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特異戸籍課夜間窓口  作者: hikirunjp
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レイカはフツーにヴァンパイアとゾンビに襲われる/ヒビキは仕事でヘタ打ってソシャゲーにのめりこむ


†【レイカ】

 今夜は三社祭です。ミワちゃんとナナミとセイラと来てる。カリンも誘ったけど仕事だって、こんな日に。かなりブラック、カリンの会社。ミワちゃんの黄色地に白い花柄の浴衣キレー。ナナミ、それおとーさんの? 渋すぎでしょ。セイラはいったいいつからそーいう趣味になった? ゴスロリ浴衣って。でもアンガイ似あっててカワイイ。ウチはママの拝借。ちょっとオトナな感じの赤地に黒い縦じまの浴衣。おはしょり長くとってるのは内緒。

 三社祭は宮木野神社と志野婦神社のお祭り。二社しか参加しないのに三社っていうのは、カゲ社といって数揃えを入れてるから。二より三の方が縁起いいしょ。でも、三つ目は青墓の杜にむかーしあった青墓神社のことって言う人もいる。ホントのところは分かんない。ウチは俗説の、宮木野さんと志野婦さんの双子の姉妹の他にもう一人男の兄弟がいて、三社ってのが好き。

 ウチは8年ぶりの三社祭。もとは4年ごとのお祭りで、ちょうど4年前にはあの事件があって中止になってた。でも、ミワちゃんたちは毎年参加だって。ヒマワリのパパが商店街振興を掲げて町長に当選してすぐの仕事が、三社祭を毎年開催に代えたこと。共催企業を募ることで無理っていわれてたことを実現したって。これはお祭りのパンフの受け売り。

「ヤオマンの提灯と、三社祭の提灯、半々って感じ」

「ほんとだー。んっぐぐ」

「レイカ、お前、その腐れ牛乳好きだな。何本目だ?」

「3本目。おいしーよ。あれ? なんて名前なんだっけ。ラベルない」

「辻沢ダイゴ。あのノボリに書いてある」

「ダンス・飲・ザ・辻沢ダイゴ!」

「ほれ、レイカ。踊れ!」

「あ、かっぽれ、かっぽれ」

「なにそれ?」

「知らない」

 あぶな、人にぶつかりそーになった。あんなでっかいヴァンパイアの被り物二人でしてたら邪魔でしょに。てか、周りヴァンパイアだらけ。宮木野さんと志野婦さんの双子姉妹がヴァンパイアって言い伝えをもとに、女の人はヴァンパイアの格好をして参加するように呼びかけてるんだって。二人一組でね。お揃いヴァンパイアコーデってやつ。おかげでいまや辻沢ヴァンパイア祭り。ハロウィンが流行るのに合わせて、こっちも人気出て来た感じらしい。これも町長のアイデア。でも、ウチはこれはいいと思う。だって、うれしいもん。コーデ目当てでも辻沢に人がいっぱい来るなんて。あそこの二人は、控え目に牙付けて口に血のりシール塗ってるだけだけど、さっきすれ違った二人組なんか、全身ヴァンパイアコスプレだった。紫と赤の全身タイツ着てマントつけて。気合入ってんなーって、注目の的だった。二人ともスタイルよかったし。ウチらジモティ―は夜店で買ったヴァンパイアのお面、頭に乗っけておしまい。あー、そうね。あそこにもいるけど、沿線のJKは、制服にヴァンパイアメークってのが流行りみたい。お揃いコーデ、メンドーだからだと思うけど。けっこー、かわいい。スカートの丈つめて、ブットい足晒して。ヒ! ちっさいおばーちゃんたち。チョー怖い。


†【ヒビキ】

 三社祭。日中は暑かったけど、夕方になっていい感じに涼しくなってきた。シラベたちに一緒にって誘われたけど、仕事って断った。これも一応仕事だし。あたしも乙女で、一人でぶらぶらしてるのは運営委員会が決めた変なルールに反すると思って、せめてってこの被り物買ったけど大丈夫かな。ピロシキに目鼻つけたようなやつだった。これ、違くないか?

 夜店のどぶづけの中見たら、「辻沢ダイゴ」ばっかり残ってるし、ラベルシール、瓶からはがれて水の中で泳いじゃってる。やっぱプロダクトの急ごしらえは禁物だ。

「ママ―、このミルクおえー」

「だから変なの買わないのっていったでしょ。いらないなら捨てちゃいなさい」

「ぼく。ゴメンな。このラムネと交換してあげるよ。いいや、お金はいらないよ、ママさん」

「すみません。ダイキ、ありがとう言いなさい」

「ありがとー」

「いいって、こんなまずいもん押しつけやがるから、みんなが迷惑してらーね」

社長に見せらんない。おニーさん、ノボリに八つ当たりしなくても、あーあ。あとで買戻し要求されるの覚悟しとこ。

陽物神輿にでっかく「辻川雄一朗をよろしく!」。町長の名前、思った以上に映えるね。電飾派手にして正解だった。それより、ちん(ピー)の神輿、今年初めてなのに、皆さんに受け入れてもらえたのはありがたいな。

「ねーちゃん。恥ずかしがんなって。旦那のには毎晩またがってんだろー」

「さすがに乗りなれてるじゃね―の。あねさん」

「うるさいね。うちのやつは3年前から、使い物になんないよ」

「おーい、旦那さんよー。頑張んないと捨てられちゃうよー」

「いいよ、いいよ、持って帰っちゃって。それは奥さん専用だ」

それにしても、今年年女じゃなくてよかった。誰が言いだしたのか、年女はあれにまたがるもんだって。絶対社長に、

「なに? ヒビキ年女なの、じゃ乗れ!」

って言われて、先頭切って乗る羽目になってた。あんなのに乗せられたら乙女一生の不覚だったよ。


†【レイカ】

「なんか、今年の志野婦の神輿、ちん(ピー)の形してるんだって」(ナナミ、ファール)

「やめてよー。ナナミ」

「セイラ、お前。何ぶりってんだ?」

「ないわ、辻沢の祭りは女祭りだよ」

「山椒の木の寄木造りって書いてある」

「レイカ、お前はどこの人だ。さっきからパンフばっか見て」

ケッコー面白いよ。

「山椒の木ってのは最悪だね。宮木野さんとこNGのはずなのに」

「どぃうこと?」

「宮木野さんは山椒の木の元で死んだから、神社に山椒の木は植えられないことになってる」

ふーん。

「年女があの神輿に跨がるってパンフに書いてある。豊作祈願だって」

ちん(ピー)に女の子が乗るって、恥ずい。(レイカ、ファール1。反省)

「セイラ、今年、年女でなくてよかった」

「そーだねー。セイラは乗せらんないね」

「ミワちゃんは?」

「あたしは、別に気にしない」

「ちん(ピー)にのったミワの姿って、ワラエル」(ナナミ、ファール2)

「そん時は、ナナミも同乗してるから。同い年じゃん二人とも笑」

「レイカもそん時は年女だろ。ママハイ仕込みが」

「ほっとけや」

って、ナナミ、ヤマハイ仕込みでなくってママハイって言ってたんだ。ママの言うことハイハイ聞くって意味か。ウチ、そんなでもなかったよ。とくにコーコーの頃は。ナナミにテクニカルファールみとこ(ナナミ、ファール3)。セイラは笑いすぎ。


†【ヒビキ】

 ヴァンパイア祭りになってから人の集まり増えたけど、こうやって人ごみの中に佇んでいると、ざわざわとした気持ちになって落ち着かなくなる。多分、この中にヴァンパイアが混じってるって知ってるからなんじゃないかな。さっきすれ違った紫と赤のペアーみたいなそれらしい格好じゃなくて、ごくあたり前の格好して。そいつが4年前にココロをあんな風にしちゃったんだ。

 ココロが帰って来たってココロのパパから連絡もらった時は、本当にうれしくてココロんちに飛んで行った。帰ってきたのはずいぶん前だったって電話で言ってたのに、家に着いたら警察に連絡してないって言われて、初めてその時変だなって思った。なぜかごめんなさい、ごめんなさいって言い続ける痩せ細ったココロのママに案内されて、台所の下の地下室に下りると、そこには猛獣を飼うような檻が設えられていて、中にうつろな目をした辻女の制服姿のココロが立ってた。その時のココロを見て全て分かった。違うって。これはココロじゃないって。ココロは死んじゃったんだって。一時は、ココロをこんなにした奴が憎くて憎くて、怒りで狂い死にしそうになった。でも時間が過ぎると、やっぱりココロはそこにいて、あたしの名前を呼んでくれるし、黄色く濁った眼球、鋭い牙や爪、血管が透けて見える白い肌をしていてもココロはココロだった。あたしはどうしていいか分からなかくなった。そして、毎日学校の帰りに冷たい地下室に籠ってココロと対面しているうちに、こうしてココロと一緒にいられることだけが大切なことに思えてきて、その他のことはウチらには関係ないって気持ちになった。そうするうちにココロのママが2階のココロの部屋で首を吊って自殺して、ココロのパパがココロの食餌を調達しに出かけたまま失踪して、最後はあたしがココロの面倒を見ることになったけど、それもこれも時間が過ぎただけのことで、あたしは何も感じなかった。だって、死んでしまったココロが目の前にいるこの世界は、あたしにとっては、すべてが停止してしまったのと同じだったから。これからずっと何も変らない、そう思ってたから。

で、いま冷たい手であたしの首ねっこ抑え込んでるのは誰かな?

「ヒビキちゃん。人がワルイな。社長の差し金でいろいろ調べてるんだって? 予め言ってくれないと、こっちも準備あるからさ」

この声は町長。どうしてこんなところに?

「言ったら極秘調査になりませんから」

「おー、極秘調査ね。相変わらずヒビキちゃんは社長の裏仕事手伝ってるのね。でも、あんまりやりすぎると、この可愛い首どうかなっちゃうよ。ダメダメ、後ろ向くのはなし」

そーかよ、まずその手を放せよ。

「おっと、どっかのバカみたく指へし折られるのは勘弁」

へし折る? ちょっとひねっただけじゃないの。会長が人のフトモモ触るから。

「アタシのこの指はそう簡単には折れないけどね」

気味悪く節くれ立った指があたしの頬をなでた。長っが。触んな、きもい。爪伸びすぎだろ。

(「町長? そうだよ。あいつもヴァンパイア。よそ者だけどね」)

「こちとら辻っ子だ。お前らなんぞ怖くない」

「あれ? なにいきってるの? 君の友だち殺したのアタシじゃないからね。恨み違いしないでよ」

何だと、ハゲ。

「あんたの指がきもいのはいいとして、腐った菜っ葉の匂いがしてるのはどうしてだ?」

「おっと、いけない。ついつい本性出しちゃったよ。人に見られたら大変なことになる」

痛てて。押しやがった、転んじゃっただろ。ん? いない。町長が消えた。どこ行ったんだ? おおー、今頃震えが来た。止まんないよ。怖かった、すごく。

震えは止まったけど腰ぬけた。立ち上がれない。お、ちょうどいい。カワイだ。

「おい、そこのセーネン」

そう、お前だよ、カワイ。ちょいちょい、こっちゃ来い。

「カレー☆パンマンさんが何のご用でしょうか?」

「ばか、あたしだよ。ヒビキ」

「えー、ねーさんこんなところで何してるんすか?」

で、駅前のイベント会場まで来たわけだけど。

「結局、ゴーマルサンさんにお任せで」

アイミツなんぞも取らないかった。だろ? 

「盛り上がってるじゃない、コスプレショー」

「違いますって。お揃いコーデコンテストですよ」

「で、ステージの上にぶら下がってるバケツにはブタの血でも入ってるの?」

「何すか、それ。違いますって。赤い塗料です。優勝者にぶっ掛けるんだそうです。始まりますよ」

 

†【レイカ】

 駅前広場、すごい人だかり。なんだろ。

〈本年度のヴァンパイアお揃いコーデコンテスト優勝者はーーー〉

〈デゥルデゥルデゥルデゥルデゥルデゥルデゥルデゥル。ジャーーー〉

司会者、口で言ってる。予算のカンケ―ってやつ?

〈天伴連町、ブラック・キャリエッタ姉妹の御二方でした〉

大歓声。あ、さっきの紫と赤のタイツの二人だ。まー順当だろーね、あの二人なら。

〈それでは、記念品の授与と優勝イベントのほうを行いたいと思います〉

おー、金のすり鉢&スリコギ棒だ。高そー。大歓声と大拍手。パチパチパチっと。

〈次はイベントのほうに移りたいと思います。あ、商品はこっちに預りますので。優勝者のお二人は、前の処刑台のほうにどうぞ。もちょっと前に。そう、そこです。用意があるので少々お待ちください。いいですか? 準備OK?〉

「レイカ行くよ」

「見て行かないの?」

「ウチはいいわ」

「あたしもいい」

なら、ウチもいいけど。すごい歓声。

「ゴリゴリ! 殺せ! ゴリゴリ! 殺せ! ゴリゴリ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」

地面揺れてる? 


†【ヒビキ】

 うわ、地響きしてる。周りの人殺気だってるよ。

「ねーさん!」

「なに?」

「興奮するっすね!」

カワイ、お前も何気に辻っこだな。


†【レイカ】

 セイラは? 後ろ振り返ったら、二人が真っ赤な絵の具を浴びせかけられてた。セイラ、そんなところにしゃがんでると踏みつぶされちゃうよ。どうしたの? セイラ。息、上がっちゃってる。過呼吸? セイラ身体弱いのにあんな刺激の強いの見るから。大丈夫? 立てる? 行こ。キャリエッタ姉妹の念動力が地獄を呼ぶ前に。なんてね。・・・・セイラ、なんで泣いてるの? うわ! 何あれ。ひどスギ。

 

†【ヒビキ】

 あと10分で12時か。

あのイベント過激すぎだった。ペンキかけるだけでよくない? 斬首いらないよ。司会者がマネキンの首を両脇に抱えて見せるってのはやりすぎだよ。司会者の白いタキシードが真っ赤になってて、気味悪かった。どっかから悲鳴あがってたし。

トリマ、宮出しは終わったし、目抜き通りの交差点で両神輿がお見合いしたら帰れる。なんか暴れるな、今年の神輿。あっちよったり、こっちかすったり。わざとか? 担ぎ手いつもの人たちだよな。どことなくちん(ピー)もグラついてないか? 危ないだろ。電柱倒れんぞ。シンチョーに行ってくれよ。あと少しなんだからさ。


†【レイカ】

 そろそろ12時。宮木野神社と志野婦神社の御神輿がこのメヌキドーリの交差点に来合わせる時間。で、ケンカ神輿? しないよ。かわすの、お互いで。宮木野神社の御神輿は、どんだけ優雅に、志野婦神社の御神輿は、どんだけ勇壮にお互いの御神輿を交わしあうかが見せ場。ってパンフに。

「おー、来たよ。志野婦のでっかいちん(ピー)だ」(ナナミ、ファール4)

どよめき。歓声。また歓声。人垣で何も見えない。二人は背か高いカラいいけど、ウチとセイラは人並みだから、さっきからぴょんぴょんしつづけ。疲れるね、セイラ、大丈夫?(無声)。うん、メマイする(無声)。

「やだ。アレに辻川雄一郎をよろしくって書いてある」

「そこまでするか?」

「どんだけ名前売りたいんだ?」


†【ヒビキ】

 来た。宮木野の神輿。大外から回って、優雅にかすめてー。で、志野婦の神輿が練りに練って勇壮に。・・・・どうして突っ込んでいくんだよ。喧嘩じゃないんだよ。どこの祭りだと思ってんだ。危ないって! ぶつかったら衝撃に耐えられないんだって、寄せ木だから。あーーーーーーー。やった。爆裂した。派手に。


†【レイカ】

 おー、どよめき。また、どよめき。きっと、ものすごい接近して、あやうくぶつかりそーになってるんだ。ジャンプ! ? 痛っ。なんか飛んで来た。頭に何か当たった。すごい悲鳴が上がってる。阿鼻叫喚?

 

†【ヒビキ】

 うわ、下がるな下がるな。後ろに人いるから。あ、すみません。後ろの人の足踏んじゃった。


†【レイカ】

 いたたたた。足踏まれた。さがんなよ、後ろに人がいるっての。なんなの? その被り物。それはヴァンパイアじゃなくてカレー☆パンマンでしょ。


†【ヒビキ】

 って、シラベじゃね。ユサまで。やっべー、逃げろ。じゃない。けが人助けなきゃ。


†【レイカ】

「何があったの? ミワちゃん」

「ぶつかった。志野婦のが宮木野のに。志野婦の神輿、粉々になった」

「ちん(ピー)がめっちゃくちゃ。はりぼての役立たず」(ナナミ、ファール5、退場!)

「大丈夫? レイカ、おでこから血出てるよ」

ホントだ。ちっさい木の破片が刺さってた。なんか、ふらふらってなって、立てなくなっちゃった。血、見たから?

 ミワちゃんにタクシーで家まで送ってもらった。セイラに借りたハンカチ血だらけだ。洗っても落ちなさそうだから、買って返さなきゃだよ。疲れた。お風呂入って寝よ。

 傷小さいのに、なかなか血が止まんない。アタマやると止まんないっていうよね。お風呂入るのやめとけばよかったかな。ん? ニーニーの部屋のほうで音がした。やだな。大急ぎで部屋に帰ろ。ふー、全部鍵かけた。やっべ、ドライヤー持って来るの忘れた。急いでドア開けたからチェーンを外すの忘れてた。で、一回閉めようとしたんだけど、そん時すっごい力でドア引っ張られて、ギリギリチェーンが引っかかって止まって、向うはドアを開こうと揺さぶるものだからウチは弾き飛ばされそうになったけど、必死でしがみついて、めっちゃ怖いの我慢して、ムガムチューでドア閉めてもっかい全部鍵掛けたんだけど、どうやってそれができたのか分かんなかった。ドアの隙間からちらっと見えたのは小さな子供だった。不吉な色の目をこちらに向けて、銀色の牙から涎を滴らせてた。あの子供はニーニーだ。ウチと一緒に寝起きしてた頃のままのニーニーだ。あれじゃ学校にも行けない。だからずっと引き籠ってた? ウチ、これからあんなのと二人で生活すんの? 超怖いって。痛! ズキって。血が止まらない。この傷のせいでニーニー出てきた?

 夜じゅーずっと、ドアの向こうに何かがいる気配がしてた。ムチューで布団かぶってたら、パパに教わった呪文を思い出した。スギコギの唄。寝れない夜、パパが教えてくれたやつ。

 どこからあさがあけましょお

すぎこぎもって

 ごりごりごり

 すぎこぎもって

 ごりごりごり

 もうすぐあさがあけますよ

すぎこぎけずって

 ぎりぎりぎり

 すぎこぎけずって

 ぎりぎりぎり

 そうらあさがあけました

繰り返し、繰り返し、ずっと、ずっと、何回も、何回も、朝が来るまで布団の中で歌い続けた。((ここを開けろ、中に入れろ))って声が頭の中でウルサいから、ワーって聞こえなくなるように一生懸命続けた。マジ一生懸命だった。したら、どっかのワンコが鳴いたんだ。布団から顔出すと窓の外、明るくなってて、ドアの外で足音が遠ざかっていくの聞こえた。ウチほっとして、少ししてニーニーの部屋の方からドアが閉まる音がして、ゾッとした。

 ここら辺のワンコがみんないなくなっちゃったって知ってる。誰かが全部殺して回ったって、前園のオバサンに聞いたんだ。だから、きっとあれは、あの世のヘーチャンがウチを助けるために鳴いてくれたんだよね。

†【ヒビキ】

 空気重い。コの字に並べた会議机に、3吉田、北村シニアマネ、伊礼バイプレまで。社長待ちの役員会議室。真ん中のパイプ椅子にあたし。この状態は入社の時の役員面接以来だけど、緊張はあの時ほどでない。

入口の扉が勢いよく開いて、

「ヒビキ、やってくれたな。カイシャ潰れるぞ」

社長、ご来臨。怒り度、60パーセントに抑えてる。

「すみません」

「幸い、死人は出なかったが、けが人が両手出た。金と信用含めて、かなりの損失だ」

言いようがないです。どうして志野婦の神輿が宮城野の神輿にぶつかっていったのか? あれはあきらかな故意。誰かに命令されたような。なんてことはここでは口にしませんから、社長。

「一番に現場に行って仕切ったことは褒めてやる。まあ、ヒビキ一人を攻めてもどうなるものじゃなし。言ってみれば、ここに雁首並べた連中みんなが責任を負うべきだ。なあ、北村」

「へ、へい」

「何が、へいだ。お前んちの屋号は『小房の粂八』か?」

北村シニアマネ、緊張しすぎ。

「プレス集めて謝罪会見は吉田クンお願い。カスつれて行って土下座でもなんでもさせて。その後は懇意の記者連れて病院回って」

『クン』付けは吉田シニアマネ。社長とは高校の同期だから。当然会長とも同期で、かつ設立メンバー。

「宮木野信用金庫からいろいろ言って来てます」

「吉田さん、あんたのコネクションはこういう時のためだろ。フォローお願い」

『さん』付けは、吉田エグゼクティブ。社外から引っ張ってきたから。

「役場はどうしましょう」

「今、町長に一番近いのは伊礼だ。お前に任せる」

伊礼バイプレは社内一の切れ者だから、いつも一番やっかいそうな仕事を任される。

「あとは、辻のうるさがただけど」

北村シニアマネと吉田ディレクタ下向いちゃってる。

「これは、あたしがやる。北村、お前も同行しろ」

「へい」

吉田ディレクタ安堵。ちなみに呼び方は、

「吉田! 警察と消防な。上とはもう話しついてるから、お前は署員の皆様と茶飲み話でもして来い。手ぶらで行くなよ」

「いくらぐらいの菓子折りがいいですかね」

「お前の屋号は『山吹色の菓子折りでございますお代官様』か? そんなもの受け取ってもらえるか。情報だよ、情報」

「へい」

「で、ヒビキ。お前はクビ。の、ところだけど、面接のときの志望動機、まだ手を着けてないよな」

「はい」

「ネコカフェのチェーン店展開をうちでやりたい。今も同じか?」

「はい」

「分かった。ヒビキはしばらく謹慎。あたし預かりってことで。いいね」

「はい」

「みんなも、いいね」

「「「「へい」」」」

「どうして、みんなして『へい』なんだ? お前らの屋号は、『鬼平の密偵』か?」

 お偉い皆さん社長に尻を蹴られるように会議室出て行った。それから30分、まるで居残りシュート練習って感じだな。ずっと質問攻め。社長の聞きたいことは、それじゃないんじゃないですか?

「あの社長。会長のことですけど」

「そっちもあったね。どう?」

「会長は町長と何かやってます」

「何かって?」

「まだ、はっきりとは分かりません」

「分かりそう?」

「会長の足取り追っていけば」

「どうやって?」

「会長は常時位置情報取られてて誰かに行動を監視されてるみたいで」

「あー、それね。あいつにスマフォ当てがってやった時からずっとそうなんだけど、バカだから全部行動把握されてるのに気付いてなくてね」

だから会長って車乗るといっつもシガーソケットから電源とって繋いでたんだ。位置情報サービス使ってるとすぐ電源なくなるから。

「ヒビキんところに足しげく通ってたのも記録されてたな。3年前だけど」

いいえ、社長。通ってたんじゃないです。だって、あたしんちはですね。

「東京の本店がダメになって、カスをこっちに戻したけど置き所なくってね。新人のあんたを付けて閑職与えてやったら、あんたに手を出した」

社長、なんか誤解があるみたいです。

「申し訳ないと思ってね。すぐに引っ剥がしてあたしの手元にとりあえず置いたけど」

とりあえず? 聞いてない。

「ところが、あんたは名前の通りよく響くっていうのか、勘所知ってるってのか、言われる前にいつの間にか結果出してる。気付けばなんでも頼めるようになってた」

で、そのなんでもというのは?

「白いエクサス、欲しいだろ?」

「はい」

「夜勤の後、すぐシャワー浴びたいだろ?」

「もちろんです」

「じゃあ、よろしくお願い」

「期日は?」

「変わらず」

「7末と9末ですね」

「報告は完了届だけでいいよ。しばらく会社出なくていい。専念して。で、これ持って行きな」

おー、プラチナゴリゴリカード。沿線8女高の夏服姿がプリントしてある。これって冬バージョンもあるのかな。ん? 辻女のモデルの子、ひょっとしてツジカワさん? まさかね。



†【レイカ】

 眠い。分かってたことだけど、やっぱりあんなことあると昼でも安心して寝てられないよ。これからどうしよう。みんなの所、泊まり歩くってのもな。あーあ。バス来た。

「役場まで」

ゴリゴリーン。

 バスの中、むさ苦しいのが充満してんですけど。宮木野神社前から大量に乗ってきた。例のセーヘキ持ちの同族なのはよっく分かるんだけど、どこ行くの? このバス役場行きだよ。

「血の団結式に呼ばれた我々は」

「課金レベルαのハイエリート」

「つまりカモの集団」

「『V』まではな。『R』からは幹事だ」

「PT作れるのは幹事だけ」

「PTの人選も、武器の配置も」

「カメラの独占権はでかい」

「ミッションの成否は幹事にありってか」

「幹事でない奴らって」

「土地を持たない農民、網のない漁師」

「あわれだな」

 ぐわー。役場まで一緒だったよ、結局。3か月じっくりとろ火で煮込んだ汗臭に、シトラス系の消臭スプレーぶっかけたみたいなニオイが体にこびりついちゃった。

お風呂でゴッシゴシ洗ったけど、こびりついたセーヘキ臭は取れてない感じ。ズズー、ズズース。なになに、この書類を9階に届けよと。ごほーびはミワちゃん特製ヘビイチゴミルクセーキ。すでにいただいておりますが。ズズース。

西棟のエレベーター動いてるから、まだ上に人がいるってことだよね。じゃ、今のうちに行って来よ。

はじめて来たけど、フツーに役場してるんだね。ワンフロア全部が厚生課か。食餌係ってどっちかな。あっちの方か。でも、もう人がいない。お、奥の方だけ灯りついてる。人がいる。ひょっとして、ウチとおんなじ夜間窓口な人?

「あのー。特殊戸籍課の者ですが、この書類届けに来ました」

「あー、ありがとうございます。そこ置いといてください」

「遅くまで大変ですね。夜間窓口の方ですか?」

「まさか。頼まれてもそんな仕事しない・・・・。あれ? レイカ?」

「そういうあなたは、ショーンくん?」

中学の同窓会以来だ。何年ぶりだろ。なんかちょっとイケメンになってない? ようやく外見もショーンって名前に追い付いてきたね、そうでないのにハーフみたいなその名前に。まあ、中身のチャラさはもともとショーン級だったけど。

 帰り支度のショーンとちょっと立ち話。辻沢を見下すラウンジ。夕闇がせまって来てる。

「特殊戸籍課にねー。大変? 変わってるお客さんが多いって聞いたけど」

「えーと、よっくわかんない。まだ一人しか相手してないから」

「まー、そんなもんか。一人死ねば一人は必ず来るけど」

「死ねば?」

「レイカ、中学の時からボケが進行してないか? ってか、お前、なんか牛乳くせーな」

ヘビイチゴミルクセーキのせいかな。

「特殊要介護者の介護家族の欠損を埋める手伝いをするのが、お前んとこの仕事だろーが」

そなの? LGBTじゃなかったの?

「埋める?」

「なんでお前ここに書類持ってきた」

「ミワちゃんに頼まれて」

「そっか、ミワも同じ課だっけ。そーじゃねーつの。どういう書類かってこと」

特殊要介護者は、身寄りが限られた人で、その限られた人が介護者登録されているんだけど、その人にもしものことがあった時には、役場がその代わりを務めるための特例的な養子縁組で、だから申請者の名前しか書く欄がないってことでいい?

「ま、そんなところだな。で、縁組み成った方はウチの食餌係からお食事が提供されるって仕組みなわけよ」

「お弁当とか?」

「いいや、血だよ」

え?

「って、ビックリさせてみるー」

なんかチャラさ倍増してないか、こいつ。

「そんなわけなだろ。皆さんの血肉になるお食事だよ。おっと、もうこんな時間だ。さっさと帰んなきゃ。変なのと鉢合わせするとやばいからな。レイカもはやく帰れよ」

「ウチ、夜間窓口担当だから」

「マジ? 命いくつあっても足りねーぞ。って、脅かしてみるー。じぁな。ほれ、今上ってきたエレベーターが最後のじゃね。って、焦らせてみるー」

ショーンが走りだしたからウチも慌てて走って追いつこうとしたら、エレベーターの前で、

「俺は東棟の階段使うから。じゃーなー」

って、そのまんま走って東棟のほうに行っちゃった。西棟の階段は変なのわさわさ出てきてやばいから? 

エレベーター走んなくても普通に乗れたんだけど、何なの?

〈ゴリーン。8階です〉

え? ナニナニ。なんのモヨーシ? ドヤドヤドヤって、人がいっぱい。押すなって、潰れるっての。レディーが一人乗ってますよー(無声)。

マジ? ホントにモー勘弁。またセーヘキ軍団と一緒になった。こいつらとエレベーターでギューギューって最悪。ショーンが言ってた変なのってのはこいつらのことか。分かってて避けやがったな、ショーンのやつ。押すな。いてーよ。無理して乗ろうとするなよ。諦めて階段使えや。だからさ、後ろのヤツ。人の髪に鼻近づけてんなってーの。ミラーに映ってるからな。わかるの。それから誰だ? ボタン押しまくった奴。

〈締まります。ゴリーン〉

「なんと、制服聖女エリ様がエレベーターホールでお見送りしてくれた」

「これはありえん現象のようだぞ」

「あー、そのようだな」

「しかし、エリ様はお美しかった」

「この世のものとは思えなかった」

〈7階です。ゴリーン〉「・・・・」〈締まります。ゴリーン〉

「ラスボス倒してエリ様を助けたら、この制服、着てもらえるって言ってな」

「血の団結式前にゴリゴリカードのコンプリしといてよかったということか」

「だが、すでに制服着ているエリ様がどうやって着るんだ」

〈6階です。ゴリーン〉「・・・・」〈締まります。ゴリーン〉

「生着替え」

「重ね着はちょっとな」

「・・・・・ないだろう、それは」

「待て。入り口のヒト、今なんと?」

「生着替え」

〈5階です。ゴリーン〉「「「ホントーか!」」」〈締まります。ゴリーン〉

「やばい、今ホールに話が駄々洩れだった」

「守秘義務、守秘義務」

「秘匿事項、秘匿事項」

「幹事の義務と責任、幹事の義務と責任」

「強制退会、強制退会」

「情報源は?」

「妓鬼討伐ステージの知り合いから」

「そんなハイパーレベルの知り合いがいるのか」

「一応」

〈3階です。ゴリーン〉「・・・・」〈締まります。ゴリーン〉

「もしかして、ラストステージの『死霊の塔』の場所も知ってるとか?」

「おい、それは愚問だぞ」

「そうだ。なぜ、ここに新幹事を集めて団結式をした? なぜ、エリ様がここにいらっしゃった?」

「なるほど」

「だろ」

〈1階です。ゴリーン〉

4階と2階だけ停まんなかった。なんか縁起悪い。

やっと解放される。って、後ろのヤツ、はやく降りろ! めまいがしてきたんだつーの。

「髪、牛乳石ケンで洗ってる?」

「洗うか! シャンプーだわ」

 窓口業務っても、人がいなくなればネイルとかしててもゼンゼン平気な感じ。ウチのスマフォおかしーから、前使ってたガラケー持ってきた。ひさしぶりにワンセグ。『モールス』やっててラッキー。クロエちゃんやばーい。かわいー。今度『キャリー』も観てみよ。

 10時か。いつもながら誰も来ない夜間窓口。あれ? 今、窓の外を誰か通ったよ。ちょっと見て来よ。ってのは死亡フラグだから。ミワちゃんにキツク言われてるし。窓口から離れません。それから、話しかけられても答えません。そんで、誰が来てもビビりません。でも、これはないよ。うそっしょ? やべやべやべやべって。マジチビリそ。

「レイカ、ココロだよ」

(知ってる。知ってっから。逆に、お口のまわりべっとり血ィついてるし。制服のどす黒いのも血?)

「ウチら友だちだよね」

(てか、その制服、ガッコの夏服だよね。しかも、なんか、くっさ。かと思ったら、日向のニオイする。なんでゾンビがほっこりしたニオイさせてんの? おかしくね?)

「レイカは返事してくれないんだ」

(それに、その爪伸びすぎだから。女の子なんだから、ちゃんとお手入れしよ。机の上のネイル。それ新作の御影石ラメ。それあげっからサ。もう、帰ってくれないかな)

 やっと行ってくれた。なんか言いたそうだったけど、何なの? もう。ココロがゾンビになって戻って来たって、みんなに言うべき?



†【ヒビキ】

 とは言うものの。何から手を付ければいいか? 位置情報が駄々洩れになってるのは最近になって会長に気付かれて行動追えなくなったらしいし。会長の案件は、町長と繋がってる。町長の案件は、お師匠さんの案件に繋がってるっポイ。どれも闇の匂いプンプンさせて。どうしよ。とりあえず、子ネコちゃんにミルクあげに行こ。

 仕事のこと考えながらミルクあげてたら、子ネコちゃんにミルクたんまりこぼされた。ミルク飲みながらげっぷするから着てるものドロドロになった。

 セイラから電話だ。

「はい。いいよ。大通りのヤオマンに行くところ。うん、行けそうにない。え、そうなんだ。『出会い系蛭人間祭』? エンカウント率がいつもの3倍。わかった。女子会終わった頃合流しよう。うん。じゃ」

合流するにしても、この格好はちょっとまずいな。着替え買うつもりで遅くまで開いてるカイシャの系列ショップ来てみたら、なんなのこのコーナー。コスプレ充実度の異常さ。カイシャもいろいろ手出してるんだな。どれがいいかな。おっと、セーラー服だ。たまにこんなの着るのもいいか。辻女っぽいのはないかな。あった、まんま辻女の夏服じゃん。あれ? 何これ、血がプリントされてる、べっとりと。ま、いっか。着てるのよりはちょっとはましだし。

「これください」

「『血塗られたJK』ですね。サイズはMでいいですか? 3400円になります。お支払いは?」

「これで、お願いします」

ゴリゴリーン。

さすがプラチナカード。店員さん受け取るとき一瞬のけぞった。えっと、どこで着替えようか。トイレはあっちか。

「お客さん。スレーヤさんですよね」(ささやき声)

「え? あ、はい。そーです」(ささやき声)

うそこいた。因みにスレーヤでなくスレイヤーな。大丈夫か? この店員。

「なら、奥の別室に専用のショップありますから、見て行かれませんか?」(ささやき声)

「そうなんですか? 行ってみたいです」(ささやき声)

「ではお連れします。あの、スレーヤカードを一応」(ささやき声)

財布探すふり。

「忘れました。また出直します」(大声)

「いえ、いいです、いいです。どうぞ、こちらへ」

こんなところに通路ある。いったん裏に出て、外からまた戻るとまた通路か。

「ケッコーそういう方多くって、ここに来る人だいたいスレーヤさんじゃないですか? わざわざご提示いただくこともないなーって、スタッフの間でも言ってるよーな・・・」

一番奥にアルミの扉。

「あ、こちらになります」(小声)

カイシャ系列の店でこんな隠しショップ、いったい誰主導でやってるんだ。売ってるモノはサバイバルショップとあんまり変わりないけど。必需品コーナー。スリコギ、すり鉢。セット価格、7000円。タケーな。駅の売店で買えば、5000円くらいだぞ。

「そちら、軽量タイプになりまして、こうやって被りますと・・・・」

あ、これ被るんだ。アゴ紐ついてるし。なるほどでプラス2000円か。こっちのは、ウエアラブルカメラ。

「スレイヤー公式のゴリプロです。それ以外のウエアラブルカメラの持ち込みは規約違反になりますので、皆さん必ずお買い上げになられます」

「他社のじゃだめなんだ」

「だめみたいです」

あんま詳しくないな、この店員。

蛭人間クリアファイルか。表が改・ドラキュラで、裏がカーミラ・亜種。裏のがセーラー服着てるだけであんまり変わんない。弱点はどちらも銀。基本はマダラハゲのメタボバラか。そうだ、あれはどこだ。

「ARグラスどこですか?」

「AR?」

「ARグラス。拡張現実映すメガネ」

「いえ、ありませんよ。何に使うか知りませんが、そういうのはビックヤマダセンターとかの量販店に行っていただかないと」

『スレイヤー・R』では使わないってこと? なら、どうやってターゲット見てるんだろ。3D照射は技術的に野外では無理っぽいし。そもそもホログラムなら動画通してもターゲット見えるよな。

こっちは一般的なサバイバルグッズが置いてあってと。この壁は武器だな。スリコギ各種、ショートからロングまで。辻沢産山椒製。さすまたもある。学校の職員室の前に掛けてあったやつだ。どうしてここに水平リーベ棒あるんだろ? あれは?

「この木刀は?」

「お客さんのカレントステージは蛭人間殲滅ですかね。これは妓鬼討伐ステージで役立つグッズらしくって」

やっぱ、この店員さんよく知らないのか。誰か・・・・。

「それ、山椒の古木で出来た木刀だよ」

お、語りたがり屋。赤いバンダナにミラーのサングラスって、いつの時代の人? さっきまで誰もいなかったのにさては湧いて出たな。

「必須グッズに山椒のスギコギがあるけど、辻沢のヴァンパイアがなんでも山椒に弱いってのは、半分本当で半分うそ」

「ど、どういうことですか? だって、山椒の木にはヴァンパイアは寄り付かないって」

辻沢の常識だ、そんなことは。

「マニュアルどおりにやってちゃ、命幾つあっても足りないよ。ヤツラには刀とかの金属製の武器は首以外効かないから、みんな山椒で作ったスリコギを持つんだけど、向うさんは怯む程度。でも山椒の古木の武器は一突き出来れば麻痺させられる。そうしておいて首を刈る」

「え! 首を刈る?」

オーゲサなリアクション。

「あ、今のは言葉のあやだよ。首が弱点だからそこを狙うって意味」

なるほど。

「僕たちさ、ついこの間、返り討ちに遭ってね」

あ、後ろの方たちお仲間さんですか? こんばんわ(無声)。まー、Tシャツお揃いで。ウニクロで作ったのかな? 左奥の人、腕に包帯してる。

「いないはずのツレに不意を突かれてさ。けど、この古木の木刀のおかげで死なずに済んだ」

なに? 先っちょ見ろって? 赤黒い染みがついてる。なるほどあんたの勲章ってことか。

「死地からの生還デスカー。すごいですねー。それでツレっていうのは?」

「ヴァンパイアはシンとツレでセットなんだよね。辻沢のヴァンパイアは女だけだからヴァンパイアの女をシン、他は眷属でツレ。つまり手下の人間。こいつは複数いる場合があるから厄介」

ふーん、どっからの情報なんだろ。そういうルールってことかな。

「ツレの方も殲滅するんですか?」

「まさか。僕たちは殺人鬼じゃないよ。あくまでもヴァンパイアスレイヤーだからね」

そうだよね。いくら裏ゲームだって殺人はないよな。あれ、あの上の方の、同じやつ町長室にあった。

「こっちの黒い木刀は? 他の3倍の値段しますけど」

「それ? 黒古木刀。樹齢を重ねた山椒の木は稀に芯が黒くなることがあってそれは超堅い。その芯だけで作った木刀だよ。僕はまだ未使用だから効果のほどは分からないけど、最終ステージの『死霊の塔』は黒古木刀一本あれば足りるって噂だけどね。君も余裕があれば買っておいた方がいいよ」

持ってますアピールがすっごい。

「エクストリームな武器なんですね」

「山椒系の武器ではね。でもそれさえ、ホーケーカメンが持ってるTCSには敵わない。あ、ごめんね。女の子にへんな言葉で。でもそういうハンドルネームだから」

ホーケーカメンって会長のハンドルネームだ。スレイヤーの中じゃ会長って有名人ってこと?

「君は、まだ蛭人間殲滅ステージなんだよね? だから知らないと思うけど」(ささやき声)

ちょいちょいって、耳貸せって? なんでしょう(無声)。

「妓鬼討伐は、妓鬼すなわち辻のヴァンパイアを一匹倒せば『死霊の塔』に行く資格が得られる。妓鬼は蛭人間の比じゃなく強いからね」

「そうなんですか」(小声)

「それなのに、そいつはTCSで20体以上の妓鬼をやってる」

会長の投稿のおびただしい数。

「すごい武器ですね。ここにはTCSは売ってないんですか?」

「あったら僕が買ってる。謎の武器なんだ」

「それにしても妓鬼を20体以上ですか? すごいですね。一度会ってみたいな」

「ほんとに? うそだろ。あんな薄気味悪いやつに僕は会いたいと思わないよ」

「薄気味悪い?」

「あー、ゲームというより、狩りを楽しんでる。詳しくは言えないけど他にも非道いことしてるようだし。あいつはサイコパスだよ」

「そうなんだ。それ聞いてあたしも会いたくなくなった。会っちゃわないよーに、その人の活動範囲とかって教えてもらっていいですか?」

「多分、広小路とか西廓界隈だよ」

「街中なんですね。どっちも高級住宅地だし」

「妓鬼の生息地だからね。ところで、さっきから気になってたんだけど、その服の血、フェイクだよね。すごいリアルだけど」

「え? これですか? ガチですよ。さっき喰われちゃって。ほら、この首の傷」

さっき子ネコに付けられた首の傷を見せつけてやった。おー、ビビってるよ。面白い。

「すごい傷だ。よく助かったね。蛭人間にやられたんだよね」

いいえ、蛭人間じゃないですよ。

「言いたくないなら言わなくていいけど。君みたいなタフな子が一緒だと僕らも心強いな。どう、PTに入らない?」

これってもしや、スレイヤー式ナンパ?

「でも、あたし、まだ蛭人間殲滅ステージもクリアしてないから、みなさんは妓鬼討伐ですよね」

「そうだけど、こんど新しくできた傭兵制を利用すれば、ステージをスキップできるよ。うちのPTに傭兵として参戦するってのはどうだろう?」

妓鬼討伐ステージに参戦できるのか、それ魅力あるな。

「今すぐ返事しなくていいよ。気が向いたら僕らのスレッターに連絡して、僕らのグループIDは」

「高坂モンキーズ、ですよね」

Tシャツに書いてある(無声)。

「そうか、これで分かるか。このTシャツ、ウニクロで作ったんだ。モチーフは『ワイルド7』、大昔のマンガ。なかなかでしょ」

背中のデザイン、見せなくていいから。

「君のハンドルネーム教えといてくれないかな」

「ココロノハハです」

「よろしく。ところで、その傷さ、カーミラ・亜種にもらったんでしょ。あたった?」

いいえ。友だちです。ココロって言います。



†【レイカ】

 第2回女子会のお知らせ。場所、ひさご。時間、6時から。参加者、ミワちゃん、ナナミ、セイラ、ウチ。カリンは行けたらいくって、99パー来ないセオリー。

ナナミがゴリゴリゴリ。(ゴリゴリ以下、略)。

「レイカ、ココロに会ったんだって?」

「ホント? セイラしばらく会ってない」

「夏の制服着てたよ」

「「「それみんな知ってるから」」」

ってどぃうこと?

「シオネはみんな会ってる。ココロは会ったり会わなかったり」

「ココロは人を見るからさ」

ココロは前は誰とも仲良かったはずだけど。

「シオネなんかユニフォーム姿だもん。感じてないんだろーけど、やっぱ寒そーなときある」

バスケのユニフォームは基本ノースリーブに短パンだからね。冬は堪らんね。ん? セイラの金髪って。

「いなくなったの夏前だったからね」

「セイラ、先週シオネに会った」

「どこでよ?」

「役場の駐車場」

やっぱりあのカップル・・・・。

「シオネって青墓周辺じゃなかった?」

「役場と青墓とじゃ、かなりの距離だしょ」

「シオネなら」

「「ありえるか」」

「ウチはいつココロに会えるだろ」

ミワちゃんが、

「あたしはヒマワリに会いたい」

なんかやばい。あの子たち、みんなのところにショッチュー来てるって。んで、返事すっと襲って来るとか、マジ怖い。カリンが今日来てないの襲われたかもだって。マジで?

「カリン、ハズすから」

「それなー」

「しかも、カンジンなとき」

「それー」

「4ピリ残り三秒、逆転のスリーポイントとか」

「そうだったー」

「あれは誰でもシビレるよ」

なんでか、楽しそーだな。

「レイカ、さっきから何やってるの? セイラの髪の毛束ねて」

「うん、ちょっと」

やっぱ、こうやってポニーテールにすると、あの時の彼氏さんだよね。金髪男くん。

 酔った。ワル酔いした。ミワちゃんが勧めるからってカルーアミルクなんて飲むんじゃなかった。へんな味だったし。それに途中でショーチューのビール割りとかまわされてた。吐くカモです。ちょちょちょっと待って、せめておトイレま(――エチケット違反―――)。

ようやく収まったみたいだけど、席を汚した手前、ひさごにいられなくなってウチら行き場なし。てか、ビョーニンを公園のベンチに放置プレーして、なんでアイツらエア・3オン3してんの? いない子まで参加してる体で。

「そりゃ! ダンク・シュート」

「シオネのまねしても、ナナミにはムリ」

「うっさいよ、セイラ。チット黙れ!」

「ミワ! こっちパス、ココロの足もと」

「逆サイ。来てる!」

「セイラ、横! ヒマワリ寄せてるヨ」

「見よ。華麗なバックビハインド」

「ソんなの、ヒマワリなら一発スチールだ!」

「たんま。PK、PK」 

「PK? なにそれ」

「パンツくいこんだ」

「バッカじゃねーの笑」

「おっかしー。ナナミ」

ミワちゃん、おかーさん忘れて楽しんでる。みんなも楽しそー。あのころもこんなだったら、今もみんなでバスケ出来てたかな。ヒマワリ、シオネ、ココロ、ミワちゃん、ナナミ、セイラ、カリン?

「レイカ。カリンだよ」

(うっわ。でたでたでた。てか、なんであんたまで制服?)

「ウチら、友だちだよね」

(やばい。みんなってば! ねーこっちこっち。カリン来ちゃったよ)

「あ、カリン。よく分かったね、ここ」

「カイシャのカエリ道ってだけ」

「どこがよ。そんな格好して」

「ヤオマンで売ってた。『血塗られたJK』コス」

「当事者がするか笑」

「キチクすぎ。することが笑」

「友だちだよね、ウチら」

「スクナクとも、カリンはちがう笑」

みんな楽しそうに笑ってるけど、カリンの首、血がついてる。

 ミワちゃんとナナミは、またまた用事があるって先に帰っちゃった。取り残されたウチらはカラオケ行ったけど、すぐ飽きちゃって『この花』の主題歌みんなで歌ってお開きにした。泣けた。

「レイカ。あのね」

「セイラ。ゲームなら」

そんなだから、ミワちゃんたちも。

「分かってる、でも」

カリンがセイラを制して、

「レイカ、今日、車あるから送るよ」

ありゃりゃ、まだ9時じゃん。ニーニーのいるあそこに戻るの、やだな。

「ゴメン。カリンち、泊めてくれないかな」

「え? いいけど。汚いよ」

「それなら、セイラも行く」

「PK?」

「なに?」

「パンツ買ってく?」

「無理あるよ、それ」

うわー。ムラサキの軽自動車だ。これがカリンの車? ウチ、後ろ乗るー。おっと、横に開くのね、このドア。バスケのボール置いてある。わかるよ。女バス出身者の心のよりどころだもんね。ガーーバン。ふーん、中こんななんだ。わりと広いね。天井も高いよ。アタマ、ほれ、ほれ。届かない。座席もっふもふのふっかふか。気持ちい―。

「ナニあばれてんのよ。レイカ」

「ごめん。つい」

カリンが運転してる。コーコーの同級生が運転する車に乗るのって変な感じする。ってか、カリンの運転アライ。酔った、テキメンニ。

途中一回エチケットタイム設けてもらったけど、何とかたどり着いた。カリンの家は、東揚屋団地。お母さんと二人暮らし。

「はいりなよ」

「おじゃましまーす」

「おじゃましまーす」(小声)。

「おかーさん、ただいま」

「夜分にすみません。お邪魔します」

「あら、カリン。おかえ・・・・。ひいーーーーーーーー!」

おかーさん、奥に行ってドア閉めちゃた。

「あ、やっば。このかっこ」

そっか、「血塗られたJK」じゃやばいよね。

ゴリゴリゴリゴリ。

「すぎこぎごりごりもうすぐあさがごりごり・・・・」

台所の隅ですり鉢抱えて、

「だから言ったじゃない、あんたは悪霊に憑りつかれてるって。お祓いしてもらいなさいって」

「おかーさん。おかーさんてば」

「すぎごりごりもーすぐあさごりごり・・・・」

「おかーさん。これコスプレだって。ねえ、ごめんね。おかーさん」

「霊媒師さんが言った通りよ! いつかこうなるって。いつかゾンビだって。近寄らないで! 家から出てって! どっか行って! この、アンデッド! ゾンビ!」

「うるさい! 黙れ! ゾンビって言うな!」

カリンが叫ぶと、おかーさんビックリして口ぽかんになった。

「・・・・ごめんなさい。ゾンビって言っちゃいけなかったわね。ん? カリン?」

ゴリゴ。お母さん、憑き物がおちたみたい。

「あら、セイラちゃん、いらっしゃい。お久しぶりね」

「セイラ、ウチの部屋に先行っててくれる?」

台所からカリンの声は聞こえない。お母さんのすすり泣きの合間に聞こえてくる。

「・・・・優良企業の正社員に・・・・そろそろ、いい人見つけて・・・・お付き合いしてる人は」

って、ウチもママによく言われたよ、あんなこと。

セイラは、カリンのPC立ち上げて真っ赤な画面ずっと見てる。カリンの部屋初めて。壁に大きなお札貼ってある。霊媒師さんからもらったのかな。

 他にすることなくて、カリンの本棚物色。『ネコの医学』、『動物学大全』、『動物医療の最前線』、『獣医のこころえ』。ずいぶん難しそーな本読んでる。ウチ、難しい本読むと頭の中でせせらぎの音がサラサラサラってずっとしてるから、頭に入ってこない。『女バスな人にも分かる! 経営学入門』だって。これなら読めそう。あ、これはー、うしし。『ココロとカリンの交換日記No.1』。表紙、めっちゃデコってあってココロの字で「夢」。ココロ、こういうオトメ好きだった。何書いてあるんだろ。

 カリンが部屋に入ってきた。やば。カリンは壁のお札を目にすると舌打ちして剥がし、ゴミ箱に放り込んだ。ナイスシュート。カリンこわい顔。

「麦茶しかなかった」

お盆にコップ3つ。ウチ、いらないです。

「レイカ。そのノート、見てもいいよ」

こういうのなんて言うんだっけ。ジゴショーダク? なんか、トーサツした気分。カリンたらウチの横来てノートを開いて。だから、ゴメンって。

「ちがうんだ。見て欲しかった。ココロが何をしたかったか。あんなにならなかったら、今頃、どんなになってたか」

わかった見るよ。そんなに急かさなくっても。

ノート、全然乙女じゃなかった。バスケノートみたく日々の記録だった。毎日の行動目標があって、その予定と実績がグラフで書かれてる。問題点の抽出と解決策。これ、プロジェクト管理ノートだ。ウチ、会社でこれの読み方分からなくって、ユメカにさんざん聞いて教えてもらった。

「ココロとウチの夢の実現ノート」

「『No.1』の最初のページ。『カリンの夢、獣医さん。ココロの夢、ネコカフェ。二人の夢、ネコにゃんリゾート(仮称)の経営』。乙女でしょ、ココロ。ウチ、獣医さんなんて夢、持ってなかったんだ。でも、ココロと一緒だったらウチもやってみようって」

そうだったんだ。全然知らなかった。

「『No.3』。最後のページ。『カリン?、今日はごめんね。ウチが言い過ぎだった・・・・』」

ココロがいなくなった日。

「これ届けに来た帰りだった。あの日は学校でちょっとした言い争いして別々に帰ったんだけど、夜遅くにココロがこのノート渡しにわざわざうちまで来てくれたんだ。でもウチは気持ちがまだ収まってなかったからテキトーにあしらっちゃって、一人で帰しちゃったんだ」

カリン、泣いてる。こんなカリン見たことない。

「カリンのせいじゃない」

セイラが慰めてあげた。そうだよ、カリンのせいじゃない。誰だって、そーいうときってあるよ。その先のことなんて誰もわからないんだし。

 セイラに促されてココロに会った時のことをカリンに話してあげた。

「そうなんだ。役場にココロがね」

「ココロは出歩かないよね、カリン」

「うん。本当は出不精だったからね。みんなの前では隠してたけど」

「セイラも役場の駐車場でシオネに会った。今までバイパス超えて来たことなんてなかったのに」

あのカップル、やっぱセイラとシオネだったんだ。変なキャプションつけてゴメンね。

「よっぽどレイカに会いたかったんだね。二人とも」

「なんでだろ」

ウチこそ、なんで? それより二人はココロとシオネとどんな関係なの? ひょっとして憑りつかれてるとか? まさかね。

「二人とも、襲われたの?」

「え?」

「カリン、首に血が付いてた」

「あ、そう?」

今ごろ隠しても。

「襲われたんじゃないよ」

「でも、ナナミが返事したら襲って来たって」

「襲うって思うのは、今のココロやシオネのこと分かってないから」

「見た目だけで怖がってる。ナナミは特にそう」

ウチだって、ソートー怖かった。

「ミワちゃんは?」

「あの人は分からない。会いに来たって言ってるけど、ホントのところはどうかなって」

「ミワちゃん。嘘は言わない人だよ」

「そうだね。なんとなくだから」

「でも、ココロが会ってないって言っていそうな気が」

「そうそう、シオネも」

言っていそうな?

「二人ともしゃべらないから、なんとも言えないけど」

「そんな気がするんだよね」

「する」

しゃべらないのになんで分かるんだろう。変なの。

「さっきの血は? 噛まれたんじゃないの?」

「やっぱ牙とか爪がするどいからね」

「あとで、ヴァンパイアになったりとかして、ウチのこと襲わない?」

「ない、ない」

「噛まれて伝染るって話聞いたことないよ。出血性ショック死とかはあるみたいだけど」

「そう、吸われ過ぎると死んじゃう。セイラはそれが一番怖い」

セイラは何を言ってるの?

「そもそも論で、ココロたちはヴァンパイアじゃないし」

「何なの?」

「ゾンビ、あ、ゴメンねカリン。種別論だから」

「いいよ」

「辻沢のヴァンパイアに殺されるとそうなるって知ってるでしょ。レイカも」

「知らなかった」

そんな目で見られても。3年も辻沢に居なかったんだから仕方ないでしょに。

「逆にレイカにそれ聞きたいくらい」

「そう、セイラたちのこと襲わない? って」

何言ってるの?

「ジョーダン笑」

「やだ、レイカ、キョドっちゃって笑」

ゼンゼン、おかしくない。

 スレッター、例の『スレーヤー・R』ユーザ専用SNS、ちょっと分かったことがあるから見て欲しいって、カリンが。やだなって思ったけど、この間、バス停でカリンが言った「シオネとココロのため」ってのが気になってて。

「ココロやシオネをあんなにした奴がまだのうのうと生きてると思うとね」

「なんで生きてるって思うの?」

「殺したヴァンパイアが死なない限り、ココロやシオネはあのまんまだから」

「それとゲームと何の関係が?」

「そいつがゲーム運営にかかわってる気がするの」

また、気がするなの?

 パソコンの画面、真っ赤で目が痛い。動画やってる。この間の連中みたいのが暗がりでスリコギ振り回してる。誰と戦ってるの? みんな仲間みたいだけど。あ、万歳した。

〈ミッションレベル1。初の改・ドラキュラ殲滅、成功。このゲームに比べれば、他のARゲームなんかクソでしょ。リアル戦闘感、ハンパない。仕留めた時がめっちゃ良き。俺氏、興奮しすぎ? 次は、カーミラ・亜種。第七ヘルシング隊でした〉

〈カケダシガンバレー〉〈みんな知ってるぞ〉〈そのために高額課金に耐えたんだろーが〉〈PT名がオモすぎー〉〈シぬな?〉〈いや、むしろシんで来い!〉

だって。

「この人たち何やってるの?」

「多分『スレイヤー・R』。リアルサバゲーだよ」

「『スレイヤー・R』?」

「『V』とは違って『R』はゲーマーが実際にフィールドに出てプレーするゲームなんだ」

中の人たち本当に面白いのかな? リアルって言うけどごっこ感強い気がする。

「すごく接近して撮ってるんだね。誰が撮ってるの?」

「ゲーマー自身が身に着けるカメラで撮ってるから」

「ウエアラブルカメラ。ゴリプロっていうやつ。ヤオマンでも売ってるよ」

「これって、どっかのテーマパークでやってるの?」

「何言ってんの? レイカは。辻沢だよ。辻沢町全域がフィールド」

「この間、こいつらに遭ったじゃん。すり鉢被った奴ら」

おこられた。しょぼん。

「他に聞きたいことある?」

ないけど、ないって言ったらまたおこられそうだし。

「えっと、このカイ・ドラキュラとかカーミラ・アシュって」

前に聞いたことある。

「『V』ではザコキャラ。ワラワラ出てくる」

「でも、かなり強い」

「カリン、例のクリアファイルある?」

「あるよ」

何なの、クリアファイルなんか出して来て。これ見ればいいの? どれどれ、このイラストの絵、明け方に登庁してくる人たちとソックリ。

「これのこと。正確にはヴァンパイアじゃなくて、蛭人間っていうゾンビの一種。ある種のヴァンパイアに血を吸われて死ぬとこうなるの。普通のゾンビと違うのは、人の肉じゃなくって血を吸うんだけど、その血は巣に持ち帰るって設定になってるところ。どこに巣があるかはゲームを進めて行かないと分からない仕組み。で、蛭人間には2種類あって、こっちの背広に幅広のネクタイが改・ドラキュラで、こっちがカーミラ・亜種で基本セーラー服。どっちもマダラハゲでメタボバラ」

なんでこんなのが役場にわんさかいたんだろう。 

カリンが他の動画を開く。

「こっちの戦闘、改・ドラキュラが見えてる」

「ホントだ。でもこれ合成じゃないかな」

「そーだね。うまいことはめ込んであるけど」

「こういうのってどうやって作るんだろ。蛭人間もリアルに描けてるよね」

「絵心ある人はうらやましいよ」

「あーあ、セイラも絵師さんになりたいな」

「それはムリっしょ」

「なんでー」(プン助)

セイラの描いたゾウさんの絵、ボンレスハムにしか見えなかったもん。

〈これで、ミッションレベル13をクリアです。次はいよいよ、妓鬼討伐ステージです。スレイヤー!〉

〈すげーこのPT、もう妓鬼か〉〈ガンバレーーー〉〈シぬなー〉〈いや、むしろシんで来い!〉

「妓鬼?」

「妓鬼は、『V』だと蛭人間を作れるヴァンパイアなんだけど、ポリドリっていうやつ一人しかいない」

「『R』では辻沢のヴァンパイア全体の総称になってる」

「鬼はいいよね。小説の『屍鬼』とか、ヴァンパイアを鬼に例えるの多いから。『妓』の意味にはいろいろ説があるけど、辻沢がもともと遊廓の町だったことに関係があるらしい」

ひとしきり、投稿動画を見せられた後、カリンが、

「実況メニューっていうのがあるんだ。そういうのも動画なんだよね、大概」

「でも、メニュー開けないの」

「現場に行けば、見られる可能性高いと思うけど」

「秘匿事項なんだと思う。このゲーム守秘義務とか厳しいから」

「とにかく参加してどんなかな、なんだよね。今のところ」

「で、レイカに相談なんだけど」

いやな予感。

「一緒に行ってくれないかな」

「今夜0時からイベントが始まるの。『出会い系蛭人間祭』」

なんか怪しい名前のお祭りだね。

「迷惑なのは十分承知の上なんだけど」

「レイカのスマフォが必要なの」

「ウチらだけじゃ、不安なんだ」

ウチがいても一緒だよ。

「お願い、ココロとシオネのためだと思って。女バス仲間でしょ」

えー、断れないじゃない。そんなこと言われたら。

「いいよ。今回だけだよ」

「ありがとう。レイカ」

「感謝するよ」

なんでこうなったんだっけ。そっか、ニーニーのせいだ。死ね! ニーニー。

 トリマ、ウチらは12時になる前にカリンの車にのって、現地に行ってみることにした。途中でヤオマンBPCってファミレスに寄ってご飯食べようってなったんだけど。なんで? さっき食べなかったっけ。ここでも、カリンとセイラはお肉をモリモリ。ウチはなんだか食べそびれちゃった。もったいなかったけど、残しちゃってカリンにほとんど食べてもらった。

 セイラのマンションの前の道に車停めてセイラの準備待ち。

「おまたせー」

セイラが戻ってきた。荷物取りに寄ったの。

「セイラ、何持ってるの?」

「ん? これ? セイラのゴマスリセット。スリコギの絵柄なめネコなんだ。カワイっしょ」

本格スリ鉢とスリコギセット(5400円)、スリコギに「なめてっと、すりつぶすぞ」って書いてある。

「なんで持ってるの?」

「これないとさ、やばい」

なんで?

セイラ助手席にすっぽり収まって、彼女さんみたい。すり鉢抱えてなければのハナシ。

「大丈夫かな。いきなり行って」

『R』(どっぷりだね。こう言うようになっちゃ)に参加するにはいろいろメンドーな手続き(血の団結式とか?)がいって、今夜ってわけにはいかないから、ウチらはオシノビってことらしい。カリンが、

「こっちは辻沢の住人だから、『すみませーん、道に迷っちゃってー』で、とーす」

「住人が道に迷うムジュン」

ってセイラ。

「うっさい、黙れ笑」

宮木野神社前。境内に誰もいなさそう。ジーって虫の声だけしてる。

「たしか、ここがスタート地点のはずだけど」

「『R』見てみよ。何か出てるかも」

「あれ、SIMカード差せっておこられた。レイカどしたのこれ」

ガラケーに差したまんまだった。はい。ガラケー。

「イマドキ、ガラケーって。なんで?」

「だって、そのスマフォ反応悪くって」

「え? それまずいな」

セイラ、あっというまにSIMカード入れ替えちゃった。すごい。

「ぜんぜんフツーに動くよ。接触かな」

どぃうこと?

「まだ、マップにピン立ってない」

「もう、12時回ってるのに」

辺りは暗いし、不気味な感じする。なんか出ても不思議じゃないよ。ん? 窓の外、何か動いた?

ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。

「ヒ――――――――ッヒ」

ビクッたー。警備員のオジサン、牙つけて。モー。やめて、そーいうの。セイラひきつってるしょ。

ウイーィ。カリン、そっち反対の窓。イィーウン。ウイーィ。

「ごめんなさい。ここ規制中だから停車しないでもらえるかな」

「あ、すいません。ちょっと道に迷っちゃってて」

「道に迷うムジュン」(ささやき声)

「うっさいって笑」(ささやき声)

「どこ行くの?」

「青墓です」

「ア・オ・ハ・カ」(ささやき声)

「うっさいの笑」(ささやき声)

「なら、裏のバイパスまっすぐ行って雄蛇ヶ池で降りて真っ直ぐだよ。あっちも規制中だけどね」

「そーなんですか? ありがとーございます」

イィーウン。

なんか、切り抜けたけど、青墓行くの? これから?

「トッサに出ちゃった。規制中って言ってたからあっちでもなんかやってる」

「この間の連中も青墓の杜って言ってたし、もしやがあるかもしんないね」

ウチ、青墓はあんま行きたくないな。

「この時間に青墓の杜って」

「うん。住人はフツー行かない」

簡単に言うと、自殺の名所。この町で何かあると、大概あそこで発見されたり。だから、ヒマワリたちの時も、最初に捜索隊が入った。そういうところって、色んな噂が立つでしょ。そーいう場所。

 やだね。こんどこそなんか出そ―だな。〈鬱蒼とした森が魔王の影のように見える〉は? 何言ってんの? ウチ。

ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。

「ヒ――――――――ッヒ」、プ。

だから、警備員さんやめてって。ウチ、屁ぶちゃったでしょーに。

ウイーィ。カリンこっち見んな。ウイーィ。セイラまで?

「スレイヤーの方ですか? 申し訳ないんですけど、システム障害で今晩のイベントは中止になりまして」

「中に入れないんですか?」

「上からは入れるなって言われてるんですけどー」

「えー。これ逃すと、一か月後しか来れないんですよ、ウチら遠くから来てるんで」

「トークカラ辻沢ナンバー」(ささやき声)

「ダマレ笑」(ささやき声)

「そういう方、結構いらっしゃってですね。さっきの方も」

三人で、シナ。

「折角遠くから来ていただいてるんでー」

お、効果アリげ。ウチらの女子力も捨てたもんじゃないね。

「「「来てるんで―」」」

「えっと、内緒で入ってもらってもいいすよ」

「よかったー。警備員さん、話分かる―」

「「ありがとーございます」」

「ここの道でいいんでしたっけ」

「あ、はい。まっすぐ入っていただいてですね」

「どーもー、スレイヤー」

「お気をつけて、スレイヤー」

イィーウン。イィーウン。

 森の中の真っ暗な道をゆっくりと進んで行く。灯りと言ったらヘッドライトだけ。

「入れたものの」

「ナニすればいいの?」

 しばらく行くと、受付の札が立ってるのが見えた。

「ちょっと様子見て来るよ」

車を脇に停めてカリンが一人で出て行った。二人きりになるとセイラはカバンからノートパソコン出して、いつもの真っ赤な画面表示させた。それからセイラはスマフォとパソコンで忙しそう。つまんないからウチはシートに横になってたら、

「ちょっと! レイカ。やめてよ怖がらすの」

どしたの?

「ミラー見たら、消えてるから」

「寝転んでただけだよ」

「もう」

変なの。

カリンやっと帰って来た。どうしたの? 顔色悪い。

「何か分かった?」

「収穫なし。『R』のほうはどう?」

「だめだね。システム障害の情報だけ。マップも見られなくなってる」

「スレッターは?」

「こっちは運営へのヒボーチュウショーばっか」

「実況は?」

「動画のリンクは死んでるっポイ」

やっぱ帰ろ。ここなんだか気分よくない。

「あ、ゴメン、PCの位置情報許可してなかった」

セイラ、会社のSEさんみたい。複雑怪奇なパソコン世界の全知全能者。そーいう仕事してるの? ウチ、それさえ聞いてあげてなかった。

「F5っと。でた。やっぱりエリア内だと見れるんだ、生実況」

セイラがノートパソコンのちっさい四角いところをこちょこちょいじって操作してる。マウスなくてよくそんなことできるよ。パソコンから声だけ聞こえて来た。

〈システム障害の間隙を襲って、我が隊はAH地点を進攻しています。ミッションナンバーは何になるんすかね。後で運営にナンバーつけさせよう。そもそもヤツラの落ち度なんだし〉

カリン、あれ! すり鉢男たちが、ヘッドライトの光を横切って行った。ひょっとして、今実況してた人たち? すぐ暗闇の中に消えちゃったけど驚いた顔してた。ここ本当は車で入る場所でないのかも。

「この実況は画面出てるけど、ずっと同じとこ映してる」

一本だけの街灯と倉庫みたいな建物が映ってるだけの映像。ずいぶんカメラ低い位置。カメラ落とした? それとも倒れてる? 倒された?

別の実況。荒い息して切迫感すごい。

〈本隊は、規約上限の7人構成。しかしながらカーミラ・亜種に散々てこずってます。1回の戦闘で軽傷者3名出して、2体ようやく殲滅成功。みなさん事前情報に惑わされないように。ここのカーミラ・亜種、強いです。練板連合・ロストボーイズでした〉

けが人が出るって、結構真剣勝負なゲームなんだ。よく、こんなのに参加するな。

「もっと奥に行ってみよう」

車走らせても何にも出くわさない。人に出会ったのもさっきのだけだった。

「あれ、あんなところにエクサス停まってる」

カリンの車のヘッドライトに路端の白い高級そうな車が浮かび上がってた。人が乗ってるかはわかんない。ん、今度こそ何か動いた。車の後ろの茂み。人だ。人が出て来た。

「あ! 蛭人間?」

マダラハゲにメタボバラ。『V』のキャラそっくり。背広だから、改・ドラキュラ? カーミラ・亜種は基本、セーラー服。

「ちがうよ。カリン。似てるけど人間だよ。スマフォで電話してるもん」

車の故障かなんか? こんなところで?

「キャストさんとか」

「蛭人間って着ぐるみ?」

ぬいぐるみの中の人なんていません笑。

「なわけ」

「あの人そのまんま蛭人間でいけるんじゃない」

通り過ぎる時、蛭人間もどきと目が合ったような。

「ねえ。あの人、道に出てきて、ずっとこっち見てない?」

え? どれ。リアウインドウから見てみたら、ほんとだ。スマフォ耳に当てたまま。

「まだ電話してるよ」

((わがちをふふめおにこらや))

「通報されたんじゃ」

カリンが急ハンドルを切ったから、ウチ、ひっくりかえって、ゴトンゴトンって揺さぶられて。

「レイカ。大丈夫?」

「いまのところは」

「山道に入っちゃったみたい」

オッケー。

カリンがゆっくり車を進めてるのは、車体に枝が当たって傷が付かないようにみたいだけど、おかげで頭ぶつけなくて済んでる。

「あれ、さっきの実況で映ってた倉庫じゃないかな」

ちょっと広めの空き地。動くものはないっぽい。街灯が寂しげだ。

「さっきの実況、やっぱり同じ画面のまんま。うん、あの倉庫でいいみたい」

停めるの? やめとこーよ。降りるの? 絶対ダメだって。降りた人が最初にやられるって思ってると、車の中にもうナンカが潜り込んでて、最初に車の中の人やられて逃げ道なくなって全滅なシチュだから。そうじゃなかったら、降りた途端倉庫からナンカが信じられない数出て来て、みんながやられる中必死で逃げ回って、一人だけ助かったと思ってほっとしたところを土の中とか、木の上とか思わぬ角度から襲われてどのみち全滅なシチュだから。でも、降りるのね。はい? ウチだけ? 

「ウチは動画撮らなきゃ。運転もあるし」

「セイラは、ゴマすらなきゃ」

なに言ってんの、あんんたたち。とくにセイラ。

 結局ウチか。一応武器って、なにこのホーキ。古い枯葉が積もってるから掃いてけって? ショージキいらない。で、なんでカレー☆パンマンの被り物すんの? どっから出て来た? 

「レイカ小顔だし、暗くて見えにくいから」

なるほどって被っては見たけれど熱いし見えにくい。ルームミラーにカレー☆パンマンの顔。悪くないね。

懐中電灯持って外。なんか変な臭いしてる。しめった落ち葉が靴にくっついてくる。ウエアブルカメラを探せっていわれてもね、暗くてよくわからないよ。

「もちょっと、左のほうじゃないかな。あ、カレー☆パンマンとホーキ映った。右右、そっち左。そう、そのまま前」

あてずっぽうにそこらじゅうを足ではらってたら、何か蹴った。ころころって。

「レイカ、どうした?」

「何か蹴っちゃったみたい」

「なんで蹴る? それ拾って」

どれ? 見えないよ。ん? なんかにつまづいた。すり鉢だ。ほっとこ。カメラ、カメラはっと。これ? 黒い目玉おやじみたいなやつ。

「それ! それだよ。レイカ。だから、蹴らなくていいから。手で持ってきて」

はいはい。なんか音した。後ろで。やばいやつかも。ウチ、チョッカン信じてるから、はやく車に。痛った。ころんだ。手に何か触れた。スリコギだ。きもっ、なんかベトつく。捨て! ますますやばい。

「プッシュ通知来た。マップが生き返ってる。なんかピンがいっぱいあるよ。このまわり」

「レイカ! はやく戻って、後ろ! カーミラ・亜種」

はーい。だから言ったのに。こうなるシチュだしょ。ウチ、死亡ケッテー。でも、トリマ逃げなきゃ。悲惨な死に方はいやだもん。ウチは子供や孫に囲まれて畳の上で死ぬのが夢なんだから。痛ったー。人の背中引っ掻いたの誰って! 懐中電灯充てたらナニこいつ! マダラハゲのメタボバラにセーラー服って。すっごい顔して、銀色の牙、めっちゃ怖いんだけど。口のまわりの黒いのはチョコレートじゃないよね。くっさーい。息くさいよ。被り物の中でも臭うって、どーよ。あんた女の子なんだからデンタルケアしよ。お肌だってピーリングしなね。あれしてニベアぬったらでツゥルッツゥルになるんだよ。街の男のおねーさんに聞いたから間違いないから。痛いって、そんなに引っ掻かないでよ。もー。

「レイカ! こっちへ」

向かってますが、ナニか。

セイラがゴリゴリゴリゴリ。

なんで、いまゴマスリ? ん? 止めた。この子、手を止めた。今のうち、ホーキで一発。折れちゃった。頭かたいのね。なんてことしてたら、横からも出て来た。間に合うかな、車まで。くっそ、死んでたまるか。ウチを誰だと思ってやがる。カレー☆パンマンだぞ。違うか。

((わがちをふふめおにこらや))

またさっきの声。それどころじゃないんだって。今は、あのムラサキキャベツにたどり着くの。

((わがちをふふめおにこらや))

うっさいな、ほっといてよ。やった、たどり着いた。引っ張るなって。ウチの大事なニットシャツ。伸びるでショーに。

セイラがゴリゴリゴリゴリ。

また、手を放した。よし、乗れた、ドアをしめるよ。そーだよね。やっぱりそーするよね。ドアに手を挟んでくるよね。くっそー、なんだこのバカヂカラ。でもウチだって負けない。うおりゃー。アタマ突っ込んで来んなよ。だから口臭いんだって。あぶね、牙当たるでしょ。セイラ、そのスリコギ借りるね。

「カレー☆パンチ!」

ゴギッ! 脳天に炸裂。あ、落ちた。意外に弱い。セイラ、棒ありがと。蛭人間さん、足で失礼します。えいや。ガーーバン! 閉まった。

「出して! 早く!」

正常発進。エンジンかからないパターンはなしっと。まず、車内確認。ドアロック、よし。窓閉め、よし。天井、よし。座席の下、よし。後部荷物入れ、よし。カーミラさん同乗させてなし。外にへばりついてるかは、明るい安全なところ行ってから確認。

ドコ! って。なにこの数。取り囲まれてる。ドコ! ドコ! ドコ! ゴトン。ゴツ、ゴトン、ゴツ。痛った。アタマ打った。もう、わけわかんない。

「道に出た。家に帰るよ」

「ナルハヤでお願いします」

 とりあえず、セイラんちに退避完了。

 背中がボロボロになったニットシャツとお尻のとこ血だらけになったデニムの短パンは、ゴミ箱行き。どっちもお気に入りだったのに。血はウチのでないよ。ウチは、カーミラさんに背中引っ掻かれたけど、ミミズバレですんだ。カリンが血は転んだとき付いたんじゃないかって。掌とか膝とかにべっとりついてたから。靴にくっついてて持ってきちゃった葉っぱにも血がたくさんついてたし。セイラ、嫌な顔しないでシャワー使わせてくれた。パジャマもありがとね。

 ウチは疲れちゃって、セイラのベット借りてすぐにでも落ちそうになってたら、

「映ってない。やっぱり」

「映らないの? もしかして」

「ドライブレコーダーにも映ってないし」

「ヘッドライトで明るかったもんね。暗さのせいじゃないね」

「ぶつかったのは事実。車の前面ぼこぼこだった」

「新車なのにね」

「ツライよ。まだローン全然返してない」

「拾ったカメラは、ずっとあの場面映してて役に立たない」

「どうして映らないのかな」

「鏡に映らないから、CMOSやCCDにも反応しないのかも」

「試したことなかったね。シオネたちで」

「そんな・・・・」

「エビデンスとるのも大変か」

「システムテストしてるわけじゃ」

「ごめんね。つい・・・・」

「ともかく、今回はレイカに助けられた」

「ホント、セイラたちだけなら二人とも死んでた」

 次の朝、「スレッター」のトレンドで「強制退会処分」ってのがトップになってて、

「重大な規約違反が発覚したため、以下のユーザーを強制退会処分、PTを強制解散処置にいたしました。以降当該情報にアクセスすることはできなくなります」

ってあった。昨晩、実況してたPTも含まれてた。



†【ヒビキ】

 気に入ってたけどモフモフのシートカバーはシラベの血がべっとりついてたからゴミ箱行き。いつかこの車のインテリア総とっかえしよう。昨晩はマジで危なかったな。レイカのおかげで助かったけど、逆にレイカがこれからどんなになるのか、あたしたちで本当に何とかできるのか不安になる。でも、これはあたしがトール道。これを乗り越えなければ目的は果たせない。

 昨晩青墓で一人で偵察に出て、誰もいないはずの受付にジャガー停まってるの見た時はすぐにでも戻ろうかと思った。でも、会長が肩からボールケースを3つも掛けて車から出て来たから茂みに隠れて様子を伺うことにした。しばらくしすると森の暗闇から、緩慢な動作のたくさんの蛭人間が現れて会長を遠巻きにした。その中の何匹かは、あたしのいた茂みの横をすり抜けて行った奴らだった。ずっと後ろにいやな気配を感じていたんだけど気のせいにしてスルーしてた。危なかった。

 しばらくそのままでいた会長は、ボールケースの中から何かを取り出して、それを蛭人間に与えた。蛭人間たちは猛烈な勢いでそれに群がり貪り食った。蛭人間がたてる気味の悪い音のせいで吐き気がしてきて、あたしは急いで車に戻ったけど、あれは確かに、人の生首だった。

 蛭人間って、辻沢の風景に自然と溶け込んでいて、そこに居るのにいないような、目の端に捉えているのに気づかないような存在なのかもしれない。昨日の夜は狂暴化して襲って来たけど、突然そうなったんじゃなくて、ずっとそうやって暗闇から辻沢の生活を脅かしてたんじゃないかと思う。一人夜道を歩いているとき付けられてる気がしたとか、暗い田んぼの中で何かが蠢いたとか、森を車で走るとき木々の間に何かが佇んいる気がするとか。あたしたちは何も気づかず、何も見ないで生活してた。言い知れない不安を感じていながら。

 今日この地区、燃えるゴミの日なのかな。朝っぱらからカラスがうるさい。カカカ。コァコゥァ。アーアーアー。カカ。コゥァ。アーって、何か喋ってるみたいな鳴き声。

 ココロの家の駐車場から会長の見張りしてる。ここからまっすぐのところに会長の家が見えるから。垣根の中は家族が誰も住まなくなったココロんち。トリマ、ここで見張ってれば、ジャガーが出てきても分かる。ユサ来たいって言ってたけど遅いな。会社休めなかった? 

ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。

ユサだ。

ウイーィ。

「ヒビキ、ゴメン。道が混んでてバスが来なくって」

「会社休ませて、かえって悪かったね」

まず乗って。

「有給いっぱい残ってて、そろそろ放棄扱いにされるからちょうどよかったくらい」

何それ。ゴリゴリ、ブラックだな。って、系列会社だし。

「カイチョー、今週はうちに来れないって昨日連絡来た」

「そう。理由言ってた?」

「ううん。言ったことないし。聞きもしない」

「妓鬼狩りだと思う?」

「この間見たスレッターのパターンからすると、そろそろな感じするけど」

「ユサの家に来ない週と、スレッターの投稿は?」

「セイラの日記見たら一致してた。で、前にうちに来なくなったのが、5月末。その週前後に数回投稿している」

「ということは、そろそろありそうな感じだね」

妓鬼狩りなら、彼らが寝ている日中のはず。だから朝から張り付いてる。

ユサ、ゴマスリセット持ってきたんだ。ユサが持つと余計にでっかく見える。

「カイチョんちとココロんちって、ご近所だったんだね。ココロんち、お金持ちだった?」

そうなんだよね。ココロの家に来るときは、お呼ばれって感じでヒラヒラしたブラウスとか着て、いっつも緊張してた。

ココロの部屋に行くときは玄関入って居間を通り過ぎて、台所に向かって、

「お邪魔しまーす。この間は銀座吉岡屋のマカロン、ありがとごぜーますた」

「やだ、カリンちゃん、ゴンベさんみたい笑」

ってココロのママにひと笑いしてもらって、階段上った奥の部屋。ここから見えてる2階のあの角部屋。今は鎧戸閉め切りだけど、日当たりがよくって、ネコたちがいっぱいお昼寝してた。なかでも、高校周辺のネコたちレスキューした時に出会った3匹は特別で、いたずらされて前足切られてたフォー、病気で目が見えなかったブンチャー、去勢手術で腰立たなくしちゃったチャーゾー、最後まで引き取り手のなかった子たち。あたしも引き取るって言ったけど、

「いいよ。ウチが一生面倒見るから」

って。あたしの家の事情知ってたから。

「ヒビキ。ジャガー出て来た。こっち近づいてくる」

シート倒して(無声)。行き過ぎた。曲がった、すぐそこの角。追いかけなきゃ。ココロまた来るね。おっと、停まってる。真っ直ぐ行ってと。

「降りて見てくる。ユサはここで待ってて」

 五軒先に車ある。そーっと近づいて行って。車に乗ってない。家の中で何やってんだろ。やっば、もう出て来た。ボールケース下げてる。いやいや、見てないで隠れなきゃ。隣の大谷石の壁の家、ちょっとお邪魔します。ク・モ・ノ・ス。うえー、顔に張り付いて取れねー。ってやってる間にジャガー行っちゃった。車に戻って追いかける? 中を確認が先か。顔見られないようにこれ被って。

 屋根の上にカラスがいっぱいいる。さっきからカラスがうるさかったのはここか。地面に血の跡ついてる。玄関からずっと点々と。玄関、鍵開いてる。すみませーん。どなたかいますか―?(小声) 血の跡、中まで続いてる。奥、暗いな。入るべきかな。マズイ匂い、プンプンしてる。

(「わたしには手に負えそうにない。だからこそ、ヒビキに頼んでるわけ。内々に」)

これはあたしも手に負えそうにないです、社長。

 トリマ、前進。靴のままでお邪魔しまーす。血の跡、階段からか。上がる? 上、真っ暗だな。電気点く。あんまりそこら触らないようにしてっと。会長が妓鬼狩りをしてたとしたら、ここで出るのはツレに決まってる。対人用の武器買っとけばよかった。とりあえず車にあったの掴んで持ってきたけど意味あったかな? 水平リーベ棒。

 血の跡は、あの左の部屋まで続いてる。音した? 気のせい? ドア半開きだ。部屋の中、暗くて分からない。誰か寝てる。夏なのに掛け布団? 背後に気配。すごく巨大な何か。そして、猛烈な古本屋さんの匂い。

「ようこそ、カレー☆パンマン」(重低音。以下同じ)

振り向くとそこにいたのは金色の眼をして真っ赤な口から銀色の牙を剥き出しにした怪物。これがツレなの? どう見てもヴァンパイアなんだけど。 

終わった、あたしの人生。って訳にはいかない。あたしがいないとココロが寂しがる。必殺! 裏拳水平リーベ棒。痛たたた。手首つかまれた。ひねっちゃ痛いって。すっごい力。敵わない。乙女ってやっぱり非力。

「怖がることはない。お前には危害を加えない」

手、放してくれた。ナンデ?

「油断させておいて、血を吸う気?」

「私にはお前の血など必要ない」

「血に飢えた怪物なのでは?」

「ああ、われわれはヴァンパイアだから常に血に飢えている。でもそれはお前たちも同じだよ。見なさい、これを」

そいつが布団を剥ぐと中に横たわっていたのは首のない体だった。合掌した手を胸に載せ、浴衣の帯を前にして結んである。体つきから女性? 枕と敷布団が赤黒く染まってる。でも、何故だかグロく見えない。傷口が見えないから? 人形のようだから? もっと近くで見ようと身を乗り出したら、そいつがそっと布団をかぶせ直した。いつの間にかそいつは黒縁メガネのおじさんになってた。男? 辻沢のヴァンパイアなのに?

「あたしの友だちはあなたの仲間に殺されの」

「そうか、それはすまなかった。そういうことがあるから、われわれはいつまでも安心して寝られない」

「それはこっちの台詞」

「そうだな。失言だった」

「さっきの男がこれを?」

「そうだ。私が昨晩、留守にしている間に忍び込んでやった。未明に私が戻った時は首を切り落としたところで、慌てて逃げて行ったよ。私がいたら返り討ちにしてやったのだが、周到に練られた作戦のようだった」

「じゃあ、さっきあいつはここで何を?」

「忘れ物を取りに」

「ひょっとして」

「首だよ」

やっぱり。寒気してきた。

「この人はツレ?」

「ツレ? ああ、私の玄孫の子だ。まだ二十歳になったばかりだった。可愛そうなことをした」

「人間?」

「そうだ。血筋ではあるが、お前たちと同じだ。私に血を分けてくれていたせいで殺された。町長の差し金だろう。あやつはわれわれから血の供給元を奪い、不愉快な縁組を持ちかける」

「それって特殊養子縁組のこと?」

「そうだ、粗悪な血のために高額な持参金を用意させられる。断れば、屍人のように夜な夜な徘徊してネズミやカエルの血を漁るか、土の中でいつ目覚めるとも知れない眠りにつくかを選ばねばならん。宮木野の禁があるので人を襲うわけにいかんのでな」

「あなたはどうするの?」

「この子を影隠しにしたら、土に帰る」

影隠し、密葬することか。このこと公にしないってこと?

「どうしてさっきの男に復讐しようとしなかったの?」

「人為は須らく黙従すべし。それが宮木野の掟だ」

それを知ってて、町長は会長やゲーマーに妓鬼狩りをさせてる?

「そこの本棚の中に仕掛けてあった。暗視用の小型カメラだ。持って行ってくれ」

そういえば会長のスレッター動画、みんな隠し撮りっぽかった。もし会長が撮られてるの気付いてないとしたら・・・・。

部屋を出て暗い廊下を戻るとき、いつ背後から襲われるかと背中がぞわぞわだった。無事に出て来れると思わなかった。あの人最初に言ったこと守ってくれたってことか。それにしても静かだな。騒がしいのはカラスだけ。この感じ。時間が止まった感じ。あの時からずっと何も変わらないままの。

ユサ、ノートPCでスレッター見てる。なるほどね、そういうことか。ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。ウイィー。パタ。急いでPC閉じても見えてたよ。

「どうだった?」

「いろいろ分かった。会長はサイコパスってこととか」

「知ってる」

だろね。

「次はどうするの? カリン」

「『R』に正式に参加してみようかって」

「どうやって?」

「ちょっと心当たりがあってね」

 今晩は講座の日。ココロに付けられた傷がなかなか塞がらなくって首に大き目のバンドエイドして行ったら、いいって言うのに、お師匠さんが手当してあげるって。薬を塗ってくれる前に、おまじないよって傷をペロッと舐められた時、背中を冷たいものが奔った。

少しお話して練習はじめ。お師匠さん、同じとこ3回語ってから、はいどうぞって、結構ムリ目なこという。覚えられないんですけど、でも、なんとか一節だけ聞いてもらったら、

「声が撥ねましたね。やっぱり」

って褒められた。特に何したわけでないけど。

「この調子なら、間に合いそうですね」

間に合うって? 発表会とかするんですか? 無理だと思います。全然覚えられないですし、お借りしたテキストもまだ読めませんもの。

「とにかく、あと一つ、二つきっかけがあればいいと思いますので。たくさん冒険なさってください」

ボウケンですか? 

家に帰って高坂モンキーズあてにお願い投稿。

「グループ参加の件、可能であればお願いしたく、連絡乞う。FROM:ココロノハハ TO:高坂モンキーズ御中」

返事、はっや。

「表題の件、了解しました。明晩のイベントよりご参加可能。待ち合わせ場所:西廓3丁目交差点、マップリンク、時間:2330 高坂モンキーズ 幹事 エイプ100」

「よろしくお願いします。ココロノハハ」

さて、装備どうしよう。

「装備、水平リーベ棒しかないんですけど ココロノハハ」

「いいです 装備等はこっちで用意します 高坂モンキーズ隊長 モンキーZ50J」

「基本セットもないの ココロノハハ」

「それでどうやって戦ってきたの? まあ、余ってるのあるから貸してあげます 高坂モンキーズ副隊長 ゴールドモンキー」

やっぱサルばっかなんだな。

 西廓3丁目。地名からするとここは昔、遊郭があった場所。郷土史やってた教頭先生が、昔の辻沢は全域が悪場所だったって言ってた。

ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。ウイィー。 

「こんばんは。高坂モンキーズ来ました。今夜はよろしく。あ、モンキーZ50Jです」

お前らいい年してるくせに車とか持ってないの? 原チャリって、コーコーセーか?

「僕はゴールドモンキー。君の戦い、スレッターで見させてもらったよ。やばいね」

はあ? 戦歴ゼロなんだけど。

「カーミラ・亜種3体いっぺんに相手にして一撃で仕留めてた。やばいよ、カレー☆パンマンさん。あ、僕はMTX50Rね」

そういうこと。ユサの仕業だね。この間のやつあげたんだ。

「えっと、イエロータクトです。君用のTシャツ用意したんだけど」

あ、そういうのは。

「そう? 『ワイルド7』嫌いだった?」

そういうことでなく。

「僕が幹事のエイプ100です。よろしく。作戦会議を始めましょうか」

この間の語りたがり屋。赤いバンダナにミラーのサングラス。今夜は迷彩服の上下ですか。

しかし、改めて見るとしけたおっさんばっか。エイプ100以外はみんな40? 50? きっとバブルに乗りそこなった連中だな

「作戦中はコードネームで呼び合います。僕、エイプ100はアベック、ココロノハハさんはブラザー、ゴールドモンキーさんはチョリソ、イエロータクトさんはデンタル、VT250Fさんはエリート、MTX50Rさんはフラワー、隊長のモンキーZ50Jさんはグレープ、シンガリをお願いします。作戦中はこのコードネーム以外では絶対に呼びかけないでください。奴らは我々のハンドルネームを知っている可能性があります。ハンドルネームで話しかけられたら、そちらに向かってすぐさま攻撃してください。進攻中の隊列はいつでもこの順番です。アベックからブラザー、ブラザーからチョリソのように下へは話しかけてもよいですが、逆は禁止です。下から話しかけられたときは返事をせずにすぐさまそちらに向かって攻撃してください。返事をしないかぎり向うは攻撃をしてきません。これは暗闇を前提とした作戦です」

「どうして?」

「礼儀をわきまえているから、らしいです」

「武器の配備です。さすまたをチョリソとエリートが持ちます。アベックとグレープとが山椒の木刀、アベックは短刀も兼備します。他は各自の武器で対応してください」

水平リーベ棒で?

「ブラザーは初参戦ですから、まず自分の身を守ることに専念してください。防具はチョリソが用意したものを着けてもらってるね」

やっぱ、この格好なんだ。すり鉢のヘルメットはいいとして、このガンダムみたいな段ボール製の胸当ては何か意味あんの?

「今回の実況担当はアベックです。規約によりカメラも幹事の僕が身に付けます。では、イベント開始時間まで、各自待機していてください」

あと、20分か。狩りの場所はこの近くなのかな。

「アベックさん、場所はどこでなんですか?」

「まだわからないよ。それは蛭人間殲滅の時と一緒。時間になったら『R』にプッシュ通知が来て、マップにピンが表示される」

「蛭人間とは違って妓鬼は数が少ないって聞いてます。ほかのPTと鉢合わせになったりしないんですか?」

「それはないと思うよ。表示されたピンを一番近くで拾ったPTに優先権が渡されて、そのPTだけに妓鬼の情報が開示されるから」

「我先にっていうPTはいるんじゃ?」

「そういうのがいたとしても、まったく情報のないまま妓鬼に対峙すれば命ないから」

「それって、どんな情報なんですか?」

「主にダンジョンの地図。間取りのことね笑。侵入口とか脱出口とか、ターゲットがどこにいるかとか。それから弱点情報。山椒なのか銀なのか。一番重要なのはツレの不在情報かな。人間とはいえツレもシンの妓鬼を守るために色んな攻撃仕掛けてくるからね」

「でも、この間はいないはずのツレがいたんですよね。ガセってことはないんですか?」

「あるかもだけど、運営が流す情報だから信じないわけにいかないよ。そろそろ来るよ。みなさん、スマフォの用意してください」

あたしのスマフォは『R』入ってないから関係ないけど、一応形だけ用意。

(ピー、ピ、ピー、ピ、ピー、ピピ、ピー、ピピ、ピー、ピピ、ピー、ピ、ピー)

「「「「「来た。ゲットしろ。西廓3丁目に2つ。1丁目に3つ。ひたすらタップだ。だめだ、3丁目二つともとられた。1丁目もあっという間にとられた。2丁目に1つ残ってるぞ。これもだめ。くっそ。このままじゃ強制撤収だ。やった! 取ったよ! でかした、ブラザー。どこ? 本通り交差点の近く。そこ? 意外な場所だな」」」」」

いつの間にか、あたしのスマフォに『R』が入ってて、あたし宛にプッシュ通知が来るって。いくらなんでもやりすぎなんじゃない? あんた、あたしになにをさせたいの? いや、むしろシんで来いなの? ユサ。

 皆さん、ハーハーって息切れして大丈夫ですか? さっきから「肺が肺が」とか「腰痛い」とか「膝の爆弾が」とかって、それならバイク置いて来ればいいのに。音しないようにってわざわざ押して来て、みなさん年考えよ。さ、もうすぐ着きますよ。あと少し頑張りましょう。

 やっと着いたよ。先に着いてたアベックさん、イラついてる?

「これから妓鬼の屋敷に侵入します。各自生還を第一に慎重な行動を心がけてください。蛮勇は無用です。スレイヤー」

「「「「「「スレイヤー」」」」」」(小声)

 いつから辻沢は玄関にカギを掛けない町になったんだ? 手をノブに掛けたらすっと開くってどういうこと?

(実況中)「我々は高坂モンキーズ隊です。前の作戦で欠員が生じたため傭兵ブラザーを補充し、7人構成で進攻します。場所は本通り5丁目の閑静な住宅地。妓鬼生息域と言われる西廓・広小路地域から徒歩で15分かかりました」(ささやき声)

「あと30分しか時間がない。迅速にターゲットを目指そう」(前からささやき声)

「(前略)目指そう」(後ろ向きにささやき声)

(以下、フラワーまでくり返し)

土足で失礼します。お約束で、

「誰かいますかー?」(後ろ向きにささやき声)

(以下、フラワーまでくり返し)

「しー」(前からささやき声)

「しー」(後ろ向きにささやき声)

(以下、フラワーまでくり返し)

めんどくさいな、このシステム。

(実況中)「我々のターゲットは、蛭人間型ヴァンパイアで弱点は銀。水平リーベ棒が有効。山椒の木刀は役に立ちません。ツレは運営の陽動作戦で外出中。ただし移動でロスしたため、30分の猶予しかない」(ささやき声)

さっき見たダンジョン図では、この廊下をまっすぐ行って、3つ目の左の寝室にターゲットだった。

(実況中)「紫外線灯にぼんやりと浮かぶ廊下は、一般の住宅と変わりありませんが、どことはなしに陰惨な匂いがしています」(ささやき声)

こんなに、ぞろぞろ行って気付かれてないってのが楽観的すぎるんじゃないかと思うけど、一人よりは心強いってことで。

((ヒビキちゃん。アタシたちは、友だちだろ?))(重低音)

名前、呼ばれた。

(実況中)「ちょっと待って。なぜだ。ハンドルネームでなく、名前を呼ばれた。隊員も同様のよう。みんな平静を保ってください。うろたえないで」(うわずった声)

みんな、パニクってる。心づもり出来てなかったから無理もないけど、ガマン。すぐそばにいるのが分かる。気配と息遣い。怖い。でも、進め! とにかく前進。

「チョリソ! 3時方向にさすまた!」

「くらえ! よーし何か押さえた」

「エリート! 2時方向にさすまた! フラワー、チョリソを助勢! グレープ、一撃お願い!」

ゴ!

「手ごたえあり!」

アベック、ナイスアタック。まぶし! 何? ハンドライトか。この人誰? マダラハゲのメタボおやじ絡め捕った。

「な、なんだ、あんたたちは。人の家に勝手にあがりこんで」

やたら蛭人間に似てるけど、どう見ても人間。前に会ったことある?

「こいつはツレだ。妓鬼じゃない」

ツレは外出中なんじゃ。またガセ掴まされた? そうでなければあたしたち普通に不法侵入。

「前回同様、情報が錯綜しているみたいだ。僕は奥を確認しに行く。チェリソ以下はこいつを頼む。ブラザーは、僕と一緒に来て。水平リーベ棒あるよね」

ここに5人もいらないでしょ。あと1人か2人一緒に行ってもよくない? あ、そう。あんたたちいい年して年下の言いなりなんだ。

ホントにここであってるの? くっそ、アベックのヤツ、どんどん先に行っちゃう。やっと追いついた。

(実況中)「いよいよ、ターゲットのいる部屋に進攻です。他の隊員が蛭人間にやられた今、私と傭兵ブラザー二人での討伐になります。頼りはブラザーの持つ水平リーベ棒のみ」(少し興奮気味)

誰得の脚色? 実況観てる人? そんな暇あったら状況もう一度確認しよ。

奥の寝室まで来た。ドア開いてるけど、中は真っ暗。アベックがハンドライトを照らす。ベッドに誰か座ってる。髪の毛長い女の人? 人?

(実況中)「いました。情報通りです。こちらに気付いているのか、いないのか、ベッドの上でじっとしたまま動きません」(ささやき声)

「怪物め! 覚悟。名刀『火血刀』受けてみよ」

立ち上がった。見たことあるシルエット。髪が長くてきゃしゃな感じで。こっち来る。足引き摺ってる。知ってる顔だ。どうしてここに広報の人が?

「アベック。待って。この人、ヴァンパイアじゃない」

うわ! いきなり刀振り回しやがった。ルール決めたけど、分かるだろ。だから、危ないっての。こんの。

「やめろって。あたしだって」

「知ってるよ、ブラザー。悪いが君も死んでもらうから」

「は? ワケ分かんないんだけど」

「そうだよね。でも、目障りなんだってキミ、町長が」

くっそ罠か。でも、逃げ出さなきゃ。頭使え! 絶対切り抜けてやる。どうする? よし、こいつの後ろのあれから注意をそらさせる。

「実況中にそんなこと言っちゃっていいのかよ」

「それは大丈夫。あとで編集するから」

「ライブじゃないの?」

「バカだな、ライブでなんか流さないよ。ちゃんと運営がチェック入れてくれる」

「お前が不利益だからってどうして運営が編集かける?」

「僕が運営サイドの人間だから、かな」

廊下の暗闇の奥からウ―ファ―の利いた咆哮が上がった。破壊音とともに悲鳴と叫び声が間断なく続き、そして静かになった。

「今のは?」

「さっきのオヤジが本性現したんだよ。あれの方が妓鬼。あいつらあれにやられて蛭人間になるんだ」

「仲間を売ったんだな」

「はあ? 仲間って、あいつら知り合いですらないよ。そもそもこのミッションは蛭人間補充のためのものだし」

「お前もすぐに同じ目に」

「僕は例外だよ。そこになおれ! 外道。って、一度言ってみたかったんだよね」

なら、せっかく知り合いになったから教えてやる。アベック後ろ!(無言)

衝撃波。吹っ飛ばされた。爆発? 痛ったー、背中したたかに打った。ここは? 狭い。天井が見える。ベッドの隙間に落ちたのか。しかし、やばい状況に変わりなし。この後どうする? 強烈なニセアカシアの匂い。雨降る街路のような。怒号のあとの悲鳴。何かをひしぐ音、そして衝突音。わ! 何か降ってきた。生暖かいもの。血の匂い。静寂。引き摺る足音。ベッドのきしむ音。狭間から顔。必殺! 正拳水平リーベ棒。って、効かないか。くっそ、あたしの人生終了―。

「危ないな、カリン。ウチら友だちだろ」

「広報さんが友だち?」

「ツジカワだと言ったら?」

「マジ? すごく痩せたね」

「ほれ、手をかせや」

ツジカワさんの手、すごく冷たい。

「ずっと気付かなくてごめん」

「いいよ。気付かれないように努力してたから」

部屋を見回すと、壁が突き破られていて隣が見えている。そこに血まみれで誰か倒れてて。あれ、アベックだよね、下半身がどっか行っちゃってるみたいけど。それと廊下からは近付いてくる巨大なものの気配。三社祭の時と同じ腐った菜っ葉の臭い。

「逃げるぞ」

「どうやって?」

「ま、付いてきな」

 やたらアメージングな逃げ方だったけど、ツジカワさんったらよりによって役場に置き去りにしなくてもじゃない? 途中の大通り交差点のところで降ろしてもらえばよかった。こっからどうやって帰れっての? こんな夜中じゃバスもないし、それどころかあたしは全身血まみれなんだっての。ユサ呼び出そうにもあの子車持ってないしな。あれ? あの庁舎の中でケータイいじってんのはシラベじゃない。そっか職場、夜間窓口だったな。ちょっと脅かしてみよ。

「レイカ。カリンだよ。ウチら友だちだよね」

「もう、その手は一度やったしょ。それに入口入って来るの見えてたし」

「だめか」

「あたりまえだよ。でも、今度のコスプレはこの間よりリアル。髪までべとべとにキメてるし」

「そう? ありがと。でも早く流したいんだ。たしか、役場の風呂使えるって言ってたよね。それとついでで悪いけど、着替え貸してくれないかな?」

「いいよ。ここに座って待ってて、取ってくるから」

『特殊縁故結縁届』。この書類にサインすると、役所から血の供給がうけられる仕組み。引き出しの中にあるのは、控えか。新しめの欄にはココロんちの近くのオジサンの名前はなさそう。言った通り土に戻った? 土に潜る方がましってどんな粗悪品なんだ。過去の履歴を見るとだいたい2カ月ごとに3人ずつのパターンになってる。会長主導ってこと? まてよ、細かく見るとそうでもないか。2か月の間にもぽつぽつあるな。頻度は圧倒的に会長で、そこにスレーヤーマターが混入してる感じだな。

「着かえ持ってきたよ。あ、名簿見てたんだ。その名簿に載ってるのが養子縁組した人なんだよ。ここで書類作って名簿に控えを記したらウチの仕事は終わり。それとたまった書類を厚生課食餌係ってところに持って行くのも。そこにショーンがいてね。カリン、知ってたよね、ショーン」

ショーン? あー、中学ん時のあいつか。めっちゃ軽い男。

「ねえ、カリンのそのカッコーって、実は仕事なんでしょ?」

「そんなとこ」

「カリンの会社ってブラックだね」

「そうかな?」

 シャワーしか使えなかったけど、助かった。シラベの私服、レディース全開。空色のミニワンピにレーススカート。こんな格好したの初めて。ひらふわって感じで女の子。ん? 窓の外横切ったの蛭人間だった。水平リーベ棒はシラベんとこに置いて来たけど、どうしよ。あとつけてみるか。外の階段を誰か登って行く。さっきの蛭人間か? 階段上ってきたら吹きっさらしでめっちゃ風強い。スカートってこういう時ホント邪魔。お、駐車場にノーブルシャイニングホワイトのエクサス停まってる。えっと蛭人間はっと。ちょうど1階分上か。蛭人間に見えたけどあれは、さっきの家にいたメタボおやじだ。踊り場で立ち止まった。何してるんだろう。煙草吸ってる? ちがうな。目の錯覚かな? メタボバラが引っ込んできたような。背が高くなって来たような。顔が細くなってきたような。あ、町長! メタボおやじが町長になった? 変態するんだ。でもハゲは変わらずか、ご愁傷様だね。ということは、あの家にいたのは町長だったってことか。

朝までシラベのおしゃべりに付き合って、そっちのほうで疲れた感じ。

「大通り交差点まで」

 ゴリゴリーン。

〈大通り郵便局前。皆様の毛根を見つめて30年。ヘアーサロンひこばえにお越しの方はここでお降りください〉

昨日の現場近くだ。サラリーマン乗ってきた。

「昨晩、隣家で騒ぎがあってですね」

「隣って空き家の方?」

「そうです。夜遅くにバイクの連中が大勢、家の前にたむろってたんですよ」

「最近多いですね」

「しばらく見てたらそいつら空き家の中に入って行きまして」

「騒いでうるさくするんです。そういう輩は」

「そう思ってですね、後で証拠にするためにビデオで撮っておいたんですけど、変なんですよ」

「変とは?」

「朝になってもバイク置きっぱだったんですけどね、撮ったの見たら入った連中誰一人出て来てなかったんです」

「まだ中にいるってことですかね?」

「そうじゃなかったんです」

「反対側から出たんですか?」

「いや、それは無理でしょう。向う側は結構高い壁だから、空でも飛ばないと」

フツーは登れないな、あのコンクリートの擁壁。

「警察呼んで空き家の中を調べてもらったら、廊下とか壁に大量の血痕がついてて死体が一体だけあったそうで。それも半分になった。でも、他はどこにもいないって。本当にそんなにいたのかって疑われてしまいましたけど、撮った動画見せたら、変ですねーって」

「他の連中はどこ行ったんでしょうね?」

「変なんですよ」

〈大通り交差点。辻沢のへそ、大通り交差点です。へその垢とりは腹痛の元、渡辺内科診療所におこしのかたはこちらでお降りください〉

ゴリゴリーン。

 コインパーク大助かり。車で現場に乗り付けなくてよかった、警察に接収されずにすんだ。バスのさっきの話が本当なら、アベック以外の高坂モンキーズの連中は本当に蛭人間にされた可能性高い。出て行かなかったんじゃなくて、出て行ったけど映らなかったんだ。てことは、町長が蛭人間を作るヴァンパイア、ポリドリ。

『スレイヤー』のゲームシステムから分かったこと。『V』で射幸心を煽って課金地獄に落としつつ、『R』という裏ゲームをちらつかせて利益を最大化する。さらに『R』参加資格を手にした者には、恐怖、戦闘、殺戮という彼らが普段味わうことのできない体験を提供し、最後にはゲームのキャラクターとして『R』に永遠に取り込む。

こんなキラーシステムをYSSなんて子会社だけで運営できるはずない。ヤオマンに裏店舗があったことから推してカイシャが絡んでるのは確実。

 そのシステム使って己の劣情を慰めてるのが会長。町長はあいつらのネットワークで何かやってるけど、それに会長を利用してる。隠し撮りは多分脅迫用。脅迫されてるのは、会長じゃなくて社長。だから社長はやむなく本社ぐるみのシステム運営を黙認している。社長はこれらを一度に両方排除して禍根を断ちたい。ってとこでいいかな。

 あたしは納期厳守主義だから、プロジェクトの善悪は問わず完遂を目指す。まずは町長。舐めくさって、許さない。



†【レイカ】

 今週末は、ミワちゃんの家にお泊り。ニーニーのこと話したら、うちにおいでよって。ホント助かる。ミワちゃんは用事があるから7時に来てって言ってた。ウチはニーニーと鉢合わせしないように、明るいうちに出たから少し早すぎたかも。ミワちゃん、うちのおじーちゃんちょっと変だけどビックリしないでねって。ウチ、変なのはウエルカムだよ(強がり)。

 六道辻、あの事件の始まりの場所。あんまり来たくない場所。あの時ヒマワリと一緒に帰ったのはミワちゃんだった。ヒマワリはキャプテン、ミワちゃんが副キャプテンってわけでもないんだろーけど、二人は何かと一緒に行動してたな。で、あの事件でしょ。それから一カ月ぐらいは、ミワちゃん、心がどっかに行っちゃったみたいにボーとしてて、ウチは何もしてあげられないのがつらかったけど、あの時は誰もどうすることもできなかった。

 六道辻は町の方から来た道が五つに分かれる場所なんだけど、ここより先の用事ってあんまりない。町のはしっこだからかな。この辺りは竹藪の中に古いお屋敷が何件かあって、昼間でもすごく静か。この一番細い道を行ったところにヒマワリの家で町長のお屋敷がある。なんとなく覚えがある。ウチも昔、ここらへんに住んでたんだよね。ヒマワリやミワちゃんと遊んでたのも、ここらに住んでる頃だったはず。小学校に上がる前に今いる住宅地に移ったから、どこに家があったかもう記憶のカナタ。パパとおばーちゃんのお葬式のすぐ後にお引越ししたのだけはよっく覚えてるけど。

 それで、今から行くミワちゃんちはこの真ん中の道を行ったところ。町で一番大きいかもってぐらいのお屋敷だったはず。見えてきた、竹林の影に黒い瓦屋根が。

 門構えすごい。お殿様の家みたい。たのもーってね。石畳が玄関まで続いてて、両側の垣根、いい香りの花が咲いてる。つやっつやの葉っぱ。白い花キレイ。甘いバニラの香りする。どっかで嗅いだことあるなって思ったら、これってミワちゃんの香りだ。

「いらっしゃいませ」

ミワちゃん、和服着て老舗旅館の女将さんみたい。膝なんかついてウチにはもったいないよ。こういう時は、一礼挨拶してそのまま上がり、上り框で屈んで靴の向きを直す。意外と作法知ってるしょ。辻女に礼法の時間あったから。

息苦しいっていうか、重苦しい。天井が低い、古そうな床板の廊下を歩いて来たのもそうだけど、ミワちゃんが一言もしゃべんないから。

「こちらにお荷物をどうぞ。ごゆっくりおくつろぎください」

ここ、ミワちゃんの部屋じゃないよね。何もないからお客さん用の部屋? ミワちゃんと一緒がよかったな。まゆまゆにも会いたいし。ミワちゃん行っちゃった。のっけからの変っぷり。トリセツなしではちょっときついかも。

一人で何してろっての? ヒマ―。スマフォ忘れなくて良かった。あれ? SIMカード入れろって出る。ガラケーにイレッパだった。大丈夫、ガラケーも持って来てるもん。セイラみたく差し替えうまくないけど、何とか出来た。あ、ミワちゃんの足音だ、戻って来た。

「お食事の用意ができました。祖父が同席しますが、よろしいでしょうか?」

「よろしいです」

「恐れ入ります。それではこちらにどうぞ」

ミワちゃん、二人だけなんだからいつもの感じでお話しようよ(小声)。

「分かりました。ではそのように致します」

全然分かってないみたい。ねぇー、ミワちゃんたら。

それにしても広いお屋敷。廊下どこまで続くんだろ。まるで洞窟探検してるみたい。ここに入れっての? 広いお部屋だね。見た目お座敷だけど、ここが食堂なのかな。ウチ畳の部屋でお食事するの初めて。これ、お膳だっけ。これで食べるんだ。昔みたい。でも、お膳二つしかないよ。おじいちゃん一緒なんだよね。あ、あっちの高いお座敷にもう一つある。どぃうこと?

「参られます」

え? ミワちゃん何してるの。ウチもしなきゃダメ? なのかな、土下座。

畳の匂いいい香り。重い足音。見えないけど太ってるね、絶対。

「辻王、シラベレイカ様に御座います」

あ、辻王はうちの屋号ね。

「辻王の娘か、楽にしなさい」(重低音、以下略)

どっから声出してるんだろ。すっごい低い声。

「どうぞ、オモテをお上げください」

そこ、遠くないですか。誰この人。おとうさん? いや、年恰好からするとおにーさんかな。あ、旦那さんか。初めまして―。ミワちゃんにはいっつも・・・・。

「祖父でございます」

うっそでしょ。若すぎだしょ。しかも太ってないし、イケメンだし(ハート)。

「ご挨拶をどうぞ」

「あ、お邪魔しています。ご無沙汰しておりました」

多分。

「今日は、どこから参られた」

ん? ミワちゃんその手はなに? しゃべっちゃだめなの。

「お返事をどうぞ」

許可制なんだ。めんどくさ。

「家からです」

「左様か。足労であったな。だが、ほんの隣地ではある。はっはっは」

「どうぞお笑いください」

笑いどころワカラナイ。

「どうぞ」

「あー、ははは」

え? 何? ミワちゃん聞こえないよ。

「そうか。それは母者のころの話か。ミワよ、よくぞ教えてくれた。間違えていたぞ」

おじーちゃん、今のが聞こえたの? すごい耳。

「いたみいりましてございます」

「さ、さ。食事を召し上がられよ」

「どうぞ、お箸をおつけください」

はい。でも、なにを食べろっての? お膳のお椀とか、何も入ってないんだけど。そうか。これが噂のカゲゼンか。きっとそうだよ、これがカゲゼンだよ。カゲゼンって何か作法あるのかな。スマフォ部屋においてきちゃったからググれないし。とりあえずミワちゃんの真似しとこ。まずはお箸を持ってお椀を手にしてっと。空のお椀にお箸をもって行って、あたかも食べてるよーに振る舞えばいいのね。分かった。あとは全力でたべるふり。

おいしーねー、このタニシの御吸い物。お、こっちはカブトムシの蛹の姿焼きだ。うまい、うまいぜよ。

「辻王の娘よ」

「お箸をお置きください」

いま、スカンポの油虫炒め食べてたところなのに。はい、置きましたっと。

「お返事をどうぞ」

「はい」

「ミワよ。もうよい、下がりなさい」

「承知いたしました」

え? 行っちゃうの? まだ、カエルの卵の酢の物残ってるよ。ツゥルツゥルでおいしいのに。

「こちらへ参れ」

「はい」

こういう場合は、にじり寄るんだよね。作法、作法っと。ずりずり。

「も少し、こ」

ずりずりずり。ずいぶんと近いね、お顔がくっつきそうだよ。こんなイケメンとこの距離って、ウチなんだか意識しちゃうよ。

「そこでよい」

あ、ミワちゃんとおんなじニオイする。やっぱおじーちゃんなんだね。てか、見れば見るほど、いいお顔してらっしゃる。色白で、シュッとした顔立ちに、真っ黒で深―い瞳の色。鼻筋はすーっと通ってて。まさに美形。あれ? おしー。カンペキなイケメンかと思ったら、前歯がこんにちはしてる。ちょっと、ネズミさん入っちゃってる。(「ぼく、とっとこネズたろーだお」(チュー))

「目を見せよ」

は、はい。またママと比べられんの?

「うむ、辻王の目ぞ。なるほど、げにもおなご」

ゲニモ女子って何? ディスりワードかなにか?

「よい、さがりなさい。ミワ。出かける。支度を」

「かしこまりましてございます」

障子が開いたらミワちゃんがかしこまってた。ずっと、そこにいたんだ。

 玄関の板の間、かたい。痛い。いつまでしてればいいの? 土下座。

「いってらっしゃいませ」

「いってらっしゃいませ」(小声)

土下座、終了していい? まだ?

「あれ、レイカ来てたんだ」 

 やっとホントのごはんにありつけた。ミワちゃんお手製の雑草スムージー。うまい、うまいぜよ。もっとちょーだい。

「よかったー。ミワちゃん、あのままだったら、ウチどうすればいいのかって」

「ホント、疲れるよ。おじーちゃんのぼけに付き合うのも。自分のことお殿様と思ってるんだよね。今は」

「たいへんだね」

「つらいよ。おじーちゃんね、あたしが高校のころはチリメン問屋のご隠居になりきってたの。そのせいでよくお風呂覗かれた」

「あのご隠居はお風呂覗かないっしょ」

「あ、そーだよね。その次が、火消しの辰五郎、あたしは辰五郎のいなせな奥さん。昼行燈の婿殿の時は、鬼嫁。今はなんか複雑で、悪党の近江商人と共謀する、なんだっけ、悪代官か。そいつらを懲らしめる城代家老のところのー、若様だったかな」

「で、ミワちゃんは?」

「もとは卑しい家の娘で、お手付きで子供を産んだ妾ってことになってる」

ふーん。大変そうだね、そのごっこ遊び。

 お風呂、露天風呂だった。温泉に浸かりに来た山ザルの気持ちわかった。きもちいかったー。お庭も広いし、どっかからカポーンって音してる。なんだっけ? あれ。そうそう、シシオドシだ。レイカちゃん、すごい。

よかった、ミワちゃんと一緒の部屋で寝れるんだ。何してるの? ミワちゃん。

「乳搾り?」

「サクニューって言ってよ。おんなじだけど」

ミワちゃんのオッパイめっちゃおっきーし、血管が透けて見える。こんなになるんだ。

「レイカ、お乳って何からできてるか知ってる?」

「え? しんない」

「血だよ。血から必要な成分だけ抽出して乳房に貯めとくんだって」

そうなんだ。

「どんな味? やっぱ血みたいな味?」

つば溜まってきた。

「レイカも赤ちゃんの時飲んだでしょ? 覚えてないの?」

「覚えてるわけないよ」

「だよね」

「それにうちは、オッパイ出ない家系でずっと粉ミルク」

なに? 何か言いたげな目して人の胸見ないでくれる。

「ねえ、どんな気持ち? 子供産むって」

「うーん。妊娠知って、だんだんお腹がおっきくなって来たときは、ちょっと不思議な感じした」

「不思議なってどんな?」

「あたしじゃない、なんか大きな流れの一部になったみたいな」

「それ。ウチ分かる気がする」

「レイカが?」

「子供が出来るとかはわかんないけど、その自分じゃなくなるってとこが」

「そっか」

ウチもそんな経験どっかでしたような気がする。

「あかちゃん育てるって、大変?」

「そりゃー大変だよ。ぐずって寝なかったり、夜中泣きだしたり、突然熱出したり。最初は2時間ごとに起きておっぱいあげたりね。けど、それ以上の幸せもらえるから、やっていける」

「オッパイ飲ませて、あかちゃんの寝顔見てたら、幸せな気分になる?」

「その前にげっぷさせなきゃだけどね」

「げっぷ?」

「オッパイ飲ませたらげっぷさせるんだよ。あかちゃんは空気も何もいっしょくたに飲んじゃうから」

そうなんだ。

「おっぱい溜まると痛かったりすんの?」

「張るってゆーか。レイカも子供産めばわかるよ」

そーだね。ウチもいつかおかーさんになるんだよね。

「あ、だめか、レイカは貧乳だから」

やっかましい。

「まゆまゆはどうしたの?」

「いないよ。ママ友にあずけてある」

「そなの? ウチがお泊りに来るから?」

「いや。ずっと。おっぱいあげてもらってる」

「え? ミワちゃん、おっぱい出るのに?」

「そうなんだよね。おじーちゃんが、『乳なぞ餌がやればよい』(重低音)って」

餌? なにそれ? ミワちゃんはそれでいいの?

「ぼけてるから」

そーなんだ。

 いたたたたた。お腹こわした。ミワちゃん特製雑草スムージー飲み過ぎちゃった。あれ、ミワちゃんの布団、もぬけの殻。そーいえば、もぬけって何かな、セミかなんかのこと? 〈もぬけとは、脱皮した皮をいう。また、魂の抜け去った身体や死骸のたとえにも・・・・〉って、ウチ、何言ってんの? 今まさに急行が到着しそうって時に。えっとー、どっちですかね。ん? 先の廊下誰か横切ったよーな。ミワちゃん? いやいや、それどころじゃない。このままじゃ急行乗り損ねちゃうよ。

なにここ。これがお便所なの? そっか、こういうの雪隠っていうんだよね。〈古来雪隠とは〉って、もう。今よくない? 蘊蓄。

間に合った。よかったー。水が冷たいね。ひんやりする。井戸水なんだろーな。格子窓の外にヤツデ。こういう大きめの葉っぱに、上から血がボタボタボタって滴るシーン、よくある。カメラが上にゆっくり移動すると屋根の上に毛むくじゃらの怪物が和服の美人を抱えてて、その白い首筋から血がーーーー。怖いねー。ぞくぞくするねー。

「ごきげんよう」

ヒッ――――――――ッヒ。

大丈夫だった。出したばっかだから。なんとかこらえた。で、だ・れ・な・の、ウチに今声かけたのは? おばけ? ゆーれー?

「中村先生のお部屋はどちらでしょうか?」

ヒッ――――――――ッヒ。

ごめんなさい、もうしません。他のもの食べれなくなるほど、お腹いっぱいスムージー飲んでだりしませんから。どうか、どうか、おゆるしください。

「あたし、迷っちゃって。ずっと前に部屋に来るように言われたのに」

あれ、よく見ると足がある。青洲女学館のセーラー服着てるし、ゆーれーじゃない。この制服ママのとおんなじ青洲女学校のだ。もう作ってないはずだから結構レアなやつ。でもなんで? てか、すごくきれいな人。見惚れるってこんな感じ?

「どうしても中村先生のお部屋に行けなくって、あたし方向音痴だから」

「あ、そうなの?」

「あなた、ご存じ?」

「えっと、多分、その廊下を右に行って、突き当たって、左の部屋だと思うよ」(テキトー)

「そう、ありがとう。ごきげんよう」

「ごきげんよう」

いっちゃった。知り合い? どっかで見たことあるよーな。

ミワちゃん帰ってる。ミワちゃん、あのね。

「お帰りなさいませ」

もとにもどった。ミワちゃんの浴衣姿、なんか色っぽい。横すわりで片手附いて、片手は脇の下に添えてて。すっごいバニラの匂いする。どこに行ってたの? ミワちゃん。ホントはウチに話したいことがあるんじゃないの?

「おはやく、お休みなさいませ」

「おやすみなさい」

 帰りにミワちゃんから渡された手提げ袋の中身。麦茶のポット3本分のスムージー。冷凍庫で保存してね、飲む分だけ解凍することって言われた。一本は帰ってきて全部飲んじゃったけど、2本は冷凍庫にしまってある。それから、ミッフィーの封筒に入ったミワちゃんからの手紙。

「レイカのママからの預かりものです。どうか、ミワを許してください」

ハンカチにくるまれてたのは、ママのガラケー。遺品の中に見つからなかったやつ。

このガラケーから送信されたママからの音声メッセージはママが死んで何日か後に届いた。例の

「レイカへ。ニーニーのことはよろしくお願いします」

ってやつ。位置調べたらN市からの送信で、その時ウチはまだ向うにいたから、ママが天国に行く途中で会いに来てくれたのかなって。もう一度、ママのガラケーの送信済みメッセージを聞いてみた。そしたら覚えていたのと全然違った。

「レイカ、次の言葉をよく聞いてね。

ママのレイカは、とってもいい子。

 ニーニーのことを思い出しなさい。

わかったら、辻沢に戻って、ミワさんに会いなさい」

一語一語を区切るようなママの言葉。そうなんだ。このメッセージを聞いて、ウチはそれまで霧に覆われたようだった頭の中が晴れだして、記憶のカナタにあったものが少しずつ呼び戻されて来た。その時、最初に女バスの仲間たちのこと思い出したのはうれしかったな。で、今やっと思い出したのが、ママはウチに大事なこと言う時いつもこの言葉を使ってたこと。

「ママのレイカは、とってもいい子」

それを聞くと、ウチはいい子にしなきゃ、ママの言いつけ守らなきゃって。

 ガラケーの中には、もう一つ、下書きのメッセージが残ってた。作成日付はママの死んだ日になってる。

「レイカへ。時間がありません。もうすぐママはあの人たちに殺されるでしょう。レイカにお願いがあります。かわいそうな女の子たちを助けてあげてください。あなたなら、きっとできるはず。なぜなら、アナタは、辻のなかで、一番タフな、ヴァンパイアだから――――――雑音――――――ピー」

何を言っちゃってるの? ママ。

 ミワちゃんとは連絡がとれなくなっちゃった。ナナミに電話したらウチおいでって。ありがたい。聞きたいことが山ほどあるし。とりあえず、PKして、スムージー一本持ってナナミんちへ。

 ナナミんちは山椒農家。山間の山椒畑の道を歩いてたら、木ノ芽のいい香りがしてて、山椒の実がなってていい匂い。だめだね。ほんわかしちゃって、足が前に進まないっての。もう、ここでいいや。ナナミんちなんて行かなくて、ここで野宿しようなんて、フツーは思わないでしょうけど。決まり、今日はここで野宿。

「レイカ。何してんだ」

「あ。ナナミ。こんちわ」

ナナミのダッドキャップ姿、似合いスギ。

「もう夜だし。遅いから来てみりゃ、案のジョーだよ。いいから、車に乗れ」

かっこいーね、この農作業用軽トラ。

「山椒の木、抱っこしてて気持ちいかった?」

「うん、とっても」

「刺、痛くなかった?」

「全然」

 御邪魔しまーす。ナナミんち藁ぶき屋根ですっごい農家って感じするね。

「おー、あんた、辻王のところの」

はい、レイカさんです。ナナミのおにーさんですよね。ママのお葬式でお見かけしましたかも。その節はどーも。今晩はお世話になりますのでー。

「あんたのおかーさんはホンに美人だった。惜しい人をなくしたよ。お、ちょっと目みせてみ」

まーた、ママの話ですか?

「なるほど。大変だね、あんたも」

なんなの? ったく、男どもはどいつもこいつも。

「ウチの部屋こっち」

古い日本家屋の匂いする。いいな、こういう家って。わー囲炉裏だー。周り鏡いっぱい置いてある。そういえばスリコギセットもあっちこっちに。よっこらしょ。畳なんて久しぶり―。日本人でよかった感。そっだ、これ冷蔵庫に入れといてもらえる?

「これ、ミワの」

「そー」

スムージー。これないともうウチ、生きてらんない。それはおーげさだね。

「しかし、こんなに。ミワ、仕上げ間に合わなかったのか」

 家じゅうが山椒の匂いって、ここは極楽浄土か?

「ウチなんで」

こんなに山椒にやられてんの?

「辻のヴァンパイアだからね」

いきなり核心つくね。 

「まあ、ネコのマタタビみたいなもんだよ」

ニャー。

「可愛くない。鏡見ろ」

目もとチーク濃すぎたかな。ここ何日かで肌の色が白くなったから、薄目にしないと目立ちすぎちゃうんだよね。

宮木野と与一の二人のヴァンパイアは戦国時代の終わりに辻沢に突然現れたんだって。ふーん。

与一って誰?

「言い伝えの宮木野と志野婦が双子ってのは真実なんだけど、志野婦の本当の名前は与一といって、男なんだ。二人は辻沢の人たちと契約を交わし、その証に自分たちの弱点を教えた。それが、山椒と過ぎ越しの唄」

なんか聞いたことある歌の題名。

「辻沢の人は、スギコギの唄って言ってるな」

パパの唄だ。

「山椒の木にはヴァンパイアが寄り付かないっていう誤伝が広まって、辻沢は山椒の特産地になったわけ」

逆っしょ、寄っていきますよ、ぐいぐい。

「まあ、和むからいいんだよ」

なるほどね。で、ナナミはなんでそんなこと知ってるかっていうと、

「うちもヴァンパイアの家系。屋号は五カ辻。ウチはヴァンパイアじゃないけどね」

六辻家。辻の字のつく屋号の家。うちの辻王、ミワちゃんとこの辻一、町長のとこの辻まん、ナナミのとこの五カ辻、あとロ乃辻と棒辻っていうのがあって、それらが二人の血筋の証し。つまりヴァンパイアの家系ってこと。

「思い出したか?」

「うん。昨日やっと」

「まったく。ママハイ仕込みは」

「ほっとけや」

「六辻家の中でも、レイカのところにはセーヘキがあって」

セーヘキ?

「辻沢のヴァンパイアの間では特殊な性質のことをセーヘキっていう」

「ひょっとして、それって、ザ・デイ・ウォーカー?」

「何だそれ」

「太陽の下でも平気なヴ、ヴァ、ヴァンパイアのことだよ。『ブレイド』のウイズリー・スナイプスがそうなんだ。弱点なしの最強のヴ、ヴァ、ヴァンパイア」

「何? 漫画の話? レイカ、オタクだったの?」

「まさか」

ちがうよ。あはは。

「今ちょっと目の色が変わってたよ。きもかった」

やばい。女バスでオタクばれるの、致命傷(冷汗)。

「ま、いいや。それが辻王のセーヘキ。あんたの家のだよ」

よっしゃ! ザ・デイ・ウォーカー、レイカ! って喜んでいいものなのかどーか。

「ナナミのトコロは、セーヘキないの?」

「ないよ。それどころか、うちは何代もヴァンパイア出てない。江戸のころの作左衛門さんが最後」

「その人、今は?」

「いるよ」

「どこに?」

「さっき会ったじゃない」

え? お兄ーさんじゃなかったの?

「130歳になった時、土に帰るって言って出てったらしいんだけど、おととしの夏のお盆の夜、そこの縁側に泥だらけで座ってて」

(「なんか、うわさで―、サンショ畑の跡地、人が埋まってたって」)

(「なにそれ、こっわー。殺人?」)

(「それがさ、死んでるってたら、起き上がって、歩いて行っちゃったんだって」)

「『かつえたり。のりをしょもうす』っていうから、手巻き寿司用の海苔出してやったら、突然ウチに噛みついてきてね、『わがうまごがのりはあざらけくしてうまし』だって。ウチの血は新鮮でおいしいって、結局気に入られてお世話する羽目になった」

「言葉とかたいへんそう」

「今は、普通にしゃべるからそんなでもないよ。血を飲みたがるのは月一程度だし。一回に飲む量は、コップ二杯くらい。ま、月一で献血してると思えば」

〈変温動物みたよーなものか〉え? 変温動物って? 〈蛇などの爬虫類や魚が分類される。昔は冷血動物ともいった。ちなみに人間は恒温動物〉。へー、ウチしらなかった。〈変温動物はだな、それほどの食事をしなくても・・・・〉。ゴメンちょっと黙っててくれる。ってか、誰? あんた。

「少しで済んでるのは、ウチが宮木野さんの血筋だからだと思う。血筋の血は特別だから。飢えたヴァンパイアは手が付けらんない。いきなり襲って来られると防ぎようがない。こうやって鏡やゴマスリセット置いてたりしてるのも、作左衛門さんが本性現して消える瞬間を警戒してだけど、そうなったらウチなんかやられっぱなし。それで普通に吸われ続けたらそれこそ屍人になっちゃう」

やっぱりナナミ、大変なんじゃん。

「少し飲むだけで止めてくれるってこと?」

「そう。二口、三口で止める。レイカのママがお兄さんの餌を続けられたってのも同じ理由だと思うよ」

餌って? ミワちゃんもそんなこと言ってたけど。

(「そう。おじーちゃんが、『乳なぞ餌がやればよい』って」)

「宮木野と与一が辻沢村の人たちと交わした契約は、人を襲わない代りに眠りの邪魔はしてくれるなだった」

(〈これで、ミッションレベル13をクリアです。次はいよいよ、妓鬼討伐ステージです。スレイヤー!〉)

スレイヤーって、マジ契約違反。

「でも、生きて行く上でどうしても血が必要なのがヴァンパイア」

ウチは、今のところ血は必要なさそうだけど。のど乾いたな。血の話してるからかな?

「双子が生まれたら、片方だけがヴァンパイアなのは思い出した?」

えっとー。

「なんで、片方だけなんだと思う?」

〈ファイナルアンサー?〉 黙ってろよ、テメーは。

「わかんない」

「餌になるんだ、片方が。今なら余裕があるから一族の誰かが餌になれるけど、昔は食うものもままならなかったから産み落とされてすぐに捨てられたり放置されることが多かった。だからヴァンパイアの兄弟をヴァンパイアでない兄弟が餌となって支える」

「最低保障ってやつ?」

〈最低保証とは人間が基本的に生活してゆくべき程度を保証する行政制度をを言い・・・・〉

うっさいよ。声出してしゃべんな。

「レイカ。そいつ黙らせてくれない? さっきから」

「え?」

ずっと声出てた? ナナミ、そんなに睨まなくても。

「ごめん。なんかウチもコントロールできなくて」

「そりゃー、面倒なもんだ」

あ、作左衛門さん。こんばんは―(小声)。ずりずり、さあドーゾお隣へ(無声)。お、すまないね(無声)。

「なりたてのヴァンパイアは、誰もがそーいうのに付きまとわれてな。オレも25でヴァンパイアになってしばらくそいつに苦しめられたよ。周りの者から、若造がじじーのようなことを言うなって言われてな」

「なんでこんなのが」

「血ってのは中にいろんなもんが混じってるからな。思い出とか気持ちとか。その中のいらないもんを吐き出してるんだろ」

「なんか赤ちゃんのげっぷみたい」

「まったくそのとおり。ゆえに、うちらの間では、『げっぷ』と言ってる。ま、人によるが3か月もすれば治まるって」

ふーん。

「もっとも、久しぶりにナナミの血をいただいたあとは、オレもしばらくげっぷ出てたがな。〈『のり』とは江戸初期ごろの古語で血液のことをいい〉とかってな」

「ちょうどいいや。作左衛門さんにも聞いててもらおう」

「いいよ、で、何の話してるんだい? ちらっと血とかって言ってなかったかい?」(キラキラな目)。

「作左衛門さん。そうやってすぐ眼の色変えるの何とかしてもらわないと。今度、突然襲いかかったら出てってもらうからね」

「すまん、すまん。どうもその、なんだ、後ろから忍び寄ってっていうゾクゾク感がたまらなくてね」

「こっちは、それでどんだけ命削ってると思ってるの? おかげでここんとこ生理もこないんだからね」

「すまんこってす」

「ホントにしてよ。で、レイカんとこは双子だっったよね」

「そうだよ。ニーニーが半日遅く生まれた。でも、どっちかなら・・・・」

「宮木野と与一がそうだったように、男女の双子はお互いヴァンパイアなんだよね。その場合、餌はどうなると?」

「いない」

あ、それでママが?

「そういうこと」

「なら、ウチもママに」

「そんなことできっこない。一つの餌を取り合うことになって、いずれ兄妹で殺し合いを始める」

ニーニーと仲良くできないのって、そぃうこと?

「だから、レイカはママハイなんだよ」

「ほっとけって」

「ちがうよ。ヴァンパイアの因子をレイカのママが封印してたってこと。ママ・ハイプノシスで」

え? 何? ハイプノシスって? 〈催眠術のことをいう。正確な発音はヒプノシス〉。ありがと。でも、黙っててくれる? ナナミに直接聞くから。

「ウチ、昔からヴ、ヴァ、ヴァンパイアだったってこと?」

「いや、なる前に封印されてる。小学校前だと思うよ」

覚えてない。

「お前らの時代は面倒なことしてるな。俺の頃は、チタルの家から餌を二人貰えばよかった」

二人貰うって、また変なシキタリ?

「作左衛門さんはお姉さまだったよね」

「そう。ずいぶん前に村のもんに殺されたが」

マジ契約違反。

「チタルっていうのは?」

「六辻家の最下位の家で、双子が生まれてもヴァンパイアが出ない変な家のことだ。だが、チタルは他の家に男女の双子があった時に必ず双子が生まれる。まるで用意されたように」

だから餌? ひどくない?

「血の樽。餌の家系。さげすまれた家」

(「もとは卑しい家の娘で、お手付きで子供を産んだ妾ってことになってる」)

「ミワちゃんて」

「養女だよ。ヒマワリもそう。二人は双子なんだ。小学校に入ってすぐそれぞれ家の養女になったから、そのことはウチくらいしか知らないけど」

・・・・思い出してきた、今さらだけど。ウチ。あのころのこと。

(「ママ、ミワちゃんとヒマワリとはもう遊ばないの?」)

(「レイカには必要なくなったの」)

(「ニーニーは遊んでいいんでしょ?」)

(「ニーニーも遊ばないのよ」)

(「どうして?」)

(「ニーニーには、ママがいるからなの」)

(「ニーニー、いいな。ママと一緒、いいな」)

(「レイカ。わがまま言わないのよ。レイカがわがままを言えば、可愛そうな人が一人ふえるの。忘れないで」)

(「わかった。レイカわがまま言わない」)

(「ママのレイカはとってもいい子」)

あの頃のミワちゃんの顔は、いつも悲しそうだった。うちの玄関に手を引かれて来たときのミワちゃんは、いつも下を向いてた。楽しくなかったんだね。ウチらと遊ぶのが。帰るとき、「またね」って言っても返事してくれなくて、バイバイもしてくれなくて、迎えに来てくれた人に言われて、バイバイしてた。ウチ、情けなくなってきた。

山椒畑の外までナナミに送ってもらった。結局スムージー飲まなかった。帰りしなナナミに冷蔵庫からスムージーを出してもらった時、

「それ大事に飲め、レイカの命綱だから」

って言うから、

「ミワちゃんのスムージーが?」

って言ったら、

「このママハイ! お前、今それ以外口に出来ないの気付いてないだろ」

そういわれて見れば。

「辻沢のヴァンパイアはヴァンパイア因子をもって生れて来るけれど、生まれた時は普通の赤ちゃんだ。でも、成長途中で他人の血を一定量摂取すると因子が発現してヴァンパイアになるっていわれている。実はな、それはミワの母乳だ。ミワはずっと前からレイカに母乳を飲ませて、少しずつヴァンパイアに仕上げて行った。レイカの場合は血の代わりにミワの母乳を使ったってわけ。だからお前にはそれが必要なんだよ」

(「お乳って何からできてるか知ってる?」)

(「え? しんない」)

(「血だよ。血から必要な成分だけ抽出してニューボーに貯めとくんだって」)

「じゃあ、ミワちゃんがくれた、ジュースの数々は」

「そういうこと」

「でも、なんでミワちゃんはウチをヴァンパイアにしようとしたんだろ?」

「さあな。ウチが聞いてるのは、ミワはレイカのママに、レイカが次に会いに来たらヴァンパイアにしてくれって言われてたってこと」

なんで何にも言ってくれなかったの? ミワちゃん。非道いよ。

お日様がまぶしい。って、ちょっと待って痛いよ、これは。ひりひりすんだけど、日光。ウチ、ザ・デイ・ウォーカーじゃなかったの? 大じょーぶだよね、ウチ燃え出したりしないよね。三宅酒店の角あたりでボワッて。

日陰選んで何とか家に帰ってきましたよ。オツカレサマ。あ、前園のオバサンだ。オープンカーでお出かけですか? おはよーございます。いいお天気でよかったですねーて言ったら、あら、曇りよ。今日はとかって、やっぱ、マズイっしょ。

 


†【ヒビキ】

 例の仕上がり具合が気になるからセンプクさんに連絡取ろうと思ったけど通じない。スオウさんに連絡入れたら、うちおいでってことになった。で、こんにちは。

「いらっしゃい。あがって」

「バイパスからずっと山椒畑の中通って来たけど、全部スオウさんとこの土地でしょ」

「そうだよ。昔はここから名曳川までうちの土地だったらしいけど」

「すごいね。さすが大地主だね」

「いまは、もう没落しちゃってね」

「そんなことないでしょ。これだけ土地あれば」

「いやいや、ほとんど借金の担保になってるから」

たしか、スオウさんとのご両親、スオウさんが中学生の時亡くなったんだったな。苦労したんだろうな。

「そう言えば、この間ココロが来てくれたよ」

「みんなのところ回ってるみたいね。スオウさん返事した?」

「しなかった。襲うでしょ」

「そんなことないよ。あのココロは」

 この家、築何年ぐらいたってるのかな。年期入ってるね、このブットい柱。庄屋様のお屋敷って感じ。おー畳の部屋だ。あれ? 広縁で浴衣着てくつろいでるのセンプクさんじゃない。どうしてここに?

「ちょっと家であって逃げてきてるんだ」

「やっほー、カリーン」

あい変わらずだな。どうやって切り出そう。

「あー、レイカはあとちょっとだけど、使えないことはないよ。それ聞きに来たんでしょ」

この人たち勘働きがいいんだよね。昔からそう。丸々見透かされてる感じがして居心地悪かったんだよね、女バスの頃は。

「レイカは知ってるの? 自分がその」

「ヴァンパイアってこと? 知ってるよ。いろいろ思い出したみたい」

「そうなんだ。で、どんな感じ?」

「昨日の感じだと、9割出来かな。あと一押しってとこ」

「確認する方法はあるの?」

「一番簡単なのは血の匂いを嗅がせることかな。すぐ本性現すから、その時の鏡の映り具合を見て。まったく見えなくなれば完成」

本性現すって、それってこっちの命が危ないってことじゃないの?

「セーブできるの、あいつ」

「多少は」

「信用できない」

「今のレイカはママの圧力かかってるから」

「本当に大丈夫?」

「多分」

確かめるのはなしにしとこう。死ぬのはゴメンだから。

「で、カリンはヴァンパイアのレイカ使って本気で町長を倒す気?」

「うん。ほかにもいろいろ」

笑いたければドーゾ。

「いいかもね」

あれ? 反応いいな。

「町長の件は手伝うよ。こっちもヒマワリを何とかしたい」

なるほど利害一致ってやつだ。

「じゃあ、決まり。決行はいつがいい?」

「こっちはいつでもいいけど」

「なら、7月31日はどう?」

「それはちょっとまずいかな。辻沢中のヴァンパイアが役場に集まることになってるから」

「そうなの? それって、皆さん家に居ないってことだよね。その日、『妓鬼・フィーバーナイト』なんだけど、変だな」

「なにそれ?」

「『スレイヤー・R』ってゲームのイベントなんだけど」

「ゲームの話? カリンもオタクなの?」

「いや、ウチは違うし」

「いやいや、今、目の色が変わったよ。オタクなんでしょ」

「違うっつーの」

「ホントに? レイカもあやしいんだよね、あいつ」

あれ? メールだ。センプクさんから? 

「カリーン」

手を振ってる。今打ったんだ。

「女子会開催のお知らせ。参加者:女バス関係者全員(川田先生除く)。日時:7月31日21時。場所:役場の駐車場。備考:戦える格好をして来ること」

決定ってことで。

 

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