♯14 ツンツンしたお姫様たちと、港町に寄港した
第14話です。
気分が悪かった。とても。
少し船酔いしたせいというのもあるけれど、それ以上にツバキから聞いたあの話のせいだ。
あの――<魔女>の話。
「絞帆、前方帆檣の横帆二枚! 信号旗、揚げ! 入港準備始め!」
「「「「「了解!」」」」」
気分が優れない船長の代わりに船首楼甲板に仁王立ちして号令を発するツバキと、一番前の帆檣の天辺のほうに張られている二枚の横帆をテキパキと畳む乗組員の一糸乱れぬ連携を眺めながら、ボクは先程ツバキから聞いた話を思い出す。
――『ああ、そうじゃ。<漂流者>と呼ばれる地球人の女性とここの男性の間に生まれた女児は、世界中で<魔女>と呼ばれて迫害されておるのじゃ』
――『ふむ……「どちらかと言えば余所者である<漂流者>のほうが迫害の対象になりやすそうなものなのに。なんで?」という顔じゃな』
――『それはな、女児が例外なく持って生まれてくる人間離れした不思議なチカラのせい――そして世界中で活動しているある教団のせいじゃ』
――『つまりじゃな、その教団の頭――<秩序の母>と呼ばれている女が、世界中にこういう教義を広めてくれたワケよ』
――『「神話の時代、この世界には、神々に逆らい、生きとし生きるモノすべてを滅ぼそうとした<魔女>たちがいた。<魔女>たちは神々との戦いに敗れて死に絶えたものの、転生による復活を目論んだ。そこで神々は<魔女>たちの魂魄に二度と転生できなくなる魔法を掛けた」……』
――『……「だが、魔女たちは神々の魔法に穴があることに気付いた。神々の魔法はこの月で生まれた男女の間に出来た子供として転生することは阻めても、この月で生まれた者と月以外の場所で生まれた者の間に出来た子供として転生することまでは阻めないモノだったのだ」』
――『つまり、じゃ。<漂流者>とここの男性の間に出来た女児の正体は、神々の魔法の穴をついて転生を果たした<魔女>であり、女児が持って生まれてくる不思議なチカラこそがその証拠だ、という理屈じゃな』
――『「ゆえに、転生を果たした<魔女>たちが徒党を組み、生きとし生きるモノすべてをまた滅ぼそうとする前に、彼女たちを断罪しなければならない」……。それこそが件の教団の教義であり、信者の務めというワケじゃ』
――『気が付けば世界中の人々の間にこの教義が浸透しておった。不自然なほどあっという間にの。そして<漂流者>とこっちの男性の間に生まれた女児は今や完全に迫害の対象となっており、酷い場合は生まれた瞬間親に殺されたり途中で遺棄されたりすることもある始末じゃ』
――『ん? 教団の名称と、<秩序の母>と呼ばれている女の名前か? ええと、なんじゃったかの……確か……そう、<秩序管理教団>とか言ったか。で、女の名前は「ナイア」じゃったかな』
「……フザけやがって……」
イライラする。何が神々の魔法だ。何が<魔女>の生まれ変わりだ。好き放題言いやがって。何か証拠でもあって言ってんのか? その<秩序管理教団>とかいう奴ら、会ったら一人残らずぶっ飛ばしてやる。『ナイア』とかいう女もだ。
「さらに腹立たしいのは、そんなフザけた話を真に受けて、自分の子供を殺したり遺棄したりする連中がいるってことだよ」
親のくせに。
親ってのは本来、子供の最後の砦――絶対の味方であるべきだろうに。
たとえ世界中が敵に回ったって、親だけは子供の味方であるべきだろうが……。
「子供が要らないのなら……最初から作らなきゃいいんだよ……」
お陰で思い出しくないことを思い出してしまったじゃないか。
せっかく忘れかけていたのに――あの言葉がまた脳裏に甦ってしまったじゃないか。
――『アンタなんか産むんじゃなかった』
「………………っ」
本当に――イライラする。
イヤなことを思い出させてくれたこともそうだし――それ以上に、
「――不機嫌だね、だんなさま」
と。
そこでカグヤがボクの意識を現実へと引き戻した。
それまでずっと無言で傍にいた自称・仙女の女の子は、潮風で揺れる美しい黒髪を押さえながらこちらの顔を覗き込み、
「あの話がそんなに気に食わなかった?」
「……当たり前だろ」
……ダメだ。
カグヤにこのイライラをぶつけるのは間違ってる。彼女は何も悪くないんだ。
「ボクはルーナに約束したんだ……『必ずキミを家族のもとへ送り届けてみせる』って」
ひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、再び口を開く。
やはり無言で傍にいたルーナの頭をそっと撫でながら。
「――でも、その約束を果たせる日がいつになるかはわからない。五年後、十年後になるかもしれないんだ。ルーナが大きくなる前に約束を果たせる保証なんてどこにも無いんだよ。悔しいけれど」
「?」
「だから?」
ルーナとカグヤに、揃ってきょとんとされてしまった。
……わかんないかなぁ。
「もしかしたら約束を果たす前に、ルーナが大人になってしまうかもしれないだろ?」
「はあ……それが何か?」
「それで?」
まだピンと来ないようだ。
「今はまだ子供のルーナも、大人になればここの男性と恋に落ちて、子供が欲しいと思う日が来るかもしれない」
「「えっ!?」」
「あ、いや、好きなヒト自体は大人になるよりも前に出来るかもしれないけどさ。いずれにしても、その場合、<漂流者>であるルーナとルーナが好きになったここの男性の間に出来るのは女児――世間が言うところの<魔女>ということになる。そうしたら、ルーナも、ルーナの旦那さんも、生まれてきた子供も、みんな苦労することになるんだ。例の教団のせいでね。――こんな馬鹿げた話があるか」
「「………………!」」
ボクが言い終わるか言い終わらないかのうちに、ルーナが青ざめズシャアとその場に両膝をつくように派手に崩れ落ち、カグヤもまた珍しく絶句して立ち尽くす。
ふむ。どうもボクに言われるまで、二人ともそのことに全く思い至らなかったようだ。
そういう可能性、未来も想定されることに、全然気付いていなかったらしい。
まあ、年齢が年齢だしね……。そこまで考えが及ばないのも仕方ないと言えば仕方ないか。
「嘘……、嘘です……こんなの」
「ルーナ……、同情するよ。気を落とさないで」
しまった! 馬鹿かボクは! なんでわざわざルーナを不安にさせるようなことを言うんだ!
カグヤにまでフォローさせて……最低だ!
「ごめんルーナ、不安にさせてしまったね。でも大丈夫だよ、何があってもボクが護るから。キミはもちろんキミの旦那さんや娘さんも――」
「イサリさま……もしかしてわたくし……全く脈ナシですか……? これでも結構頑張ってアピールしているつもりなのですけれど……」
「訊くだけ無駄だよ、ルーナ。だんなさまのこの様子を見る限り、脈アリ・ナシ以前にそもそも気付いてすらいないもの。愛するだんなさまに対してこんなことを言うのもなんだけれど、今回ばかりは言わせてもらうよ――どんだけだ、おまえ」
……あ、あれ?
この二人、何を言ってるんだ??
ボクと会話が噛み合ってないぞ???
「二人とも、なんの話をしているの????」
「……カグヤちゃん……わたくし……泣きそうです……」
「おーよしよし。可哀相なルーナ。わたしの胸を貸してあげるよ。たんとお泣き」
…………?????
「よし、左舷の撓艇を下ろせ! 主計長、補給は任せたぞ! 他の者は積み込みの準備じゃ! それと見張り! シロのほうに何か変わった様子は無いか、定期的に確認しておけ! ――旦那様、おまえさまは上陸の準備を!」
ツバキの呼び掛けにハッと我に返る。
見れば両の舷側に一艘ずつ備えられている撓艇の片方、波止場に近い左舷のそれがちょうど海面に降ろされたところだった。撓艇上では縄梯子を使って一足先に降りた艇長のオッサンが「いつでもいいぜ」というふうに親指を立てている。
ちなみにこの艇長のオッサン、カグヤやツバキよりも先にボクたちに話し掛けてきたあの三十代くらいの厳ついオッサンで、あのときは「おまえたち、<漂流者>か?」と問い掛けていたらしい。言葉が通じるようになってからちゃんと話をしてみたら、意外と気さくで面倒見のいいオッサンだった。昨日ボクにトイレや食堂の場所を教えてくれたのもこのオッサンだし。
「では参ろうか、旦那様」
『セイラー服の襟が付いたスクール水着モドキ』から男衆と同じ作務衣風の格好に着替えを済ませたツバキが駆け寄ってくる。
この帆船は今回、この『ビトルビウス』という大きな有人島に立ち寄って物資の補給をすることになったのだけれど、オッサンたちが物資を仕入れて帆船へ積み込んでる間、ボクはツバキに港町を案内してもらう手筈になっていた。
ボクもこっちの街、人々の暮らしを早めに見ておいたほうがいいだろうというツバキの計らいだ。
……昔地球で見た月面図を細部まで憶えているワケじゃないから確かめようがないのだけれど、ひょっとしてこの『ビトルビウス』という島の名前も月面図に載っているモノだったりするんだろうか……。
ちなみにこの帆船は今、港の波止場ではなく、そこからちょっと離れた沖合に錨を下ろしている。接岸しない理由はいろいろあるみたいだが、ここの住人たちの漁船――ほとんどは小さなヨットのような帆船だ――で波止場は既にいっぱいというのが最大の理由だ。
それはつまり、物資の補給の際はこの帆船と港の間を撓艇が何度も往復する必要が有り、相応の時間が掛かるということを意味するワケだが……まあ、それはさておき。
「良かった……いつもの格好じゃないんだね、ツバキ」
正直あの格好のツバキを侍らせて街中を練り歩く勇気は無かったからホッとしたよ……。
「当たり前じゃろ。あれは高波なんかで濡れてしまっても大丈夫なように着とるんじゃ。街中であんな格好をするか。痴女じゃあるまいし」
あれが恥ずかしい格好だという自覚はあったんだ……。
「わたくしもご一緒したかったです……」
そう言って上目遣いでボクを見るルーナ。残念ながら彼女は恥ずかしい格好……もとい『セイラー服の襟が付いたスクール水着モドキ』しかこっちの服を持っていないため、今回は帆船でお留守番することになっている(あの水色のドレスで出歩くのも悪目立ちしそうだし)。
「ごめんね、連れていってあげられなくて」
カグヤが一緒に残ってくれるらしいから、良い子でお留守番しててね。お土産を買ってくるからさ。
「ルーナはシロのことを見守っててあげて」
ルーナの亜麻色に近い金髪をもう一度撫でて、ここよりもっと沖合のほうへ視線を向ける。
そこでは例の白鯨が波間を揺蕩っていて、まるでこちらへ『いってらっしゃい』と言ってくれてるかのように、ぶしゅうぅぅぅぅ……と潮を吹いていた。
『シロ』というのはあの白鯨の名前だ。昨夜ルーナが付けた。シロナガスクジラだから『シロ』。……うん……まあ……うん……小学生だしね……十歳くらいの女の子が考えた名前だと思えばこれはこれでアリと言えないこともないんじゃないかな……これがツバキ辺りの提案だったら「ネーミングセンスをお母さんの胎の中に置いてきたんか」ってツッコんでたトコだけど。
「……てゆーか『シロ』の奴、なんでずっとこの帆船に付いてくるんだろ」
「イサリさまのことが好きで、追いかけてきてるのでは?」
「ンな阿呆な」
ルーナが述べた推測にボクは苦笑する。
「確かに鯨はそれなりに頭が良い生き物だけれど、流石にそれは無いよ」
……あ、でも、アイツは普通の鯨じゃない可能性が高いんだよな……。
こっちに流れ着いてからはずっとダンマリだけれど、テレパシー(?)で喋れる疑いがあるし……。
今も沖合で待機し、人里に近付きすぎないよう配慮する賢さを見せてるし。
………………。アイツってやっぱ雌なのかなぁ? 声や喋りかたは明らかに女の子のそれだったけれど。
いや、雌だったらなんなの? って話だけれど。ちょっと気になる。
……あれ? 下手したらアイツ、ボクのストーカー?
そんな阿呆なことを考えつつ、ツバキのあとに続くように縄梯子を使って撓艇へ降りる。そして隅っこに腰を下ろし、艇長のオッサンがデカい櫂で漕ぎ始めるのを眺めていると、すぐ隣にピッタリ身を寄せるように腰を下ろしたツバキからこんなことを言われた。
「旦那様。港に着いても勝手にウロチョロするでないぞ? 絶対に妾から離れるなよ? 万が一旦那様がはぐれてしまっても、そのまま置いてくからの」
ボクはスーパーに連れてきてもらえてはしゃいでるガキンチョか。
☽
…………ガキンチョだったよ…………。
「「「オラァァァァァァ! 待てやこのクソガキどもぉぉぉぉぉぉ!」」」
「待てと言われて待つワケないじゃん!」
四角い石造りの家と家の間の隘路を全力で駆けながら、ボクは愚痴る。
「ああっもうっ! 最悪! ツバキとははぐれるし! ガラの悪いオッサンたちには追い立てられるし!」
走りながら背後へ振り返ると、顔や腕に傷が沢山あるゴロツキが三人、「止まれや!」だの「許さねえぞコラァ!」だの「ぶっ殺す!」だのと喚きながら追いかけてきていた。
かれこれもう五分くらいこうして追いかけられている。しつこい。いい加減諦めればいいのに。
「なんでこんなことになっちゃったんだろ……」
いや、まあ、理由はハッキリしているのだけれど。
ボクがあのオッサンたちの『断罪』の邪魔をした――それだけだ。
「――ねえ、離して! 離してよ!」
外套を羽織り、フードで顔を隠している女の子が、ボクに手を引かれて走りながら訴えてくる。
「うっさいなぁ! いいから黙って走りなよ! キミ、アイツらに掴まったら殺されちゃうぞ!?」
女の子に怒鳴り返して、ボクはもう一度自問自答した。
本当――なんでこんなことになっちゃったんだろ?
なんでボクは上陸して早々、<魔女>の女の子と一緒に逃げ回る羽目になってるんだ?
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