34話 「頼みごとがあんなら、金貨10億枚現ナマで持ってきて跪いて地面舐めるくらいのことしてくれないとなぁ」
「オレの住んでる集落は、古い習慣の残ってる田舎なんだ」
トールフの住んでる国は、獣人ばかりが集まった国らしい。
獣人には、獣人特有の習慣がいくつかある。その中で、奪い合いと呼ばれるものがある。ちなみにジー・ガルガバラというのは、獣人語らしい。
その“奪い合い”というのは、簡単に言うと“土地の奪い合い”だ。ルールはこうだ。
・4年に1度、周囲の村と戦争のように争って土地を奪い合う。
・負けた村は、勝った村のものになり、自治権を失う。
・負けた村の人々の扱いは様々。勝った村の考え方次第で、奴隷のようになったりする事もある。故に、負けられない。
・それを抜きにしても、“奪い合い”で負けるのは獣人にとって耐え難い屈辱らしい
・“奪い合い”の2ヶ月後、負けた村には“奪い返し”と呼ばれるリベンジの機会が与えられる
・それで勝つと、村の自治権を取り戻せる。つまり、引き分け。
もっとも、“奪い合い”という習慣は一部の、時間が止まったような田舎にしか残っていないようだ。
4年に1度って、オリンピックかよ。
トールフの村は、現在負けており“奪い返し”に掛けるしかない。
「ふぅん」
「だけど、うちの村には戦えるやつがオレくらいしかいねぇ」
「へー」
「オレ以外の数少ない若い衆は、ネズミなんかの戦いに向かない獣人だし、あとはジジイとババアばっかだ」
正直どうでもいい。それよりも、獣人って普通の人間だったら耳がある場所はどうなってるんだろうね。つるつるてんなのかな? あ、気になる。
「ふーん」
「だから、結婚する!」
今の村で“奪い返し”に勝つのは絶望的。村を捨てることも、老人も多いし難しい。だから、強い女を探していた。
巴を一度娶れば、今回の“奪い返し”も”次の“奪い合い”も勝てる。子供を作れば村の人口増加に繋がる。血筋的にも、その子供は強い。
…………あーあーあーあーあー!!! ムカつく! 何様だテメェ!!
「だぁれが、お前なんかにウチの子を嫁にやるかばーか!」
帰れ帰れ!! お家でおしゃぶり昆布でもしゃぶってな! そんなことの為に世界一可愛くて素敵な巴をやるもんか!
「お前はこの女の何なんだよ⁉」
トールフが俺を指差す。フッ、愚問だな。
「相棒だよ!」
「相棒」
トールフがオウム返しにする。相棒、そう相棒だ。背中を預け人生を預け、互いに信頼し合い愛し合い死んでも一緒の相棒だよ!
「そうだよ!」
「完全に嫁入り前の娘を持つお父さんっすね」
「強く抱きしめたせいでトモエさんの足がちょっと浮いてますわ………ぶらぶらしてらっしゃる」
「でも本人、まんざらでも無さそうっす」
「『羨ましいだろ』みたいな顔してますわね」
「自分、ミツルさんに抱きしめられてもそんなに嬉しくないっすけど」
「でも、女の子に抱きしめられてるみたいで緊張しなさそうですわね」
「自分は逆に緊張するっす………」
「だいたいさぁ、なんで結婚してやるとか言えんの? 上から言える立場なの?
脳みそファンタジーなのかよこのミドリムシ」
何様なの? 俺様なの? 『トールフ・トーレースを知らねぇとか……フッ、おもしれー女』とか言っちゃうの?
「それはわたくしも思いましたわ。プロポーズがなってませんことよ」
「獣人の習慣っすかね」
「そうではなく、本人の気質かと」
「………」
自覚があるのか、俺達の言葉を聞いて気まずそうに下を向くトールフ。
「頼みごとがあんなら、金貨10億枚現ナマで持ってきて跪いて地面舐めるくらいのことしてくれないとなぁ」
それでも断ると思うけど。
「うわっ」
「どうした巴」
「鬼畜すぎる」
「そうかな?」
「問題は割と本気で言ってるとこだよね」
まぁ、実際目の前でそれされても嬉しくもなんとも無いんだけどね。ほら、ムカつくし……。腹いせに言ってる部分もあるっていうか。
「なんか、トールフさんがかわいそうになってきたっす」
「10億は嘘だよ」
だいたい、そんな限界集落みたいな村に10億あるとは思えないし。
「そこっすか」
「確かに、言い方に問題があった。謝る! ごめんなさい! あんな事言うような男は嫌だよな!
改めて言う。とにかく、オレと結婚して村を救ってくれ! 頼む!」
「それは嫌かな」
「自分勝手な頼みだとは分かっている! だけど、勝たないと駄目なんだ。相手は、敗者を奴隷のように扱う奴らなんだ! 頼む、助けてくれ!
結婚してくれたら、勿論できるかぎり大切にする! オレも強くなるように努力する!」
とうとう、トールフはなりふり構わなくなった。
俺の服の裾を掴んで引っ張る。
「オレにできる事ならなんだってする! 10億必要なら一生掛けて支払う。跪いて地面舐めなきゃなんないなら、泥でもクソでも舐めてやる!」
トールフの瞳に涙が浮かんだ。
「オレは村の皆を助けなきゃいけねーんだ! ラグの奴は来月に奥さんが子供産むんだ。その子を奴隷にする訳にはいかねぇ。
ミーユは剣すら持ったこと無いのに、無茶して前に出て怪我しちまった。
じいちゃんもばあちゃんも体が弱いクセに無理ばっかするから、これ以上苦労は掛けられねぇ。
お前は強い称号を持ってるからって冒険者になれって言ってくれたんだ! オレが、オレが助けなきゃ……!」
ふむ、思ったよりもトールフの村は悲惨なようだ。流石にかわいそうだ。
「じいっ」
「なんだよ巴」
「じいっ」
「なんだよアキルク」
「じいっ」
「なんだよクラリーヌ」
そんなに見つめるなよ。俺も、これで聞かなかった事にするほど無慈悲じゃない。
ふん、インケンノサイコティウスなんて嘘だからな!
「で、その奪い返しはいつやるの?」
「「「フゥー!!!」」」
パチパチパチパチ。示し合わせたように拍手する。
仲いいなお前ら。
「………! 20日後だ」
「分かった。俺達が手を出して最良の結果になるかどうかは解かんないけど、できる限りの協力をしよう」
「っ! ありがとう。本当に、ありがとう……!」
涙ぐむな。まだ何も始まってないのに。
「俺は冒険者パーティ完璧な円のリーダー、ミツル・シワタリだ。冒険者ランクはB級」
「B級冒険者トモエ・シワタリ。完璧な円最強」
「B級アキルクっす。これでもヒーラーっす」
「F級冒険者、クラリーヌと申しますわ。錬金術師ですの」
「C級冒険者、トールフ・トーレース。ありがとう! よろしく、お願いします!」
だから泣くなよトールフ。泣きながら俺の腹に抱きつくんじゃない。ちょ、湿ってる湿ってる。
「離せやい。巴たすけて」
「えいっ」
巴がベリベリとトールフを引き離す……服に鼻水ちょっと付いてるし。ビヨーンってなった。
「ありがとう」
「ゆあうぇるかむ!」
「じゃあ、ギルド行って帰るか。明日その村に向おう。トールフ、明日の10時にギルドの前集合ね」
「わかった!!」
イケメンが鼻水垂らしながら顔を輝かせるという残念な図を見る。
取り敢えず、帰って準備しよう。シンクもいるしな。あー、暫く留守にするかもって言ったらアイツいじけるかもな。フォローもしなければ。
あと、獣人の国ってどこだ? 地図を買おう。忙し忙し。
「トールフ」
ミツルという冒険者に続いて歩き始めたトモエが、ふとトールフを見た。
「なんだ?……さっきはすまなかった」
冷静さを欠いていたとはいえ、あんまりな言い方だったと思う。
村が負けてから、食欲が無く眠りも浅い。そのせいか、思考もこんがらがっている。
完璧な円の異様な強さを目の当たりにして、思わず前に飛び出て緊張して頭の中が真っ白になって出てきた言葉がそれだった。
落ち着いて考えた今、最悪な言葉選びをしたと悶絶したくなる。
「別にいいよ」
「じゃあなんだ?」
世界の終焉のように死んだ瞳が、無遠慮にトールフを見つめるが、嫌ではなかった。
「満は完璧な円として受けた仕事は絶対に、何があっても成功させる。それは私も。プライド持って仕事してるから。だから、安心して」
「おう」
トモエの言葉には、確かな自信と信頼があったから、素直に返事をする。
「これあげる」
カバンの中から巾着を取り出し、その中に入っていた黒くて丸い塊をトールフに差し出す。
とても食べられそうにないが、狼の獣人特有の嗅覚がこの黒い塊の秘める食料としてのポテンシャルを的確に感じ取ったので、受け取った。
「ありがとう」
そして、用は住んだとばかりにトモエは去っていった。
遠くで、ミツルに追いついてその腕に掴まるのが見えた。
「……うまい」
そして、黒い塊を齧る。それまで何を食べても砂を噛むようだったのに、その塊がとても美味しく感じられた。




