幸せな報告
7月下旬。隼人さんは覚えてるかな。今日は私と隼人さんが初めて出会った日。高校の夏休み最初の週、渡り廊下で初めて私たちは会った。私のことならなんでも覚えてる隼人さんだから覚えてるかもしれないけど初めて付き合った日のことも別れた日のこともお互いなにも言わなかったから過去をなかったことにはしないけど言う必要もないから、と思っているのかも。
それでも初めて出会った日に思いを馳せているのは嬉しいから。私と隼人さんがお互いを知った日にこの子が私のお腹にいることを知った。それが嬉しい。
今朝はなんともなかったのに会社についてからだんだん体調が悪くなって昼には仕事が手につかないほどになっていた。無事に旦那さんのお母さんにお子さんの面倒を見てもらえることになって仕事に復帰している青木さんにもしかするかもと言われてそういえばと思って昼休憩の時間に検査薬を買ってきて使ってみたら陽性で、早退させてもらって産婦人科の病院に行ってみた。そしたら私のお腹に赤ちゃんがいると教えてもらえた。5週目だった。嬉しくて嬉しくて早く隼人さんに知らせようと思って病院を出てすぐに連絡しようとしたけどふと思った。こんな特別な話はテーブルに座って畏まった感じで伝えた方が良いんじゃないかな。と思ってメッセージアプリの画面を閉じてインターネットで調べたらメッセージで伝えるとか外食に誘ってとかと書いてあった。どうしよう、うちの場合は家でご飯食べたいから外食は出掛けてる時以外ほとんどしないしやっぱり特別だから美味しいご飯を作っておきたい。それに直接言いたい。私たちの話し合いといえば横に並んで肩が触れる距離で話をすること。そう思って、スーパーに行ってから家に帰った。早退したからだいぶ早い時間だ。パソコンを開いて妊娠のことを調べることにした。それにしても隼人さんはどんな笑顔を見せてくれるんだろう、どんな風に喜んでくれるんだろう、なんて言ってくれるんだろう。早く帰ってこないかな。今日はどれくらい残業するんだろう。今は屋上で休憩中かな。何時頃帰ってくるか聞いてみようかな。あ、でもなんでって聞かれたら困る。あー、やっとサプライズができる。嬉しいな。そわそわ。あ、妊娠のことを調べなきゃ。パソコンの画面を見ながら隼人さんの笑顔を思い浮かべる。なんて言って喜んでくれるかな。あ、母子手帳っていつもらうんだろ、調べなきゃ。隼人さん泣きながら喜んでくれるかもしれないなー。あ、女の子か男の子かわかるのはいつだろ、調べなきゃ。
そんな調子で隼人さんのことを考えるのと調べるのとでいつの間にか19時になっていて少し慌てる。集中しすぎた。携帯を見てみるとあと30分で帰ると20分前に連絡が来ていた。ご馳走を作ろうと思ったけど時間がない。し、仕方ない。報告してから作ろう。今日はオムライスにしようと思っていたしすぐ作れるだろう。
そわそわしながら待っていると隼人さんが帰ってきた。
「隼人さん!!おかえりー!!」
「ただいま」
ぎゅーっと抱き締めてもらえてキスしてすごく嬉しい。早く言いたい。やっとサプライズできる。隼人さんから鞄を受け取ってワクワクした気持ちで寝室へ行く。
シャツを脱ごうとする隼人さんの後ろ姿を見ながらドキドキしながら言う。
「隼人さん、あのね、話したいことがあるの」
隼人さんはボタンを外しながらなに、と答える。あれ?
「話したいことがあるんだー!!」
「うん、どうしたの?」
どうしよう、ソファーで話そうと思ったけど今言った方が良いのかな。そもそも早く言いたい私は後ろ姿に向かって言う。
「あのね、赤ちゃんができたの!!」
「痛!!」
「え!?大丈夫!?」
隼人さんの隣に駆け寄って右手を握り締める隼人さんの左手に両手を重ねる。すると逆に私の両手を両手で包み込む隼人さん。
「椿……」
「がりってしたの?痛いよね」
「そんなのどうでも良いから」
手を見ていた顔をあげるとすごく爽やかな笑顔の隼人さん。
「わーそんな笑顔で喜んでくれるんだー……じゃないよね」
「椿、なんでそんな大事なことを今言うの?」
「だって隼人さんがなにって聞くから……」
「毎日帰ってきて着替えてる俺に今日あったこととか考えたこととか話してくれるからでしょ。今日に限ってそんな重要なことだとは思わないよ」
「んー……間違えた」
「うん、でも失敗したらやり直せば良いんだよ。リビングに行ってソファーに座ってて」
「は、はーい」
爽やかな笑顔で言われた私は慌ててリビングに行ってソファーに座るとすぐに着替えをした隼人さんが隣に座った。
「それで椿、話したいことってなに?」
すごいすごい笑顔の隼人さん。完全にやり直し体勢だ。私はハラハラした気持ちを落ち着かせて一度立ち上がってエコー写真を持ってきて座り直すとローテーブルに置いてから隼人さんを見つめる。
「あのね、赤ちゃんができたの」
隼人さんの目から涙が溢れた。泣きながら喜んでくれるだと思っているとそっと、優しく抱き締められる。
「ありがとう」
「嬉しいね」
「うん、今日は特別な日だね。椿にも会えるし赤ちゃんにも会えるし」
そう言って身体を離してエコー写真を手に取る隼人さん。やっぱり覚えていたんだ。
「そうだね、隼人さんにも出会えるしここに赤ちゃんがいるって知れたし特別だね」
「何週目?」
「5週目だって」
「先月の熱影響ないよね……」
「え、治ってしばらく経ってたし大丈夫じゃない?」
「実は椿に移ってたけど気付かなかったとか」
「私が馬鹿で気付かなかったかもって……?」
「そ、そうじゃないけど」
「平気だよ。私に移って風邪引いてたとしても逆算して……全然治ってるよ。っていうかそんな反応だなんて考えてもなかった。もっとわー嬉しいってなってくれると思ったのに」
でもこれも赤ちゃんを心配してるからだし心配性の隼人さんらしい喜び方だと思う。
「嬉しいよ、嬉しい。夢じゃないよね。痛い?」
「いたたたた。だから自分にやってよ」
隼人さんに頬をつねられる。私も隼人さんの頬をつねってみる。
「痛い?」
「痛い」
「しかもさっき指がりってやって痛がってたでしょ」
「そうだった……じゃあこれは現実だね」
「そうだよ」
「風邪は関係ないとしてそれ以外に体調崩して薬飲んだとかない?」
「ないない。大丈夫」
「本当に?今月も俺が出張行ってる間とか」
「大丈夫だよ」
「薬飲んで赤ちゃんに影響でたりする?心配だな……お医者さんに聞いてみよ」
そう言いながら立ち上がる隼人さんの腕を掴む。
「ちょっとちょっと、聞いてみるのは良いけど一応言うけど今からは行けないよ?」
「あ、う、うん、そうだよね」
隼人さんは顔に出てないだけで相当動揺して……いっぱいいっぱいらしい。
「次はいつ病院に行くの?どこの病院?一緒に行く」
「来週の土曜日だよ」
家の近くの病院の名前を言う。隼人さんは一緒に来てくれると思ってた。もう1つの話をしようと思って口を開くと同時に隼人さんが言う。
「重いもの持ったりしちゃ駄目だよ。そうだ、仕事終わったら買い物しないで帰ってきて。俺が買って帰ってくるから。できるだけ早く帰ってくるから。あ、でも俺が会社まで迎えにいく方が良いかな。帰ってくるまでになにかあったら怖いし。それなら行く時も心配だし……どうしよう」
「あ、あのね、そんなに気にしなくても大丈夫だよ。ちゃんと気を付けるから」
「歩きながら考え事して躓いたり電柱にぶつかったりしないでよ?」
「普段でもしたことないよ……」
「あとは……」
「あのね、隼人さん、話したいことはもう1つあるんだ」
「え、なに?」
心配してたくさん考えてくれる隼人さんが私を見てくれる。
「仕事辞めようと思うの」
「……え?」
「子供ができたら辞めようと思ってたの。良いかな?」
「良いの?椿仕事が好きでしょ?」
悲しそうな嬉しそうな戸惑う様子の隼人さんに笑いかける。
「毎日仕事を頑張ってる隼人さんをお出迎えしたいの。朝もお昼も夜も私のご飯を食べてもらいたい。この子と一緒にお家で隼人さんの帰りを待ちたいよ。隼人さんにお金のこと負担かけちゃうけど」
「嬉しい、ありがとう」
隼人さんは心からの笑顔で喜んでくれた。良かった。喜んでくれると思ってたけど少しだけ心配だったから。
「お金のことは気にしなくて良いって言ったでしょ。俺仕事今まで以上に頑張るから。4月から主任になってるしアメリカでの仕事でもリーダーしてるし手当てももらってるし」
「うん、隼人さんはすごいね」
「椿とこの子のために頑張る」
「えへへ、ありがとう」
「いつ辞めるの?明日?明後日?」
「……隼人さん、そんなことできるわけないでしょ」
「う……でも赤ちゃんがいるんだから仕事行くの心配だよ。それにつわりは?辛くない?」
「昼頃はすごく気持ち悪かったけど今は落ち着いてるよ」
「心配だよー……早く辞めれるなら辞めた方が良いんじゃない?」
「職場の人に相談してみるね」
「うん。嬉しい。毎日椿が家で待っててくれるんだね」
「そうだよ。美味しいご飯を作って……待ってるから……」
「どうかした?」
「先に帰ってきたのにご飯作ってない……今日」
あとでささっと作ろうと思ってたけどそれじゃご飯を作って隼人さんの帰りを待てていないことに気付いてヒヤリとする。
「具合悪かった?大丈夫だよ。無理しないで。俺が作るから」
「そうじゃなくて隼人さんがどんな風に喜んでくれるかなって考えたり妊娠のこと調べてて気付いたら時間になってて」
「考え事して周りが見えなくなるのは椿らしいけどこれからは赤ちゃんのこと考えてぼーっとしすぎないでね?」
「う、気を付ける。でもオムライスにしようと思ったの」
「大丈夫?俺が作ろうか?」
「私が作りたいの。私に作ってほしいでしょ?」
「それはそうだけど椿の体調のことが優先に決まってるでしょ。無理して毎日作らなきゃって思わなくて良いから」
「わかった。じゃあ……手伝ってくれる?」
「もちろん」
心配性の隼人さんはご飯を作る時もフライパン持ち上げちゃ駄目とかいろいろ言ってきた。優しいけどこれじゃ料理ができないと思いながらどうにか作ったオムライスを2人で食べた。
悪阻が酷い時とそこまで辛くない時がある私は8月末で退職することに決まった。自分のことのように喜んでくれた青木さんや石橋さんやみんなが具合が悪くなるとサポートしてくれた。思ってはいたけど隼人さんはすごく優しく私と赤ちゃんを支えてくれる。ヒヤヒヤしていて私よりも辛そうにしているのが心苦しいけど。でも毎日赤ちゃんに元気で生まれてきてねとか私がまたぼーっとしてたとか困った可愛いお母さんだねとか話しかけていて私も一緒に喋ったりしてそんな日々がとても幸せだ。




