風邪
お義母さんの家出珍事件から約2週間。今日は出張に行っていた隼人さんが帰って来る日。隼人さんは結構頻繁に出張に行っていて初めは寂しすぎたけど慣れてきた今は普通になった。……というと隼人さんがそれはそれで寂しいと言うんだけど。でも今回はいつもより長めでアメリカへの1週間の出張だった。さすがにこんなに長く隼人さんがいないのは結婚してから初めてで、隼人さんとメッセージでやり取りしたり連絡してくれた佳代子さんに甘えてお邪魔したりお義母さんたちと電話したりしながら過ごしたけど寂しかった。
でも今日帰ってくるから私は仕事を定時であがって帰ってきた。和食を作ってわくわくしながら待っていてついに帰ってきた。
「隼人さん!!おかえりー!!」
「椿だ……本物の椿だー」
「ふふ、私の偽物がいたの?」
「違うけどー」
大好きーと思いながら抱きつく。1週間ぶりの隼人さんだ。……ん?いつもはもっとぎゅーって抱き締めてくれるのに背中をポンポンとされただけ。そしてキスをする。……あれ?唇の端にわざとずらして触れるか触れないかのキスをされた気がする。隼人さんを見るとニコニコ笑ってるだけ。その顔は少し顔色が悪い。
「隼人さんもしかしてか「あーお腹すいたー椿のご飯が食べたくて食べたくて」」
もしかして風邪を引いてるんじゃないかと言おうとしたけど隼人さんは私の言葉を遮ってリビングに歩いていってしまう。
「久しぶりの我が家だー……長かったー」
「うん、隼人さんあのね、風邪引いてるんじゃない?」
「風邪引いてなんかないよー」
明らかに苦しそうにしながら明るく言う隼人さんの手を握る。
「ほら、熱いよ」
「そんなことないよ」
「じゃあ抱き締めてキスして、ちゃんと」
「んー……」
「ほら、私に移さないようにって思ってるんでしょ」
私がそう言うと隼人さんはうーん、と唸ったあとに苦笑いする。
「やっと椿に会えたのにそばにいられないなんてショック……」
「そばにいるよ」
「駄目だよ、移っちゃうよ」
「ちゃんとマスクするし手洗いうがいするし大丈夫だよ。熱は?測った?」
隼人さんのおでこを触ってみるとすごく熱い。これはすぐに横になってもらわないと。そう言うと隼人さんは泣きそうな顔になる。
「椿の手料理ー……」
「食欲ある?」
「あんまり……」
「じゃあ食べれないでしょ」
「でもせっかく椿が作ってくれたのに……1週間ぶりに椿の手料理が食べられると思って楽しみにしてたのに……」
「お粥作るよ、手料理だよ。これは私が明日の朝食べるから大丈夫」
「そうなの……?」
「ほら、手を洗って着替えてベッドで横になって」
だるそうにゆっくり歩く隼人さんに付き添っていこうとしたら平気と言われてしまったから私はマスクをして体温計と冷却シートを用意した。
横になった隼人さんに体温計を渡して冷却シートをおでこに貼る。
「母さんがどしゃ降りの中来るから風邪が移ったんだよ」
「お義母さんは風邪引かなかったよ」
「馬鹿だから風邪引いたのに気付かなかったのかも」
「もう……。いつから具合悪かったの?」
「一昨日かな」
「じゃあお義母さんから移ったわけじゃないよ」
「それなら母さんの呪いだ」
「どんな呪いなの……」
「1週間ぶりにようやく会えたのに椿とイチャイチャさせない呪い」
「そんなのないよ。いつも通りだから大丈夫そうだね。熱は何度?」
「38度」
「そっか。どこか痛いところある?」
「んー心……椿に触れない」
「大丈夫だよ。他には?」
隼人さんの手を握りながら聞く。
「わからない」
「わからない?」
「椿に会いたいしか思ってなかった」
「うーん……そっかあ。ねえ、隼人さん今苦しい?」
「うん、椿が泣きそう」
「私のことじゃなく自分のことなんだよ。隼人さんの頭の中私でいっぱいなのはわかってるから。だけどそうじゃなくて自分が今どこが痛いのか考えてみて」
隼人さんは自分の苦しみがあるのにそれより私のことの方が重要になってしまってる。私にそばにいてほしいけど移したくなくてそばにいられないと思ってる。どこまでも私が優先になってしまってる。それが隼人さんだといえばそうだけどそれじゃ駄目だと思う。隼人さんは自分自身をもっと大切にしないといけない。
「んー喉が痛いのと頭が痛い」
「ただの風邪かな……今から病院行ってみる?」
「えー大袈裟だよ。風邪薬とかで治るよ」
「喉の痛みがある風邪に効く薬があったはず……けど薬飲むにはなにか食べなくちゃ。お粥作ってくるね」
「行っちゃうの?」
「手料理だよ?」
「手料理も食べたいけど椿が良い」
「どうしよ……食べないと薬飲めなくて治らないよ?そしたらずっと辛いよ?」
「んー……パウパウは?」
「パウパウはソファーにいるよ。持ってくるね」
リビングからパウパウを持ってきて隼人さんに渡すと嬉しそうに抱き締める。
「じゃあちょっと待っててね」
すぐにお粥を作って寝室に行く。なんだかさっきより顔色が悪い気がするけど食べられるか聞いてみると頷いてくれたから起き上がるのを手伝ってスプーンで掬って冷ましてから隼人さんの口元に持っていく。
「食べさせてくれるの?」
「え?自分での方が食べやすいならやらないけど」
「駄目駄目」
力なくそう言う隼人さんの口にそっとスプーンを入れる。
「どう?食べれそう?全部食べなくて良いよ?」
隼人さんはゆっくり小さく首を横に動かす。
「美味しい。椿の手料理」
「そっか」
辛そうに笑う隼人さんにゆっくり食べさせて空になったお皿をお盆に載せて床に置いてから薬を飲んでもらった。
「なにか買ってこようか?欲しいものある?」
「椿」
「じゃなくて……スポーツドリンクとかゼリー……は甘いから駄目か」
「時間」
「まだ20時だから大丈夫だよ」
「駄目、ここにいて」
「買ってこなくて平気?」
「平気だよ」
「わかった。じゃあここにいるね」
隼人さんが腕を伸ばすから私は両手でその右手を包む。
「嘘だったらどうしようかと思った」
「嘘?」
「椿と再会したことも結婚したことも全部」
「……隼人さんまた我慢したの?辛いこと話してくれる約束でしょ」
「ごめん」
「良いよ、隼人さん約束守るの苦手だもんね」
「それは椿のこと以外なんだけど……」
「私をずっと好きでいて離さないでくれる約束以外なら守るの失敗しても良いよ。少しずつできるようにしたら良いから」
「ありがと……泊まったのが去年と同じホテルだったのがいけなかったのかな……大学生の時入院して見た夢をまた見て……幸せなのが全部想像の出来事な気がして椿から届くメッセージが本当なのか夢を見てるのかわからなくなって」
「どんな夢なの?」
「昴と若菜の結婚式で椿が結婚してて旦那と子供がいてその子に椿の幸せを邪魔しないでって言われる夢」
「見て、隼人さん」
私は立ち上がって隼人さんの左側に回って左手を握る。
「隼人さんとお揃いの指輪が私にもあるよ。私が結婚したのは隼人さん。現実だよ。じゃなきゃ私も幸せな夢を見てることになっちゃう。もし、もし仮に夢だったら目を覚まして現実でまた会おう。私は夢でも現実でも隼人さんだけを愛してるから」
「それすごい愛の告白だね」
「え、そ、そうかな……」
「椿久しぶりに恥ずかしがってる」
「そう?」
「うん、あーんするのもお出迎えのハグとキスも俺の着替えも一緒にお風呂も椿恥ずかしがらなくなっちゃった」
「は、恥ずかしいよ!!」
「俺に飽きちゃったのかと思った」
「そんなはずないでしょ。恥ずかしいけど幸せなのと嬉しいの方が大きくなったからだよ。毎日隼人さん大好きって思ってるから大丈夫」
「椿最近かっこいいって言い直さないで可愛いって言ってくる」
「か、可愛くてつい……だって可愛いんだもん」
「可愛くないよー」
「ごめんごめん。かっこいいよ。世界一かっこいい旦那さんだよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「それなら良いよ。恥ずかしがってどぎまぎしてる椿も可愛いけど慣れて積極的な椿も可愛い」
「もう……慣れてほしくないんじゃなかったの?」
「俺に飽きたんじゃないなら良いの。解決したから少し楽になってきた」
「なんだか隼人さんは私のことを考えすぎで知恵熱みたいに体調を崩すみたい」
「それはあるかも」
「困っちゃうね」
「椿が優しく看病してくれるからこれでも良いよ」
「わざと風邪引いちゃ駄目だからね?」
「そんなことしないよ。椿に移したくないし。椿が風邪引いたら今度は俺が看病してあげるけど」
「うん。隼人さん眠くなってきた?」
「んー少しね」
「眠った方が良いよ」
「椿向こうの部屋で寝な」
「ずっとこうしてるよ」
「もう平気。看病してあげるけど椿が風邪で苦しむのは困る。お願い」
「もーそばにいてとかあっちいけとかわがままなんだから……」
「椿……」
なにと聞こうとすると同時に頬を熱い指でつねられる。
「いたたた、この苦しむのは良いの?」
「椿こういうの好きでしょ」
「だからそういうんじゃないんだってば!!」
「痛い?」
「痛いよ!!隼人さん捻りながらつねるんだもん、熱があっても痛いよ」
「良かった、じゃあ夢じゃないんだね」
「もー!!夢か確かめるなら自分でやって!!」
「んーぼんやりしてるから痛いのかよくわからない」
「じゃあ治ったら私がやってあげるから!!」
「わかった」
「まったくもう……早く休んで。ね?」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
目を閉じる隼人さんの頭をそっと撫でてから寝室を出た。それから1人で夜ご飯を食べて隼人さんの分は明日の朝ご飯にしようと冷蔵庫に入れてお風呂に入って静かに扉を開けて寝室でぐっすり眠ってる隼人さんを見てから私も別室で眠った。
次の日には隼人さんはすっかり元気になっていて私に風邪が移ることもなくて、またこれまで通り穏やかで幸せな日々が続いていった。




