ツカサとシンのクリスマス 後編
いつもは太陽の陽射しで明るいサロンが複数のランプの灯りで淡い光に包まれ、幻想的な世界に。
真ん中にあるテーブルには、かなり大きな鳥っぽい何かの丸焼きがドンと置かれ、他にはスープやサラダ、パンなどの料理と、普段は使わない細長いグラスやオシャレな食器が並ぶ。
サロンの入り口に立ったまま唖然としていると、テーブルに食器を並べていた白銀の髪が振り返った。
「たまにはサロンで夕食を食べるのも良いかと思いまして。こちらへ、どうぞ」
「う、うん……」
シンが引いた椅子に腰かける。
目の前にはこれでもかと存在を主張する何かの丸焼き。エルフの里は魔力が濃いため普通の動物や家畜は生きることができない。そのため、ここで食べられる肉や魚は魔獣系になるのだが……
(聞かない方がいい気がするけど、何も知らずに食べるのも怖いし……)
心の中で葛藤しまくった私は反対側にある椅子にシンが座ったところで訊ねた。
「……これは、何の肉?」
私の問いに美麗な顔が悠然と答える。
「コカトリスの丸焼きですよ。フェニックスやグリフォンだと二人で食べるには大きすぎるので」
神獣を食べようとするな! という心の声を必死に堪えて私は頷いた。
「そ、そうなんだ。どんな味なのか……楽しみだわ」
口の端を引きつらせながらもどうにか笑みを作った私に対して白銀の髪が不思議そうに揺れる。
「いつも美味しいって食べているので問題ないかと思いましたが、丸焼きは苦手ですか?」
「え? 私、いつ食べた?」
まったく記憶にない。
戸惑う私にシンが淡々と説明する。
「一口サイズに切った肉を串に刺して甘辛いタレを付けながら直火で焼いた……」
「焼き鳥かい!」
反射的にツッコんだ私にシンがそうそうと同意した。
「それです」
「鶏じゃないにしても、何かの鳥だと思っていたのよ。まさかコカトリスだったなんて想像もしないわよ。いや、でも、コカトリスって見た目は鶏だから……蛇の尻尾があるってだけで、半分は鶏だから鶏だよね。うん、そう。これは鶏よ」
コカトリスは雄鶏の頭と体に蛇の尾を持つ魔獣。中には蝙蝠みたいな翼を持つコカトリスもいるが体の大部分は雄鶏。ただ、鶏の倍以上の大きさだが。
目の前にあるのは鶏だと暗示をかけている私にシンが説明を続けた。
「小さい方が良いと思いまして雛にしました。雛は肉が柔らかくて旨味も強いそうですよ」
「いや、この大きさで雛かい!」
皿にのっている丸焼きは軽く鶏の倍の大きさがある。
(これで雛!? いや、雛に見えないんだけど!?)
思わず叫んでしまった私にシンが首を傾げる。
「どう見ても雛でしょう?」
「私は実際のコカトリスを見たことがないから」
すべては本からの得た知識。しかも、その本にはコカトリスの大きさなんて書いてなかった。
「そうでしたか。とはいえ、成獣でもこのテーブルぐらいの大きさですから、フェニックスやグリフォンと比べたら可愛いものです」
「いや、比べる対象!」
なんで、よりにもよって神獣レベルと比べるのか。そんなものと比べたら大抵のものは小さくて可愛らしくなる。
私は額を押さえて唸った。
ここに私以外のツッコミ役がいないことが悔やまれる。
(もし、ここにミーちゃんがいたら一緒にツッコミを……いや、ほのぼのと驚くだけな気がする。ダメだわ……)
孤立無援を感じているとカチャカチャと音がした。
顔をあげると切り分けられたコカトリスの肉が皿にのっている。
「どうぞ」
「……ありがとう」
いろいろツッコミどころは多いけど、焼き鳥で食べた時は美味しかったから味に問題はない……はず。
そう考えて皿を受け取り、自分の前へ置く。
それから、私はふぅと軽く息を吐いて皿にのった肉を見つめた。
コカトリスという単語を忘れれば、目の前にあるのは焦げ目がついたローストチキンにしか見えない。
「よし」
意を決した私はフォークに肉を刺してパクリと口に入れた。
そのまま、ゆっくりと咀嚼して……
「……美味しい」
肉は歯ごたえがありながらも柔らかく、噛めば噛むほど旨味が染み出す。そこに焦げの香ばしさと、ハーブの風味と甘辛いタレが鶏肉に近い味に絡み、絶品となっている。
戸惑ったことが嘘のようにパクパクと食べているとシンが嬉しそうに説明をした。
「コカトリスの雛は絶品で有名ですから」
「……その名前は思い出したくなかったけど、美味しいから我慢するわ」
これは美味しい鶏肉。ちょっと大きな美味しい鶏肉。と自己暗示をかけて食べ進める。
付け合わせのスープで喉を潤し、途中でサラダで味変しつつ、次々と口へいれていく。
あれだけあった肉の塊が消えたところで私はシンに訊ねた。
「ふぅ、お腹いっぱい。で、今日はどうしたの? 何かの記念日?」
寿命が長いエルフは時間間隔が鈍いため記念日などはあまり作らない。というか、作っても忘れてしまう。
それでも、何か特別なことがあったかと記憶を辿ったけど思い当たることがない。
私の問いに新緑の瞳がふわりと緩んだ。
「この前、人族に話していたクリスマスというのをやってみたいと思いまして」
「え?」
「どうぞ」
料理がのっていた食器をさげたシンがテーブルの真ん中に飾り皿を置いた。
くすんだグレーの色をしたすりガラスの皿……というかまっ平すぎて丸い板のような皿。
その真ん中には小さなホールのショートケーキがある。イチゴが丸く円を描くように鎮座しており、貝のような形の生クリームが周りを飾る見た目は、まるでクリスマスケーキのようで。
そこにシンが細長いグラスに色鮮やかなカットフルーツをいれて、淡い黄色に輝く炭酸水を入れた。
普段のサロンとは違う、とてもオシャレな空間ができあがっていく。
思考が追い付かない私にシンが声をかけた。
「それと、外を見てください」
「外?」
言われるまま視線を外へ向けると……
「……雪!?」
窓の外では白いものがパラパラと降っていた。
だが、雪が降るほどの寒さではない。
私はよく見るために椅子から立ち上がり窓へと近づいた。
透き通った窓の外にはハラハラと舞い落ちる白い雪。でも、その先には澄んだ冬の空があり星々が輝く。
「どうして、雪が?」
呆然と外を眺めていると、背後から甘い香りとともにぬくもりに包まれた。
「これでホワイトクリスマスになりましたか?」
柔らかな声が耳を撫でられ、胸がキュッとなる。
今日はクリスマスでも何でもない日。もみの木のクリスマスツリーも、数日前から少しずつ食べるシュトーレンもない。あるのはコカトリスの雛の丸焼きに、小さなホールのケーキ。
クリスマスの雰囲気もその前のワクワク感もなくて、そもそもクリスマスとは言えないけど。
でも、それ以上に……
「……もう」
胸が一杯すぎて言葉がでない。
ここはクリスマスとは無縁の異世界。
そんなお祝いなんてないのに、私の話からそれを実現してくれた。ちょっとした他愛のない話だったのに。
愛郷の想いとシンへの気持ちと、いろんな感情が混じって目の奥がツンとなる。
「ありがとう」
顔を見られたくない私は振り返りながら甘い香りがするシンの胸に顔を埋めた。
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