♯55 続・亡き母と、自分の本当の想いに気付いた
第55話です。
※前回に続き語り部はクロエです。
「ど……どうしてアイツがここに……!?」
――わたしたちが再び遭遇した全身黒ずくめの怪人。
その右手には、持ち手が付いた銀色の小さな鐘のようなモノが握られていた。
どうやら先程わたしたちが聴いた音色は、あの鐘によって奏でられたモノらしい。
みんなが急に眠ってしまったのはおそらくあの鐘が原因。
つまり――あの怪人がみんなを眠らせたのだ。
「フヒッ! フヒヒヒヒッ! さぁ! 収穫の時間だよぉ☆」
そう言って怪人は膝を曲げて身を屈めると、甲板を蹴ってバッタのようにジャンプし――わたしたちの目の前にドスン! と着地する。
この船とお父さんの漁船の間に広がる海、20m近い距離を、一足飛びで飛び越えたのだ!
そして、
――ボッ!
「ぎゃあああああああっ!? 熱いいいいいいいっ!?」
……着地と同時に燃え上がった足の裏を抑え、ゴロゴロと転げ回り始めた。
「「………………」」
思わずポカンとしてしまうわたしとシャロンさん。
「ぎょえええええええっ!? 身体がぁ! 僕ちゃんの身体がぁ、どんどん燃えていくぅ!」
転げ回ったことで甲板に触れてしまった部位――背中だの両腕だのまで発火し始めたため、怪人はもはや火だるま状態だ。
何しに出てきたんだコイツ。
「……そういえば、」
ハッと我に返ったシャロンさんが説明してくれた。
「以前ツバキさんが言ってました。この船を白く染め上げている塗料には特別な材料が使われていて、破邪の効果があると。邪悪な輩は触れたらタダでは済まないと。だから『深きものども』と遭遇してもこの船に乗っていれば安心だとかなんとか」
……そういえば艤装はもちろん甲板まで白いですもんね、この船。
「くっそぉー! 根性ぉ!」
怪人は吼えて、のたうち回るのをやめ、全身炎上したままムクリと立ち上がる。
そしてわたしとシャロンさんを順繰りに睨むと、
「まずはぁ、おまえたちの魂魄からひっぺ返してやるぅ!」
と言って飛び掛かってきた。
「っ」
「きゃあああああああっ!」
わたしは恐怖で身動ぎひとつ出来ず、シャロンさんは眠ったままのリオンさんをぎゅっと抱き締め悲鳴を上げる。
刹那、
「伏せなさい!」
海図室の扉がバン! と勢いよく開いて、そこから飛び出してきた赤毛の女性――確かアリシアさんと言ったか――が、跳び上がった怪人めがけて何かを投擲した。
それはヘタの部分が点火された赤い果実。
主にお風呂を沸かすのに使われている――誰かが『竜宮の実』と呼んでいた――
――ドオオオオオオオンッ!
直後、果実が爆発した。
熟れた果肉が破裂したという意味ではなく。炎と煙を盛大に撒き散らしたのだ。
昔お母さんがしてくれた地球の話に出てきた、爆弾とかいうモノみたいに。
「「きゃあああああああっ!」」
警告を受けて咄嗟に伏せたものの、数メートルしか離れていない場所で起こった爆発の余波により、わたしとシャロンさん(あとシャロンさんに抱きかかえられたリオンさん)は吹き飛ばされ、甲板の上をゴロゴロと転がる。
「ぎょえええええええっ!」
ドボォォォォォォォンッ!
……至近距離で爆発に巻き込まれた怪人は枯葉のように宙を舞い、盛大な水飛沫を上げて夜の海へと落っこちた。
だから何しに出てきたんですかアイツは。
「危なかったわね! 大丈夫だった?」
「「死ぬかと思いました!」」
駆け寄ってきたアリシアさんに、わたしとシャロンさんは恨み節をぶつける。異口同音に。
「そうね。間一髪だったわね」
「いえ、死ぬかと思ったのはあなたが起こした爆発のせいなんですが」
「はうぅ……。耳がキーンって言ってますぅ。髪もちょっと焦げちゃいましたぁ」
「し、仕方ないじゃない。あのままだと間違いなく殺されてたわよ、アンタたち。それにあれ、お風呂を沸かすのに使ったヤツだから、爆発も大したことなかったでしょ?」
「わたしたち今、甲板の上を10mくらい転がったんですけど!?」
残り滓みたいなチカラしか残ってなかったのに、あの威力ですか……。
未使用のモノだったら絶対死んでましたね、わたしたち……。
幸いお母さんの形見の眼鏡は無事でしたが、手に持っていたパピルス紙の束がそこらじゅうに散乱してしまいましたよ……。ああっ、燃えちゃう!
「で、でも、どうしてアリシアさんが甲板に……?」
依然グースカ寝ているリオンさん(あの爆発でも目を覚まさないとは……)に怪我が無いことを確認しながらシャロンさんが訊ねると、アリシアさんは手にしていた白塗りの棍で船内を指し示し、
「喉が渇いたから食堂に水を飲みに行こうとしたんだけどさ。そしたら、通路で寝ちゃっているヒトたちがいたのよ」
「通路で……!?」
「そ。起こそうとしても全然起きないし。妙だなぁと思って他の船室を片っ端から覗いてみたら、アデリーナさんを始めみーんな眠りこけててさ。この時間に起きている人間が一人もいないなんていくらなんでも不自然だ、こりゃ何かが起きているに違いないと思って……」
「それで船倉に保管されていた棍と使用済の『竜宮の実』を勝手に持ち出しちゃったと」
「そ。で、とりあえず船外の様子を確認しようと思ったんだけどさ。扉越しにあの化け物の声が聴こえたもんだから」
「なるほど……でもどうやって『竜宮の実』に火をつけたんですか?」
「あの実のヘタは燐とやらで出来ていて、擦ったら簡単に火がつくってカグヤから聞いてたから。こう、壁にヘタの部分を擦りつけて……」
「――ちょっと待ってください」
わたしはパピルス紙を拾い集めていた手を止め、シャロンさんとアリシアさんの会話を遮る。
「みんなあの怪人のせいで眠ってしまったのに、どうしてアリシアさんは無事なんですか?」
「私に訊かれても……。アンタたちこそなんで無事なワケ? リオンさんとか当直のヒトたちはみんな眠ってしまってるのに」
「さあ……」
「わ、わたしたちにもわかりません……」
「……わかんないことだらけね」
――そのとき。
「みんな! 今ノ爆音は何!? 何があったノ!?」
少し離れた場所――この船が停泊している『枝』の坂のほうから、聞き慣れた声がした。
「イリヤさん!?」
振り向いたわたしは、連なる鳥居をくぐり駆け下りてくる女性の姿を見つけて驚きの声を上げる。
どうしてあんなところにイリヤさんが!?
「あーっ、あの女! 姿が見えないと思ったら!」
目を吊り上げ、「まさか船長と密会していたワケじゃないでしょうね!?」と憤るアリシアさん。
「なるほど」
船にいなかったお陰でイリヤさんは眠らずに済んだワケですね。どうやら例の鈴? 鐘? にも有効範囲のようなモノがあるようです。
そこでわたしはハッとし、乗船しようと舷梯へ足を掛けたイリヤさんへ叫ぶ。
「来てはダメです、イリヤさん! まだアイツが死んだとは限りません! 船長さんを呼んできてください! 早く!」
「えっ!?」
状況が掴めなかったのだろう、イリヤさんが目を瞬かせた丁度そのとき。
わたしたちの頭上を何かが通り過ぎた。
何か。
言うまでもない――あの怪人だ。
先程の爆発で海に落っこちたあの怪人が海中から飛び出し、驚異的なジャンプ力でこの船、わたしたちの頭上を飛び越えたのだ。
「「「あっ!」」」
怪人はイリヤさんのすぐ傍に着地すると、彼女の首根っこを右手で鷲掴みにし、軽々と吊り上げる。
「かはっ……」
首をギリギリと絞めつけられ、苦悶で顔を歪めるイリヤさん。
その手から薙刀が離れ、地に落ちて転がる。
「おまえらぁぁぁぁぁぁぁっ! よくもやってくれたなぁ! ちょぉっとだけ熱かったじゃないかぁ! 赦さない! 赦さないぞぉ!」
全身からブスブスと煙を立ち昇らせ、怪人は唾を飛ばして憤る。
「見せしめだぁ! まずはこの女から殺してやるぅ! それもたぁっぷりと苦しめてからなぁ! 楽には死なせてやらないぞぉ!」
そう言って怪人はイリヤさんの首を絞める手に力を籠め――
「あ……ぐっ……」
必死に抵抗していたイリヤさんの全身から、次第に力が抜けていく……。
「イリヤさんっ!」
瞬間。
わたしの頭は真っ白になった。
イリヤさんが――殺されてしまう。
お母さんみたいに。
わたしの前からいなくなってしまう……!
「イヤあああああああっ! イリヤさぁんっ!」
気付けばわたしは大切なお母さんの遺品――パピルス紙の束すら放り出し、駆け出していた。
イリヤさんを助けるためなら、あの恐ろしい怪人に体当たりでもなんでもしてやるつもりだった。
……が、舷梯を渡ろうとしたところでアリシアさんとシャロンさんに羽交い絞めにされてしまう。
「馬鹿っ! あの化け物相手にアンタが行ってどうなるモンでもないでしょ!?」
「そうです! クロエさんまで殺されちゃいますよ!?」
「離してっ! 離してくださいっ! このままじゃイリヤさんがっ! お姉ちゃんがっ!」
「! アンタ……」
「クロエさん……」
「やめて! お姉ちゃんを殺さないで! これ以上わたしから家族を奪わないで! もう……もう、あんな絶望は味わいたくない!」
――助けて。
誰でもいいから――どうかイリヤさんを助けてください。
わたしにとってあのヒトはもうお姉ちゃんみたいな存在なんです。
……たぶんイリヤさんにとっては、出逢って一年にも満たないわたしなんかよりも、同郷の船長さんのほうが心許せる存在なんでしょうけれど。
それは船長さんへ向けるあのヒトの笑顔を見れば明らかで……。それがたまらなく悔しくて。つい船長さんに辛辣な態度を取ってしまったりもしたけれど。
わたしにとってイリヤさんは大切なヒトなんです。
お母さんに続いてイリヤさんまで殺されてしまうなんて――そんな絶望、耐えられない……!
「誰か……誰か助けて……」
「――信じなさい」
不意に。
泣きじゃくるわたしの耳元で、アリシアさんが囁いた。
普段の彼女からは想像できないような、優しく穏やかな口調で。
「え……?」
「信じるの。私たちの船長を。イサリを」
「船長さん……イサリさんを?」
「アイツはきっと来てくれるわ。だってアイツは私の――ううん、私たちのヒーローなんだから」
「ヒーロー……」
「そう。ヒーローにして希望」
アリシアさんのその言葉に、シャロンさんは息を呑むと、何かを思い出すような遠い眼差しになり、
「――時空を超えてやってきた、この宇宙最後の希望……。この月の海とあの凍てついた地球に秩序を取り戻すため流れ着いた、魂魄の旅人……」
呟く。
あるいはそれは、暗誦だったのかもしれない。
アリシアさんは頷き、
「私のお母さんが言っていたわ。どんな災厄の中にも必ず残されているモノ……それが希望だと」
「どんな災厄の中にも……」
「そう――希望はいつだって、絶望のあとに舞い降りるのよ」
――その瞬間だった。
「神威体現闘法<漁火の拳>――『以水滅火』・遠当て!」
X状の斬撃、蒼い焔のブーメランがどこからともなく飛んできて、「これで終わりだぁ!」とイリヤさんの息の根を止めようとした怪人を直撃した。
イリヤさんの首を掴み、吊り上げていた丸太のような右腕を、アッサリ斬り落とした。
「ぎゃあああああああっ!?」
右腕を失った怪人が『坂』の上を転がり身悶える。
「かはっ、けほっ……」
支えを失ったイリヤさんは崩れ落ち、地に尻餅をついて噎せるも、命に別条はないようだ。
「イリヤさん……! 良かった……」
ボロボロと安堵の涙を零すわたしの耳元で、アリシアさんが再度、
「――ほらね?」
と囁いた。
「信じれば応えてくれる。それが私たちの船長――正義の『幽霊船長』なのよ」
「っ」
涙で滲むわたしの視界に映ったモノ。
それは、
「オイ、シスコン怪人。おまえ、ヒトの恩人に何してくれてるのさ」
端々に施された黄金色の金属彫刻と、所々に浮かび上がる白鯨を模った純白の光芒が神々しい、美しい留紺の衣装で全身くまなく包んだ『彼』の姿。
のたうち回る怪人を威風堂々たる仁王立ちで見下ろす、わたしたちのヒーロー。
最後の希望……。
「立て。決着をつけようぜ。ボクの仲間に手を出し、彼女たちの安住の地を穢したおまえを決して赦しはしない」
――お母さんと同じ星から来た、正義の『幽霊船長』。
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