♯29 頼れる仲間たちと、<神域>を目指した
第29話です。次話は閑話ですが、その次(第30話)はあのコたちが登場する予定。
アリシアたちを仲間に加えて早五日。『トォウネラ・ヨーツェン』は順調に航海を続けていた。
……概ねは。
「わたしたちの現在位置は大体この辺りだよ、だんなさま」
海図室にて、机に広げた海図を「どれどれ」と覗き込み、カグヤが指さした場所を確認する。そこはアリシアと出逢った島『ビトルビウス』よりもほんの少しだけ南東に位置する海域だった。
「こうして見るとあんまり進んでないね……」
まあ、基本、風任せの船旅だからなぁ……。一昨日なんて半日以上も凪いでいたせいで、予定の半分も進めなかったし……。
「そうだね。当初の予定だと、昨日のうちに『静かの海』を抜けて『晴れの海』に入ってるはずだったんだけど。このままだとそれは今日の午後くらいになりそう」
「『晴れの海』……か」
アポロ11号の着陸地点である『静かの海』ほどメジャーじゃないけれど、『晴れの海』もまたアポロ何号だかの着陸地点だったような記憶があるな……。何号だったっけ? 15? 16? いや、17だったかな? 確か最後の……。
もっとしっかり月面図を憶えておくんだった……。
「それでね、この帆船の目的地は『晴れの海』と『夢の湖』、ふたつの海域を抜けた先にある、この『死の湖』という海域なのだけれど――」
『死の湖』……。これまた仰々しい名称だなぁ……。
「――厳密に言うと、わたしたちはこの『死の湖』にある<神域>トゥオネラという場所を目指してるんだよ」
<神域>トゥオネラねぇ……。
………………ん?
「……トゥオネラ?」
「お察しのとおり。この帆船の名前は、そこから取ったんだ」
へえ……。
「でも、なんで? ここにいったい何があるの?」
「……それは追々説明するよ。今はそれよりも先に憶えておいてほしいことがあるの」
「憶えておいてほしいこと?」
「<神域>と呼ばれる場所はね、一か所だけじゃないんだ。全部で十二か所あるの」
「十二!?」
多すぎない!? そんなにあるの!?
「だんなさまと出逢った『静かの海の穴』……あそこも実は<神域>だったんだよ? 第一<神域>――カササギノハシ」
「第一<神域>……鵲の橋」
「ただ、現在は理由あって機能不全に陥ってるけどね」
「機能不全……?」
「……神様が不在の<神域>に意味は無いってこと」
神様が……不在……?
「その神様ってのは、キミが言っていた『この月と地球を一から創造った存在たち』って認識で合ってる?」
……あれ? でも、そうなると神様は最低でも十二柱いるってことになるんじゃ……。
「うん。ちなみに『静かの海』には第十<神域>もあって、そっちはハクトウワシノハシゴという名前なのだけれど、こっちもやっぱり機能不全に陥ってるんだ」
白頭鷲の梯子……。確かアポロ11号のシンボルが鷲だったような……。
もしかしてその<神域>があるポイントって……。
ってことは……ひょっとして……。
「それでね、ここからが重要なのだけれど……。実はこの近くにも<神域>があるの」
「……うん。ちょうど今、そうじゃないかな? って思ったところだよ」
だって『晴れの海』にもアポロ何号だかの着陸地点があるワケだからね……。
「その名も第十一<神域>ロストワールド。カササギノハシやハクトウワシノハシゴと違って、ちゃんと機能している……神様がいる<神域>なのだけれど……」
と、そこで言い淀むカグヤ。
……どうしたんだろう?
あ。もしかして、
「その神様、あまり関わらないほうがいい感じ……?」
「う……ん。個人的にあまり会いたくないし、だんなさまにも会わせたくない神様なんだけれど……。それ以前に順番の問題で……ね」
……順番?
第一とか第十とか第十一とかの番号が何か関係しているのだろうか?
「とにかく! 本当は、今はまだ近付きたくない<神域>だったんだ。でも帆船の悲しいところというか……。風の影響で、予定よりも近付きすぎちゃってるの。だからだんなさま、くれぐれも注意して!」
「注意?」
って、何を?
「当面……少なくとも『晴れの海』を抜けて『夢の湖』に出るまでは、『月火憑神』のあとにあのナンチャラって御業を使わないようにして!」
「え!?」
『変身』した状態で神威体現闘法<漁火の拳>を使うなだって!?
なんで!?
「この際ハッキリ言うよ、だんなさま! 意味わかんないんだよ、あの御業!」
「ええっ!?」
どういうこと!?
「なんなのかなあれ!? なんで大気中に残留している神様のチカラを魂魄に取り込んで爆発・燃焼させちゃってるの!? どういう発想!? 反則だよ、あんなの! 神様のチカラを本来の用途とは全然違う使いかたしないでよ! ご飯を食べて得たエネルギーを生命維持や身体を作ることに使わず、放射熱線に変えて口から吐き出すに等しい所業だよ!?」
そんなに。
「――ていうか、誰が発見してどうやって体系化したの、あのトンデモ技法!? あれを見たら神様たちも吃驚すると思う!」
「なんと……」
あの……叔父さん? アンタが「実は仙術なんだよ」って言ってたあの格闘術、自称・仙女の女の子に「意味わかんない」とか言われちゃってるんですけど……。
神様も吃驚なトンデモ技法らしいんですけど。
「とにかく! あんなトンデモ技法を<神域>で徒に――特に『月火憑神』したあとに使ったりなんかしたら、休眠中の神様がどんな反応を示すかわかったもんじゃないんだよ! だから当面、それは禁止とします! わかったかな、だんなさま!?」
「は、はい……」
ぷくっと頬を膨らませてプリプリ怒っているカグヤに、「ボク、なんで怒られてるの……?」と疑問に思いつつも、殊勝に頷くことしか出来なかった。
☽
カグヤとの打ち合わせを終え、海図室から甲板へ出たボクは、蒼穹を仰ぐように「う~ん」と大きく伸びをする。
「さて、どうしようかな」
他のみんなは何をしているんだろう……と思い、船尾甲板を見遣ると、そこではツバキがアリシアに操舵の特訓を課していた。
「取舵!」
「はいはい」
「返事は『了解』じゃ!」
「了解!」
「……って、取舵と言っとるじゃろうが! そっちは面舵じゃ!」
「わかりにくいのよ! 普通に『右!』とか『左!』とかで指示してよ!」
「阿呆か! そういうモンなんじゃから仕方ないじゃろ!」
「こっちは舵を切るとき、腕力の底上げもしなきゃいけないから大変なのよ!」
「慣れろ! 練習あるのみじゃ! 今、お主の操舵に乗組員全員の生命がかかっていることを忘れるな! お主の操舵の失敗で帆船が座礁し、そのせいで誰かが命を落としたら、お主は『指示がわかりにくかったから』『腕力の底上げで大変だったから』と言い訳をするのか!?」
「うっ…………ごめんなさい」
アリシアは苦戦しているっぽいなぁ。ツバキにメチャクチャ注意されている。
まあ、仕方ないといえば仕方ないけれど。今のはアリシアが悪い。初心者である以上最初から完璧にこなせないのは仕方ないにしても、最低限、他のヒトの生命を預かっているという意識だけはしっかり持ってもらわないと。
アリシアには申し訳ないけれど、その意識をいつまでも持てないようなら、ボクは船長権限でアリシアを『操舵手』候補から外すつもりだ。
ま、そうは言っても、あんまり心配してないけどね。アリシアは根が真面目だから。今だって素直に反省できていたし。必ずや立派な『操舵手』になってくれることだろう。
「アリシアさん、ファイト!」
ツバキとアリシアの傍らにはルーナもいて、アリシアに声援を送っている。多少人見知り気味だった彼女も、ここ数日ですっかりみんなと打ち解け、昼間であればボクと別行動を取れるようになってきた。良い傾向だと思う。全く淋しくないと言ったら嘘になるけれど。
……え、夜? ……相変わらずボクの寝台に潜り込んでくるよ。毎晩、女性陣の部屋――副長室で就床しているはずなのに、気が付いたら一緒に寝てるんだよね、あのコ……。
あと、ツバキは『ビトルビウス』でルーナ用の衣類を何着か調達してくれたのだけれど、当人は相変わらず例の『セイラー服の襟がついたスクール水着モドキ』を好んで身に着けている。……いや、まあ、別にいいんだけど。物好きなコだ。
「何かボクに出来る仕事はないかな……」
手持ち無沙汰だったため、乗組員のオッサンたちに「操帆を手伝おうか?」と申し出るも、「手伝い? 不要っス」「いいから旦那は休んでてください」「若旦那を扱き使ったら俺らがお嬢に怒られちまいますよ」「つーか素人は邪魔です」と断られてしまった。ヒドイ……。
「仕方ない、『なんも船長』らしく今日もゴロゴロしてるかぁ……。身体を動かすと汗を掻いちゃうし」
アリシア救出作戦のときに湯沸かしの実――『竜宮の実』の大半を海に投下したため、風呂は二日に一回しか入れなくなってしまった。それでも、テンションが上がり過ぎて『ありったけを海にぶち込んでやれ!』と指示したツバキを見て『オイオイ』と思った主計長のオッサンが一定数をこっそり取っておいてくれたから、なんとか入浴できているワケで……。主計長のオッサンにはホント感謝しかない。自分たちは普段から風呂には入らず、海水で身体を洗っているのにね……。
まあ、そんなワケで、汗を掻くようなことは極力避けるべきなのだ。
ここは大人しく昼寝でもしていよう。
「ハンモックハンモック」
ボクは両の舷側に備えられている二艘の撓艇、その右舷側へ歩み寄り、撓艇の中に置いていたハンモック(とは言っても縄付きのただの布だけど)を雨除けのカバーの下から取り出す。そして滑車で懸架されている撓艇の下に設置。こうすると撓艇が日除けになってくれて助かるのだ。
「さて……寝るか」
普段より本船との距離を取っている白鯨に(アリシアの操舵を見てシロなりに「あれはヤバい」と感じたのかもしれない)、「おやすみ~」と声を掛けてハンモックに横になる。
シロはプシュウ……と潮を吹いて返事をしてくれた。愛い奴よ。
……と、そこに、
「せんちょ!」
舌足らずな呼びかけ。
ん? とハンモックの上で身を起こし振り向くと、そこには、三、四歳くらいの女の子がニコニコと笑顔でこちらへ駆け寄ってくる姿が……。
「走ると危ないよー、サシャちゃん。おっきい波が来ると、お船がグラッってしちゃうからね」
ハンモックから降りて、胸に飛び込んできた銀髪の幼女を抱き上げながら、やんわりと諫める。
「んっ!」
こちらの胸に頬を擦りつけて甘えてくる幼女から、元気な返事が返ってくる……けど、本当にわかってるのかなぁ?
……まあ、この年齢だし、仕方ないか。
ちなみにこの子は、ボクがあの『秩序管理教団』の横帆船から救い出した<魔女>の一人だ。アリシア同様、一時的にだが幼児とは思えないような腕力を発揮でき、けれどそれをちゃんとコントロール出来ないために、周りに<魔女>だとバレて、母親ともども故郷を追い出されてしまったらしい。
なお、この帆船の正式な乗組員というワケではないので、あの『セイラー服の襟がついたスクール水着モドキ』は着ていない。念のため。
……というか、四歳になったばかりだという女の子にまであんな破廉恥な格好をさせようとする奴がいたら、ボクはそいつに小一時間くらいマジ説教をしてしまうと思う。
「せんちょ! サシャもおひるね!」
「今日もボクと一緒にお昼寝したいの? んー……いいけれど、大丈夫? 夜、眠れなくなっちゃうよ?」
昨日、それでこの子のお母さんが結構な苦労をしたという話を聞いた気がする。
「じょぶ!」
じょぶ? ……ああ、「大丈夫」か。絶対根拠無く言ってるよね、それ……。
「ダメよ、サシャ。船長さんを困らせたら」
そう言ったのは、遅れてやってきたこの子の母親だ。銀髪をショートカットにした、二十代後半の美女。彼女はアデリーナさん。二十世紀末の北欧から流れ着いた地球人――<漂流者>である。ツバキやアリシアにはまだ無い年齢相応の落ち着きと色香を兼ね備えた、うら若くも大人な女性だ。
「申し訳ありません、船長さん。高波が来たら危ないから甲板に出ちゃダメと止めたんですが、この子ったら、どうしても船長さんに会いたいと言って聞かず……」
「ボクに?」
たったの数日で随分と懐かれちゃったなぁ、ボク。
ルーナといいカグヤといいサシャちゃんといい、ボク、最近年下の女の子にばかり懐かれている気がする。
案外ボクって、年下の女の子からしてみたら絡みやすいキャラだったりするのかな?(絡みやすい理由が『精神年齢が近いから』とかだったら悲しい……)
考えてみたら従妹の奴も、もう中二なのに(なんだかんだ言いながらも)未だにボクの周りをウロチョロしていたワケだし……。
ボク自身はどっちかと言うと年上のお姉さんのほうが好みなのに……ままならないものだ。
いやホント、なんでこんなに懐かれちゃったんだろ?
「船長さんが怖い怪物をやっつけてくれたところを、この子もその目で見ていますし……もしかしたら、船長さんに亡き夫……半年前に死んでしまった父親を重ね合わせているのかもしれません」
………………。
ボク、子供がいるような年齢じゃないんだけどな。
父親を重ね合わせるのなら、より相応しい、ダンディな親父どもが周りにいくらでもいると思うのだけれど。
まあ、いいけどね、別に。
「せんちょ!」
「なんだい?」
「えへへ~☆ よんだだけ~!」
……ああもう、可愛いなぁ。
「船長さん。改めてお礼を言わせてください。このたびはわたくしとこの子を救ってくださり、ありがとうございました。あなた様に救って頂かなかったら、今頃この子は餓死していたかもしれません」
そういえば『秩序管理教団』の帆船では、何日もの間ろくに食事を与えられなかったって話だったか……。
あのクソ司祭、もっとボコっておけばよかった。
「お礼はもう何度も――それこそ毎日のように言ってもらいましたから。充分ですよ。……ていうか、ボク言いましたよね? お礼はアリシアに言ってくださいって。ボクが元々救おうとしていたのはアリシアだけで、彼女がいなかったらアデリーナさんたちをついでに救うこともなかったワケですし」
「アリシアさんにもお礼を言いましたが、『私だってあなたたちと同じ救われた側の人間なんだから、お礼なんか言われても困る。どう考えたってあなたたちを救ったのは船長でしょ』と」
「……む」
「それと、」
アデリーナさんは口元に手を当ててクスリと笑い、
「――『あの島で出逢ったのが私じゃなく、あなたたち母子だったとしても、船長は同じように救おうしたはずよ。悔しいけど』とも仰ってましたよ。……わたくしもこの数日あなた様の人柄に触れて、そうに違いないと感じました」
「………………」
バツが悪いって、こういう状態のことを言うんだろうな……。
ていうか、アリシアもアデリーナさんもボクのことを過大評価しすぎじゃない?
ボクは別に聖人君子でもなんでもないんだから、そこまで妄信されても困る。
またあれと同じようなことがあったとき、赤の他人を救うために、もう一度あんな強敵に立ち向かえるかは正直疑問だよ? ボク。
「せんちょ!」
「んー? なあに?」
また呼んでみただけかな? と思いながらサシャちゃんの呼びかけに反応すると、
「シッコ!」
Oh……。
「あら大変」
アデリーナさんはボクからサシャちゃんを受け取り、抱え上げると、「それではこれで失礼しますね」と一礼し船内へ戻っていく。
「漏る!」
「もうちょっとだけ我慢して、サシャ」
そんなやりとりをしながら去ってゆく母子の後ろ姿を無言で見送りながら、ボクは、
――『ゴメンね……丈夫に産んであげられなくて。今日まで、ちゃんと向き合ってあげられなくて……』
今際の際の母さんの泣き顔……最後の言葉を、思い出していた。
「……もう憶えてないけれど、ボクがあんな言葉を吐いてしまうまでは、ボクと母さんにもあんな瞬間があったのかな……」
そのとき。
カーン、という甲高い鐘の音が蒼穹に響き渡った。
「っ!?」
弾かれたようにそちら――30m近い高さがある一番前の帆檣の真ん中よりもやや上のほう、半月状の『檣楼』と呼ばれる見張り台へ視線を送る。
直後、見張りのオッサンが声を張り上げた。
「報告! 右舷30度0.5海里、無人島の陰に船影有り! 船首旗を確認――『秩序管理教団』の横帆船です!」
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