序 婚約者の報告書(イリス書記)
私の婚約者である伯爵は変わり者だ。
まずは、私との婚約を例に挙げよう。
私は男爵家の次女だ。家柄的にやや劣る。
まぁ、相手は伯爵なので、嫁の家に求めるものが違うのだろう。
加えて、私は美人でもない。社交界で有名になるような娘ではなく、壁の花が精精の、庶民的な顔立ちである。その顔立ちの所為か、下町の友人が多いのは、いつも父に説教を食らう元となっている。赤っぽい茶髪は昔から悩みの種だ。せめて、母のような艶やかな栗色がよかった。
正直これと言ってパッとしない私なのである。
対して、伯爵様は文句のつけようもない美男子である。マイペースが玉に瑕だが、それでも余りあるほど、見目良い青年だ。これでなぜ私を婚約者に選んだのかが、心底謎である。
次に、朝に起きてこない。昼に起きてくる。
病気じゃないかと思って思わず医者を呼んだ経験があるが、あれはただの怠け癖だ。というか、婚約者との約束をすっぽかして昼まで寝ているなんて、怒りを通り越して呆れる。
そんな伯爵の寝姿は、一見の価値ありと私は思っている。
なんといっても、彼は美形である。
目の保養どころの話ではない。美男子をこよなく愛する御婦人方には垂涎ものの光景だと記しておこう。そしてそんな伯爵のすがたを命名して、「眠れぬ美女」ならぬ「眠りの森の美男子」(部屋の基調になっている色が緑っぽいことから)と秘かに呼んでいる。我ながら素晴らしい命名だと満足している。
話はずれたが、このことがあってからは、伯爵との約束は昼過ぎ以降に時間帯ですることと決めた。
なのに、何故か彼は事あるごとに、午前中に約束を取り付けようとする。
はっきり言って、謎である。どうしてその時間にするのか。
あれか?もしや私と出掛けたくないという意思だろうか。なら、いっその事約束などしないでくれ。
最大の謎、もとい私の不満なのだが、これで伯爵は近衛の騎士に名を連ねている。
正直言ってしまえば、解せない。
一番の謎である。
私が上官だったら、絶対に除名させるぞ。給料ドロボーとは彼のことだと私は思っている。
そもそも、昼を過ぎてから起きて、それから身支度を済ませて王宮に向かうのである。それで遅くまで王宮に留まっているのかというとそうではない。ちゃっかりと、時間きっかりに帰ってくるらしい(女中頭談)。
午前様ならぬ午後様か。
王宮から帰ってきてから後は貴族としての付き合いをしていて、夜遅くまで仕事などをしているそうだが。
ちなみに、私は伯爵が活動している時間は就寝中だ。
実は私は早起きなので、寝ている伯爵の方が馴染み深い。たまに起きている伯爵に出会うと、私は妙な顔をしているらしい。
伯爵に「奇妙な顔で見るのは止めてくれ」と神妙な顔で言われたことがある。
真昼の幽霊を見た気分だ、と言ったら伯爵はどんな顔をするだろうか。少し興味がある。
そんな変わり者の伯爵は、私の婚約者なのである。
これは、まぁたぶん仲は悪くない婚約者と伯爵のお話である。