悪役なんて黒歴史です!
「素直だ事」
誰もいない玉座の間で、彼女は一人座し呟く。
時流の流れは、やはりかつての絶対君主に対する反乱で落ち着いた。
当然だろう。
絶対的に優位である異種族の長が脆弱な種族に云わば膝を折ったのだから。
異種族は、異能を駆使する。多種族より圧倒的に強い。
其処に固執する者達は、今迄の主を一斉に見限った。
否。
見限った。
そして、其れ等が一斉に、かつての主が居城に押し寄せる。
――――――滑稽ね
闇姫と称される彼女は思う。
彼女は世界の管理者だ。
此の世界が美しく在る様に雑草を引き抜き、害虫を駆除する。
ただ、其れだけの存在だ。
害虫は何か。
雑草は何か。
其の定義は判然としない。……当然だ。其の時の流れに因って、益獣も害獣も変わるのが定めなのだから。
今の流れでは、明らかに異種族と人が呼ぶ此方側が害獣だった。だから、彼女は人に領地の一部を委譲した。其の事に対して反発があるは必定。だが、此の反発こそを、彼女は楽しみにしていた。
世界の管理者たる彼女を排除しようとする動きこそが、彼女の知的好奇心を刺激して止まなかった。
だが。
だが、である。
彼女を盲信する者達が健在であれば、反乱の可能性は驚く程に下がってしまう。
複数居る強者と対峙したい者はいないだろうから。
だから彼女は、策を用いた。
彼女を盲信する強者を異界に押し留める策。
其れは功を成した。
気配の無かった此の城に、彼女の気配が戻り、彼女の盲信者の気配は無く。其れを察知した野心溢れる異種族の行動は最早一択だ。
新たなる絶対君主として己が立つ――――――空前絶後に愚かな判断だが、人という矮小な存在に膝を折った事が彼等の行動の背中を押した。
――――――さて
彼女は哂う。
――――――どんな愁嘆場を見せてくれるのかしら?
彼女の周りには雲霞の如く異種族達が湧いて出る。
純粋な殺気。
不純な欲求。
双方混ぜ合わせ存在する異種族達に、彼女はうっすらとした笑みを向ける。
――――――さて。
彼女は思う。
――――――此処で、私を滅する事が出来る子はいるのかしら?
口の端が引きあがる。
其れは、愉悦。
彼女は押し寄せる者達へ力を放――――――――――――とうとした、刹那。
「野獣が輝かしき闇の目に映る事すら過剰なる栄誉と知れ」
傲慢な声音が、異種族の一部を消し去った。
否。
声音が消し去った訳では無い。
圧倒的な迄の力が、雲霞の如く押し寄せる其れの一部を存在ごと無きモノとしたのだ。
翻る優美な白魚。
其の身が纏うは豪奢なドレス。
女公爵、と呼ばれる異種族が、凛然と数多に立ちはだかる。
「……え?」
僅かに目を見開く彼女の前で、華美なる声音が死を告げる。
あちらでは、粛々と反乱の芽が摘まれ、其方では振るわれる刃に反逆者が死に絶える。
貴公子
女公爵
伯爵
剣士
暗殺者
楽師
女従者
異界に封じた筈の盲信者……高位異種族の麗々しい姿が、彼女の眼前で舞い踊る――――――否、彼女の敵を、蹂躙する。
踏み拉き討ち果たし、皆殺しに――――――灰燼と帰す異種族の群れは、然したる時間も要せず沈黙する。
「輝かしき闇」
振り返り、メイドが笑う。
「我が至高」
微笑んで、貴公子が跪く。
「麗しき方」
うっとりと告げる女公爵はカテーシーを披露し。
「御前を」
きびきびと礼をとるのは剣士と呼ばれる存在。
「――――――無礼」
影の様に佇むは暗殺者。
「此の無粋な気配を排すべく一曲を捧げましょう」
清らかにして煌びやかな歌曲を奏でるは楽師。
……そして。
「ああ、我が君。我が至上の方! 御髪が乱れておられますわ! 裳裾が美しく波打ってございませんわ! ああ、なんということでしょう……! 私の不行き届き! 私の不手際! お世話させて戴く榮譽を賜りますれば我が主の心安くお過ごし戴く環境を整えますので暫しのお待ちを!!!」
熱の籠った声を上げ、甲斐甲斐しく動くのは女従者。
何故?と口に出さずに思った刹那、全員からの視線が彼女に集まった。
曰く。
甘く見ないで戴きたいと。
どの様な苦境に落とされようとも、我等は輝かしき闇と共に在るのだと。
「でも、あれですわ」
ころころと。
ころころと嬉しげに笑う女声。
「いっそ異種族が一掃された事で、私達と輝かしき闇しか此の世に居ないと云うのは幸いですわね」
「然り」
「其の通り」
くく、と無骨な声が笑う。
「ああ、闇姫様の美しさを存分に吟じられるこの榮譽……! 有象無象が居ては何時如何なる事が原因で流出するとも解りませんでしたからね」
ふふ、と嬉し気に美声が震える。
「お任せください、我が君様。此の平穏は一身を用いまして死守致します」
優美に礼をとる美丈夫。
「ああ、我が君、我が闇、我が主様――――――」
感極まった様子の、美しい少女。
――――――ああ、そうね。
彼女は、笑う。
ああ、そうね。
ああ、そうね。
此の子達が、私を放って置ける筈が無いのだわ。
此の子達が、此の闇姫を、独り置く事なぞ、出来得る筈が無いのだ。
得心すれば、其れは最早大綱。
玉座の主の様子に、上位異種族は僅かに目を見開き――――――嬉し気に、嬉し気に膝を折る。
我が君
我が君
さんざめく様に溢れ行く思いに、彼女は――――――闇姫は、笑う。
こんなに慕う子を従えて、悪役なんて馬鹿げているわ。
ああ、ああ、本当に――――――――――――――――――悪役なんて、黒歴史だわ。




