダメだこりゃ……。
二人目。自室の寝台の上でイサリの下着の綻びを縫い繕っていたナズナさん。
「ナズナさん! ちょっといいですか!?」
「えっ、ユーノちゃん!?」
「……どうしたんですか、そんなに慌てて。顔が赤いですよ?」
「な、なんでもないのよ? 考えごとをしていた最中に話し掛けられたから、ちょっと吃驚しただけ」
「手に持った船長サンの下着を凝視して考えごとですか?」
「ええ。ちゃんと綺麗に縫えたかなーって」
「そうなんですね。だんだん顔を近付けていくものだから、船長サンの下着に顔を埋めて匂いでも嗅ぐ気なのかと思っちゃいましたよ」
「もう。そんなワケないじゃない。他にも綻びが無いか確認していただけよ。小さな綻びはよーく見ないと気付けないから」
「そっかー。そりゃそうですよね。ナズナさんに限って、想い人の下着の匂いを嗅ぐなんて変態じみた真似をするワケがないですよね!」
「ええ。もちろん」
「アハハハハハハ☆」
「ウフフフフフフ☆」
………………。女同士の腹の探り合い(?)、怖っ。女の私が言うのもなんだけど。
「――それで? なんの御用かしら? ユーノちゃん」
「あ、そうだった。ちょっとお訊ねしたいんですけど、ナズナさんはペットを飼うなら犬派ですか? 猫派ですか?」
「……なるほど。さては今日立ち寄った島で犬か猫を拾ったんでしょう? で、こっそり飼おうとしたものの船内でそれは無理だって遅まきながらも気付いて、そこの扉の陰に隠れているアリシアちゃんに相談したってトコかしら?」
見抜かれた!? なんで!? どうして今の質問だけでそこまでわかるの!? しかも隠れて様子を窺っていた私にも気付いていたみたいだし! 怖っ! このヒト、ホント怖っ!
「や、やだなー、そんなことするワケないじゃないですかっ」
「あら、私の邪推だった? なら良かった。――そうよね。ペットを飼うってことは、その命に最後まで責任を持つってことだもの。まだ本拠地の開拓も終わってない状況で、そんな軽はずみな真似はしないわよね」
「あ、アハハハハハハ☆」
「ウフフフフフフ☆」
「……し、失礼しましたー!」
微笑むナズナさんのほんわかとした(けど、なんだか怖い)視線から逃れるように、ユーノは脱兎のごとく逃げ出したのだった。
……私を置いて。
「アリシアちゃん? 年下のコに優しいのはアリシアちゃんの美点だと思うけど。でも、悪いことをしたときはちゃんと叱らないとダメよ? 相手のためにも」
「…………はい」
「それと、」
「?」
「ツバキちゃんは愛でる相手に不自由していないし、アイリンちゃんは動物に苦手意識があるみたいだし、イリヤちゃんはアレルギー? とかいうのを持っていて犬や猫に近付いただけでクシャミが止まらなくなるって言っていたから。いずれも説得は難しいと思うわ」
「………………」
どこまでお見通しなのよ……。
「あなたたちが真っ先に口説き落とすべき相手は他にいるでしょう」
え?
「私たちがあーだこーだ言ったところで、この船では結局『彼』の意向こそが絶対なんだから」
! それって……。
「さて。そんな『彼』を口説き落とすには、まず誰を味方につけるべきかしら?」
そう言ってウインクをするナズナさんは、悔しいけど、同性の私から見てもとても素敵な女性だった。
そこからはとんとん拍子に話が進んだ。
私とユーノは、まずルーナに黒猫を見せた。
結果、ルーナはクロの愛らしさに大興奮。「飼いたいですっ!」と言い出した。
ルーナにウルウルお目目でおねだりされてイサリが「ダメ」と言えるワケもなく。イサリは渋々ながらもクロを飼うことを承諾した。
イサリが飼うと決めた以上、彼に好意を寄せる女性陣も反対は出来ない。たとえ思うところがあり、「今からでも元いた島に戻すべきだ」と訴えたところで、ルーナにダダ甘なイサリが思い直すはずもないのだ。
ルーナには私たち<魔女>が束になっても敵わない。これ私たちの常識。
カグヤとマリナの仙女組、そして<漂流者>の奥様方や男性乗組員のみんなも特に異論は無いようだった。
……ただし、イサリはクロを飼う上で、ユーノにひとつの条件を提示した。
その条件とは、『クロが船上で天に召された場合、近くに島があればそこに埋葬し、無ければ水葬にする』というモノだった。
まあ、仕方ないと言えば仕方ない。本拠地で埋葬するために、クロの亡骸を船内に長期間保管しておくというワケにはいかないだろう。
ユーノはその条件を提示されたとき、「それじゃあ、そのときはクロ、見知らぬ島や海の底で、独りぼっちで眠ることになるんですか……」と哀しそうな顔をしたけれど、イサリもその条件だけは頑として譲らなかった。
結局、ユーノは不承不承ながらも頷き――
斯くして、クロはめでたく『トゥオネラ・ヨーツェン』の一員となった。
……ほんの一時だけ。
そして、その晩。
私とイサリは船首楼甲板で背中合わせに座り、夜の海を眺めていた。
「……まったく。ボクの中ではユーノって、シャロンやレネと同じく『良い子ちゃん』ってイメージだったんだけど。まさか無断で野良猫を持ち込むなんて。ちょっと認識を改める必要があるな」
私の背後で、それまでずっと黙っていたイサリがポツリと呟く。
私は背筋を反らし、イサリの後頭部に自分の後頭部をコツンとぶつけた。
「良い子ちゃんでしょ。みんなから除け者にされていた猫を放っておけなかった優しいコ。――世界中の人々の間で恐れられ忌み嫌われている<魔女>を放っておけなかった誰かさんと一緒よ」
「………………」
「大丈夫よ。ユーノはちゃんとわかってるわ。ペットを飼うってことは、その命に最後まで責任を持つってことだって。クロを『拾う』と決めた時点で、ユーノは覚悟をしてる。最後までクロの面倒を見る覚悟を。――クロの最期を見届ける覚悟をね」
「そっか」
イサリは小さく溜め息をつく。
「――その点はボクより立派だな、ユーノは」
………………。
「もしかしてイサリ、いずれルーナと一緒に地球へ帰還するつもりの自分はやっぱ無責任だよなぁとか思ってる? みんなを『拾って』おきながら、最後までみんなの人生を見届ける気はない自分に、ユーノを責める資格は無いよなぁとか考えてない?」
「………………」
「<楽園>へ導いたことでアンタは私たちを『拾った』責任をちゃんと果たしたと、私はそう思うわよ? 『私たち全員が無事に天寿を全うするまで見届けるのがアンタの責任だろ』なんて、そんな図々しいことを言うつもりは無いから安心しなさい」
「アリシア……」
「そうだ、この際アンタが『拾った』<魔女>全員、アンタのお嫁さんにしたら? 結婚とか出産とか、そういうごくごく普通の女の子としての幸せをアンタの手で与えることが出来たら、胸を張って責任を果たしたって言えるんじゃない?」
「別の責任が生じるじゃねーかそれ。みんなと生涯を共にするのならともかく、そこまでしておきながら地球に帰還したら、それこそ究極級の無責任じゃねーか」
ちっ。気付いたか。
……まあ、それはさておき。
「ねえイサリ、ひとつ訊いていい?」
「何さ?」
「アンタ、気付いてるわよね?」
「……クロが老猫で、どのみちもう先が長くないってことにかい?」
そう。
ユーノはたぶん気付いてないけれど、クロは老猫だ。
ひどく痩せ細っているのは、ご飯をあまり食べれていなかったせいというのもあるんだろうけれど、そもそも死期が近いためでもあるのだろう。
イサリがあんな条件を出したのも、それが理由。
「やっぱイサリも気付いてたんだ」
「従妹一家が猫を何匹か飼っていたからね」
「……クロ、あとどれくらい生きられると思う?」
「ボクも専門家じゃないからハッキリとしたことは言えないけれど、半年生きられればいいほうじゃないかな。正直、いつ天寿を全うしてもおかしくないと思う」
「そう。……やっぱそうよね」
「アリシアもわかってたんだね」
「子供のころ住んでいた村には、村の住民みんなで飼っている猫が何匹もいたから」
「地域猫ってヤツか」
「……ユーノたち、クロが死んだら落ち込むわよね」
「そうだね。ユーノは特に」
「…………これじゃあ悲しい思いをするためにクロと出逢ったようなものよね」
「そうかもしれない。ユーノからしてみればね。……でも、クロにとってはよかったんじゃないかな。独りぼっちで死なずに済むんだから」
「………………そっか。そうよね」
「そうだよ。――だから泣かないで、アリシア」
「……………………でも、一緒に港を散策していた私がユーノとはぐれたりしなければ……。ユーノが背嚢の中にクロを隠して船に持ち込もうとしていることに、私が乗船の時点で気付いていれば……」
決してクロを船には持ち込ませなかっただろう。
そうすれば、ユーノが必要以上に傷付くことは……。
ホント……馬鹿じゃないの、私。
「そっか。それでそんなに責任を感じているんだね。――キミは何も悪くないよ、アリシア。自分を責める必要なんてない。どうか泣き止んでほしい。相棒であるキミには、泣いていてほしくないんだ」
――え……。
「相棒……? 私がアンタの……?」
「うん。アリシアとはもう長い付き合いだし。頼らせてもらうことも多いし。なんだかんだで、一番気心が知れているしね。少なくとも、ボクはそう思ってるよ」
「でも……それを言ったらカグヤやツバキやイリヤのほうが」
「あー……そのへんはほら、半分お姉ちゃんみたいな感じだし……」
? ツバキとイリヤはわかるけど、カグヤも?
「――ボクの勝手なイメージだけど。相棒って、やっぱ対等な存在だと思うんだよね。今キミが挙げた三人は、それぞれ別な理由で対等たり得ないというか……。ボクごときが相棒なんてそんな畏れ多いというか」
「……なら、シロは?」
「シロは鯨だからまた別カウント」
…………相棒…………。私がイサリの……。
「そっか……」
相棒だから私の様子がおかしいことに気付いて、今夜はずっと傍にいてくれたんだね。
私が本当になりたいのは、もっと違う存在。別の意味での『パートナー』だけど。
今はそれで満足しておくわ。
「ありがとう、イサリ……」
あなたと出逢えて、本当によかった。
あなたとの出逢い、あなたと送った日々、あなたがくれた沢山の想い出は、私の一生の宝物よ。
どうかユーノも、クロと出逢えてよかったと、最後にそう思えますように……。
……ちなみに。
日に日に弱っていったクロはそれでも懸命に生き抜き、半月後『トゥオネラ・ヨーツェン』が本拠地に帰還した翌日に、ユーノと彼女の姉に見守られる中、天寿を全うした。
クロのお墓はユーノの家の庭に作られた。
クロはユーノの傍で眠りたかったのだと、私はそう思っている。
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