1 毎日の行事
「アルフレード君!私と結婚しましょうね!」
入学式の日から、毎朝毎朝、ビアータ・ガレアッド男爵令嬢は、アルフレード・ルケッティ子爵令息にプロポーズしている。
ご令嬢にもかかわらず、キレイなほどに小麦色をしているビアータの笑顔は、眩しいほどに爽やかだ。
「ビアータさん、僕はまだ君のことそんなに知らないし、淑女からそう言ってくるのはどうなのかな?」
アルフレードは、優し気な顔を少しだけ困らせていた。毎朝毎朝のことなのに、馬鹿にすることなくきっちりと答えてくれるアルフレードに、彼の真面目さが伺えて、ビアータは、満面の笑みになるのだ。
「私は私の気持ちに嘘はつきたくないの。私はあなたと結婚するって決めたのよ。じゃあ、またね!」
そう言って隣のクラスへと帰っていく。Cクラスでのこのやり取りも、すでに3ヶ月、もう誰も反応しない。
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3か月前の春、また今年も学園に新しい生徒たちが入学してきた。その入学式が終わり、教室での説明も終わり、解散の時間になった時である。廊下から、1年Cクラスに、女子生徒が後ろのドアから、一人駆け込んできた。真っ直ぐにアルフレードのところへ向かう。
「ねぇ、ルケッティ子爵家のアルフレード君、こんにちは」
小麦色に焼けている彼女は、確かに気品はあるが、ご令嬢か?と見紛う人もいるだろう。しろい肌を殊更大切にするご令嬢の中では異質としか言えない。それでも、サイドを首の後ろで括っている藍色の髪は艷やかで、空色の瞳は大きく、可愛らしい容姿であった。
そして、不思議なことに、小麦色の肌は、ビアータの魅力を隠したりしていないのだ。
「え?あ、はい、こんにちは。えっとぉ、君は?」
アルフレードは目をしばたかせて、ビアータを見ていた。ビアータは、首をズイッと上げて、ジッとアルフレードを見ていたかと思うと、にっこりと笑った。
アルフレードは、思わずびっくりして、その後赤面した。まるでひまわりが目の前で一瞬にして咲いたようだった。
「私、ビアータ!ビアータ・ガレアッド。レグレンツィ伯爵州にある男爵家の次女よ。
ねぇ、アルフレード君、私と結婚しましょう!」
クラス中が静まり返った。一瞬の静寂の後に、全員の声が揃う。
「「「「「は?」」」」」
クラス中が、口を開けていた。アルフレードだけは、声も出せずにいた。
みんなの声が揃ったことに驚いたビアータは、キョロキョロした。
「あ…の…」
不思議がっているアルフレードが、声にならないような小さな声をかけた。ビアータが再びアルフレードを見上げた。
「私、家事もできるし、力仕事も苦にしないわ。まあ、ダンスと勉強は苦手だけど。苦手っていっても、Dクラスなのよ。アルフレード君が望むなら、もっと勉強も頑張ってもいいわ。とにかく、私と結婚してほしいの」
ものすごい勢いで自己アピールするビアータは、まわりのことなど目に入らないと、キラキラな目をアルフレードだけに向けていた。
「へ????…」
これだけ目を合わせても、どうしても自分に言われていると思えない言葉の数々をアルフレードは消化できずに困っていた。
「あ、今日はあまりお話できないの。また明日来るわね。じゃあね、アルフレード君!」
ビアータは、そう言って風のように去って行った。そして、翌朝から、文頭のような会話を毎朝しているのだ。
最初の頃は、アルフレードをからかう男子生徒の声も、ビアータの淑女らしからぬ態度を訝しむ女子生徒の声もあったが、こんなことが3ヶ月も続けば、誰も気にも止めなくなる。アルフレード本人以外は。
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ここは、スピラリニ王国の王都にある、貴族専用のスピラ学園である。この学園は15歳からの全寮制学園で、貴族子女は入学することが義務となっている。ただし、入学は義務だが、卒業は義務ではない。学園内は、爵位に関係なくという建前のもと、国によって運営されている。基本的には全てが無料で制服も2着ずつ支給されている。クラスはAクラス〜Eクラスを成績順に分けられていて、各クラス30人程度だ。
スピラリニ王国は、珍しい州制を布いている。王家領地とは別に、20州をまとめるのは、公爵家2家、侯爵家5家、伯爵家13家であり、それぞれの州の中に子爵家男爵家の領地がある。数十年前には、横暴な高位貴族家の取り立てに子爵家男爵家が苦しみ、反乱を起こしたなんて事件もあったが、それを機に国王陛下が目を光らせてくれることとなり、今では平和な国である。
そんな国の北の辺境にある、ギッツール伯爵州ルケッティ子爵領は、国境警備と1つの関所管理を担当しているが、隣国との関係は良好で戦争もない。アルフレードは、その子爵家の三男である。
そして、ビアータは、逆の南の辺境、レグレンツィ伯爵州ガレアッド男爵領の次女だ。ガレアッド男爵領は、国境沿いであるが、防衛壁が隣接しているのは未開拓地であるので、1つの関所管理はしているが、国境警備は特に行っていない。つまり、平和な領地なのだ。
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「アル、あんなにお前のこと好きになってくれる女の子は、他にいないよ。そろそろデートくらいしてあげたら?」
コルネリオは、ファーゴ子爵家の4男で、アルフレードのクラスメイトで友人である。薄めの紫の髪にオレンジの瞳で、なかなかの男前であり、中肉中背であるコルネリオがモテないわけがない。本人は4男であるため、結婚も望んでおらず、男同士で遊んでいたいと思っている。
「本当だよ。俺だったら即婚約しちゃうけどね。ビアータちゃん、結構かわいいじゃん」
ファブリノの少し吊り目の青みのある黒の目は、なぜかアルフレードより嬉しそうだ。ファブリノは、マルデラ男爵家の次男、深緑の髪は伸ばされ、後ろで括っている。精悍な顔つきで軽そうに見える。
こちらもアルフレードとはかなり気が合う友人で、アルフレードとしても、一緒に騎士団に入りそうだと思っている。軽いのは口先だけで、当の本人は女性に対して不真面目な行為はしない。
「俺たちみたいな爵位なしにこんなにアピールしてくれる女の子なんて貴重だぞ」
結婚を諦めているコルネリオがアルフレードの肩を叩く。
そう、それもアルフレードが納得のいかないというか、ビアータを疑っている理由の1つである。
アルフレードは、ビアータを嫌っているわけではない。むしろ、かわいいと思っている。だが、いや、だからこそ、ビアータがアルフレードに求婚するなど、本気なわけがないと思っているのだ。
「からかわれているのがわかるのに、婚約するバカはいないだろう」
アルフレードはちょっと口を尖らせた。ファブリノがそれをケタケタと笑う。アルフレードがファブリノを小突くフリをした。ファブリノも軽く謝る。
「だけどもう3ヶ月だぜ。からかってるなら、そろそろ飽きてもいい頃だろう?」
ファブリノは、少しだけビアータは本気なのではと、思い始めている。なので、煮え切らない親友の後押しをしたいのだ。
「だからさ、一度、デートして、本音を聞いた方がいいんじゃないのかってことだよ」
コルネリオも後押しをしたいと思っているので、現実的な解決策を提案するが、アルフレードは渋い顔だ。
「コル、僕が君の容姿だったら、そうしていたかもな」
アルフレードは、誰が見ても顔は並である。髪もどこにでもいるライトブラウンで、ヘーゼル色の瞳は大きいとは言えず、不細工ではないが、美男子とは言えない。
そして、体格は戦争があった頃の北辺境領の子爵家男子の遺伝子を余すところなく受け継いでおり、すなわち、熊であるのだ。小さい頃から、初等学校でも上級生にでさえ怖がられ、中等学校では『熊には勉強は必要ない』とイジメも受けた。本人はのんびりしているので、『僕には必要なんだよなぁ』と、気にも止めていないので、イジメと言えるかは疑問が残るのだが。
とにかく、王都から馬車で5日以上かかる辺境地の三男坊の熊男が、学園で求婚などされるわけがないのだ。
アルフレードとそっくりな兄たちにも、『まずは騎士団に入り、隊長にでもなれ!そうすれば、きっと嫁は見つかる!』と言われてきたし、実際下の兄べニートは熊男だが、現在騎士団副隊長で、副隊長になってやっと口説いていた王都の小物屋の女性がオッケーしてくれたと自慢していた。
ちなみに、上の兄は隣の男爵領のご令嬢と小さい時から婚約しており、5年前に結婚して子供も二人いる。跡継ぎはその点有利だ。
とにかく、そんなアルフレードに毎朝求婚してくるビアータであったが、不思議なことに、昼休みや放課後には、全く姿を現さない。なので、ゆっくり話をする暇もない。だから、アルフレードはいつまでたっても、ビアータのことを知らないまま求婚だけされているのだ。
さらに、コルネリオとファブリノを含めてみんなが誤解しているようだが、アルフレードは、ビアータに求婚はされているが、『好きだ』と言われたことは一度もない。
そんなことを気にしているのも、アルフレード本人だけなのだ。
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そうこうしているうちに、夏休み前のテストも終わり、夏休みの前日となった日、初めてビアータが昼休みにやってきた。
4月に小麦色だった彼女も、学園生活を過ごすうちに、多少は色白になっていた。
「アルフレード君!夏休みはどうしてるの?よかったら、『私の家』に来ない?」
ビアータの大胆な誘いに、さすがに慣れたはずのCクラスの生徒たちも、これには、『まさか本気だったのか?』と、驚いた
「ごめんなさい。夏休みは、兄と騎士団の練習に参加する約束をしているんです」
アルフレードは、困った顔で断った。確かに騎士団の副隊長をしている兄と約束はしているが、状況を説明すれば、反対などしないと思う。だが、アルフレードは、何も知らないのに、この誘いに乗る勇気はなかった。
「そっかぁ!それも大事だよね。わかったわ、また誘うわね。それじゃあ!」
しつこく誘うわけでもなく、ビアータはあっさりと引きさがり、とっとと去っていきそうであった。
「あ!」
アルフレードは、初めてビアータを引き止めた。
「なに?」
ビアータは、クリクリとした緑の目をアルフレードに向けて、『何でも来い!』と、言っているようだ。
クラス中が聞き耳を立てている。それに気がついたアルフレードは、ビアータの腕を掴み廊下へと連れて行く。
廊下の隅で小さな声でアルフレードは、ビアータにお願いした。
「あの、もうからかうのやめてもらいたいんだ。あ、です」
小さな声が聞こえるように、アルフレードは背を丸めて小さくなっている。
「??私、アルフレード君をからかったことなんて、一度もないよ」
ビアータは、目を見開いて、何度もしばたかせている。
「え?でも…」
「あれ?もしかして、ずっと、そう思っていたの?」
ビアータは、口に手を当てて、びっくりした顔をした。アルフレードは、小さく頷いた。
「えー!そっかぁ!うーん
ビアータは、右手を自分の頬に当てて、少しだけ考えた素振りをした。
「じゃあ、夏休み明けたら、アプローチ変えるね。それは、私の夏休みの宿題!アルフレード君の宿題は、私と結婚することをちゃんと考えること!よろしくね」
すぐに切り替えて、さらにアルフレードに宿題まで出して、藍色の髪を靡かせて風のように去っていった。
アルフレードは、せっかく『やめて』と言えたにも関わらず、悩みが大きくなっただけであった。
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