素敵な旦那さん
観葉植物以外の荷物を全部持ってくれる先輩の後ろを歩く。……さっきのって毎日やるのかな、毎回緊張して心臓がいくつあっても足りないよ。
「んーどうしよっか?ご飯作る前に簡単に部屋見てく?」
「へ?あ、そうですね……えっと、先にご飯炊いちゃいますか」
「そうだね。洗面所だけ行こうか」
先輩のあとについて行くと洗面所に感嘆の声をあげてしまう。
「先輩きれい好きなんですね、ピカピカです」
「そうでもないよ」
謙遜してるけど水滴一つなくてホテルみたいに綺麗だ。
もったいない気がすると言うと笑われて早く手洗ってと促されてしまった。
「ついでにここが浴室ね」
「ほえ!?」
なんの迷いもなく言われた言葉に過剰に反応してしまって恥ずかしくなる。ただのお風呂場じゃないか。
「わ、わー!!広いですね!!先輩は湯船に浸かる人ですか?」
先輩の前に行って浴室を見渡しながら焦って早口になってしまう。先輩はクスクス笑ってわかりやすい。私の反応を面白がってるんだ。
「そ、そんなに面白いですか?」
「うん、可愛い」
もっと落ち着いた女性になりたい。これじゃ意識しまくりなのがまるわかりだ。いや、私だってさっきお義母さんたちに言われなきゃここまで過剰に反応しなかったはず、多分。
「つーばき」
「ひゃあ!!」
後ろから抱き締められて耳元で名前を呼ばれて肩が跳ねる。
「も、もう!!意地悪しないでください!!」
「してないよ。大丈夫、そのうち一緒に入ろうね」
「わ、私の質問は湯船に浸かるんですかってことです!!」
意識してたのはそういう理由だけど、と心の中で叫ぶ。
「俺はシャワーだけだけど椿は浸かるでしょ?お湯張っておこう」
そう言ってピッとボタンを押した。
「浸かりますけどなんでわかるんですか?」
「入浴剤とか入れてずっと入ってそう」
「え、どうしてわかったんですか!!気持ち良いなーってぼーとしてると長くなっちゃうんですよね!!」
「そうかなーって想像「先輩は変態です!!」そうだけど?」
頬をそっと撫でられながら言われていたたまれなくなった私はさっさと洗面所から脱出してリビングに入った。
「えっと、炊飯器は……」
ゆっくりと歩いてきた先輩はキッチンにあるものを1つ1つ説明してくれる。
ハイテク炊飯器にハイテク電子レンジ……。すごい、お料理するのが楽しそう。家電量販店で見て欲しいと思ったけど手の届かない値段で断念するしかなかった。今すぐ使いたい衝動に襲われる。
「椿?どうしたの?」
「すごい高性能の家電です。これ使って良いんですか?」
「このうちにあるの全部椿のものだよ?当たり前でしょ」
「なんと……本当にすごいです。全部先輩が買ったんですか?」
「あー違うんだよ」
「そうなんですか?あ、お義父さんですか?」
「親父もだけどね。えっと、椿にずっと紹介したかった人たちがいるんだ。その人たちが買ってくれたんだよ。俺のすごく大切な人たちだから椿にも紹介したいんだ」
「紹介……なんだか嬉しいです。先輩の大切な人たちに会わせてくれるんですか?」
「会わせたいんだ。みんなも椿に会いたがってるしね」
「え、そうなんですね。どんな人たちなんですか?先輩のお友達?」
「俺のっていうか親父の友達。学年は違うけど大学時代からの友達なんだよ。俺もいつも助けてもらってる」
「へー!!お義父さんの!!先輩の小さい時のことも知ってるんでしょうね!!」
「あー……でもそれ喋らせると面倒だから止めた方が良いよ」
「そうなんですか?」
「うん、会ったらわかるよ」
「ふふ、楽しみです。あ、私も大学の友達先輩に紹介したいです。良いですか?」
「もちろん。ありがとう」
「あ、でも……」
みんな良い子だけど大丈夫かな……。千恵は無遠慮に色々聞いちゃうかもしれないし愛ちゃんはお金持ちの人が好きだから大手商社に勤めてる先輩の同僚紹介してとか言ってきそうだし、そうじゃなくてもみんなミーハーだからかっこいい先輩にあんなことしたりこんなことしたりするかも。困った、先輩は昔からモテてたし女の子たちに囲まれてただろう。優しいから邪険にはしないだろうけどそういうの嫌だったかも。
「どうしたの?」
「いえ、なんというかみんな明け透けというかミーハーというか……。先輩かっこいいから失礼なこと言ったりするかもしれないと思って。先輩そういうの嫌ですよね?」
「苦手なだけだから大丈夫。それに椿の友達になら喜んで見せ物になるよ」
「いえ!!そんなことにはさせないですけどね!!けど大丈夫なら会ってもらいたいです。みんな面白くて良い子たちなんですよ」
「うん、俺も会いたい。大学生の時の椿のこと聞く」
「え、そんなの聞いても楽しくないですよ」
「絶対聞く。絶対楽しいよ」
「そ、そうですか?それなら良いですけど」
先輩が嬉しそうにしてるからまあ良いかなと思いながら炊飯器をセットして今度は部屋を案内してもらう。そして最後に寝室へ入る。
「わ、わあ!!大きいベッドですよー!!」
シングルのベッドしか寝たことがないから十分大きいような気がした。
「これから大丈夫そうですよ」
「んーやっぱり改めて見てみると狭い気がする」
「へ?そうですか?」
私はこれで良い気がしたけど先輩は違うみたい。
「寝てみる?」
「え、今ですか?」
「うん、きっと寝てみたらわかるよ」
「あ、あとで良いんじゃないですかね。さあ、ご飯作っちゃいましょう!!」
なんだか寝そべってどんな感覚なのか確かめるだけで済まなそうな気がして私は慌てて寝室を出た。
「ふふ、動揺しすぎ。考えすぎだよ」
「だ、だとしても用心するに越したことはありません!!」
「用心するって……なんで警戒してるの?夫婦なんだからイチャイチャするの普通でしょ」
「そ、それでも今はご飯を作るんです!!」
「まあ、そうやってあわあわしてるとこも可愛いから良いけど」
「可愛くないですよ!!」
私は怒りながらもう一度キッチンに入り料理を始めた。先輩は笑いながらワインをしまったり花束を花瓶に飾ったりしていた。
そして親子丼を作り終えて2人で食べる。
「どうですか?」
「うん、美味しいよ!!」
「良かったです」
優菜さんより美味しくはないかもしれないけどそれでも先輩は喜んでくれた。
「優菜さんのより美味しいよ」
「お世辞は良いです。今度優菜さんにレシピを聞いてみますね」
「えー……椿の親子丼を食べたいのに」
「そうなんですか?」
「うん。椿の料理が食べたい」
「そ、そういうものなんですね」
てっきり食べ慣れてる母親の味が食べたいのかと思っていた。お義母さんだけじゃなくて優菜さんも彩華さんも先輩のお母さんだし。
「また勘違いしてました。母親の味じゃなくて良いんですね」
「でも椿のお義母さんが教えてくれてたレシピはどんどん使って良いからね。椿の味だし」
「んー……でも先輩の好みに合うようにいろいろアレンジしてみます。先輩の好きな味にしたいですもん」
私がそう言うと先輩は嬉しそうに笑ってくれた。自分がこうなんだろうと思っても先輩にとってはそうじゃないことがあるんだな。これで聞かずにお義母さんたちの料理の再現をしてしまっても先輩は美味しいって言ってくれたと思うけどやっぱり先輩が本当に望んでいることをしてあげたい。先に聞けて良かった。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
先輩が心から嬉しいって笑ってくれることをしたいな。そのためにも癒し系奥さんにならないと。そう、お風呂に入って髪の毛を乾かしてって言うんだ。本当にそれで癒されるのかわからないけどお義母さんたちが教えてくれたんだもん。きっと先輩は喜んでくれるだろう。
でも待って。髪の毛を乾かしてほしいってどのタイミングで言えば良いんだろう。乾かすのって洗面所で?リビングで?しまった、調べなきゃ。
「椿?椿、どうかした?」
「ハッ!!ど、どうもしませんけど!?」
いけない、また考え事に集中してしまった。先輩は立ち上がって食器を片付けた後だった。
「あ、私がやったのに……」
「ずっとやってたから良いよ、自分で」
「そうなんですね」
先輩が手を差し出してくるから首を傾げてしまう。なんだろう。わけがわからずとりあえず右手を乗せてみた。先輩はきょとんとする。
「ま、間違いました……よね」
「いや、可愛いから良いけど」
先輩は笑ってから食器だよ、と言う。
「え、食器ですか?」
「うん、洗っておくから椿はお風呂に入っておいでよ」
「え!?い、良いですよ!!私が洗うので先輩が先に入ってください!!」
「作ったの椿だから洗うのは俺がやりたいんだよ」
「ええ……そうなんですか」
「うん。ほら、入ってきて」
「でも一番風呂は旦那さんだと思うんですけど」
これもドラマとネットの情報だけど、旦那さんに先に入ってもらうものだと思っていた。
「俺は椿に先に入ってほしいの」
「んー先輩がそうしたいなら良いですけど。先輩は私が知り得てる旦那さんじゃないです」
「椿はどういう旦那さんが良いの?」
「いや、別にそういうんじゃないんです。ただこういうものだって思ってるのは奥さんの料理にお袋の味じゃないって言ってお義母さんを家に呼んで作ってもらったり、玄関でのお迎えは鞄を持ってあげるんです。キスとハグではなくて!!」
「ふーん……。椿の知識って面白いよね」
「キスとハグではなくて!!」
毎日あれをやるのは困難だと、安易に主張してみるけど先輩は気にしてくれなくて考え込んでしまった。
「椿は亭主関白なのが良いのかな」
「良いとかそういうのじゃないんですってば」
「でもイメージしてたのはそういうのなんでしょ?」
「まあそうなんですけど」
「うーん……。できるだけ椿の思うようにやってあげたいけど荷物持たせるのは嫌だし、家事も2人で分担してやりたいし、こういう洗い物とか」
「べ、別にやってくれるならやってもらって良いんですけど」
「椿鞄持ちたいの?」
「冬はコートも受けとりたいで……いえ、そういうイメージがですね、あるので」
「ふふ、わかった。じゃあハグしてキスして鞄を持ってコートがある時はコートも受け取って俺のあとをテクテクついてきてくれたら良いよ」
「さ、最後のなんですか!?」
「え、そういうイメージじゃないの?」
「そうですけど!!え、良いんですか?」
「良いよ。母さんもよく母親はこういうことをするものだって言ってきて付き合わされてたからね」
「わあ!!お義母さんもですか?」
お義母さんと似てるみたいで嬉しくなった。
「うん、だからやりたいなら良いよ。でも俺は亭主関白なわけじゃないから」
「それはわかってます、もちろんです。先輩は紳士的で優しいですもんね」
「それなら良いよ。だから一番風呂は旦那さんじゃないととか考えなくて良いから」
「んー……そうなんですね」
「難しく考えなくて良いんだけど」
これではドラマやネットの情報が適用されない。先輩は素敵な旦那さんすぎて私が知り得てるイメージ夫婦像とは違ってしまっている。
「ほら、俺は椿がしてくれることならなんでも嬉しいって言ったでしょ。椿が知ってるイメージの中で椿がやってみたいことをしたら良いよ」
「頑張ります」
「だから頑張らなくて良いんだけどな……。まあ、とにかくそういうことだから椿はお風呂に入ってきてよ。これは俺がやっておくから」
「わ、わかりました」




