M八七⑦
1.吹いてる……風が……
「あれ? こんな時間にお出かけ?」
リビングでテレビを見ていたルイが俺を見て小首を傾げる。
時刻は十時半。不良ならともかく真面目なパンピーにとってはもう寝るのを待つ時間なので当然っちゃ当然か。
「ちょっと気分転換に、ね」
副音声をつけるなら「白雷のご機嫌取り」だろうか。
最近、構ってやってなかったから怨念がね……。
地下駐車場からマンション上層まで届く嫌な気配とか、つくづく呪いのアイテムだわ。
「……」
「ルイ?」
「私も、一緒に行って良いかな?」
「ん? ああ、良いよ」
一人でメンヘラバイクとランデブーってのもしんどいしな。
俺が快諾するとルイは嬉しそうに笑い、着替えて来るねと部屋に駆けて行った。
(……俺が言えたこっちゃねえけど、健気だよな)
なるべく俺を一人にしたくない……ってのが今のルイの行動原理だと思う。
流れを円滑にするために乗っかったが正直、見通しが甘かった。
ここまでベッタリになるのはちょっと……。
早く俺の物語を終わらせてこの子を解放するためにも主人公くんには頑張ってもらわんとな。
(丁度、時計の針を進めれそうなイベントも発生してるみたいだし)
そんなことを考えていると着替えを終えたルイが戻って来たので彼女を伴い地下駐車場に向かった。
その女も一緒かよ……みたいな念を感じたが無視。
白雷には基本、DV彼氏並に強気で行くのが正解だからな。
「しっかり掴まってなよ」
「うん!」
ルイがしっかり俺の腰に抱き付いたのを確認し、発進。夜の街へと飛び出した。
当然、ノーヘルである。俺はともかくルイにはヘルメットをつけてやりたいのだが、
(……この世界だとなぁ)
倫理的な問題を横に置いて考えて欲しい。
美男美女の二ケツ。ヘルメットありとヘルメットなし、どっちが絵になる?
ただの美男美女ならともかくヤンキーとその女みたいな立ち位置の子だからね。
絵になる方を選んだ方がバフ乗っかって逆に安全なんだよ。
ノーヘルのが安全ってこれもうわかんねえなぁ。
「ねえ、どこに行くの?」
「特に決めてないけど……そうだね。ちょっとカガチまで足を伸ばそうか」
あっこでは喧嘩が御法度だからな。ルイも一緒なら安全なとこの方が良いだろう。
あとそれなりに遠いから白雷のご機嫌取りって意味でも悪くないチョイスだと思う。
「走り屋さんがいっぱい居るとこ、だっけ?」
「いっぱいかどうかはその時々によるけど、ここらのバイク乗りにとっては定番のとこだね」
ぽつぽつと雑談をしつつ走り続けることしばし。
ようやっとカガチに辿り着いたがどうも、今日はあんまり人が居ない日らしくエンジン音が聞こえて来ない。
俺は一先ず、休憩場代わりに使われている駐車場へと向かった。
ここまでそれなりに走ったからな。バイクは運転手より後ろに乗ってる人の方がしんどいのだ。女の子なら尚更な。
「何飲む?」
「んー、今日は私が奢るよ。連れて来てもらったしね」
「じゃあ……イチゴオレで」
「ん。笑顔くん、イチゴ好きだよね」
正確にはイチゴじゃなくてイチゴ味なんだがな。
キャンディはイチゴミルクが一番だしアイスもストロベリーが至高だと思う。
奢ってくれたイチゴオレにストローを刺していると、
「それで、何があったの?」
ルイが切り込んで来た。
「何が、って?」
「何かあったんでしょ? 何かそんな感じだもん」
女の勘ってやつか、単に俺が分かり易いだけか。まあどっちでも良い。
話しても良いし話さなくても良い。ルイの瞳はそう語っていたが別段、隠し立てすることでもないしな。
何なら注意喚起も兼ねて説明しといた方が良いまである。
「どうもね。またぞろ面倒事に巻き込まれたらしい」
「面倒事?」
「ああ。何かさ、市内の一年生で一番強いのは誰かってイベントが開かれてるらしいんだ」
「それは……笑顔くんなんじゃないの? いや私も不良事情はよくわかんないけど」
馬鹿言っちゃいけねえ。それは去年までだ。
何たって今年は主人公くんが居るからな。不動の一位とはいかんだろう。
「ルイと同じように考えてる奴らが居るんだろうね。ほら、見なよこれ」
スマホを操作し、大我さんから送られて来たサイトを開く。
「……え、何これ? 賞金?」
「そ。強い、強そうな奴に賞金かけて欲と見栄を煽って争わせようって腹らしい」
またぞろ“らしい”ことやってんなと思ったものだ。
普通の感性持ってる人間にとっちゃこんなとこに載せられるのは怖くてしょうがないだろう。
だがヤンキーにとっては別だ。賞金をかけられるほど“ワル”だと自尊心をくすぐられよう。
倒せば金と実力者であるという証を得られるのだから時間と血の気が有り余っている高校一年のヤンキーなら喜んで飛びつくだろう。
「話の流れからして笑顔くんも?」
「ああ、ページ進めてみ」
スマホを渡してやる。
「……五万円、六万円、八万円、十万円……このお金どこから出てるんだろう……」
そりゃこの街とその近辺で賭博を取り仕切ってる連中だろう。
金になりそうなこと、面白そうなことへの出資は躊躇わん奴ばっかだからな。
そう説明してやるとルイはそんなのあるんだ……と感心していた。
「このサイトも賭けのためのものだしな」
登録すれば金を賭けられる。
項目は賞金首が何日サイトに載っていられるかとか優勝者は誰になるかなどだ。
ちなみに優勝候補のリストの中に俺の名前はない。賞金首としてサイトにアップされちゃいるが別枠ってことだろう。
純粋な評価もあるんだろうがエントリーされてる連中を炊き付けるためでもあるんだろうな。
賭けるまでもなくそいつが勝つとか言われればプライドの高い連中は……ねえ?
「ぁ」
ルイが小さな声を漏らした。察しはつく。
ページをめくっていて先代四天王の写真を発見したのだろう。
最終ページの前、大上段に並んでるからなあの四人。
俺は気付かない振りをしてイチゴミルクを啜る。
「……にひゃくまんえん!?」
俺のページまで辿り着いたらしい。
キングオブキング。最高金額の賞金首が俺だった。
二百万。高いと取るか安いと取るか。いや常識的に考えれば二百万は大金だよ。
でも客観的に俺というキャラを金や名声目当てで狙う額としては……ねえ?
(中学ん時なら金目当てで来た連中にも手心は加えてやったろうが)
今は絶賛闇堕ち中だからな。
これ関係で狙って来た奴は動機が何であれ徹底的に心身を嬲ってやるつもりだ。
かつての俺を知る者からすれば信じられないようなやり方を見せることで闇堕ちしてますアピールをかます良い機会だからね。
だがそれよりも何よりも素晴らしいのは、
(こんなイベントに主人公が絡まないわけがない!!)
他所から来た無名の男が名を上げ始める最初のステップとしては打ってつけだもんなぁ。
ここでまさかの主人公くんノータッチとかあり得ん。ここを曲げる意味はないでしょ。
そしてこのイベントに彼が参加するのなら……フッフッフ、最初の対峙という俺のタスクも達成出来る。
絡み方についても良い感じのを思いついたからな。
「ああ。人の承諾も得ずにこんなことされたもんで、ちょっとげんなりしてたのさ」
内心を隠しつつそう言うとルイは納得したように頷いた。
「ん、あれ?」
「どうしたんだい?」
「えっと、何か更新されたみたい」
入れ替わり激しいからな。数時間ごとぐらいに更新入ってるみたいだ。
ルイにスマホを返してもらい何となく確認してみると、
(こ、これは)
五十万の枠に新たな人間が追加されていた。
それは、
(――――来たか、主人公)
立派な賞金首になって会いに来るって約束だったもんな!(妄言)。
2.ちねー!
賞金首としてサイトに載ってから三日。
「ひゃっはー! 陽福春風だなぁ!?」
「ヒガチューの極悪兄弟たぁ俺らのことよ! 怨みはねえがその首ィ、貰ったァアアアアアアアアアアアア!!!」
春風は毎日のように見知らぬヤンキーに絡まれていた。
「ちねー!!」
今朝もそう。ちょっと遅めに登校してたらこの有様だ。
ダブルラリアットで自称、極悪兄弟を沈めた春風は鼻息荒くゲシゲシと二人を蹴りつけ始めた。
そして気が済むまでボコるとズカズカとその場を後にする。
もう授業は始まっているがとてもそんな気分にはなれない。
春風は教室には行かず、屋上へ向かった。
「苛々苛々苛々イライライライラ……!!」
口に出すぐらいのイライラっぷりである。
無人の屋上の中央に陣取った春風は道中で買ったお菓子で自棄食いを始めた。
無言で菓子を貪っているとギギ、と錆びた屋上の扉が音を立てた。
誰だと睨み付ければ、
「……ンだよ。梅津と矢島か」
「……随分なご挨拶じゃねえか」
「っせえ。授業中に堂々と屋上にサボりに来るたぁふてえ野郎どもだ」
「それ君が言うん?」
どうやら一服に来たようで二人の口には煙草が咥えられていた。
梅津と矢島はフェンスに背を預けながらぷかぷかと煙草を吸い始めたが春風は無視して自棄食いを続ける。
「えらいご機嫌斜めやねぇ。何かあったん? って聞くまでもないか」
「……近頃、随分な人気者みてえだな」
当然のことながら二人も春風が賞金首になったことは知っている。
梅津の方は自分への襲撃が減ったからありがたく思っているぐらいだ。
「マジで意味わかんねー。お前らは何か知らんが名前売れてんだろ?
ンでこの街に来たばっかの俺がいきなし賞金首なんぞになってんだよ……しかも二番枠ってのが気に入らねー!!」
誰が強いかなど興味はないがそれはそれとして他人から勝手に二番認定されるのは気に入らない。難しいお年頃である。
「もう我慢ならねえ!!」
「……まだ三日だろ。俺なんかもっと前からだぞ」
「うるせぇ! 俺の怒りの導火線はエコの観点から短めなんだよ!!」
「エコ、関係あるん……?」
ない。
「……おい梅津」
「……あ?」
「お前、この街で一番強えチームの頭……を代行してるんだったな?」
「……まあ、そうだが」
「だったら色々訳知りだよなぁ?」
「……何だ急に」
眉を顰める梅津に春風は告げる。
「この馬鹿騒ぎの主催者は誰だ?」
「……知ってどうする」
「決まってんだろ。落とし前つけに行くんだよ」
元気に絡んで来る名も無き雑魚どもにイラついてはいる。
が、連中は理由があってやって来るだけ。理由がなければ自分になど見向きもしないだろう。
だったら一番、ムカつくのはその“理由”を用意した連中だ。
「……」
「何、ただでとは言わねえ。ほら、ハイチューやるよハイチュー」
「……俺はガキか」
「何!? まさかテメェ、この柔らかイカフライまで欲しいのか……強欲な野郎だ……」
「……別に要らねーよ」
小さく溜息を吐くと梅津はスマホを取り出し何やら操作し始めた。
十分ほどすると春風のスマホがぴこん♪と鳴る。
「……情報通のダチにまとめさせた主催者連中の情報を送った」
「へへへ、悪いな。ほれ、ハイチューやるよハイチュー」
「……だから要らねーって」
「謙虚な野郎だ」
「……今からか」
「ああ、さっさとスッキリしたいんでな。礼はまた後日、改めてするよ。じゃーな」
ひらひらと手を振り春風は去って行った。
それを見送り、矢島は切り出す。
「ええのん?」
「……何がだよ」
「今回のこれ、確か企画したん五区の顔役みたいな立場の三年やろ?」
それなりに影響力を持つ連中だ。
そんな奴らをぶちのめしたとなればそれはもう、個人間での争いでは終わらない。
下手をすれば学校同士の抗争に発展しかねないと矢島は言っているのだ。
「……」
「梅ちゃん?」
「……デカイ喧嘩に巻き込まれたと思えばいきなり土台ごとぶち壊しに行く。性格は正反対だが似てるよな」
「……」
誰に、なんてのは語るまでもないだろう。
「……アホどもが嵐高に喧嘩売ってくんならその時はその時だろ」
「……せやね」