レイカはママが死んだから辻沢に帰ることにする/ヒビキは上司からコロシを依頼される
「愛には牙がある。噛みつくのだ」
(スティーブン・キング『スタンド・バイ・ミー』〈恐怖の四季 秋冬編〉)
†【レイカ】
ママ、死んじゃった。
「レイカへ。 ニーニーのことはよろしくお願いします」
ってメッセージだけ遺して。そんなの知らない。家を出て三年も経つのに、イマサラって気持ちなんだよね。
そもそも、ニーニーなんか引き籠りっての? ウチが家を出る前だって何年も顔も見たことなかった。声すらわからない。てか、イナカのことなんて記憶のカナタだから、もはや。
ママのお葬式はセレモニア辻沢でやった。慌ただしかったな。喪主誰だったの? 式次第に知らない人の名前載ってたけど一度も顔見なかった。あるしょ、カゲゼンとかカゲモシュってやつ。ん? それはカゲムシャか。うちのイナカはよく分かんないシキタリが多くて変わってるからって、娘のウチにママの顔を拝ませないってのもどうよ。それから参列者のオジサン、オバサン? 知らない人ばっか。あの人たちどっから湧いて出てきた? トピは、ミワちゃんが来てくれてたこと。式場暗くて分かりにくかったけど、お腹おっきかった? 他の女バスのみんなどうしてるかな。
シホーショシって人が連絡してきて、遺産を相続する気があるならば兄上と一年間同居しろって。ママってばほんっとうざい。遺産ってどれくらい? って聞いたら、あなたには現金分だけで二千万円用意があるってから、そっこー帰ることにした。セク原課長に辞表たたきつけて勤めてたブラック会社辞めたんだけど、セク原のやつ、あとでコソコソ、訴えないよねだって、ノミの心配性かっての笑。
重いっての。もっと荷物送っとけばよかった。うちのイナカの路線のフォーム、なんだってあんな端の端の端の端の端の端の端のほーにあんのさ。でっかい荷物引っ張ってる身にもなれっての。ま、コロコロついてっからいいけど。てか、なんでエスカレーターないの? バリアフリーしょ、いまドキ。くっそ重い。ドカ、ドカって、中のもの大丈夫かな。何入れたんだっけ。全部お洋服なはずなんだけど。あ、そこのおニーさんスカしてないで手伝う気は? ないよね。写真撮るんで忙しそーだ。いいよ、いいよ。宮木野線が皆様のキョーミを引くなんてカイムだから。じゃんじゃん写真撮って、ツイッターとかインスタとかにあげて有名にしください。バエルかどうかは知らんけど。押しどころは、たった20キロの間に8校も女子高あるところ。ちょっとまって、逆に、恐怖の女子高頻発路線とかって闇サイトあったりして。ないか。
やっと階段降りれたと思ったら、汽車、なんであんなホームの隅に停まってんだろ。もっと階段のほうに来いよ。ぐいぐい出てこいや。いまどきチョコレート色だからって恥ずかしがることねーから。
汽車、空いてるって、日常の風景。ゆったりのんびりがモットーの宮木野線ですから。おばーちゃんたちがゴザひいて、お茶してんのなんてのはジョノクチ。ウチが一番びっくりしたのは、双子の赤ちゃん抱えたおかーさんが、両胸出しておっぱい咥えさせてるの見たとき、座席の真ん中で。こっちのシネコンに『カレー☆パンマン危機一髪』って映画、パパと一緒に観に来た帰りだった。あの時はマジ、ビックリした。
運転手さんやっと来た。トーイところゴクローサマです。
ピンポロピインピンポロピインピンポロピイン。
発車のベル、前より可愛くなった。
ガシュー、ガコン、ガコン、ガガガ。
相変わらずうっさいドアの音。
〈は、っさすあぬ〉プファン。
アナウンスわかんねー、かろうじて状況判断。ハイ発車しましたー。懐かしーケシキ。ウチを育んだフーケ―。田んぼと畑と田んぼと畑と田んぼと畑と田んぼ。たまに竹林。あ、向日葵畑だ。そっかー。もうそんなシーズンか。写メとっとこ。どうしてかな、向日葵のこと想像すると、白いドレスのお姉ーさんが、くるっくる回転してんの思い浮かんじゃうの。はー、外の景色、飽きた。
お、イケメン二人組だ。めずらしいな。たいがい宮木野線なんかに乗る男子は鉄ちゃんだけど。なんだ、やっぱそーだよ。一人は鉄ちゃんだ。これはキマリ。カメラ抱えて、なんか機材みたいの持ってる。で、見てるとこ変でしょ。窓の風景とかガン無視で、車内の、ほら、鉄板貼ってあるとこ、それバッカ見てるもん。間違いないね。しかし、もう一人のほうがわかんないな。あのイケメンは、場違いつーか、人違いっつーか。ちゃんとしてればアイドルグループ候補の補欠に落ちた、くらいな。ってムカンケー。節子それアイドルちゃう。鉄ちゃんじゃないなー。ほとんど手ぶらだし。乗り鉄? やっぱちがうね。おっと、見落としちゃいけないTシャツを。前世紀ヱドゥン・ゲリオンの綾梨レイ、制服バージョンじゃない。イマドキ、ゲリ男って。オタクつながりってやつか。キャプション入れちゃえ。
「ボク、鉄ちゃん。三鉄(撮り・乗り・読み)なんです。どうです? 今度、ミヤギノ線でも調査しに行きませんか」(妙に低い声)
「ボク、ゲリ男。いいですね。こんどミヤギノ線でヱドゥコラボやってるんで」(口臭い)
てな、流れか。これ女バスで流行ったんだ。知らない人に勝手にキャプションつけるの。因みにウチはオタじゃないから。パパがそーいうセーヘキの人だったから、ちょこっと知ってるだけ。
なんだろーね、さっきから。きもいんだよ、あの二人組。ちらちらウチのこと見て。そりゃーね、ウチはここらのイナカ少女に比べたらちょっとはイケテルカモだよ、トカイセーカツが長いカラ(三年だけど)。だからって、そのいやらしー、ものほしげーな視線は迷惑なんだよ。あんたたちのために可愛いミニスカート履いてるわけじゃないんだっての。なんなの? トーサツ?
〈ぬぇ・いー。ぬぇ・いー。っぎは『ヒナギクさく丘』、ぬぇ・いー。デス〉
相変わらず、アナウンス分からない。成実。ナルミって言ってるの。なんで「ヒナギクさく丘」だけテープなんだろ。ここには遠征で何回も来た。ライバルの成実女子工業高校、成女工があるんだ。女バスのみんなして、暑いときはTシャツにバスパン、寒くなったらジャージとシャカパンで、一人一つずつ肩から一個用ボールケース下げてね。試合に負けた帰りはみんなして悔し涙を流したし、勝った時は大声で歌を歌いながら帰った。
乗ってきたよ。成女工の集団。ここの制服もかわいいよ、ちょっとだけね。うわ。一気にJK率上昇。
ピンポロピインピンポロピインピンポロピイン。
ガシュー、ガコン、ガコン、ガガガ。
〈は、っさすあぬ〉プファン。
さすがこんだけJKがいると、圧迫感アル。ん? ナンカ変な声する。
「うおあっは!。うおあっは!。うおあっは!」
あれー。あのイケメンだ。突然のJK集団に刺激されて本性出したんだね。真っ赤な顔してキョドっちゃてる。セーヘキだ。あれは、カンペキなセーヘキ持ちだ。あいつゲリ男じゃなくって、制服系のセーヘキ持ちか? きょーれつやばい。おーい、そっちのJKってば(無声)。お話にムチューなのはわかるけど、あんたたちデンジャーにキュウゲキ接近中だよ。元ライバルのウチがいうんだから間違いないから。そのイケメンは人間の皮被った怪物。気を付けて! ホラ。そいつの前に立たないの。悪いことは言わないから。油断してっと、チー吸われちゃうから。早く逃げて! トーのいて。
おっと、名曳川鉄橋だ。ここは鉄橋の音がうるさくって大声出しても何言ってるか分かんない。だから試合の帰りに女バスのみんなしてここで好きほーだい叫んでた。ヒマワリ、鼻くそほじんなーとか、セイラはマジオタクーとか、レイカのボケはヤマハイ仕込みーとか。ほっとけや。
あー。鉄ちゃん、窓から乗りだして写真撮ってる。危ないっての。周りのJK引いてるし。名曳川鉄橋は撮り鉄にはたまらんスポットだけど、あーいうのはチョット。とかいうウチらだって窓から叫んでたんだから一緒か。
ウチのイナカは、この次の辻沢なんだけど、この名曳川と反対側の猫分川にはさまれた土地で、おくるみの赤ちゃんみたいな形の町なんだ。ついでにいうと、赤ちゃんのおでこに駅があって、右目が宮木野神社、左目が志野婦神社。お鼻が町役場。それで、辻沢の名前のもとになった六道辻が赤ちゃんがお顔の下で握ったオテテの部分。おへそが雄蛇ヶ池で、ルアーのメッカだって(ルアーって何かな)。それと青墓の杜がおしめね、いつもじめってるイメージ笑。それと、最近できたのが、宮木野神社の裏から、辻の字のシンニョウの形に雄蛇ヶ池をかすめて抜ける宮木野バイパス。東西南北、周りはこうやって切り立った崖になってるから、昔から外界との接触が少なかったって。だからかな、変なシキタリがいっぱい残ってるの。おー、なんか起こりそーな設定。雪に閉ざされたホテルで次々に怪奇現象に見舞われちゃってさ、最後は・・・・。
〈ぬ、じさー、ぬ、じさーです。っぎは『山椒の里』、ぬ、じさー。トマリマス〉
あ、何言ってるかわかんないけど、辻沢ね。降りよ。
お、ホームにJKがわんさか。辻沢女子高等学校。通称辻女。ボコーの後輩たちだ。あいかわらず、制服かわいい。あのリボンの結び方、辻女結びっていうんだ。守ってるねー、デントー。肩触れただけなのに「あ、すみません」だって、さすが我がボコーの後輩はおしとやかだね。そのうち「ごきげんよう」なんて言い出すんじゃないの。うちは口が裂けても言わなかったけど。
「あのー」
おっと、後輩、ウチのこと知ってるのかい? そーだよ、女バスの元マネー・・・。
「これ、忘れ物」
「あ、すみません。ありがとうございます」
またスマフォ、オキッパしちゃった。ほんと何度やれば気が済むんだか。ちゃんとしまっとこ。
げ! ドトーのごとく改札抜けてこちらに向かってくるのは、おそらく女バス。スカートからバスパン出てるし、各自ボールケース持ってるし。週末はどこまで遠征かな。って、わわわわ! 逆巻く女バスの波に押し返されるカヨワなウチ。
「「「「このゴリゴリコロッケだれのー、30円おツリー。これソースかかってねーし。こっちパスして。なにをよ? コロッケコロッケ。バッカ食い物投げれるかって」」」」
汗のニオイする。シーブリぶっかけただけじゃダメなんだよね。わかるよ。
JK過ぎ去りしホーム。なんでウチ、コロッケ持ってるの?
「よっしゃ。乗れたー」
ピンポロピインピンポロピインピンポロピイン。
「ギリせーふ」
「よーし、次はエサだ、エサ」
ガシュー、ガコン、ガコン、ガガガ。
「ちょっとミサキ。ウチのゴリゴリコロッケは?」
〈は、っさすあぬ〉プファン。
「渡したっしょ。プファン」
「は? 渡されてねーから。プファン」
「誰かコロッケ、ヨケーに持ってねーえ? プファン」
「「「「「ねーよー。プファン」」」」」
「見て見て、あの人コロッケ持ってる」
これのことカナ?
「なして?」
「あー、なんか手が出てたから渡したかも」
「じゃ、あれウチんだ。そこの人、それアタシのでーす」
ほれほれ、盗るつもりなんてモートーないからさ。ほれ。もっと手を伸ばさないかい。オバサンを走らすんじゃないよ。
「ダメー。手、届かないから投げてー。早く―」
投げるって、食べ物投げちゃまずいっしょ。
「お願ーい。パドゥー、ウチに投げてー」
誰がパドゥーだ。コントロールないからね。知らんよ。ソーレ、投げましたっと。キレーな放物線えがいて、窓の枠に当たって、JKの指かすって、線路に落ちちゃった。
「あー、ウチのコロッケが―」
「イエー! 今日のカノン、何やってもバルス!」
「「「「バルス! バルス! バルス! バルス!」」」」
遠のいていく笑い声にココロが痛い。
あの子もウチに渡したのが運の尽きだった。もしこれがシオネだったら、猛烈なダッシュで汽車に追いつき、ジャンプ一閃、あんたの手にコロッケをたたきつけてた。なんたって、身長160でダンクをキメた伝説の女だかんね、ふん!(ハナ息つよめ)。
なんか疲れた。なつかしー、駅舎の中。お、このニオイは。山椒販売店。
「宮木野神社ってどっちですか?」
ん、あれは。ゲリ男改めセーヘキ持ちが一緒に下りてた。あー。手提げカバンも制服キャラだ。カンペキ制服系のセーヘキ持ち。なんかやだな、宮木野神社行くならしばらく方向一緒だよ。人を見た目で言うのもあれだけど、あいつの目、ゾゾゾってするんだよね。ウチのチョッカンよく当たるんだよ。マジで。あいつ行っちゃうまで山椒販売店ひやかして時間つぶそ。
駅舎にいっぱい飾ってあるノボリ、「ゴマスリで町おこし」って、卑屈なキャッチフレーズだなって、ここ出るときは思ってたけど、今はまあ、ありかなって。ちゃんとしたスリコギだと山椒のいい香りするんだよね。心が安らぐっていうか、ほっこりするっていうか、幸せな気持ちになるから、ウチは大好き。まあ、辻っ子で山椒嫌いな人はいないと思うけど。
スリコギ棒も売ってる。辻沢産の山椒の木で出来てるって。ゴマスリセット直販か。ふーん。今の辻沢はどっちかつーと山椒の実よりスリコギ棒押しなのかな。
「そこのお姉ちゃん」
ビックしたー。トートツに話しかけて来ないでよ。って、お店のオジサンか。
「大きな荷物持って、お迎え待ちかい?」
子ども扱いすんな。こう見えても3年ぶりの帰省ってやつだよ。ウチを知らないなんてモグリだね。なんてね。
「なら、ゴマスリセット、お土産に買っていきなよ」
本格ゴマすりセット(スリコギと鉢ともに)(5400円)、MYゴマすりセット(1080円)、ゴマすりストラップ(540円)か。ショージキ、どれもイラナイ。
「これはお姉ちゃんにはちょっと高過ぎるかな。でもおすすめ。本格ゴマすりセット。もしもの時、攻撃と防御にも役立つし、ってね」
オジサン、すり鉢かぶってスリコギ構えて、どんな勇者だっての。それで何撃退すんの? オカシイ。おっと、あのセーヘキ持ちが頭よぎった。
「じゃあ、これはどう。MYゴマスリセット。こんなでも、本物の山椒のスリコギ棒なんだよ」
お、ぐいぐい来るね。でも、イラね。
「これ! お姉ちゃんぐらいの若い子に人気のこれなんかどうだい。ストラップ。このスリコギの頭のトコロにボタンがあるでしょ。そうそれ。押して御覧」
ゴリゴリゴリゴリ。
「ゴマスリの音がすんだよ」
ドヤ顔すんなって。よくあるキノーっしょ。
「この町は危険がいっぱいだよ。だまされたと思って買っていきな。ちょちょっちょと待って、悪いことは言わないって。特にお姉ちゃん可愛いから、オジサン心配」
買っちゃった、MYゴマスリセットとストラップ。二〇円おまけしてもらった。ウチもジモティ―として町の繁栄にコーケンしないといけんからね、フーン(ハナ息)。そういえば、このストラップさっきのJKもしてたな。ひょっとして、流行の最先端なの? カバンにつけとこ。
「ゴマスリセット。大鉢の」
お、ゴマスリおやじVSゲリ男改めセーヘキ持ち。
「いらっしゃい。本格ゴマすりセットね。5400円。100円のおつり。まいどあり」
「・・・・」
商品もぎ取って行っちゃった。ゴマスリおやじもしばし茫然。
「最近あーいうの多いけど、なんだろうね。お姉ちゃん、危険ってのはあれだからさ」
オジサンがサムアップ。あたしもサムアップ。あたしらサムアップ・ブラザーになっちゃったよ。
見てのトーリ、うちのイナカは山椒が特産なんだけど、ちっさい時からウチは山椒を食べるって習慣がなかったのね。なぜかっていうとウチのママが山椒はダメですって言って食卓にいっさい出さなかったから。ワケ分かんないっしょ。だから、卵豆腐の上に木ノ芽のっけたり、うな重に山椒かけて食べたり、あとは佃煮食べたら山椒の実がピリッとしてたりって、全部トカイセーカツで初めて経験したんだ。あれは、びっくりするぐらいうまいよね。
あらら、壁に行方不明者の貼紙張ってある。笑顔の写真が余計いたましーよ。しかしキレーな子だな。どこのJKだろ。制服はボコーのじゃない。隣町の青洲女学館か。ホントやだね。こーゆーの。はやく見つかるといいけど。でも、こんなとこに貼ってみてもみつからないんだよ、結局。
あっつー。日傘、先に荷物で送ったのは失敗だった。やっとヤオマンか。うえっ、あのゲリ男改めセーヘキ持ちが店から出て来た。荷物いっぱいになってる。何買うものがあるのかな。ちょっと、ゆっくり行こう。まだまだ先だし。じりじり熱いけど。
ここらへんも、山椒畑なくして量販店にしちゃったんだ。ウチが子供のころは、あっちもこっちも山椒畑だったけど。やっぱ全部スリコギにしちゃうからかね。農家の人たちも、山椒って感じじゃないのかもね、スデニ。
やっと着いた。お葬式ぶりのジッカ。なんか陰気臭いんだよね。かび臭いっての? だだっ広くて落ち着かないし。だれもいませんかー(小声)。ニーニーに聞こえないように静かにしないとね。ま、ニーニーはゼッテー出てこないと思うけど。ママの部屋は本とビデオでいっぱいっと。ほとんどパパが遺したコレクション。パパはウチが小学校入る前に死んじゃったんだ。だからほとんど覚えてない。だからこのコレクションだけがウチとパパの接点。また暇なとき観よ。
ユメカが、会社で仲よかった子ね、ジッカ帰ったら自分の部屋、物置だったって言ってたけど、ウチの部屋もカンペキそう。絨毯も変えられちゃてて、グレーってどーよ。あれ、荷物届いてる。誰運んでくれたのかな。ママはここで死んでたらしいけど、ママだからね、幽霊になって出てきてもいいかな。ここで寝ることにしよ。ドアに鍵がすごいいっぱいついてるの、それも安心だし(いくつか壊れてるけど)。ここはニーニーの部屋から一番遠いから逃げようったら、屋根伝ってお隣の前園さん(横なのに前園って笑)の2階のテラスに飛び移れる。ヘーチャンいるけど、そん時は許してくれるよね。多分。
ヘーチャンっていうのは、前園さんとこの2階のテラスで飼ってる秋田犬のこと。オバサンが鬼ヘー大好きで、ホントーはヘイゾーって名前なんだって。人間が大嫌いなの。いつもは下の道を誰かが通るタンビに全力でテラスから吠えた。顔見知りだからって容赦しないから、ウチもよく吠えられてた。ガタイでっかいから声は太いしめっちゃおっかなくって。あんなのにかみつかれたら骨むき出しのズタボロにされちゃうよ。ママのお葬式で帰った時もさんざん吠えられたけど、でもね、通夜の後ウチが窓から夜空見てたら、「きゅわん」(重低音)っていって慰めてくれたんだよね、隣のテラスんところから。ホントは優しいワンコなんだよ、ヘーチャンは。そういえば今日、ヘーチャンに吠えらんなかったな。
なんか疲れちゃった。久しぶりに懐かしいもの目にしたら、記憶がわーとよみがえってきた感じで。今は頭がボーとしてる。今日は早めに寝よ。部屋にがっちり鍵かけて。
†【ヒビキ】
やっと打ち合わせ終わった。しかし、すげーなこの広報のヒト。一人で3時間しゃべり通しだった。見た目、か弱そうな女子なのに女傑って言われるうちの社長がたじたじって、どんだけのバイタリティーだよ。
「ヒビキ、車まわしといてくれる?」
「はい、社長」
「あ、ヒビキちゃん。キー、これね」
ちゃん呼ばわりすんな、ハゲ。廊下、灯り消えてるや。オツカレサマでーす(小声)。守衛さんうたた寝してる。無理もないよ、すでに12時半だもの。で、さすがに夜はまだ涼しー。夜風が心地いい、稲くさいけど。今、田んぼの中でガサガサって音したね。なんてね、何もいるわけないし。いたとしてもカピバラさんだしょ。
こんな田んぼのまん中の本社移転で唯一うれしかったのが駐車場の広さ。青物市場の旧本社の駐車場は狭くて、社員は離れたところ使わされてた。えっと、ノーブルシャイニングホワイトのエクサスはっと。あったあった。てか、もう社長の真っ赤なポルポルとエクサスだけじゃん(あたしの車は除外)。相変わらずかっこいーねー、エクサスLC―Xは。V型6気筒エンジン、日本の公道でこんだけいるかっていうほどのパワーとスピード。インテリアの豪華さやばい。マホガニー調のダッシュボードに黒の総皮張りシートって、これだけであたしの車買えちゃうんじゃないの? いつかあたしもこんな車に乗れるようになるんだろか。
まずは、キーをこのスペースにおいてこのボタンを押す。マジ? 激マジ? エンジン音ずっと聞いていたい。発車オーライ。おっと、アクセル踏み過ぎた。って、わざとー。怖いよ、この底知れぬ馬力。ハンドリング軽い。タイヤ吸いつく。これだったら峠道、楽勝でぶっ飛ばせるね。って、やっば、社長たちもう玄関で待ってる。
「じゃあ、社長、三社祭スポンサードの件はよろしくということで」
「はいはい。アイデアは町長、お金はうち。ですもんね」
「しゃちょー、それはないんじゃないの? 辻沢に人が集まる。社長儲かる、でしょ」
ホントやな奴。こいつが辻沢の町長だってんだから。
「ヒビキちゃんだっけ? 苗字ひょっとして能面ライダーだったり? 能面ライダー・ヒビキ」
の、わけないだろ、名刺見ろっつーの。ってか、何回目だ? それ言ったの。
「こわいねー、睨まれちゃったよ。社長、若いのは早いうち教育しなきゃだめだよ。すーぐ言うこと聞かなくなるから。じゃ」
なーにが。てめーがまず教育されろっての。あ、広報のヒト、また次の打ち合わせで(お辞儀のみ)。足、気持ち引き摺ってたんだ。町長が運転すんだ。あーあ、あいつにはもったいない車だよ。エクサスLC―Xのポテンシャル舐めてんじゃねーぞ。とろとろやってねーできちっと走らせろや。それにしても、エクステ、チョーかっこいい。
「ヒビキ。あいつ一度、コロしてくれない」
「いいんですか? 社長」
「じゃんじゃんコロして」
「じゃ、遠慮なく。これで、今月二人目になります」
「あれ? そうだった? もう一人は誰?」
「会長です。うちの引き籠り、ヤッチャってって、先週」
「そうだった? でも、あのカスは常時依頼案件だから」
「そういえば先々月も頼まれました」
「だめじゃなーい。納期守らなきゃ。プロジェクト・リーダー、失格だよ。なんてね」
「して、ヤツメをコロした報酬は? 殿」
「うむ。白いエクサスでどうじゃ」
「あの、白いエクサスでございますか?」
「悪い話ではなかろうて、近江屋。もともとうちがお金出して買わせたんだったよね、あの車って」
「御意」
「では、頼んだ。7月末までに納品してね」
「御意」
「もうこんな時間。帰ろ。乗っけて行くよ。乗りたいって言ってたよね、ポルポル」
「ホントですか? あー、でも、車置いて帰ると明日メンドーなんで今度にします」
「朝、迎えに行ってあげるよ。トール道だし」
(それは、アナタのトール道よ)か。女バスのみんなどうしてるかな。
「いえいえめっそーもない。社長にお迎えされるなんてしたら、スカート履き忘れちゃいそうです」
「あー、それ知ってる。朝、スカート履くの忘れて電車乗るOLの話でしょ?」
「かわいそうですよね。気付いた時のこと考えると」
「ふーん。そういう反応なんだ、最近の若い子は。まあ、そもそも論でヒビキはスカート履かないけどね」
ケッコー古いネットの話題だけど知ってるんだ。アンテナの貼り方がハンパないよな社長は。
「じゃあ、気を付けて帰んなよ。スピード出すな。あんたはうちのホープなんだから」
「お疲れ様でした」
「あたしは、このまま車で帰るから、あとよろしくね」
ポルポルか、いいな。飛ばすと気持ちいいんだろうな。
カイシャ誰もいない。いつものことだけど。
「さ、ちゃっちゃと議事録作って帰ろ」
なんだかんだで、結局2時か、帰るのメンドーになっちゃった。顔洗って寝よ。ありゃりゃ、電動歯ブラシの毛先、広がっちゃってる。替えもなくなったし、お泊りセットそろそろ新しいのと変えなきゃね。あと替えPとかも用意しとかないと。P一枚で二日間はサスガニ。これでも乙女だから、あたし。
朝になっちゃった。やっぱり、仮眠室のソファーベッドじゃ熟睡できない。このコーヒーまずー。なんだって厚生室の「挽きたてアルカイックコーヒー」はこんなにまずいのかね。目も覚めないっての。ここの厚生室いらないからシャワールームにしてくれないかな。シャワーなら一発で目が覚める。シャワールームは一応あるけど別棟の端の方だし、男子専用みたいになってるから行くの嫌なんだよね。厚生室、バランスボールとか足裏ツボ踏みボードとか置いてあるけどなんなの? しかもツーセットも。あんなの使うの社長に怒鳴られた北村シニアマネぐらいしょ。ボールに座って30分はぶーらぶーらしてる。まるで刑期が終わるの待ってるみたいにさ。そっか、なるほどこれこそ真のコーセー室だ。更生室なんてね。うわっ、あたしおやじギャグ言ってるし。やっばり周囲のオヤジに毒されて来てる。ここって企画戦略室って聞こえはいい部署だけど、創業の功労者たちの慰安施設みたいになってる。いるのはおじーちゃんばっかり。会話って言っても、口開けば二言目にはダジャレ、三言目には昔話。やんなるよ。あれ? 社長だ。今日、早いな。
「ヒビキ、ちょっといい?」
「社長。おはようございます」
「あんた、その頭。また泊まったの?」
なんかなってる?
「寝グセ。後ろはねまくってるよ」
あ、ホントだ。
「あー、こうしてうちがブラックって噂が巷に広まっていくんだな。勘弁してよね。ヒビキは今日は休み。早々に帰宅しなさい」
「え? そうなんですか? さっきの、ちょっといいはどうします?」
「あ、そーだった。じゃ、ちょっとだけ。おい、北村。あとで社長室来いな。今じゃねーよ。あとでって言ったろ。ボケ」
社長室はシンプルだから好きなんだよね。無駄なものが一切置いてない。現代絵画とか、洒落た写真とか、見たこともないような観葉植物とかない。これみよがしに置いてある女性社長の部屋の写真、『プレジネス』に載ってたりするけど、あれはおのぼりさんの記念撮影にしか見えない。似合わねーのにひらひら付いたピンクのおべべ着せられちゃってさ。あんたらさ、そんな余計なもん見向きもしなかったから這い上がれたんじゃね―の、って思う。
「あのね、ヒビキ。これはホントーに秘匿事項だから、口外は無用にしてほしいんだけど」
「殿。またコロシですか?」
「冗談じゃなく、カスがやらかしたみたいなんだよね」
え? なにそれ。会社のSNSで釣りのことばっかり書いてる、怠け者で遊び人、浮気者のほっかむり男、引き籠りのセーヘキ持ち、自称起業家の不良債権、役立たずの共同経営者にして配偶者の会長がですか?
「今朝、お手伝いさんから渡されてね。これなんだけどさ」
なに? このガラケー。折り畳み? じゃないな。これ、どうやって使うんだろ? あ、すみません。スライドさせるのか。こんな機種あったんだ。しかし、パールピンクにド☆キンちゃんのストラップって、極め付きのレディース仕様だな。
「これが、どうしたんです?」
「カスのパーカーのポケットに入ってたって、今朝。このハンカチと一緒に」
レースのハンカチ。小さな青い花模様が乙女チックで、ネームは、・・・・なしと。
「ちょっと、、内々に調べてくれないかな」
きたきた。社長の気まぐれ絶対命令。期限は社長が次に思い出した時。
「なんであたしなんでしょう?」
釣りに託けて違うものひっかけたんじゃ。わー、またおやじみたいなこと考えてる、あたし。
「悪いんだけど」
「でもですね」
会長の浮気なんて社長の眼中にあるわけないな。とすると、ハンカチに付いてるかすれたような赤黒いシミのほうか。
「わたしには手に負えそうにない。だからヒビキに頼んでるわけ。内々に」
会長は社長の鬼門ですもんね。それに、これ以上は断るな光線が出てますよ、社長の目から。よ! は! よけらんない。
「ヒビキ、なにやってる?」
「あ、すみません。その件お受けしますけど、他とバッティングすると」
「あ、それは大丈夫。仕事じゃないから、これは」
って、人はだれしもそうだと思いますけど、一応あたしの時間軸も一本なんですけどね。
「わかりました。でも、少し時間をください」
「もちろんよ。ヒビキがこの企画戦略室のなかで一番忙しいのはよく知ってるつもり」
なら、他の人に振ってくださいませんかねって、無理か。
「じゃあ、日程感は今月中とかっていうのでいいですか?」
「いや、3か月あげる。それまでに解決して頂戴」
なにをですか? いきなり。って言っても無駄なようなので。
「わかりました。3か月のプロジェクトということで。稟議書あげなくていいですかね」
「いいわよ。それでお願いした」
「ドキュメントの提出は、完了届だけということで」
「OK。じゃあ、ヒビキはすぐ帰りなさい。今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張ってちょーだい」
「了解です。これ預かりますね」
「うん、持って行って。返さなくていいよ。終わったら雄蛇ヶ池にでも捨ててね」
「して殿、報酬は?」
「近江屋、おぬしも悪よの。望みを言え」
「では、厚生室をシャワールームに」
「ヨキニハカラエ」
「失礼しました」
「あ、ヒビキ。北村呼んでくれる。どーせ忘れてるから、あのボケ」
北村シニアマネ、カワイソーニ。なんだか社長の水平リーベ棒にされてる感じ。「あなたの乱れた心を水平に保つ便利化学社の健康グッズ『水平リーベ棒』」。そういえば、子ネコちゃんどうしてるかな。ミルクあげに行きたくなってきた。今夜行ってみようかな。あたしの水平リーベ棒に会いに。
「くおら、北村! テメーちの屋号は『遅延証明』か? いつになったら、企画上げてくんだよ。っていうか、企画書作ってねーだろ! はやく作れや。今日中だ!」
あーあ、これは、バランスボール1時間コースだよ。
例のガラケーの充電器、古すぎてコンビニとかになかったから、わざわざビックヤマダセンターまで買いに出てきて正解だった。こっちでも在庫2つだったって。ついでに水平リーベ棒も買っちゃった。売れ筋No1だったから。なぜだかアウトドア用品で。7200円もした、こんなものが。シルバーコーティングって、どうせメッキだろ。ボロもーけだな、便利科学社。買ったはいいが、ショージキいらなかった。そうだ、カイシャの厚生室に置いとこ。
あー、ほっこりした。ネコちゃんたちに癒されまくった。N市のこんなとこにネコカフェあったなんて、不意打ちくらった感じ。結局、閉店ギリギリまで過ごしちゃった。やっぱ、マンチカンのコロ助くんが一番かわいかったナリン。ふっわふわで抱っこしたらフニャーってなってさ。ここも候補の一つだね。って、やっべー、こんな時間かよ。早く帰んなきゃ。ってか、車ぶっ飛ばせば、20分でつくし。やることやってからね。
車のシガーソケットなんてそうそう使わないよな。会長がスマフォの充電によく使ってたけど。携帯充電完了っと。起動ボタンは、これか。やっぱりGPS内臓携帯だ。用心しといてよかった。あたしの家、特定されないで済んだ。どれどれ、操作方法いまいちわかんない。スライドさせて、画面表示させてっと。ド☆キンちゃんからの不在通知がいっぱいだ。あれ、ド☆キンちゃんに何か送信しちゃったみたい。メッセージの下書き触っちゃったのか。やばい。さらにやっちゃだめなことしちゃいそーだな。も少し慎重に扱わないと。もう一つの下書は。再生。
「・・・・かわいそうな女の子たちを助けてあげてください。アナタなら、きっとできるはず。なぜなら、アナタは、辻の・・・・――――――雑音――――――ピー」
この携帯って、マジか。でも、これ使えそ。ここに名前が出てる人物に片っ端から連絡してみよっか。いや、それは危険すぎか。トリマ、名前が出た知り合いだけにしておこ。電源落として、よし帰るぞ。
すっ飛ばしてきたからもう雄蛇ヶ池だよ。ん? 今、橋のたもとに泊まってた車、あれ会長のジャガーじゃない。こんな時間にこんなところで何してんだろ。
会長ってば、ほんとにどっか抜けてる。
「昔のジャガーはね、ボンネットのタイガーがかっこよかったんだよ。ヒビキくん」
自分でジャガーって言っといて、タイガーって。社長はあんな人のどこがよかったんだろ。あたしには関係ないけど。
戻って何してるのか見に行ってみよう。車、脇道に入れて。足元暗くてよくわからない。水際に灯り見えてる。あそこか。ここから下りる道あるな。おっと、滑った。なんだこのツタ、服にからんだ。草いきれでむっとする。蛇とかいないよね。やっと抜けられた。気付かれなかったかな。会長が立ってる後ろの茂みに回ろう。わっと、ぬかるみ。下草邪魔くさい。会長一人だ。釣りしてるのかな? なんか言ってる。
「・・・・ほれ、行けって。僕が悪いんじゃないからね。道具がよすぎるんだからね」
釣った魚リリースか。戻るみたい。しばしやり過ごそう。行っちゃった。池の水面がぬらっとしてる。気味が悪いからあたしもさっさと帰ろう。暗いけどこっちの道が近そう。夜道は大人になっても怖いよ。こういうときって後ろに気配感じることある。でも、それは気のせいだから。振り返ったって何もいやしないから。
今日は週一の義太夫講座の日。別にあたしは介護カウンセラーの資格を持ってるわけじゃないんだけどな。お師匠さんたら、会うタンビに色んな相談してくるんだよね。なんだろ。カイシャでおじいちゃんばっかに囲まれて仕事してると、自分が介護士になった気がしてくるときがあるんだよね。カンペキな聞き役っての? だからだろな、そーいうニオイを発してしまってるんだよ、あたしは。
「ヒビキさんがいてくれて本当に助かります。あの人ったら、いけない遊びに手を出して、あとに引けなくなってて」
で、手を引かさせてほしいんですよね。社長みたいにコロセだの、始末付けろとか物騒なこと言わないですよね。
「お仕置きしてください」
取りようによっちゃ、それが一番おそろしいんですけど。カイシャのおじいちゃんたちの茶話で耳にしたことあります。針を咥えた按摩さんがコロシを請け負うって時代劇。コロシをお仕置きって言うってのも。まさかね。
「お灸をすえてください」
おっと、次はヤイト屋ですか? って、フツーに聞けば意見してほしい。だよ。おじいちゃん翻訳機能が働きっぱなしで、あたしの頭の中は殺戮の巷だ。もはや介護カウンセラーの資格どころかコロシのライセンスになってる。
社長が一度行ってみろ、なんでも勉強だぞって役場のカルチャーを勧めるから、時間が合いそうな『気軽に始める義太夫講座』っていうのを試しに受講して逃げらんなくなった。あたししか受講者いないんじゃ、1回きりで終わりになんて出来なくて、5期連続受講者認定されて記念にゴリゴリカードもらう始末。因みに辻女の夏服バージョンがプリントしてあるやつだった。母校のだったからめっちゃ嬉しかった。
お師匠さんは宮木野神社の宮司さんの奥さん。昔取ったキネヅカだけで講師認定うけて、開講しちゃったらしい。ずっと同じ台本で三味線ベンベン鳴らして語ってるけど、あたしにはいまだによさがわからない。それに講座時間のうちほとんどが、お師匠さんの身の上相談。これやってちゃ、受講者来ないっしょ。
「かなえてくださったら、志野婦神社をヒビキさんに譲って差し上げてもいいですよ」
またまた。お師匠さんたまに変なこと言い出すんだよね。
「あの人がいなくなれば、あすこも私のものですから」
って、お師匠さん。ダイジョーブ? 旦那さん追い出したって、あそこはもともと神様のものですよ。あたしは、いったいどなたとお話をしてるのでしょうか?
「それでは、お願いしますね。じゃあ、また来週、お講座で」
お願いされちゃった。これで抱えてるプロジェクトは町長と会長と宮司の3つになった。って、どれもバーチャルだけど。
辻沢みたいな田舎にこんな素敵なバーがあったなんて。社長から直々に今日終わったら付き合ってって言われて、いつもの駅前の居酒屋かと思ったら、普通なら教えないんだけどって連れて来られた。ん、噛んだらぴりっときた。山椒の実? このカクテル、ブラッディ―・ミヤギノって言うんだ。なんでもヴァンパイアに絡めればいいてもんじゃないだろ。辻沢は宮木野神社の祭神が実はヴァンパイアってくらいそれと縁が深い土地。平家の落ち武者みたいな感じで末裔伝説ってのもある。実際に古い家にはそれを示す特別な屋号があったりするらしいから、まったくの出鱈目といわけでないのは知ってる。だからって町おこしでヴァンパイアって、何なの? それもあの町長になってからのこと。
ここに来るとき、社長のポルポル運転させてもらった。あんな車、夢のまた夢なんだろーけど、やっぱ経験しとくのはいいことだと思う。目標がよりリアルに感じられるから。やばいの通り越して、すんごかった、あの加速の快感はオトコを凌駕する。って、あたしまだ乙女だけど。
「どうだった? ポルポル」
「やばかったです。ありがとーどざいました」
「アクセル踏みこんだとき、いきそーになったでしょ」
「社長。それはちょっと」
「あれ? ヒビキはこういうのダメな人だった?」
「イチオ―、乙女ですから」
「ふーん。うそばっかり」
で、わざわざポルポルを運転させていただいて、こんなおしゃれなバーにご一緒させていただいたので、そろそろご要件をお聞きしましょうか?
「例のさ」
はい、携帯の件ですね。
「どお?」
ドキュメントは完了届だけって言ったはずなのに。逐一、進捗報告をさせる。仕事はすべて任せてチェックだけはコマメに。完遂するイメージしか持ってない。上等のクライアントだよ、社長は。
「ネットワークにアクセスできそうです」
「もう? さすがヒビキだね。で、どんな?」
「偶然ですけど、学生時分の知り合いの名前が携帯に」
「おー、それでも大したもんだよ。とっかかりがビジネスの真ん中、ってね」
だれの言葉だろ、シェリル・サンドバック? それとも社長の大好きなステーブ? ステーブ死んだとき、「ありがとう、ステーブ」って言ってボーダの涙だったらしいから。今も社長のPCの壁紙、ステーブの写真だもんね。例の白黒で顎に手を当ててるやつ。イマイチ分からない感覚だけど。
「あ、あたし」
どなたにお電話ですか?
「北村。今何してる? そうか。なら、大門前のいつものバーまで私のポルポル取りに来て。うん。そう。わるいな。10時半? 了解。お、そうだ。この間の企画書よかった。うん。お前主導で立ち上げてくれ。じゃあ、あとで」
「北村シニアマネですよね。大丈夫なんですか?」
車とプロジェクトの運転、両方とも。
「うん。大丈夫。あいつ運転は慎重だから。まあ、いっつも怒鳴ってるの見せてるから、あいつのことそんなふうに思うのも仕方ないけど、あいつはあいつでいいところあってね。昔、辻沢不動産をうちの傘下に入れようってた時・・・・」
社長。その話、もう何度も聞きました。辻沢不動産の千福オーナーに3か月張り付いて、うんって言わせた。あいつは泥のように這いつくばって仕事する昔ながらのビジネスマンだっていう話ですよね。で、創業時一緒に汗したやつは特別とくる流れ。ちょっとうらやましい気がするけど、そこは踏み込んじゃいけない領分ってわきまえてますから。
「二人で3か月間、何してたと思う?」
え? それ初めて聞くな? わかりません。
「芸者遊びだよ」
「3か月間芸者遊びって、お金かかりそうですね」
「いや。一銭もかかんなかったんだ、それが」
全部、向う持ちですかね。
「ごっこ遊びだったんだ。千福と北村が姉妹の芸者って設定で、千福んとこで3か月間」
アタマオカシイ? どっちが? オーナー? 北村さん?
「北村の芸者姿もまんざらじゃなかったって」
北村シニアマネ、見方180度変わった。
北村シニアマネ、こんばんは(無声)。この人が白粉塗って着物着て踊ってたんだ。3カ月も。20年前はどんなだったか知らないけど、想像するのが恐ろしい。
「ヒビキんち、ここから近かったよね。じゃあ、また来週。あっちのほうも期待してるよ」
行っちゃった。ポルポル、もう点になってる。あたしんち、車だと陸橋渡れるからすぐだけど、歩くとなるとソートーかかるんですけど。
昨日はなんとなく過ぎちゃったし、今日も午前中、何もしないでボーと過ごしてた。たまにはこんな休日もいいよね。でも今日は3時にセンプクさんのとこ行く約束してるからそろそろ出かけなきゃ。車ないからバスで。
「出かけてきます」
「あなた何言ってるの? 今日お客様来るって言っといたわよね」
占い師は客じゃないよ、おかーさん。あいつの言葉信じても幸せなんかにならないから。
「今日はあなたのためにいらっしゃるのよ。特別料金なのよ」
なんだよ特別料金って。見料、月額定額制なんだろ? そもそも占いで月額定額制って何なのだけど。
「占い師に用はないから」
「占い師じゃないのよ、霊媒師さんよ。何度言ったら分かるの」
知るか!
ったく、むかつく。おとーさんがいなくなってからああいうのにどんだけボラれたか。占いだ、宗教だ、オカルトだ、健康グッズだって、他人の言うことに振り回されてさ。前を向いて自分の頭を使わなきゃ人生は見つからないって。
・・・・あたしにそんなこと言う資格ないか。
久しぶりのバス。あれ、小銭切らしてら。
「ゴリゴリカード、2000円のください」
お、辻女冬服バージョン。辻女コンプ。これ使えない。
「すみません。もう一枚、2000円のください」
青洲女学館の夏服か。使うの惜しいけど、いっか。運転手さん、なに? その目。あたし制服フェチじゃないから。
「六道辻まで」
ゴリゴリーン。
目の前、成女工の生徒たちだ。土曜にガッコ? そっか、もう学生休みでなくなったんだった。
「なんか、よく変な人見んの、ウチ」
「どんなよ」
人の前で足開いて座んなよ、見えちゃってるぞ、P。
「それがさ、ノースリーブで半ズボン履いてる女の子で、夜一人で歩いてんの」
「夕涼みっしょ。最近暑いし」
「いや、それが冬も同じカッコして歩いてるんだって」
「はあ? それはツリだわ」
「いや、マジでマジで」
「ツリツリ。だまされねーし」
「それより、ミノリ。でっかい鼻くそついてっから」
「うっそ、マジで? カエラ、鏡貸して」
「はいよー、鏡。その人、ウチよく見るよー」
「ありがと、あ? カエラなんて。アイリどこよ、どこついてんの?」
「うっそー。だまされてんのー」
「こんの。テメ、コロス」
「テメーがクソネタぶっ込むからだろ!」
六道辻。やっぱりここに来るのはしんどい。嫌なこと思い出すから。ツジカワさんがここで行方不明になって、すぐにシオネが、そして・・・・。事件の発端の場所。バス停に立つと、ツジカワさんの家はほんのすぐそこ。この短い距離で何があったんだろうって思う。
センプクさんち、すんごいお屋敷。蔵がある家ってどーよ。辻沢の中でも1,2じゃないんかな。しかし、センプクさんと辻沢不動産の千福オーナーがどうして結びつかなかったかね。あたしも頭どうかしちゃった?
玄関先の垣根、いい香り。クチナシだね。フツーは、いくつかくたって汚くなった花があるものなのに、全部真っ白。手入れが行き届いてるね。
「ヒビキ様。どうぞこちらへ」
電話した時はさんざん女バスの頃の話して盛り上がってたくせに、なんなの他人行儀なこの態度。しかし、広いにもほどがあるよ。玄関からどれだけ歩かせるんだ。冗談じゃなく迷子になりそう。
「しばらく、こちらでお待ちください」
「すみません。お手洗いを貸してもらえないかな」
お腹こわした。コンビ二にオレンビーナ・スカンポあったから買って飲んだのがいけなかった。あれ飲むと必ずお腹こわす。
「この前の廊下を、あちらにまっすぐ行かれて、突き当たりを左に行ったところに雪隠がございます」
雪隠ってまさか外でしろって? したものを雪で隠すから雪隠っていうって、ウィキに載ってなかったっけ。
まっすぐね。まっすぐって、ずいぶん長い廊下だ。突き当たってと、あれか。なるほど、これを雪隠って。ただの和風の便所じゃない。一応屋内で安心した。それに水洗だし。わざわざ雪隠っていうことあるか?
洗面台、天然岩? 水つめたい。井戸水だ、きっと。格子窓の向こうに裏庭か。って、普通の庭より広いし。殿様がこうやって裏庭を見ながら手を洗ってて、「そろそろ、あの枯れ枝も払うときよのう」なんてつぶやくと、隠密が下でそれを聞いてて、シュタタタって走り去るの。それで城代家老が暗殺されるっていう筋書き。
「ごきげんよう」
なんだ? センプクさんのお姉さん? じゃない。青洲女学館の制服着てるし。妹さん? キレイ。いや、びっくりするほど。
「はじめまして、おじゃましています」
ほんとに初めてだった? 試合の応援とか来てたかも。
「つかぬことをお尋ねしますんですが、中村先生のお部屋はどちらですか?」
「へ? 知りません。何分、今日初めてなので」
「あら、あなたも修学旅行生ですの?」
「・・・・」
「京都は、楽しいですか」
「・・・・」
「あ、もうこんな時間だわ。いそいで中村先生のお部屋にまいらなきゃ。では、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
やばいのに会っちゃった。あんだけの美人そうそういない。後ろ姿も見惚れちゃうくらい。青洲女学館の制服着てたけど、あんなに鮮やかな空青だったっけ。ゴリゴリカードのと色が違うような。印刷のせい?
センプクさん、あのさ。って心ここにあらず。早いとこ用事すませて帰ろ。この時間ならまだ子ネコちゃんにミルクあげに寄れるから。
「これなんだけど、センプクさんのハンカチだよね」
カマ掛けて言ったのに、すごい動揺。あらら、泣き出したよ。まさか一枚かんでる? 会長の悪事に。
「で、この携帯だけど」
ちょっと、そんなに握りしめたら壊れちゃうよ。あーあ、話しもできやしない。これじゃ。
この部屋広いねー。こんなの修学旅行以来、ホントに。あの時、女バスだけ大広間に寝かされたんだよね。なんか壊すだろお前らって、川田先生に隔離されたんだけど、朝起きたらやっぱり誰かがフスマ蹴破ってた。全員2日目、3日目の自由行動なし。「2度とフスマは蹴破りません」って旅行ノートにずっと書かされてた。結局犯人は分からずじまい。誰の仕業だったんだ、でっかい穴、4つは開いてた。
センプクさん、落ち着いたと思ったら何だよ。今度はべらべらと。辻沢には古い家で構成する六辻会議っていうのがあって影の世界を支配してるとか、それが全部宮木野の家系だとか、センプクさんとこや町長の家もその一つだとかって。辻っ子ならなんとなく知ってるような話し始めて。どうでもいいっての。町長が東京でヤクザやってたなんて、カイシャじゃ掃除のオジサンまで知ってる有名な話だよ。あ、でも町章にある6つの山椒の実の意味が分かったのは勉強になった、その六辻会議ってのが表象されてるのね。え? 志野婦神社の隠された真実聞きたいかって? いいよ、もう。感情に起伏ありすぎだよ、センプクさん。
例のメッセージを聞いてもらったら、しばらく黙ったままでいて、
「わかった、こいつはあたしが始末つけるから」
って。全部ヤリ方教わってるからって、あんたら何もん? あたしは何のネットワークにアクセスしちゃったんだ?
いまいち不安だけど携帯もハンカチも置いてきた。雄蛇ヶ池に捨てに行く手間が省けたって考えることにする。
センプクさんのところから直行して子ネコちゃんに会いに行った。いつになく心がぞわぞわしたから。ミルクをあげてたらまた時間忘れて明け方になっちゃって、そのままカイシャ来た。まだ頭がボーとしてる。幸い、社長も朝から外出で、「デイケアセンター」は平和そのもの。
「ねーさん。ホントにこれでいいんすか?」
カワイしつこいぞ。いいつったらいいんだ。ったく、コマイこと気にすんな。
「いいよ」
「でも、町長から苦情来ますよ、絶対。その時は、ねーさんが社長に変な屋号(=怒号)で怒られてくださいよ」
「いい? カワイくん。まず、これは町長サイドの要望。次に、町長はうちに文句を言える立場にない。分かったらさっさと設計書仕上げる」
「りょーかいっす。でも、なんで町長はうちの社長に頭上がんないんすか?」
「そりゃーね、キミ。ヤクザ破門になって野垂れ死にしそうになってたところを、うちの社長に拾ってもらったからだよ。青物市場で」
お、吉田エグゼクティブ。机間巡視専任役員。カイシャに3人いる吉田さんの一人。
「「そーなんですかー」」
カワイ。顔がニンギョ―になってるぞ。ビジネスは表情からだ。眉毛くらいは動かせな(無声)。ねーさんこそ(無声)。行っちゃった。次の獲物探してる。
「それにでっかく町長の名前入れとけな」
「ちーっす」
「でっかく」
「っす」
北村シニアマネだ。また厚生室の方に消えてった。ちょっと聞きたいことあるからお邪魔しちゃお。あれ? 中でうろうろしてる。変だな、黄緑のバランスボールはあるのに。どうしたんだろ。前の社長からいただいた屋号(=怒号)、バランスボールだけじゃだめなほどのだったの?
「北村シニアマネ。ちょっといいですか」
「やあ。ヒビキ君ね。知らんかな? ここにあった紫のバランスボール」
紫のは今朝、カワイが水平リーベ棒突き刺して割っちゃってたな。
「いえ、知りません」
「そうか。困ったな。また、社長に頼んで、紫の置いてもらおう」
黄緑のじゃだめなんだ、紫のじゃないと。ナニガチガウノ? やばいから後で証拠隠滅しとこ。
「ちょっ、ちょっと北村シニアマネ」
「なんだい?」
「あの、聞きたいことがありまして」
「僕に聞くより、ウキペディヤだったかな? あれの方がよっぽど有意義な答えが載ってるんじゃないかい?」
そうでしょうが、これは北村シニアマネと千福オーナーしか知らないことなので。
「あの、辻沢不動産のオーナー落とした時、芸者ごっこした話を聞かせていただけないかと」
「なぜそれを? そうか、社長が話したのか。社長は君には腹を割って何でも話すんだもの、知ってて当然か」
なんだろな。北村シニアマネの台詞、そのままあたしもトレースしたことがあるような気が。
「いいよ。望まれて何ぼのサラリーマンだ。お話して進ぜよう」
うーん、誰の言葉だろ。松下幸太郎か稲森和夫ってところか。世代的に。
「芸者ごっこっていうのは誤解があるな。まあ、ジョーロリのお稽古なんだけどね」
お稽古してたの? 3か月間。二人で?
「君は知らないと思うけど、ジョーロリの演目で・・・・」
うおー、そんな情報いらない。失礼ですけど、そんなだからダラダラと仕事が進まないんじゃないですか? もっと考え廻らして、相手の欲しいものをダイレクトに提示しましょうよ。
ナニナニ? 父親が殺されて、母親も死んじゃったイナカ娘が、江戸で花魁やってる姉を頼って上京して涙の再会を果たしたのち、二人で剣術を習って親の仇を見事果たすって話なの。ふーん。どっかで聞いたことあるような。そんで? お稽古の合間に二人で衣装付けて遊んだんですか。
北村シニアマネが花魁で姉のおきの、千福オーナーがイナカ娘で妹のおのぶで、ちょっと二人の姿を想像すると、おえーってなりそう。なんでそんなに楽しそうなんですか? 北村シニアマネ。
「キレイだったのよ。おのぶさんが。とっても。色が白くてが肌が透き通るようでね。鼻筋がすっと通ってて、ふっくらとしたほっぺ、黒目が闇のようで。前歯がちょっと出てるのが玉にキズなんだけど、それも愛嬌でゆるせちゃえるほどなの。それが、『ござるチャー』ってかわいらしくいうのなんて、もう」
聞いてらんない。北村シニアマネ、なんかおねー言葉になってない? 千福のオーナーはおじいさんなんだよね。白いってったって白粉かなんか塗ったくっての話でしょ。それで美しいって、北村さんって・・・・。ヘンタイ。
ただでさえ鈍い北村シニアマネから、それと知られずに情報引き出そうってのが無理だったな。社長に直接聞いたほうが早かった。志野婦神社の土地は誰のものか。
三社祭の擦り合わせ、神社側は終わった。第1案だと予算オーバーするから、神社にも少し被ってもらおうと思ったんだけど、宮司さん金が絡むと絶対うんって言わないな。当たり前か。
「カワイくん。町長には初めから第2案でいく」
「りょーかいっす」
「それから、イベントの件だけど」
「あれは、イベント屋さんにお願いすることになるかと」
「どこ?」
「ゴーマルサンイベントさんです」
いっつも忙しがってるあそこか。
「駅前広場にステージ張って、何かやるみたいっす」
「何かって?」
「何かっす」
カワイにさせろって社長が言うから任せてるけど。
「アイミツは?」
「あっ!」
あっ! じゃねーだろ。おい、大丈夫か?
町役場はほとんどの職員がご帰宅ずみらしく、めっちゃ静かだ。
「なんで、役場の打ち合わせはいっつもこんな遅い時間なんでしょうね。7時前だったことないんすから」
確かに、この時間から役場に行くのしんどいよな。今回は特にね。あのハゲはともかく、広報さんがどう言うか。
町長室。すぐ来るって言ったけど、もう15分待ってる。この悪趣味なインテリアは町長の意向なのか?
「ヒビキちゃーん。こんばんはっと。あなたは? カワイくんね。ヒビキちゃん、おっかないでしょー」
「ヱ、ハヒィっす」
カワイ、ひとまずしゃべるな(無声)。っす(無声)。
「ヒビキちゃんは今日もズボンか。女性はスカートがいいよ。アタシはね、ここの制服をセーラー服にしようと思ってるんだがね。その前にミスコン開催するんだよ。もちろん全員エントリーの。それでアタシマターのランク付けてね。ランクの低い者はズボンをはかせる。足がね、美しくないとね。そんなもんだよ。ズボンをはく女性なんてのは」
ズボンじゃなくパンツって言えな、ハゲ。
「じゃ、あとは頼んだよ」
行っちゃったよ。で、広報さん。まーたよくしゃべること。あっという間に一時間経過。
「これは、山椒の古木の一本材でって言っといたけど」
「山椒の木一本でこれだけの大きさのものは準備できそうになく、あっても材料費だけで3ケタになるかと」
「で、寄木なわけだ。メリットは?」
「重量が軽くなります」
「ふーん、加工はかえって時間かかりそうだけど」
「それは、なんとかこちらの責任で」
「そう? ならいいけど」
「あの、ここに町長のお名前を入れるについては」
それはスルーだろ、カワイ。
「いいよ」
「いいんですか?」
「いいよ。でっかくね。あとめっちゃ派手にして」
ねーさんを越えてった(無声)。言ったろ(無声)。
お師匠さん、今日はご機嫌ですね。相談はなしでしょうか? その後の進展とか聞きたくありません?
「ヒビキさん。本当にありがとうございます。あの人に会って下すったようで」
はい。三社祭のすり合わせの時、カワイがホントーにこれでいいんですかって念押ししてるのを、宮司さん、巫女さんと話に夢中で、いいよいいよ好きにやってって。ははーん、これがお師匠さんの言ってた悪い遊びだなって思って、宮司さんが席外したときに、巫女さんのこと睨みつけときました。お師匠さんの恨みって。
「いかがです。お仕置きしていただけそうな様子でしたか」
「とっちめることぐらいは」
「手ごわいですよ、あの人は」
そうかな、お師匠さんが知ってること話せば、案外すぐに手を引きそうだけど。
「お師匠さんが絡んでることは言っては?」
「ダメです、絶対にいけません。それができるのであれば、疾うに私が懲らしめています」
社長と言い、お師匠さんと言い、どうしてこの世代の人は男にこうも弱いのかね。男なんぞ切り捨てたって、こっち、びくともしなかろーのに。
「では、粛々と進めさせて頂きますので」
「どうぞ、よしなにお願いします」
会長周辺を探ろうって思って、本社の威光を傘にYSSにアポとった。そしたら青物市場ぐらいの距離、自分の車で行くってのに会長みずから迎えに来るって。だからこうやってカイシャの玄関でお待ち申し上げてるんだけど。来たみたい、スポーツカーグリーンのジャガー。驚いた4時ピッタリだよ。
「お待たせ。乗って」
この車、後ろに乗るのは初めて。いちいちシガーソケットにスマフォ繋げんのは変わってないね、会長。
「こうやって、ヒビキちゃんのことお迎えに上がるのは3年ぶりかな」
あたしがヤオマングループに入社してから今の部署に異動になるまでの半年、会長と秘書待遇のあたしと二人しかいない、めっちゃくちゃ暇な部署にいた。それでか、いらないってのに毎日このジャガーで送り迎えされてた。
「すみません、わざわざジャガーでお出迎え頂かなくても、私の軽自動車で伺いましたのに」
「いやいや、本社の方が、うちなんぞのプロダクトにご興味を持ってもらえたんだから、こっちからお出迎えするのはあたりまえの・・・・」
ちょっとややこしいけど、このカスはヤオマングループの会長と子会社のYSS社長を兼任してる。ちなみに女傑の社長は本社社長でヤオマングループの総帥。
「・・・ヒビキ、さん」
で、ユサ。どうしてお前が助手席座ってんの?
「ユサちゃんね、ヒビキくんと知り合いだって言うからさ、付いてきてもらったのよ」
「女バスで、ね」
ね、じゃねーよ。どうして床にバスケのボールケース転がしてあるんだって思ったら、お前か。
「睨まないでよー。ヒビキくんは相変わらず怖い怖い」
なに薬指立ててやがる。こんどは食いちぎってやろうか? このセクハラおやじ。
「カイチョ」
「めんご、めんご。今日はユサちゃんに任せるんだった、ヒビキくんの運転は」
あんだと? こら。しばくぞ二人まとめて。
青物市場の旧本社ビル、3ヵ月ぶりだな。駐車場せっま。もともと狭い駐車場だったけどほとんど仮設の物置小屋に占領されてジャガー専用状態。
ビルの中懐かしーって思ったら、何だこのオタクの巣窟みたいな廊下は。アニメキャラのポスターばっかり。これがヒットとってる『スレイヤー・V』のビジュアルなんだ。国内2000万ダウンロード突破ね。ゲームしないからそのすごさが分からないけど、会長のハナ息からかすると、かなりなんだろう。ま、指揮取ってるのが伊礼バイプレだからやれてるんだろうけど。
「ニョーボーも、ようやくダウンロードしたそうだよ。ザマミロだ」
社長が一番嫌いな呼び方。
「ヒビキくん、この部屋で待ってて。開発の連中呼んでくるから。ユサちゃんもいてくれる?」
「わかりましたー。カイチョーは同席されますか?」
「いいや。例の頼まれごと済ませて、終わったころ戻ってくるよ。じゃあね」
「お願いしまーす」
ここ、あたしが最初に配属された部屋だ。今は会議室になってるのか。ちょうど駅がよく見える場所なんだよね。このカイシャ入ったばっかのころ、ホントにこれでよかったのかなって、発着する汽車みながら思ったもんだった。
「・・・・」
はあ? 会社ではその呼び名で呼ぶなって言ってなかったか?
「あ、ヒビキ、さん」
「さんはいいよ、二人の時は」
「ヒビキ。今日はなんで来たの? 仕事じゃないよね」
「仕事だよ。社長に勉強して来いって」
「そうなんだ」
「なに?」
「カイチョー、ヒビキが来るって聞いて、すっごい警戒しててね。社員に箝口令しいてるの。だから・・・・」
「お待たせしました」
「「「「失礼します」」」」
ぞろぞろと。どうして技術ってのはどこ行っても大勢出てくんだ。お前らのうち何人発言するんだっての。どうせ一人だけなんだろ、しゃベんのは。こんなに名刺いらねーよ。おまえらとは今後も接点ないから。アプリ担当だの、データベース担当だの、ネットワーク担当だの、インフラ担当だのって、ユサは広報担当なのね。で、今しゃべってるのが? プロマネか。お前一人でオケ。
なるほどね。のらりくらりと。肝心の会長の悪事が見えてこない。これじゃ、物見遊山専任役員の吉田ディレクタが来ても一緒だな。
1時間半。がっつり『スレイヤー・V』の仕様説明されたけど収穫なしか。社長の言う「やばいこと」と、『スレーヤー・V』は関係ないってこと? そもそも、会長は社業にノータッチだもんな。しかし、結局しゃべったのユサだけだったじゃねーか。お前ら無言でずーっと虚空を見つめてて、マジで晒し首だったぞ。
送ってくれるってから遠慮なくジャガーに乗せてもらったけど、どうしてユサまで一緒なんだ?
「どうだった? ヒビキくん。僕も真面目に勤めてるでしょ。こう見えても、ヤリガイ持ってコトに当たってるからね」
何がヤリガイだっての。お前はYSSの社長SNSに釣りの記事書いてるだけじゃねーか。ちょっと続いたなって思ったら、僕にはもうムリですって終了宣言しやがって。再開すると、ヘラ釣り、ルアー、フライフィッシング、アユ釣りってどんどん変わっていって。いつまでたってもフォロワー数100超えねーだろ。ん? 真剣に見たことなかったけど、こいつが普段、何してるかぐらいは分かるのか。
「お迎えどころか送ってまでいただいて、ありがとうございました」
「じゃあ、おたくの社長さんによろしくね。会長は社長業、真面目にやってたって言ってよね」
「ユサ、家帰るならあたしの車で送ってゆくよ」
「あ、ユサちゃんは、これからもどって打ち合わせあるから」
どうしてカバン持って出てるかは聞かないけど、ユサはいいのか? その助手席で。
「ごめんね。ヒビキさん」
「いいや。また子ネコにミルクでもあげに行こう。一緒に」
「・・・・、うん」
そっちは、青物市場じゃねーだろ。どこ行くんだ? ボールケースなくなってたから二人でバスケしに行くんでもないよな。あ、社長室の窓に影が。帰ってたんだ、社長。
†【レイカ】
ハローワーク行ってきた。オメーが勝手に会社辞めたのがワルイみたいな扱われ方でムカつく。三か月も失業保険出ないってどぃうこと? 会社事情で辞めたらすぐにもらえるのに。どんな辞め方しよーと、今、ここにお金がない苦しさはみんないっしょだろって。それともシュートーに準備しないと辞めちゃダメだっての? やっぱ、そうなの? ジコセキニンってやつ?
ウチの退職金、ポチ袋だったし、貯金なんてしてないし。このままじゃ生活費も出せない、どうしようって思ってて、紹介された役場の窓口業務の面接、だめもとで受けたら、びっくり、受かっちゃった。
配属先に挨拶に行ったら、なんと同じ課にミワちゃんいた。ミワちゃん、やっぱりおかーさんになってた。おめでとーだよ。あんなことがあってもジモト残ってよく頑張ったね。いいことってあるもんだね。とにかく、ミワちゃんがいてくれて、ウチ的にはめっちゃラッキーだった。きっと、あれだね、ミワちゃんとウチは赤い糸で結ばれてるんだね。仕事場にミワちゃん。ほんと心強い。昼間の窓口担当がミワちゃんで、夜間がウチ。二十四時間営業ってやつ。仕事場は「特殊戸籍課」っていうんだけど、あれかなLBTとかBLTとかなんとか言った、それはサンドイッチか。あ、LGBTだね。ウィキにあった。何年か前にシブヤとかで始めたあれだよね。真ん中の子たち同士の結婚とか、養子縁組とか届けるところだと思うんだ。ウチのイナカも捨てたもんじゃないって。
あの子たちってば、やさしいんだよね。人の気持ちが分かるっていうか、なんでも相談に乗ってくれて。セク原のときだって、誰にも話せなかったけど、たぐおちゃん(女の子に興味ないほうの男の子)が真剣にハナシ聞いてくれてケッコー助かったもん。だから恩返しになったらいいなって、仕事するのが少し楽しみ。
と言っても、仕事は窓口で書類受け付けるだけだから、めっちゃラクショーそー。定時以降は、上長っていうんだって上司のこと、それがいないから、スマフォいじってても怒らんなさそーだし。そんな時間、そもそも誰も来ないっつーの。あ、そうそう。お風呂セット持ってくんだ。役場のお風呂、本当は介護施設らしいけど、夜勤の人は使っていいからって。引き出しん中にシノバセとく。ウチの机、ミワちゃんと共用だからね。旅行用のちっさいやつにします、ソコハ。それに、家では入りたくないもん。やっぱね。
来た来た。あ、ニーニーの介護士のオバサンね。ご挨拶に上がるってから今日は家で待ってた。知らなかったんだけど、ニーニー、特殊要介護者だった。やっとそのセーヘキを認めてもらえたんだ。よかったね、ニーニー。死ね!
「高倉でございます」
三つ指ついてメード喫茶かよ。
「兄上様が、夜間はお部屋からお出にならないで欲しいとのことでございます」
「ご承知してございます」
どうせ夜は仕事だし、ニーニーの顔なんか見たくもないし。
高倉さんは週三でお掃除とお食事の用意をしにくるんだって。鍵を預けてあるから、
「ご在宅いただかなくても結構でございます」
これで一年我慢すれば、二千万か。ちょろいんじゃね?。
怖い怖い怖い。なんなのあれ。こんな時間に。もう夜の二時だよね。徘徊? 明日から仕事だから緊張してマンジリしてたら、外で物音したんだ。ヌコ様かなーって覗いたら、お向かいの小島さんのオジサンだった。オジサン、電柱の下でじっとこっち見てんだもん。たしか、お年を召したお母さん去年死んで、独身だったから一人暮らししてるんじゃなかった? あの齢で一人ってのも、何かね。
ママのお葬式の時に前園さんのオバサンが話してくれたけど、小島さんのオジサン、特殊要介護者で外出できないって。ん? ニーニーとおんなじだ。え? 小島さんのオジサンもセーヘキ持ちなの? そういえばウチが小さいころ、よく町営プールに連れてってもらったけど、ウチのセパレートの水着姿見て、かわいいねー。いいなーなんて言ってた、いま思えば。それって、もしやだったの?
身内の恥になるから本当は言いたくないんだけど、ウチがセーヘキ全部に偏見を持っていると思われたくないから書いとく。
ウチね、小さいころ、ニーニーとちょっとあったんだ。あのときのこと思い出すと、今でも体が震えてきてめっちゃ鳥肌なんだよね。今も腕にぶつぶつ出てるの見せたげたいくらい。
そのころはまだニーニーと同じ部屋の二段ベットの上と下で寝てたんだけど、あの夜、いやな夢を見て目が覚めたんだ。そしたら、ウチのベッドの中にニーニーがいて、
「レイカ。静かにしてろ」
って。なんでかウチ、すごく、すごく寒くて。いつもと違うニーニーが怖くって言われたとおりにしていたら・・・。だめだ、フルえがとまんなくなちゃった。とにかく、そのとき手足をバタバタさせてぶっ叩いて蹴飛ばして逃げ出して、ママに言いつけたらそれからは別の部屋で寝かせてくれたんだけど、ママはニーニーのこと全然叱ってくれなかった。ん? なみだ出てきた。ママはそれを知っててニーニーと暮らせって言ったんだよ。それとも忘れちゃったの? ママ。
初出勤、じゃなかった初トーチョーです。てか、ここ皆さん帰るの早すぎるわ。定時きっかりだもん。まだ全然明るいってのに。もう、役場にだっれもいないんじゃね? ウチの上長にいたっては、定時十分前に机の上片づけだして、チャイムと同時にダッシュで退所されました。でも、ミワちゃんは暗くなるまでいてくれて、仕事の引き継ぎと注意事項を伝えてくれた。いろいろ言ってくれるんだけど、ミワちゃんのそばにいると、あんまり頭に入ってこないんだよね。すっごくいい匂いがするんだよ、ミワちゃん。そのせいかな。
「レイカ。聞いてた? いま大事なこと言ったよ」
「はーい。聞いてましたー」
「それから、ここではウチはなし。ちょっと子供っぽすぎだよ」
「はーい。ミワかーさん」
懐かしいよ、この呼び方。女バスのころは、みんなのおかーさんしてたよね。
一人になって2時間か。まいったな。役場の夜ってなんか怖い。誰もいないのにヒソヒソ声がする。蛍光灯が突然点滅し始めたよ。階段を昇る足音が。キャーって感じで楽しんでます。怖いの大好き。ゾクゾク大好き。映画とか怖いのしか観ない。一番好きなのが、ヴァンパイアもの。ウチが好きなのは、ちょっと前のやつだけど『ブレイド』。パパのコレクションにあったやつ。NBAの選手みたいにガタイのいい主人公はデイ・ウォーカーっていって太陽が平気な究極のヴァンパイアで、育ての親と一緒にヴァンパイアハンターをやってるんだよね。そいつが日本刀遣いで、ヴァンパイアをメッチャメチャにやっつけるのが爽快なんだよね。その日本刀ってのが、超やばい。ひと薙ぎで10人くらいぶった切れるの。敵が知らずに柄を握ると逆に指を切られる仕掛けまでついてて、エグすぎ。
やっと十時か。暇だなー。誰も来なさそーだから、ちょこっとの間だけ、そこのコンビニで買い物して来よ。
さすがにこの時間になると外の方が涼しい。風に乗って田んぼの匂いがしてる。でも、カエルの大合唱聞こえないよ。夏だよね、今って。季節間違えたかな。あれ? おお! カップル熱愛中。駐車場の隅っこでわざわざゴクローサマです。ひゃー、女の子が彼氏の肩にシナダレかかっちゃってる。早速、勝手にキャプションターイム!
(蚊の鳴くよーな声)「ばか。ばか。マー君のばか。ウチの気持ち知ってるっしょ」
(太い声)「もちのんさ。ミキとにっしょにこの町出る決心がついたにょ。ミキのこと絶対、はのさないにょ。ズズー」(鼻つまってる)
(上ずった声)「う、うれしー。金夫」(問題あるのでピー入れときますね)
なんてね。ん? あの女の子、バスケのユニホーム着てる。ウチのコーコーのじゃね? ふふーん。後輩だ。いーねー若い子は。って出歩くの遅すぎだろ。最近のコ―コーセーってばまったく。こんなこと言うってことは、ウチもついにオバサンだね。あーやだやだ。
「ピンポロローン。いらっすぁすぃー」
お、オレンビーナ・スカンポあるよ。いつまで続くんでしょうね、雑草ジュースブーム。あとはっと、お腹すいた時用に、ドカ盛り白桃ゼリー買っとこ。
「すぷにれむぃすぃかー」
え? あー、スプンね。お願いします。
「さえなくよにうえぬりすー」
374円。レジ見りゃ分かるけど。あれ、やっべ、スマフォ忘れた。なに手ぶらで来てんだ、ウチ。まって、たしか、胸ポッケに。あったー、あせったー。
「これで、お願いします」
「っれにくぁとすまねー」
すでに理解ふのー。これにかざすっと。
ゴリゴリーン!
よかった、入所記念のゴリゴリカード持ってて。てか、このカードのデザイン、制服女子ってどーよ。いったい誰の趣味? てか、成女工冬バージョンなんだよね、これ。辻女の欲しかった。
「ピンポロローン。あいがっすぃ―」
あのお兄さんの日本語、きっとギャラクシー方言だ。あれ? さっきのカップルいないな。まいっか。おっとっと、あやうく轢かれるところだったぞっと。カップルの片割れだ。外車乗って金髪でポニーテールって、ちゃらスギ。大学生かなんか? 後輩さん乗ってなかったみたいだけど、チャリかな。見当たんない。あ、いたいた。びっくり! 歩きだよ。オイオイ送るだろ、ふつー。彼氏はバカか? 後輩さん、よたよたしてないで早くお家帰んないと。大丈夫かな? おーい チャッチャと帰れ―(小声)。やなこと想い出しちゃったな。あの子大丈夫だよね。
この町役場、無駄におっきいなあ。赤ちゃんのお鼻っていったのはテッカイします。どっちかーつーと、おっさんのちん(ピー)。大変失礼しました(レイカ反省)。
「トゥインタワーっての? トゥ、トゥイ、トゥ、トゥインタ、トゥインタワー。言いにくい」
何階建てだろ。八階? 十階か。てっぺんに載ってるでっかい円盤、何だろあれ。町がピンチになったら、町長さんがあの円盤乗って逃げちゃうって設定?
ふーん。ギジドーっていうんだ。なにするところかな? あれ? ミワちゃんが書いてくれたメモ用紙がなくなってる。ここ行っちゃダメの地図だったのに。どっかしまったんだっけ。まいっか。西棟と東棟って、このフロア以外全部のことだから。それくらいはおぼえてられるっしょ。
ノビノビー。んー、キョダツー。もうすぐ夜明けだ。やっぱ貫徹はつらい。はやく慣れないとね。ミワちゃん、今日は早めに来てくれるってから、あと少しのシンボーだ。しかし眠い。おっと、人が入ってきたよ。おはよーございまーす(小声)。入口遠いからこっちに気が付いてなさそうだけど、誰あれ? こんな早い時間に。東棟にあがって行った。あ、また来た。あ、また。頭の薄いおじさんばっか。ウチには全然見分けつかない。まただ。おはよーございますー(無声)。セーラー服? 待って、今のおじさん、セーラー服着てなかった? まさかね、ウチもソートー疲れてるんだ。偉い人たちだね、きっと。こういうところの偉い人って早いんだね。ウチのイナカも捨てたもんじゃないな。
そろそろ七時半だ。あ、ミワちゃんの車。早いー。うれしー。ありがたいー。視界から消えた。職員ってどこに車停めんだろ。あ、ミワちゃん来た。手、振っちゃお。ミワちゃーん。振りかえしてくれた。あの手提げカバン、ミッフィーだ。お弁当かな。
あーあ、結局食べなかったよ、ドカ盛り白桃ゼリー。そっだ、きのう貰ったラテ・オオバコのお返しにミワちゃんにあげよっと。あー、ミワちゃん桃だめだった。まゆまゆはまだ2カ月だから、こういうの食べられないよねー。うーん。どぅしょ、これ。
†【ヒビキ】
外は雨。夜にめずらしく家にいたらやっぱりおかーさんとぶつかった。泣きわめけばこっちが言うことを聞くと思ってる。中学生の頃から全然変わらない。そういうのが嫌だ。しまいにどうでもよくなってくる。部屋に戻って電気を消してベットに入ったはいいけど眼が冴えて眠れない。おかーさんは疾うに寝たみたいだけど。
雨の音に耳を澄ませて心を落ち着かせてる。テラスの手すりに雨水がしたたる金属的な音。雨どいを伝わって水が流れ落ちる音。風向きが変わって雨が窓をたたく音。風に揺れた木々の葉が立てる音。誰かが外の廊下を歩く音。玄関先であたしを呼ぶかすかな声。
ベッドをぬけて玄関を開けると、子ネコがやって来てた。こんなこと初めてだったから、嬉しいやら驚いたやらでどうしていいかわからなかった。トリマ、いつものようにミルクをあげようと呼んだけれど、子ネコは階段の所にいて、そこから全然動こうとしない。放って置くこともできず、家にも入れられないから、あたしは外で子ネコと一緒にいることにした。
切れかけの電灯と雨の音だけの静かな階段ロビー。子ネコは何も話さないし、あたしも言う言葉がない。時間はゆっくり過ぎて行くけど、全然変化がないからどれだけ経ったか分からない。遠くで犬が鳴くのが聞こえた。子ネコはあたしに背中を向けると、帰って行ってしまった。いつの間にか、雨も上がり東の空がほんのり赤くなっていた。
次の夜、また来てくれるかと思って待ったけれど子ネコは来なかった。もしかしてどこかに行ってしまったかと心配になって見に行ったら、子ネコはいつもと何も変わりがない様子だった。それから夜、家に居るときは待つとはなしに過ごすようになったけれど、結局それ一度きりだった。
†【レイカ】
いくら寝てないって言ったって寝れんわ、こんな朝から。でも寝とかないと仕事中爆睡しちゃうしね。
あっつー。マジ死ぬ。クーラー誰とめた? タイマーかけたんだった。何時? スマフォ反応悪いな。エイ! っとね。まだ昼の一時かよ。汗でべっとべとしてるからかな。シャワー浴びてこよ。
さっぱりしたー。お風呂上りには冷たい飲み物ね。冷蔵庫にまたまたミワちゃんにもらったドクダミミルクコーヒー入れておいたんだ。いくら雑草ジュースブームだからって毎回雑草でなくっても。うっへ、これすっごい味なんだけど。ははーん。ミワちゃん少しS入ってるからね。きっと面白がってやってる。でも、もったいないカラ全部飲んじゃう。でも、おえー。
全然お腹すかないな。眠くないし。まだ早いな、トーチョーするの。この言い方お侍さんみたいでカッコいいんだよね。殿! トーチョーでございまする。ってな感じで。早いけど町でもプラプラしながら行こうかな。
やけにまっぶしーね。お日様。ふれあい公園だ。なつかしいね。高校の帰り、よく女バスの子とここで井戸端したな。あれ? だれだっけ。思い出せないな。まいっか。お、あれはサッカー少女リンちゃん。相変わらずボールはトモダチだね。でも、リンちゃん小学二年生だったから、ウチのこと覚えてないだろうな。トカイセーカツで垢ぬけちゃってるから、なおさら。
「あ、レイちゃんだ。あそぼー」
覚えててくれた―。
「リンちゃん久しぶり―。帰って来たよ。またよろしくねー。リンちゃん、サッカーますます上手になったねー」
「うん」
お、急にしゃがんだ。分かりやすい、かまってチャンポーズ。
「どした? 元気ないじゃん」
「リンカね、クラブやめたんだ」
「えー、マジで? なんで?」
「クラブにね、リンカしか女の子がいなくなっちゃったの」
「それはやだね。他にクラブないの?」
「あるけど、そこも女の子いなさそーなんだ」
「そっかー。でも、なんとかなるっしょ」
もちっとオトナな対応できんかね、ウチは。
「あ、クオレちゃん来た。レイちゃん一緒にあそぼうよ」
「ゴメンね、これからお仕事なんだ」
「レイちゃん、お仕事してるの? 変なのー」
何が変なのかな?
「だから今度ね」
「ばいばーい」
ばいばーい。さすがボールさばきうまいな。ふーん。サッカークラブは男の子がわんさかで、女の子は一人か二人ってのがゲンジョーなんかな。何とかしてください! 偉い人。
リンちゃん、サッカー辞めちゃうのかな。いいんや、リンちゃんはぜってーナデシコに入るよ。オバサン応援してっから。ふるさと訪問とかで辻沢に取材が来た時のためにエピソードトークも用意しとくから。頑張れ―! 諦めんなー! (大声)。あ、こんちわ(小声)。近所のおばさんに見られちゃった。リンちゃん、手、振ってくれてる。パッピー。
通学路、全然変わってないね。ついつい角のパン屋さんで女バスセット(アンドーナツと三角牛乳ね)買っちゃったよ。
「うん、これは。昔とまったく変わらぬぃ味ですぬぇ」(前の海サン)
うま。しかし、お散歩番組って、仕込みって分かってもずっと観ちゃう。フシギ。
きゃー、かわいいー。ぶちヌコ様だー。ヌコはいいね。ワンコは大概ほえられてツライけど。チッチッチッ。ほれ、ごろごろごろごろ。珍しいね、ノラヌコ。ウチらがコーコーに入ったころはここらはノラヌコだらけだった。ヌコ様の保護活動、ココロが始めてそれをカリンが手伝ってたんだけど、保健所に持ってかれないよーに、病院つれてったり、飼ってくれる人探したりして、面倒見始めてさ。結局50匹近くのヌコ救ったって。みんなドギモだったよ。いまはどーなってるのかな。引き継ぎとかできなかったみたいだからね。ヌコ様、ばいばーい。ミルクのんでくれた。ほっこり。
見えてきたよ。コーコーの体育館。ちょっとちっさくなった? お、この感覚。大人になっちゃった体験ってやつだ。『スタンド・バイ・ミー』みたいなこと、ホントにあるんだね。冒険して帰ってきたら町が小さく見えたってやつ。ウチの冒険はトカイセーカツのことだけど。
おー、いるいる。女バスだ。体育館の出入り口にたむろってる。駅で会った子たちいるかな。深呼吸して―、戻る。ほら、違う子が顔出した。深呼吸で―、また戻る。やってるね、あの出入り口。夏場の練習の時、体育館の中が酸欠で苦しくなって、めっちゃ熱くて堪んなくて、女バスのみんなちょくちょく出てきては、あーやって涼しい風に当たって一息ついてた。それをコーチョーに、ドジョウが息吸いに上がってくるみたいだって言われて、キャプテンのヒマワリが「うっせーマダラハゲ! こっちは死ぬ気でやってんだ!」ってぶち切れたの。そしたらマダラハゲのやつ、川田せんせーにチクりやがって、罰として「校長先生はマダラハゲではありません」ってノート10ページ分書かされた上、全員外周り二十周走らさせられた。連帯責任でマネージャーのウチまで走らされたかんね。炎天下の中走ったもんだから、あんときは全員死んだ。熱中症にならなかったのが不思議なくらい。セイラは途中で過呼吸になっちゃってリタイアしたけど、他のみんなは死ぬ気で完走した。そのころは、ウチら全員、ヒマワリにゼンプクの信頼寄せてたし、マダラハゲへの意地があったし、やり切った感もあって、これはウチらの中ではいい出来事。
女バスのブシツ、ドア開いてる。ブヨージンだわ。中に入ったらニオウね相変わらず。バッシュが98パーセントを占めるのね、このニオイは。
2年の夏、あんまりニオウから、誰のバッシュが一番ニオウかコンテストした。バッシュって洗えないから誰のでもすぐ臭くなるんだよね。プシュプシュかけても気休めっての? みんなして、めっちゃクッセーとか言いながら、人のバッシュの臭いかいで、臭ケーとってさ。結果、シオネのが最有臭除臭賞とって、そのバッシュさ、金ラベル張られて、外周引き回しの上、ハリツケゴクモンの刑に処された。一か月雨ざらし。で、シオネにはそれに代わる新しいバッシュ、みんなで金出しあって買ってあげたんだ。ナイキのレブロンスペシャル。シオネは最初、「オレ、イラネーヨ」って言ってた。こんな不名誉なことはないって。でも、結局受け取ってくれたよね。「あんがとナ。感謝するゼ」って。男前かっての。シオネの名誉のために言っておくけど、シオネのが臭かったのは、誰よりも動いてバッシュがすぐにぼろぼろになるから。うちの点取り屋だったからね。相手のマークが厳しくって怪我もよくしてた、ウチが手当てしてあげたんだよ。すごかったのが相手のディフェンス一人で潜り抜けてリーチバック決めた時。どよめきが起きたあと大歓声で体育館が揺れたもんね。
でも、仲が良いことばっかりじゃなかった。ウチらが三年生になってから、女バスが二つに分かれていがみ合うようになって、練習の後とか、しょっちゅうケンカしてた。コートでは川田せんせーがいるからって、ブシツまで我慢して、ここで爆発させてたんだよね。そのころは、みんな家でもいろいろあって、ミワちゃんは二人暮らしのオジーちゃん体調悪くしてずっと心配してたし、ヒマワリはママが死んですぐだった。ウチは毎日ママとケンカばっかしてた。家飛び出して夜の街を裸足で徘徊したこともあった。今から思うとバッカみたいだけど。
家のことが学校生活にニジミ出ちゃうことって、ある。だから、他のみんなもそれぞれあってギスギスだったんだろうな。結局それどころじゃなくなっちゃったけど。
空気入れ変えよ。バスケのユニホーム干してあるや。こーやって並んでるのを見るのはやっぱツライな。欠番があるのなんて、ウチのコーコーぐらいじゃないかな。バスケのゼッケンなんて野球とかと意味違うのにね。4番と7番と9番ない。
ヒマワリ。
シオネ。
ココロ。
三人があのシーズンに付けてたゼッケン。忘れらんないよ。
あの事件のこと、そろそろ書かなきゃね。ウチらが高校三年の一学期、梅雨が始まったばっかのころ起こった女バス三人の行方不明事件のこと。一番最初は、ヒマワリがいなくなった。地区大会の練習でいつもより帰りが遅くなって、六道辻で一緒に帰った子とバイバイしたあと、いなくなちゃった。ヒマワリのパパから捜索願いが出て、近くの池とか森の中とかも町の人総出で探したけど、見つかんなかった。それからすぐに続けてシオネが、梅雨が明けるころココロが行方不明になった。
あたしは、女バスのマネージャーってこともあったけど、ヒマワリは、ミワちゃんもだけど、ちっさいころから家を行き来してよく遊んだ幼馴染だった。ココロは方角が一緒だったからよく一緒に帰ってた。家の近くの公園でいっぱいいっぱいお話した。シオネにはみんなには内緒の練習手伝ってもらってた。だから、みんながいなくなって本当につらかった。
事件の後、ヘンタイに攫われたとか、カミカクシだとか、悪霊の仕業とかいろいろ言われたけど、結局誰一人見つからなかったから、いつの間にか事件はうやむやになってって、なんでかヒマワリのパパ達も捜索願い取り下げちゃてて。しまいには三人一緒に都会に家出したんだとか、そんな子は初めからいなかったとかいう大人まで現れたりして。そういうことにもウチらみんながキズついた。
ウチはこの町が超嫌いになってたから、高校卒業するとすぐに都会に出ようって、実はミワちゃん誘ったんだけど、ミワちゃん卒業式の時に言ったんだ、
「ヒマワリを待ってる」
って。ミワちゃんすごい強いと思った。でもウチはダメだった。はやく忘れたかったもん。
「あなた、何してるんですか? そこで」
ドッキ―! やっば。ウチ、どー見ても変質者かドロボーじゃん(冷汗)。
「あっれー? レイカ? レイカでしょ?」
よかったー、川田せんせーだった。そうですー。レイカです―(&)。
「やっぱりそうだ。社会人の格好しててもレイカはすぐ分かるよ。その格好似合ってるよ」
先生こそ。ブルズのタンクトップにホットパンツって、相変わらずデンジャラスですね。
「こっちに戻ったんだって?」
「はい。挨拶も来ないで、すいません」
「いいって。それより、お母様のこと聞いたよ。残念だったね」
「・・・・」(こういう時の返事の仕方、ワカラナイ)
「どうした?」
事件のあと、先生とよくここで話し合った。てか、いっぱいウチの話聞いてもらった。
「そっか、ユニホーム見てたのか」
「欠番のままなんですね」
「そうだね。それについては、つい最近も議論されたんだけど」
「ウチはやめた方がいいって思います。後輩には関係ないことだし。残すならもっと違う方法があると思います」
「うん。先生はちょっと違うけれど、大方はそんな意見なんだよ。でも」
「でも?」
「欠番継続を強く望む人がいるんだ」
「誰ですか?」
「ヒマワリのお父様。今の町長さんだよ」
ヒマワリのお父さんって、今、町長やってんのか。ウチの上長の上長の上長の上長くらい上長じゃね。
「被害者の方の意見は、なにより優先されるからね」
先生。被害者はヒマワリたちです。ヒマワリたち望んでますかね。
「大変ですね」
「うん。でも、これは先生たちのトール道だから」
懐かしー。川田せんせーの口癖。何かって―と、「それはあなたのトール道よ!」。
そーだ、昨日の子のことそれとなく聞いてみよ。
「どうですか? 後輩たちは?」
「あー、レイカたちの頃に比べれば、やっぱね」
「そうですか」
「ヒマワリにはなんでも任せられた。あの子、頭よかったからね。シオネは天才。WNBAでも行けたレベル。ミワとナナミのゴール下は安心して見ていられた。で、苦しいときのカリンのスリーポイント。最強だった」
「ウチもそう思います」
「もちろん、試合には出してあげられなかったけどセイラやココロも。レイカにはいろいろ助けてもらったね」
なんか、涙出てきた。
「ちょっと、寄って行く? お茶と柿ピーくらいなら出せるよ」
「ありがとーございます。でも、ウチ、これから仕事ですから」
「そう? 残念。どこで働いてるの?」
「役場です」
「そうなんだ」
あれ? 反応、薄っす。
「ミワと一緒の部署なんですよ」
「それはいいね。ミワも元気してる?」
おー、響いたよ。さすがミワかーさん。
「あかちゃん生まれて、それは元気に」
「そっかー、みんなもお母さんになる年なんだね。先生も婚活がんばんなくっちゃ」
「そうですよ。いい人みつけましょうよ」
「でもなー、こんなショボイ格好してちゃだめだよね。もっとおしゃれしなくちゃ」
「そんなことないですよー。せんせーイケてますって」
ちょっとだけライン踏んでるかも。あ、それってアウトです。バスケの場合。
「じゃ、とにかく夜の外出には気を付けてね。やばい人に出会うかもだから」
「わかりました。さよねら。せんせー」
「レイカ、腕出して」
そっか。腰入れて、腕つき出して、姿勢はナナメ。
「行くよ! 辻女」
「「すり潰せ!」」
みんなともう一度、バスケしたかった。
川田せんせー。いつまでも校門で手を振っててくれてありがとう。昨日の後輩さん、大丈夫そうだな。ガッコもオダヤカだったし、先生の顔見ても騒ぎになってなさそうだった。ウチらの時は、いなくなった朝はもう蜂の巣だったから。やっぱり先生には直接聞けなかったな。またいなくなった子いませんかなんて。あの時、非難の矢面に立たされたのは先生だったよね。女バスのみんなも先生を攻めた時があった。申し訳なかったな。でもあの時はみんなおかしくなってたから。いいわけにはならないけど。
「辻女―、ゴリゴリ。ゴリゴリー、辻女」
お、女バスの外周ラン。掛け声変わったんだ。
「おいー。リリカくせーぞ、また屁ぶったろ」
「屁ぶってねーし」
「この間の試合でもゴール下で屁ーこくわ、シュート外すわって、そのケツなんとかしろ」
「「「「「こんちわー」」」」」
ちわ(無声)。誰でも挨拶。守ってるね、デントー。
「後ろの一年、涙目っぞ。あやまれ、リリカ」
「あ、ごめんしてね」
「「ヘーキっす」」
「やっぱ、屁ぶってんじゃねーの」
「屁ぶってねーって」
変わってないね、ゼンゼン。
役場に着いたら、ミワちゃんから、
「こんど、みんなで集まろうってなって。レイカも帰って来たしって」
そう言われた。みんなっていうのは、女バスの仲間のことだけど、ドージにあの事件に関係のある人のことでもあるんだよね。だからアンマ気が進まない。きっとみんなどうにかなっちゃう。
役場のお風呂、いいお湯だった。ちょっと髪の毛まだ濡れてるっぽいな。夜、冷房効きすぎて寒いから、風邪ひかないようにしなくちゃ。雑草ジュース置いてある。ミワちゃんまたくれたんだ。サー仕事、仕事。
しまった、家にスマフォ置いて来たった。ったく、どーやって長い夜を過ごせってユーのよ。
今夜は特に暇だなー。ちょっと探検しよっと。このフロアだけならいいよね。気になってんのがあるんだ。あれなんだろーってずっと思ってた。フロアの真ん中に山椒の大木が生えてんの。人工のだけど。その下に女の人が寝てる銅像があるんだよね。
『遊女 みやぎの像』だって。遊女ってなに? 説明書き「わがちをふふめおにこらや」だけだし。どういう意味だろ。スマフォないからググれないや。この人、宮木野神社に祭られてる人だよね。辻沢の古い言い伝えで志野婦神社の志野婦さんと双子のヴァンパイアっていうのある。この像、寝てるのかな? 死んでるのかな? あれ、この顔どっかで見たことある。っていうか、知り合いに一人はいる顔だ。なんか親しみがわくよ。て言ったからって、くわ!って、目を明けて起きてこないでね。あそぼーなんて言っても遊んであげない。ウチ、仕事中だから。やっば、窓口に誰か来てる。
置いてったよ。気付かれないようにやってきて(歪曲)、無言で(脚色)、「特殊縁故結縁届」を窓口に(事実)。初めてのお客様です。これを、窓口付きのパソコンに打ち込めば。あれ? ボタン押したのにな。ブーンて起動してこない。フツー、マウスいじったら画面が明るくなってさ、登録画面が出て来て、そこに内容を打ち込んで終わりっていうのじゃないのかな。おかしいな。そう言えば、ミワちゃん何か言ってたな。「何かあったら引き出し見ろ」だった。引き出しの中に名簿みたいの入ってた。これに書き込めばいいんじゃね? そうだわ。「特殊縁故結縁届」控えってある。最後のページ開いて。こういう場合は、ボールペンっしょ。カキカキ子「小島 孝平」っと。これ小島さんのオジサンと同じ名前だな。住所は、やっぱそうだ。小島さんのオジサンだ。どぃうこと? オジサンがLGBTってことなの? つまりオジサンは今度再婚するってことになるよね。セーヘキの疑いが解けたわけでないけど、これはスナオにおめでとだよ。こんど道であったら、おめでとって言ってあげよ。あ、家から出られないのか。でもこの間出てたよね。トモカク、誰となんだろ。届け出は小島さんの名前だけしか書くとこなくて、たぶんフクザツな事情があってのことだろうから、相手は書かないシステムなんだね、これ。
ん? 名簿にメモ用紙挟んである。これって昨日失くした、ここ行っちゃダメ地図じゃない。こんなところに紛れ込んでたのね。裏になんか書いてある。
「レイカシネ」
マジすか? 何これ。 新しい展開へツヅク? って、こわ。え? え? ここで、ウチのこと知ってるのって、ミワちゃんだけじゃん。ははーん。ミワちゃんのいたずらだね。でも、ミワちゃん、こんなことする? じゃあ、だれ? こわいって。マジ、怖いんだけど。仕舞っちゃお。もとに戻しちゃお。よーし。これはウチ、知らん案件ってことで。おしまい。もー、忘れた。ハイ、忘れたー。あれ? そういえば、ここにドカ盛り白桃ゼリー入れといたのになくなってる。
家帰ってからすぐにベッドにもぐりこんで寝た。昨日の散歩のおかげで、すぐ寝ついたみたいなのに、まーた真昼間に目が覚めちゃったよ。もっと寝ないと仕事続けらんない。でも今日は涼すぃーね。過ごしやすそー。お風呂は役場で入るとして、トーチョーまで何してよっか。そっだ、居間の大画面でお父さんのビデオでも観よっと。あそこのは皿うどん(つい言いたくなるおやじギャグ)、もといサラウンドだから、迫力あるんだよね。
パパのコレクション、ちょっと古いんだ。なんせ16年前からそのまんまだから。ウチが観て面白いかなってのはアンマない。なにこれ。『狼男アメリカン』。アメリカ人の青年が狼男になる話? それなら題名、『アメリカン狼男』だしょ。狼男に噛まれたらゾンビになるのか。ふーん、これにしょ。
着替えるのめんどくさいからパジャマのまんまでビデオ鑑賞。ママ生きてたら怒られたろうけど。ん? なんで、お味噌汁の匂い? ママが化けて出た? のわけないか。なんか思い出しちゃった。お休みの日に遅く起きたら、ママがお昼の用意してて、こんな感じに、お味噌汁の匂いが漂っててさ。台所行ったら、ママが厭味ったらしく、「おそよー」なんて言って来て。くっそも面白くなくってカチンと来て。お腹すいてたのにわざとお昼食べなくて、ずっとTV観てママのこと無視してた。今思えばフツーの挨拶じゃん。オトナゲなかった、あの頃のウチ。なんでもママに逆らえばいいて思ってたふしがあるよ。
そっか、ニーニーの可能性も、ってないね。ゼッテーない。ウチがここを出る何年も前から一度も部屋から出てきたことなかったヤツが、ママが死んだくらいでカイシンしないっつーの。じゃー、だれって。ビンゴ! 高倉さんでしたー。
「こんちわ―」
「お目覚めですか? 勝手に上がらせていただいております。聞けば徹夜のお仕事とか。大変でございますね」
「とか」だって。いきなりギャル語? なんか使い方違うし。
「は、はい」
会話続かない。
「よかったら、お食事をご一緒にいかがですか?」
ニーニーと? いやいやいや。ありえん案件だから。
「私とでございますが、お嫌ですか?」
高倉さんと? ひとんちで食事してんの、この人。いつもこーゆー感じだったの?
「私はコンビニエンスストアーで買ってきたお弁当でございますが」
そぃうこと。お腹すいたから、いいかな。
「じゃ、ちょこっと着替えてきます。待っててもらえますか?」
パジャマのまんまじゃ、サスガニ。
「よござんすよ」
なんなの? あのしゃべりかた。
「へい! よござんす」
オカッピキかって。
ズーズズー。あーまずかった。ミワちゃんからマタマタもらった、ペンペングサ&タンポポ・ミルクココア。どれか一つにすりゃーいいじゃん。ペンペングサか、タンポポか、ミルクココアか。なんでいっしょにすんのよ。エグすぎるっての。まったく確信犯だよ、ドSのミワちゃんは。
しかし、あせるね。話すことない。高倉さんも一言もしゃべらないし。一緒って意味なくね?
「レイカ様は」
ビックしたー。しゃべったよ。あれ、高倉さんって、よく見っとキレーな人だ。色白で、ホソオモテっての? オバサンくさいお化粧直せばイケイケじゃね。特にそのチークは、ナンダカ。
「お役所にお勤めですとか」
またギャル語。どんだけウチとナレシタシミたいの? でも最近使わないから、その「とか」とかー。
「どちらの部署になりますでしょう」
「特殊戸籍課ってところです」
「まあ、ミワ様と同じところですね」
「知ってるんですか? ミワちゃんのこと」
「はい。よっく存じ上げておりますよ。お生まれになったころから」
「そんなに前からですか?」
「こちらでも、つい最近までご一緒させていただいておりました」
え? うちで? ミワちゃんが?
「はい。奥様がミワ様をいたくお気に入りで、しばらくお宅に住まわさせていらっしゃいました。ご一緒にお料理などされて、それはそれは可愛がられて。私にも『娘が帰ってきたようよ』と喜ば・・・・、大変失礼いたしました」
「いいえ。いんんです。ウチは」
いいのに、高倉さん。すっごく申し訳なさそう。
「それって、いつごろの話ですか?」
「はい。レイカ様がお宅を出られてすぐに来られてたそうで、奥様が亡くなられるちょっと前まで」
ずいぶん長い間うちにいたってこと? ミワちゃんそんなこと何も言ってくれなかった。言いにくかったのかな?
「ゴチソー様でした。玉ネギ抜き牛丼おいしかったです」
「お粗末さまでございました。あ、そのままでどうぞ」
「いえ、洗います」
洗剤どれ使うのかな。この粉の使っちゃえ。蛇口はどっち?。アッチ。ネット―じゃん。
ま、いっか。ミワちゃんと楽しく仕事できれば。ミワちゃんと一緒にいられると、ウチうれしいもん。でも気になるから、今度それとなく聞いてみようかな、それともミワちゃんが言ってくれるの待った方がいいかな。
今、天井ミシッて言ったね。ここ、そう言えばニーニーの部屋の真下だ。ニーニー下りてこないよね。やだな。会いたくないよ。またミシッて。今度は廊下のほうから。やだよ。ニーニー来ないでよ。
なんか、のど乾いた。このペットボトルいいかな。なんなのこの変な色の飲み物。まいっか。キュッとな。
((それにさわるな))
声した、アタマん中で。何? さっぶ。気温マイナスになった。コゴエル。ニーニーだ。セーヘキだ。ニーニー、セーヘキ持ちだから。どんだけセーヘキな人なの? 人の頭ん中に話しかけるって。マジ、怖いんだけど。
((それにさわるな))
わかった。わかったって。放したよ。ほら、ペットボトル。お願いだから、アタマん中に話しかけないで。わかった、もうわかったから。ニーニーやめて。
「どうなされました? お顔の色が」
あの時もたしか、こんな感じだった。忘れてたけど。
「なんでもないです。ちょっとソファーに横にならせてください」
「では、何か掛けるものをお持ちしましょう。他に何かあれば」
なら、テーブルの『狼男アメリカン』、ビデオデッキに掛けてってもらえません?
久しぶりにパパのコレクション観ちゃった。一緒に観たことないけど、これ観るとなんでかパパと一緒に観た気がするから不思議。
さあ、登庁の時間です。空、曇ってるな。天気予報でこれから雨って言ってたから傘持ってこう。
「行って来まーす」
「行ってらっしゃいませ」
なんか変な感じ。ガッコ―行ってた頃みたい。あ、前園のオジサンだ。喪服来てどうしたんだろ?
「こんにちは」
「やあ、レイカちゃん」
「あのー」
「この格好かい? ヘイゾーが死んじゃってね。ペットの葬儀屋やら役場やら行って来た帰りさ」
「そうなんですか。病気だったんですか?」
「いいや、老衰だってさ。ここんとこずっと寝たきりだったんだよね」
どうりでウチが帰った時吠えてくれなかったんだ。
「残念ですね」
「ああ本当に。レイカちゃんもヘーゾウと仲良くしてくれてありがとね」
「いえ」
「じゃ」
オジサン泣いてた? 無理もないよ、15年も一緒だったんだから。サビシイヨ。へーちゃん。
ゴリゴリーン。
「役場まで」
町の経済にコーケンするため、チャリ通やめてバス通にした。おっと、桃李女子高だ。紺の紐リボンとくるみボタンの丸エリ白ブレザーに長めの紺のスカート。腕にスモモの木のワッペン。「トーリ、モモイラザレバ」だっけ。なんでかモモ不要視されてるヤツ。辻沢から通ってる子いるんだね。誇らしくもある。今年は東大京大に何人行ったのかな。見た目もどこか知的な感じする。でもおねーさん一言だけ言うね。引っ張ると埃の線になるから、その白い靴下はピシッと履こ(無言)。
「でね、あたしの姪っ子、双子なんだけど、まだ4才なの」
「お、可愛い盛り」
「そーなぬおー。めっちゃかわいいぬおー。二人ともほっぺがぷよぷよでー」
「そーか、かわいいのか。そのかわいいのがどした?」
「あ、そうそう。伯母さんが古い家の出だとかで、あんなちっさいのに、乳歯、わざと折っちゃったんだよ。二人とも。かわいそくない?」
「おー、かわいそーだ。で、なんで?」
「女の双子だからヴァンパイアにならないようにだって。バカげてるでしょ」
「へー、いまだにあるんだ。その割礼みたいな辻沢のフーシュー」
「え? マナミ、知ってるの?」
「知ってるよ。上の犬歯一本でしょ。あたしも折られたもん」
「えーーーーーーーーーーー。あ、すみません」
まわり全部に謝ってるよ。
「うそ」(ささやき声)
「本当。双子だからさ」(ささやき声)
「そーなんだー。痛かった?」(ささやき声)
すっごく痛かったー。ウチなんてー、犬歯全部だったからー。
今夜も暇な窓口。雨、降りそーにないね。
「アメが降る―、アナタは来ない―」だれだっけこの歌口ずさんでたの。うわ! ブチョーのササマダラだ。やだやだ。思い出したくもない。しかし、このノボリ目障りだわ。わざわざミニのまで作ってさ。「ゴマスリで町おこし!」(ミニ声)。やっぱヘン。この町は誰にヘツラッてんの?
そーいえば、来るとき、三宅酒店の角でお葬式やってたな。こんな時間なら通夜じゃね? って思うけど、この町、なんでかお葬式、夜やるんだよね。本式でない仮のお葬式の「影隠し」っていうので出すことが多いからかもだけど。ま、例のシキタリってやつだね、きっと。それで思い出した。前園さんのオバサンがいつか言ってたことがあって、お葬式って必ず三つ続くもんなんだって。小島さんのお母さん亡くなった時は、そのあとホントに二つ続いたんだよね。宮崎さんとこのオバーさんと、暮山さんの娘さん。あるのかねそーいうの。ママのお葬式の時も、これで二つ目ね。この間、三輪さんの奥様が亡くなられてー、なんて死神みたいな(オバサンごめんね)こと言ってたっけ。前園のオバサンはなんでも知ってるから、すっごく頼りになるけど、ある意味怖い存在だよ。てか、あと二つ葬式あるかも。
へー、ここの天井ガラス張りなんだね。気付かなかったや。昼間とかめっちゃ熱くなりそう。設計した人、何考えてんだろ。あ、動いた。何だろ。ガラスになんかが張り付いてる。暗いからよくわかんないけど。ケッコーおっきいから、うーん。カブトムシかな。手足があるみたいだから、ヤモリかも。あ、もう一匹いる。なんか絡み合ってる。アラー、お盛んですねー、小動物さんたち。それに比べてウチなんぞは、彼氏いない歴、イコール年齢だもの。ショボン。今何時? スマフォどこだっけ。カバンの中だった。まーた、モー。このスマフォ、反応ワルスギ。そろそろ寿命? コイツメ! コノ! コノ!。やっと反応した。二時半。まだまだ明けない夜明け。小動物さんたちは? あれ、いなくなった。ブーンって飛んでったんだね。やっぱカブトムシだったんだ。いーなー。
あれ、ガラス天井のずっと上は、円盤じゃん。落っこちてきそーだな。銀色しててホント飛んでいきそーな感じだよ。ぜってー操縦室とかあるね。今、トツゼンあそこ行ってみたくなった。そうすっと西棟か東棟を昇らなきゃいけないよね。ミワちゃんにはきつく言われてるけど、少女よ大志をいたけ! だよ。クラーク博士って何した人だっけ。「水平リーベ棒」発明した人だ。おー、今日のレイカちゃん冴えてるね。どうやって円盤まで行こうかな。
エレベーターはもう停まっちゃってるし。西棟の階段は外から入るのか。東棟の階段は中からだから、こっちから昇ってみよ。ぎ、ぎぎー。何か臭いね。生臭いっていうか、おえ、吐きそうになる。鼻摘まんでいこう。かつーん、かつーん、かつーん、かつーん、かつーん。ぎ、ぎぎー(効果音サービス)。疲れた。かなり昇ってきたな。足パンパンだよ。ここが最上階? 高い。めっちゃ気持ちいー。遠くに明かりが見える。ウチが三年過ごしたN市の灯かな。ホントにクローしたよ。結局彼氏の一人もできなかったし。
ウチがいた会社、ブラックとか言ちゃったけど、確かにサービス残業とかあったよ。けどちゃんとしたトコだった。セク原みたいのはホントに珍しくって、それなりに女の子をソンチョーしてくれるところだった。プロジェクトっていうのにも、君たちも戦力だからってユメカと一緒に参加させてくれたり。ウチら頑張った。朝夕2回のながーい会議とか毎回出席したし(レジュメ、何チョー目ですか? のレイカちゃん笑)、何十部っていうレジュメ作るの手伝ったし(2チョーホチキスのレイカちゃん)、みんなの夜食、遠くのコンビニまで買い出しに行ったし(8チョーコンビニのレイカちゃん)、ビックヤマダセンターにコピー用紙買いに走ったし(用紙チョー達のレイカちゃん)。そのプロジェクトの打ち上げで、社長賞とかもらったのは、やっぱ中心の男の人たちだったけど、最後に、プロマネのササマダラ、じゃなかった、プロジェクト・マネージャーの笹部長から、今回の真の功労者はここにいる女の子たちですって言われて、みんなから拍手されて、頑張ってよかったねって、ユメカが。
そんなでも、飲み会の席とか男の子たちであつまる場所では、ユメカとウチのことを爆貧問題(胸の大きさを漫才の爆笑問題にかけてるんだよ。バカでしょ)って陰口たたいてるの知って、怒りをトーリこして、すごくさびしい気持ちになった。その中にはちょっといいなって思ってた男子もいて・・・・。おんなじチームで働いてるのに、人のことそんなふうに言うのってどうかなって思わない? 女バスなら絶対ありえないもん。・・・・してたか、ウチらも。
キツリツしてるな、この庁舎。周りにこんなに高いのまずないよ。あっち駅前かな。ボコーはどこかな。暗くて分かんないや。うわっ、円盤だ。ぶら下がってるよ。こっちの方が高い感じなんだ。こうやってみると、でかいな。どこかな操縦席。あの前の方とか、いかにもって感じ。ん? 円盤の中でナンカ動いた。ちょっと、行ってみよ―かな。って、しませーん。ぜってー危ないって。なんかあるシチュエーションだもん。中に入ったら、ホッケーの仮面被って、手にすんごい長い鉄の爪つけて、チェーン・ソー振り回してるやつが襲って来るから。さっさと戻ろ。あれ、開かない。非常階段鍵かかってる。フツー逆だろ。何か挟んどけばよかった。コーカイしかない。しかたないな。西棟の非常階段から回ってみよう。
よかった。こっちは開くよ。う! 何このニオイ。古い倉庫の一番奥の段ボールが腐ったような。床もヌルヌルしててキモイし。人がいる。階段に並んでる。こっち見た。例の偉い人たちみたいだけど何か変。みんな同じようにメタボバラにマダラハゲ。あっちの人セーラー服着てるし。こっち来る、ワラワラと。これやばいやつだ。逃げよう。扉締まりそう。ギリセーフ。締めれない。向うからすごい力で押してる。ダメ。耐えらんない。逃げなきゃ。追いかけてくるよ。わ! 反対側にも同じようなやつがいる。このままじゃ挟まれる。どっか隠れるところ! あそこに部屋が。扉開いてますように。入れた。あの人たちなんなの? みんなフィットネスボールから頭と手足出したみたいな体形して。もう追って来ない。でも静かになるまで待とう。
静かになったみたい。てか、何だろこの部屋。制服が陳列してある。女子のものばっかだな。ん? DJって袖の刺繍、なんか見たことあるな。三つ葉のマークのも、ヒナゲシの花もある。かわいい。これ東京の有名女子高のじゃね? こっちはウチのコーコーのだ。夏冬ある。成女工のも。青洲女学館のまで。なんだろ制服ミュージアムかなんかかな。でなかったらセーフクオタのコレクションルーム? しかし、やたらムーディな部屋。ジュータンふっかふかだし。ソファーもなんか、ベッドみたい。天井ミラー張りって、ここはラブホか? ウチ、ラブホ行ったことないから知らないけど。棚に木刀が置いてある。ライトアップして。この木刀真っ黒。ちょ、ちょっとだけ持ってみよう。わっ! なんかしびれた。これはエグイほうの武器だね。机の後ろの壁に見覚えのある紋章が。辻の字に木ノ芽と山椒の実六つ。なんだ町のマークか。ひょっとして、ここは。しかし仰々しい机だな。おっきすぎるよ。椅子でっか。名札があるね。ひっくりかえってる。どれどれ。えっとー、「辻川町長」! やっば、ここ町長室? ウチの上長の上長の上長の上長の上長くらい上長の部屋なの? はやく、って痛ったー。今ゴツンて。何すんの? 頭なぐったの誰よ。コートー部をシタタカニ。血が出てるよ。痛ったー、また・・・・。
「十二時以降は入室禁止だ。トリセツ読めや。なんだ? こいつは」
・・・・。
(さあ、どうぞお隣へ。ねえ、ウチら友だちだよね。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?)
・・・・。
「レイカ」
・・・・。
「レイカってば」
・・・・。
「レイカ。起きなよ。ちょっと」
ミワちゃんの匂いだー。いいにおーい。
「あんた、ちょっと。起きなってば」
やっぱ、イー匂いだわ―。なんか、いつもより濃い匂いだな。うっぷ。
「あ、ミワちゃん。おはよー」
「おはよーじゃないダロ。あたしが早く来たからいいようなもの、人に見られてたら、あんた辞めさせられるところだったよ」
「だって、なんか変な夢みちゃって」
「夜勤が夢見てる自体がNGだろが!」
「ゴメンなさい、ミワかーさん」
ゼツミョーのシナ。
「うっさいよ笑。紹介したこっちの身にもなれっての」
紹介はハローワークなんですけど。
「ほれ、夜明けのカタバミ・チャイ」
いらないです、ソレ。
雨降ってないや。天気予報のうそつき。傘持ってきて損した。しかし、なんだったんだろ。アタマ殴られたような気がしたけどキズとかたんこぶとかもできてないし、痛み残ってない。やっぱ夢だったのだろう。いつのまにか寝てたんだよ。寝不足だったから。そゆことにしよ。セーラー服着たフィットネスボールに追いかけられたり、町長室がムウディーなラブホって、ありえねー案件だし。ズズズー。これは、いける。ミワちゃん、カタバミ・チャイ。おいしーよ。ウチ、舌がバカになったんじゃないよね。
†【ヒビキ】
電話だ。スオウさんから。珍しいな。
「はい。あー、分かるよ。おひさ。まあまあ忙しいかな。うん。帰って来たんだ。いや、知らなかった。そうなんだ。ひさごで、来週の金曜日に。時間は遅めで。うん。分かった。じゃ」
それにしてもスオウさんは未だに通話オンリーなんだな。女バスでSNSグループ作ろうってなった時、スオウさんがそんなオタクなことするならバスケ辞めるってなって、結局女バスはいつも電話連絡だった。女バスで集まるの卒業以来か。情報集めにもなるから行ってみようか。
先週は仕事が忙しくてお休みしたから2週間ぶりのお講座。お師匠さんってば、
「いいのよー。まねしてくれればー」
って言うんだけど、何言ってんのかが分からないのに、どうやって真似しろっての? 最初の最初に、サワリのところだけ録音させてもらえたけど、それさえ聞き取れてないのに。録音していいですかって言っても、
「覚えられるわよー」
って許してくれない。だから、全然進まないんだよね。勘亭流みたいな太い字で書かれたテキストも全然読めないし。結局また、テキスト1ページ分も進まなかった。
「ヒビキさんは、いい香りがします」
え?
「取り入れたばかりの洗濯物みたいな」
おテントウさまの香りってやつですか? それは褒めていただいたんでしょうか?
「それでヒビキさん。あの人のことはどうなりましたでしょう?」
「引き裂けたかと」
浮気相手を告訴って話振ったら、あの巫女さん泣きだしちゃって、宮司さんにムリヤリだって。近くのスイーツ屋さんで、はいはいって感じで話聞いて、パンケーキプリンアラモード食べさせて帰しただけだけど。
「はて? そのような感触はなかったような」
「そうなんですか?」
「あの人に何かあれば、すぐにこの胸に響きますので」
えー、なんかすごい。強い絆で結ばれてるんだ。それなのに、宮司さんってばサイテー。
†【レイカ】
役場行くの結構楽しい。バス通に変えて楽になったからかな。バス通で20分かかるところをよくチャリ通続けてたよ。
「町役場まで」
ゴリゴリーン。
「ゴリゴリカード、2000円のください」
「好きなのどれだい?」
選べるの? なら、
「辻女の冬服ください」
「辻女はないなー。冬服であるのは成女工だけだな」
運転手さん、あんたも好きだねって顔すんな。制服フェチじゃないから、全然チゲーから。ウチ女の子だし。しかし、成女工冬服かぶった、イラナイ。どーせなら青洲女学館がよかった。あの空色の制服、あこがれた時期あった。成女工め、使い倒してくれる。チラシもらった。ふーん、宮木野沿線8校の夏冬バージョンコンプリートで、お好きな本物の制服プレゼントキャンペーンだって。誰得なの? まーた、変なセーヘキのヤツ引き寄せるからやめろってゆーの。って言ってたら、成女工JK乗ってきた。
「なんか、うわさで―、サンショ畑の跡地、人が埋まってたって」
「なにそれ、こっわー。殺人?」
人の隣にドッカって座るなって。ウチ、一瞬浮き上がったしょ。
「それがさ、死んでるってたら、起き上がって、歩いて行っちゃったんだって」
「はあ? それはツリだわ」
「いや、マジでマジで」
「ツリツリ。だまされねーし」
「それより、ミノリ。ぶってー鼻毛出てっから」
「うっそ、マジで? カエラ、鏡貸して」
「はいよー、鏡。それ、ウチ見てたよー」
「ありがと、あ? カエラなんて言ったの? アイリどこよ、どこ出てんの?」
「うっそー。だまされてんのー」
「こんの。テメ、コロス」
「テメーがクソネタぶっ込むからだろ!」
変わんないね、ウチらの頃と。
役場に着いたらミワちゃんから、
「レイカ、あんた何したの? 町長さんに呼ばれてるよ」
ウチが? ウソ。町長室に忍び込んだのばれたのかな。やだなあの、ラブホみたいな部屋に行くの。
「トントン。すいませーん。お呼びだとか―」
「どうぞ」
女の人の声。秘書さんかな。
「シツレーします」
暗い部屋。外まだ明るいのに。
「こちらの、ソファーに掛けてお待ちください。町長、今呼んできますので」
出てっちゃった。あれ? 制服コレクションなくなってる。ってか、まったく別の部屋だ。フツーに町長さんの部屋。ウチ、この間は違う部屋に入ったんだろか。あー、同じ位置に木刀がある。机のバカでっかさも一緒だし、天井は、鏡じゃないな。絨毯は虎皮って、イマドキ。暗くてよくわからなかったからな。
「お待たせ。いやー、呼び出してすまなかったね。アナタの課はトップダウンでアタシが作ったもののひとつだから、なんたらかたら」
すっごいしゃべる、この人。ヒマワリのパパだよね。背高くって痩せてて、ちょっと見いい男だけど、頭がね。こんなにハゲちらかしちゃってて残念。あー、どこかで見たことあるって思ったら、ヒマワリの捜索の時、陣頭指揮取ってた人じゃない。あの時たしか辻川助役ってよばれてた。あ、すみません(小声)。お茶出してもらちゃった。秘書さん、顔よく見えなかったけど、お肌真っ白。どこの美白化粧品使ってんだろ。あとで聞いてみよ。アッツ。舌やけどした。
「アタシは、アナタの母上とは昔からの知り合いでね。それはお美しい方だった。それがね、あんな亡くなり方をするなんて。ご愁傷様でしたね」
「もにょごにょごにょ」(超小声)。
こういうときなんて返事すればいいのか分かんない。
「とにかく、美しい方でね。アタシが若いころ、まだヤッチャ場で小僧をしていたころだ。腐った菜っ葉にまみれてね」
ヤッチャ場?
「あー、ヤッチャ場を知らないんだね。これは失礼した。こっちではそんな言い方しなかったね。ヤッチャ場とは青物市場のことだよ。東京でしか言わないらしい。アタシは東京の生活が長かったもので、つい」
ふーん。
「ここの青物市場で働いていたころ」
最初からそう言えばよくない? ウィキに出てそうな情報持ちださなくても。
「アナタの母上が青洲女学校の、今は変わってしまって残念だが、あの目が覚めるような空色のセーラー服を着て、辻沢の駅頭に立たれてるのをよくお見かけしたんだよ。背がすらっと高いのがセーラー服をよく引き立たせてた。透き通るような白い素足が、プリーツのきいたスカートからのぞいてる姿に見惚れたものだよ」
なに言ってるの?
「ちょっと、いいかな?」
おいおい、こっちに乗り出してくんな。きもいっつーの。
「ほう、やはり血は争えないね。母上そっくりの目だ。でも、母上はもっと、冷たく澄んだ冬月のようだった」
はいはい、そーでございますか。
「そんな母上がだよ、あろうことかあんな貧乏学生と結婚しただなんて、辻沢じゃ大騒ぎだった。聞けば東京の下町育ちだという。学者の卵かなんか知らんが、時代が時代ならそれこそヤッチャ場の小僧で終わったような男だ」
パパのことディスんないでくれる?
「まあぁ、君は知らないと思うが、実はカゲムコだったってもっぱらの噂でね。ははは。本当のところは、アナタの父上が家刀自といっしょに墓場に持って行ったから分からずじまいだけどね」
カゲムコ? 何のことだかさっぱり。
「お、もうこんな時間だ。済まなかったね。仕事にもどってよろしい」
なんかすごくムカついた。ウチのことわざわざ呼んでする話?
出口正面展望エレベーターだ。乗ってみよ。真下までガラス張り。おー足の下に宮木野さんの山椒の大木が見えるよ。1階まで直通だ。ぽちっとな。
パパのことはともかく、ママが美人で有名だったのはよーく覚えてるよ、痛いほどね。小学校の家庭訪問の時、先生たちをつてれ友だちの家を案内してた最中、担任の先生が一緒に回ってた男の先生に、「この子の美人の母親に会うのが楽しみ」って話してた。「それにくらべてこの子は」とかって言ったのもね。そういうこと言うな。子供はちゃんと聞いてんだぞ。
「上行きますが」
あ、すみません。すぐ降ります。
ミワちゃん待っててくれたんだ。
「どうだった? なんか言われた?」
「ううん。なんでウチが町長室に呼ばれたか分かんなかった」
「そっか。はい、イノコズチ・ミルクジュース」
「ありがと」
ズズース。ミワちゃんの雑草ジュース、味、気にならなくなってきた。
「女子会、今週の金曜日、ひさごに八時ってなったから」
ずいぶん遅いのは、遅くまで仕事してる人がいるから。で、ひさごは駅前の飲み屋さん。内緒だけど女バスで大会の打ち上げとかでよく利用してたトコロ。イマサラデスカ? 超気がおもい。
†【ヒビキ】
なんなのこんな夜中にユサのやつ。家に来いってから隣町までかと思ったら、青物市場で一人住まいしてるってじゃない。青物市場ったら旧本社の近所っしょ。なんか生臭くさそうで行きたくないんだけど。
車、路駐だけど大丈夫かな。ここらへんコインパーキングないから仕方ないけど。ふーん。エントランスがオートロックで監視カメラ付きの物件って辻沢にもあったんだ。おーいユサ、来たよ(無声)。見えてんのかな、あのカメラ。お、開いた。で、最上階までエレベーターで行って、呼び鈴を押すっと。
「いらっしゃい。ごめんね、急に呼び出して。多分、ヒビキは分かってると思うけど、さっきまでカイチョーがここにいてさ」
なるほど、それで子ネコの写真がひっくり返してあるわけだ。ん? ここなんか変な臭いする。あたし乙女だから何の臭いか分かんないや。
「人がシャワー浴びてる間に、このパソコンでインターネット見てたみたいで。カイチョー、開いたページ閉じないでネットする癖あって、帰ったあともそのまんまになってたからブラウザのタブ一つ一つ開いて見てたら、ほとんどがエッチなサイトだったんだけど、その中に気になるサイトがあって」
相変わらず話がグダグダだな、で?
「これ、『スレイヤー・V』をクリアするとアカウントもらえる会員制のSNSで、『スレッター』っていう」
だから?
「ちょっと観てみて。なんか調べてるんでしょ。カイチョーのこと」
おっと。
画面はSNSっぽくタイムラインに投稿が並んでる。
「記事中の動画リンクはYSSの『ゴリゴリ動画』に飛ぶようになってるんだけど」
ある記事のリンクを踏んで動画に飛ぶと、屋外らしき暗い場所で数人がムジャキにすり鉢かぶってスリコギ振り回してる動画が表示された。フラッシュモブとか、盆踊りとかに見えなくもないけど、中の人たちの必死な顔からそうでないのが分かる。
「この人たち、『スレイヤー・V』に出てくるキャラの名前を口にしてて、それと戦ってるつもりらしいの」
〈カイ・ドラキュラはこれで3体目の討伐です。ヒル人間はミッションレベルが上がるたびに手ごわくなってきます。しかし、わが隊は徹底したタッチアンドアウェー攻撃で対抗しています。ヴァンプオブチキン隊でした〉
〈がんばれー、臆病ヴァンパイア〉〈負けるなー〉〈シぬなー〉〈いや、むしろシんで来い!〉
「これって、『スレイヤー・V』をリアルにやってるふうなんだよね」
リアルにって『スレイヤー・V』はヴァンパイア狩りのアクションゲームだったはず。するとターゲットはヴァンパイアなんだけど、それらしきものは画面の中には見当たらない。そっかARか。拡張現実ってやつだ。画面に映ったキャラがあたかもそこにいる感じでプレー出来るやつ。スマフォかざしてる風でもないから、グラス系のデバイスかなにか着けてARキャラを見てる?
〈やられました。負傷者多数。我々の裏をかいて横道から数体のカーミラ・アシュ、カイ・ドラキュラが連携して襲ってきました。なんとか討伐しましたが、ヒル人間はかなりの知能を持っているかと。大丈夫か? 肩の傷は深そうだぞ。あ、厚木エンデバー隊でした〉
〈やられたか。けが人で済んでよかったな〉〈クロキジ隊ってのがこの間全滅したのを見たぞ〉〈動画は削除されました(中の人)〉〈あちらさんも攻勢かけてきてる?〉
今の人、肩押さえて痛がってるけど、演技? それとも同士討ち?
「レベルが13になると、それまでの蛭人間殲滅からギキ討伐にステージがアップするの」
「ギキ?」
「『スレイヤー・V』で上位のヴァンパイアのこと。それをこのゲームでは芸妓の妓と鬼と書いて妓鬼っていうらしいの」
「そうなんだ」
「で、妓鬼ステージの動画は鍵かかってて一般ユーザは観られない」
たしかにタイムラインに投稿は流れるけど、記事の動画リンクはログインを求められて先に進めない。
「でね、このhoukeikamenっていうユーザのだけ動画が観れてるの」
やらしいハンドルネーム。そういうのあたしはムリ。
さっきまでと違い、やたらと暗い画面で静止画像かと思うほど動きがない。でもよく見ていると何かが画面の底で蠢いている。しばらくすると、蠢いていたものがゆっくりと立ち上がり、何かを手にぶら下げながら立ち去って行って動画が終わった。さっきのとこれとの違いは、ウエアラブルカメラの映像と設置カメラの映像であるところだ。暗すぎて細かいことは分かりにくいけれど、画面からは言いようのない背徳感が滲み出している。
「闇の匂いする」
「だよね。だからヒビキに観てもらおうって」
「ユサって広報だったよね。何か知ってるんでしょ」
「知らないの」
「知らないって。それでどうやってこのプロダクトのこと広報してんの?」
「広報の仕事って言っても、ポスターの印刷頼んだり、ユーザ宛てのメールの文書作ったりするだけだもん。だからほとんど蚊帳の外」
なんだ、使えないか。
「これでも頑張ったんだよ。なんとか食い込もうと思って。でもダメだった、ヒビキと違って」
あたしはそうならないように、うんとアタマ働かせてやって来たけどね。
「それでも、他の人が知らない余計なことは知ってる」
聞きたかない。
「だから、この動画アップしたのは、カイチョーって言える」
なに泣いてんだよ。こいつのこういうところが嫌なんだ、ホント。
それから観られるだけ観たけど、どれもこれも同じような動画だった。フィルターがかかってる?
「ヒビキ分かる? カイチョーの投稿にパターンがあるの」
「パターン?」
「うん。短期間のうちに3回あげたら、1、2ヵ月空けてまた短期間で3回あげてる」
タイムラインをhoukeikamenで検索して、日付でソートするとユサが言うとおりのパターンが見て取れた。
「ホントだ。よく気づいたね」
「システムやってると、タイムスタンプにはうるさくなるんだよね」
なるほど、習性ってやつか。
「ユサんところの社長SNSってあるじゃない。あれって見てる?」
「カイチョーの『桜の森の満太郎のつぶやき』? 見てない。一、二度見たけど、許せなくって」
それな。
「ちょっと見てみようか」
「あいよ」
ふーん、でもブクマはしてるんだ。
「これこれ、一番許せないのが。ブラピの初映画が『リバー・ランズ・スルー・イット』で、これが最高傑作だって投稿。ちがうから。クレジットなしだと『追いつめられて』って映画で、有名になったのも『テルマ&ルイーズ』のほうが先。カイチョー情報がいい加減。それに最高傑作は『セブン』でしょ」
あたしは『ワールド・ウォーZ』くらいしか知らない。観てないけど。てか、そこ? 許せないのって。
ざっと見ただけだけど、スレッターの投稿の前後でよく釣りに出かけてるな。雄蛇ヶ池だったり、名曳川だったり。最近のだと、これってあたしがYSSを訪ねた日だな。時間もちょうど。あの短時間で釣りして来たんだ。どんだけ暇なの。
おもしろい写真見つけた。なるほどね、こーゆーこと。この写真の端に映ってる白いの車のお尻のラインは、エクサスLC―X。こんな高級車、辻沢あたりに1台だけだよ。これ釣り場じゃないな。森の中? 広場っぽいな。どこだろ。もう一つの写真のほうも森の広場だな。同じ場所? 木の様子が少し違うような。倉庫みたいな建物あるし。別の場所かも。コメントは、「餌場視察」。情報はこれだけか。町長とミミズでも掘るつもりとか? まさかね。
「この記事、他の情報ないかな。裏コメントとか」
「ちょっと待って。この写真をローカルに保存して。ツール、ツール。これをこいつで開くと、ビンゴ! イグジフファイルだ」
「イグジフファイル?」
「撮った場所とか時間が埋め込まれてる画像ファイル」
そうか、文字だけが情報じゃないよな。
「どうしてわざわざそんなファイルをアップしてんの? この人」
「位置情報ONにしてるスマフォとかだと、設定変えないままだと勝手にこのファイル形式で撮影したりすることある」
「ってことは」
「抽出した緯度・経度をゴリゴリマップで検索して」
作業慣れした感じする。ユサ元々SEだからあたりまえか。
「場所が特定できるっと。来た。青墓の杜」
いっつも暗くて陰気臭くて、辻っ子は夜に絶対近寄らない場所。こんなところで何してるんだろ、町長と深夜の2時に。
「衛星画像で拡大してみて」
あるね。森の中にちょっと開けた場所。少し離れたところにも広場ある。こっちは広くて建物があるな。行くとしたら、辻沢バイパスから間道入って真っ直ぐ青墓の杜に入って、間道から先はこれじゃ分からないな。行ってみるしかないのかも。一人で行くのは嫌だな。ユサは青墓詳しいけど、一緒に行ってもな。
気付くとカーテンの外が明るくなっていた。朝か。
「そろそろ帰るよ」
「また来てくれる? ここ一人じゃ広すぎて、なんか嫌なんだ」
そうだね、あたしらのお給料じゃ住めない広さだね。ユサ、頑張り方変えないと。
「じゃあね。今度また二人で子ネコちゃんたちに会いに行こう」
「うん。でも、こんなことしてるのばれたら、あの子たちに怒られちゃうかも」
また、泣くー。おーよしよし笑。抱きつくなって。
ユサに『スレイヤー・V』インストールしてもらった。初めて、スマフォのゲームって。こんなのにどうして夢中になるのか分からなかったけど、めっちゃハマった。徹夜上等! 課金上等!
†【レイカ】
おひさー。女バスの子たちとは卒業式以来。みんな元気そーでナニヨリ。あれ? セイラやつれてない? 地元のシステム会社に就職したって聞いたけど、ソッカ―。やっぱキビシーよね、実社会は。特に女子にはさ。ミワおかーさんだけだね、輝いてるの。ムセッかえるっての? ムネやけするっつーか。最近トミニ匂いがきっついな、ミワちゃんのそばいくと、くらくらするから離れて座ろ。ゴメンね。
何これ?
「あ、おとーしになりますー」
ゴマスリセットが? で、なんでみんなしてゴマスリし始めてんの? 席に着くなりゴリゴリゴリって、変じゃね?
ナナミがゴリゴリゴリ。
「ミワ、まゆまゆ誰に預けてきたの?」
「ママ友。気楽に頼める人がいて助かる」
「「「それ希少種。レッドデータ、イマドキ」」」
「ところでセイラ、なんで金髪にした? 前の黒髪の方があんたらしくてよかったのに」
「彼氏でもできたの?」
「うん、そんなとこ」
「似合ってるよ。セイラ」
「ありがと。ミワ」
「おまたせー」
カリン来たー。遅かったね。スーツにスラックス。かっこいい。
ナナミがゴリゴリゴリ。
「おー、カリン」
ミワちゃんが(以下、略)。
「遅かったねー」
セイラが(以下、略)。
「待ってたー」
「仕事がね、たまっちゃってて」
ナナミが(以下、略)。
「かせーでるね」
「サービスありきっての? よう、レイカ。おひさ」
「んっちわ」
思ってたほどじゃなくてよかった。みんな落ち着いてる感じ。やっぱ、四年も経つと忘れてくるのかな。さみしー気もするけど、事件が事件だから、いいよね。
エッグノックって初めて飲んだけど、おいしかったな。ミワちゃんがウチの前に次々置いてくれるんでいい気になって5杯も飲んじゃった。酔って寝ちゃったんだ、ウチ。ふわー。あれ? カリンとセイラだけだ。ミワちゃんたちは?
「用事済ませて三〇分くらいしたら戻るって」
「ナニやってるの、それ」
「ゲーム」
すげないね。邪魔だった? 二人でスマフォにくぎ付け。「一生ゲームをやって生きて行く気か? それとも世界を変えたいか」(BY ステーブ・ジョビス)。うそ。ステーブ、そんなこと言ってねーって。
「あ、ごめんね。ちょうどガチャ回してたところだったから。これ『スレイヤー・V』っていうの。ヴァンパイアを狩るゲームなんだけど」
ふーん。最近のゲームってこんな感じなんだ。うわ、ビッカビッカしてる。
「出ないね。今日は『ノスフェラトゥーの鍵』、出るはずなのに」
「必ず出るわけではないよ。確率がちょっと上がるだけ」
「ホントはチートとか知ってんじゃないの?」
「知ってたら、セイラだってこんなに突っ込まないよ」
「どんだけ突っ込んだの?」
「今日だけで200回目」
「200って、14万円だ」
14万円! って、ゲームでそんなに? ウチの月給より高いよ。
「ウチは、ここに来る前にやったのあわせてやっと、100。7万円」
7万円でもすごいよ! ん? カリン、仕事忙しかったんじゃないの?
「だめだよー。そんなのにお金つかっちゃー」
こういう人たちには言っても無駄だけど、友だちだからイチオ―。
「今日、十三日の金曜日じゃない? Vフェスの日なんだよね」
「Vフェス?」
「そう、超々レアアイテムが手に入る日。次に十三日の金曜日になるのは、1年と2か月後なの」
「だからって」
「『ノスフェラトゥーの鍵』が手に入れば課金地獄からも抜けられるし、本当の目的のものも手に入るの」
「そんなことレイカに言っても分からないよ」
「でも、この人たちにも」
この人たち?
「レイカ。あのね・・・・」
あ、ミワちゃんから電話。カリン、ちょっとゴメンね。
〈レイカ? ワルイ。用事終わんなくってさ、戻れそうにないから、今日はお開きってことで。カリンたちにゴメンねって言っといて。あ、お会計してあるから。じゃーまた、火曜の夕方ね〉
ウチたち放置プレー?
「最初っから戻る気ないよ、あの人たち」
セイラ、ウガチすぎだよ。急用だったんだよ。
「いいよ。おかげでラスチャンタイム、全開でやれたし」
「カリンはミワたちの前でゲームするの気が引けるの?」
「いちおうね。目の前でヴァンパイア狩ってるのもなんだかね」
そうだよ。カリンは正しいよ。せっかく集まったんだもの、たくさんお話ししたいよね。
「十二時か、Vフェス終了。今回もだめだった」
ひさご出て三人で町をプラプラした。というより、セイラの家に行こうってことになって歩いてた。そしたら、道の向こうから、若い男が走って来て、
「おーい、いたぞ!」
って、駅舎で山椒屋のオジサンがやったみたいな格好してる。すり鉢を頭に乗せてスリコギ持って。そしたら脇道からもおんなじよーなのが三人出てきてウチらを取り囲んだ。駅舎で見たときはなんかおかしかったけど、街なかだとあまりのぶっ飛びようにかえって怖い。
「ターゲット!」
「パツキン。真ん中のヤツ!」
セイラのこと?
「いかにもだな」
「どこの制服だ? 超レアなんじゃないか?」
「おう、俺が見たことないってことは、かなりだ」
制服じゃないっしょ、明らかに。セーラー服っぽいけど。
「宮木野制服図鑑には載ってないぞ」
本のページ必死にめくってるやつ。
「県北女子高御三家でもない」
「他県のだろ?」
「横の君たち! 今、僕らが助けてあげるから!」
「さー、本性を現せ! このヴァンパイア」
「バーカ! セイラは人間だよ」
「しゃべった? ヴァンパイアが?」
向うがひるんだ瞬間、カリンが、
「こんっの、月に代わってお仕置きだ!」
って、キャベツの半キレ、先頭の男にぶん投げた。どこにあった? そのキャベツ。
「いった!」
「ちょっと、なにすんの」
スマフォ出した。なんなの? トーサツ?
「待った。ピンの場所間違ってないか?」
「あ、住所違ってる。ここ青物市場だってジャン」
「おいおい、青墓だぞ、今夜の出現場所は」
「青しかあってねーし」
「マップ担当、しっかりしろよ」
「ターゲット誤認。本隊は撤収する!」
「「「スレイヤー!」」」
「紛らわしいカッコすんな。ブスが!」
カリンが長芋を握りしめてる。だから、どこに落ちてた?
「やっかましー。なめてっとすり潰すぞ! こら!」
「「「こえー」」」
「先を急ぐぞ。夜は短い」
「進攻先再設定。今度こそ青墓の杜へ」
「おしりぺーんぺーん」
行っちゃったよ。なんだ、あいつら。
「死ねー!」
カリンが長芋ミサイル発射。キレーな放物線描いて命中! 敵一匹、撃沈。さすが辻女のスリーポイント・シューター。
「ったく。今度会ったら、チェストパス顔面にたたき込んでやっから」
鼻と前歯いわしちゃうね。
ちょっと歩いて横道に入ったらセイラのマンションに着いた。わー、セイラんち立派。ここに住んでるの? 一人で? やばくね。
「実家は隣の駅だから今の仕事、通えないわけじゃないけど、ずっと一人暮らしがしたかったから」
夢がかなったってわけか。うらやましいよ。
玄関前まで来てセイラが、
「ちょっと待っててね」
これは急にお友だち来た時のお約束。今部屋の中でいっそいで脱ぎっぱなしの服とか、見られちゃまずいコスメグッズとか押し入れに放り込んでるところ。でも、ちょっと時間かかり過ぎ。ひょっとしてセイラの部屋って、汚部屋?
「どうぞー」
「「おじゃましまーす」」
わー、エスニックでスパイシーな香りする。お香焚いてるんだ。さすがセイラお洒落さんだね。でもちょっと強すぎ。くっしゃん。ティッシュ貸してくれる? ありがと。
女バスのフォトスタンドある。新人戦の時の集合写真だね。ウチらの代は全員で撮った写真が少ないよね。ホントなら引退とか卒業の時とかあるんだろうけど・・・。この壁のパネルはシオネの写真だ。てか、よく撮ったねー、ダンクの決定的瞬間。誰が撮ったのかな。そっか、セイラ、このころ体調崩しててベンチ外だった。いいアングル。迫力満点だ。こんないい写真なのに卒アル用に提出しなかったんだ、セイラ。
お言葉に甘えてお風呂借りちゃった。ちょっとズーズーしかったかな。湯船つかるの気持ちいい。いまさらだけど、ウチも、お風呂がおトイレと別になってるのがよかったな。ウチが街で住んでたワンルームは、狭いところに全部押し込んだ感じだったんだよね。なんせ、ウチは高校卒業してすぐの引っ越しだったから、家探すのも、会社に通いやすいとか、買い物に便利とか、間取りのことさえ一切考えずに、見つかったのにすぐ決めちゃったからね。ゆっくり決めればもっと安くていい物件がたくさんあったのにだよ。なんだったんだろ、あのころのウチ。なんか、卒業式のあとは家を出るときのママの顔しか記憶になくって、気付いたらユメカの横で仕事してたって感じだった。極端なハナシ。しばらくは色んな事頭になくって、女バスの子たちのことまで忘れちゃってた。とにかく忙しかったんだろーな。社会に出るってこういうことかーって、後になって思ったけどね。
「ありがとー。気持ちよかった―。バスケのボールケース、浴室乾燥のバーにかけてあったから、洗濯機の上に置いて入った。いまもバスケしてるんだ」
なんかうれしい。セイラ、女バスのこと忘れないでいてくれてる感じする。
「え? あーたまにね。それより、お腹すかない? 夜食でも買いに行って来れば?」
ウチは、あんまり空いてないです。
コンビニで買って来たおべんとー、カリンもセイラもすごい食べるの。ビックリしちゃった。ブタ丼にカルビ焼肉丼、それにおつまみのタン塩乗っけて食べてる。カリンは平気な顔してるけど、セイラ、なんか無理してない。あんたもとは小食だったじゃない。
食べ終わったら、またゲームの話。カリン、変わっちゃったな。ゲームとか関心ない子だったのに。ウチ、いいやってセイラのベッドで横になってたら、
「レイカ。レイカもこのゲーム、インストールしてくれないかな。基本タダだから、いいよね」
インストールしてもウチはゲームやらないと思うけどセイラがそう言うなら。
「いいよ」
「ありがと。少しでも人手があった方が、レアアイテム手に入る確率上がるから」
ウチがアイテム手に入れるって、イミフなんだけど。
「スマフォ、カバンかな」
「うん、脇のポケットにない?」
また、どっか置いてきた?
「あった。ごめんね。パスは。おっと、入れた。コーコーの時のまんまじゃない。アブないなー。変えよ、コマメに」
女バスのころ、よくセイラにスマフォ見てもらったっけ。写真アプリの設定分かんなくなった時とか。ついでにいらないアプリ削除してくれないかな。
「まさか、IDのパスも? れいか・あんすこ・せいねんがっぴっと。あちゃー。認証されちゃった。これを、こうして、ここにアクセスしてっと。あれ、でもインストできない。既にインストールしてあるって出る」
身ニオボエナシ。
「ちょっと設定覗くよ」
どぞ。
「制限とかかかってないみたいだし。インストール済みアプリはっと。あるね。『スレイヤー・V』。入ってるな。どこにあるんだろ。レイカ。グループの中身、みていい?」
「全然オッケーです」
それより、そろそろ寝ていい?
「あった、ここにある。『クソアプリ』グループ。これ、いついれたの?」
身ニオボエナイ。
「開けてみてよ」
やだな。
「セイラが開けて」
ブンバブンバ、ブンバブンバ、ブンバブンバ、バッバラバー、バラバー。ピポーン。
明るい音楽だね。どーでもいいけど。
「なんだ、これ。コレクトアイテム数、異様に多い」
「レベル665だって」
「ウチらでさえ300越えしたばっかなのに」
「HPとか、MPとかも全部限りなくMAXに近い。レイカ。やってたんでしょ?」
「なんのこと? ウチ、知らない」
「本当? レイカ、ウソついてないか?」
なんでウソつく必要がある?
「まってカリン。これってチートなんじゃない。だって、プレイ時間が1時間切ってる」
「ほんとだ。やっぱりチートってあったんだ」
「チート?」
「ゲームの裏技で、プレーヤーが無敵とか、アイテム全部持ってたりとかの状態にすること。知ってるでしょ」
それ、うれしいの? ウチのこと、寝かせてくれないかな。
「レイカ。どうしたらチートになるの?」
「しらないよ、ウチ。ホントに何にも」
気まずい空気。セイラのいらいらが見える。
「いいよ。この環境でクリアさせてもらおう」
「そうだね。レイカ。これセイラたちにプレイさせてくれないかな」
どーぞ(無声)。
「ありがと」
「すごい。なんでもありそう」
「あった。『ノスフェラトゥーの鍵』。三つもある」
「ホント? あんなに課金してセイラは一つもとれなかったのに」
「おかげで『名曳の涙』とか『レジェンド・クロス』ゲットしたじゃない」
「そーだね。『レジェンド・クロス』で、『スレイヤー・R』の存在知ったんだったね」
「『ノスフェラトゥーの鍵』が三つということは、使う所が三か所あるんじゃ」
「まだ一か所しか見つけてない」
「これはちょっと本腰いれないと」
「あのー」
「あ、ゴメンね。レイカ。課金するときは起こすから、寝てていいよ」
課金するのは決定なのね。
ウチはセイラの本棚物色。うーん、ブンガクな本ばっかり。ダザイオサム。ニンゲンシカクの人。サカグチヤスゴ? 誰だっけ。サクラノシタとかの人か。ナカジマアツシ。おー、サンゲツキの人。高二の現代文で冒頭の文章を暗記させられた。「ロウセイノリチョーハハクガクサイエー、テンポーノマツネン、ワカクシテナヲコボーニツラネ、ツイデコウナンイニホセラレタガ、セイ、ケンカイ、ミズカラタノムトコロスコブルアツク、センリニアマンズルヲイサギヨシトシナカッタ」。覚えてるねー。この人発狂して虎になっちゃうんだけど、それが妙にリアルでみんなすごく真剣に授業受けてた。
ウチはしばらくの間はうとうとしながら、カリンとセイラがゲームしてるのを遠くのほうの出来事みたいに感じてた。ときどき、
「すごい。カーミラ・アシュ、カイ・ドラキュラ、一撃」
とか、
「こんなに早くメアリー・シェリーにたどり着くって」
とか、
「黒幕はバイロン卿だと思ってたのに」
「どうしてここで、ポリドリ?」
って、気になる名前が聞こえてた。『真紅の呪縛』面白かったな。パパの本棚にあった中で3番目くらいに。なんて考えてたらウチはいつの間にか寝ちゃってて、カリンが、
「よっし取れたー、裏ゲーム! 『スレイヤー・R』」
って叫んで、ビックリして起きた。いま何時ですかね。お日様出てますね。
「3時間でクリアだって。さすがチート」
「どう? カリン」
「位置ゲーみたいだけど」
「カリン見て。この地図、どこか分からないように省略してあるけど、位置許可してやると、ホラ、この地形、青物市場っぽい」
「フィールドロケーションは辻沢なんだ」
「辻沢で何をするゲームだと思う? モンスター集めて回るとか?」
「まさか」
お二人さん、ウチには分からない世界の住人になってる。このままゲームをやり続けるって言うけど、ウチそろそろ。
「どうしたの? 用事?」
「ううん。PK」
「なに? PKって」
「パンツ変えたい」
「「レイカー」」
そのベロ出しリアクションは女バスのころと変わんないね。
「分かった。いったん帰ってPKしてからすぐセイラんち来てくれる?」
なんで?
「レイカの仕事って」
「月曜の夕方までないけど」
「いいね。セイラたちも月曜日休みだから、今日からここを拠点に一泊二日のスレイヤー合宿しない?」
それって、小学生のボーズどものすることじゃ? ウチらオトナの女の子だよお。カリンだって嫌だよね。
「いいよ」
いいの? マジで?
「レイカは? レイカのスマフォいるんだけど、セイラたち」
「ゲームで時間潰すのは、ちょっと」
「えー、それはないよ。レイカ」
「レイカの言う通りだよ」
「でも」
「迷惑だよ、これ以上は」
分かってくれてありがと。カリン。
「なら、あと15分だけスマフォ貸して。たしか、『スレイヤー・R』からスレッターのアカウントが取れるはずだから」
「スレッター?」
「『スレイヤー・R』ユーザ専用SNSがあるらしいんだよね」
何の事だかぜんぜん分かんないけど、どーぞ。
帰りはカリンとバス停まで一緒。カリンとは反対方向だから、ここでバイバイ。
「びっくりした? ゲームなんかに夢中になってて」
しないよ。ちょっと疲れただけ。あ、ウチのバス来た。
「広小路三丁目まで」
ゴリゴリーン。
「レイカ。ゲームはね」
なに? カリン。今、窓開けるから。
「ココロとシオネのため・・・・」
窓から埃入ってきた。
†【ヒビキ】
女子会、結局参加した。シラベは置いといてみんな変わってなかった。修学旅行でフスマ破った張本人がシラベだったってのには納得。夜中に暴れ出したから、スオウさんとセンプクさんの二人掛かりで取り押さえたって、ははは。笑えない。高2の秋だよ、修学旅行って。例の件、センプクさんせっついたら餌やってるとこって、イミフ。
休み明け、出社早々やられた感。三社祭の公式飲料に乳製品だと? どこの誰が神輿担いで汗かいてミルクをがぶ飲みする? そこはビールとかせめてスポーツドリンクだろ?
「でも、風呂上りの牛乳は格別って」
「風呂上りじゃね―の、祭りなの」
「ねーさん。とりあえず、名前考えましょ、これの」
名前決まってね―のよ。ついでに。ラベルとかポスターとかどうすれっての? 今から間に合わねーだろ。だれのごり押しだよ。
「社長っす」
だよな。社長以外ないな。このタイミングでこれぶっこんで来れるのは。あ、社長出て来た。
「ヒビキ、ゴメン。懇意の人がこれをどうしてもってさ」
「商品名もまだないって」
「できたばっかなんだよ。昨日。でも、おいしいから飲んでみてごらん、ホントに」
そーですね、「自分の体験を売れ!」(BY ジュース・ウェルチ)でした。うそ、ウェルチそんなこと言ってない。
ただの牛乳じゃないのは分かってる。やばい色してるんだけど、大丈夫なのかなホント。うえー、何これ。ミルクって言うより、チーズのような豆腐のような、それでいて甘くて、酸っぱくて、呑み込めない。
「どう、おいしいでしょ」
おいしいですって、言いたいデスけどいまちょっと口の中に残ってるんで感想ひかえさせていただいていいですか?(無声) カワイ、お前、何とか言えよ、ん? どうした。ねーさん、苦しい(無声)。鼻から出てんぞ、牛乳。
「とにかくうちはこれを大々的に売り出す。分かった?」
「「ほぇーいす。」」
社長、宣言だけして帰って行った。
「社長逆切れだったな。カワイ、名前何てしようか?」
「窒息牛乳。窒息ミルク。窒息ちち」
窒息から離れろや。どんだけトラウマになってんだ。
「泥牛乳。泥ミルク。泥ちち。腐れ牛乳。腐れミルク。腐れちち。悪魔の毒々牛乳。悪魔の毒々ミルク。悪魔の毒々ちち」
そんな名前の飲み物、お前飲みたいか?
「腐乳っていうのが中華料理にあるね。あれに似てなくもない」
おっと、後方45度死角から吉田エグゼクティブ。牛乳髭生えてますよ。
「「なるほどですねー」」
北村シニアマネ、珍しく輪に入ってきた。おー、一気飲み。世代だねー。
「んー、これは辻沢醍醐に似てるな」
「辻沢醍醐?」
ティッシュどーぞ。アゴからタレテマス。お、気が利くね(無声)。
「ありがと。千福オーナーのところで頂いた飲み物でね。不思議な飲み物なんだ。それを一口飲んだだけで一晩中踊っていられたもんだよ」
それって、やばい薬とか入ってなかったですか?
トリマ、ネーミングが「辻沢ダイゴ」、コピーは、「ダンス・飲・ザ・辻沢ダイゴ!」ってことになったけど、飲む人いるか? これ。
「仲間だから、ヒビキくんには教えてあげるけど」(ひそひそ声)
「はい、なんでしょう」(ひそひそ声)
「本物は、宮木野さんのお乳からできてるってハナシでさ、それが本当だったら400年物だよ」
それ飲んじゃダメなやつです。カンペキ腐ってますよ。
(「宮木野さんがホントにヴァンパイアってのは?」)
(「今更それをあたしに聞く?」)
(「宮木野さんの血を受け継ぐ家には『辻』の字が付く屋号があるんだけど、うちの屋号、辻一っていうの」)
センプクさんの言葉を思い出した。千福オーナーがそうなら、お姉さんのお師匠さんもそうのはず。あたしがアクセスしてる人たちって、マジやばい。
志野婦神社の神輿完成報告して社長によろこんでもらうはずが、あたしが余計なこと言ったせいで、社長室の温度、2度くらい下がった感じ。
「ヒビキ、あんた何言ってるの? 宮大工が一生懸命仕事するのは当たり前、納期までに完璧に仕上げるのは当たり前。違うか?」
「そうです」
「なら、どうしてご祝儀をはずまなきゃならない? わが社は仕事に見合った金を払ってないとでも?」
「いいえ。十分払ってます」
「あまいぞ、ヒビキ。ひさしぶりに女バス仲間に会って、仲良しごっこが懐かしくなったか?」
ユサのこと? ひさごのことまで知ってる? まさかね。
「すみません」
「どうせ、現場に言っちまったんだろ」
「いいえ、それはしてません。社長に相談してからと」
今のは、ほんの軽口のつもりですし。
「まあ、いいよ。とにかくおまえがやってるのは、ビジネスだ。金儲け。わかった?」
「わかりました」
「わかったら、行っていいよ」
「しつれいします」
何年ぶりだろ怒られたの。
「ねーさん。めずらしいですね。社長、昨日からナンカ機嫌悪いみたいっすよ。御神輿見に行ったらしいんすよ、できあがったの。それ見て怒ったんじゃないっすかね。だからあんだけ僕が・・・・」
まとわりつくなよ。一人にしてくれね―かな。そっだ、厚生室行こう。なるほど、こういう時こうやってあの部屋が呼ぶんだ。知らなかったよ。あった、バランスボール。紫の復活してる。こっちは北村シニアマネ専用だから、あたしは黄緑のにしよー。ぶーらぶーら。ケツがこそばゆい。これ、本当に心の水平リーベ棒になるのかな。もちょっと、やっててみるか。そっだ、お師匠さんのベンベン節聞きながらやってみよう。
〈ビエン、ビエン。なげきのむちもあにぇはなおー、ビエン。いもとがしぇなを、ビ、なで、ビ、おろしー、ビエン、おーお、そなやにおもやるももっとも。しかし。そなたがちちははに、なごおそやったみのかほおー。これこのあねをみやいのおー・・・・〉
やっぱ癒される、お師匠さんのベンベン節。
社長が御神輿の製作現場を見に来てくれてたのは知ってたから、いの一番に完成の報告しに行ったらあれだもの。軽いノリで言っただけなのにマジにとられて、ちょっとびっくりした。あ、北村シニアマネ。なんですか? え?
「ご同輩。きみもやられたのかい?」
そうか、この人の良いところはこういう気配りなのかもな。
「はい、やられました」
「辛いだろー」
「ケッコー辛らいです」
「そうだよね。痛いけど、こいつに座って圧を掛けると引っ込むんだ、不思議と」
「イタミガヒッコム?」
「こう中に」
ナンノハナシデスカ?(目が点)
「痔なんだろ?」(ささやき声)
「ちげーし」(大音声)
「はははは。照れるな。同病相哀れむだ」
「だから、違いますって」
なんでもないって。覗きに来なくていーから。しっし、カワイ、そいつらあっち連れてけ。吉田ディレクタまで、うれしそーな顔して。
なんとか説明して、北村シニアマネに分かってもらった。
「すまなかったね。いやー、勘違い。ここに座るのはみんなそーなのかと思ってしまって」
そんなのは、北村シニアマネだけでしょう。バランスボールなんかに座ってたくなくなってきた。
「なに聴いてたの?」
これですか?
「三味線の音がもれてたから」
スピーカー。
「あれ? 片っ方のイヤホン、渡して聞かせてくれないの? よく公園のベンチで恋人同士がやってるじゃない」
どうしてあんたと恋人同士みたいなことしなきゃならない? 変な親近感持ってもらっちゃ困るんだよ。G仲間じゃないからな。
「これ、宮司の奥さんの声に似てるな。三味線も?」
北村シニアマネお知り合いなんですか? 実は、役場のカルチャーで・・・・。
「やっぱりそうなんだ。懐かしいな。あの時、千福オーナーのところで宮司の奥さんにもお稽古つけてもらった」
「二人だけかと」
「千福オーナー三味線弾けないからね」
そうなんだ。
「宮司の奥さんも美しい人でね。お姉さんだけあって」
「え? お姉さんなんですか?」
「そうだよ。双子のね。美しいと思わないかい?」
それは認めます。物腰がおちついているからそれなりのお年だとは思うけど、
「20代に見えるくらい若々しいです」
大げさなようだけど、実際あたしとタメに見えることある。
「そう、僕の時も20代に見えたけど。美人は年を取らないものなんだね」
20年前から年を取らない?
「あの頃は、二人は仲睦まじくてね。まるで恋人同士のようだったんだよ」
まるで恋人同士。
「ひょっとしてですけど、お師匠さんて千福オーナーのこと人に話すとき」
「あの人って言うよ。弟だけどまるで彼氏みたいにね」
「じゃあ、志野婦神社の土地の所有者って、千福オーナー?」
「そうだよ。以前はもっとあったが今はあそこだけだよ」
ウチ、お師匠さんのターゲット間違ってた。宮司さんでなくって、千福オーナーだった。




