お義母さんと優菜さん
今日はお義母さんと優菜さんが遊びに来る日。私は朝から役所に行ったり住んでいたアパートの荷物を運んだり大忙しだった。先輩も有給を取ろうとしてくれたけどとりあえず洋服とか本とかDVDとかを持ってくるだけだから断った。家電とかは先輩の家にあるのを使うから全部売ることになってまとめて引き取ってもらった。それで今先輩に借りた車で慎重にマンションに帰ってきたところだ。
「17時だー……お義母さんたちが来るまであと1時間か」
伸びをした私はもう一頑張りしようとクローゼットに洋服をしまって本棚に本をしまってケースに入れたまま持ってきたDVDをテレビの横に置いた……のは良いけど自前のケースが安っぽくてどうにもこの部屋に合わない気がする。ラックを買ってきちゃう?いや、そんなに大きなものをこの部屋に置くのはちょっとそれこそこの部屋に合わない気が……。うう、でもそもそもこの部屋に物が無さすぎて家具を置くのに勇気がいる。寝室にあった本棚には難しそうな本が何冊かあって先に先輩がリビングに移動してくれたけど、この黒いシンプルな本棚と自前の100円ショップの白いケースではえらい違いだ。100円ショップ大好きなんだけど……。とにもかくにも先輩に相談してからにしよう。
そう思っているとインターホンが鳴った。お義母さんたちだ。オートロックを解除してそわそわしながら待ち部屋のチャイムも鳴った。
「はーい!!」
「椿ちゃーん!!」
「やっほー!!」
「お義母さん優菜さんいらっしゃい!!」
大きなキャリーケースを持ったお義母さんと優菜さんに部屋に入ってもらう。
「わー久しぶりだわー」
「私初めて来たー」
「へ?そうなんですね」
お義母さんは2回目と言ってたけど1回目の時は優菜さんと一緒じゃなかったんだな。
「隼人んとこに遊びに来ても楽しくないからさー」
「そうよー隼人ったら忙しいから母さんの相手してる暇ないんだよって意地悪言うからそんなこと言って寂しくなっても会いに来てあげないんだからねって言ったのよー」
「あらら、意地悪ですね」
「そーでしょー!!隼人って意地悪なの!!」
お義母さんと優菜さんは賑やかだ。さっそく探検だって言って冷蔵庫とか棚とか部屋のドアとかいろんなところを開け始めた。楽しいなと思ってるとお風呂場から名前を呼ばれる。
「どうしました?」
「これ優菜も好きなやつー」
「あ、本当ですか?」
「本当本当。お肌すべすべになるわよねー香りも良いし」
優菜さんが手にしてるのは入浴剤。私のお気に入りだ。
「先輩も気に入ってくれたみたいです」
「「え!?」」
「はい?」
なんだろう。2人が目を見開いて驚く。
「隼人湯船浸かるのー?」
「はい。毎日ゆっくり入ってますよ」
「すごーい。烏の行水だったのに。気まぐれで1年に1回入るか入らないかだったのに」
「え、そうなんですか?楽しそうに入ってますよ?」
「椿ちゃんさすがねー」
「椿ちゃんが言えばなんでもしそう」
そんなことないと思うけどな。
「それにしても隼人が乳白色のお風呂に浸かってるだなんて面白いね」
「ほんとねー。みんなに教えよー」
「え、え……」
大丈夫だったかな……。またお義母さんたちに先輩をからかうネタを提供してしまった気がする。
お義母さんたちは今度はお布団を置いてある部屋に入る。
「わー可愛いー!!」
「先輩が選んでくれたんですよ」
「「え……」」
「ま、またですか?どうしたんですか?」
「ありえない。隼人が?本当に?」
「はい。一緒に選びましょって言ったら選んでくれました」
「ほー……」
優菜さんは意味深な笑みを浮かべてお義母さんは嬉しそうに笑ってる。どうしたんだろう。
「ねー隼人は何時に帰ってくるのー?」
「定時であがれるようにするって言ってたのでもうすぐ……もうあと20分で着くそうです」
私は携帯を見て先輩のメッセージを見る。
「なに?隼人毎日連絡してくるの?」
「えっと、はい」
優菜さんがニヤニヤする。どうしよう。何を言っても2人を楽しませてしまう。楽しんでもらえるのは嬉しいんだけど。
「なんてマメなのかしら。美香のメッセージには面倒がって全然返さないか適当に流すかなのに」
「むー……隼人なんて知らないもん!!」
ありゃ……お義母さんが拗ねちゃった。
「お、お義母さん……。先輩もお義母さんに会うの楽しみにしてますからね。お義母さん大好きなんですよ。今日だって絶対定時であがるって意気込んでましたし」
「いやーそれは私たちの相手を椿ちゃんに任せるのが嫌だったからよ」
「そ、そうですか?」
「つーん!!隼人の意地悪!!椿ちゃんこれ見てー!!」
「隼人が帰ってくる前に遊びに行くとこ決めよ。絶対文句つけるから。遠いとかつまんないとか」
そんなこと言わないと思うけどお義母さんがガイドブックをリビングのテーブルに広げるから見てみる。有名な観光地に付箋が貼ってある。
「あ、これ美味しいんですよー」
「じゃあここは絶対行きましょうねー」
「それからお茶を買いたいんです」
「ここ売ってそうじゃないかな?」
「優菜、それなら私たちもお土産に買っていこー」
「そうね」
お義母さんはふんわり可愛らしくて優菜さんは華やかな美人さん。2人は見た目も性格も違うけど同じ雰囲気を持ってる。一緒にいると私まで高校時代若菜と旅行前に予定を立ててた時みたいにわくわくドキドキする。2人はいつまでも女子高生みたいに夢中で楽しんでる。2人と一緒にここに行きたい、ここ面白そうって話していると先輩が帰ってきた。条件反射で出迎えに行こうとしてピタッと止まる。お、お義母さんたちいるしどうしよう。
「イチャイチャしてきてー」
「見てないからー」
恥ずかしい……。そう思いながら玄関に行く。
「先輩、おかえりなさい」
「……」
「は、はや……とさんおかえりなさい」
「ただいま」
うう……。やっぱり上手く言えない。片言でおかえりなさいを言う私を先輩はそっと抱き締めてキスしてくれた。難しい。
「母さんたちは?」
「ガイドブックを見て行きたい所話してますよ」
「めんどくさいなあ……」
「そ、そんなこと言わないでください……」
先輩はため息をついてリビングに行く。私は先輩の鞄を持って後ろを歩く。
「隼人ーおかえりー!!」
「ほうほう。顔がにやけてますな」
「もう煩い。どうすんの?外食べに行くの?」
「お寿司食べたーい」
「軍資金は琉依兄からたっぷりもらってるんだ」
「え、そうなんですか?」
「そうよー。椿ちゃんもたくさん食べようねー」
「い、良いんですか?」
「厄介者押し付けられてるんだからそれくらいしてもらわないと」
「そ、そんな言い方……」
先輩はやっぱりお義母さんたちに辛辣だ。でもなんだか楽しそうに見えるし落ち着くんだろうな。
「回転寿司行きたーい」
「はいはい。着替えてくるから待っててよ」
先輩はそう言って寝室に向かって私も寝室に入って鞄を置くと素早く出てリビングに行く。
「早いわね」
「き、着替えるので……」
優菜さんに苦笑いされてしまう。
「着替えくらい見てれば良いじゃん」
「き、緊張しちゃって」
「照れちゃってかわいいー!!」
お義母さんに頬をツンツンされて赤くなってしまう。
「初々しいわ。私にもそんな時代が……なかったわね」
「私は毎日お風呂上がりに見てたわよー」
「え!?」
「美香と琉依兄が同棲してたの普通の1Kだったからね。お風呂から出たらリビングで着替えてたのよ」
「そ、そうなんですねー。お義母さんとお義父さんは結婚する前に同棲してたんですね」
「そうよー。小さいおうちでね。でも楽しかったのよー」
「へー!!今度お義母さんとお義父さんが付き合ってた時のこと聞きたいです!!」
「わーい!!聞いてくれるの?嬉しいー!!」
「隼人は親の恋愛話なんて聞いてられるかって全然興味なかったのよ」
「そ、そうなんですね。でも親のそういう話って恥ずかしいですしね」
「最近はちょっとは聞いてくれるようになったけどね」
そう話してると先輩がすぐに着替えて来た。
「行くなら早くして。早く早く」
「もーせっかちー!!」
「自分が行きたくない時にはとんでもなく遅いのに」
先輩がお義母さんの背中を押して急かすとお義母さんも優菜さんも文句を言いながら歩き出す。私はクスッと笑ってしまう。
「椿も行くよ。大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「私たちにもお伺いしろー」
「隼人の意地悪ー」
「もー煩い。仕事で疲れてるのに母さんと優菜さんに付き合ってやってるだけ良いでしょ」
「プンプン!!酷い!!」
「椿ちゃんにだけ優しいとか最低よ」
「十分優しいだろ」
リラックスしてる先輩に嬉しくなる。そうしてマンションを出て先輩の運転で近くの回転寿司のお店へ向かう。
「あーこの車久しぶりだわー」
「これ美香が妊娠したってわかってすぐに琉依兄が買ったのよ」
「家族でドライブ楽しそうだわって言ったら買ってくれたの」
「え、そうなんですね」
「でも買ったは良いけど琉依兄運転得意じゃないのよ。だから遠出する時はパパとか一輝さんが運転していくから3人でこの車乗るのは記念日とかくらいしかだけだったんだけどね。あとはパーティーに行く時に2人で」
「記念日に……大切な車なのに譲って良かったんですか?」
「だからこそなのよー。大切な思い出が詰まった車だから隼人と椿ちゃんにあげたくてねー隼人がこれが良いって言ったら渡そうねって琉依さんと決めたのー」
「そんなたいした思い出なんてないけど。母さんがぎゃーぎゃー騒いで煩かっただけじゃん」
「もー!!そんなことないわよー!!」
「それだよそれ!!」
後部座席から運転席をどんどん叩くお義母さんと邪魔ーと怒鳴る先輩を見て笑ってしまう。
そんな先輩とお義母さんのやり取りを見てすぐに着いたお店。テーブル席に座る。お店の奥側の通路側に私が座り隣に先輩、私の正面にお義母さん、その隣に優菜さんが座った。優菜さんが手当たり次第な感じがしないでもないけどタッチパネルで注文をしてその間に先輩がお茶を淹れてくれる。
「ありがとうございます先輩」
あれ?受け取ろうとしたら湯飲みを遠ざけられてしまった。
「あ……えっと、は、はや……と……さん」
「いーえ」
むむむ……難しい。
「なにしてんの……?」
「椿が名前で呼んでくれるように特訓してるの」
「難しくて……」
「タメ口もが良いんだけどとりあえず名前からと思って」
「あら、協力するわよ。ねえ、美香」
「良いわねー!!協力するわー!!」
「げ……」
「あ、あの……協力って……?」
「名前呼びもタメ口もまとめてできるようにするわよ。任せなさい」
「は、はあ……」
よくわからないけど優菜さんは自信満々だ。
「先輩って呼んだり敬語を使ったら罰ゲームにしよっか」
「わかったー!!罰ゲームは隼人の好きなとこを1つ言うっていうのは?」
「それじゃあ隼人が喜ぶじゃない。そんなの面白くないから駄目よ。んーでもそしたら隼人の嫌いなところ1つ言う?」
「あの、嫌いなところない時はどうしたら?」
「1つくらいあるでしょ」
「んー……ないです」
「椿ちゃん不思議だわ」
「そ、そうですか?」
「邪心ばかりの優菜さんと椿は違うんだよ」
先輩が優しく頭を撫でてくれる。
「困ったわ……。あ、そうだ。逆にしましょう。名前で呼べたりタメ口で話せたらご褒美ってのはどう?」
「ご褒美ですか?」
「キスしてあげるよ」
「ひぇー!!ここでは駄目です!!」
「隼人の子供の時の話はどうかしら?」
「え!?良いんですか!?」
メッセージアプリで先輩の子供の時の話を聞かせてくれるということになっていたけどまだ実現してない。ここで聞けるなら嬉しい。
「なんで俺の子供の時の話?そんなの面白くないよ」
「椿ちゃんは聞きたいわよねー?」
「はい、聞きたいです」
「ほら見なさい」
と、そこでお寿司がきた。先輩が醤油を渡してくれる。
「ありがとうご……ありがとう」
「ギリギリセーフね。初めは仕方ないわ。美香」
「はいはーい。元々椿ちゃんに見せてあげようと思ってたのよー」
そう言ってお義母さんが携帯を見せてくれた。
「か、可愛い……」
「でしょー!!」
「げ、なにこれ」
「隼人の赤ちゃんの時の写真よー」
可愛いヒヨコのかぶりものをかぶって頬を膨らませてソファーに座ってる先輩の写真だった。写真屋さんに飾ってありそうな可愛すぎる写真だ。
「可愛いですし赤ちゃんの時から綺麗なんですねー……」
「そうでしょ。アメリカ人の赤ちゃんみたいだったのよー」
「椿ちゃんに見せようとアルバムを持ってこようとしたんだけどさすがに多すぎて写メ撮ったの。たくさんあるからこれで隼人の話ができるよ。これなら名前呼びもタメ口もできそうでしょ」
「はい!!」
「俺はあんまり嬉しくないんだけど……」
「隼人の意見なんてどうでも良いのよ」
「イチャイチャしながらできるようにしたいのに」
「そんな定番のなんて駄目よ。特訓よ、スパルタ」
「でも椿ちゃんだから楽しくが良いわよねー」
先輩はむすっとしてしまうけど写真とお話には勝てない。




