家族との時間
小野寺と妻の寛子との馴れ初めは大学時代まで遡る。当時の監督に不倫疑惑が起こり、公の場で追及される事態となり、その結果、その相手が周りに内緒にしていた娘だと判明し、それに端を発して、小野寺が監督の娘を見初めたというわけだ。
二人から交際を告げられた監督は小野寺に「お前を十番にしたのは間違いだった。ジャッカルが得意なら、フォワードにすれば良かった」と言い放った。ジャッカルとは敵のボールを奪うプレーなので、娘を奪われた監督なりの冗談なのだろう。
問題は、業界が狭いということもあるが、顔の広い監督が関係者に「娘を小野寺にジャッカルされた」と吹聴して回ったことだ。そのせいで初対面の仕事相手にまで周知されることとなり、小野寺は多くの者からいじられる存在になったのだった。
そんな義父母と杉並区の同じ町内会の区画に門を構えているというのが、小野寺が帰宅する家だ。マスオさんのような立場だが、安心して家を留守にできるので、助かっているというのが本心だった。
「ただいま」
小野寺にとって一か月振りの帰宅であったが、妻の寛子との再会は特別なものにはならなかった。シニア時代に遠征や合宿で家を留守にする機会が多かったため、二人ともそれが当たり前の生活になっているというのが主な理由だ。
しかし、六歳になった娘の麻美との関係は違った。日曜日で在宅中にも係わらず、小野寺が玄関のドアを開けて「ただいま」と呼び掛けても、一向に姿を見せようとしないのである。
「麻美は?」
「いるけど」
エプロンをつけたまま出迎えた寛子が答えた。
「前は廊下を走って出迎えてくれたのに」
「不満があるって示したいんでしょ」
「どうしたらいい?」
「知らない」
「似たような境遇を経験してるんだから分かるだろう?」
「憶えてないよ、私が六歳の頃はワールドカップほど夢中になれるものはなかったし」
これは夫に対する皮肉でもあった。小野寺にも不満がないわけではないので、妻を抱き寄せて、うなじに頬を当てて、匂いを吸い込む。そこでやっと我が家へ帰って来たことを実感するのだった。
「麻美が待ってるから、行ってあげて」
「ああ」
小野寺がリビングのドアを開けると、スポーツ新聞を広げた麻美がソファに座っているのだった。それは家で寛ぐ父親の姿なので、真似をしているというわけだ。
「ただいま」
「おかえり」
ぶっきら棒な言い方も、父親を真似ているのかもしれない。
「そっか、もう衣替えの季節か」
「うん」
一か月で半袖から長袖に変わっていたので指摘したわけだ。
「新しく買ってもらったのか?」
「春にも着てたでしょ」
これは母親の口調を真似たものだ。家の中に女が多いと大変だと思いつつも、結婚して十五年目に授かった一人娘なので、小野寺は幸せでいっぱいだった。
それから昼食の準備ができるまでの間、午前中に何をしていたのか話を聞いて、前日のこと、さらにこの一か月の間で起こった出来事について耳を傾けるのだった。
学校のことや友達のことは妻の寛子から聞いているから知っている小野寺だが、友達とどんな遊びをしているのか、積極的に訊ねるのだった。これは単純に好奇心が強いからという理由だ。
リビングキッチンで遅めの昼食を摂りながら三人で家族会議を行う。議事の進行は既に食事を終えてお茶を飲みながら一息ついたばかりの小野寺だ。
「どうやら今週末に台風が直撃するかもしれないらしい」
「ニュースじゃやってないけど?」
会話を受けたのは寛子だ。
「夜中に発生したばかりなんだ。だけど間もなく取り上げられるだろう」
「そもそも台風の季節だもんね」
「うん、でも、今回の台風は注意が必要だって」
「毎回そんなこと言ってる気がするけど」
そこら辺の感覚は個人差がある。
「うん、でも、『海水温が高い』って言ってて、それは今まであんまり聞かなかった気がするんだ。だとしたら異常気象なわけで、これまでの台風とは違う台風になる可能性がある」
「また、心配性なんだから」
「その心配性の性格を評価されて今の仕事を任されたんだ」
小野寺はそのように自己分析していた。
「でも、今週末ってことは日本戦に直撃するかもしれないの?」
「その可能性もある」
「大変だね」
「すまない」
「それはいいけど、無理はしないでね」
寛子は夫の仕事内容を把握しているということだ。これは夫婦の会話を毎日欠かさず行っているから理解し合えるわけだ。
「それでこれからの予定だけど、念のために買い出しに行こうと思う」
「それは助かる」
「おじいちゃんの家の分も買っておこうと思うから、挨拶に行くのはその時にしよう」
「台風の時期は宅配も大変だもんね」
災害への備えは、実際に経験しなければ分からないことが多い。台風情報が発表された後に注文すれば配達が遅れることもあり、それで台風が迫る直前になって慌てて買い物に行かなければならなくなることも有り得るのだ。
都内のスーパーやコンビニは在庫を確保するための倉庫を持っていないため、災害時だけでなくとも、発注を一日忘れただけで、物によっては品切れが起こってしまう。
東日本大震災の時に都内で買い占めが問題になったが、販売・物流事情を知っていれば、そもそも買い占められるだけの物資が存在していなかったということは容易に理解できたはずだ。
小さなコンビニなど、一日に最低でも五回以上の配送によって商品の在庫が確保されているわけで、物流が止まれば棚から商品が消えるのは当たり前の話である。
都民に批判の矛先が向けられたが、問題は物流システムにあった。商品はあっても、内容表示が書かれた包装フィルムがなければ出荷できないというのが物流の盲点でもある。
台風が去った後も物流が滞るということも考えられるわけで、そういったことを過去に経験したからこそ、小野寺家は早々と台風に備えることができたわけだ。




