表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
どこかで、誰かの恋がはじまる  作者: 芦名 雅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/38

第30話 ひぐらしの鳴く頃に、君を見ていた

どこかで、誰かの恋がはじまる


蜩の鳴き声が、山あいの集落に響き渡る。

――あの日から、僕はずっと、誰かに見られている気がしていた。

夏休み、祖母の家に帰省していた高校生の遠野とおの悠人ゆうとは、その違和感に、日を追うごとに支配されていった。

一日目。縁側で夕涼みをしていると、竹林の奥に、誰かの気配を感じた。振り返っても、誰もいない。ただ、蜩の声だけが、やけに大きく響いていた。

二日目。神社の祭りの準備を手伝っていると、視線を感じた。参道の陰、木々の隙間から、確かに誰かがこちらを見ていた。

「気のせい、だよな……」

三日目。集落の老人たちが、悠人にだけ聞こえるように、こう囁いた。

「この時期になると、決まって、蜩に呼ばれる子がいるんじゃ。お前さんも、気をつけなされ」

その言葉に、悠人の背筋は凍りついた。この集落には、何か、よくない噂があるのかもしれない。

四日目。悠人はついに、視線の正体を突き止めるべく、夜の竹林に足を踏み入れた。心臓が早鐘のように鳴る。蜩の声が、まるで警告のように、辺りに響き渡っていた。

「――そこにいるのは、誰だ」

震える声で問いかけると、竹林の奥から、小さな人影がゆっくりと現れた。

「……ごめんなさい。怖がらせるつもりは、なかったの」

現れたのは、同い年くらいの少女だった。悠人は拍子抜けすると同時に、安堵の息を漏らす。

「お前が、ずっと俺を見てたのか」

「うん……。あの、私、雨宮あまみや紗英さえって言います。この集落に住んでる、いや、住んでいた……その」

紗英と名乗る少女は、俯きながら、ぽつりぽつりと事情を語り始めた。

「小さい頃、悠人くんがこの集落に遊びに来るたび、実は、こっそり見てたの。人見知りが酷くて、話しかける勇気がなくて」

「……それだけの理由で、何日も俺のこと見てたのか」

「うん。声をかけるタイミング、ずっと逃し続けて。気づいたら、何年も経ってて。今年こそはって思ったのに、また、隠れてばかりで」

老人たちの言っていた「蜩に呼ばれる子」というのは、単に、この時期になると里帰りする紗英自身の存在を、遠回しに指していただけのことだった。何のことはない、恐ろしい怪異でも呪いでもない。ただの、不器用な片想いの結果だったのだ。

「なんだ、そういうことか……。散々ホラーみたいな展開想像してたのに」

拍子抜けした様子の悠人に、紗英は申し訳なさそうに、それでも小さく笑った。

「ごめんね、怖がらせて。でも、今日でちゃんと言おうって、決めてたの」

「言おうって、何を」

「悠人くんのこと、ずっと、好きでした」

蜩の声が響く竹林の中、紗英はまっすぐにそう告げた。悠人は驚きながらも、いつの間にか和らいでいた自分の心に気づく。

「……そうだったのか。俺はてっきり、呪いか何かだと」

「ごめんね、ほんとに」

「いや、いい。むしろ、ほっとした。……俺も、悪い気はしてない。その、紗英のこと」

言葉を濁しながらも、悠人の頬は赤く染まっていた。蜩の鳴き声は、もう恐怖の象徴ではなく、二人の物語の始まりを告げる音色に変わっていた。

「来年からは、隠れずに、ちゃんと声かけてくれよ」

「うん。約束する」

夏の夜、山あいの集落に響く蜩の声だけが、二人の新しい関係を、静かに祝福していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ