3.悪役令嬢は無能じゃない
「……………優勝、アクヤ・クレージョ!」
集まった生徒たちの中で最も優秀だったその存在の名が呼ばれる。参加者や観客たちからはワッと歓声が湧き出てきた。
そんな歓声を浴びつつ優勝したアクヤは。
「オ~ホホホッ!これが私の力ですわぁ!」
勝ち誇っていた。はたから見ればただの悪役令嬢である。
なお本人視点でも悪役令嬢である。
そしてさらにその悪役令嬢感を増すようにして、
「さすがです!アクヤ様!」
「やっぱり私たちみたいな人間とは格が違うのですね!」
「優雅でしたアクヤ様!思わず見とれてしまいました!!」
「オ~ホホホッ!当然ですわ~。ただ、あなたたちも私には及びませんでしたけどよくやっておりましたわよ。感心致しましたわ~!」
「「「「あ、ありがとうございます!!」」」」
取り巻きというわけではないが、周囲の者達から次々とたたえられていた。
この構図を見ればさすがに察しの悪い鈍感系主人公であっても彼女が悪役令嬢だということは理解するだろう。
と、こうして急に何かでアクヤが優勝しているわけだが、今回の優勝というのは少し前まで彼女が見るだけにとどめていた適性検査で結果を出したという話である。
とはいっても内容は見ていた剣術とは違う物であり、
「まさか自国や大国だけでなく、私たちの小国まで作法を知っておられるとは。その教養の深さに感服いたしました」
「アクヤ様は世界のどこでも活躍できる方なのですね」
「アクヤ様がお料理を食べればどこのものでも美味しく見えますのね!」
作法。つまり、礼儀作法である。
アクヤは礼儀作法でこの学園の勝者となったのである。父親である公爵からの言いつけ通り学園でトップを取り、王子との婚約者としての実力を見せつけ、周囲もうわべだけかもしれないが彼女の実力を認めることとなった。
こうしてとりあえず目先の必要な作業は終わらせたのだからアクヤも一安心で。これからは心置きなく学園生活を送れる……………というわけでもなく。
(どうなのこれ!?大丈夫!?大丈夫なの!?確かにトップにはなったけどさ!トップにはなったけど、礼儀作法でトップに立つのは実家的にはどうなの!?許せる範囲に入ってる?礼儀作法が軽んじられるわけはないと思うけど、インパクトとしては剣術とか魔法とかでトップを取った方がインパクトは大きいだろうし求められてるのはそういう方面じゃなかった!?私この後消されない!?……………なんでこの世界にはタイピングを競う文化が存在しないんだろう)
彼女は小さくない不安と焦りを感じていた。
今回彼女が学園の頂点に立った礼儀作法という分野は、彼女にとってそこまで重要な要素に思えるものではなかったのだ。決して低い位置づけにあるわけではないが、それでも中の上、楽観的に見積もったとしても上の下くらいの位置づけだろうと思うのだ。
剣術や魔法など、礼儀作法より人が注目するだろうと思われる要素はいくらでもとまではいわないがいくつか思いつくのだから。
が、彼女がそう考えているのと実際の礼儀作法が軽んじられるかというのは話が変わってくる。
確かに話題性などを考えれば剣術や魔法よりも礼儀作法は地味に思われ爆発的に知名度を得ることは難しいかもしれないが、剣や魔法雄極めるよりも礼儀作法を極めている方が他人から頼りにされやすくなるという事実が存在していた。
当然ながら実家から文句を言われることはないどころか褒められるくらいだろう。
「それでは私は戻らせていただきますわ。皆様ごきげんよう」
「あっ、ごきげんよう」
「またお話させてくださいませ」
「お気をつけて」
ある程度褒められたところでアクヤはこれで本当に良かったのかと悩みつつも会場を後にしていく。ここの結果で怒られた時のため、少しでも他の部分で成果を出そうと早めに婚約者の下へと向かう心づもりであった。
もちろんそう焦って何かをしても大して結果は変わらないどころかいい加減悪化しかねないのだが、それでもやらないよりはましだと少し投げやり感が否めない心情のまま彼女は歩く速度を少しだけ上げる。
……………が、すぐにそれは止まることになった。
一瞬にしてアクヤの考えは変わってしまったのである。
婚約者の下へと戻る道の途中で漂ってきた、
「……………お、おいしそうな匂い」
非常に食欲の湧く匂い。今の焦りや苦しさから逃げたくなるような、すべて忘れて楽しみたくなるような魅惑的な匂い。
それに惑わされてしまったのだ。
「テーブルマナーを見せるために多少食べ物は口にしましたのに、お腹が空いてきてしまいましたわ……………いや、少量食べたのが呼び水になってお腹が空いた可能性もありますわね。ということで私が引かれるのは私の所為ではないですわ」
これは料理が美味しそうなことと自分がお腹を空かせてしまうような状況にあるのが悪い。ということで、自分は悪くないなんて誰に対するものなのかも分からない言い訳をしながらアクヤは匂いの原因がある方向へと吸い寄せられていく。
その先にあるのはまた別の適性検査。
お分かりの通り、料理の腕を見せる適正検査だ。
「他にも吸い寄せられた者がいるようですわね」
アクヤは目ざとく自分の他にもそこへ集まっている貴族がいることを確認する。
基本的に料理人は側近のように貴族が自分で選ぶ対象とはならず、こういった場所には使用人やかなりの食べることが好きな貴族くらいしか集まらない。それでも一定数貴族が確認できるということは、アクヤと同じように誘惑に負けてしまった者達がいるということになる。
そして試験側もそれは想定した様子。
見ているだけでは満足できない、貴族に生まれたからこそ傲慢で我慢を知らない者達に向けて、
「それでは最終10位までに入った者達の料理を観客の皆様に最終評価していただきます!」
試験に巻き込む形で料理を提供すると言い出した。
とはいっても当然ながら善意によるものではなく。評価をさせるだけにはとどまらず、
「材料費だけお支払いいただくことになりますがご了承ください!」
貴族たちが動き始めたタイミングでそんな言葉が発せられる。
つまり、金をとられるということだ。
料金は当然の如く原材料費とは思えないほどのものであり、あくまでも原材料費という名目であるから作った生徒たちには1銭も入らず、全て学園側へと行くことになる。
ここでもかなりとまでは言えないがお小遣いには充分な稼ぎになることは間違いないだろう。
アクヤもそれは分かっていた。
あまりにも分かりやすすぎるだろうと呆れるほどであったのだ。
……………ただ、
「ん~。なかなかのお味ですわね」
その分かりやすいぼったくりに引っ掛からないかというのは別の話。
毒見に食べさせた後、自身も残りを口に入れ大変満足した表情を浮かべていた。さすがに美味しさのあまり服がはじけ飛ぶようなどこかの少年漫画のようなことは起きないが、それでも十分満足している。
(これおいしい!全部寄越せぇぇぇぇぇぇぇ!!!!パクパクですわぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
少し婚約者との軋轢により溜まっていたストレスを解消できたような気がした。