♯15 ツンツンしたお姫様と、デート(?)をした
第15話です。
初めて訪れた月の住人たちの街――『ビトルビウス』。その景観には、映画のロケ地でも見学しているかのような気分にさせられた。
波止場には漁船と思しき小さな木造帆船がひしめき合っていて、漁から帰ってきた者たちが網に満杯になった魚や『驚嘆すべき生物』なんかの荷揚げを行っている。
港には数件だが屋台もあって、主に食べ物を売っているようだ。近くの屋台を覗いてみると、頭にバンダナを巻いた店主さんがアンモナイトのゲソを焼いていた。うーん、香ばしい匂いが食欲をそそりますなぁ。あ、そういえばツバキから貰ったお小遣いがあったっけ。すみません店主さん、そっちのつぶ貝の塩茹でを下さい。いえ、アンモナイトは結構です。……だから要らないって言ってんじゃんこっそり袋に入れようとすな! ここの名物? 知らんがな。ボクにとってはゲテモノ料理だ。『驚嘆すべき生物』を食べるのはまだ抵抗があるんだってば! ――店主とそんなやりとりをした。
アンモナイトのゲソ焼きを頬張りながら(結局買う羽目になった)、住居区のほうへ目を向けると、四角い外観をした石造りの民家が多く見受けられた。ほとんどが平屋だ。この島は漁港の周辺くらいしか平地が無く、住居区は傾斜になっていることから、平屋のほうが建てやすいというのが理由だろう。
なお、透明な窓を持つ建物はほとんど見当たらず、大抵は硝子の代わりに開閉可能な木の板が填まっていた。ボクたちの帆船――『トゥオネラ・ヨーツェン』の丸窓にはちゃんと硝子が填めこまれてあったけれど、どうも硝子は高級品っぽい。
ただ、あちこちに点在している二階建ての建物の窓には硝子が填まっていることが多い。それらはすべて天井が丸く、ツバキの説明によるとやはりお金持ちのお屋敷らしい。
ちなみにすべての建物が軒並み白い外観をしていた。おそらくは日差しによって建物の中が高温になってしまうことを防ぐために石灰が塗られてあるのだろう。あと石灰には除菌作用もあるから、雨水を除菌する目的もあるのかもしれない。
『エーゲ海辺りの街並みを彷彿とさせる港町』。それがここに対してボクが抱いた印象だった。
「正直侮ってたなー」
ここの文明レベルは相当低いようだったから、街並みももう少しみすぼらしいモノを想像していたのだけれど。
異国情緒溢れる素晴らしい景観と言ってしまっていいんじゃないかな、これは。
夕焼けの中、恋人と一緒に歩いたら良いムードになれそう。
「ルーナも一緒に来られればよかったのになぁ」
……いや待て。紛らわしい言いかたをするなボク。なんか今の流れだと小学生と良いムードになりたいみたいじゃん。
単純にあのコにもこの綺麗な景色を近くで見せてあげたいだけだよ?
本当だよ?
…………誰に対するなんの言い訳なんだろうこれ。
「旦那様は二言目にはすーぐルーナじゃな」
坂道で転ばないように(逆効果じゃないかとボクは思うのだけれど)ボクの左腕に両腕を絡め、身を寄せるようにして隣を歩いていたツバキが、ジトッ……とした眼差しを向けてくる。どうせまた「この変態め」とでも思っているのだろう。
「あのコが家族と再会できるその日まで、ボクがお兄ちゃん代わりになってあげられればいいなと思ってるからね。いろいろ気遣ってあげるのは当然でしょ?」
良い想い出をいっぱい作ることが出来れば、家族と離れ離れになってしまった淋しさも少しは紛れるんじゃないかと思うんだよね。たとえ気休めにしかならないにしてもさ。
「……旦那様はあれじゃな。下心が全く無いのが余計に質悪いの。ある意味、女の敵じゃ」
なんで!?
下心が無いのに質悪いって、そんなことある!?
あとなんで女の敵!?
「ボク、何か間違ってる……?」
「貴様ごときがお兄ちゃん代わりだと? 驕るでないわ下郎め」ということだろうか。そりゃあボクに弟妹はいないから(生意気な従妹はいたけれど)、お兄ちゃん代わりと言っても具体的に何をすればいいのかはわからないけれど……あのコを護ろうという意気込みだけはあるんだよ? 一応。
「……教えてやらん。なんでわざわざ『恋敵』に塩を送らねばならんのじゃ」
それって『女の敵』のボクには助言する気にもならないってこと? 酷い……。
「それにしても、こうして見ると、漁港だけじゃなく住居区も意外と活気があるね。露店もチラホラあるし。どこの街もこんな感じなの? それともここが観光地だから特別?」
「察するに、その『観光地』というのは景観や料理なんかを楽しむために訪れる場所のことじゃよな?」
「当たり前……って、もしかしてこっちでは『観光』や『旅行』という概念が無いの?」
「基本、生まれ育った場所から離れることはほとんど無いからのう……。もちろん、妾たちのように帆船による貿易で稼いでいる者や旅芸人なんかの例外も居るには居るが」
「まあ、考えてみれば移動が大変そうだしね……」
飛行機や気球が存在しない以上、外洋を航るとなると帆船くらいしか手段が無いワケだし。内地の長距離移動だって汽車や自動車なんかが存在しない以上、徒歩か、せいぜい馬を使うくらいしか手段が無いだろうし。
じゃあ、ここが賑わっているのは……。
「ここ『ビトルビウス』は有人島の中ではそこそこ大きいほうでな、茶葉の産地なんじゃよ。ここで仕入れた茶葉は西方では十倍近い値で売れる。じゃから貿易のための帆船が頻繁に訪れるんじゃ。この時期は特にの」
「……あの『深きものども』とやらに襲われるリスクを冒してでも貿易しに来るだけの価値はあるってことかぁ」
「うむ。ここが賑わっているのは、そういう命知らずの帆船が金を落としていくからというワケじゃな」
「茶葉の買い付けで?」
「あとは乗組員が食事したり、酒場で呑んだり、道端で行きずりの女を買ったりもするしの」
「道端で……行きずりの女を……」
ま、まあ、そういうこともあるか……。
「……旦那様は買うでないぞ」
買わないよ!?
ボク初めての相手はちゃんとお互い好きになった、優しくて包容力があって甘えさせてくれる年上のお姉さんって決めてるんだから!
ついでに巫女さんだったら言うこと無し!
………………。普通にキモいな、今のボク。
「そういえばツバキも『物資の補給が終わったら交代で上陸して羽を伸ばしてきていいぞ』って乗組員に言ってあげてたね。『出発は明日にするから』って」
「息抜きも大切じゃからな。――ほれ、今も妾たちの帆船の他にもう一隻、沖合に大きな船が停泊しているじゃろ? あれもおそらくは貿易目的じゃろうな」
長い長い坂道の途中で立ち止まり、ツバキが指さしたほうへ振り返る。
気付けば結構な高所まで来ていたようで、漁港全体を俯瞰し、沖合に停泊している『トゥオネラ・ヨーツェン』の威容を確認することが出来た。
流石に白鯨の姿までは確認できない。……まあ、仕方ないか。
……それにしても、こうして見ると本当に美しいなぁボクたちの帆船は。実に絵になる。てか、目立つ。陽光を反射して輝く湖面に浮かぶ一羽の白鳥みたいだ。
そしてそんな『トゥオネラ・ヨーツェン』と少し離れた場所に、もう一隻、一回り大きな帆船が停泊していた。
『トゥオネラ・ヨーツェン』同様、三本の帆檣を持つ木造帆船だ。
ただし、ボクたちの帆船がすべての帆檣に縦帆を取り付けた(一番前の帆檣には横帆も二枚あるけれど)『トップスル・スクーナー』と呼ばれるタイプの帆船であるのに対して、件の帆船は一番後ろの帆檣にだけ縦帆を取り付け、残りには横帆を取り付けた『バーク』と呼ばれるタイプの帆船だった。
簡単に言うと、ボクたちの帆船は縦帆船というカテゴリに含まれ、あの帆船は横帆船というカテゴリに含まれるのだ。
ボクたちの帆船に比べると、あの帆船は逆風に弱く小回りがきかないけれど、そのぶん大型化しやすく順風時には効率よく風を受けて船足を上げることが出来る。要は長距離航海や荷物の大量輸送に適しているワケだ。
……ただ、
「あれ、本当に貿易船かな……? なんか、艤装のあちこちに華美な装飾が施されているのがここからでもわかるけれど」
「む? ……言われてみればそうじゃな。随分と派手な帆船じゃの」
いや、派手という点では、すべての艤装が真っ白なボクたちの帆船も負けてないけどね。
内燃機関を持たない、純粋に風の力だけで動く古式ゆかしい木造帆船であんな帆船は中々無いよ?
でも件の帆船もかなりのモノだ。船首斜檣に取り付けられた黄金色に塗られた船首像――女神像っぽい――はまあいいとしても、やはり黄金色に塗り上げられた船尾楼にまでデカい女神様の彫像が建ってるし。何あれ。すっげー派手。ぶっちゃけ悪趣味というか……いかにも『成金です』って装いで、センスというモノが感じられない。
ホント、それに比べてボクたちの帆船の上品な佇まいよ……。
帆船って女性扱いされることが多くて、英語の場合代名詞は『she』になるのだけれど、そう考えるとボクたちの帆船は間違いなく美人さんだ。
……なんだかちょっと親馬鹿みたいになってるなボク。
「そう言えばツバキ、今、『妾たちのように帆船による貿易で稼いでいる者や~』って言ったけれど」
「ん?」
「やっぱ、してるの? ボクたちの帆船も。貿易」
「そこまで力を入れているワケではないがの。まあ、小遣い稼ぎのようなモノじゃな。どうせ世界中の海を回るんじゃ。稼げる機会があるのなら稼いでおくべきじゃろ? 今頃はウチの連中がここの茶葉を大量に買い付けている最中じゃろうな」
「でもさ、元手となるお金はどこから捻出したの? 茶葉を大量に買い付けるのにも相応のお金が必要じゃん?」
「出発の際、ヤポネシアから結構な数の美術品を積んできたからの。それをあちこちで売り払って得た収益があるんじゃよ。ヤポネシアの掛け軸や浮世絵、皿、壺、刀などは世界中の好事家の間で人気があるのでな。いい値がついたぞ」
ヤポネシアかー。ツバキの故郷なんだよね? どんなトコなんだろうなぁ。
……ここまでの話を聞く感じ、たぶん日本っぽいトコだよね……。
ていうか、ツバキの今の口ぶりだと、貿易自体はツバキが以前言っていた『もうひとつの航海の目的』じゃないっぽいな……。
なんなんだろ、『もうひとつの航海の目的』って。
ボクとルーナが地球に帰還するための方法もそうだけれど、訊いても教えてくれないことが多いんだよね……ツバキもカグヤもさ。
「時期が来たらちゃんと話す」とは言ってくれたけれど……。
「ホント、いつになったら帰れるんだろ……」
嘆息混じりに独り言ちて、鯨雲が浮かぶ蒼穹を見上げる。
そこでは昼の月がぼんやりと白く浮かび上がっていた――というか、
「あれが地球なんだよね……」
地表と海面の大半を雪と氷で閉ざされ、巨大な雪球と化した地球――『スノーボール・アース』。
とうの昔に生命が滅び去ってしまったあの地球こそが、ここで言う月なのだ。
……ボクとルーナが白鯨に呑み込まれたあと、地球はどうなってしまったんだろう?
家族は――それに叔父さんや叔母さん、従妹は無事なんだろうか……。
ボクとルーナが地球へ――元いた時代の元いた場所へ帰還する方法が本当にあったとして、『帰還する意味』はちゃんとあるんだろうか?
ボクたちは時空を……時間と空間を超えてここに流れ着いたワケだけれど、今あの蒼穹に浮かんでいる地球とボクたちが住んでいた地球は、果たして同一のモノなのかな?
「ダメだ……あの地球を見ているとホームシックになりそう……」
「ほ、ほれ旦那様! あそこの露店でパナプルの実が売っておるぞ! 歩いて喉が渇いたじゃろ! ちょうどいい、食べようか!」
ついホロリとしてしまったボクを見て、ツバキが気を遣ってくれた。彼女は両腕を絡めたボクの左腕をグイグイ引っ張って近くの露店までボクを引き摺っていくと、店主のオッサンに金を渡して果実の切れ端をふたつ受け取る。そして驚いたことに、
「旦那様。あーん☆ なのじゃ」
と言って、片方をボクの唇に押し当ててきた。
マジか……。
ツバキみたいに三歳か四歳は年上だろう女性、しかも京美人といった感じの美しいお姉さんにこんなことをされるのは流石にちょっと気恥ずかしいものがあるのだけれども……。
でもまあ、確かに喉は乾いてるし、遠慮するのもなんだしね。ここは有り難く頂戴することにしよう。
あーん。パクッ。モグモグモグ……。
「! こ……これはっ!」
美味いっ! パイナップルに似た黄色い果実の輪切りを噛んだ瞬間、口の中に広がるこの瑞々しさと甘酸っぱさは、なるほど、喉を潤すのにちょうど良い!
……ていうか、名前こそ違うけれど、この味はパイナップル以外の何物でもないわ。これ、普通にパイナップルだわ。
こっちにもあるんだ、パイナップル……。まあ、トビウオやサバもいたしね。そこまで不自然でもないか。共時性というヤツだろう。ひょっとしたらカグヤが言うところの『神様たち』の仕業かもしれないし(というか、そっちの可能性のほうが高そうだ)。
「旦那様、なんならこっちも食べるかの? ほれ、あーん☆ なのじゃ」
いや、そっちはツバキのぶんなんだからツバキが食べなよ。気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、なんだか申し訳なくなってきたよ。
ツバキにとってボクは『下郎』、『厄介な秘密を知られてしまった警戒対象』でしかないものとばかり思っていたけれど、月の住人の街の案内やこういった気遣いまでしてくれるということは、思っていたほど嫌われているワケでもないのかもしれない。
普通、嫌いな相手に、坂道で転ばないためとはいえ密着なんかしないだろうし、気を遣ってとはいえ『あーん』なんてしないよね。
ボクだってラブコメ漫画やライトノベルの鈍感主人公じゃないんだから、それくらいはわかるよ。
…………ていうか、
「……ねえ、ツバキ。ひとつ訊いてもいい?」
「ん? なんじゃ?」
「勘違いだったら申し訳ないんだけどさ――ツバキって、ひょっとしてボクのことが好きだったりする?」
「なっ……!」
ボクの質問にツバキは目を丸くし、口をパクパクさせると、
「そ……そんなワケないじゃろ! 自惚れるでないわ!」
すぐに怒りで顔を真っ赤にして怒鳴り、プイッとそっぽを向いてしまった。
しまった。「なんかこれ、デートっぽいな?」ってふと思ったから、「あれ? ひょっとして……」と疑っちゃったのだけれど。やっぱ違ったか。
まあ、でも、そりゃあそうだよね。ツバキがボクを好きになる理由が無いし。
マズい。ここでツバキの不興を買ってあの帆船から追い出されるのは困る。
そんなことになったら地球へ帰還するための方法がわからなくなってしまう――ルーナを家族のもとへ送り届けるのが難しくなる。
ああっもう、訊くんじゃなかった!
「そ、そうだよね。ごめんねツバキ、不愉快な思いをさせちゃって。こんなに親切にしてもらってるのに恩を仇で返すような真似しちゃダメだよね。謝るよ」
「う……うむ。わかればいいのじゃ」
ボクに対する呆れからその場にしゃがみ込み、頭を抱えて「……らの馬鹿……意地っ張……っくの好機をっ……」と何やらブツブツ呟いていたツバキは、ボクが誠心誠意謝るとヨロヨロと立ち上がり、怒りで口の端を引き攣らせつつも赦してくれた。
「ホントごめん。もう二度と言わないよ。ツバキがボクのことを好きかもなんて、そんな思い上がったことを今後は絶対考えないようにする! だから安心して!」
「(ノД`)・゜・。」
何故泣く!?
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