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最後の地球人♂、仙女や魔女と月の海を航る ~ルナマリアノーツ~  作者: 和泉 健星
序章 仙女と姫と令嬢と ―ようこそ蒼き月の海へ―
3/135

♯0 月が綺麗ですね

本編開始。まずはプロローグになります。




 

 

         死して尚

       熱き想いの冷めぬ者は

    死の川トゥオネラの白鳥となりて

         ただ一羽

       凍てついた水に心を癒す



          ――ある白夜の国の詩




               ☽




 今、ボクの目の前に、『仙女』や『天女』といった存在を彷彿ほうふつとさせる巫女装束(しょうぞく)に身を包んだ女の子が、愛らしい微笑みを浮かべて立っている。


「――船長。あなたにはここの郷長さとおさになってもらいます」


 からすのような美しい黒髪を月下美人の付いたリボンでツーサイドアップにしているその女の子は、せいぜいまだ十二歳くらいにしか見えないものの、いずれ傾国けいこくの美女と呼ばれることになってもなんらおかしくない、そう思わせる美貌を早くも備えていた。


 もはや人間離れした美貌と言ってもいい。

 それもそのはずだ――彼女は事実、()()()()()()のだから。


「当初は『こちら』の常識をろくに知らず、トラブルにばかり巻き込まれ、自分で『なんも船長』を標榜ひょうぼうしていたあなたも、今や立派なリーダーに成長したと言えるでしょう」


 そうかな…………そうかも………………いや本当にそうか?

 ボクは今も変わらず、みんなにおんぶに抱っこの『なんも船長』だと思うのだけれど。

 操船だって、このさとの開拓だって、諸々(もろもろ)の管理だって、実務は全部他の誰かに任せっぱなしだし。


 ……トラブルに巻き込まれたときはちょっとだけ頑張ってるけどさ。でも、それだってちょっとだけだ。


「振り返れば、あなたは旅の途中で<魔女>と呼ばれ迫害されてきた娘たちとその身内を見つけては、邪悪な連中の手からこれを救い、この楽園へと導いてきましたね。それにより彼女たちはようやく安住の地を得ることが出来ました。あなたの優しさ、気高い行いを、わたしは誇りに思います」


 そう言って女の子は瑠璃玉ラピスラズリのような色合いの瞳をすがめ、ボクの背後に並んでいる二百人近い老若男女のうち三割ほどを占める『若い女性』のグループをチラリと見る。


 ……おかしいな。

 目の前の女の子は相変わらず微笑んだままだし、セリフだけ見ればべた褒めと言ってもいいくらいボクを讃えてくれているのに、その微笑みや視線に含むモノを感じるのは気のせいだろうか……。


「――また、あなたは世界各地の<神域>へ辿り着き、神の課した様々な試練を乗り越えてみせては、()()()()()()()()()()()()()()を少しずつ少しずつ解放、復活させることにも成功してきましたね」


 そう言った女の子の頭上、満天の星空の中心では、黄金にきらめく月に代わって純白に輝く月が浮かんでいた。


 ……いや、あの純白に輝く月は、正確には月ではない。


 雪球せっきゅうだ。


 地表と海面の大半を雪と氷で閉ざされてしまっている地球――『スノーボール・アース』。


『こちら』で言う月は、地球のことなのだ。


 では本来の月、地球の光を反射して黄金に煌めくあの衛星はどこに行ってしまったのかというと――無論、そちらはそちらでちゃんと存在する。


 形や大きさ、そして姿を変えて。頭上の星空に――ではなく、()()()()()()()()()()()


 そう……ここが月だ。


 ボクが今いる場所は、月の表面を満たす大量の水――蒼い月の海(ルナマリア)に浮かぶ、もうほとんど島と呼んで差し支えない大樹の上なのだ。


 大樹の『うろ』にボクたちが創った、<魔女>と呼ばれる乙女たちとその身内のための楽園……。

 彼女たちがずっと探していた逃げ場。安住の地。隠れ里。理想郷。


「見てのとおり、あなたの活躍によって地球は既に半分近く復活を果たしています。……あなたも『もうすぐ地球に帰れるかな?』と思い始めた頃合いではないでしょうか」


 ぎくっ。


「……許しませんよ、船長? ううん――だ・ん・な・さ・ま!」


 わざわざ言い直すその女の子――カグヤの笑顔がメッチャ怖い……。


「だいたい、無責任だとは思わないのかな? ここまでみんなの心をガッチリ掴んでおいて! いろいろなことが一段落しそうだからって、『もう自分がいなくても大丈夫だ』なんて決めつけて、途中で放り出そうなんて! ひどいと思う!」


 普段のどこか幼さが残る口調、雰囲気に戻ってプンプン怒るカグヤに、ボクの背後に並び立つ仲間たちがウンウン頷き同調する気配がする。


 ボクの仲間は年少したは一桁から年長うえは還暦近くまで、実に様々な世代の男女が揃っているのだけれど……。全員、カグヤの意見に異論は無いらしい。


 誰もボクを庇ってくれない。


 ……いや、みんな薄情すぎない?

 誰か一人くらいボクを庇ってくれてもいいと思うのだけれど。


 とか思ってたら、


「カグヤちゃん、イサリさまは悪くありません! イサリさまはわたくしのためにガムシャラに頑張ってきてくださっただけなんです。決して皆さんと作ってきたきずなないがしろにしようというワケではありません!」


 それまでずっと無言でボクのかたわらに寄り添っていた女の子が、見るに見かねたのか庇ってくれた。


 亜麻色に近い金髪(所謂いわゆるフラクスンブロンドというヤツだ)と薄い水色の瞳が愛らしい、まだ十歳の女の子だ。


 ボクと一緒にこの月の海へ流れ着いた地球人で、名をルーナという。


 何故か今はボクの弾劾裁判みたいな感じになっちゃってるけれど、元々は長期にわたる航海から帰ってきたボクたち『航海班』をねぎらうための宴会の最中だったこともあって、今日の彼女は珍しくドレス姿である。


 ……ルーナのドレス姿、久しぶりに見たなぁ。ボクと一緒に『こちら』に流れ着いたとき、彼女はこのフリルの付いた水色のドレスを着ていたんだよね。なんだか既に懐かしいや。

 最近はずっとセイラー服だったし……(ちなみにセイラ―服と言っても、学校の制服ではなくその元となったほうだ。船乗り(セイラ―)が着るほう。もっとも、一風変わったセイラー服なのだけれど……)。


「そんなことはわかってるんだよ、ルーナ。でも重要なのはそこじゃないんだ」


 現実逃避していたボクの思考を引き戻すように、カグヤがキッパリと言う。


「みんなはね、だんなさまがいなくなってしまうのがイヤなんだよ。船長として、郷長として、これからもずーっと自分たちのそばにいてほしいんだ」

「ず、ずーっと?」

「そう。<魔女>である娘たちは特にね。……だって彼女たちには、だんなさまがいない世界、人生なんて、もう想像すら出来ないんだから」


 やれやれ……といった感じのカグヤのそんな言葉に、


「そーだそーだカグヤの言うとおりだぞコンニャロー! ルーナのため頑張ってるのはわかるけどさ、アンタは地球へ帰る方法を見つける前にまずその朴念仁をなんとかしなさいよね! あんなふうに救われちゃったら、アンタ以外の隣なんて考えられるワケないじゃない!」

 腰に届く赤みがかった金髪(ストロベリーブロンド)ひもでまとめサイドテールにした十代後半の少女とか、


「ゴメンね、船長クン。お姉さんは船長クンの絶対の味方を自負しているつもりだから、今回も庇ってあげたいんだけど……。こればっかりは擁護できないかなぁ、って」

 ふわりとした亜麻色の髪を肩の上で切り揃えた二十代前半の女性とか、


「まったくですわ! そんなだから、わたくしたちに『釣った魚にはなんも船長』とか陰で呼ばれてしまうんですのよ!?」

「そーだそーだ姉様の言うとおりだぁ! ちなみに『遠回しにOKサインを出してるのになんも船長』とも呼ばれてるよー!」

「……『寝所に忍び込んでもなんも船長』とも呼ばれてる……」

 艶のある黒髪をお団子(シニョン)で飾っている十代半ばから後半の三姉妹とか、


「……みなの言うとおりじゃ。考えてもみよ。世界から爪弾つまはじかれ、中には肉親にさえ見捨てられた者もいるのが<魔女>なのだぞ? そんな者たちにとっておまえさまは恩人であり、唯一無二の男友達でもある。別れを受け容れろと言うほうが無理な話ではないか?」

 すみを流したような美しい黒髪を腰まで届くストレートにした、京美人といった雰囲気の二十歳はたち手前のお姉さんとか、


 他にも、


「そーだそーだ!」

「センチョーの鈍感!」

「朴念仁!」

「甲斐性なし!」

「女の敵!」

「ロリコン!」


 出自も年齢もバラバラな乙女たちが、一斉にボクを責め立ててくる。


「………………え。」


 ボクはそこでようやく気付いた。

 遅まきながらも――『その可能性』に。


「まさか……」


 恐る恐る振り返り、<魔女>と呼ばれる乙女たちを順繰りに見遣みやる。


 彼女たちの頬は例外なく朱に染まり、ボクへ向けられた瞳は熱を帯びて潤んでいて。


 それはまるで親に留守番を言いつけられて悲しむ幼子おなさごのような。


 あるいは――恋する乙女のような。


 そんな、ひどく切なげな表情で。


 ……いや待て。

 流石に『それ』はボクの勘違い、思い上がりに決まって……。


 だいたい、これまで何度「ひょっとしてキミたち、ボクのことが好きなの?」と彼女たちに訊いては否定されてきたと思って……。


()()()()()()()()()()()()()。男なら、ちゃんと果たさなきゃダメだよ?」


 ボクの心理を読んだカグヤがトドメを刺してきた。

 こちらの逃げ道を塞ぐように。

 ちょっとだけ複雑そうな表情で。


「はわわわわ……」


 ボクのかたわらでは、ルーナが青ざめ慌てふためいていて。


 背後では、


「「「「「地球へ帰るなんて絶対許さないからね、船長!」」」」」


 目を血走らせた<魔女>たちが、こちらを囲み、じりじりと距離を詰めてきていて……。


 それ以外の仲間たち――<魔女>たちのお父さんやお母さんなんかは、「じゃあ、あとは若い者たちに任せて」「私たちはあっちで宴会を続けましょうか」「こりゃ遠からず孫の顔を見られるかもしれませんなぁ」とかなんとか言いつつ、そそくさと逃げてしまって……。


 この状況からのがれるすべは、もはや何も思いつかなくて。



「…………どうしてこーなった…………」



 ボクは凍り付いた地球ふるさとを見上げ、この月の海に流れ着いてから今日こんにちまでのこと……獲物を狙う肉食獣みたいな目でにじり寄ってくる乙女たちとの出逢いを、ひとつひとつ順番に思い出していた――



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