少年オンルの苦悩 1
現在より十数年ほど前、オンルが少年だった頃の竜族の里での話――――――
石の壁に囲まれた広場の真ん中。
そこで私は刃を潰した剣を持ったバークと模擬戦をしていた。
背中まで伸びた白銀の髪を一つにまとめて平然と立っている私に対して、荒くなった呼吸を整えながら剣をかまえるバーク。
そこに低い怒鳴り声が響いた。
「バーク、力だけで押すな! 頭を使え!」
白髪交じりの赤茶色の髪を揺らしながら、茶色の瞳が鋭い光を放つ五十歳前後の男。
頬にある傷が特徴だが、その体は衰えを知らず服の上からでも筋肉が分かる。
私たちの剣の師匠でもあり、竜族の歴戦の戦士であるクロッブ師。若い頃の武勇伝は数知れず、竜族の里でも英雄として名が知られている。
今は前線を引退して後任の育成をしており、私たちのような竜族の里の若者に剣の稽古をつけていた。
クロッブ師の声にバークが紫黒の髪を振って汗を飛ばしながら呟く。
「頭を使え、か……」
私たちは訓練の一つとして、胸につけている飾りを飛ばした方が勝ちという単純な勝負をしていた。
ただ、バークは剣のみ、私は魔法のみ、という条件付きで。
強大な魔力を持つ竜族は細かい魔法操作が苦手なため、胸にある飾りだけを飛ばすということは難しく、一見すると剣を持つバークの方が有利な勝負……なはずなのだが。
実際はバークの方が圧倒的に押されていた。
私は竜族の中でも魔力の扱いに長けており、強い魔力を持ちながらも繊細な魔法操作もできる。
バークが私と距離を詰めれば風魔法で即座に弾き、少しでも隙があれば魔法を使って胸飾りを狙う。
結果、バークは防戦一方になっていた。
「もう終わりですか?」
余裕を含んだ私の声に、黄金の瞳が光る。
「まだまだ!」
勢いをつけた声とともにバークが足をさげてバッと地面を蹴った。胸の飾りを守るように姿勢を低くしたまま突進してくるのは、一応頭を使って考えた結果らしい。
そこにクロッブ師のため息が落ちた。
「だから、バカ正直に突進するんじゃなくてなぁ……まぁ、いい。オンル、やれ」
「はい」
クロッブ師の意思を察した私は淡々と土魔法を詠唱した。
すると、その声に応えるように地面が波打ちバークの行く手を塞ぎ、土が槍のように飛び出す。
「しまった!?」
紫黒の髪が素早く反応して胸を反らして攻撃を避ける……が。
円錐形に尖った土の先端がバークの胸飾りを貫いた。
~
勝負がついたところでバークが剣を鞘に収めながら私に足を向けた。
「やっぱりオンルは強いな」
バークの感心混じりの言葉。訓練とはいえ負けたのに、まったく悔しさは感じられない。
そのことに私の中で小さな不満が渦巻き、つい視線が鋭くなる。
「ちゃんと本気を出してください」
「本気だったぞ?」
不思議そうに首を傾げるバーク。
そこにクロッブ師が肩をすくめながらやってきた。
「おまえは悔しくないのか?」
その問いにバークがますます首を傾げる。
「負けたら悔しいのは当然だろ?」
「だが、悔しがっているように見えないぞ」
「それだけオンルが強いからな」
バークは負けて当然のように言ったが、クロッブ師は額に手を当てて困ったように頭を横に振った。
「おまえはもっと貪欲にもなれ」
「貪欲?」
「執着もないからなぁ、おまえは。図体ばっかりデカくなって、肝心なところが育ってないとは」
グロッブ師がはぁ、と肩を落とす。
その様子を見ながらバークが頭の上に手を当てて、クロッブ師と背丈を比べるような仕草をした。
「そういえば、師匠は背が縮んだか?」
「俺が縮んだんじゃなくて、おまえがでかくなったんだ! どんどん背が伸びているだろ!」
怒鳴られているような大声での説明だが、バークは怯むことなく平然と頷いた。
「あ、そうか」
昔は見上げなければ視界に入らなかった赤茶色の髪が今はかなり近い。もう少ししたら正面から向かい合うようになり、もしかしたら超えるかもしれない。
私がそう考えていると、バークがヘラッと笑った。
「師匠が縮んだんじゃなくてよかった」
その言葉にクロッブ師が盛大に肩を落として脱力する。
「こればっかりは性格だから仕方ないが……おまえたち二人を足して割りたいな」
「遠慮します」
感情のない声で即答した私にバークが同意する。
「オレと足して割ったらオンルが弱くなるから嫌だろうな」
その言葉に感情を出さないようにしている私のこめかみが引きつった。
相変わらず自分の実力を把握できていないバークに苛立ちが募る。
「バークはもう少し自分の力を自覚してください」
その言葉にバークがガシガシと自分の頭をかいた。
「自覚していると思うんだが……」
「なら、稽古で手を抜かないでください」
「だから、オレは全力で稽古しているって言ってるだろ」
有無を言わさないため、私は否定し続ける黄金の瞳を覗き込んだ。
「バークが本気を出したら私の胸飾りなんて一瞬で獲れますよね?」
私の指摘にバークが慌てて両手を出して横に振る。
「いや、さすがに一瞬は無理だ」
「それはバークが手を抜いているからですよ」
「だから、オレは手を抜いてない」
「いいえ、抜いてます」
してる、してない、と平行線の話が続く。
そんな私たちをクロッブ師が黙って見つめていた。




