第41話 酒場「黄金の樽」の、幸運な夜
どこかで、誰かの恋がはじまる
冒険者ギルドに隣接する酒場「黄金の樽」は、今夜も冒険者たちの喧騒で満ちていた。
「クエスト達成、乾杯だ!」
駆け出し冒険者のリオンは、パーティーの仲間たちと共に、ジョッキを高く掲げた。初めての中級クエスト成功を祝う、賑やかな一夜だった。
「リオン、飲みすぎるなよ。明日も朝から依頼があるんだから」
そう釘を刺してきたのは、同じパーティーの回復術師、エルザだった。冒険者になって半年、生真面目な性格の彼女は、いつもパーティーの中で、しっかり者の役割を担っている。
「分かってるって。今夜くらい、羽目外させてくれよ」
「はいはい、ほどほどにね」
エルザは呆れながらも、リオンの隣で、控えめにエールを口にしていた。
* * *
酒場の喧騒が落ち着いてきた頃、他の仲間たちは、それぞれ酔い潰れて眠り込むか、他のテーブルに移動してしまっていた。気づけば、リオンとエルザだけが、隅のテーブルに残されている。
「なんか、二人きりになっちゃったな」
「そうね。……みんな、意外と手加減知らないから」
エルザは苦笑しながら、テーブルに置かれたロウソクの灯りを見つめた。その横顔を、リオンは何気なく眺めていた。
「エルザって、いつも冷静だけど、今日は珍しく楽しそうだったな」
「そう見えた? 今日のクエスト、正直、結構怖かったのよ。リオンが無茶な突撃するたび、心臓が縮む思いだった」
「悪い、悪い。でも、エルザの回復魔法があったから、乗り越えられたんだ。いつも助かってる」
素直な感謝の言葉に、エルザは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「別に、パーティーメンバーとして、当然のことをしただけよ」
「いや、それだけじゃない気がするけどな」
からかうような口調のリオンに、エルザは思わずむっとした顔をする。
「どういう意味よ」
「いつも俺のこと、一番近くで見ててくれるだろ。危なっかしいって言いながら、結局、誰よりも俺のこと気にかけてくれてる」
不意にまっすぐな指摘をされ、エルザは言葉に詰まった。図星を突かれた気まずさからか、頬がほんのり赤く染まっている。
「……それは、パーティーの回復役として、当然の――」
「エルザ」
リオンは、いつになく真剣な声で、彼女の言葉を遮った。
「ずっと言おうか迷ってたんだけど、今夜くらいは、ちゃんと言っておきたい。エルザのこと、パーティーの仲間としてじゃなく、一人の女性として、好きだ」
酒場の喧騒の中、その一言だけは、はっきりとエルザの耳に届いた。しばらくの沈黙の後、エルザは小さく息を吐き、それから、観念したように微笑んだ。
「……本当に、リオンは、肝心なところで無茶するのね。こんな酒場のど真ん中で」
「悪いか」
「悪くはない。むしろ、リオンらしいとは思う」
エルザは、テーブルの下で、そっとリオンの手に自分の手を重ねた。
「私も、同じ気持ちよ。ずっと前から、リオンのこと、気になってた。心配性なのは、多分、それが理由」
告白が成立した瞬間、酒場の隅で、まるでタイミングを見計らったかのように、他の客たちから陽気な歓声が上がった。どうやら、隣のテーブルの冒険者たちが、いつの間にか二人のやり取りに気づいていたらしい。
「おいおい、リオン! やるじゃねえか!」
「エルザさんもエルザさんだ、隅に置けねえな!」
からかいの声が飛び交う中、二人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑い合った。
「……なんか、盛大に見られてたわね」
「まあ、それも含めて、良い夜ってことで」
酒場「黄金の樽」の温かい灯りの下、新しく芽生えた二人の絆は、こうして、賑やかな祝福とともに、確かな一歩を踏み出したのだった。




