エピローグ
最終的に事件として取り扱われますが、時効として処理されます。結果として、誰もコウやほかの者たちの存在は気づかれませんでした。この老刑事だけ違和感を感じていましたが。
窓の下を通り過ぎていく車も、だいぶまばらになった。
少し前、当直の警官が見回りに来たようだったが、二人には気づかなかったのか、声もかけずに、刑事課の部屋の電気を消していった。
キャスターのついた安っぽい椅子に大きく体を預けた一人の老刑事が、部屋の隅に設けられたデスクに足を投げ出したまま、天井に向かって煙を吐き出す。
また一台、帰路を急ぐ車が、窓の外を通っていく。
わずかに部屋に飛び込んできたヘッドライトの光が、壁にかけてある時計を一瞬照らす。
十一時五十三分。
デスクに腰をかけたまま、正面の時計をなんとなく見上げた若い刑事が、針が指し示す時刻を見て少し驚いたようだった。
この老年の刑事は、もう三時間もこうしている。ちょうど、時を刻んだ砂時計のように、彼のデスクの灰皿には、タバコの吸殻が盛り上がっていた。
若い刑事は立ち上がると、灰皿の中身を部屋の隅にあるバケツに捨てに行った。
老年の刑事は、手にしたタバコの灰を何気なく落とそうとして、自分の灰皿がきれいになっていることにやっと気づく。タバコを手にしていないほうの手の平で顔を撫ぜ、大きくのびをした。
「おまえが片付けてくれたのか。すまんな」
若い刑事はそれには答えず、机に投げ出された足のそばにコーヒーの缶をおいた。相手の表情を窺い知るのが困難なほどの闇の中、缶の鈍い音が部屋に響く。
彼は、持っていたもう一本のコーヒーのふたを開け、喉を鳴らして二口飲む。
「シゲさん、もう時間切れですかね?」
大きくため息をついて、倒れこむように椅子に腰掛けると、椅子が悲鳴をあげた。隣の老刑事のように、足をデスクの上に投げ出す。
デスクの上に広げられた、何十枚もの写真のうちの一部が、バシャッと床に落ちる。若い刑事の投げ出した足が、捜査で使った写真の山の一部を切り崩したのだ。
若い刑事は、面倒くさそうに手を伸ばし、落ちた写真を手にとった。そのうちの一枚を、窓から入ってくるかすかな光にかざし、何気なく眺める。
「課長にもらった猶予も残り数分。こうしていて一発逆転の証拠が出てくるとは到底思えませんしね」
シゲと呼ばれた老刑事は、タバコを灰皿でもみ消すと、ワイシャツの胸のポケットを二、三度まさぐった。だが、彼の手に残ったのは、空箱だけだった。苛立ち紛れに、側のゴミ箱に向かって叩きつける。
「マサト。おまえはどう思う? 本当にこの事件が自殺だと思うか?」
若い刑事は、すぐには答えず、一気にコーヒーを飲み干した。再度大きくため息をつく。
「状況証拠は、完全に自殺を示しています。それは疑いの余地がない」
「確かにな。だが、遺書だけが、そうでないことを物語っている。ホトケは女子高生だ。だが、筆跡は男のものだった。そして、何より、彼女の筆跡とは別のものだった」
考えられる捜査は全て行った。だが、得られた証言、証拠の数々は、この事件が完全に自殺であることを物語っていた。遺書の筆跡が本人のものではないらしいということ以外は。
筆跡の違う遺書は、目撃者の存在を暗示しているのではないか。そして、その目撃者は真実を知っているかもしれない。真実を突き止めるには、その目撃者を探すしかない。
老刑事は、その点を刑事課長に説き、この件を自殺で処理することにストップをかけた。だが、その猶予も、今晩二十四時で終わる。
若い刑事は立ち上がると、窓際に置かれたラジオのスイッチを入れる。
ラジオは日付が変わったことを告げた。
投稿用の原稿として仕上げましたが、日の目を見ずに眠っていました。
今回、このようなサイトがあるのを知り、他の方の感想を聞いてみたくて、推敲のもとアップロードしてみました。御感想を聞かせていただけると幸いです。
当時、多重人格を自分なりに加味するとどうなるのか、興味本位で書いてみましたが、バッドエンドになるとは思いませんでした……。




