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第二十七話「紅の国旗は不滅を意味するーニ」

「ちっ!」

クレイスは机から躍り出るとレイノアに銃を向ける。最悪…足を狙って無力化しなくてはいけないかもしれない…。

「クレイス…私が悪魔だって忘れてないかなあ!?」

緑色をした槍が数本飛んできていた。

何本かはクレイスの身体を掠め、クレイスは冷や汗が浮くのを感じる。

「レイノア!止めろ!銃を下ろせ!」

クレイスは必死にレイノアに声をかけるが、返答は銃弾で返ってきた。

彼女の弾帯の装弾数は85発。

撃ち続けているのならリロードの隙を狙えないだろうか…?

いや、彼女は彼女自身の意思でスライム形エネミーを槍にして飛ばせる。安易に近づいても対応出来ないかもしれない…。

「どうしてこんな事を…!」

「クレイス!私は…クレイスが何を失っても叶えたい目的の為にここにいるの!」

レイノアの声が響き渡る。

「ならどうして…!」

「だから絶対に躊躇わないで…真剣に私と戦ってよ!クレイス!」

…訳がわからない。

「ちっ…」クレイスは机の横から飛び出し、部屋の反対側に頭を覗かせているアサルトの銃身を撃つ。

「うわァッ!」

レイノアが尻餅をついた音が聞こえた。

すぐに近づこうとするが、フラッシュグレネードが転がってくるのを確認する。

一瞬、辺りが白く輝き、再び目を開けた時にはレイノアは会議室の奥の扉から外へ出ていた。

そのまま二階に向かっているようだ。

逃がすか とは言えなかった。

クレイスは今自分がレイノアを思う気持ちと、銃を向けられたことによる本能的な敵対心がない交ぜになっている。

相反する二つの感情がぶつかり合い、考えがうまくまとまらなかった。

それでも足はレイノアを追っている。

これは彼女を思っての行動なのか、もしくは彼女を敵として追っているのか…。

階段を登ると、ちょうど踊り場のような場所でレイノアがアサルトを構えていた。

「さぁ、後ろも見た方がいいよ!」

「なにっ…!」

背後から緑色の槍が飛んでくる。

なるほど、あれは小型エネミーだ。

投げた場所にとどまり、合図することでまた槍になって飛ばせるのか…!

レイノアがアサルトを乱射する。

クレイスは槍を背を低くして避け、着地した緑色のスライムに懐から酸の瓶を取りだし、ぶちまけた。

単なる思いつきだが、緑色のスライムはぶるぶる震えると赤く変色して地面にどろりと落ちる。レイノアが舌打ちをする。

…無力化できたらしいな…。

「絶対…許さないからっ!」

レイノアの弾幕が止む。

クレイスは踊り場から二階に手だけ出して銃を数発撃ち込む。

「うっ…!」

…わずかに、手応えがあった。狙い通り片足に当たっているはず…!

クレイスは隠れていたカバーポイントから躍り出て銃を撃つ。更に上に駆けていく足音が響いた。

…上か!

クレイスはまた複雑な気持ちになるのを頭を振って沈めながら階段を駆け上がる。

彼女の気配は、屋上で止まった。

手前の小部屋で止まり、様子を窺う。

「おやすみ、クレイス…」

レイノアが何かのスイッチを押した。

気配だけでは何かは分からないが…

次の瞬間…

隠れていた自分のすぐ背後の壁から、ジジジジと何かがはぜる音がした。

「…しまっ…!」だがもう遅い。

気づけばもうクレイスは業火と瓦礫の中に閉じ込められていた。

ブリーチングチャージ。

非常に今では高価な物だが、分厚いコンクリートの壁にさえも大穴を開ける爆弾が存在する。ブリーチングチャージとは【突入路、退路を確保する】コンセプトで作成された壁破砕用の爆弾の事だ。

昔は簡単な壁に穴を開けるほどの威力の物が出回っていた。

だが最近火薬配合が見直され、たとえ頑丈な戦車の装甲にさえ穴を開けると言う。

そんな凶悪な爆弾を、クレイスはほぼゼロ距離で食らってしまったのだ。

悲鳴は聞こえなかった。

レイノアはため息をついて銃を下ろす。

…本当にこれで良かったのだろうか?

実はレイノアは副都でワールスに【黒翡の魔石】の件の話を聞いてからずっと、こうすることを考えていた。

何故か?

それはクレイスを愛しているからだ。

自分は悪魔の初号機で、帝国が世界を掌握するために計画している企みも知っている。だからこそ…

「クレイス…ごめんなさい…う…うぅ」

…初号機である自分は計画には不可欠だ。自分さえいなければと考えた事もある。

だが、あの計画を止めるのにも初号機である自分が不可欠なのだ。

それはワールスの発言、それとどうやっても自分の研究チームに戻したいという行動が物語っている。

黒翡の魔石…。

結局はここにたどり着いてしまうのだ。

前回は失敗した。

今度こそ成功させてみせる…。

「…」レイノアは立ち上がった。

もう愛する人に幻滅されることはない。

もう愛する人を巻き込む心配もない。

もう愛する人に会うことはない。

もし愛する人がまだ生きていたら…

レイノアはもう一度クレイスを見ようと、彼が埋まっているであろう瓦礫のもとに歩いていく。

「甘いぞ、レイノア」

「っ!?」

背後からクレイスの声が聞こえて、レイノアはうつ伏せに押し倒される。

「さて…遊びは終わりだ。どういうことか説明してもらおうか?」

「離してっ…離してよクレイス!」


「いい加減にしろ!!!」

レイノアの思考が止まった。

「…クレイス…」

「訳が分からないんだよ!どうしてこんな事をする!どうして泣いている!」

クレイスは涙声になっていた。

「悲しいからだよ!」レイノアは叫んだ。…その声は震えていた。ともすれば崩れて無くなってしまいそうな…そんな高いけどちいさな、かき消えそうな声で。

「馬鹿野郎っ!」クレイスはレイノアの頭を背後から拳で殴り付けた「いくらでも殴ってやる…お前がマトモになるまで…なんどだって…」

「もう嫌なの!」レイノアはクレイスに負けないぐらいの大声で叫んだ「もう…頭のなかぐちゃぐちゃで耐えられないの!」

「なら忘れろ!忘れてしまえ!」

クレイスはもう二発レイノアを殴った。

レイノアの身体を転がし、そこに馬乗りになる。もはや自制が効かなかった。

一発二発…レイノアを殴り続ける。

「クレイス…痛いよ…」

「黙れ!」もう一発…これをレイノアが両手で止める。「どうなんだよ!おい!」

クレイスはレイノアの腹を踏みつける。

「がはっ…ああぁぁ…」

彼女は頭と口から血を流し、見るも無惨な姿になっていた。…それが更にクレイスを興奮させる。

自分自身に生まれたこの感情は何なのか。どうやら狂ってしまったらしい。

…女性に手を上げたのは初めてだ。

やがて、彼女は抵抗しなくなった。

クレイスは舌打ちすると、コートの中から消毒液の小瓶を取り出して彼女の顔にぶちまけた。

「うあっ…あああああっ!!!」

レイノアが最後にのたうち回る。何がかけられたか理解していないようだ。

クレイスは様々な薬品をコートに入れている。たとえば硫酸などだ。

傷に染みる痛みがそれだと錯覚しているのだろう。

「…」クレイスはレイノアを上から睨み付けた。野獣のように血走った目で。

レイノアは虚ろな目を虚空に向けて小刻みに嗚咽を漏らしている。

「ごめ…なさぃ…」

レイノアはそう言うと腰に手をやる。

「…」クレイスは黙って見ていた。

「う…」レイノアは何かを腰から抜き放った。…白い…光剣だ…!

「…このメス豚っ…」

「わあああああああ!!◆ファースト・アサルト!」

クレイスは自分の身体を光剣が貫くのを感じた。レイノアの手の震える感触が伝わってくる…。それと同時に、レイノアの感情が流れ込んできた。彼女が何を今まで考えていたのか…。

その日はいつものように友達と下らない遊びをした帰りだった…。

自宅一階の窓が割られていた。

恐る恐る入ると、両親が二人とも死んでいた。首が飛ばされていた。

今考えるとあれは刀傷だったのだ。

それも切れ味の高い…光剣のような…。

クレイスは思い出していた。


私は二人を斬り殺した。

恨みがあった訳じゃない。

ワールスがそうしろと言ったのだ。

二人の息子は悲しんでいた。

胸がひどく傷んだ。

どうしてこんなに悲しいのだろう?

一番悲しいのはあの息子のはずだ。

私は思った。

…あの人に殺されれば、私は救われる。

レイノアは思い出していた。


初めて会った日。

レイノアはてっきり自分の事を息子に見られていて、復讐しに来たのだと思った。

自らの手足を縛り、彼の目を見て言ってやるつもりだった。

「私を殺せ!お前の両親の仇を…!」自分を道具としか見ていないワールスを憎んで、全てを楽に終わらせようと思った。

ナゼイキツヅケヨウトシタノダロウ…


初めて会った日。

クレイスはレイノアを助けていた。…帝国側の人間は皆殺しにする予定だった。

奥の部屋に繋がれていた彼女は真っ直ぐと俺を見据えた…。

両親の仇を討つ。そんな単純なものではない、あれは自分よりも確かな目的がある者の目だった。

ナゼイママデキヅカナカッタノダロウ…

人気のない…郊外の廃墟の上で。折り重なるように倒れている二人がいた。

二人は静かに眠るような表情で…。

地面についたシミはやがて乾き、夜明けの光が二人を照らした。

…それを見ている二人がいた。

「なっ…!?」

「え…あれ…!?」

一人は特殊繊維の織り込まれた特別な黒いコートに身を包み、似合わないカウボーイハットを被る長身の少年。

一人は白いラインのついた黒い革製の胸当てをつけた黒いドレスにも見える服を着て、悪魔の羽をモチーフにした綺麗なブローチを頭に着けた小さな少女。

クレイスとレイノアである。

ではあの死体は…?それは徐々に形を失い、日の出と共に消えた。地面のシミもすっかり無くなっている。

「…」

二人はしばらく声を交わさなかった。

自分の置かれた状況に頭がついていかない…何が起きたのだろう。

ただ…繋いだ手は確かに暖かく、二人が生きている事を証明していた。

「…あのさ、何がしたかったのアンタ達…?」

クレイスとレイノアの背後にいつの間にか、見たことのない小さな女の子がいた。

だが、よく見ればどこかで見たことが有るような姿をしている…。

ピンクのウェーブのかかった長髪、赤い瞳、ステージ衣装のような派手な服装…

「め、メイちゃん!?」レイノアが驚いて叫んだ「の…妹さん?」

そう、メイリルにしては小さすぎる。

ただでさえ小さなレイノアとほぼ同じぐらいの身長である。

「いや、私よ」メイリルはため息をついた「帝国の奴らにやられたの。ここにいるってことは、副都には行ったのよね?」

「あぁ…」クレイスはやや混乱しながら答えた「人が一人もいなかったな」

「そう」メイリルは話し始めた「じゃあ、何故副都から人がいなくなったか、何故私が縮んだかについて説明していくわ」

【続く】


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