M八七⑤
1.花咲笑顔のメタ読みプランニング
三だ。重要なのはこの数字。
二では足りないし四だと蛇足が過ぎる。だからこその三。
この三という数字こそが光明だと俺は確信している。
え、何の話かって? そりゃおめえ、俺が生きて物語を終えるための話に決まってるだろう。
人間関係がルイ以外死んだ今、俺の時間は糞ほど有り余ってるからな。それ以外考えることねーって言うか……。
(いかん、何か悲しくなってきた)
より具体的に三という数字を掘り下げると、これは俺が主人公と物語上でタイマン張る回数を指している。
何で三回もやる必要が? あるんだ、あるんだよこれがな。まあ聞け。
俺の目的は負けて俺というキャラの物語を締め括ることだが負けて全部の荷が下りたところで死ぬとかあるあるじゃん?
前例だってある。哀河だ。アイツ、俺が介入しなきゃ最後墓地で死んでた可能性が大だからな。
俺も似たような感じで殺されたら困る。メタ読みで回避出来る可能性もあるけど、そもそもそんな事態にならないのが一番だ。
――――だからこそ、三度の対峙が必要なのだ。
一度目は俺が勝って主人公くんに敗北を植え付ける。
二度目で俺が負けて俺個人の物語を終わらせる。
一勝一敗ってわけだ。さあ、このままじゃ終わらねえよなぁ? 白黒つけなきゃでしょ。
二度やり合って一勝一敗。決着をつけるならどのタイミングが一番だ? どこでやれば一番物語として映える?
(“卒業式の後”っきゃねえだろうがよ)
俺達流の卒業式ってわけさ。
卒業式って言えばもう最終話じゃん。
ここまで来ればキャラは殺さねーわ。ここでキャラ死なせても物語の最後に後味の悪さを残すだけだからな。
つまり俺の生存も確定するってわけだ。
(最後のタイマンは多分、決着を読者に想像させる形になりそうだよな)
傷だらけの俺と主人公くんがお互いに殴り掛かるようなとこで話を切る。
そこで完結か、十年後とかの姿を描いたエピローグで俺ら世代の物語は終了って形になると思う。
良いじゃないか。ハッピーエンドって感じでさぁ。
(……まあそこまで持っていくためにもクリアせにゃならん問題があるわけだが)
まずはどうやって一度目のタイマンをするかだ。
これが同じ学校ならまだしも違うからな。あの制服は確か西区の嵐ヶ丘だったかな? 梅津と矢島が進学したとこだったと思う。
学校も違う上、未だ名前すら知らない状況でどうやって喧嘩するんだって話よ。
(今、俺マジで情報弱者だかんなぁ)
交友関係が軒並み死んだせいだ。
今の俺に出来ることと言えばぼんやりした振りをしながらクラスの会話に聞き耳を立てるぐらいだ。
でもなぁ……入った高校、普通んとこだからさ。いねえんだよヤンキーが。
それでも何かしらデカイことがあれば聞こえてきそうなものだが俺が教室に居るとめっちゃ静かだからね。
気まずいわ。あっちも気まずいんだろうけど俺も気まずい。
短い休み時間は教室に居るが昼休みは基本、屋上だからね俺。
(あと上手いこと段取り整えられても勝てなきゃ意味ねえしな)
俺は確かに利用価値のあるキャラだ。
が、負けたら世界はさっさと見切りをつけるだろう。
俺という盛り盛りヤンキーすら木っ端の敵キャラでしかねえって感じで物語が進むんじゃねえかな。
(……自分で言うのも何だが、俺が木っ端の敵キャラになるってやべえよな)
地獄かな?
もうヤンキー漫画っつーかインフレ上等の異能バトルものかよっつーね。
そんな状況で主人公やらされる主人公くんが不憫でならねえよ。
そうならんためには俺が頑張るしかねえんだが、
(ここ最近、全然喧嘩してねえからな)
去年の夏にヤクザハントしたのが最後だ。
その噂が出回ったのか絡もうとする奴は皆無。
身の程弁えず元気にヒャッハーしてそうな雑魚っぽい奴らでも俺を見た瞬間、顔を青くしてそそくさと逃げてくからね。
(まあ、キャラ補正もあるから実際は弱体化とかはなさそうだが……)
気持ち的にはやっぱり不安だ。
あーあ、何かこう……ないかな。高難易度クエストでボスラッシュみたいなモードがさ。
それで最高潮を維持し続けた上でなら主人公相手だろうがやったらぁ! って気になるんだが。
(おん?)
どうしたもんかと考えていると机の上に置いていたスマホのランプが点滅しているのに気付いた。
どれと確認してみるとルイからメッセージが届いていた。
《お友達が秤さんと骨喰さんって人から笑顔くんの連絡先を私に教えてくれないかって話が来たんだけど》
大我さんと龍也さんから?
直接関わったわけじゃないからそこまで酷くはないが、夏の一件であの人らとも疎遠になってしまった。
空気の読める人らだから首を突っ込んで関係を取り持とうなんてせず、遠巻きに俺らを見守ってくれているようなスタンスだったはずだが……。
(うへぇ)
そんな人らがわざわざ新しい俺の連絡先を知ろうとしてるって時点でもう面倒事の匂いしかしない。
……いやポジティブだ。ポジティブに考えろ。
ヤンキー関連の厄介事だってんならそれを利用して主人公くんと絡めるチャンスを作れるかもしれない。
ネガティブ厳禁。プラス思考こそが明日の可能性を切り開くんだ。
《良いよ。五分後に電話してって言っておいて》
そう返信しポケットにスマホを突っ込み、トイレに行くと言って教室を出た。
その足で屋上に向かいベンチに座っていると……着信だ。
「もしもし」
《……やあ、久しぶり》
この声は大我さんか。
「ええ。で、俺に何の御用で?」
《……実はちょっと面倒な事が起きててな。俺らも伝えるべきかどうか迷ったんだが》
そう言って大我さんは今、市内で起きている馬鹿騒ぎについて説明してくれた。
《お前さんに手ぇ出す奴なんざいねえだろうと思ったが念のため探りを入れてたんだわ》
「そういう動きを掴んだ、と」
《ああ。実際に手ぇ出すかどうかは分からんが可能性はあると判断した。お前さん一人なら大丈夫だろうが……》
「ルイですか?」
《まあ、うん。巻き込まれる可能性もゼロってわけじゃない。だから要らんかもだがお節介を焼かせてもらった》
気を遣っているのがありありと分かるなぁ……。
「お節介だなんてとんでもない。教えてくれて助かりました。ありがとうございます」
《……ん。とりあえずサイトのURL送っとくから》
「ええ」
そこから一つだけ頼み事をして電話は終わった。
気まずいだろう相手のためにわざわざ連絡寄越してくれるんだから本当に良い人達だよなぁ。
(……だが、お陰で助かった。見えた、見えたよストーリーラインが!!)
落ち物ゲーで上手いことハマって凄まじい連鎖が起きた時のような感覚よ!
2.微妙枠
四月中旬。入学からそこそこ経って春風も学校と街に馴染み始めていた。
怖い先輩に目をつけられているということで普通の友人は少なかったが元々そんなことで気にする性質ではない。
今も放課後の教室で堂々とエロ本を広げているぐらいだ。その図太さは並ではない。
「陽福くん、堂々と教室でエロ本読むんはそれもう一種のプレイやない?」
友人が少ないと言ったが皆無というわけではない。
クラスが同じ犬太とは毎日話しているし、クラスは違うが梅津や矢島とも世間話をする程度には仲良くなっている。
まあ犬太に関しては彼の方が一方的に寄って来てる感があるのだが。
「見られて興奮するような変態趣味は持ち合わせてねーよ」
「衆人環視の中でエロ本読むんもそれはそれでけったいな癖やと思うけど」
エロ本から視線を外さずテキトーに対応していると、矢島が隣の席に腰掛ける。
どうやらお喋りをしに来たようだ。
「小林くんはどないしたん? いっつも一緒やのに」
「別にいつも一緒ってわけじゃねーよ」
素っ気ない態度だが春風も別に犬太を嫌っているわけではない。
ただちょっと、羨望の視線が鬱陶しいだけだ。
「確か今日は……何だったか。欲しかったプラモが入荷したとか言ってたような」
「おぉ、小林くんそんな趣味あったんか」
「みてーだな」
鼻息荒く色々語っていたが春風は一割も覚えていなかった。
「つか、そういうお前も梅津と一緒じゃねーのかよ。出来てんのかってぐれえいっつも一緒なのによ」
「酷い風評被害や……梅ちゃんはあれや。ちょっと忙しくてなぁ」
「コレか?」
小指を立てる春風に矢島は古いなぁ、と苦笑しつつ否定を返した。
「梅ちゃんも色々と狙われる立場やからなぁ。その対処で忙しいんよ」
「あー?」
「ちゅーか小林くんから聞いてないん? あの子、そういう話題好きっぽいのに」
首を傾げる春風に矢島は今、市内で起こっている戦争について語った。
「市内で一番強い一年を決める……ねえ」
胡乱な目をする春風だが、興味がない人間からすれば当然のリアクションだろう。
「言われて思い出したが確かにアイツ、んなこと言ってた気ぃするわ」
「せやろ? まあそれで梅ちゃんは忙しいんよ」
「んなくだらねえイベントにわざわざ参加するたぁ暇人だねえ」
「いやいや、好き好んで参加したわけやないよ」
「うん?」
曰く、この戦争に参加する権利は市内在住の高校一年生全てに与えられているのだとか。
ただ一部の不良は強制的にエントリーされており梅津と矢島もその強制参加枠なのだと言う。
「これ見てみ」
差し出されたスマホの画面には梅津の写真と五十万という金額が映っていた。
見れば他にも三人ほど、並んでいる。
(高梨南、柚原金太郎、桃瀬銀二……か)
五十万の枠は梅津を含めたこの四人が占領しているようだ。
「名のある不良には一万~五十万の賞金が設定されとってな。ここに載ってないけど参加したいって子らは……」
「賞金首を倒して椅子を奪うわけか」
「そういうこと。倒されたら倒した子がちょっと増額された上でここに載るんや」
ちなみに既にリストに載っている者が他の賞金首を倒した場合は倒された枠が消滅するのだと言う。
そうして淘汰し、徐々に数を減らしていくのだろう。
「ちなみにお前は幾らなんだ?」
「ボクは三十万やね」
画面をスクロールすると矢島を含めた十数人が三十万の枠に並んでいた。
梅津らの直ぐ下にあったのでどうやらここが実質二位のカテゴリーのようだ。
「このアホなイベントな。入学式の日から始まったんやけど最初は喧嘩売って来るようなのもおらんかったんよ」
「……読めた。椅子を奪った連中が調子乗り始めたわけだ」
「そういうこと」
倒せば金が貰える。
いきなり五十万なんてところには食いつかないだろうが一万円や三万円ならどうだ?
そこでまんまと椅子と金をせしめることが出来たらこう思うのが自然だろう――あれ? 俺って結構、やるんじゃね? と。
ヤンキーの自尊心を擽るには十分過ぎるシステムだ。
「理由は分かったがよ。狙われるってんならおめーもだろ」
むしろいきなり五十万に行くよりかは三十万の方を狙いに行く方が堅実だろう。
春風の指摘に矢島は苦い顔をする。 は? と首を傾げていると、矢島はぽつぽつと語り始めた。
「……まあ実際、三十万の枠は何度か入れ替わっとるんよ」
「やっぱ人気枠じゃねえか」
「……でもな、ボクはこれまで一度も狙われてないねん」
「あんでよ?」
春風の目から見て矢島は相当な実力者だ。
何時も一緒に居る梅津に比べれば一枚か、一枚半ほど下がるがその実力はかなりのものだろう。
金と功名に目が眩んだ馬鹿にとっては格好の首のはず。
それが一度も狙われていないとはどういうことなのか。
「……って」
「あ? 聞こえねえよ。あんだって?」
「……ボクな、微妙枠なんやって」
「び、微妙枠~?」
「……何か見た目があんま強そうやないし、実力示すんなら分かり易く強そうなん狙った方がええやろって言われとるらしい」
矢島はパッと見、不良には思えない見た目をしている。
三十万の枠を奪うほどの実力者はそこに至るまでにそれなりに賞金を稼いでいるので、ここまで来ると金だけでなく名も欲しくなる。
すると矢島はスルーされ見た目からして強そうな他の賞金首に標的が移るのだ。
そしてそれ以下の連中は見た目が弱そうでも塵狼の最高幹部であり三十万という枠に入っているということで二の足を踏んでしまう。
結果、何かスルーされてしまうという事態が起きてしまったのだ。
「……そうか」
何とフォローすれば良いか分からず春風は気まずそうに矢島から視線を逸らした。
微妙な空気を誤魔化すように矢島のスマホを弄っていると、
「これは」
「? どないしたん」
どうやらこのページが最後というわけではなくもう一ページあるらしい。
何となしにページを進めてみると一枠。他とは一線を画す金額が設定された男が居た。
「花咲笑顔」
「……知っとるん?」
「前にちらっと見かけただけだよ。しかし、この金額……なるほど、別格ってわけだ」
設定された賞金額は二百万。明らかに他とは隔絶している。
「……ボクからすればこれでも安いぐらいやと思うけどな」
「だろうな」
しかし、と春風は目を細める。
「……わざわざ決めるまでもなくコイツが最強って言ってるようなもんじゃねえのこれ?」
「まあ、な。笑顔くんを特別枠と見るか挑むべき王者枠と見るかってことやろ」
「そういう」
花咲笑顔以外を淘汰したところで勝ち名乗りを上げるも良し。
花咲笑顔以外を淘汰した上で花咲笑顔に挑戦し真の最強を目指すも良し。
が、そこまで勝ち残った者ならば後者を選ぶ方が多いだろう。
「ちなみに陽福くんは興味あったり?」
「あるわけねーだろアホらしい。金は欲しいがこんな馬鹿騒ぎに参加するほど暇じゃねえわ」
矢島にスマホを返し再度エロ本を読もうとしたところで春風のスマホが震える。
何だよと舌打ちしスマホを取り出し画面を見て、
「どないしたん?」
「……ちょっと用事が出来たからけーるわ」




