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最後の地球人♂、仙女や魔女と月の海を航る ~ルナマリアノーツ~  作者: 和泉 健星
3章 混沌からの侵略者 ―遥かなるトゥオネラ―
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幕間 ある少年のモノローグ

幕間。インターミッションです。





種を播くもの(シードマスター)>クーリエとの謁見えっけんから早一週間。開拓はおおむね順調に進んでいた。


 とは言っても重機も無しにヒトの手だけで、それも一週間という短い期間で出来ることなどそう多くはない。


 この一週間、ボクは<魔女>の父親たちと建材の確保のためひのきぶなの伐採に精を出した。朝から晩までずーっとだ。手斧を使って木をる。枝を落とす。適度な大きさにカットする。延々その繰り返し。


 ぶっちゃけ心折れそう☆


 それでも毎日毎日、朝から晩までひたすら斧を振るい続けることが出来たのは、毎日アデリーナさんと一緒に昼食を届けてくれたルーナとサシャちゃんの声援があればこそだ。


 ……というか、


「イサリさまっ、頑張ってください☆」

「せんちょ、がんばえー☆」


 目をキラキラと輝かせて応援してくれる幼気いたいけな女の子たちの前で情けない姿は見せられない。

 ボクにだって一応矜持(プライド)というモノがあるのだ……。

 無様を晒して十歳と四歳の女の子に失望されるワケにはいかない! 彼女たちに「イサリさまって案外大したことないんですねw」「せんちょ、カッコわるいぉ」なんてふうに言われたりしたら、ボクはたぶん首を吊りたくなると思う(いや、彼女たちはそんなこと言うような子じゃないけども!)。


「せめて『変身』して双聖の神器ツイン・セイクリッド・アームズのプラズマの刃(ブレード)とかを使えたらもうちょいはかどりそうなんだけどなぁ……」


 でも現在いまのボクはマリナの協力がなければ『変身』できないし、何よりみんなが『不思議なチカラには極力頼らず、自分たちの力だけで自分たちの安住の地を築き上げる』と決めたのだ。ならボクはそれを尊重したい。


 そんなワケで、ボクは今日も黙々と斧を振るう。ルーナとサシャちゃん、そして最近何か言いたそうにジッ……とボクを見つめてくることが増えたアデリーナさんの無言の視線を背中に感じながら。






 ちなみに。

 ボクたちが伐った木は、ロビンさんとダイアンさんの元・大工組の手でどんどん加工されていった。

 特にロビンさんの手腕はまさに職人芸と呼べるレベルで、奥さんであるターニャさんは、


「どうだいウチの亭主は? あんなでも元・棟梁とうりょうだからね、中々の手際だろう」


 と、鼻高々な様子である。


「あのヒトはその筋じゃちょっとばかし有名でね。『ノコギリのロビン』って呼ばれてるんだよ」


 何それスゴイ。スゴイけどダサい。


「伊達にハゲてないんですよ、お父さんは!」


 娘であるオリガも胸を張り誇らしげだ。


 ……けどハゲは関係ないだろハゲは。このコ、お父さんのハゲをいじるのがホント好きだな。

 ていうかロビンさん、棟梁だったんだ……。ヒトは見かけによらないなぁ。


「ちなみにお父さん、帆布はんぷさえあれば漁船だって作れちゃいますよ!」


 へえ。みんなの住居作りが一段落したら次は漁船を作ってもらうかな。

 ここ、農耕が軌道に乗るまでは海の幸しか自力で確保できる食料が無いし。

 でも、ロウガさんの漁船一隻じゃ漁獲量も限られちゃうからね。

 うん、そうしよう。






 いっぽう。

 ツバキの部下である男衆は現在、ツバキの監督のもと灌漑かんがいの整備に精を出している。

 ボクが朝から晩まで伐採に勤しんでいるように、彼らも『うろ』の中を流れる川と、先に完成させた溜め池を繋げるためのほりを二本、朝から晩まで掘っていた。


「でも、一本掘るだけでも大変だろうに、なんで二本も掘ってるの? 現場監督さん」

「変な呼びかたをするでないわ。――給水用と排水用じゃ」


 なるほど、納得。

 ……にしても、よくもまあくわだけで地面をガンガン掘れるものだ。流石、日頃から操舵そうだ操帆そうはんといった力仕事に携わっているだけのことはある。物凄いパワー。……はよそっちを一段落させて伐採こっちを手伝ってほしい。


「ほれ、そこ。手が止まっとるぞ」

「監督! じゃなくてお嬢! もう限界です! ちょっと休ませてください!」

「一刻ほど前に休憩したばかりじゃろ」

「その前に半日ぶっ続けで働いてるじゃないですか! さっきの休憩、半刻で終わっちゃったし! あんなんじゃ全然足りませんよ!」「「「「「そーだそーだ!」」」」」

「食事もしたし、充分休めたと思うんじゃが」

「ンなワケないでしょ! お嬢はふんぞり返って指示しているだけだからそんなことが言えるんですよ! 少しはこっちの苦労もわかってください!」「「「「「そーだそーだ!」」」」」

「わかったわかった。お主らはしばし休んでろ。……確かに口ばかりで一切手を動かさないのもなんじゃしの。お主らが休んでいる間はわらわが掘っておこう。その鍬を貸せ」

「何言ってんすか! お嬢にこんなことさせるワケにはいきません! こういった重労働はすべて俺たちに任せておけばいいんです!」「「「「「そーだそーだ!」」」」」

「……こっちの苦労もわかれと言ったり重労働は任せておけと言ったり、どっちなんじゃよお主らは」


 相変わらず部下に慕われてるなぁツバキは。

 誰かボクにも「木を伐るなんて重労働、船長さんがしなくてもいいんですよ☆」って言ってくれないかなぁ。


 ……まあ、言ってもらえたところで、自分だけ楽をするなんてのはボクの性格上無理なんだけど。






 そして。

 残るメンバー、つまり<魔女>のみんなやその母親である奥様がたはみな、農耕に勤しんでいた。

 とは言っても、今はまだ畑を耕している段階だ。

 くら首木くびきを取り付けた雄牛にすきかせて掘り返した土壌を、ヒトの手でちゃんとしたうねの形に整えたり、堆肥たいひ用の穴を掘ったりしている段階。

 種や苗を植えられるのはもうちょっと先になるだろう。

 いわんや収穫をや、だ。


 ちなみに牛耕用の道具はすべてロビンさんが一日でこしらえてくれた。流石は『ノコギリのロビン』。大活躍だ。


「意外と大人しく犂を曳いてくれるもんなんですね、牛って」


 休憩がてら様子を見に行ったボクが、ノロノロ歩を進める雄牛の後ろで犂を操作しているオリガを眺めつつそんな感想を口にすると、


「そこはオリガちゃんのチカラが大きいわねっ」


 とリオンさんが種明かしをしてくれた。


 なんでも、オリガの<魔女>としてのチカラは『ある程度の知能を有する動物と、なんとなーく意思の疎通が出来る』というモノらしい。


「なんだそのチカラ」


 腕力の底上げだったり気配察知だったり動物との意思疎通だったり、もはやなんでもアリか、<魔女>のチカラは。聞くところによるとクロエのチカラは瞬間暗算能力らしいし。


「もしかして、ここに上陸したとき、家畜たちが整然と並んでボクたちのあとをついてきたのも……」

「ええ。私たちの知らないところで、オリガちゃんが動物たちに『ついてきなさい』って指示してくれていたみたいねっ」


 マジか……。

 てか、牛や山羊や豚はともかく、鶏も『ある程度の知能を有する動物』の範疇に含まれるんだね……。


「……なんで今まで黙ってたんだろ、オリガ」

「訊かれなかったから言わなかっただけで、別に隠していたワケじゃないみたいよ?」

「さいですか」

「お陰で開墾もスムーズに進んでいるわっ。オリガちゃん様々ね☆」

「……それはいいんですけど、しょぱなから東京ドームと同じくらいの広さを開墾しようなんて、流石に欲張り過ぎなのでは?」


 心なしか雄牛が「助けて……」って言いたそうな目でこっちを見てるよーな……。いや、ボクは動物と意思の疎通をするチカラなんて無いから、なんとなくそう見えるだけなんだけど……。でもこの広さを耕せと言われたら、ボクだったらストライキを起こすと思う。


「オリガちゃんが言うにはあの牛さん、実際はあんまり疲れていなくても、サボりたくてすぐ『疲れた。死んじゃう』って雰囲気をかもすらしいわっ。本当に限界だったら地面にヘタり込んじゃうらしいからっ。ああしてちゃんと犂を曳いているうちは大丈夫だそうよっ」

「へ、へー……」

「意思の疎通が可能だと、そーゆーのもなんとなくわかっちゃうんだって。便利よねっ!」

「……頑張れ牛さん……」


 確かに便利だけど、あの雄牛からしたらオリガがいたことは災難以外の何物でもないだろうなぁ……。


「あと、さっきからひとつ気になっていることがあるんですが」

「何かしらっ、旦那様」

「彼女はあそこで何をしているんです?」


 そう言ってボクが指さした先では、早乙女さおとめ装束に身を包んだダークレッドの長い髪をおさげにした少女が、地面にしゃがんで紅玉ルビーのような赤眼せきがんすがめていた。

 どうやらみんなが掘った堆肥用の穴を確認しているようだ。


「全体的に穴が浅い。やり直し」

「「「「「えーっ!」」」」」


 なんかダメ出しまでしてる……。


「ああ、クーリエさん? 見てのとおりよ。畑を作るにあたり、助言をしてくださってるわっ」

「……すっげー堂々と人前に姿を晒してるな、あの造物主カミサマ……」


 ツバキよりも現場監督っぽい雰囲気を醸してるんですが……。


 彼女はキロウスとの死闘たたかいが終わったあと、すぐにあの場から立ち去ってしまったから、ヒトに姿を見られたりヒトと深く関わったりするのは立場上よろしくないんだろうなと勝手に予想していたのだけれど……。そうでもないらしい。


 アリシアたちはともかく、キロウスとの死闘たたかいを見ていなかった――どころか死闘たたかいがあったことすら知らない面々は、遠巻きにクーリエを見遣みやり、「てか、誰なのこのコ」「どこから現れたの?」「こんなコ、あの船に乗ってたっけ?」と不思議そうな顔をしている。


「いいか、おまえら! <種を播くもの(シードマスター)>の名にかけて、アタイの目が黒いうちは半端な田畑たばたは作らせねーからな!」


 いやあなた、目、黒くないやろ……と赤眼の造物主カミサマにツッコむ勇気はボクには無かった。






             ☽






 そんなこんなで、更に一週間が経ち。


 今宵、ボクは再び『不思議な樹の実』シリーズがたわわに実るあの果樹園を訪れていた。


 今回はカグヤとマリナ――そしてツバキが一緒だ。


 クーリエはいない。彼女は今日も女性陣の指導に精を出している(ちなみに何も知らない女性陣は彼女をカグヤやマリナと同じ仙女だと思っているようだ)。


「……で、これがツバキのお目当ての実? 確かツバキたちの航海の目的って、元々はカグヤの依頼でボクを発見・保護することと、ツバキのお母さんの勅命でこの実を手に入れることのふたつだったんだよね?」


 ボクは果樹園の片隅、ポツンとえていた木にっているひとつの実をまじまじと観察しながら、背後の三人に問い掛ける。


「どうなんじゃ、カグヤ?」


 ボクと同じく初めてこの実を目にしたらしいツバキが隣のカグヤに確認すると、カグヤは「そうだよ」と頷き、


「それがツバキのお母さんご所望の実――『アーカーシャの実』だよ」


 と言った。


「『アーカーシャの実』……」


 呟き、もう一度マジマジとその実を観察する。

 それは表面に虹色の光沢を帯びた小さなプラムのような実だった。

 ヒカリゴケくらいしか光源が無い宵闇の中で、それは一際美しく浮かび上がっている。他のどんな『不思議な樹の実シリーズ』よりも、だ。


「……ひとつしか生ってないけど、やっぱ貴重な実なの? 確かレアリティで言ったら『デイジーワールドの実』がUR、『バビロンの実』がSR、『桃仙郷の実』はRで、『エル・ドラードの実』や『竜宮の実』がNって感じなんだよね? これはどのくらいレアな実なの?」


 ツバキが「うるとられあ? すーぱーれあ??」と首を傾げていたが……説明が面倒くさかったので見なかったことにする。ごめんツバキ。


「『アーカーシャの実』はEXRってトコかな」


 ………エクストラレア?


「それって『デイジーワールドの実』より貴重な実ってこと?」

「そうだね。何せ、すべての実の中で一番貴重な実だから」


 そんなに。


「で? この実には、なんて造物主カミ……どういうチカラがあるの?」


 つい「なんて造物主カミサマのチカラがめられてるの?」と言いかけて、そのへんの事情を知らないツバキもいることを思い出して言い直す。


 ボクの疑問に答えてくれたのはマリナだった。


「ちょっとの間ですが、宇宙間集合無意識アカシックレコード接続アクセスすることが可能になります☆」

「アカシ……何?」

宇宙間集合無意識アカシックレコード。簡単に言いますと、すべての平行宇宙、多元宇宙マルチバースの過去と、無数に分岐する未来の可能性が記された情報の海(アーカイヴ)といったところでしょうか」

「……物凄いデータバンクみたいなモン?」

「そうですね☆」

「えーと……つまりこの『アーカーシャの実』を使えば、通常人間には知り得ない真実――例えば歴史の裏側や今後起こる可能性が高い出来事なんかも覗き見ることが出来るってこと?」

「そうです……と言いたいところなのですけど、ヒトの身で接続アクセスが許されるのはせいぜい自分周りの過去や来歴くらいでしょうね。未来は……覗けてもそれはあくまでひとつの可能性に過ぎませんので、確実にそうなるというモノでもありませんし」

「んん……?」


 それってなんの意味があるんだ……?


「例えば、」とカグヤが口を挟んでくる。「だんなさまがそれを使えば、だんなさまがもう憶えていない赤子のころの出来事なんかを確認できたりもするワケ」


 ………………。じゃあ、ボクが母さんと不仲になる前の様子……もうすっかり記憶に無い母さんに愛されていたころの光景を覗き見ることも出来るワケか……。


 そう。<月棲獣げっせいじゅう>との死闘たたかいの直後に見た、あの儚い夢のような――


 ……そういえばあれ、ボクの願望か何かが見せた夢にしては、やたらリアルだったな……。


「ですので、」とマリナが補足する。

 ツバキのほうをチラリと見遣りつつ。


「この実を欲するかたがいらっしゃるとしたらそれは『思い出したい過去、自分』があるヒト、ということになります」

「『思い出したい過去、自分』があるヒト……?」


「はい。――例えば記憶喪失になった人間とか」

「そっか。記憶を失う前に、自分がどんなふうに生きていたか確認することが出来るワケだしね」


 ……待てよ? ツバキはお母さんの勅命で遠路遥々(えんろはるばる)この実を採りにきたんだよな?


 ってことは、もしかして――


「それで? これはどうやって使うんじゃ? 食べるのか? 潰して汁を浴びるのか? それともヘタの部分を取ればいいのか?」


『アーカーシャの実』を指でツンツンつつきながらツバキが訊ねる。


「『桃仙郷の実』や『バビロンの実』と同じく食べる必要があるんだけど……残念ながらまだ完熟してないみたいなんだよね」

「おそらく使えるようになるまでには、どんなに早くてもあと一ヶ月はかかるのではないかと」

「ふむ。まあ、仕方ないの」



 ツンツンツン……ツンツンツンツン……



「……いや、ちょっと突きすぎじゃない? ツバキ」

「む? ああ、スマンの。良い感触じゃったから、つい」

「そんなに良い感触なの? 確かに見た目は柔らかそうだけど」

「うむ。クセになりそうじゃ。ぷにぷにしとる。猫の肉球を彷彿ほうふつとさせるの」


 そう言われると気になるじゃないか。


「どれどれ」


 ボクは好奇心に駆られ『アーカーシャの実』へと手を伸ばし、その表皮を指先で撫でて――


 瞬間、『アーカーシャの実』が眩い虹色の閃光を放った。


「な、なんじゃこの光は!? 旦那様!? いったい何をした!?」

「まさか!? 食べてもいないのに『アーカーシャの実』が反応を!?」

「いけない! 実に籠められた神威かむいが漏れ出して――」


 仲間たちの驚愕の叫びが鼓膜を震わせ――同時に、ボクの脳裏にひとつの光景ビジョンが流れ込んでくる。






 ……天井はもちろん四方や足元にも星空が浮かぶ、プラネタリウムのような薄暗い空間。

 ……幻想文学に登場する司書のような黒い衣装に身を包んだ、見た目二十代前半くらいの眼鏡っ

 ……その背後に浮かぶ巨大な空中ディスプレイ。

 ……そこに映る、不思議な蒼い甲冑を身に纏った黒髪の少年と、アラクネのように異形の下半身を持つおぞましい女の激闘……。


 眼鏡っが振り返り、告げる。

 いったい何が原因だったのか――かつて、夢とうつつの狭間で、魂魄タマシイだけ『そこ』に迷い込んでしまったボクへ。

 どこか面白がるような――トボケた口調で。


如何いかがでしたか? 七晩かけて、別の宇宙の『守人もりびと』と混沌からの侵略者の激闘をご覧になっていただいたワケですが。何か得るものはありましたか? いつか何かの参考になるかもしれませんから、ちゃんと憶えておいてくださいね」


「まあ、そうは言っても、この宇宙間集合無意識アカシックレコードにヒトが何かの弾みで接続アクセスできてしまった場合、ここで見聞きしたことはゆっくりと忘れてしまうように出来ていますから、中々難しいでしょうけど」


「私との出逢い、私のお節介が、いずれあなたのお役に立つといいのですが。どうやら今後あなたを待ち受けているのは、とても過酷な運命のようですし」


「私の名前ですか? なんです、今更。最初に教えたじゃないですか。ちゃんと聞いていなかったのですか? まったく……仕方のないかたですね。――私はリピカ。<生命の書の書記(ラプラス)>リピカ。ここ、第52平行宇宙を始めとする全宇宙の宇宙間集合無意識アカシックレコードの管理人です」


「出来れば明日の晩もちゃんと来てくださいね。あなたにはまだまだお見せしておきたいモノが沢山ありますので。…………え? 明日から従妹いとこと海外旅行? 就寝環境が変わるから、確実にここに来られるかはわからない? がーん……」


 これは……この記憶は……。

 この眼鏡っは……。


 なんで今まで忘れてしまっていたんだ……?

 彼女――リピカとの出逢い、七つの夜の逢瀬を。あの不思議な体験を……。

 あの豪華客船に乗る直前、従妹アズサにこの夢の話をした憶えはあるから、そこまではおぼろげながらも記憶していたはずなのに……。

 白鯨シロに呑み込まれて一度気を失い、この蒼き月の海(ルナマリア)で目を覚ましたときにはもう完全に忘れてしまっていた……。


 でも……そうか。そうだったのか。


『デイジーワールドの実』をカグヤから貰って食べ、初めて『変身』する際、漠然と思い浮かべた蒼い甲冑に身を包んだ騎士の姿。

 あれは子供のころ観た特撮番組とかのキャラクターじゃなく、『あそこ』でリピカに見せてもらった別の宇宙の――


 でも……だとしたら。


 宇宙間集合無意識アカシックレコードとやらの管理人であるリピカにはわかっていたのか。

 ボクがこうなることを――






「おい、旦那様!?」

「だんなさま! しっかりして!」

「イサリさん! 大丈夫ですか!?」


 ツバキ、カグヤ、マリナに肩を揺さぶられ、ボクはそこでハッと我に返った。

 どうやらしばらくの間、意識を失っていたようだ。

 閃光も収まり、『アーカーシャの実』が表皮に帯びていた虹色の光沢は、漏れ出たぶんだけその輝きを失っていた。もしかしたら完熟まで必要な期間が延びてしまったかもしれない……。


「……今、頭の中に流れ込んできた光景ビジョンは……」


 いつの間にかその場に片膝をつきうずくまっていたらしいボクは、カグヤとマリナに両脇を支えられ立ち上がる。


「だんなさま、いったい何があったの? どうして『アーカーシャの実』がだんなさまに反応したの?」

「……カグヤ。ボクも今の今まですっかり忘れてしまっていたんだけど、ボクはこの蒼き月の海(ルナマリア)に流れ着く前に、一柱ひとり造物主カミサマともう出逢っていたんだよ」

「!? それってわた……ディードレとマーシーのことじゃなく?」

「うん」

「……まさか、……その造物主カミサマって」

「<生命の書の書記(ラプラス)>リピカ」

「! 宇宙間集合無意識アカシックレコードの管理人……『創造と再生を司る存在』『破壊と修正を司る存在』『均衡と調整を司る存在』のみっつのグループのいずれにも属さない唯一のオーバーロード……!」

「えっ」


 あ。そういえば<種を摘み取るもの(スピーシーズバスター)>スーザンがそんな造物主カミサマもいるようなことを言っていたような気がするな……。リピカがそうなのか。


「でも、どうやって彼女と接触を!? わたしやマリナだって彼女とは一度も会ったことがないんだよ!?」


 そんなこと訊かれても……。


「わからない……。ただの偶然だったのか、あるいは運命というヤツだったのか。――こっちに来ることになる直前……期間で言えば一週間くらいかな。夜、就寝すると必ず彼女と会う夢を見て……。最初はボクの『訪問』に驚いていた彼女も、すぐに打ち解けてくれて……。彼女は毎晩、ボクにいろいろなモノを見せてくれたんだ」

「いろいろなモノ?」

「そう。別の宇宙の模造地球デイジーワールドで繰り広げられた、『守人もりびと』と混沌からの侵略者との激闘の記録とかね。『いつか何かの役に立つかもしれないから』ってさ」

「そうか……。オリジナルの地球を出自とする魂魄タマシイの中には、宇宙間集合無意識アカシックレコードと『混線』しやすい波動を放つモノもあるらしいから……。きっとだんなさまの魂魄タマシイも……」


 混線て。

 え、そういうものなの?


「もしかしたら、」


 と、マリナが小さな溜め息をつく。


「すべては最初から決まっていたこと……宿命だったのかもしれませんね。イサリさんの魂魄タマシイがこの第52平行宇宙に流れ着くことも。わたくしたちと出逢うことも。混沌からの侵略者との死闘たたかいも。何もかも」

「宿命……」

「はい。リピカさんにはそれがわかったから――イサリさんの魂魄タマシイの出自にすぐ気付けたから、自分の手で『守人』に必要な予備知識を詰め込んでおこうと考えたのかもしれません。忘れてしまう可能性が高いことは承知の上で。いずれ思い出してもらえることを期待して。――この第52平行宇宙の月と地球、そこに住まう人々をイサリさんに護ってもらうために」


 宿命……宿命か……。


「……お主ら、さっきからなんの話をしとるんじゃ?」


 話についてこれず怪訝そうな顔をしているツバキを尻目に、ボクは考える。


 ――ボクはこれからどうなっていくんだろう?

 ――今後、ボクとルーナ、そしてこの蒼き月の海(ルナマリア)で出逢った仲間たちを何が待ち受けているんだろう?


 この『アーカーシャの実』を食べて宇宙間集合無意識アカシックレコード接続アクセスしたら、もう一度<生命の書の書記(ラプラス)>リピカに会えるのだろうか? 彼女なら、ボクの疑問に答えることも出来るのか?


 ……いや、でも、この実はとても貴重で、ツバキのお母さんが欲している以上、ボクが使うワケにはいかないしな……。


 それと、もうひとつ気になるのが、



「ディードレ、マーシー、そしてリピカ。――自分でも知らないうちに会っていた造物主カミサマは、流石にこれで打ち止めだよな? 他にもいたりしないよな?」



 ……なんだかイヤな予感がした。

 ボクはまだ何か重要なことを見落としている――そんな気がしてならなかった。



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