ding‐dong③
1.わはは! 修行だ修行!
あくまで俺の私見だが土曜の午後ってのは中々、曲者だと思う。
これが日曜なら残った時間を有意義に使おうとすっぱり割り切れるんだが土曜ってのは難しい。
あと一日あるって甘えが足を引っ張って、イマイチ火の点きが悪い。
最初から予定があるなら別だが、予定がないとついだらだらしてしまいがちだ。
今の俺は正にそれだった。時刻は午後二時。時間帯も嫌らしい。これが五時ならすっぱり諦めもつくんだが二時はな。
まだ何かやるには十分な時間なのだが、じゃあ何をするかって言われると何も思いつかない。
「うへへへ」
姉はソファに寝転がってお笑い番組を観ている。
日頃の疲れを癒すためめいっぱいだらけると決めているからまるでブレちゃいない。
(……俺はそういう健全な疲労とは無縁だからなぁ)
普段から部活の一つにでも打ち込んでりゃ、うだうだ考えずだらだら出来たんだがな。
しかし今の俺は帰宅部所属の健康優良不良児だ。健全な疲労なぞ鼻くそほどもない。
(まあヤンキー輪廻に巻き込まれてなくても部活やってたかは怪しいけど……おん?)
間の抜けた通知音が鳴る。
スマホを手に取り確認してみるとどうやらタカミナからのようだ。
確か今日は親父さんの手伝いとか言ってたが……。
《暇な奴、挙手!!》
《はい》
《(*´▽`)ノ》
《(*≧∇≦)ノ》
《コイツらの顔文字が心底ムカつく》
それな。
直ぐに反応があったのは俺、金銀コンビに梅津だった。
テツトモ矢島は……忙しいっぽいな。暇してたら大概、直ぐに食いつくし。
《で、遊びの誘い? 暇してるから良いよ》
《遊びっつーか……お前ら健康ランドに興味ねえ?》
《何で健康ランド?》
《おめー、俺ら中学生だぞ》
健康ランドっつーとオッサン臭く聞こえるけどスーパー銭湯ならまあ……。
《いやよー、さっきまで親父ん手伝いしてたんだわ》
《ああうん、言ってたね》
《で、終わったから小遣いの一つでも寄越せやって強請ったら健康ランドの無料チケの束を貰ったんだわ》
ああ、タカミナんとこは土木関係の会社だからね。社員さんと行くんだろう。
《ちなみに期限今日まで》
《どう考えても在庫処分ですありがとうございます》
《まあでも、使えるんならまだマシっしょ》
《で、どうよ? 疲れたし丁度良いかと思ったが一人じゃつまんねーし一緒に行かね?》
健康ランドかぁ……悪くないな。
《行く》
《俺も》
《同じく》
《……興味はある》
《っし、決まりだな。んじゃ住所教えっから現地集合な》
満場一致で健康ランド行きが決まった。
「姉さん、ちょっと出かけて来る」
「はいはーい。どこ行くの?」
「健康ランド。タカミナがタダ券あるんだって」
「……渋いなぁ。まあ、楽しんできなさいな」
「うん」
ちゃちゃっと着替えと財布を用意し、徒歩で目的地に向かう。
中区にあるらしく、一番早く着くからゆっくりしても良いんだが……暇だしね。
ちょっと距離はあるがゆっくり散歩がてら歩いて行けば丁度よかんべ。
(あと、単車は寒いしな)
冬場はなるべく乗りたくないってのが本音だ。
まあうちのは普通の単車やのうてメンヘラバイクやから定期的に乗らなあかんけどな!
(思わず西の言葉になってもうたわ)
健康ランド近くでキャンディを舐めながらぼんやりすることしばし。
一人、また一人と集まり始めて全員が集合した。
タカミナを先頭にして中に入り、受付で人数分のチケット提出し奥へ。
「うはは! 甘寧一番乗り~!!」
「あ、待てゴルァ!」
「抜け駆けは許さねえぞ!!」
脱衣所でパパっと服を脱ぎロッカーに押し込めると柚が先頭を切って走って行った。
桃とタカミナも後を追ったけど……浴場で走るのは危なくね?
「……何やってんだか」
「まあ、俺らはまったり楽しもうよ」
呆れながら梅津が髪紐を解くと、ふぁさっと髪の毛が広がった。
そういやこのナチュラルロン毛スタイル見るの久しぶりだな。
西区の頭としてぶいぶい言わせてた頃はこれだったが、俺に負けてから結い上げるようになったんだよな。
「……あんだよ?」
「いや別に? じゃ、俺らも行こうか」
浴場に行くと、その広さにまず驚いた。
色んな湯があってどこから手をつければ良いのか迷うな。
「梅津、どれから入る? 俺的には電気風呂とか結構……梅津?」
「……」
「どうしたのさ」
梅津が苦々しい顔である一角を指差す。
そこには、
「「「わはは! 修行だ修行!」」」
打たせ湯で大はしゃぎしてる馬鹿三人。
……これが小学校三年ぐらいまでならまだ微笑ましいで済ませられるが中二はキツイな。
「……恥ずかしい奴らだ」
あ、桃が股間に湯が当たるようにしてる。馬鹿だ、すっごい馬鹿だ! びっくりするほど馬鹿だ!
だが同時にあそこまで人目を憚らず楽しめるのは羨ましくもあるな。
俺のキャラじゃ絶対あんなこと出来ないもん。
「……とりあえず露天行こうぜ露天」
「露天風呂か、良いねえ」
三人に見つからないようにこそこそと露天風呂まで移動する。
露天風呂には先客が居たんだが……あの爺さん生きてる? 何か出ちゃいけないソウル的なもの出てない?
不安に思いつつ、軽く身体を流してから湯船へ。
(おっふ)
冷えた身体にじんわりと染み渡っていくこの感覚……やばい。
うっかり魂が飛び出してしまいそうな気持ち良さだ。
「……ふぅ」
梅津もご満悦のようで何時も眉間に皺寄せてるのに今はかなり穏やかな表情をしてる。
「……そーいやこないだ金銀とケーキ作ったらしいがどうだった?」
「中々上手く出来たよ。姉さんに試食してもらったけど好評だったし」
「……ほう」
「そっちは?」
確か梅津はシチュー担当だったはずだが。
「……それなりだな。食えるもんには仕上げてやるよ」
「多少は冒険して良いと思うけどね」
クリスマスパーティで出すものだ。え? っていうような変り種もご愛嬌だろう。
「おぉ……寒っ」
ぽつぽつ駄弁っていたがそろそろ身体洗うかということで湯船から上がったが寒い。めっちゃ寒い。
中に入る? と目で問うと梅津も直ぐ頷いたのでいそいそと室内へ。
空いているシャワーの前に行き、腰を下ろす。
「その長さ、髪洗うの面倒じゃない?」
「……ああ糞面倒だな」
「なら切れば良いのに。あ、何かこだわりがあったりとか?」
願掛けとかで伸ばしてるなら切るのはダメだが、どうなんだろう。
「……お前相手に今更取り繕う必要もねえから正直に言うが」
「うん」
「……刃物持った人間に後ろを取らせて好き勝手やらせるとか正気じゃねえよ」
「お前は美容師さんを何だと思ってるんだ」
その言い方だと完全に危ない人じゃねえか。
まあでも、理由は分かった。未だ人間不信の根は深いってことだろう。
「……まあどうしても我慢出来ないレベルになれば矢島にちょっと整えさせる」
「矢島って髪も切れるんだ……器用な男だなぁ」
「……アイツは何でも卒なくこなすからな」
しかし、矢島でもちょっとか。多分長さを軽く調整する程度なんだろうな。
「はぁー、さっぱりした」
「……どうする? 露天に戻るか? それとも別のところに?」
「うーん、どうしよっか」
どうしようかと二人で相談していると、
「おいニコ! 梅津! サウナ行こうぜサウナ!!」
「お風呂で大きな声出さない。他のお客さんに迷惑だろ」
タカミナ達がやって来た。サウナ……サウナか。
思い返してみれば前世も含めて行ったことないな。
健康ランドは深夜までやってるのが会社の近くにあったから風呂と仮眠取りに行ってたが……。
「一番最初にへばった奴は後でアイス奢りでどうよ?」
「……上等だ」
あぁ、その手の我慢比べもヤンキーらしいよね。
でも君らそれでしんどい思いしてたのにまるで懲りてないな。
ってなわけでサウナに行く運びとなった。
入った瞬間、むわっとした熱気が全身を襲い既に帰りたくなったがここで出るのは空気が読めていないにもほどがあるだろう。
「そいやえっちゃんらはどこ行ってたんだ?」
「んー? 露天でのんびりしてたよ。そっちは? 打たせ湯で遊んでるのは見たけど」
「おぉ、色々行ったぜ。電気風呂とか泡風呂とか薬湯とか」
「へー、薬湯なんかもあるんだ」
「美白の湯とかもあってよ、あとで行こうかなって思うんだけど一緒にどうよ?」
「乙女か」
しかしあっちぃなこれマジで……。
「にしても、タカミナの親父さんに感謝しねーとな」
「健康ランドとかオッサンが行くイメージしかなかったけど、めっちゃ楽しいわこれ」
「その前に頑張って働いた俺に感謝だろ」
まあそうね。タカミナがパパさんの手伝い頑張ったから俺らもそのおこぼれに預かれてるわけだし。
「「あざーっす」」
「気持ちが籠もってねえ……」
さて、一見して平然と会話しているように見えるが俺には分かる。
コイツら結構、いっぱいいっぱいだと。前の我慢比べを見るに暑さ耐性が低いんだろう。
梅津とかは露骨だな。露骨に口数減ってる。長髪がマジで鬱陶しそうだわあれ。
「「「「ッ」」」」
立ち上がる振りをしてみたら露骨に反応しおった。やっとか!? みたいにね。
俺がビリになれば、あとはもう気楽なもんだ。一定のセーフラインが出来るわけだしな。
一番辛いのは先が、終わりが見えないことだ。
「しかし何だい。サウナってのも存外、大したことないね」
「! そうだな。想像してたよりずっと楽だわ」
「一時間二時間は余裕だな」
「俺は三時間いけるけどね」
「……ふかしこいてんじゃねえよ」
「じゃ、もっと室温上げようか。今は俺達以外に入ってる人居ないしね」
「「「「!?」」」」
「あらら? 辛そうだね。それなら止めておこうか?」
「「「「上等じゃボケェ!!」」」」
よし、言質取った。
俺は立ち上がり隅っこに置いてあった桶と柄杓を使ってサウナストーンに水をぶっかける。
瞬間、ジュワーっという音を立てて水蒸気が立ち上り始めた。
言うまでもないが他にお客さんが居る場合は、「水かけても大丈夫でしょうか?」と一声かけてからにしよう。
「「「「――――」」」」
四人はあまりの熱気に顔を顰め、黙り込んでしまった。
俺も正直、辛い。けど同時に、ちょっとした楽しさも感じている。
極限まで我慢した後に入る水風呂……どんなもんか。さぞや気持ち良いんだろうなぁ。
「…………銀角ぅ、テメェ……随分と愉快なツラしてんじゃねえか。辛いなら出ても良いんだぞ?」
「…………ほざけ金角ぅ……テメェこそぷるついてんぞ。しんどいならさっさと負けを認めな」
安定の金銀コンビだ。
追い込まれると俺達は眼中になくなり、金角(銀角)にだけは負けまいと二人だけで競い始めた。
「……」
「……おい梅津、喋る気力もねえなら出た方が良いんじゃねえの?」
「……抜かせ。俺はテメェらと違ってお喋りじゃねえんだよ」
こっちもバチバチさせてんなぁ。
(ふむ、どうしようか)
俺も好んでビリになるつもりはなかったんだが……多分、今ぐらいだ。
これぐらいで外に出て水風呂に浸かると気持ち良いだろうなって予感がびんびんしてるのね。
(ま、いっか)
勝ち負けより楽しむことを優先しよう。
「「「「!?」」」」
サウナを出た俺は汗を流しその足で水風呂へGO。
芯まで凍てつきそうな冷たさに身体がビクつくも……良い、良いぞこれは。
(えっと、次は外気浴だっけ?)
きょろきょろと周囲を見渡し、休憩スペースを発見。
そそくさと足を運び、椅子に腰掛ける。
「ふぅー……」
この感覚を、何と例えようか。
暑さと寒さから解放された今、身体が羽根のように軽い。
見えない鎖が引き千切られたような……あー、良い。良いぞこれ。
「「「「……」」」」
「どしたの?」
何時の間にか近くに来ていた四人が何とも言えない顔で俺を見ている。
「……いや、何か勝ったのに負けたような……」
「……無表情ながら何とも満足げな雰囲気醸し出しやがって」
「……整ってんじゃん。めっちゃ整ってんじゃンこの人」
「……何この敗北感……」
試合に勝って勝負に負けた的な?




