M八七⑥
1.どっちが良い?
何でもない風に学校を出た春風だが、校門を出てしばらくすると全力ダッシュで駅へと駆け出す。
その顔には苛立ちと焦りが滲んでいた。
“テメェの舎弟は預かった”などという文面に傷だらけで拘束された犬太の写真が添付されていたのだから当然だろう。
(……ンで俺はこういう奴らに絡まれっかねえ)
雑魚は身の程を弁えて自分の視界に入らないところで好きにすれば良いのに何故、わざわざこちらに近付いて来るのか。
春風は決して善人と言える男ではない。
犬太のことも口には出さないがそれなりに心配はしている。が、今胸の大多数を占めている感情は別だ。
“気に入らない”これに尽きる。
「――――はっ」
苛々を募らせたまま東区の駅で降りた春風は駅を出て気付く。
そういや場所わかんねー、と。
メールに記されていた住所は東区だったのでとりあえず電車に乗った。そして東区の駅で降りた。
が、問題はそこからだ。
ホームである西区の地理だってまだ完全に把握出来たわけではないのに東区の住所なんて分かるわけがない。
スマホでルート検索すれば良いじゃんと思うかもしれないが……そうもいかない事情があった。
送り主はヤンキーなのだ。丁寧に住所を書くだろうか? 否。東区の××(通称)みたいな感じでしか書かれていなかったのだ。
「……迎えに来てとか言えねえ……ッ!!」
犬太のスマホを没収したのだろう。最初の連絡も犬太のアドレスからだった。
だから電話なりメールなりを送ればキチンと伝わるだろう。
だがこんな状況で住所が分からないので迎えに来てくださいとか恥ずかしいにもほどがある。
「もっとよそ者にも気ぃ遣えや糞が!!!」
しょうがない。地元の人間にでも聞こう。
そう気持ちを切り替える春風だが、冷静に考えてみて欲しい。
駅前でいきなり訳の分からんことを突然叫び出す柄の悪い高校生。
関わり合いになりたくないと思うのが普通だろう。
話しかけようとすると逃げるように去って行く人達を見て春風は頬を引き攣らせる。
(……場所変えて……いやでも時間がなぁ……指定はされてねえがアイツらゴミカス馬鹿だしなぁ)
駅前なので交番はあるが、これはまずいだろう。
指定された場所がどういうところなのか春風は知らない。
が、人一人拉致って連れ込むような場所だ。普通ならまず足を運ばないようなところである可能性が高い。
警察にそこらを勘繰られると面倒なことになるし、それで犬太を取り返せても余計に話が拗れるだろう。
好む好まざるとも不良と関わって来た春風だからこそ分かる。
今回の件はひっそり自分一人で片付けるのが一番だと。
「――――おう兄ちゃん、何ぞ困りごとけ?」
捨てる神あれば拾う神あり。
さっきの奇行を見ても声をかけてくれる剛毅な者が居た。
「……ああ。オッサン、××××って場所分かるか?」
縦にも横にもデカくてその上、態度もデカく強面な人間だ。
これなら問題はなかろうと判断し春風は目的の場所を尋ねた。
「おお。何なら近くまで送っちゃろか?」
そう言って近くに停めてあった大型バイクを親指で示した。
断る理由もないので春風は素直に頼むと答えた。
「ほな、ケツ~乗れや」
「助かるよオッサン」
「……オッサンオッサン言うがわしぁまだ高校生じゃあ」
「そのツラで!?」
「ほっとけい!!」
老け顔高校生の厚意により足を得た春風。
指定の場所はどうもそれなりに距離があるらしく、降りる駅からして間違えていたらしい。
つくづく気が利かん奴らだとぼやいていると、
「ところで兄ちゃん。その校章、西区の嵐校のと違うか?」
「? ああ、そうだが」
「嵐校と言やあ塵狼の総長代行とその右腕も通っとるはずじゃ。兄ちゃん見たとこ一年生じゃろ? 二人のことは知っとるか?」
「……クラスは違うがまあ」
「ほうか。奴さん、今は色々大変じゃろう。同じ学校やけえ、巻き込まれることもあるかもしれん。気ぃつけろや」
「ああ」
雑談を交わしながら走ることしばし。目的地の近くに到着したと言う。
「あとぁここを真っ直ぐ進めばええ」
「助かったよ。ありがとなオッサン」
「だからオッサンじゃねえて」
老け顔高校生に感謝の言葉を述べ、春風は振り返らずに駆け出した。
そうして五分ほどで赤い屋根の倉庫に到着。両開きの鉄扉を開け、中へと踏み込んだ。
広い倉庫の最奥では電車で絡んで来た連中に加え見知らぬ者達……ざっと三十人ほどがボロボロの犬太を囲んでいた。
全員が角材やら鉄パイプやらで武装しているあたり、穏便に済ませようなどという気は微塵も窺えない。
「おせ――――」
入学初日に絡んで来た男が何かを言うより早く、春風は声を上げた
「まず言わせてもらうわ」
これだけは言っておかなければ気がすまない。
「俺は地元の人間じゃねえんだからそこ配慮しろや!」
「えぇ……?」
「通称で書かれてもわかんねーんだよハゲェ! こちとら西区の地理もまだ把握出来てねえわ!!」
「知らんし。お前がよそ者とか知らんし」
おかしな空気になってしまった。
場を仕切り直すように入学初日に……長いので小便リーゼントで良いだろう。小便リーゼントが鉄パイプで地面を叩く。
甲高い金属音が鳴り響き、場の空気が一気に締まる。
「一人で来た根性は認めてやるがよ~……テメェ、先輩相手に頭が高いんじゃねえか?」
「あぁ~?」
「さんざ生意気な口ぃ聞きやがってよぉ」
「口だけじゃなく手も出したがな。もう忘れちまったのか? その歳で健忘症始まってんのかよ。笑えねえ」
「ッ……!」
「それともあれか~? 一年坊をフクロにしようとして返り討ちにされた恥の記憶だけを都合良く消してる?」
嫌なことだけを忘れられるたぁ、羨ましい能力だ。先輩、マジ半端ねぇ!
そう言って春風はゲタゲタと笑った。
「こっちにゃ人質が居るの分かってんのか! あ゛ぁ゛!?」
「……」
すっ、と表情を消したのを見て何を勘違いしたのか小便リーゼントがニヤリと笑う。
「おーし、それで良いんだ。ククク、生意気だがダチのことは見捨てられない……可愛いねえ」
「……」
「さて。馬鹿な後輩に愛の鞭を……といきてえがまずは謝罪からだ」
「……」
「土下座だ。まずは地面に頭ァ、擦り付けて詫び入れろや」
「……」
続く無言。小便リーゼントが苛立ちも露に叫ぶ。
「おいテメェ! 聞いてんのか!?」
「よォ小林、どっちが良い?」
無視し、犬太に語り掛ける。
散々に痛め付けられたせいだろう。意識が朦朧としているようだが、それでもしっかりその目で春風を見つめ返した。
「俺が頭下げんのとコイツら全員ぶちのめすの……」
春風は不敵に笑い、
「――――どっちが良い?」
問いを投げた。
「テメェ!!」
「……て」
その問いに犬太は、
「……ごい゛づら゛全員、ぶちのめしてやって!!!!」
喉が張り裂けんばかりの声で答える。
それと同時に殴り付けられたが犬太の目には理不尽に抗う小さな勇気の光が宿っていた。
か細く、しかし数を頼みに馬鹿なことをする連中には決して消せやしない強い光だ。
「男だ」
春風はニヤリと笑い足元に転がっていた瓦礫を蹴り上げキャッチし、
「ま!?」
全力で投擲。小便リーゼントの顔面に瓦礫が当たり倒れると、投擲と同時に駆け出していた春風が不良の群れに突っ込んだ。
機先を完全に制され足並みが乱れている上に、春風は凄まじく強い。あっという間に不良の群れを沈めてのけた。
全員、食らったのは一撃だけ。しかしその一撃で彼らはもう立ち上がることさえ出来ない。
「ったく……手間かけさせやがって」
春風が犬太の拘束を解いてやると彼は申し訳なさそうに項垂れた。
「……ごめん、迷惑かけちゃって」
「ホントにな。テメェ明日の昼、学食で何か奢れや」
ぼやきながらも極々自然に“明日”の話をしている。
それを察せないほど犬太も馬鹿ではなく、嬉しそうに頷き返した。
「? そういやおめー、プラモ買いに行ったんだよな。買う前に拉致られたんか?」
近くにそれらしい荷物がないので聞いてみると犬太はガックリと肩を落とし言った。
「……邪魔だからって途中で捨てられちゃった」
「おうおう、不運なこった。しかしまあ、そういうことなら」
しゃがみ込んだ春風はごそごそと小便リーゼントの懐を漁り始めた。
そして財布を発見すると、
「幾らだ?」
「うぇぇえええええ!? いや駄目でしょ!!」
「馬鹿野郎。勇者だってモンスター倒したら金ゲットしてんだろ。俺ぁ、小学校の卒業文集で将来の夢は勇者って書いたんだよ」
「関係なくない!? ってか勇者はカツアゲなんてしてないでしょ!!」
「良いから値段教えろや」
「えっと、二万五千円だけど……」
「嘘だろお前!? プラモってそんなすんのか!?」
「安いのは安いけど、するのはもっとするよ」
「……すげえなぁプラモ。じゃあ三万か。コイツだけじゃ足りねえな」
他の不良の懐も漁り三万を確保。
「五千円分は迷惑料だ。とっとけ」
「……陽福くんのお金じゃないような」
「よし。俺もここまで来るのに電……じゃなくてタク……いやハイヤー使ったからな。金額分貰っとこう」
「ハイヤーにしては遅くない……?」
「道が混んでてな……ま、こんなもんで良いか。電車賃ぐれえは残してやらぁ」
帰るぞ、と春風は犬太を伴い倉庫を後にする。
そして二人が見えなくなったところで一人の男が倉庫の中に足を踏み入れた。
「おうおうおう、こっぴどくやられとるのう」
老け顔高校生――如月剛である。
そう、彼は春風を送り届けた後、こっそりと事の成り行きを見守っていたのだ。
「何ぞある思うて、年甲斐もなくかくれんぼしちょったが……ククク、ええもん見れたわ」
転がっている者らは如月からすれば有象無象でしかない。
が、有象無象であろうと三十人も集まればそれなりに力を発揮するものでもある。
「立ち回りの巧さもあったが……にしても、無傷でこれかい」
並の……いや、それなりに名の知れた一年坊でも無理だろう。
それこそ出来るとしたら中学時代から高校レベルの修羅場を潜り抜けて来た四天王ぐらいだ。
そしてその彼らにしても完全に無傷で、というのは難しいはずだ。
「しかもま~るで底を見せちょらん」
強者は強者を知る。
一部始終を見届けていた如月には春風がまるで本気を出していないことが分かっていた。
「四天王と肩を並べる」
純粋な素手喧嘩の強さのみを掟とする地下ファイトクラブのオーナー兼王者の赤龍。
戦力が低下した隙を狙って結成された反塵狼包囲網をチームを率いて破壊した黒狗。
遠征を繰り返し県外の強豪チームを無軌道に潰し続けている金角、銀角。
この街でも屈指の猛者達だ。如月とてやり合えば勝てるとは言い切れないほどに。
「いんや……――あるいは“お姫様”にも」
実際のところ、どうかは分からない。だが可能性を感じさせる。
もしそれほどの手合いならばと如月は喉を鳴らしながらスマホを操作する。
「しかもそれがよそ者っちゅーんじゃから堪らんのう」
その夜、新たな賞金首が追加された。
鎌倉殿の十三人が熱いですねえ……。
小四郎、トキューサ、三浦、JK、良いキャラが多過ぎる。




