家族の思い
真っ赤になってる私を置いてみんな寝る支度を始めてしまってぼーっとしてると優菜さんに呼ばれた。
「椿ちゃんは真ん中で良い?」
「あ、えっと……大丈夫です」
「椿ちゃん入ってーはやくー」
「あ、はい」
お義母さんに急かされてお布団に入る。右隣に優菜さんに、左隣にお義母さん。なんだか不思議な感じだ。
「椿ちゃん椿ちゃーん」
「は、はい」
お義母さんの方に顔を向けると頬にお義母さんの指が当たる。
「当たったー可愛いー」
「お義母さん……」
「美香、椿ちゃんが馬鹿って言ってるよ」
「えーそんなことないわよねー」
「そんなことは思いませんよ。でもお義母さんが可愛いです」
お義母さんが可愛いと思ってるとお義母さんに頭をそっと撫でられる。
「お義母さん……?」
「椿ちゃん平気?」
一瞬なんのことだろうと思って荒木さんのことだと気付いた。
「大丈夫です。毎日はやとさんのことで頭がいっぱいで。おかしいですかね。つい先週まであんなことがあったのにもう全然平気です」
「椿ちゃんが平気なら良いんだよ。隼人の無茶苦茶な思いつきが功をそうしたみたいね」
「良かったわー」
心配してくれていたお義母さんと優菜さんにお礼を言う。
「家族の心配するのなんて当たり前よ」
「そうよー」
「ありがとうございます」
「でも隼人が馬鹿だから肝心なことができてないのよ」
「肝心なこと?」
「ご両家の顔合わせがしたかったのー」
「あ……そ、そうですよね。すみません」
「普通入籍前にするものなのにもうすでに結婚しちゃったよーどうしようって。大切な一人娘すでにもらっちゃったよ、隼人の馬鹿がって思ったんだけど」
「だ、大丈夫です。母も父もそんなこと気にしないですし前々からわかってたって言ってましたし」
「それなら良いんだけどせめて会ってご挨拶がしたいのー」
「結婚式でご挨拶はちょっとね。結婚は本人たちだけじゃなくて親にとっても大切なことだもの。って隼人の母親は美香だけど美香は馬鹿だから」
「むー優菜の意地悪ー」
「両親に聞いてみますね」
「場所はうちが良いのー」
「家族全員が良いんだけど良いかな?」
「もちろんです」
お母さんに連絡しなきゃ。こんな風に考えてくれるなんて嬉しい。私がしっかりしないといけないことなのに。お母さんとお父さんに、はやとさんの家族はみんな私のことを思ってくれる優しい人たちだよって伝えなきゃ。
「それにしても隼人の写真っていつも怒ってるよね」
「眠ってる写真もありましたけど……」
「あれは私たちに怒って疲れて眠っちゃって。寝顔はまあまあ可愛いのに寝言で優菜さんのクソババアって言ったりで寝ててもムカつく子供だった」
「もーそんなこと言ってー。隼人が誘拐された夜は一緒に眠ったじゃない」
「誘拐!?」
「あれは誘拐未遂よ。若菜の時と違って本当のだけど」
「若菜も誘拐されたんですか!?」
「若菜のは若菜が勝手にいなくなっただけ。隼人のは本当に誘拐されるとこだったのよ」
「そ、そうなんですか?」
「隼人が小学1年生の時にね、みんなでショッピングモールにお買い物に行ったら昴が隼人がいないって言って」
「若菜が疲れたから椅子で休むって言ってたって言うから慌ててどこの椅子よって引き返したんだけどいなくてどうしようってなってたらアナウンスで琉依兄の名前を呼ばれて急いで迷子センターに行ったの。迷子じゃないって怒ってる隼人に話を聞いたら知らない男に声をかけられたから誘拐だと思ってついていって途中で警備員に誘拐の現行犯で逮捕しろって言ったんだって」
「あの時初めて琉依さんが怒ったの。あ、でも琉依さんが隼人を怒ったのはあの時だけね」
「初めからついていっちゃ駄目だって危ないところだったんだよって怒ったんだけど隼人はなんで怒られるのかわからなくて。誘拐されるってわかったから犯人を捕まえようって思っただけなのにどうして自分が怒られるのかわからないって。わけわからない理由で怒って父さん嫌いってへそ曲げちゃって。うちのパパが良いって言ってその日の夜はうちに泊まったの。でも次の日の朝目が覚めたらなんでうちに泊まってるのか覚えてなくてそのまま家に帰って琉依兄とも普通に話して。危ないこともわかってるけど自分の身に起こってるのに他人事になっちゃうみたいで。物事に関心がないだけじゃなくて自分にも無関心なの。このままじゃ取り返しのつかないことになるかもしれないって隼人になにかに興味を持たせようって色々やらせてみたり世の中の天才って呼ばれてる人はどうしてるのかって調べてみたりしてみたんだけどどうにも上手くいかなくて。だけど小学5年生の時テストで全教科98点を取ったの。そんなの初めてだし明らかに1問ずつ間違えるなんておかしいって思ったんだけどなにがあったのか結局わからないまま。昴にだけ話して男同士の約束って口止めして。それから運動会もマラソン大会も1位じゃなくなって。美香が周りのお母さんたちに天才じゃなかったとか平凡でも可愛い我が子には変わりないわよとか言われたんだけど私たちはそうじゃないってわかっててね。なにかあって隠すようになったんだって。家族と過ごす時と違って友達に無表情で話してたのに笑って遊んでるのを見てそうすることに決めたんだって。何も出来なくて悔しかったけど昴には何でも話してて私たちにはそれまでと変わらないでいたから私たちも何も変わらずに接してたの。私たちが子供の時も色々あった。私だってハーフだっていじめられてたし琉依兄だって美香だってみんないろんなことを乗り越えて大人になった。隼人もいつか何かに興味を持てるようになるし自分を大切にできるようになるって思って子供たちだけでどうにかできるように見守ることにしたんだ。だから椿ちゃんを好きになって椿ちゃんが好きなものに興味を持って椿ちゃんの好きな場所に一緒に行ってみたいって言ってくれて嬉しかった。やっとだって思った。淡々とただ過ぎていくだけだった隼人の人生に椿ちゃんって大きな存在が加わって本当に良かったって。だけど上手くいかなくて隼人の今までが普通じゃなかったから、だから見限られても仕方ないかって思ったんだ」
私はこの前お義母さんに話を聞いてた時と同じように泣いていた。そして首を横に振る。
「見限るなんて……違います……違うんです……ごめんなさい」
「椿ちゃん大丈夫よーまた泣かせちゃって隼人に怒られちゃうわー。よしよしー」
「何も聞かないわ。琉依兄だけ知ってるのはずるいと思ったけど2人のことだもんね。椿ちゃんに出会って自分を隠すこともなくなって普通のテストでも満点、全国模試でも何かミスったらしくて2位、センター試験の自己採点では全問正解で大学は首席で卒業、偽らないで接することができる友達も高校、大学ってできたし周りの人たちのことも考えられるようになって。本当に椿ちゃんさまさまよ。隼人がそうやって変わって村っちたちもまた隼人に会うようになって。これは大人だけであとから思ったんだけど隼人が忘れっぽいのは村っちたちが遊びに来なくなったのが原因なんじゃないかって。みんなのこと大好きだったから急に来なくなったのがショックでみんなのことを忘れたんじゃないかって。村っち、竜二さん、関さんのことをね。あとの3人は琉依兄の会社の創立メンバーなの。だからあくまでも会社仲間として何度も会ってたけどそれだけ。ただ父親の仲間だって認識してて。関さんには中学生の時琉依兄がつれてったパーティーで会ったんだけど初対面だと思っててその時会ったこともすぐ忘れちゃったの。だから隼人がみんなに昔みたいに会うようになったのは大学に入ってから。自分が会いに行かなくなったから隼人が余計に心閉ざしちゃったんじゃないかってさらに落ち込んだ村っちは会わないって決めたもののいつか会って話したいってずっと待ってたから会えるようになって隼人大好きが爆発してるの。椿ちゃんに会うのも1番最初が良いって言ってたのに竜二さんが自慢するからテレビ電話だって無茶苦茶言ってさ。誰が最初だって良いじゃないって言っても頑なで。本当にしょうがないんだから」
「でもみんな楽しみにしてるわよー。隼人と椿ちゃんにすごいお祝いを用意するって張り切ってるの」
「何もできなかったこれまでの分も隼人になんでもするんだって。椿ちゃんにもすごく会いたがってるんだよ。で、私たちがわかってて話して良いって今言われてるのはこんな感じ。あとは昴に聞いてくれる?昴は隼人が自分を隠すことにしてから隼人の後ろにいるのをやめたの。隼人になにかに興味を持たせるのを諦めないで隼人の隣で隼人をずっと見てたから。椿ちゃん、椿ちゃんにお願いするのは違うと思うんだけど隼人は頭は良くて何でもできるけどみんなが当たり前にしてきたことを経験してない大きな子供みたいなものなの。加減がわからないから人にどこまで優しくしたら良いのかわからないし出張に椿ちゃんをつれていきたいっていうのも椿ちゃんが良いって言ったら本気でやるし抱いて良いって言えば毎日抱くだろうし。許可くらいはとるだろうけど良いって言われたらこの先一生それで良いんだってなっちゃうかもしれない。これは良いけどこれ以上やっちゃ駄目とかはっきり言わないとやり過ぎちゃうの。子供の時遊ぶ時間を制限されたりしたでしょ?それと同じ感じ。隼人は悪ガキだったけどそういうのを注意される子供じゃなかったから。口は悪いし態度は悪かったけど聡い子供だったんだ。だから椿ちゃんが教えてくれる?」
「は……はい」
「ありがとう。……なんで美香も泣くかな」
「だって本当に良かったんだものー」
「確かに心配する肩の荷が下りたわ。親だからこれからもするだろうけど。でも美香の自己解釈が混じった支離滅裂な話よりは隼人のことが少しわかったでしょ」
「ひどーい」
「昴がいつも言ってるよ。美香の考えは偶然合ってるところもあるけどだいたい間違ってるって。美香は昔から気にしいで心配性で突飛なことを考えついちゃうのよ」
「そんなことないわよー」
「だから私たちじゃ隼人になにがあって何を考えていたのかわからないんだって。長くなっちゃったね。寝ようか」
「そうねー。椿ちゃんギューってしてあげるー」
私はお義母さんに抱き締めてもらいながらはやとさんのことを思っていた。
『先輩ってよくそれって楽しいのって聞きますよね。口癖ですか?』
かつての自分の言葉がふいに頭の中に浮かんできた。高校生の時はやとさんは私の話にそれって楽しいの、とよく聞いてきた。冬にアイスを食べるとか日本庭園や公園に1人で遊びに行くとかそういう話をしていたから楽しいのか不思議に思われたんだろうと当時は思っていたけどはやとさんは私の話を聞いて楽しいことを知ろうとしてくれたんだ。告白してくれた時も教えてくれた。私がはやとさんに楽しいと思えることを伝えられたんだ。良かった。でもさっきの言葉、確かに自分ではやとさんに言った言葉のはずなのに不思議な感じがする。ずいぶんと久しぶりに思い出したような。……あれ?どうしてだろう。若菜とトッピングを大量にしたアイスを食べた話はしたしこの前もはやとさんと話をした。けどその前に冬でもアイスを食べる派かそうでないかの話をしたことは久しぶりに思い出した気がする。
『そうですね。この先にも良い場所がたくさんあるのでまた来ましょう』
『ふふ。この前はなにもないって言ってたのに』
『私にとっては楽しいですけどみんなが楽しめるとは限らないじゃないですか。サイクリングコースもないですしアスレチックもないですし』
『俺はこういう所が落ち着くよ』
『あ、私もです。若菜がいたら5分も経たないで暇だーって言いそうですけど』
おかしい。私ははやとさんが静かな所が落ち着くことを知ってた。高校生の時に教えてくれた。私も好きだと言った。何かが喉に詰まってる。
『浩一さんは一番真面目なんだけどずれてるっていうか。会って2回目の女性に結婚してくださいって言われて良いですよ、って本当に結婚しちゃうくらいだから』
知ってる。いや、知っていた。高校生の時にはやとさんが教えてくれた。
『そういう人ばっかりでまともな人がいないんだよ。だから必然的に僕とか隼人くんはしっかりしなきゃってなるよね。あ、そうそう、そう言えば僕たちが小学生だった時に9人全員で動物園に行ったんだ。その時優菜さんと美香さんがアルパカに夢中になってね、可愛い可愛いってずっと言ってたんだけど琉依さんが美香の方が可愛いよって言って』
『それで美香さんはねー、きゃー琉依さん素敵!!って』
『それを見た隼人くんがアルパカと比べて可愛いって言われて嬉しいのかって僕に言ってきたからわからないって答えたんだよね』
高校生の時はやとさんがしてくれた話だ。付き合ってる時動物園に行ってその時教えてくれた。どうして?ついこの前初めて聞いたと思ったのに。同じ話を繰り返してる。
わからないまま泣いて重くなった瞼がゆっくり閉じていく。
私はまだ忘れてることがあるの……?




